バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語   作:鳳小鳥

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問27 バカとテストと優等生

あれからなんとか次の授業のチャイムまで異端審問会から逃げ切ることができ、一先ず僕は命を繋いだ。

授業中はさすがに襲っては来ないけど、それでも殺気は今でもひしひしと全方位から突き刺さっている。

そんな剣呑な空気にまったく気づかず化学の布施先生はのんびりとした調子で出席を取り始めた。先生にはこの教室に毒素のように満ちる殺気が感じられないのだろうか。

 

「えー。では化学の授業を始めます。まず出欠を。──近藤君」

『はい。……吉井コロス』

「須川君」

『はい。吉井コロス』

「新田君」

『吉井コロス』

「氷室君」

『吉井ブッコロス』

「先生! さっきから返事が僕への殺意になってます!?」

「吉井君。今はもう授業中ですから大声は慎んでください」

「もっとほかに注意すべきところがあるでしょう!?」

 

なんなの! 出席は声さえ聞ければ台詞はなんでもいいの!?

 

(おい。おい明久)

 

前の席に座っている雄二がわずかに顔を僕に向けてアイコンタクトをしてきた。

 

(どうしたの雄二?)

(どうしたじゃねえ。このままクラスが殺意の波動に目覚めてたら明日のAクラス戦にも差し支える可能性がある。なんとかして連中の怒りを静めろ)

(無茶言わないでよ! 僕だってやれるものならやってるよ!)

(ったく。大事な戦いの前に面倒ごと持ち込みやがって)

 

あくまで口は使ってない。目瞬きだけの意思疎通。

去年から鉄人の目を欺くために身につけたコミュニケーションツールだ。

 

(ところで明久、お前本当に姫路に告白されたのか?)

(うっ。……い、今ここで聞く事なのそれ……)

(どうなんだよ)

(……はい。好きだと言われました…………)

 

もう今更隠しても意味ないので正直に告げた。繰り返すが口は動いていない。

 

(そうか。ならまだ方法はあるな)

(えっ! ほんとに雄二!)

(あぁ。お前が自分の罪を認めて素直に体を差し出せば良い。クラス全体の平穏の為の小さな犠牲だ。悪くないだろ?)

(悪いに決まってるだろ!)

 

なんでコイツは毎回毎回最初に僕を生贄にする作戦を考え付くんだ。

 

(もっとこう、穏やかに済むやり方がいいよ。具体的には僕が死なないで済むやつを……)

(だったら『姫路から告白は明久の勘違いだった』か『紆余曲折あって結局振られてしまった』って感じで姫路との関係性を白紙なものと連中に証明しなければならないな)

(つまり、僕と姫路さんは友達以上の何者でもありませんってことをみんなに証明できればいいんだね)

 

……この先の展開次第では友達でいられるかどうかも定かではないけど。とにかくやってみるしかない。姫路さんと恋人同士なんてことになってしまったら異端審問会(やつら)に今度こそ完璧に僕は殺されクラスの安定は崩壊する。そうなったらAクラスに勝てる可能性も同時に潰えてしまう。

ごめん姫路さん。二重の意味で僕は君とはやっぱりお付き合いできないみたいだ。

 

それから特に僕に肉体的損害もなく順当に時間が過ぎていき、授業も終わる間際になった。

 

「……それでは、今日の授業はここまでとします。お昼休みの時間になりますが、くれぐれも問題は起さないように」

 

パタン、と布施先生が出席簿を閉じる。

と、

 

「殺気──っ!?」

 

ヒュン────ッ

 

「っ!? 卓袱台ガード!」

 

咄嗟に卓袱台の足を掴んで体全体を覆うように構えると、カッカッカ!と天板に何かが刺さる音がした。この位置──完全に顔を狙ったな!

 

『『『チッ』』』

 

仕留めそこなったことを悔いる舌打ちがあちこちから聴こえた。今の攻撃が当たったら確実に僕の顔は穴だらけになっていたところだ。コイツら……。もはや僕を始末することに一片の躊躇もないな!

 

「けど、大人しく殺されてたまるか──っ!」

 

卓袱台を構えたまま僕は一目散に教室の扉に向かって走る。

 

『逃がすなーっ!! ヤツは我らが矜持に背いた反逆者だ! もはやヤツは異端審問会の一員ではない! 一切の容赦なく殺せ!』

『吉井ぃぃぃーーー! 自分だけ幸せになれるなんて思うなよーー』

『アハハー。心配しなくてもいいんダヨー吉井クーン。ちょっと手足がバラバラになるだけダカラー』

「ひぃぃぃぃぃっっ!!」

 

扉の前で卓袱台を放り捨て廊下に飛び出すと、後ろからそんな怨嗟の声が耳に入った。

人の幸せを妬んでいる暇があったら自分の幸せの為に行動すればいいのに! そんなだからお前らはFクラスなんだぞ!

 

「でもここからどう逃げよう。このままじゃ安心して昼食も取れないし」

 

渡り廊下をひた走りながら考える。

そもそも昼ごはんを食べるのには一旦教室に戻って優子さんからお弁当を受け取らなくてはならないんだが。今のクラスメイトの状態で教室にとんぼ返りするのは自殺行為以外の何者でもない。

はぁ、これじゃ今日は昼食抜きかぁ。本当に厄日だよ……。

 

「あっ! あなたは──アキちゃん!!!!」

 

新校舎まで走ってくると、ばったりとDクラスの玉野さんと出会った。

げっ。こんな時によりにもよって!? 僕この人苦手なんだよぉ。なんか関わると社会的にダメージを受けそうで。

よし、ここはスルーするが吉。玉野さんには悪いが僕も命が掛かっているんだ。細かい気遣いをできる余裕はない。

 

「や、やぁ玉野さん! 奇遇だね。申し訳なんだけど僕今すごく忙しくて急いでるんだ。それじゃ!」

「うんわかってるよアキちゃん。後ろで怖い顔した男子に追われてるんだよね」

「そうだよ──って何で一目で分かったの!? そして何故腕を掴むのさ!」

 

玉野さんの驚きの理解力の速さに驚きながら両手で捕まれた腕を振りほどこうと上下に揺さぶる。でも玉野さんが相当な握力なのか僕が風邪で力が出ない所為か腕はびくともしなかった。

 

「離して玉野さん! このままじゃ! このままじゃ!」

「大丈夫だよアキちゃん。私に任せて」

 

そう言って玉野さんは笑顔で僕の腕を持ったままズルズルとどこかへ僕を連れて行く。

 

 

       ☆

 

 

……気がつくと、僕は狭い個室の中に玉野さんといた。

あ、あれ? なんか一瞬で視界が変わったような……。もしかして風邪が悪化して意識が飛んじゃったのか?

