バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語   作:鳳小鳥

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問33 ボーイ・ミーツ・ガール・ラブ

ズボンを穿き変え、僕と秀吉はリビングで他愛のない話をしているとドタドタと慌しい足音を立てて優子さんがリビングにやってきた。

 

「あ、優子さん……」

「待たせたわね」

 

二時間ぶりに見た優子さんの姿はピンク色のパーカーと短いタンクトップという出で立ちで髪も後ろにシュシュで一本結びにまとめているという始めて見る髪形だった。

……そういえば僕、今まで優子さんの私服姿って見たことなかったんだよね。なんか新鮮だな。そして良く似合ってる。特に生足がすばらしい。

──って冷静に感想を述べている場合じゃない!

僕は今優子さんに浮気容疑を掛けられてるんだ。すでにあれだけボコボコに殴られた後だが、今だ彼女が僕を許してくれたかどうかはわからない。

つまり。

 

「…………」

「吉井君、なんでいきなり土下座するの?」

「いや、一応僕なりの精一杯の気持ちを伝えようと」

 

言葉での謝罪は伝えた、なら後は態度で示すしかないだろう。

 

「……はぁ……もう、バカ」

 

額に手を当てて呆れたと言わんばかりに溜息を吐く優子さん。

 

「反省してるんでしょう。ならもういいわよ。過ぎたことをいつまでもねちっこく責めても仕方ないじゃない」

「……? それじゃあ許してくれるの?」

「なに? もっと怒ってほしいの?」

「いやいや滅相もありません!」

 

僕は怒られて喜ぶようなMではない。

最近雄二達からも何故か僕は受けだと思われている風潮があるが、なんとしても改善したいところだ。

 

「なんじゃ。明久と姉上は喧嘩しておったのか?」

「喧嘩じゃなくて、吉井君が一方的に浮気しただけよ」

「ちょっと待った!?」 

 

その意見には反論したい! 

 

「た、確かにいろいろ不味いことはしちゃったけど、最初に美波とデートしろと僕に指示したのは優子さんでしょ!」

 

ここはきっちり言っておかないと僕はただの最低野郎に成り下がってしまう。

 

「う……。で、でも相合傘したり食べあいっこしたりしろなんて言ってない! ……アタシだって、まだしてないのに……」

「なんじゃ、つまり姉上は島田と明久が仲良くしているのを見て嫉妬したのじゃな」

「なっ!? 秀吉──っ!」

 

え? そうだったの?

 

「なんでそうなるのよ!」

「違うのか? 姉上の言い分を聞いてるとワシにはそう聴こえたのじゃが」

「ば、バカ言わないで! なんでアタシが嫉妬なんて……」

 

ちらっと、優子さんは恥ずかしそうな赤面顔で僕を見る。

あのー、こっちを見られても僕はこういう時どうすればいいんでしょうか。

 

「えっと、ごめん優子さん」

「え? どうしてまた謝るのよ。美波のことはもう良いって言ったでしょっ」

「それもあるんだけど。ほら……前に優子さん、僕が他の女子と仲良くやってるのは嫌だって言ってたからその分も──」

「きゃーーー!? きゃーーーーっっ!? 何言ってるのよバカー!!」

 

いきなり優子さんは両手を大きく広げてバタバタを振りながら絶叫した。

 

「ぶっ! ぷぷ……あ、姉上は一途じゃのう…………っ」

 

秀吉は体を震わせながら口元に手を当てて必死に笑いを堪えている。

手で隠されながら僅かに見えている顔は真っ赤に染まっているのが見えた。おおぅ、秀吉がこんなに表情露にしてるのは初めて見るかも。ちょっとお得感。

 

「秀吉! 何笑ってんのよ!」

「い、言ってもよいのか? いやぁ姉上は存外乙女じゃったんじゃな。生まれてからずっと一緒に過ごしていたワシでさえも見たことのない素顔じゃったぞ。明久はとても愛されておるようじゃのう」

