バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語   作:鳳小鳥

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問31 島田美波の思い出/後

ゲームセンターでたっぷり遊んだ後、僕と美波は近くコンビニでビニール傘を一本(美波経費)で買うことになった。

やっぱり男女二人が折り畳み傘一本で雨をしのぐには窮屈すぎた。

でもわざわざ買うなら学校で美波が壊した傘はまったくの無駄死にだ。……あの花柄の傘、可愛かったのにもったいなかったな。

 

「アキ、ちょっとお腹空いてこない?」

 

ビニール傘を差した美波が歩きながら聞いてきた。

 

「ん、そういえば結構体も動かしたしちょっと小腹が空いたかも」

 

お腹を摩りながら腹の空き具合を計る。

最近は優子さんのおかげでいくらか食事事情が改善されたものの、朝と晩のご飯相は変わらずの貧困模様なので常にお腹は空いていたりする。

まあといってもやっぱりお金がないから我慢するしかないんだけどね……。

 

「じゃあそこ行かない?」

 

美波が指差した先には喫茶店が建っていた。店名に『ラ・ペディス』と書いてある。??? 意味はわかないけど一体何語なんだろう。

 

「いいけど。美波、僕お金ないよ?」

「……この甲斐性なし。いいわよ。ウチの分は自分で出すから、ほら、入りましょ」

 

ふてくされた顔で美波は店に向かって歩いていく。

 

カランコロン

 

「ん?」

「あ」

 

僕達が店に入ろうとした途端、店の扉が勝手に開き中から人が出てきた。

その人は僕と美波の姿を見ると、体を仰け反らせて驚く。

 

「君は、吉井君!?」

「久保君じゃないか。奇遇だねこんなところで」

「そ、そうだね。確かに、これは運命のお導きだ」

 

何故か久保君は顔を赤くしてメガネに指を当てている。

言っている意味はよくわからないけど、まさか久保君とこんなところで出会うなんて思いもしなかった。

 

「だれ? 知り合い?」

「Aクラスの久保君だよ。久保君はここで何してたの?」

「ちょっと来週の授業の予習をね。吉井君こそ、これからこの店に入るのかい?」

「うん。まあね」

「そうか。それは丁度良い。僕もこれから店に入ろうと思っていたんだ」

 

今店から出てきたような気がするんだけど僕の見間違いだったのか?

 

「まあいいや。それじゃいこっか」

 

小さいことは気にしないことにして僕は店に入ることにした。

 

──カランコロン

 

僕と美波と久保君が店内に足を踏み入れるとカウベルの音に反応して店員さんが僕らの前でやってきて、

 

「いらっしゃいま──お帰りください豚野郎」

「入店拒否!?」

 

ウェイトレス姿で髪をくるくる巻いたドリルのようなツーテールが特徴の清水美晴さんが恭しく僕達に退店を催促してきた。店に入った途端に帰れと言われたのは初めての経験だ。

 

「美春!? なんであんたがここにいるのよ!」

「きゃぁああ! お姉さまではありませんか! わざわざ美春に会いに来てくれるために来てくれたんですねー!!! 事前に教えていただければベッドを用意して御待ちしておりましたのにーーーーっっ!!!!」

「いらないわよ! あぁこら抱きつくなーっ! あんたがいるって知ってれば来なかったわよ!」

「またまた照れ隠しがお上手なんですからー。ここが美春の家だと知って来てくれた事などお見通しです!」

「え? ここって清水さんの家なの?」

「誰が口を開いて良いと言いましたか豚野郎。……しかし確かにその通り、ここは美春の家兼父の経営しているお店です」

 

へぇ。清水のお父さんが店長なんだ。世間は狭いっていうけど本当なんだな。

 

「いい加減離れなさい! 美春あんた店員なんでしょ! さっさと案内しなさい!」

「おっとそうでした。美春としたことがお客様を入り口で待たせてしまうなんて。やはりお姉さまの魅力は凶悪です」

「もうなんでもいいわよ……」

「それでは──」

 

清水さんの視線が美波、僕、久保君と移っていく。

 

「二名様でよろしいですね」

「待って清水さん! その中に明らかに僕の存在が含まれてないよね!」

「失礼しました。二名と一匹ですね」

「ペット扱い!?」

 

