バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
昨日の試召戦争で消費した点数を回復する為、今日もまた授業の時間を一部補充テストに回していた。
まだ新学期が始まって間もない今の時期から二つも上のクラスを倒した僕達Fクラスは一躍有名人のようになっていた。
どうやら昨日の今日でもうDクラスに勝ったことが知れ渡っているらしい。口コミって恐ろしいね。
だが僕達の
Fクラス代表の雄二はその為の前段階として次はBクラスを攻めると言っていた。BクラスはAの一つ下、きっと昨日のDクラス戦とは比較にならないほどの苦戦を強いられる事だろう。
そんなことをずっと考えていると、ふと僕の前に影が射した。
顔を上げると正面には短い髪をワックスで持ち上げて野性味のある顔つきの男、雄二が僕を見下ろしていた。
雄二は僕を見据えると、いきなりこんなことを言い出した。
「明久、これからCクラスに行くぞ」
「Cクラス? どうしてまた」
「俺達がこれから戦うBクラスの前にCクラスと不可侵条約を結ぶ為だ」
不可侵条約──つまりお互いの行動に一切干渉しない決まりを設けるのだろうか。
でもどうしてそんなことを?
「もし俺達がBクラスに勝っても疲労した隙を付かれてCクラスに攻め込まれて負けたら今までの苦労が全部台無しになるからな。その可能性を潰すためだ」
疑問が顔に出ていたのか、僕が口に出す前に雄二は回答を答えた。
なるほど。確かに一理ある。
試召戦争はテストの点数を使う戦いだけど、思いのほか体力も消費する。点数を消費したら回復テストを受けるために教室と廊下を何度も往復しないといけないし、召喚獣勝負では集中力も必要だから見た目以上に結構疲れるのだ。
その状態に攻め込まれたら本領を発揮できずに一方的に敗北する危険性がある。雄二の危惧はもっともだろう。
「わかったよ。でも僕は必要なの? 交渉なら雄二だけでいいと思うんだけど」
「別にお前に表に立って相手を説き伏せろなんて言わん。お前程度の知能にそこまで期待はしてない」
「本当に雄二は僕に協力を申し込みに来たの? その言葉には悪意しか感じられないんですけど」
「ああ。悪意で言ってるからな」
ぶん殴ってほしいのかコラ。
「ってそんなことはどうでもいい。それより今はCクラスとの交渉だ」
「僕の方は全然よくないけど。まったく、あんまりひどいと本当に裁判で訴えるよ」
「やれやれ、器の小さい男だな。分かった分かった、今度コンビニでうまい棒を買ってやるから許せ」
僕への罵倒=十円(税込み)。
僕も安く見られたものだ。
「後は──、ムッツリーニ! 木下!」
「…………ここに」
「何かしら?」
雄二が少し大きな声で呼びかけると、名前を呼ばれたムッツリーニと優子さんが僕の席の前にやってきた。
二人の視線の先にいる雄二は、先ほどと同じような説明を二人にする。
「これからCクラスと不可侵協定を結ぶための交渉に行く。二人とも俺について来てくれ」
「…………了解」
「不可侵協定……ね。別に構わないけど、アタシ達は何をすればいいの?」
「そうだよ雄二。さっきは話が脱線しちゃったけど、僕らの役割って何なのさ」
「そうだな……。強いて言うなら交渉材料だ」
「なんですって?」
「とにかくお前たちは何もしなくていい。話し合いは俺がするから、三人は俺の後ろで控えていてくれ」
それだけを告げると雄二は僕らに背を向けて歩き出した。
むぅ、相変わらず何を考えているか分からない男だ。まあ頭が回るアイツのことだから何かしら意味があるのだろう。
そう思い込むことにして、僕もすぐ後ろに続いた。
Cクラスは新校舎の端。Dクラスの対面にある。
Aクラスと隣接しているCクラスの教室は設備レベルが一般大学教室程度に広い。
ラウンジやロビーがあるBクラスやAクラスとまではいかないが、これはこれで十分立派な設備だろう。
Fクラスの木製の古い扉とは違い手で撫でるとさらさらと滑りそうなほど綺麗な扉の前まで来た僕達。
「失礼する」
先陣を切る形で雄二はその扉を開き中へと足を踏み入れた。
僕達もその後ろに続いて行く。