 

「あの、玉野さん。ここどこ?」

「うん? 見ての通りトイレだよ」

 

あーなるほど。確かに便器があるし。僕はトイレの個室の中に逃げ込んでいたのか。

 

「ここなら"男子"は絶対入って来れないから。もう心配しなくても大丈夫でしょ」

「うん! そうだね。ありがとう玉野さん!」

「きゃあっ! アキちゃんにお礼を言われるなんて照れちゃうよー」

 

いやんいやんと恥ずかしそうに頬を染めてくねくねする玉野さん。

さっきから怖いほど耳に入ってきた連中の恨み節もまったく聴こえない。多分僕を見失ってしまったんだろう。とりあえず助かった! 今回は玉野さんに感謝しなきゃね。

だけど一個だけ注意しておかないと。

 

「でも駄目だよ玉野さん。女の子なのに男子トイレになんて入っちゃ。ここは女子厳禁なんだから」

「……? 何言っているのアキちゃん。ここは女子トイレだよ」

「そんなまたまた~。……………………………………………………………………え?」

 

ん? 玉野さん今変なこと言わなかった?

 

「ごめん玉野さん。どうも風邪で耳が遠くなっちゃったみたいだ。もう一回言ってくれるかな?」

「ここは、女子トイレだよアキちゃん。私もアキちゃんも女の子なんだから当たり前でしょ」

「……………………………………………………………………」

「どうしたのアキちゃん。額に冷たい汗を流して。あと顔が青いよ?」

 

どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!!!!!!!!

ここに来てまた問題発生とか! 僕はどれだけ不幸な星の元に生まれてしまったんだ!

某『不幸だー!』が口癖の主人公顔負けの不幸っぷりだよ!

こんなところほかの女子に見つかったら、僕は女の子を無理矢理女子トイレの個室に連れ込んでいかがわしい行為をしようとした変態と思われてしまう! そうなったらよくて停学&鉄人から鉄拳。悪いと退学プラスご近所さんからひそひそと噂されてもう町を歩けなくなってしまう!

とにかく今すぐここから出なきゃ! でないと人生最悪のBADエンド一直線だよ!

 

「ちょっ! 玉野さん! すぐにここから出なきゃ!」

「あっ!? アキちゃん!」

 

何か言おうととした玉野さんに構わず僕は女子トイレの個室ドアを開く。

そしてすばやく身を抜け出そうとして。

 

「もぉ。ただのお化粧直しなんですから翔子ちゃんまでついて来なくてよかったんですよ?」

 

入り口の方で姫路さんの姿が目に入った途端、僕は勢いよく個室の扉を閉め鍵を掛けた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」

 

あ、危なかった! 危うく姫路さんに僕が女子トイレに入ってしまっている場面を見られるところだった。なんて間の悪いタイミングなんだ。本当心臓に悪いよ。

 

(玉野さん! ここから絶対に大きな声を出さないで! でないと僕の社会的命に関わるから!)

(よくわからないけどわかった。アキちゃんが言うならそうするね)

 

よし。これで声バレすることはなくなった。後は姫路さん達が自然にこの場を離れてくれるのを待つだけだ。

 

『……それで、瑞希は良かったの?』

 

扉に耳を当て音に集中するとさっきとは違う静かで大人びた声が聞こえた。さっき姫路さんが翔子ちゃんと言っていたからこれは多分Aクラス代表の霧島さんの声だろう。

 

『はい。あの場で返事を強要しちゃったら吉井君の本当の気持ちが分かりませんから。だから私は吉井君が本音を言ってくれるまで待つことにしたんです』

 

今度は姫路さんの声。これってまさか、昨日の告白の話!?

またよりにもよってなんでこんな時に!?

 

『……そう。瑞希は本当にいい子。きっと吉井にもその気持ちが伝わってるはず』

『そうだと嬉しいんですけど……。やっぱり返事を聞くのは怖いです』

『……大丈夫。だって、瑞希は優しいから』

 

うう……。やめてよ霧島さん。そんなこと言われたらますます断り難くなっちゃうじゃないか……。

 

『ありがとうございます。……でも、本当のことを言うと私、振られちゃっても良いんじゃないかなって思ってるんです』

『……え?』

「……っ!?」

 

僕は思わず霧島さんと同じ反応をしそうになった。振られても良い? どういうこと?

 

『……どうして? 瑞希は小さい時からずっと吉井のことが好きだったんでしょう。私と同じように』

 

ん? 私と同じように? 霧島さんも誰か好きな人がいたのか?

 

『はい。好きでした。いえ、今でも好きですよ。……ですけど、それよりも私は自分の気持ちに決着を付けたかったんだと思います。吉井君に想いを伝える事で今までずっと溜めてきた気持ちをすべて吐き出してすっきりしたかったんです』

 

やばい。ここから本当にやばい。早くっ。早く耳を塞がなくちゃ。

 

『……じゃあ、瑞希は吉井に振り向いてほしくないの?』

『そんなことないです! ……勿論吉井君と恋人同士になりたいです。だってそれが子供の頃からの夢だったんですから。でも、それは私だけの夢ですから吉井君が嫌だったら無理は言えないじゃないですか……』

 

何やってるんだよ僕! 早く耳を塞げ! 何も聴こえないようにしろ!

 

『……瑞希はもっと我儘を言って良い。私と付き合えって強引に迫っていけば』

『そうできたら良かったんですけど。やっぱり私には翔子ちゃんみたいにはできませんでした。私、弱いですから……』

『……そんなことない。瑞希は十分強い。ちゃんと吉井と向き合って告白したんだから』

『ふふ、ありがとうございます翔子ちゃん。…………私、吉井君がどんな答えを言っても素直に受け入れるつもりです。例えそれが私にとって不幸なことでも』

『……瑞希』

『あ、でも。本当に振られちゃったら、やっぱり泣いちゃうかもしれないですね……』

 

そのまま姫路さん達はトイレを出て行く。

個室の中で、僕は罪悪感に押しつぶされそうだった。

姫路さん、なんて優しい人なんだろう。こんな素敵な女の子の告白を拒否しようなんて僕はどれだけ残酷なことをしようとしていたんだ。そんなことできるわけがないっていうのに。

 

「はわぁ。姫路さんも霧島さんも恋に燃えてるんだね~。私もアキちゃん一筋だから安心してね!」

 

暢気な調子で玉野さんが言う。彼女の中で吉井明久とアキちゃんは別人ということになっているらしい。

いや、そんなことはもうどうでもいい。

もう僕は姫路さんの告白を断ることができなくなってしまった。

本当に、どうしよう…………。

 

pipipipipipipi!!!

 

「あ、……メールだ」

 

ポケットから携帯を出して画面を見る。

その表示内容に、僕は目を剥いた。

 

『From:木下優子

To:吉井明久

Sub:お弁当持って待ってるから校舎裏まで来る事。拒否権はないから絶対来なさいよ』

 

 

      ☆

 

 

「……遅かったわね」

「ごめん」

 

指定された校舎裏に来ると、優子さんが仁王立ちで僕を待っていた。

その鋭い目が、僕の姿を写した途端困惑の色を宿らせる。

 

「って何その汚れ? アンタ今までどこにいたの?」

「ちょっとここに来るまでにまた異端審問会の連中と鬼ごっこすることになって。その所為で到着するのが遅れちゃった」

「はぁ……。ほんとFクラスは馬鹿ばっかりね。遅れた責任をたっぷり追及してやろうかと思ったけどもういいわ。時間もあんまりないし早く食べましょ。はいこれ吉井君の分」

 

ぶっきらぼうに手渡されるお弁当を受け取る。

 