「くっ、そ、それ以上喋ったらその口をタコ糸で縫いつけるわよ!」

「さらっと惨いことを言うでない」

「ふざけたこと口走るアンタが悪いのよ! 吉井君も余計なこと言わない!」

「は、はいっ」

 

真っ赤な顔で叱咤してくる優子さんに思わず萎縮してしまった。

うーん、余計だったのかなぁ。あの言葉。僕は結構嬉しかったのに。

 

「もうっ、アンタの所為で話が進まないじゃないの」

「明久にあーんしてもらえなくて寂しいという話か?」

「吉井君、ちょっとそこの棚から針と糸出して。この減らず口しか吐かない愚弟の口を縫うから」

「駄目だよ優子さん。唇に針を刺したら痛いじゃないか!」

「それじゃあホッチキスにしましょう。それならちょっとマシでしょ」

「なるほど、それなら多少は大丈夫だね」

「全然大丈夫じゃないぞい! 余計酷くなっただけじゃ!」

 

なんでだろう。時々優子さんの後ろに美波の影がちらつくんだよね。

 

「って秀吉のことなんてどうでもいいのよ。アンタもう二階行ってて。邪魔だから」

「ひどい扱いじゃな!」

「アタシは元々吉井君に話があったのよ。それをアンタが横から引っ掻き回したんでしょうが。いいから出てってよ。用事が済んだら呼ぶから」

「やれやれ……。しょうがないのう。まあ姉上の横暴は今の始まったことではないが。明久よ、弟のワシが言うのもなんじゃが姉上の相手は大変じゃぞ」

「早く行けバカ!」

「はいはいわかったのじゃ。まったく明久に向ける優しさの十分の一程度ぐらいワシにもほしいのう」

「は、ははは……」

 

秀吉はぶつぶつ言いながらも踵を返して扉の方へ歩いていった。なんか追い出したみたいでちょっと申し訳ない気分になる。ごめん秀吉。

 

「やっと行ったわね……」

「別に追い出すことはなかったんじゃない? 秀吉だって悪気があってしたんじゃないんだし」

「悪気のない悪意の方が百倍タチが悪いわ。アイツの所為でこれまでアタシがどれだけ苦労してきたか……っ。思い出しただけで腹が立ってくる!」

 

握り拳を作って睨めしそうに吐き捨てた。なんだか優子さんは優子さんでいろいろ苦労しているみたいだ。

 

「た、大変みたいだね」

「えぇ、前なんて学校でメイドの格好した秀吉を目撃されてあげくそれをアタシだと勘違いされて──ってもう秀吉の話はいいのよ!」

 

秀吉のメイド姿は多分僕(とムッツリーニ)の所為だろうけど、それは黙っておいたほうがよさそうだ。

 

「それより吉井君、明日と明後日の休日。予定何かある?」

 

もうすでに弟のことはまったく眼中にないと言わんばかりの優子さんは顔色を切り替えてそんなことを尋ねてきた。

 

「明日って土日? 予定は今の所ないけど。何かするの?」

 

聴きながら、僕は頭の中である一つの推測が思い浮かんだ。

はっ! これはもしかしてデートの申し込みなんじゃないのか!?

付き合ってから一日。まだいろいろと経験浅い僕らだけど休日にデートするというのはいかにも恋人っぽい行動じゃないか。それならウェルカムだ。

最大の問題はお金だけど、せっかく好きになった女の子と人生で始めてのデートなんだから多少の無理は全然問題ない。ここで僕がうまく甲斐性を発揮できて優子さんを楽しませることが出来たら美波との件の清算も同時にやってのけられる。なんて一石二鳥なプランなんだ。

 

人波溢れる町中を私服姿で微笑みを浮かべる優子さんと手を繋いで歩いてく。そんな幸せなビジョンが頭の中に思い浮かんだ。

やばい! 今からもうドキドキしちゃってる! 考えるだけで顔がニヤけそうだ。

 

「──なんか顔が不気味なんだけど、まあいいか……。それで土日の予定なんだけど、せっかくまる二日時間があるんだからみっちり勉強しましょ。アタシと吉井君の二人で」

「────はぇ?」

 