なんで僕はこんなに清水さんに恨まれてるんだ……。

 

「現在席が混んでおりますので、お一人様だけ相席となりますがよろしいですか?」

「それぐらいなら、いいよね?」

「ウチはアキと一緒なら……」

「僕は大丈夫だ。問題ないよ」

「わかりました。それではご案内します」

 

いろいろ言いたいことはあるけどここはぐっと堪えて僕は清水さんの後に続いた。

それとなく店内を見回してみると喫茶店として結構広くファミレスぐらいの大きさを誇っていた。客層も学生が多く外は雨だというのに店内は大きな賑わいを見せている。どうやらここは学生に人気のお店のようだ。

 

「失礼します。お客様、こちらのお客様と相席させてもらってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。だいじょう──きゃあぁぁぁーーーーっっ!!!!!!」

 

コーヒーを飲みながらなにやら薄い本を読んでいたおさげの少女は僕達を見た途端顔を真っ赤にして悲鳴のような大声を上げた。何事!?

 

「アキちゃん!? こんなところで会うなんてこれは運命! デスティニーよ!」

「って玉野さん!? よりにもなって相席って彼女なの!?」

 

さ、最悪だ……。清水さんだけでも僕の精神はガリガリ削られているのにこの上玉野さんまでいられたら僕は自分がどうなってしまうかわからない! 優子さん助けて!

 

「さぁさぁさぁ座って座って! アキちゃんなら大歓迎だから!」

 

そう言って玉野さんは自分の椅子から少しだけお尻をずらしてスペースを半分開けた。

なんで対面に開いている席があるのにわざわざ一人掛けの椅子に座らせようとしてるんだろう……。

 

「いや、僕と美波は隣のテーブルに座るから。久保君、悪いけど玉野さんと一緒にお願い」

「僕は気にしないよ。それにこの距離なら指して会話に支障はない」

「うーん残念。でもいっか! アキちゃんに会えただけでも今日はラッキーデーよ!」

 

ポジティブな玉野さんに辟易としながら僕と美波はテーブルについた。

 

「さてと、何食べるアキ?」

 

テーブルの上にメニューを広げながら美波が声を掛けてきた。

僕も一覧に目を通してみると学生に人気ということもあってどれもさほど高くない。

うーん、袖を振れば手が届きそうな値段なんだけど、やっぱり僕の財産から捻出するにはちょっと痛いなぁ。ちょっと惜しいけど水だけにしよう。

 

「お水をお持ちしました」

 

そんなことをしていると清水さんがトレイを持ってやってきた。

そしてそれぞれの前に水の入ったコップを置いていく。

 

コトッ→美波の分

 

コトッ→久保君の分

 

カタンッ→僕の分(犬の餌入れ)

 

「……あの、清水さん」

「なんですか犬野郎」

「どうして僕のお水だけ犬の食器に入れてあるの?」

「はい? ……ああそうでしたね。美春としたことがうっかりしていました」

 

なんだ間違えただけか。よかった。

 

「犬用の皿をテーブルの上に置くのは不衛生ですね」

 

どうやら彼女は僕をとことんペット扱いしたいらしい。

 

「違うよ! テーブルの上じゃ飲みにくいから床に置いてって言ってるんじゃないの! もっと普通のコップに入れてきてよ!」

「嫌です。犬は犬らしく地面に這いつくばって舐めればいいのです!」

「もう僕嫌この店!」

「美春。アキはれっきとした客なんだからちゃんとしなさい。でないと店長に言いつけるわよ」

 

美波がキっとにらめつけると清水さんは溜息を付きながら、

 

「……仕方ありません。お姉さまが言うのでしたら今日だけは特別に人間扱いしてあげます家畜野郎」

「してないよ! 全然人間扱いされてないよ!?」

「メニューはお決まりになりましたか?」

 

スルー!? やっぱりペット扱い──いやそれ以下だ!

