バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
問1 振り分け試験
──『文月学園』。
この学校は科学とオカルトと偶然によって開発された『試験召喚システム』を導入し学力低下が嘆かれる今時代に革命をもたらした学校として世間から大きく注目されている試験校だ。
テストの点数がそのまま自分の力となる『召喚獣』を使い『試験召喚戦争』というクラス間の対決によって勉強のモチベーションとクラス内のチームワークの向上を図っているらしい。
元が進学校なのでここではA~Fというランク別にクラスが分けられており昇順でAクラスが一番学力が高い。
が、それだけではなく、文月学園ではクラスが上がるにつれてその設備までも変わっていくという極めて異例の試みが行われていた。
上は高級ホテル並から最下層は老朽化寸前のボロ教室とその差はかなり大きい。
Aクラスになれば一年間の優雅な学校を生活を。
逆にFクラスになれば
これにより、学校に入学した生徒はなんとか良い学校生活を送ろうと躍起になって勉強するのだ。
しかし、一度下位クラスになってしまったとはいえ絶望するのはまだ早い。
救済処置として先の試験召喚戦争では勝者は敗者と設備を交換することができる。
よりよい学園生活を送るため、下位クラスは上位クラスに挑み上の設備を奪う。というのが試験召喚戦争の簡単な概要だ。
そして、そのクラス分けを決める『振り分け試験』がついに明日開始される。
『木下優子』が日付が変わる間近まで復習をしているのも、その理由の一つだった。
────が、
☆
「38度7分。……はぁ」
……やってしまった。
振り分け試験当日。
この先一年間の命運を分ける大事な日に、アタシ、木下優子は体調を崩してしまった。
「さすがに連日夜明け前までテスト範囲の復習するのはやりすぎたか……」
過去を悔やんだって意味はないけど、それでも言わずにはいられない。
必要以上の努力が裏目に出た。というのは正直かなりショックだった。
症状は主に頭痛、喉の痛み、吐き気、視界も波に揺られているようでおぼつかない。
どこかに手をついてないとぺたんと膝から崩れ落ちてしまいそうなぐらい不安定な自分の体。
疑いようがないぐらい、完璧な風邪だった。
「はぁ、体だるい……。なんでよりにもよって今日に風邪引くかな……。最悪」
病気時特有のネガティブ思考に陥り暗い気分で嘆息する。
とは言ってもいつまでも嘆いているわけにもいかない。
普段なら仕方なく休むところだけど、今日の振り分け試験だけは絶対に休めない。
なにせこの振り分け試験次第でこの先一年の生活ががらっと変わってしまうんだから。当然欠席なんてことなったら無得点扱いになり問答無用で最下位クラス行きだ。
努力して結果的にそうなってしまうのは仕方ないけど、何もしないまま不本意な結果だけを受けるのは絶対に嫌。
半ば意地になりながらアタシは休息を求める体に鞭を打って登校の用意を始めた。
制服に着替えて一階に降りると偶然木下秀吉、アタシの双子の弟と鉢合わせした。
「おはよう姉上。今日は待ちに待った振り分け試験じゃな」
「…………ええ。そうね」
「うむ? なにやら元気がないがどうかしたのか?」
「別に、何でもないわ」
「そうかの……」
秀吉に悪気はないけど、今の状況だとどうしても引き止める秀吉が煩わしく思えてしまいつい不機嫌な口調になってしまう。
そんなアタシを秀吉は不思議そうに見上げていた。
ちくちくと刺さる罪悪感を感じながら、アタシは無言で秀吉の脇を通り過ぎた。
できれば家族には風邪を引いたことを知られたくない。
アタシが体調を崩したことを知ったら、両親は間違いなく休ませようとするだろうから。
今のアタシだとその甘言に素直に屈してしまいそうで怖かった。
「あ、姉上、もう行くのか? 朝ご飯はどうするのじゃ?」
「早めに登校して試験勉強はするから今日はいらない。ママにもそう言っといて」
「むぅ、事情は分からぬが今朝は一段と不機嫌じゃな。試験前でピリピリするのは分からんでもないがもう少し落ち着かないと途中でダウンしてしまうぞ?」
「余計なお世話よ。アンタは自分の心配だけしてなさい。じゃあね」