次の授業の準備をしていたり友達を雑談していたCクラスの生徒は僕達の来訪に何事かとこちらへ顔を向けていた。
「あら、誰かと思えば新学期早々に二つも上のクラスを倒した勇猛果敢なFクラスじゃない」
最初に声を発したのは、肩口程度の短い髪型の女生徒だった。
他の生徒のように驚いてはいないのか、彼女は突然の来訪者たる僕達に向けて薄い笑みを浮かべている。
「Fクラス代表坂本雄二だ。今日はCクラスの代表と話があって来た」
一歩前に踏み出しいきなり本題に入る雄二。
「Cクラス代表は私よ」
「なるほど、じゃあお前が小山友香か」
「ええそうよ。よろしくね。Fクラス代表の坂本君」
最初に声を掛けてきた女生徒は笑顔のまま雄二と挨拶を交わす。この子が代表だったんだ。
「それで、Fクラスが何の用かしら? ひょっとしてDクラスを倒した次は私達Cクラスへの宣戦布告ってこと?」
小山という女生徒はもっともらしい意見を言う。
確かに今の状況ではそれが一番可能性が高いだろう。Dクラスを倒してとなれば、次はその上のC。それがもっとも普通の発想だ。
しかし、雄二は首を振って言った。
「いや、むしろその逆だな」
「逆?」
「ああ。──俺達FクラスはCクラスと不可侵条約を結びたい」
その一言に、教室内がざわついた。
『不可侵条約? なんだそれ』
『試召戦争はやらないのか』
『Fクラスの奴ら、なにを考えているんだ』
今まで静寂を保っていたCクラスの生徒が一斉に騒ぎ出す。
雄二の提案が意外だったのか。小山さんもさっきまで顔に貼り付けていた笑みを剥し顔を強張らせていた。
「へぇ──。宣戦布告かと思ったらそんなことを言ってくるなんて。どういうことなのかしら?」
「言葉のままの意味だ。俺達はCクラスの行動には一切干渉しない。代わりに以降俺達Fクラスに宣戦布告をしないでほしい。それだけだ」
「それで? 仮に私達がそれを飲んだとしてFクラスはどう動くの?」
「Bクラスに宣戦布告する」
「──ぷっ」
小山さんが軽く吹き出す。
それから間髪いれずに笑い声が教室内に響き渡った。
「あははははははっ! こ、これは傑作だわ! まさかDクラスを倒した次はBクラス? 何? Fクラスは下克上でもしているのっ?」
「ありていに言えばそうだ。俺達はBクラスを倒し、そしてAクラスも倒す」
笑われていることに一切気にせず雄二は冷静な声で言葉を紡ぐ。
小山さんはつぼに嵌ったのか。お腹を押さえてひーひーと悲鳴のような笑い声を吐き出した後、咳払いをして姿勢を正した。
「こんなに笑ったのは久しぶりだわ。坂本君って結構面白い人ね。友達になりたいぐらい」
「褒め言葉として受け取っておこう。それで? 俺達との休戦協定は受けてくれるのか?」
「その前に私からも一ついい?」
「……何だ」
「坂本君。貴方、私がBクラス代表の根本君と付き合ってるって知ってる?」
「何だって!?」
驚きのあまり思わず声が出てしまった。
Cクラス代表とBクラス代表が恋人同士!? そ、そんななんて羨まし──と違って妬ましい!
いや、今は嫉妬してる場合じゃない。それじゃあ僕達の提案は彼氏を裏切れと言っているようなものじゃないか。そんなの受けられるわけがない。
しかも僕達はBクラスに挑むと宣言してしまった。もし小山さんから根本君へその情報を流されていったらBクラスの方から逆に宣戦布告をされる可能性もある。
それは考えうる限りの最悪の事態だ。こっちが何も準備できていない状況で試召戦争に突入してしまったら成すすべもなくやられてしまう。
「ど、どうするのさ雄二!? このままBクラスに挑まれたら僕達一瞬で負けちゃうよっ」
「落ち着け明久。交渉はまだ終わっていない。いいからお前は余計なことは喋るな」
焦る僕に雄二はぴしゃりと言い放つ。
むぅ。雄二がそうならきっと大丈夫なんだろうけど、ちょっと不安だ。コイツは一番大事なとこでミスする時があるからな……。
一歩後ろの位置から僕は二人の代表の成り行きを見守る。
「俺はそこの明久と違ってバカじゃない。事前準備もなしに他クラスへ乗り込もうなんて考えてないさ」
おお! さすが雄二だ。だが一言多いぞ!