 

「ウチはチーズケーキとミルクティー」

「僕はホットコーヒーを」

「あ、美春ちゃん! 私もコーヒーおかわりお願いね」

「かしこまりました。チーズケーキ一つとミルクティーとコーヒー二つですね」

「僕は水だけでいいや」

「冷やかしですか。最低ですね屑野郎」

 

うん。もうその程度じゃ動じないようになってきた。慣れって怖い。

 

「では少々お待ちください」

 

ペコリと頭を下げて清水さんは下がっていった。

美波の言いつけはきちんと守るようでその後すぐに普通のコップに水を入れてきてくれたことだけは素直に安心した。

はぁ……。なんで僕は喫茶店に来てるだけでこんなに疲れてるんだろう。ゲームセンターにいた時のほうがまだ楽だったよ。

 

「最近人気だって言うから来てみたけどまさか美春の店だったなんて……。これ以上何かされないうちにさっさと食べて出なきゃ」

 

激しく同感です。

 

「ところでどうして吉井君と島田さんは一緒にいるんだい?」

 

隣の席の久保君がそんな質問をしてきた。

 

「そ、それは……デー」

「遊んでたんだよ!! さっきまでゲームセンターでいろいろしてたんだけどちょっと小腹が空いちゃってね! あははははは!!」

「なるほど。そういう理由か」

 

あ、危なかった……。久保君はこの中で美波を除いて唯一僕と優子さんが恋人同士であることを知っている人物だ。なのにここで美波とデートしているなんて知られたら僕は確実に鬼畜扱いされる!?

 

「そ、そういえば玉野さん。僕君に聞きたいことがあるんだ」

 

話題逸らしの為、僕はターゲットを玉野さんに当てた。

 

「何! 何々々!! 何でも言って! アキちゃんの為なら何でも答えちゃう! 新しいお洋服のオーダー? スリーサイズ? 今日の下着の色?」

 

正直後半の二点は激しく興味があるがここはグッと堪えて僕はこれまで聞くに聞けなかったことを質問した。

 

「前に玉野さん、優子さんに手紙を書いて下駄箱に入れたでしょ? なんでわざわざそんな面倒な方法で優子さんと会ったの?」

 

ずっとそれが気になっていた。話があるなら直接教室まで来て話せば良いものを仰々しく手紙を書いて校舎裏なんて曰く付きな場所に呼び出した。その理由がずっとわからなかった。

 

「そ、それは……。ちょっと人の入るところで話すのは照れくさくて……」

 

ここまで変態趣向をオープンにしている玉野さんがした恥ずかしい話か。ちょっと気になるな。なんとなく彼女の様子から相談した内容は恋愛関係だと推測できた。それなら同じ女子の優子さんが選ばれたのにも説明が付く。きっと手紙を書いたのも予行練習のつもりだったのだろう。

あれ? ということは玉野さんの好きな人はFクラスの男子?

 

「それじゃあ手紙を他の女子に入れさせたのはどうしてなの? ひょっとして鉢合わせするのが照れくさかったとか?」

「だって、アキちゃんの下駄箱なんて見たら自分がどうなっちゃうかわからないもの!」

「君は僕の下駄箱に何をするつもりなの!?」

 

やっぱり彼女は変態だ!

 

「確かに。その気持ちは分かるよ玉野さん。吉井君の靴箱は人によっては宝箱のようなものだからね。興奮するのも無理はない」

「久保君も何言ってるのさ!」

 

体中に激しい悪寒が走ったが深入りするとやばそうなので追及はしないでおこう……。

 

「玉野さん……でいいかしら? その薄い本はなんなの?」

 

美波が玉野さんのテーブルに上に置かれた冊子に目を向けて問いかけた。

 

「これですか? ただの漫画ですよ。読んでみます?」

「んー。あんまりウチ漫画には興味ないんだけど、一回だけ見せて」

「どうぞどうぞ」

 

好奇心には勝てなかったのか玉野さんから美波へ薄い本が渡りぴらっと中を開いた。

その瞬間、

 

「…………っっっっ!?!?!?!?!? な、なんなのよこれーっっ!!!」

 

火山が噴火したかのように、美波の顔が一気に彩度MAXの赤を浮かべた。

 

「お、おと! 男同士が!? その……あれを──っっ!?」

「うわぁ初心な反応ですねぇ。ただのBL同人誌なのに」

 