「ありがとう。……あれ? 優子さんはまだ食べてなかったの?」

「あ、当たりでしょうっ。 一人で食べたって寂しいだけじゃない」

「そ、そうだね……」

 

優子さん的には前にこの場所で独りで昼食を取ろうとしていた事はカウントされていないらしい。その辺にツッコミを入れるとまた睨まれそうなので僕は何も言わず壁に持たれながら地面に座りお弁当の風呂敷を解いた。

蓋を開けて中身を見ると今日も色とりどりなおかずが小さい箱にぎっしりと詰まっていて食欲を促進させる。ようやく身心共に落ち着ける安住の地にたどり着いたような気がしてさらに空腹感が襲ってきた。

 

「「いただきます」」

 

二人で手を合わせてお箸を動かし始める。

うん。今日も優子さんの作るお弁当は美味しい。今日一日でいろいろたいへんな出来事があったけど。これがあるだけですべて許せてしまいそうになるほど胸が満たされる気分だった。

なんだか僕は無性に嬉しくなって自然とお箸を動かす手が早くなる。

 

そうして今日始めての幸せ気分に浸りかけた瞬間、つい数分前の姫路さんと霧島さんのやりとりが脳内でフラッシュバックし、思わず手が止まった。

手に込めていた力が失われて、箸で掴んでいたから揚げがお弁当箱の上に落ちる。

 

「あ……」

 

そうだった。何暢気に昼ごはんなんて食べてるんだ僕は。

これから姫路さんに会って告白の返事を告げなくちゃいけないのに。

……でもあんなこと聞いちゃったらもう断るに断れない。姫路さんの好意に水を差せないとかそんなのじゃなく、純粋にあそこまで僕のことを想ってくれている姫路の気持ちを踏み躙りたくない。

そう思うと今こうして優子さんの作ってくれたお弁当を食べているだけでずっと待ってくれている姫路さんに悪いような気がしてくる。……そういえば前の姫路さんのお弁当を食べた時のあれはなんだったんだろう。姫路さんが実はとても料理ベタだっただけでは説明のつかないレベルの酷い味だった。あの時は突然出てきた雄二と秀吉に押し付けちゃったけどあれも姫路さんなりの好意の示し方だったのなら多少は無理してでも僕が食べきるべきだったのかもしれない。……あれ? 考えてみれば、僕って今までも結構姫路さんに失礼なことをしていないか……?

 

「吉井君? ちょっと。──ねぇ!」

「…………え? な、何かな?」

「何じゃないわよ。さっきから全然お箸が進んでないけどどうしたの? ……ひょっとして今日のお弁当美味しくなかった……?」

 

攻撃的な瞳に少しだけ不安を滲ませて優子さんは僕を見る。しまった。つい思考に没頭して手を動かすのを忘れてしまった。

 

「そ、そんなことまったくこれっぽっちもないよ! 今日のも本当に美味しいよ。今のはちょっとだけ考え事をしてぼーっとしてただけだから!」

「考え事……? それってさっきの姫路さんのこと? ふーん……」

「あの……、その」

 

段々と優子さんの表情が不機嫌になっていっていくことに僕はまた顔に冷や汗が出た。やばい。なんだか暴力的な気配を感じるぞ!?

 

「……そう、吉井君はアタシと二人きりでご飯食べてる時にほかの女のことを考えてたんだぁ。へぇ、吉井君も随分と良いご身分になったものね。どうしましょう、アタシ今すぐ吉井君の関節を一本増やしたくなっちゃったわ」

 

やっぱりぃっ!?

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 決して悪気はなかったんです! もう考えるのはやめるので許してくださいお願いします!」

「……じゃあ何考えてたのか言いなさいよ。そうしたら許してあげるから」

「うぇ!? いや……それは、ちょっと」

 

関節を増やされたくないけど正直に話すこともできない。

ほかの女子ならともかく、優子さんにだけはこの問題を相談することはできないんだ。

 

「ごめん。今は話せないよ」

「姫路さんに好きって言われたことについて悩んでるんじゃないの?」

 

僕が口を噤むと前振りもなくいきなり核心をついてきた。え!? 何で知ってるの!?

 

「え、ちょ、ちょっと待って! 何で分かったの!?」

「あら、そうなの。勘で言ったみたんだけど本当だったんだ」

「へ……?」

 

まさか、ハメられた……?

 

「ひ、ひどいよ優子さぁん!」

「アンタが素直に答えないから悪いのよ。あともうちょっとポーカーフェイスの練習をすることね。そんな一々考えてる事が顔に出てるようだと、いつか詐欺に合うわよ」

「うぅ……」

 

反論の余地もない意見にぐうの音も出ない。

 

「……それで、姫路さんの告白になんて答えたのよ」

 

さっきの挑戦的な態度とは打って変わって今度は期を伺うように遠慮しがちに問いかけてきた。……できれば秘密にしておきたいんだけど、ここまでバレてたらもう隠し通すことは不可能だろう。それにそんなこと今の優子さんが許してくれるとは思えない。

 

「いっぱい悩んだんだけど、結局昨日は決められなくて返事は保留ってことにして待ってもらっているんだ」

「なにそれ、ヘタレね」

「がはっ!?」

 

刺さった! 今僕の心に致命傷を負わす矢が何本もグサリと刺さったよ!?

 

「さ、さすが優子さん……。一切容赦のない精神攻撃だよ。危うくショック死するところだった」

「何大げさに戦いてるんだか……。ていうかそれメンタル弱すぎ。昨日自信満々に言ってた鉄の精神はどこ行っちゃったのよ」

 

僕の心は外がガチガチ中はスカスカのサッカーボールで出来ているんです……。

 

「それで? 吉井君は姫路さんと付き合うの?」

 

またもや唐突に核心に触れる優子さん。

くっ、この話題は優子さんの前ではタブーなのに。このままじゃアレのこともバレてしまう!?

 

「ひ……」

「ひ?」

「……秘密ってことじゃ、だめ?」

「吉井君、腕を出しなさい」

「その差し出した腕をどうするの!?」

 

満面の笑みで指をパキポキと音を鳴らして、本当に怖いんですけど!?

 

「はぁ……。別にとって食いやしないし誰にも言わないわよ。ただ……ちょっと気になるだけ……というか」

「いやいや、そんな恥ずかしそうに顔赤くしてしおらしく言われたって腕は渡さないからね!」

「はい? ──って腕の話はもういいのよ! ……ちゃんと話してくれたら」

「つまり話さなかったらとって食うの!?」

 

なんなんだ。優子さんは実は人を食う怪人だったの!? それともついにFクラスの空気に汚染されちゃって壊れちゃったのか!