「ふぅん。じゃあ私と根本君の関係も?」
「勿論知っていた。ウチにはその手の情報を集めるのが得意なヤツがいるんでな」
「………………」
雄二はちらりと後ろに目をやる。
その先にはムッツリーニが僕と同じく黙って雄二と小山さんを見据えていた。
この土屋康太がかのムッツリーニだという情報はまだFクラス以外には広がっていないはずだ。
その所為か、小山さんは雄二の微妙な視線の変化には気づかず話を続けた。
「そうなんだ。でもそれならどうして不可侵条約なんて言いだしたの? はじめから断られること前提で話に来たわけ?」
「いや。それは本当だ。俺達はCクラスと争わない為にここに来てる」
「……分からないわね。なら貴方達は何がしたいの」
要領を得ない言葉に若干苛立ちを感じ始めたのか小山さんの声のトーンが少し低くなる。
それに雄二はわずかに肩を竦めて見せた。
「何、簡単なことだ。……単調直入に言おう。──小山、
「な──っ」
な、何────ぃぃっっっっ!?
あまりにもあっさり。まるで近くのコンビニに行くような気軽さで、雄二は恋人を裏切れと言った。何言っちゃってるのコイツ!? 野生に帰り過ぎてついに頭がおかしくなったのか!?
案の定、そんなことを言われた小山さんは絶句して目を見開いている。多分僕もまったく同じ表情をしてるだろう。
「坂本君、どういうことなの」
驚いて声が出ない僕達に変わり、今までずっと沈黙を保っていた優子さんが雄二に問いかけた。
だが雄二はそれに応じず、顔を小山さんの方へ向けたまま口を開いた。
「ちょっと言い方が悪かったな。ようは根本には秘密で俺達と休戦協定を結んでほしいってことだ」
「随分と我儘な注文をしてくるのね。……ほんと、面白いわ貴方。だけどそんな都合のいい提案をはいそうですかと飲めると思ってるの? だとしたらお笑い種なんですけど」
「勿論報酬は用意してある。それ次第で一考しても遅くはないはずだぞ」
「報酬? へぇ、一体何なのかしら?」
「Bクラスの教室だ」
「……なんですって」
小山さんの目の色が変わる。
というか雄二。それ僕も聞いてないんだけど一体どういうこと?
「俺達の目的はBクラスの設備じゃない。だから俺達がBクラスに勝てば教室の設備はCクラスに明け渡すと約束しよう」
「貴方馬鹿なの? 試召戦争は勝ったクラスが負けた相手クラスの教室と交換するルールなのよ。そんな勝手な条件学園長が許してくれるわけがないでしょう」
「だったら俺達の戦争が終わったすぐにCクラスがBクラスに挑めばいい。素の状態ならともかく一度俺達と戦って疲弊した相手ならCクラスでもなんとかできるだろう? 仮に俺達が負けてもBクラスに損害は与えられる。Cクラスとしちゃあこれ以上な攻め時もないと思うが?」
「………………」
小山さんは顎に手を添えながら黙って何かを考え始めた。
雄二の言葉が僕には悪魔の囁きに聞える。客観的に見たら間違いなく僕らが悪役だよねこれ……。
そもそも本当に小山さんと根本君が恋人同士ならどんな条件を突きつけられても応じないと思うんだけど、どうするつもりなんだろう。
「大体根本の野郎のどこがいいんだ? あんなの姑息で卑怯なだけの小物だろうが」
追い討ちを掛けるように雄二は思案している小山さんに悪態を吐く。
雄二の言う通り、根本恭二というのはとにかく評判が悪い事で有名だった。
テストでカンニングは当たり前。喧嘩となれば刃物持参。学校行事などでは他校からガラの悪い男を何人か連れ込んで対戦クラスを脅して不戦勝をした等等。挙げればキリがない。まあ素行が悪いという意味では僕達も人のことは言えないが……。
しばらく思考していた小山さんは、雄二の言葉に顔を上げ僅かに口を緩めながら言葉を返した。
「私はね。頭の良い男が好きなの。勉強ができるという意味じゃなくてね」
「根本のはただ小細工が好きな小心者だと思うがな」
「あら、勝つためには手段を選ばないって結構ステキじゃない? 丁度、今の坂本君みたいな」
人を見下すような卑しい笑みを浮かべる小山さん。……この人も結構性格悪いなぁ。
彼女の言う通り彼氏に黙ってほかの男と約束事を取り付けさせようとしている雄二も相当な外道だが。
「俺は根本の野郎とは違って手段くらいは選んでるつもりだぞ」
「どのへんが?」
「……俺達の調べた情報では小山友香は利己主義な人間だ。それも超のつくな。だから無茶な要求でも交換条件次第では俺達の協定にも答えてくれると踏んでいた。最初ここに来た時は半信半疑だったが、それもさっきのやりとりで確信できたしな」