幸せなビジョンが音を立てて崩れた。

 

「べ、勉強? なんで……?」

「吉井君はただでさえ学校の成績は悪いんだからこれを機に日頃から勉強する癖を付けるのよ。大丈夫。勉強だって慣れれば楽しいから」

 

純粋に心から僕を気遣うような優しい声だった。

それに反比例するかのように僕は一気に脱力してしまう。

そうだった。Fクラスに配属されて結構経ったから忘れそうだったけど優子さんは本来勉強熱心で真面目な人だったんだ。多分こういうタイプの人は合コンとか言ってもわからないだろうなぁ。

 

「で、でもせっかくの休日だよ? なのに勉強に使うなんてもったいなくない? もっと他の有意義な使い方があると思うんだ」

「何言ってるの。休みだからってのんびりしてたらあっという間に周りから置いていかれるじゃない。勉強は上から言われて仕方なくするんじゃなくて自主的に進んで取り組むものよ。吉井君はまだその辺の意識が足りてないわね」

「なんかその台詞回し前にも聞いたことがある気がするよ」

 

優子さんの台詞は至極もっともかもしれないけど、Fクラスにおいてその信念はまったくの空回りと言わざるを得ない。何故なら自分から勉強するなんて殊勝な考えを持つ人間はそもそもFクラスにならないから。

ここらへんの日常的生活面から見てもやはり彼女はFクラスには相応しくないのが分かるだろう。

 

「それにアタシ達にはまだ試召戦争があるのよ。来週やるAクラスに勝つ為にもしっかり点数が取れるように勉強しておかないと駄目でしょ。万が一でも負けたら、アタシ達もAクラスの代表に別れさせられるかもしれないんだから」

「それは……そうだね」

 

試召戦争の為だと言われれば嫌とは言えない。

霧島さんが本当にそんなことを命令してくるのかはわからないけど、たとえ負けたとしてもそんな言う事を聞くわけにはいかない。元々雄二の戦略では僕は負けることになってるけど、本番になって作戦通りに行くとは限らないから僕も準備くらいはしておくべきというのもわかる。……といっても僕がAクラスに勝てる可能性なんて万に一つもないと思うけど。それでもやらないよりはやる方が万倍良い。

 

「うん、やろう。勉強は嫌いだけど今さらそんなことも言ってられないしね」

 

正直言って優子さんと居られるなら勉強でも何でもやっていいやと思ってしまう。

我ながらこれって完全に惚れた弱みだよね……。自覚してるのにそれでも構わないと考えてしまう辺りもう末期と言っていい。

Aクラスに勝って、優子さんにAクラスに行ってもらう。最初に決めた誓いは今でもこの胸に深く刻み込まれている。

雄二やムッツリーニ、秀吉のみんなの助けのおかげでようやく来れたこれまでの成果を無意味にしないためにも。僕達は勝たなくちゃいけないんだ。

 

「絶対勝って。優子さんをAクラスに連れて行くよ。その為に後もう少しだけ一緒に頑張ろうね」

「……うん、そうね」

 

激励したつもりが、優子さんの声のトーンは若干下がった。

 

「……どうしたの? 何かまずい事でもあった?」

「そうじゃない、違うの。来週……勝ったらアタシはAクラスになれるのよね」

「? うん、そうだよ」

 

ようやく自分に相応しい居場所にいける間際なのに、優子さんはあまり嬉しそうじゃなかった。どうしたんだろう。何か不安があるのかな。

そんな疑問を浮かべていると、唐突に優子さんはこちらに向かって歩みだし僕のTシャツの袖をきゅっと摘まんだ。そして顔を上げて僕を見上げる。

そんな女の子らしい仕草に思わずドキっとしてしまった。さっきよりも距離が近くなったことでパーカーの首元から少しだけ見える首から鎖骨の部分や服の上から僅かだけど山形に盛り上がっている胸、天井の光に反射して妖しく光る唇などについ目が行ってしまう。