 

「あぁもぉーっ! さっきから話が脱線してる! 何なの!? アンタ達Fクラスは一々場の雰囲気をギャグにしないと気がすまない人種なの!」

「いや、そんなことはないんだけど」

 

あと優子さんも今はそのFクラスの一員なんだよ。

 

「……もういい。一度仕切りなおしよ。話を一旦整理するわね。吉井君は昨日姫路さんに告白された。これは間違いないのよね」

「う、うん」

「そして吉井君はその場で結論を出せずに返答を繰り上げた」

「その通りです」

 

なんだこれ。まるで裁判に掛けられているみたいだ。

 

「その返事。期限とか設けてあるの?」

「うん。とりあえず昨日と同じ放課後の時間に屋上で会う約束してる」

「え……? 今日? 今日なの……?」

「そうだけど」

 

あれ、なんだか優子さんの表情がきょとんとしてるぞ。なんだか衝撃の事実に頭の中が真っ白になったみたいに。そんなにびっくりするようなことだったのかな。

僕が呆然としていると、優子さんは顔を俯けてから溜めていたものを発散するかの如く真っ赤になって。

 

「────っっ!!?? なんでそれをもっと早く言わないのよ──っ!」

 

爆発した。

それはもう、ドカーンって感じで。

 

「え!? だ、だって聞かれなかったし! そんな重大な事でもないと思って」

「重大に決まってるでしょうが! ある意味この場で一番な大事なことよそれ! ちょっと待って! ……てことはあれがこうだからそうなって、あ、あぁぁぁ……っっ」

「???」

 

噴火したと思ったら今度は頭を抱えて唸りだす。今日の優子さんは百面相だなぁ。

そんな芸のような光景をちょっと面白半分で見ていた僕に、優子さんはキッと表情を引き締めて目を合わせる。その瞳にはもう動揺の色はなかった。

 

「吉井君。さっきも聞いたことけど今度は真面目な話だから真剣に答えて。じゃないと、怒るわよ……?」

「は、はい!」

 

何者を寄せ付けない牙のような目が僕を真っ直ぐに見据えて。

 

「吉井君は、姫路さんこと……好き?」

 

そう問うてきた声は、何故か少し震えている気がした。

 

「あ……えと……」

 

困った。出来れば全力で誤魔化したいところだけど、優子さんの真摯な顔と鋭い瞳の奥に眠る隠しきれない怖気を見てると嘘をなんてつけない。

 

「僕は、姫路さんのことが……今は好きじゃない」

 

僕はもう姫路さんの背中を追いかけていない。

なのに、初めて好きじゃないという言葉を口にすると胸がどうしようもなく締め付けられて苦しかった。

 

「……ごめんなさい」

 

軽蔑されるか罵倒の応酬に見舞われるかと身構えてると優子さんは落ち込んだ様子で謝ってきた。

 

「な、なんで優子さんが謝るの? 何も悪い事してないのに」

「したわよ。……多分、アタシは今吉井君が言いたくなかった言葉を無理矢理言わせたんだと思うから。アンタの顔を見てればなんとなく分かる」

「…………」

 

顔か。あちゃあ、またやっちゃった。

まったく、僕ってヤツは少しは無表情を貫けないのか。

けど、それはやっぱり彼女の責任じゃない。

 

「優子さんは本当に悪くないよ。どっちみちいつかは言わなきゃいけないことなんだから。今のは練習ってことにすれば一応意味はあるよ」

「それ、強引すぎ」

「やっぱりそうかな。あはは……」

 

元気付けようと思って理由付けしたが、結局苦笑いになってしまった。

 

「今練習って言ったわよね。それじゃあ放課後も姫路さんに同じ台詞を言うつもりなの?」

「それは……」

 

一番痛い部分を突かれた。姫路さんと付き合えない。でもその言葉を姫路さんの前で直接言う勇気がどうしても持てない。

どれだけ練習しても、何百回予行しても、きっと姫路さんの悲しそうな顔を前にしたら僕は何も言えなくなる。確信以上の何かを持ってそう断言できた。

言葉にすべき台詞が頭の中に思い浮かばす無言でいると、優子さんはまた少し俯いた。

 

「ごめん。また野暮なこと聞いちゃった。そんなの決まってるのにね」

「……優子さんだったら、どうするの?」

「それはアタシが吉井君の立場だったらってこと?」

 

うん。と頷いて答える僕。

 

「アタシなら好きじゃない人からの告白だったらその場で丁寧に断るかな。アタシ、その辺淡白っていうか冷酷っていうか、さっぱりしてるのよ。勿論それで嫌われないよう最低限のケアはするけどね」

「やっぱり優子さんは強いね」

「こんなの人の性格次第よ。受け止める側が変われば感じ方も変わるんだから、単純に強いか弱いかの物差しで計れる問題じゃない。アタシは別に強くなんてないし、吉井君が弱いわけでもないわ。強いて言うならどれだけ他人の気持ちに共感できるか(・・・・・・)じゃない?」

「共感?」

「そう。簡単に言えば相手と同じ目線に立って気持ちが理解できるってこと。アタシも結構人の目を気にして言葉を変えるタイプだけど吉井君はもっと深くて相手と同じ立場になって考える事ができるのよ多分。だから今は姫路さんの立場に立っていてその想いを理解できるから吉井君自身の言いたい事が言えない。違う?」

「……ううん。違わない。でも僕のはそんな難しいものじゃないよ。ただ単純に怖いんだ。もし告白を断って姫路さんに嫌われちゃったらどうしようって。考えるだけで動けなくなる」

「吉井君。残酷なことを言うようで悪いけど、相手が望まない事をしているのに嫌われたくないっていうのは傲慢な考えよ。吉井君だって自分が傷つくようなことをされたら怒るでしょう? 相手の意見を殺して自分の意見を押し通す以上、相手に大なり小なり不満な思いをさせてしまうことは避けられないわ。それを許すか許さないかは吉井君には決められない。でも吉井君には相手がどんな気持ちを抱いてもそれを受け止める義務がある。それが責任っていうやつよ」

「責任……」

 

優子さんの言葉は一つ一つがすごく実感が持てて流れるように胸の中に入ってきた。

僕は臆病だから、姫路さんに嫌な顔をさせたくなくて告白された責任から逃げているのかもしれない。

トイレの個室で盗み聞きしてしまった時も、姫路さんは自分を受け入れてほしいと想いながらも同時に振られる覚悟が出来ていた。足りなかったのは僕の覚悟だけだ。

 

「……ありがとう優子さん。なんか僕、ちょっとだけ勇気が持てたよ」

「そっか。力になれてよかったわ」

 

僕が微笑みかけると、優子も一緒に柔らかい笑みで返してくれた。

 

「……じゃあ今度は、アタシの番ね」

「え? 番?」

 

どういう意味だろう?

 

「吉井君が正直な気持ちを言ってくれたように、アタシも吉井君に本当のアタシを曝け出す。これでお相子だから」

「本当の、優子さん?」

「ここから言うのは、嘘偽りのないアタシの本音。だから一字一句見逃さずに聞きなさいよ。いい? すごく恥ずかしいんだから二度は言わないからね」

 

 

そう言って、

僕は座った体勢のまま、優子さんに抱きしめられた。

 

 

「…………………………え"?」

 

現実に理解が追いつかない。さっきまで頭の中で渦のようにぐるぐる回っていた姫路さんへ葛藤や想いが一瞬で吹っ飛んだ。

今僕はどんな体勢でどんな格好をしているのかすら定かではない。

ただ、背中に回された優子さんの腕と、胸板に感じる柔らかい感触に、首筋に掛かる吐息を感じて一瞬で脳が沸騰しそうになった。

 

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ優子さん──っっ!?!?!? これは一体全体どういう冗談でございますのことでしょうか!?!?」

 

動揺はもはや言葉にならなかった。

やばい! やばいやばいやばい!