一方的に言いつけた後、アタシは玄関の扉を開けて外に出た。
絶好の晴天である青空には雲一つなく。陽光は一際強く光を放っていてその眩しさに思わず目を細める。
「……熱い」
首筋をゆったりと通り抜ける春の涼風は心地いいのに、それに反抗するように体の熱は徐々に上がっていくようだった。
☆
──カリカリカリ
重苦しい緊張感が支配する教室の中で、シャーペンを走らせる音がいたるとこから聞こえてくる。
席に付いている生徒達は様子は様々だ。スラスラとペンを進ませている者や頭を抱えている者、難しい顔で机の上の用紙と睨めっこしている者など。
だがその全員に共通しているのが、みんな普段とは段違いなほど真剣な面持ちということ。
……なるほど、これが難しいと噂される振り分け試験か。
僕、吉井明久はそんな教室の風景の感想を比較的穏やかな心持ちで脳内で呟いた。
あまり周りばかり見ていると監督している教師に目を付けられるので、僕は眼下にある自分の回答用紙に視線を落とした。
名前の欄に『吉井明久』と書かれた解答欄は大体七割ほど埋まっている。最初こそ萎縮していけど、正直ここまでできるとは思わなかった。
自己評価であまり自分は勉強ができるほうではないと自覚しているけど、運が良いのか今日は思いのほかよくできている。
確かに難しかったけど、これなら──いける!
嬉しさのあまり内心でガッツポーズをとって口元を軽く綻ばせる。
この調子だと”20点”は堅いはずだ。
このままいければDクラスは行けるかもしれない。
ふっふっふ、もう誰にも僕のことをバカだなんて言わせないぞ!
そんな栄えある未来に悶々としていると、
……はぁ、はぁ、
「……ん?」
唐突に息苦しそうな吐息が隣から聞こえてきた。
気になり声のした方へ顔を向けると、右側の机には見知った顔の人が席に付いていた。て、秀吉じゃないか。
肩にかかる程度の長さの髪と比較的小柄でしなやかな体躯。
間違いない。その姿は去年一年間同じクラスで過ごした友人の木下秀吉だ。
どうみても可愛らしい女の子にしか見えないその姿。一年間共にしていた僕ですら時々目のやりように困る出で立ちで『男子』だというのだから世間の常識というのはよくわからない。
おまけに今日は正真正銘女子の制服で試験を受けているんだから誰が見たって女子だと思うだろう。
さっきから吐息が荒れているけどひょっとして風邪でもひいたのかな?
「……?」
…………あれ?
そこでおかしな違和感を覚えた。
よく見れば制服だけでなく今日の秀吉は前髪の分け方も微妙に違っている。
雰囲気もいつもは来るものに笑顔を与える天使の煌きがあるのに、今日の秀吉は何故か人を寄せ付けない針のような鋭さを漂わせていた。
姿こそ秀吉のそれだけど、何故か僕の中の秀吉と目の前の少女の姿が重ならない。
ていうかそもそも大前提として、どうして秀吉は女子の制服を着てるのだろう? もしかして本当に秀吉は女の子だったの?
今日の秀吉は謎だらけだ。
と、そこで僕は前に秀吉から聞いた話を思い出した。
そうだ。確か秀吉には双子のお姉さんがいるって聞いた事がある。
実際に会ったことは不思議となかったけど、もしかしてこの人がそうだったりするのかな?
──ふむ。
覗き見るなんて失礼な行為なのは分かっているが、ついつい気になり横顔をじっくりと観察してしまう。
何度見ても、その姿形はやっぱり秀吉に瓜二つだ。
もし本当にこの人がお姉さんなら、うーむ、さすが双子。本当にそっくりなんだね。二人並んだらどっちがどっちだかわからなくなりそうだ。
なんて思っていると。
──がたんっ!
「なっ!?」
思わず絶句する。
突然、ふらっと体が横に傾き、まるで糸の切れた人形のように木下さんの体が床に崩れ落ちたのだ。
「き、木下さんっ!?」
僕は驚きのあまり立ち上がって大声を上げる。
解答用紙と睨めっこをしていた教室内の生徒達も何事かと一斉に木下さんの方へ顔を向けてきた。
そのざわめきを無視し、僕は無我夢中で倒れ伏した木下さんの背中を軽く持ち上げた。
少し逡巡してから無礼を承知で、開いてる手で彼女の額に手を当てた。
「っ」
熱い。木下さん。すごく熱くなってる。
さっきは簡単に風邪かもなんて思ってたけど、これ高熱じゃないか!