なるほど。やっぱりあれはBL(ボーイズラブ)の本だったか。彼女らしいチョイスだ。そしてそのことに対してもあまり動じなくなってしまった自分が恐ろしい……。

 

「その本の見所は康久の《ピーッ!!》が明吉の《ドーン!!!》に《ズッキューン!!!》して《バキューン!!!!》するところなの! もう何度見ても最高! エクスタシーよ!」

「ストップ!? ストップだ玉野さん! 君は今公衆の面前で口にしていけない言葉を連呼している!」

 

僕は慌てて玉野さんの口を塞ぐ。

そして回りに目を配ると周囲の客が僕達を見てひそひそと話していた。うわぁ!? もう僕このお店の近くを歩けない!

 

「玉野さん。吉井君の言うとおりだよ。こういった公共の場でそういう言葉は慎むべきだ」

 

久保君が常識的な対応で玉野さんに申す。

 

「しかしそれとは別にして、僕にもそれを読ませてもらえないだろうか? 後学の為に役立つかもしれない」

 

久保君はBL同人誌から一体何を学ぶつもりなんだ……。

 

「お客様、お待たせしました」

 

そんなことをしていると、ようやく注文が届いた。

てっきりまた清水さんが持ってくると思いきや、やってきたのは中年ぐらいのガタイのいいウェイターだった。ひょっとしてこの人が清水さんのお父さん?

 

「こちらがチーズケーキとミルクティー、ホットコーヒーになります」

 

店長らしき男性の店員は丁寧にそれぞれのテーブルの上に皿とコップを置いていく。

その動作は一つ一つがとても鮮麗されていて、客を不快にさせないよう音はまったく立てない気配りが行き届いていた。

 

「あの、貴方が美春のお父さんですか?」

「はい。私がマイエンジェ──美春の父です。美春のお友達ですか? いつも娘がお世話になっております。美春は誰に似たのかちょっとやんちゃなところもありますが、根は優しい娘なので、これから仲良くしてあげてください」

 

柔らかい微笑と共に美波の質問に答えたウェイター。やはり父親だったらしい。どうりで提供の動作が手馴れているはずだ。

一体どうしてこんな礼儀正しい父親からあんな性格の娘が出来たのやら。人類の神秘って不思議だ。

 

「は、はい……。こちらこそ」

 

そんな態度に当てられたのか、美波も恐縮してしまっていた。

 

「君も、美春の友達ですか?」

 

店長の視線が僕に向けられる。友達……、友達か……。

 

「と、友達っていうのかどうかわかりませんけど……、いろいろな意味で仲良くさせてもらってます……」

「そうですか。それはそれは……」

 

店長は温和な笑顔でうんうんと頷く。

──そして、エプロンのポケットからなにやら銀色に光るものを取り出して僕の後ろに回りこむと、

 

「──言っとくがうちの可愛いマイエンジェルに手を出したらどうなるかわかってんだろうな?」

 

なんだ!? どうして僕は店長から首筋に凶器を突きつけられているんだ!?

 

「は、はい! 僕は美春さんには一切恋愛感情を抱いていません!」

「美春だと? 気安くマイ天使の名前を呼んでんじゃねぇ! ぶっ殺すぞクソ野郎!」

「ひぃっ!?」

 

やっぱりこの人清水さんの父親だぁ!!!!!

 

「誤解です! 僕に清水さんに恋愛感情を持っていませんっっっ!!!!」

「……本当だな?」

「神と仏と両親に誓ってありません!」

「…………」

 

すっと首筋から鋭利な感触が消えていく。た、助かった……?

 

「そうですかそうですか。ではお客様、ごゆっくりおくつろぎください」

 

ナイフを仕舞って柔和な笑顔に戻った店長は一礼すると奥の方へ戻っていった。

あの対応の後にごゆっくりなんて言われてもまったくくつろげない。むしろさっきからずっと命の危険を感じている。これだけスリル満載な喫茶店は世界広しと言えどここだけだろうなぁ。

 

「まさにあの父親にしてあの娘ありって感じね……」

 

正面では美波がフォークでチーズケーキを切り取りながら苦笑いを浮かべていた。

店長の凶変はともかく、店の質は確かなようで美波はさっきから幸せそうな顔でチーズケーキを頬張っていた。

うーん、そんな顔をされるとこっちも食べたくなってしまう。どうしよう、いまからでも注文しようかな……。

 