 

「ゆ、優子さんっ! いきなりどうしたのさ? 顔近いんだけど……っ」

「ねぇ、吉井君はアタシがAクラスに行ってもいいの?」

「え」

 

質問の意図がわからなかった。

急にどうしたんだ。そんなことを言い出すなんて。

 

「言ってる意味がよくわからないよ? 僕が試召戦争を始めた目的は優子さんをAクラスにする為で──」

「大義名分を聞いてるんじゃない。アタシは吉井君自身の気持ちを言ってるの!」

「──っ!?」

 

僕の、気持ち? どういう意味なんだ。

わからない。優子さんが何を言っているのか。

 

「何を言ってるの……。Aクラスに行ければこれまでの埃臭い教室とは段違いの立派な設備で勉強できるようになるんだよ? それはすごく良いことじゃないか。優子さんには今よりもより良い教室で過ごしてほしい。それが僕の本当の気持ちだよ」

「……確かにそれはそうかもしれないわね。けど、Aクラスに吉井君はいないじゃない」

「それは……」

「吉井君はアタシがクラスからいなくなってもいいの?」

「!」

 

その台詞は僕にとってとても意外だった。まさか彼女がそんなことを考えてたなんて。

 

「……仕方ないよ。そもそも学力が天と地ほども違う僕達が一緒の方がおかしいんだ。それが元の普通の形に戻るだけだよ。大丈夫だよ。クラスが変わっても会いたい時はいつでも行くから。ね?」

「……そういう意味じゃないのに。バカ」

 

優子さんはむすっとした表情で捕んでいる袖を一層強く握る。

むむ、またしても僕は優子さんの機嫌を損ねてしまったのだろうか。女心はやっぱりわからない。

 

「もういい。吉井君はそういうヤツだって分かってたし」

「おおっと」

 

たんっと手の平で胸を押されて僕はそのまま数歩後ろへ後ずさった。

衝撃を受けた胸に手を当てて視線を下ろす。

その一瞬、優子さんから目を離した瞬間──。

 

「っ!? な、え……?」

 

風が吹いた。

そして、唐突に眼前まで優子さんの顔が現れて、すぐ傍に唇が迫ってきた。

抵抗も反応もする間のない一瞬の出来事だった。

僕は咄嗟に本能から身を引こうするが、全身の筋肉が凍りついたみたいに体がまったく動かない。

 

「ど、どどどどうしたの優子さん!? 僕の顔に何かついてる!?」

「……うるさい。ちょっと黙って」

 

小声だが反論は許さないと言わんばかりの圧力が感じられる声に口が固まる。

な、なんなんだ──。

優子さんの様子も変だし。なによりさっきから体が密着していろいろ当たっちゃってるんですけど……っ。

前回の校舎裏の時といい。優子さんには抱きつき癖でもあるのだろうか。

いけないと分かっているのに、鼻をくすぐる女の子の香りと服越しに感じる柔らかい体の感触にドギマギしてしまう。

 

と──。

 

「んんぅ……」

「はひっ!?」

 

今度は僕の首筋に顔を摺り寄せてすりすりと摩ってきた。さらに腕に力を入れてきてさっきよりも体の密着度が上がる。

う、うぉぉっ!? これは何だ!? まさか僕の忍耐力が試されているのか──っ!

 

「ちょ!? 何々! 何なのこれは!」

 

ううぅ……。引き剥がさないとまずいのに引き剥がしたくない。どうして僕はこんなに苦しんでるんだ。

これはひょっとして僕からも抱きしめてやるべきなのだろうか。

でもそれをやってしまうと自分の理性が保てる自信がない。

 

「と、とにかく離れようっ。こんなところ秀吉に見られたらっ!?」

「嫌」

 

えぇ、何で!?