心臓がバクバク言ってる! 頭に血が上って意識がくらくらする。

優子さんに触れている部分がビリビリと感電したように強く刺激されている。

あまりの現実逃避した展開に二本の足で地面に座っているいう実感すら気薄になって、まるで空に飛んでいるあのような浮遊感が全身に駆け巡った。

 

「冗談でこんなことしないわよ。こっちは死にそうなほど恥ずかしい思いを振り切って手を伸ばしたっていうのに吉井君の中では冗談扱いなの? それはさすがにひどくないかしら───ねぇ!」

「お、おぉぉぉ──っ!?」

 

不気味な笑いを共に僕の首は段々と絞まっていく。

それも駄目だ! 息苦しいとかもはやどうでもよくてそんなに力を入れたらもっとくっ付いていろいろいけない部分に当たってるぅ!?

 

「す、ストップ優子さん! ごめんなさい! 疑ってごめんなさい! だからもっと離れて! このままだと僕の理性が! 理性が!」

 

両手を使おうにもこの体勢では優子さんの背中に回すようにしか動かせないため、成すすべもなくクラゲに刺されて痺れたように空中でブルブルと震えているしかない。

傍からみたらたいへん滑稽な絵面だろう。

今だ心拍数は破裂するんじゃないかと心配するぐらい強く鼓動しているが、何度も深呼吸を繰りかえしてようやく(表面上は)冷静さ取り戻した。

 

「ひ、一先ず離れないかな? ほら優子さんの体がいろいろ当たっちゃってるし……。こんなとこ異端審問会に見られたらもう教室にも入れないよ?」

「こんなところまで来ないから大丈夫よ。吉井君がどうしても嫌っていうなら離れるけど……どうするの?」

「う……」

 

そう言われると……。

首に感じる腕と吐息の感触。

お腹から胸に至るまで余すことなく女の子の体を受け止めている実感。

目の前で揺れる絹糸のようにさらさらな髪。そして鼻につく良い匂い。

 

結論、もっと堪能したい!

 

「……すみません。このままでお願いします」

「正直者ね」

 

女子の体に興味のない男子はいないのです。

 

「吉井君。Bクラスと試召戦争のした時にした約束を覚えてる?」

「あ、うん。覚えてるよ。……そのこと?」

「うん……」

 

静かに肯定する優子さん。

 

「ここからは、アタシの勝手な意見」

 

僕の首に腕を回したまま、優子さんは語りだす。

 

「アタシは吉井君と姫路さんには付き合ってほしくない」

「え……?」

 

その台詞は僕にとって意外だった。

さっきの問答からして、優子さんは姫路さんの為を思って僕に話しをしてきたのかと思っていたから。まさか優子さんの口から姫路さんと付き合ってほしくないなんて言葉が出るなんて予想だにしなかった。

 

「どうして?」

「……吉井君と姫路さんが仲良くしてる姿なんて見たくないもの。姫路さんだけじゃない。美波も美紀も、吉井君がアタシ以外の女の子と楽しそうにしている姿なんて嫌。見たくない聞きたくない。……ねぇ、何でだと思う?」

「あ………………」

 

普段から鈍感だの馬鹿だの言われ続けた僕でもこれで勘違いするほど愚かじゃない。俄かには信じられないけど、優子さんの気持ちは。

 

「優子さんも僕のこと……?」

「多分……ううん、多分じゃない。アタシは──アタシも吉井君が好き。どうしてこうなっちゃったのか、いつからこうなったのかもうわからないけど、今はもう自分で気持ちを抑えらないぐらい吉井君のことが好きなの」

「っ!?」

 

僕は心臓の高鳴りを抑えられなかった。う、嘘。優子さんが僕を……えぇー!

再び動揺が襲う僕に構わず優子さんは先を続ける。

 

「アタシだけ見てほしい。アタシ以外見てほしくない。そんな自分勝手な嫉妬を今までずっと抱き続けてた。でも吉井君が姫路さんに告白されたって聞いてからずっと心が不安定になって、だんだん自分の中の衝動が抑えらなくなっていったの。こうして吉井君と一緒にお昼ご飯を食べる事もできないって思ったら怖くて耐えられなかった。もう自分でもどうしようもないほど吉井君を好きになっちゃったのよ! だから吉井君が姫路さんと恋人同士になるなんて認めたくない。クラス中、学校全体が賛美してもアタシは許せない!」

「優子さん……」

 

僕は今だ自分の感情を整理するので精一杯だったけど、優子さんの想いは痛いぐらいに伝わってきた。それと同時にここまでそんな気持ちを一人で抱えて戦っていた女の子の気持ちに気づいてあげられなかった自分を情けなく思う。

まったく、内心じゃ好きだと好きだと言っている癖になんて体たらくなんだろう。

 

「ごめん。気づいてあげられなくて。僕姫路さんのことで頭いっぱいで優子さんに配慮する余裕なかった」

「……それは吉井君の責任じゃない。それにアタシもバレないように細心の注意を払ってたから、寧ろ気がつかなくて普通なのよ。じゃないとアタシはもう二度と猫を被れないわ」

 

優子さんは自嘲気味に薄く笑って言った。

 

「でもまさかこんなに好きになるなんて、自分でもびっくり。アタシにこんな想いさせたのは貴方がはじめてだったんだから」

「そ、それはなんとまあ……。光栄に思っていいやらなんやら」

「思っていいのよ。アタシにとってこれが初恋なんだから。もう一生忘れらない思い出になるわね」

「そこまで!?」

 

な、なんかその言い方は重いな……。

 

「吉井君……。吉井君が姫路さんに負い目を感じて自分の気持ちを口にできないなら、その責任はアタシも背負う」

「え? どういう……こと?」

「アンタはいろいろ背負いすぎなのよ。アタシのこと。試召戦争のこと。姫路さんのこと。そして自分のこと。そんないっぱい一度に肩に乗せていたら崩れるのは当然じゃない。────だからその荷物はアタシも一緒に背負う。吉井君が自分勝手にアタシをAクラスに編入させようとして頑張ってくれたように、今度はアタシがそうしたいから吉井君を助ける。責任の重圧に一人で耐えられなくて押しつぶされそうなことでも、二人なら支えられるでしょ? 今まで吉井君がアタシを助けれたように今度はアタシが吉井君の助けになるの。姫路さんの好意を無碍にしたことにみんなが吉井君を非難しても絶対にアタシが守るから。……だから、これからもアタシの傍にいて。おねがい……」

 

首に回された腕がより強く締まりさっきより体が密着する。

それは痛いものではなく、消えてしまいそう何かを必死に捕まえたいと抗う力だった。

 

「……僕は、」

 

優子さんの語りを聞いているうちに動揺して真っ白になっていた頭は完全に冷え切っていた。早鐘を打っていた鼓動も正常に戻り状態は極めて安定と言ったところ。

その上で決断する。

 

僕は木下優子さんっていう一人の女の子のことが好きだ。

 

振り分け試験の日に助けた時からずっと密かに意識し続けて、Fクラスになってしまったと聞いてからはなんとかしてあげたいと願った。ずっと優子さんのことだけを考え続けていて、そうして守りたいっていう気持ちがいつからか恋に変わっていたというだけのどこにでもある簡単でありふれた話。

