バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
眩い光に目が眩んで意識が目覚めると、そこは見たことのない天井があった。
「う、うん……? あれ……?」
上半身を持ち上げて辺りを確認すると、本棚、テレビ、長テーブル、台所などが見えた。どうやらここは誰かの家のリビングのようだ。
僕はここのソファに寝かされていたらしい。
確か僕、大雨の中で優子さんにボコボコにされて気を失ったはずなんだけど。どうしてここにいるんだろう。ていうか一体ここはどこ?
「痛っ」
頬を少し強張らせるピリッとした痛みが襲い掛かってきた。鏡が近くにないから確認できないけど、これは腫れてるかもしれないな。まああれだけ殴られれば無理もないか。
それよりも今の状況だ。どうして僕はこんなところにいるんだろう。
ひょっとして路上の染みになった僕を助けてくれた誰かが親切に介抱してくれたのだろうか。だとしたらすごくありがたい。早くお礼を言わなきゃ。
僕はほかの体の異常も確認してから適当に歩き回って家主を探そうと立ち上がる。
ガチャ
「ん? お。起きたようじゃの明久」
「……秀吉?」
扉を開けて入ってきたのはとても可愛い微笑を浮かべた秀吉だった。
服装は制服ではなく栗色の長シャツとジーンズという私服姿。ちょっと珍しい格好だ。
「どうして秀吉がここにいるの?」
「何故も何もここはワシの家なのじゃから。ワシがいて当然じゃろう」
「え、ここって秀吉の家なの?」
「そうじゃ。──まったく驚いたぞい。姉上が帰ってきたと思ったら全身ずぶ濡れで、尚且つ泥まみれのまま気を失っている明久を引っ張ってきていたのじゃからな。事情を知りたいが姉上はシャワーを浴びた後はさっさと自室に戻ってしまいおったし。二人に一体何があったのじゃ?」
「い、いやぁ。いつもみたいに僕がバカなことしちゃって優子さんを怒らせちゃっただけだよ……」
(故意ではないとはいえ)本当は浮気紛いのことをしてしまったからなんだけど、さすがに正直に話すわけにはいかないよね。
「なんじゃ痴話喧嘩か。まったく人騒がせなカップルじゃな」
「か、カップルって秀吉……」
「うん? 明久は姉上と付き合うことになったのじゃろう? ならおかしなことでもなかろう」
そうなんだけど。もうちょっと表現方法を婉曲にしてもらわないと恥ずかしいよ……。
「ところで服はどうじゃ? 一応フリーサイズのものじゃからきつくはないと思うが」
「服? あっ」
視線を下に落とすと、僕の服装が少しだけ変わっていた。き、気づかなかった……。
下は学校のズボンのままだが、上は黄色のTシャツになっている。
「これって、秀吉のやつ?」
「うむ。濡れたままの制服を着ていると風邪を引くかもしれぬからの。さすがにズボンを脱がすわけにもいかぬが、せめて上の服ぐらいは替えたほうが良いじゃろう思って体を拭いてからワシの服を一着着せたのじゃ」
「ふ、拭いた!? 秀吉が僕の体を!」
「そうじゃが。──って何をお主は悔しそうに震えておるのじゃ?」
くぅ!? 秀吉に直接体を拭いてもらえるなんてハッピーイベントの時にどうして寝ていたんだ僕は! これは後悔してもしきれない……!
「さて。では明久も起きたようじゃし、姉上が降りてくる前に治療を済ませておこうか」
そう言って秀吉は戸棚からクスリ箱を取り出して僕のところまで持ってきた。
「秀吉がしてくれるの?」
「そうじゃが? なんじゃ、ひょっとして姉上にしてほしいのか?」
「い、いや!? そういう意味じゃなくって!」
そもそも優子さんがつけた傷なのにそれを優子さんが治すってなにそのマッチポンプ。
「ごめん。お願いして良いかな?」
「まかせるのじゃ」
秀吉はクスリ箱から絆創膏や包帯、そして消毒液などを取り出して秀吉は僕の前で腰を下ろす。
「痛かったら言うのじゃぞ」
「う、うん」
ゆっくりと、撫でるように優しい手つきで秀吉は僕の頬に手を当てる。
触れられた部分はひんやりと冷たい感触がして僕は思わず顔を引いてしまった。
「い、痛かったか?」
「違う違う。ちょっとびっくりしただけだよ。秀吉の手冷たいね」
「それならよいのじゃが。痛いところがあったら言うのじゃぞ?」
再度秀吉は僕の顔に手を伸ばして怪我の状態を確かめる。
や、やっぱり秀吉の手柔らかいな……。僕の手とは大違いだ。これで同姓なんて言われても到底信じられない。
できればこのままずっと秀吉の手に触れられていたいな。
「あっ。秀吉そこっ」
「ここじゃな。……ふむ。確かにちょっと腫れておるな。湿布を貼るぞい」
「お願い。い、痛くしないようにね」
「わかっておる。動くでないぞ」
慣れた動きで秀吉は湿布薬のシールを外し、僕の左頬の部分に伸ばして貼ってくれた。
その部分から徐々に冷たい感覚が伝わってきてとても気持ちよくなってきた。
「どうじゃ」
「うん。すごくいいよ。秀吉は治療上手いね」
「ワシも何度か姉上に折檻されたりしておるからのう。嫌でもこの作業が慣れてしもうた」
溜息交じりに語る秀吉。
慣れるほどやられてるなんて、秀吉の(女性は暴力を振るわれない)ヒロインガードも姉の前では無力なんだな……。
それから額にももう一枚湿布を貼り、最後に所々絆創膏を貼って治療は終了した。
「はい、おしまいじゃ。さっきよりは楽になったか?」
「うん。すごく良くなったよ。ありがとう秀吉!」
「当然のことをしただけじゃ。明久はワシの姉上の彼氏じゃが。その前にワシの大事な親友なのじゃからな」
「秀吉……」
僕は今猛烈に感動している! あぁ、こんな天使のような人が僕に微笑みかけてくれているなんて。嬉しさのあまり今なら宗教も信じてしまいそう。秀吉教とかどうだろう?