 

「ふん。……アンタが悪いんだから。アタシのことを忘れて美波と楽しくデートして……」

「ええ!? あのことは許されたんじゃなかったの!」

「それとこれとは別なの! ちょっとは分かりなさいよ、この朴念仁」

 

つーんとした態度で告げる優子さん。

なんなのだろう。分かれと言われても僕には優子さんが美波の件でまだ怒っているようにしか見えない。

それ以外にどんな思いを抱いてるのやら……。

 

ん? 怒ってる────?

 

「────あ」

 

ふいに頭の中であることを閃いた。

あまり自信はないけどこの様子はもしかして、

 

「優子さん、ひょっとして美波に嫉妬してる?」

「……っ!? わ、悪い? 今の吉井君の彼女はアタシなんだからそれぐらい普通でしょ!」

 

文句あるの!と言いたげに至近距離から睨んでくる優子さん。

どうやら正解だったらしい。

 

「──そっか。そうなんだ。あははは」

 

刺すそうな視線に晒されながらも、僕は心は不思議と温かいもので満ち足りていた。

 

「?? 何よ笑い出して」

「いやごめん。別に優子さんを怒らせたいんじゃないよ。そうじゃなくて……うん、僕は嬉しいんだ」

「嬉しいって、なんで……?」

 

笑いたくもなる。むしろ大喜びしたい。

だって、

 

「妬いてくれるってことは、本当に僕のことを好いてくれてるんだなぁって分かったから。そりゃあ嬉しくもなるよ」

「──なっ、な……っ」

 

目をパチクリと瞬かせてどよめく優子さん。

今となってはそんな細かい動作一つ一つが全部愛おしく感じる。

どうしよう、これって完全に惚れこんでるよね。

 

「それは……! あの、……えとっ。──だから!」

「落ち着いて優子さん。日本語が成り立ってないよ」

「あ、アンタが変なことを言うからでしょう!」

 

八つ当たり気味に口罵る。怒っているんだろうけど、それすら僕には可愛く見えた。

 

「変じゃないと思うけどなぁ。おかげで僕、前よりもずっと優子さんのこと好きになれたよ」

「……あ、なっ!?」

 

すでに優子さんの羞恥心のメーターはレッドゾーンを軽く越えている。

のぼせるんじゃないかと思うほど顔を赤くした優子さんに、僕は不覚にも見惚れて眩暈を覚えた。

 

「…………もぉ、そんなこと言われたら何も言えないじゃない。ばか……っ」

 

甘えたような口調で僕に体を預けてくれる優子さん。

う……。僕から進んでやってしまった事とはいえ、これはかなり破壊力が高い。──主に僕の理性方面に掛けてはこうかばつぐんだ。

僕がドキドキしていると、やがて優子さんは顔を上げて僕を見上げてきた。

 

「……吉井、君…………」

「………………あ」

 

そして、お互いの吐息さえ感じ取れるほどの至近距離から、スローモーションのように唇が近づいてきて、

 

「──────っ」

 

寸前で動きが止まった。あ、あれ? キスするんじゃないの?

あと半歩、いや指の先ちょっと動かすだけでキスできるのに。

しかもこの距離は近い、近すぎる。これじゃ心臓の動悸まで聞かれてしまいそうだ。

なんだこれは。ここまで来て何も出来ないなんて生殺しもいいところだ。

いつのまにか僕の両肩には優子さんの手が添えられていて、その感触は昨日の校舎裏で抱きしめられた時のことを思い出させた。

顔だけでなく首から耳まで真っ赤になった少女が僕の目を釘付けにする。

 

「し、しないの…………?」

 

成すすべもなく硬直する僕の鼻先に、涼風のように優子さんの吐息が掛かった。

 

「…………前はアタシからしたんだから、今度は吉井君からしてよ……」

 

その言葉に僕は頭の中で白い爆発が起こった。

そこにいたのは学校の優等生でも粗暴で乱暴な姉としての姿でもなく、別の恋する女の子だった。

痛いほどに胸が高鳴る。

本能が理性を食いつぶし、僕の体は勝手に動いて空いている両腕を迷わず優子さんの背中に回して最後の一歩を踏み出した。

 

「ぁ……んふ……っ」

 