姫路さんへの罪悪感もある。申し訳ない気持ちもある。でも、今僕はこうしたい。

 

「あ……。吉井君……」

 

僕は今まで手持ち無沙汰だった両腕を上げて優子さんの背中に回した。

腕の中にすっぽりと納まった暖かくて柔らかくて小さな体を僕は愛おしく抱きしめて言った。

 

「ありがとう優子さん。優子さんの気持ち、体中に染み渡るぐらい伝わったよ。……僕も優子さんと同じ気持ちだよ。ずっと隣にいたい。僕も優子さんのことが好きだから」

「っ!? 本当!? ほんとに! 嘘じゃないわよね! 今ドッキリとか言ったらぶっ飛ばすわよ!」

「そこまでバラエティー心に富んでないつもりだけど……。本当だよ。でも告白するのが怖くって、振られるんじゃないかって思うと素直になれなかった。そうしているうち先に姫路さんに告白されちゃって、どうしようもなくなったのが今の僕だったんだ……」

「……そっか。それじゃあ仕方ないわね。結局、アタシも吉井君も姫路さんもみんなタイミングが悪かった。これはただそれだけのことだったんだもの」

「そうかもしれないね……。でもさっき優子さんが言ってた通りやっぱり姫路さんのことは僕が背負わなくちゃいけない責任があるよ。だからこの件は僕が自分自身の手で方をつけるよ。それ……で……」

 

ふらっと意識が途切れる。景色が急に縦から横になった。

あれ? 急に力が抜けて……。なんでだろう。なんか近くで大声が聞こえるけど声が出ない。

……あぁ、そういえば今日僕風邪を引いていたんだった。

今まで異端審問会やらトイレ騒ぎ、姫路さんとの問題etcですっかり意識から抜けていたけど今までのやりとりの中でようやく本当の安寧を取り戻したことで箍が外れたってことかぁ。

度の高いメガネを掛けたみたいにぼやける視界の中で思う。

 

……本当に、僕ってやつは最後まで締まらないなぁ。

 

 

       ☆

 

 

目を覚ますと、視界一面が白に覆われていた。

まだ完全に覚醒したわけではないがかすかに薬品の匂いがする。

体に毛布を掛けられていることから、どうやら僕はここで寝かされているらしい。

 

「……んっ。あれ? ここは……?」

「あ、やっと起きた」

「え?」

 

耳に馴染む声がした方へ首だけ回すと、丸イスに腰掛けている優子さんが僕の方を半眼で見ていた。

僕は少しだけ体を起して周囲の見回すと、身長計や体重計、そのほか3つほどベッドが並んでいるのが見えた。おそらく保険室だろう。

 

「優子さん。僕どうしちゃったの?」

「校舎裏で倒れたのよ もう、風邪なら風邪って最初に言いなさいよね! せっかくいいムードになったと思ったら急にぐったりして意識がなくなるから血の気が引いたじゃない! 本気で心配したんだからね! ここに連れてくるまで重かったし!」

「ご、ごめんなさい」

 

そうか、倒れちゃったのか。

できれば心配を掛けないように風邪のことは内緒にしていたんだけど裏目に出ちゃったなぁ。

 

「僕、どれぐらい寝てたの?」

「40分ぐらいよ。今は五時間目の途中。丁度上ではCクラスとBクラスが試召戦争をしている頃ね」

「五時間目……。あれ、じゃあ優子さん授業は?」

 

CとB以外のクラスは平時通り授業の筈なのにどうして彼女はまだここにいるんだ?

 

「………………アンタが寝てる間もずっと離してくれないからでられなかったのよ」

「へ?」

「手」

 

手? そういえばさっきから左手が何か掴んでいる感触があるなぁ。

 

「……あ」

 

僕が左腕を上げると、それに連動して優子さんの右手が持ち上がった。

どうやら無意識の内に僕は優子さんの手を握っていたらしい。そっか。これじゃ確かに動けないよね。

 

「ご、ごめん! いやこれはしたくて握ってたんじゃなくて偶々偶然無意識に体が動いただけで僕が望んでしたわけじゃないんだよ!?」

 

慌てて手を離す。は、恥ずかしい! 気絶してて意識のない状態なのにそれでも手が自然と優子さんの体を求めて動くなんて!

 

「べ、別にこれぐらいどうってことないわよ。どっちにしてもここにいるつもりだったし……」

 

右手を解放された優子さんは左手で包み込むように自分の右手を握り締めた。ずっと僕に握り締められていた右手は熱と汗で赤くなっていて、それと連動するように優子さんの顔色も赤くなる。くわぁ、可愛いじゃないかっ。

 

「そうだったんだ。看病してくれてありがとう。おかげでかなり楽になったよ」

「当たり前でしょう。もうアタシは吉井君のか……、か…………彼女……なんだから」

「あ……そ、そうだね」

「……そうよ。だからその、アタシにはいくらでも甘えてくれていいんだから」

 

手を忙しなく弄って目を何度も左右に動かしながらモジモジと呟く優子さん。

なんだこの可愛いすぎる反応は! 今すぐ立ち上がって抱きしめたい!

うーん、それにしても優子さんが僕の彼女か……。なんだろうこの感じ。ずっと夢にまでみた光景なのに、まだ校舎裏の告白からほとんど時間が経っていない所為かイマイチ実感が持てないや。そういえばあれから異端審問会や玉野さんはどうなったんだろうか。BクラスとCクラスの試召戦争の様子も見てみたいし、姫路さんのことも心根に残っている。いろいろ気になることがありすぎて優子さんのことに焦点を当てられていない所為か?

 

「「………………………………」」

 

それからしばらく無言の時間が続いた。

なんだろうこのピンク色の空気は……。まるで体中に農耕な蜂蜜を乗りたくられたような甘ったるい雰囲気。まだ校舎裏での余韻が僕らの中に残っているのかな。会話は弾まないのに居心地が良いなんて感覚初めてだ。

 

「そ、そろそろ熱測ったほうが良いわよね! アタシ体温計持って来るから!」

 

優子さんはイスから弾かれるように勢いよく立ち上がった。

そして今まで閉められていたカーテンを開き、保険医の先生の机の上に置いているボールペンなどが入れてある筒状の入れ物から体温計を引き抜く。

室内の様子から察するに保険の先生はどこへ行ってしまったまま帰って来ていないらしい。

 

「はい。デジタルで割といいヤツだから十秒くらいで計れると思うわ」

「ありがとう。やってみるよ」

 

体温計を受け取りさっそく電源を入れるとモニターの部分に電子番号の羅列が現れた。

僕はいそいそと制服の上二つのボタンを外し腋下にそれを挿入しようとしたところで……。

 

「──────」

 

じーっと真っ直ぐに僕を見つめる優子さんの視線に気づいた。

 

「……あの」

「な、なにっ?」

「そんなに間近でじっと見られると恥ずかしくてやり難いんだけど」

「──っ!? そ、そうよね! ごめん、終わるまでアタシ後ろ向いてるから!」

 

優子さんは耳まで真っ赤にして僕に背中を向ける。

あぁもぉ! なんなんださっきからこの砂糖を直接口の中にぶちまけたような甘々なシチュエーションは! ただ体温を測るだけのになんだかこれから如何わしいをことしようとしているみたいじゃないか!