「秀吉! 僕と家族になってください! 一生幸せにするから!」
「その場合まず姉上と結婚しなければならないが」
「大丈夫! 二人とも僕が養ってあげられるぐらい稼いで見せるから! だから毎日僕にお味噌汁を作ってください!」
「それは嫁の仕事じゃ! ワシはヒモになりとうない!」
またまた照れちゃって。もう秀吉は可愛いな。
「まったくっ。ワシは上に戻って明久用のズボンを探してくるからここで待っておるのじゃぞ」
「うん。お願い」
リビングを出る秀吉に手を振って送り出す。
さて、じゃあ僕はのんびりしてますか。
「そういえば、今って何時なんだろう……」
気を失ってから今まで大分時間が経ったような気がするけど。あんまり遅いようだと帰るとき困るしなぁ。
濡れたズボンから携帯を取り出して中を開くとディスプレイに表示された時刻は『19:37』と出ていた。あれから一時間半ほど経過していたらしい。なんだ、思ったよりは経ってないな。
次に近くの窓から外の様子を伺ってみる。
時間も時間なので当然真っ暗だが、思いのほか雨足の方は気絶する前よりは多少小雨になっていた。これから帰るだけなら支障はないだろう。
ピンポーン!
「ん?」
突然インターホンの音が鳴り僕は窓から目を離した。誰だろう、お客さんかな。
「秀吉ー! 優子さーん! 誰か来たよー!」
取りあえず大声で二人の名前を呼んでみる。
しかし帰ってくる返事はなかった。うーんどうしよう。僕が出てもいいのかな?
そうこう悩んでいるともう一度確認するようにチャイムが鳴った。
「仕方ない。今は代替として出るしかない」
心に決めて、僕はリビングの扉前にある受話器を手に取った。
「はい……き、木下ですけど……」
『宅急便です。お届け者を持ってきました』
「は、はい! すぐ行きます!」
どうやら来客は宅配だったようだ。これなら僕でも問題ない。
受話器を下ろし、僕は急ぎ足で廊下に出て玄関の扉を開いた。
「こんばんわ。こちらお届け者になります。あ、こちらの方にサインお願いします」
「はいはい。了解です」
この手の配達なら一人暮らしの僕には手馴れたものだ。
渡されたボールペンで『木下』とサインして僕は丁寧にビニール包装された荷物を受け取った。
「はい。サイン大丈夫です。ありがとうございました」
「こちらこそ、雨の中おつかれさまです」
業者さんに労いの言葉を言って扉を閉め鍵を掛けなおす。
さて、あとはこの届け物だけど……。
「なんか、荷物にしてはやけに軽いな……」
片手どころか指一本でも持てそうなほど受け取ったダンボール箱は軽量だった。
これだと中に入ってるのはページ数の少ない本とかノートだろう。
えっと、宛て先は……。
「優子さん宛て? てことは中身は参考書とかかな」
真面目な優子さんならそれぐらい十分にありえる。
今から上に上がって直接届けてあげても良いんだけど、また怒られるのは怖いし降りてくるまで僕が預かっておこう。
「明久? どうしたのじゃこんなところで」
「あ、秀吉。今優子さん宛てに荷物が届いたんだけど」
「姉上にじゃと」
「うん。でもこれすごく軽いよ。なんかの本じゃないかな」
「本……」
急に秀吉の顔に陰りが出来た。ん、どうしたんだ?
「明久よ。悪いことは言わんからその中身について姉上に言わん方がよいぞ」
「へ? いや元から言うつもりはないけど」
「うむ。──それと、これはワシから言うことではないかもしれぬがもし……その……姉上の変な部分を見てしまっても姉上を嫌いにならないでほしいのじゃ」
「変な部分?」
「いや変っていうほどでもないのじゃが……でもやはり人には理解しづらい趣味が、ちょっとのう……。明久よ、もしそれをお主が直視しても姉上を幻滅してあげないでほしいのじゃ。ほかの人ならともかく、今の姉上がお主に拒絶されたら本気で落ち込むと思うからの……」
なんか遠まわしの表現で何のことか分からないけど──
「何言ってるのさ秀吉。僕が優子さんを嫌いになるわけないじゃないか」
──今の気持ちが揺らぐことはありえない。
「……そうじゃな。うむ、明久はそうじゃな。ワシがわざわざ心配することもなかったのじゃ」
心なしか嬉しそうに秀吉は何度か頷いた。
「秀吉……?」
「荷物はワシから姉上に届けておこう。明久はリビングでこれに履きかえておくがよい」
ズボンと荷物を交換して、秀吉は二階へとんぼ返りして行った。
僕は渡されたタオルと長ズボンを腕に掛けて二階へ続く階段をぼーっと眺める。
「なんだったんだろう秀吉。……まあいっか。それよりさっさと着替えよう」