「アキ、良かったら一口食べてみる?」

「え? いいの?」

 

逡巡していると美波の方から願ってもない提案がきた。

なんという僥倖。今だけは美波が女神に見える。

 

「うん! ほしい!」

「そう。じゃあはい、あーん」

「へ?」

 

何故かチーズケーキを刺したフォークを僕に向かって伸ばしてくる美波。

な、なんで!? 普通に切った部分だけをくれればいいのにどうして美波は嬉しそうな顔で僕の口にフォークを持ってくるの!?

 

「どうしたの? 食べないの?」

「い、いや……。そういうんじゃなくて」

 

首を傾げる美波に僕はどうにもやりにくさを感じていた。今日の美波は変に無防備だ。これだと普通の女の子みたいじゃないか。

 

「~~♪」

「……ふむ」

 

久保君と玉野さんはそれぞれ読書の方に夢中になっていて僕らに気づいていない。

優子さんのことが気にかかったが、相合傘同様許可を取っているのだろうか。

い、今ならいけるか……?

 

「ほら、あーん」

「………………あ、あーん」

 

なるべく美波の顔は見ないようにして僕はチーズケーキを口に入れた。

それが舌に乗った瞬間、溶けるような甘みが口内全体に行き渡り、噛む必要もないほどにやわらかな食感はそれだけでかつてないほどの美味を脳の深まで響き渡らせた。なるほど、これならこの店が人気になるのも納得だ。

 

「おおぅ、美味しいー!」

「でしょ。もう一つ食べる?」

「うん!」

「じゃあはいっ、あーん」

 

再び近づいてくるフォーク。さっきと同じように僕はそれを口を開いて食べようとして、

 

ストンッ!

 

「ん?」

「え……?」

 

僕と美波の差し出したフォークの僅かな隙間をものすごい勢いで何かが通り過ぎて壁に刺さった。

 

『コロシマス。お姉さまからあーんされるなんて、百度八つ裂きにしても足りません……』

 

カウンターの方から感じた殺気に目を向けると、そこには両手にフォークを構えて投擲体制に入っている清水さんの姿があった。

 

「美春!? あんた何してるのよ!」

「それはこちらの台詞ですお姉さま! そんな薄汚れた豚野郎にお姉さまがあーんをしてあげるなんて神様が許しても美春が許しません! 死ね害虫!」

「ひぃっ!? どうして僕は店員に殺されかかってるんだ!? 助けてヘルプミー!」

「や、やめなさいってば!」

「お姉さまにあーんしてもらえるのは美春だけで十分です! 何せ美春とお姉さまはすでに愛し合った仲なのですから!」

「過去を捏造するな! ウチは美春と愛し合ったことなんてないわよ! そもそも女同士じゃ無理でしょうが!」

「性別なんて関係ありません! 大事なのは気持ちです!」

 

いや、性別は関係あると思うよ?

 

「──っ!? 性別なんて関係ない……か」

 

隣の久保君が清水さんの発言に感銘を受けていた。いけない、Aクラスの優等生が馬鹿の道に落ちようとしている……。

 

「そうよ! だから男同士が好きあっても何の問題もないの! というわけでアキちゃん! 来週このドレスを着て坂本君とデートしよう!」

「玉野さん! もう君は何も喋らないで! そしてこれ以上僕と雄二を変な目で見ないで!」

「そうだね。彼女枠がすでに埋まっていても、まだ彼氏になることはできる。心配は無用だよ吉井君。僕はどんな君でも受け入れる」

「久保君がさっきから何を言ってるのか僕さっぱりだよ!?」

「お姉さまぁぁーーーーーーーーーーー!!!」

「だから抱きつくなーーーーーーーーー!!!」

 

 

          ☆

 

 

「うう……、酷い目に合った……」

 

あれから30分ほど乱闘騒ぎを起して僕と美波はようやく店を出ることが出来た。

おかしい。喫茶店に立ち寄ったのはちょっと休憩するだけのはずだったなのに余計疲れるなんて。

やはり僕の周辺には常識を持った人間が欠如しているとしか思えない。

 