一度目に体温を測った時は何故か以上に高い数値でびっくりしたけど、これは風邪とは違う意味の熱だと思う。

二度目に計り直したらさっきよりもかなり下がって平熱より少し高い程度に留まった。

 

「うん。これならあと一眠りしたら良くなると思うわ」

 

僕から受け取った体温計の表示画面を見た優子さんは表情を和らげながら言った。

 

「昼休みに散々走り回って汗を掻いたのが良かったのかも。これが結果オーライってヤツ?」

「馬鹿言ってないの。病人のくせに。本当はベッドで一日安静にしてなきゃいけないんだからね。ちゃんと分かってる?」

 

めっとか言われそうな感じで叱られた。

 

「はい、分かってます。でも今日は」

「姫路さんと約束があるから休めない、でしょ? 分かってるわよ。でもアタシは心配しているの吉井君の体のことよ。確かに約束を守るのは大事だけどそれで吉井君の体調に悪影響が出ちゃったらどうするのよ」

「ごめん……」

 

僕は頭を垂れて謝った。

優子さんは真剣に僕の体を気遣ってくれている。なのに僕はまた姫路さんのことばっかりで自分を蔑ろにしてしまった。まだ駄目駄目だな僕。

 

「僕、ちゃんと姫路さんに言うよ。君とは付き合えないって。それで謝る。許してもらえないかもしれないけど、それでも告白してくれた姫路さんへの責任を果たす」

「うん。アタシも待ってるから。全部終わるまで教室でアンタのこと。そしたら今日だけは何もかも忘れて一緒に帰りましょ」

「そうだね」

 

左手に柔らかくて暖かい感触を受ける。

いつからか僕の左手には、優子さんの両手が外壁を覆うように掴まれていた。

包み込まれた左手から感じるひんやりとした感覚が熱で絆された体に気持ちが良かった。

その夢心地のまま横になろうと体を動かしたその時、

 

「……んっ」

 

いきなり、目の前に優子さんの顔が迫ったかと思ったら唇が一瞬で何か柔らかいものに塞がれた。

それは小鳥がついばむように一瞬だけの軽いキスだったけど、僕は一瞬で頭の中が空っぽになり何も考えられなくなるほどの衝撃だった。ようやく落ち着いてきたと思った体温は再び急上昇する。

 

「ゆ、ゆゆゆ優子さん!? いい今のってきききキス──っ!?」

「ちゃんと姫路さんに顔を合わせて言える様にアタシからのお守り。……い、一応アタシのファーストキスなんだからありがたく思いなさいよ──っ!」

「僕風邪引いてるんだけど。これってキスしたら駄目なんじゃないのかな!?」

「もう熱もほとんどなかったから大丈夫よ。それに……吉井君の熱なら、別にうつってもいいし……」

 

唇に手を添えて照れる優子さんはなんだかすごく色っぽく見える。

や、やばいよ。ついにキスしちゃったよぉ! どうしよう僕! 人間は生まれたときから幸と不幸を半分ずつ持っているって聞くけど、僕の幸運はここ数日で使い果たしてしまったんじゃないのかと思うぐらい幸せすぎる!

しかもファーストキスってことはつまり僕が優子さんにとって初めての……あぁー! これはヤバイ! 考えただけで脳みそが噴火してしまいそうだ!

 

「優子さん! お願いがあるんだけど!」

「な、何よ……」

 

僕は精一杯の誠意のつもりで優子さんと真っ直ぐに目を合わせて告げる。

 

「も、もう一回、してほしいな」

「なっ!? もう一度!?」

「さっきは一瞬だったから……。勇気付けの為にも、その……注入を」

「……うっ…………」

 

茹でたタコみたいに首から上を真っ赤にしてブルブル震える優子さんは一度左右前方をちらり見回した後、瞳を潤ませて。

 

「もうすぐ先生が帰ってくるかもしれないから。…………あと一回だけだからね」

「う、うん……」

 

再び僕らは顔を近づけて、静寂に包まれている保健室の一室の中で唇を合わせた。

今度は一度目よりも強く──長く。

 

 

       ☆

 

 

最後の舞台。夕暮れの屋上で僕は姫路に向かって限界まで頭を下げた。

 

「ごめんなさい! 僕、姫路さんとは付き合えません!」

 

恥も外聞も脱ぎ捨てて対面に立つ姫路さんに僕なりの精一杯の誠意を示す為にありったけの大声で謝罪の言葉を告げる。

視線からずっと地面を向いたままだから姫路さんがどんな様子で僕を見ているのかわからない。でもきっと悲しそうな表情を浮かべているであろうことは容易に想像がつく。そう考えると、やっぱり胸が苦しかった。

 

「……顔、上げてください」

「でも……」

「頭を下げられたままだとお話もできませんから。だから上げてください」

 

意を決して僕は言われたとおり顔を上げて姫路さんと正面から相対する。

僕の予想に反して姫路さんの顔には柔らい微笑みが浮かべられていた。

まるで付き物が落ちたかのようすっきりした気分みたいに。

 

「まずは、きちんとお返事してくれてありがとうございました。今までずっと返事がないまま今日が終わっちゃうんじゃないかなって不安だったんです」

「あ、当たり前だよ! 約束したじゃないか」

「そうですね。吉井君は一度した約束は絶対に守る人ですから。知ってますか? 告白した時って、YESかNOの答えを言われるより曖昧な状態のまま待たされるのが一番不安なんです。まるでゴールのない海の真ん中を漂流したみたいに実体のない恐怖みたいなものがずっと体を蝕んでいくんですから」

「ごめん、姫路さんを待たせて」

「あっ、吉井君は違いますよ! 吉井君はちゃんと返事を言ってくれました! ですから吉井君は謝らなくていいんです」

 

こんな時でも姫路さんは他人を気遣える優しい人だ。

でも今はその優しさが僕には痛いと感じる。

 

「驚かないで聞いてくださいね? ……実はなんとなくこうなるんじゃないかなって予感してたんです」

「え? どうして」

「だって吉井君。昨日私の告白を聞いたときもなんだか違うことを考えていたような気がしてましたから。多分、今の吉井君には私なんかよりずっと大事なことを抱えているんだなってその時気づきました」

「それは違うよ! 姫路さんのことだって僕にとっては同じくらい大切だよ! あの時は、いろいろ頭の中が混乱してて自分でも良く分からない状態だったんだ……」

 

そうか。昨日の同じ場所で葛藤していた時、姫路さんにはそういう風に見えてしまっていたんだ。なんてことだ。本当に最低じゃないか……。

 

「姫路さんは聞かないの? どうして僕が付き合えないのかって」

「聞きたいです。すごく聞きたいです。……でも聞かないでおきます」

「な、なんでさ! 姫路さんには聞く権利があるのに」

「わかりません。もしかしたら知りたくないのかもしれません。自分に振り向いてもらえなかった理由なんて、今から知ってしまってももうどうしようもできませんから。それならいっそ何も知らないほうが良いかなって」

「姫路さん……」

「でも私、後悔はしません。吉井君を好きになってよかったって今でも心から思ってます。残念ながら想いは実りませんでしたけど、私は私の気持ちを正直に好きな人に告げる事ができたんですから。それだけで満たされました」

 

そんなわけがない。姫路さんは嘘を吐いてる。僕でも簡単に見抜けるぐらいの簡単の嘘だ。その証拠にさっきから姫路さんはずっと笑っている(・・・・・・・・)。怒りも悲しみもせず、まるで一生懸命子供をあやす母親のような微笑をずっと浮かべ続けている。それが無理に無理を重ねて作った嘘の表情だっていうことも分かっていた。

でも僕にはそれをやめさせる資格はない。

 

だってそれが姫路さんの優しさだから。

本当は悲しくて、崩れ落ちてしまいたいほど悲しいはずなのに。それでも彼女は僕のため(・・・・)に泣かないように必死に外面を取り繕っているんだ。それを僕がやめさせるなんてどうしてできる……?