「大丈夫!? ねえ!!」
「ぁ……」
眼下で顔を赤くさせている木下さんの目が微かに開き僕を見上げる。
だが、まるで焦点があっていないかのように、その瞳は虚ろだった。
それから少しして、小さい口から壊れたラジカセのように途切れ途切れに言葉が紡がれる。
「……あな……た。たしか……よしい……くん?」
「うん。そうだよ」
よかった。ちゃんと意識はあるんだね。
ともあれ今の状態がいいはずがない。早く保健室へ連れて行かないと。
束の間の安堵を得たと思った瞬間、かつかつ、と上品な足音を立ててメガネをかけたインテリチックな男性教師がこちらへやってきた。
「先生! 彼女を急いで保健室に!」
「分かっています。……木下優子さん。試験途中での退席は欠席と見なし無得点扱いになりますが、それでもよろしいですか?」
「なっ!? ちょ、ちょっと待ってください先生!」
あまりに冷酷な言い様に堪らず口をはさんだ。
倒れたから無得点なんて、そんなの横暴すぎるだろ!
「なんですか吉井君?」
「木下さんだって風邪をひきたくてひいたわけじゃないのに、それで0点扱いなんてあんまりじゃないですか!」
「それが本校のルールです。テスト前は自身の体調管理も試験勉強のうち。倒れるのはそれを怠った木下さん自身の責任です」
「んなっ!?」
一瞬で沸騰した激情に脳内が真っ赤になる。
衝動的にこの教師を殴りつけてやろうかと思ってしまった。
倒れたのは木下さんの所為じゃないのに、そんなの、そんなのひどすぎるじゃないか!
その時、何か弱い力が僕の制服の袖を掴んで引っ張ってくるのに気が付いた。
横になっている木下さんの手が、力なく僕の制服を掴んでいた
背を軽く持ち上げている木下さんを軽く見下ろすと、彼女は何か必死に言おうとして、けれどうまく言葉が出ない様子だった。
「……だ、よし……、めて」
「何? 苦しいの?」
「………………」
耳を近づけても、発せられるのは蚊のように小さい声でうまく聞き取れない。
そして、噴火しかけた僕の怒りを知ってか知らずか、直立している教師は今度は僕に矛先を向けてきた。
「吉井君。これ以上時間を掛ける様なら、試験妨害と見なし貴方も無得点にしますよ?」
「僕の点数なんてどうでもいいよ! でも彼女が無得点になるなんて納得できません!!」
「やれやれ……」
僕の怒声をまるで子供の我儘を聞くような態度で溜息を付く教師。こ、この野郎……っ!
でも何度抗議しても話は平行線のまま。
結局、後から別の教師が教室にやってきて、僕は教室からつまみ出され木下さんは保健室へと連れて行かれた。
☆
そして、新学期当日。
「……先生」
「何だ吉井?」
桜舞い散る校門前で、僕は目の前のスーツを着た筋肉隆々の教師、西村先生と向かい合っていた。
去年一年間、僕のいたクラスの担任教師だった人だ。
趣味はトライアスロンというなんとも暑苦しいこの教師を、僕は愛称も込めて鉄人と呼んでいる。
僕の手には一枚の封筒が握られていた。ついさっきこの鉄人から受け取ったものだ。
上の部分を破くと、中には二つ折にされていた紙が入っていた、手の平程度の小さい紙には、筆と墨を使った大きく掠れた字で、
『吉井明久、F』
と書かれていた。
「どうして僕がFクラスなんですか!?」
納得いかない! 振り分け試験ではそれなりにいけたと思ってたのに!
「うん? なぜお前がFクラスかだって? 簡単だ。それはな──」
「(ごくんっ)……それは?」
「──吉井がバカだからだ」
「だわばっ!?」
身も蓋もねぇ!