「まったくよ。まさか美春と出会うなんて……。なんか思いっきり疲れたわ」

 

美波もビニール傘を差しながらぐったりとしていた。

外の雨足はそんな僕らの心情を表すかのように一向に止む気配を見せず、むしろどんどん強まっていっている。これは今日一日はずっと雨だろうな。

 

「もう6時か。ちょっと早いかもだけど雨も降ってるしそろそろ帰ろっか美波」

「そ、そうね……」

 

僕がそう言うと、美波の表情が少しだけ暗くなった気がした。

んー……。なんかいろいろ大変だったし美波は楽しめなかったのかな。だとしたらちょっと残念だ。今日は美波を楽しませてあげてって優子さんにお願いされたのにそれを果たせない自分に対して落ち込んでしまう。

 

「美波、今日は楽しくなかった……?」

「え? な、なんでいきなりそんなこと言うのよ。そんなわけないでしょう。これはウチとアキのデ……デートなんだから……」

 

そういえばこれって美波の中ではデートってことになってたんだっけ。いろいろありすぎて忘れてた。

 

「アキこそどうなのよ? ウチと一緒にいて、楽しかった……?」

「僕? 僕は……」

 

どうなんだろう。思えばこんなにいろいろなことをしたのは久しぶりだった。

正直"疲れた"という思いが一番強いけど、まあそれも含めて悪くはなかったんじゃないだろうか。……一部の変態思考の人たちを除いて。

 

「美波とこれだけ遊んだのって久しぶりだったし、僕は楽しかったよ」

「……そっか。よかった」

 

美波は嬉しそうに胸を撫で下ろした。その様子を見てると僕もちょっと心の重荷がとれたような気分になる。

 

「今日ね。ウチが優子に頼んだんだ。一日だけアキとデートさせてって」

「え? どうして……?」

「………………わかんない。なんか急にそんなことをしたくなって。──でも、多分ウチは羨ましかったんだと思う。普通に恋人になれたアキと優子のことが。ウチなんてずっと怖がって前に進めなかったのに」

「美波……」

 

顔を俯かせた美波の姿は、何故か泣いているようにも見えた。

美波が何に思い悩んでこんなことをしたのか今だわからないけど、このデートでその憂苦(ゆうく)から多少は解放されたのだろうか。

 

「その……僕でよければ相談してよ。役に立つかは分からないけど愚痴でも文句でもいいから、それで美波の気が晴れるならなんでも聞くからさ」

「……あんたって。本当に無神経だわ」

「え? え? 僕何か間違えた?」

 

おかしいな。今回は美波のことを純粋に心配しての言葉だったのに。

それが逆に怒らせてしまうなんて。

 

「あんたは優子の彼氏なんでしょう! だったらウチのことなんて気にせず優子のことだけ見てればいいの! ………………じゃないと、割り切れないじゃない……」

 

最後の台詞は雨音にかき消されてよく聞こえなかった。

僕としては友達として美波の助けになれればと思ったんだけど、美波自身にいらないと言われたらどうしようもない。

 

「……ハァ……。なんでアキってこんな中途半端に優しいんだか。いつもみたいに男みたいな扱いされて冷たくされてたらもっと簡単に諦められたのに」

 

僕って普段そんなに美波に対して冷たい態度だったのか……? 

まったく自覚してなかった。だから美波は僕に対してあんなに暴力的だったのかもしれない。次からはもうちょっと丁寧に接することを心がけよう。

 

「あのさ美波」

「あのねアキ」

 

お互い顔を見合わせて声を被らせてしまった。な、なんか恥ずかしい!?

 

「あ、アキが先に言ってよ!」

「いやいや。ここはレディーファーストで美波が先に言うべきだよ」

「いやいやいやアキが先よ」

「いやいやいや美波が先だよ」

「…………」

「…………」

 

なんで僕らは雨の降る外の道端でコントみたいなことをしてるんだろう……。

 

「なんかアホらしくなってきた……。なんでアキと話してるといつもこんな風になるのかしら」

「僕に言われても……」

 

多分これが僕と美波の関係性なんだろう。

 

「それで美波は何を言おうとしたの? 僕のは本当に大したことじゃないから言ってくれないかな?」

「……わかったわ。どのみちこのままじゃ終われないもの」

 

ん? 終われない? 何を終わらせるつもりなんだ?