こんな痛々しい少女を目の前にただ頭を下げる事しかできない僕の方が泣きたい気持ちになった。

 

「本当に、ごめん……」

「もう、謝らないください。私に事情があったように、吉井君にも事情があったんですよね。今回はそれが偶々噛み合わなかったっていうだけのことなんですから」

「それでも謝りたいんだ。そうじゃないと僕の気が治まらない」

 

いっそのこと罵倒して非難して殴ってくれればどれだけ楽だったか。もしこの場に僕がもう一人いたら激昂して僕をぶん殴っていただろう。

でも姫路さんにそんなことはできない。最後の最後まで姫路さんは僕の為に微笑を浮かべ続けることしか出来ないんだから。

僕にとって、そんな姿を見せられるのは直接的な暴力よりも何倍も痛く苦しかった。

 

「それじゃあ、最後の一つだけ教えてもらっても良いですか?」

「!? 勿論! 何でも答えるよ!」

「……吉井君には今、好きな人がいますか?」

「えっ! それは……」

 

呼吸が一瞬だけ止まった。

何でも言うと啖呵を切ったくせについ返答するのが躊躇われた。

くそ、成長しろ僕! ここで止まったら今までと何も変わっていないじゃないか!

姫路さんが望んでいるなら、僕は姫路さんを傷つけてしまうリスクを乗り越えてでも言ってあげないといけないんだ。

それが僕なりの姫路さんに対する責任であり、誠意だったはずだ。

 

「うん、いる。僕には好きな人がいるよ」

「……良かった。これで私に魅力がないから付き合えないわけじゃないってことですね」

「そんなわけないじゃないか──! 姫路さんはすごく魅力的だよ! 僕も、こんな人に対する思いやりが深くて──何より可愛い姫路さんに告白されたことをずっと誇りに思うよ」

 

嘘じゃない。本当に僕は姫路さんから好かれていたことを誇らしく思っている。

容姿も綺麗で頭も良くて性格も言うところがない完璧と形容できる少女の想いを一度でも受ける事ができたのは僕の人生で二番目(・・・)に嬉しいことだと断言できる。

傷つき、ボロボロになったはずの姫路さんは、最後まで気丈で勇ましく果敢な立ち姿で僕に微笑んだ。

 

「吉井君の想いは十分に分かりました。私も吉井君を好きになったことを忘れません。──きっと、これからも吉井君にはいろいろな苦難や問題が待っていると想います。でも吉井君なら絶対に最後まで乗り換えられます。残念ながらそれを隣で信じる事は私の役目ではありませんでしたけど。せめて"友達"として影から祈ってますね」

「姫路さん……。ありがとう」

 

止まっていた時間が再び動き出すように姫路さんは歩き出し僕に接近する。

そして──僕の頬に軽い口付けを交わした。

柔らかくてしっとり熱い感覚が頬を伝う。今の感触は、姫路さんの唇……?

 

「ひ、姫路さんっ!? 今のは……っ」

「……唇のキスは、吉井君の想い人の為に空けておきます。ですからこれが最後の私からお礼です。

 

吉井君。

────私に恋を教えてくれて、ありがとうございました」

 

最後の最後まで、彼女は笑顔のまま言葉を紡いだ。

それから姫路さんは僕の返事を待たず軽快な足取りで屋上を後にした。

僕はまだ頬に感じる暖かさを感じながら、夕暮れに吹く涼風の緩流に煽られている。

 

「姫路さん。最後まで泣かなかったな……」

 

ポツリと独り言を夕焼けの空に呟く。

姫路さんの関係もこれですべて解消された。

許されるなら、これからも友達として姫路さんと仲良くしていけたらと思う。自分勝手な言い分だけど、それでも僕は姫路さんとまだたくさん話したい。一緒に騒いで笑い合って楽しいこといっぱいして、いつか今日の出来事を思い出として語り合える日をずっと望み続ける。

 

 

        ☆

 

 

Fクラスの教室に戻ると、中では優子さんが窓に射す夕焼けを眺めていた。

扉が開く音に反応し、彼女の顔が僕の方に向くとその口元が少しだけ綻ぶ。

 

「終わった?」

 

その口が、たった一言を僕に問うた。

 

「……うん。全部終わったよ。姫路さんに僕の正直な気持ちを話して謝った。許してもらえるかどうかは分からないけど、僕に言えることを全部話したよ」

「そっか。……それじゃあ今日はもう帰りましょ」

 

あっさりと会話を打ち切って僕と自分の分の鞄を持って優子さんは歩み寄ってきた。

もう、僕には好きな人がいてこうして気持ちを通じ合う事もできた。

それでも姫路さんのことがまだ心根の奥に残っていてそのことがちくちくと僕の胸に罪悪感を訴え続ける。

 

「優子さん……。僕は──あ」

 

懺悔の句が出そうになった口を優子さんは人差し指を立てて妨げた。

 

「言いたくない事は無理に言わなくて良いのよ。吉井君は何も間違ってない。だから今だけは何も考えないで。それは答えのない泥沼の淵だから」

「……ごめん。ありがとう」

「言ったでしょ、一緒に背負うって。嬉しいことも辛い事も、吉井君が肩の荷に耐え切れなくなって倒れそうになるならアタシが支える。これからもずっとね。綺麗に半分こにはできないけど、それで少しは楽になるでしょ?」

「──ははは」

 

自然と笑いが漏れた。

ほんと僕の周囲の女の子は強い人ばっかりだな。それに反比例するように否応なく自分の弱さが浮き彫りになって悲しくなる。

 

「うん、そうだね。今日はもう帰ろう。……帰ってゆっくり寝て体調を良くして、また明日にいつも通りの僕で学校に登校できるように」

「それが一番ね。というわけで──はい」

「??? これ、お弁当?」

 

いきなり鞄から取り出したお弁当箱を手渡された。

 

「結局昼休みの時はごちゃごちゃして最後まで食べ切れなかったでしょう。まだ中身余ってるからちゃんと最後まで食べきる事。どうせ吉井君の家に晩御飯の用意も材料も残ってないんでしょう?」

「そういえばそうだったかも……。うん、ちゃんと食べて洗って返すよ。ありがとう」

「ん。それじゃ帰ろ……」

 

手を繋いで僕らは教室から退室する。

この手の温もりを一生掛けて守れるように、僕は心を強くする事を誓って明日からの最後の試召戦争に挑むんだ。

 

 

 

 


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