「俺は去年一年間お前のことを見て、もしかすると吉井はバカなんじゃないのかという疑いも持ってしまった。すまないな吉井。生徒に疑心を抱くなんて俺はどうかしていた。お前は正真正銘。疑いの余地のないバカだ」
「追い討ち!? それって追い討ちだよね!! 教師が可愛い生徒をいじめるなんて最低だ!」
「違うぞ。間違えるな吉井」
「へ?」
「お前はブサイクだ」
「ひどい!? 教師の言葉じゃない!」
新学期早々ひどい仕打ちだった。
僕は機関銃のような会話に息切れになって肩を大きく揺らして呼吸を整える。
そんな僕を見下ろす鉄人は若干軽やかな口調で口を開いた。
「悔しいと思うのなら、その気持ちを忘れずしっかりと勉学に励め。そうすれば来年はもっといい結果が出せるだろう」
「えー……、そんな遥か先の目標なんて持てないですよ」
「なら二ヵ月後の中間試験を目指せばいい。努力すれば必ずそれ相応の結果が返ってくるものだ。それが本人の望むものでなくともな」
「む、中々哲学的。でも僕この通り勉強苦手だし」
「なら俺が指導してやる。毎日放課後指導室で日が落ちるまで付き合ってやろう」
「謹んで遠慮します」
鉄人とマンツーマンなんてお金もらってもやりたくない……。
花の学園生活が一転、灼熱の地獄巡りに早変わりしてしまう。
キーンコーン────、
「お、予鈴だ」
「そろそろ行け。遅刻しても知らんぞ」
「そんな、ここから校舎まで五分もあれば余裕ですよ」
「どうせお前は寄り道するだろう。それを踏まえた上で言っているんだ」
さすが元担任、完全に見透かされていた。
うっ、分が悪い。ここは一時退散しよう。
「じゃ、じゃあまた」
鉄人に別れの言葉を告げて校門を通り抜けようとする。
その時、
「おはようございます」
背後から鈴の音を転がしたような軽やかな挨拶が聞こえてきた。
うん? こんなぎりぎりの時間に登校なんて誰だろう。
気になって後ろを振り向く。
あれは──木下さんだ。
忘れるはずもない。つい数日前に僕は彼女のことで一悶着起こしたんだから。
驚き目を丸くする僕を他所に鉄人と木下さんは校門前で挨拶を交わしていた。
気のせいか、木下さんの表情は少し暗い気がする。
「おはよう。少し遅刻だぞ木下」
「……すみません」
「まあいい。今回は件はショックも大きかっただろうからな。こうして登校してきてくれただけで先生は安心だ」
「いえ」
「元気を出せ。なんて言う資格は教師である俺にはないが、俺個人としてはこれにめげず来年の振り分け試験も頑張ってほしいと思っている。木下には窮屈だろうがな」
「そんなことないです。ありがとうございます」
「うむ。……もうすでにわかっているだろうが、これがお前の新しいクラスだ」
そう言って、鉄人は僕がもらったやつと同じ封筒を木下さんに手渡していた。
けど、まるで自分のクラスが分かっているかのように木下さんはそれを開かず、そのまま鞄にしまった後、鉄人に軽く会釈していた。
その一部始終を案山子になって眺めていた僕は鉄人の声で我に返った。
「ん? 何だ吉井。まだいたのか」
「え、ええまあ……」
「そうか。ちょうどいい。お前も無関係ではないしな。これから同じクラスになるのだから気さくに話せる相手がいれば少しは気も紛れるだろう」
「そ、それってどういうことですか先生?」
「この先一年間、木下とお前は同じクラスだからこれをきっかけにお互いの支えあっていってほしいと言っているんだ」
「は?」
鉄人の台詞に僕は軽く放心してしまった。
理解不能な鉄人の言動と状況に頭が追いついていない。
え? え? それってどういうこと?
木下さんと同じクラス? 誰が? 僕? 何で……?
気が付くと、木下さんは一歩前に踏み出し僕の前に来ていた。
そして、困惑状態の僕を無視して、挑戦的なつり目とは少し不釣合いの、淡々とした口調で告げてくる。
「はじめまして吉井君。アタシは木下優子。同じFクラス同士、これから一年よろしく」
これが、僕の最低クラス生活の始まりだった。