 

「アキ、ウチね。ずっとアキに言いたかったことがあるの……」

「う、うん……」

「ウチ、ずっとアキが……」

「え、美波……?」

 

美波は僕を見上げるように首を伸ばして顔を真っ赤にしながら必死に一字一句を口から紡ぎだす。そんな彼女を姿を見ていると僕も段々と胸の動悸が激しくなってきた。

この感じ、覚えがある。

学校の屋上。真っ赤な夕焼け。胸の高鳴り。歓喜。困惑。

そして夕日を背に佇む姫路さんの姿。

今の美波は、あの時の姫路さんの姿と重なって見えた。

 

「アキのことが……」

 

まさか、まさか美波は──っ。

 

 

「だい──っっ嫌いなのっっ!!!!」

 

 

僕のことが嫌いだったなんて──!

 

ん? あれ……?

 

「み、美波……?」

「何ヶ月も前から時からずっとアキのことが嫌いだった! 嫌いで嫌いでしょうがなくて。友達でいるのがずっと辛かった! ウチは誰よりもアキが嫌いだったはずなのに! いつのまにかアキは優子と付き合うことになっててすごく苦しかった!」

 

そ、そうか。美波はそんなに僕のことを嫌っていたのか。ただ普通に嫌われてるだけかと思っていたんだけど。なんというか、すごくショックだ……。

しかし、僕はなんて返事を返せばいいんだろう。

好きと言われたならともかく、ここまで公然に嫌いと言われて答えるべき言葉を僕は知らない。

 

「美波……。僕は」

 

動揺するな。冷静になれ僕。こういう時こそ落ち着いて対応しなければ。姫路さんの時に学習しただろう。

……そういえば、ゲームセンターでやって占いの言葉にこんなのがあったっけ。

僕は頭を働かせて脳内から占いゲームで出てきた美波との仲について書かれた句を思い出す。

 

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|よしい あきひさ|

貴方は女の子の気持ちの機微に少しだけ鈍感なようです

きちんと本音を理解できるように、口にした言葉をそのまま鵜呑み

にせず、彼女の目や表情をよく観察することで本当の気持ちを理解

してあげると、より親密になれるでしょう

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|しまだ みなみ|

貴方は怒りっぽく照れやな性格が災いし天邪鬼な言葉ばかり出てし

まい中々本当の気持ちを伝えられずにいるようです。大事な場面で

はその恥ずかしさを克服することできちんと彼に向き合い本当の自

分を見せることが出来れば、今よりも彼との仲は進展するはずです

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この結果の意味はずっとわからなかったけど、ひょっとして今がその時なんじゃないだろうか。

つまりさっきの美波の嫌いという発言は美波の本当に気持ちではなく、あくまで照れ隠し的な何かで本心は別にある可能性。

そもそも本当に嫌いな人間とデートなんてするだろうか。

これはあくまで僕の希望でしかないけど、美波は僕のことをそこまで嫌ってはいない……と思う。これまで半年以上美波と友達を続けている僕の勘がそう告げている。

ならば、ここは下手に嘘を追及せずに僕は僕の本心を美波に言ってあげればいいんだ。

心を決意した僕は気持ちを込めて美波の目を見つめながら本音を言った。

 

「僕は美波のこと……嫌いじゃないよ」

「え?」

「さっき僕が言おうと思ってたことなんだけど、偶に男友達みたいな雑な態度で接してしまうこともあるけど、僕にとって美波はありのままの自分で話が出来て一緒に遊んでいると楽しい。僕にとって──この先、大人になってからもずっと仲良くやっていきたいと思ってる最高の友達だよ」

「──っ!」

 

美波はビクッ!と肩を驚かせて目を見開き僕を凝視した。

な、なんか思っていた反応と違う。少なくとも喜んでる風にはまったく見えない。

あれ? もしかして僕また何か失敗した……?