「どうして?」
「お前、俺が最初に根本を裏切れって言った時。怒らなかっただろ」
そういえば、小山さんは雄二の滅茶苦茶な提案を最初『面白い』なんて言っていた。
小山さんにとって根本君が本当に心から好きな人なら絶対そんなことは言えないはずだ。
「うーん、そうだったかしら」
「普通好きな異性を蔑ろにしろなんて見ず知らずの人間から一方的に告げられたら激怒するはずだ。だがお前はそうはならなかった。それはおまえ自身にとって利益に繋がるかもしれないからだ」
「…………」
「根本と付き合ってるのだって究極的にはそういうことだろ? アイツから好意を受け取る事で小山自身が気に入らない人間は自分が手を下さなくても根本が勝手に始末してくれる。それは小山にとって十分な利益だ」
「……ふふ、あはははははははは」
突然笑い出す小山さん。
「本当に! 本当に面白いわ坂本君! ああ、どうして貴方みたいなステキな人ともっと早く出会わなかったのかしら。まったく悔やまれるわ」
「お褒め頂いて何よりだ」
「ええ。最大級の賛辞よ。ねえ、よかったら私と付き合わない? そしたら不可侵条約でも何でも受け入れてあげるわよ?」
「嬉しい申し出だが遠慮する。俺はまだ束縛されたくないし大体あの根本のお下がりなんてごめんだ。悪いが男探しは他を当たってくれ。取引材料ならBクラスの設備だけで十分元は取れてるはずだろ」
「そう……。残念」
心から残念そうに小山さんは顔を伏せる。
……取り合えず女性からの好意を受け取ってという事でこの件は後日異端審問会に掛けるとしよう。
おそろく雄二には満場一致で有罪判決が下るはずだ。きっとアイツは試召戦争が終わり次第クラスメイトの手によって人肉ミンチにされることだろう。
こんな粗暴で野蛮な男が女子から好意を持たれるなんて、神様が許しても僕が許さない。
後ろで殺意の炎を燃やす僕に気づかず、雄二は交渉を続けた。
「それじゃあ交渉は成立ってことでいいんだな。俺としてもこの件でことを荒立てたくないからできれば穏便に円滑に進めたいんだが」
「よく言うわ。脅しまでかけてておいて穏便も何もあったものじゃないと思うけど?」
「どういうことよ」
小山さんの台詞に反応したのは優子さんだった。
すると、小山さんは一瞬驚いたように目を見開いた後、舐めるような視線を優子さんを向けた。
「何も気づいてないの? それとも綺麗好きで頭の固いAクラスになるはずだった人には想像もできないのかしら? 自分が脅しの道具に利用されてることなんて」
「アタシが、脅しの道具ですって……?」
「それ以外に貴方が今ここにいる理由はないでしょ。Dクラス代表を倒した観察処分者の吉井君、Aクラス並の学力を持っている木下さん。そこの地味そうな小柄の男は詳しく知らないけど彼は彼で何か変わった特技でも持ち合わせているからここにいる。そんな人達を無言で背後に控えさせるってことはつまりこういうことでしょう? ”そっちが提案に乗らなければ今日にでも俺達はCクラスに攻め込むぞ”ってね」
「さあ、どうだかな」
茶化すように雄二は軽く肩を竦める。
その態度は誰が見ても小山さんの言う言葉が当たっていると理解できた。そうか。僕達はそういう都合でここにいるのか。
別段意外でもない。去年から雄二とつるんでいた僕からしたら逆にそれだけなの?と拍子抜けと思えるほどの分かりやすい理由だった。
しかし、僕とは違い優子さん小さな声で「……そう」と呟いた後、静かに元の位置に戻った。……その表情には少し陰りが見えている。
「いいわ。Fクラスの提案を受けましょ。私達CクラスはFクラスとは戦わない。それでいいのよね」
「協力感謝する」
「ええ。私は坂本君のことが気に入ったから。近いうちにお話でもできたらいいわね。二人っきりで」
「……考えておこう」
ごめんね小山さん。多分その日は永遠に来ないよ。何故なら雄二はこの後異端審問に掛けられて処刑されるから。
ふふふ、楽しみだなぁ。教室に戻ったらよく切れるように包丁を研いでおかないと。
そんな"元"友人への素敵なプレゼントはさておき、取り合えずこれで僕達はCクラスと戦う必要はなくなった。
後はDクラス戦で失った点数を補充して、万全の体勢でBクラスに挑む。そして絶対に勝つ。
用事が終わったCクラスを後にし僕達は自陣であるFクラスへ戻る。
……ああ。今日はこの後もテストか。一日中テストだと精神的にしんどいなぁ……。