 

「ごめん美波! 僕また変なこと言っちゃった?」

「ち、違うわよバカ! なんていうか。本当に……どうしようもないぐらいバカだわ。このバカ」

「そんなバカバカ連呼しなくても……」

 

自分でもバカなことは分かってるけど、さすがそこまで言われるとちょっと心に響くよ。

 

「あーあ。アキが変なこと言うからなんかいろいろどうでもよくなってきちゃった。──そうだ。アキ、ウチ一つだけアキに謝らないといけないことがあるの」

「謝るって何を?」

「このデート中ウチがずっとアキに嘘吐いてたこと」

「嘘? 僕のことが嫌いって言ったこと?」

「そこじゃなくて、いやそこもなんだけど……。もっと根本的な部分よ。──実は最初に言った優子に許可を伝々っていうの、本当はないの」

「は?」

 

思わず目が点になった。ん、それはどういうことだい美波サン……?

 

「ちょっと待って美波! じゃあ相合傘とか喫茶店でチーズケーキを食べさせてもらったあれは──」

「うん。体を密着させてくっ付いたり、アキにあーんして食べさせてあげたのも全部ウチの独断。優子には話してないの。というか寧ろ優子には必要以上に吉井君に近づかないで!て念を押されてたかも。ゴメンね」

「……リアリィ(本当)?」

「なんで急に英語? でもまあYESよ」

「………………」

 

待って。待つんだ美波。

それはつまり。今までの行動は全部美波が自分の意思でやったことでそこに優子さんの意思は一切介在していないということ?

 

じゃあ、僕が美波にされた行為は……。

 

 

「へぇ……。吉井君、アタシがいない間にそんなことしてたんだ」

 

 

背後からありえないはずの声がして、口から心臓が飛び出すかと思った。

 

「お、おかしいな。こんなところで優子さんの幻聴が聴こえるなんて。ここには僕と美波しかいないはずなのに……」

「自分の彼女の声を幻聴とか言うんじゃないの。さすが優子、待ち合わせ時間ピッタリね。じゃアキ。ウチもう帰るからウチの分も優子に謝っておいて! それじゃ!」

「あ! こら待て! いや待ってください! この状況で僕を一人にしないで!」

「嫌よバーカ! これまで散々ウチをコケにしてくれた罰よ。今までの仕返しも含めてたっぷり優子にお灸を据えてもらいなさい」

「この悪魔ー!」

「騙される方が悪いのよ! それじゃまた来週、生きてたら学校でね!」

 

やっぱり美波は僕のことが嫌いなんじゃないだろうか。

 

「吉井君……」

「は、はい」

 

ギギギ、と壊れたロボットみたいなぎこちない動作で僕は後ろへ振り返る。

そこには、鮮やかな赤色の傘を差して顔に陰を帯びさせている木下優子さんが幽鬼のように不気味で恐怖感のある立ち姿でいた。

 

「違うんだよ優子さん! これは詐欺だよ! 僕は美波に騙されたんだ! 被害者なんだよ!?」

「うん。それで?」

「え……? いやだから僕は決して他意があって美波に接触していたわけではないということを理解してもらいたくて。つまり僕は悪くないと」

「吉井君。アタシ学校にいる間にメールしたよね。きちんと節度を守れって」

「あ……」

 

そういえば……。これまでのごたごたで完全に頭から抜けてた……。

 

「だっていうのに貴方は一時の感情に流されて『彼女』のアタシにもしてないようなことを『友達』の美波にしたっていうのね」

「……そ、それは……はい」

 

やばい。足が震えてる。

僕の全神経が全力で逃げろと警告を告げている。動け! 動けよ僕の足!

 

「吉井君、アタシって結構独占欲が強いの。だから本当は吉井君と美波を二人にするなんて嫌だったのよ。……でも美波は大事な友達だし他にもいろいろ事情があったからアタシは身を切る思いで今日一日だけは我慢することにしたのにっ。蓋を開けてみれば……」

「……アーメン」

 

僕は心の中で十字を切った。神よ。せめて命だけは助けてください。

 

「この──浮気者------------っっっ!!!!!!!!!!」

「心の底からごめんなさいーーーーー!?」

 

大雨だというのに傘を放り投げて怒りモードMAXになった優子さんにボコボコに殴り倒されて僕は道端の汚い染みになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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