視界を閉じた途端にふんわりした弾力と熱を唇から感じた。

三度目のキス。

同時に、腕の中にいる熱くて柔らかい体を強く抱く。

 

「ん……っ」

「ちゅ……ぁん、んんん……」

 

当てて、擦って、吸い付く。

一度経験したとはいえ、あまりに現実味のない感覚に頭の中が真っ白になった。

すごすぎて、今の気持ちをうまく言葉に言い表せない。

いつ唇が離れたのかすら分からなかった。

気がつけば、僕は体を離しとろんと半開きになっている優子さんの目を見つめていた。

その顔が、突如緩んでにへらと笑う。

 

「えへへ、また……キスしちゃったわね」

 

その妖艶な表情は学校での堅苦しくて刺々しくも真面目で優しい優子さんの面影はまったくない。まるでほしい玩具を買ってもらった子供のように無邪気な笑顔だった。

あぁ、駄目だ。これは駄目だ。

こんな可愛い彼女がいるなんて、これじゃあ僕の理性が何時まで耐えられるか。

健全な男子高校生にとっては目の前で大きく写る優子さんの姿は理性を溶かす毒以外の何物でもなかった。やばい、もう一度抱きしめたい。キスしたい。でもこれ以上進んだら僕は理性のタガが完全に外れてしまう。

まだ恋人同士になってから一日しか経っていないのにそれは早すぎる。

つい優子さんの体に手を伸びしてしまいそうになるギリギリのところで、僕は必死に欲求を押さえ込んだ。

 

「……もしかして、この為に秀吉を追い出したの?」

「だって、さすがに見られながらなんて出来る訳じゃないじゃない……」

「そ、そうだね……。でもやっぱり恥ずかしいよ」

「アタシだって。多分アンタの何倍も恥ずかしいわ……。でも」

「?」

「好きだから、嬉しい気持ちの方が大きいかな」

「な──っ」

 

僕は生唾を飲んだ。

好きって!? ああっ! こっちが全神経を注いで耐えてるのにどうしてそんな誘惑するようなことを言うんだ! まさか誘ってるのか。

キスをした感触も、パーカー越しから感じる女の子の体の肉感も全部まだ残ってるのに。さらに僕を魅了するようなことを言うのはやめてほしい。

こっちはさっきから心臓が爆発しそうだっていうのに、これ以上我慢しろだなんてひどすぎる。

 

耐えろ。耐えるんだ僕の中の獣──っ!

 

「う、うん。僕も嬉しいよ。優子さんみたいな素敵な人が彼女になってくれて。僕はすごい幸せ者だよ」

「??? ……ならどうしてアタシから離れるのよ」

 

暴走しないためです。わかってくださいこの男心!

 

「そ、それより明日から勉強頑張ろうね! 僕も一生懸命やるからさ!」

「へ? そ、そうね」

 

急な話題変更で優子さんの気を別な方向へ逸らす。カムバック優等生バージョンの木下優子さん!

 

「やるのは日本史だけでいいんだよね? 一騎打ちなら他の科目は使わないんだし」

「……まあ、試召戦争だけならそれでいいけど。時間はあるんだし日本史を重視してほかもやりましょ」

「やるって、どこまで?」

「もちろん、全部♪ 安心して、ちゃんと手取り足取り教えてあげるから」

 

おぉ……、どうやら僕はまた選択肢を間違えてしまったようだ。

左右どちらかが天国かと思って飛び込んだら、なんと両方地獄だったとは。

さっきまでの溶けるような甘い雰囲気は払拭できたけど、これはこれでやりづらいな……。

 

「ははは……。それじゃお願いしようかな」

「えぇ、任せなさい。アタシが吉井君の成績を上げて先生達を驚かせてやるんだから」

 

ガッツポーズをとる優子さんに苦笑してしまう。

まあ、別にそれでもいいやって思ってしまう当たり、本当に僕は優子さんのことが好きなんだなぁ。

 

絶対に勝とう。Aクラスに。

 

──いつからか、外の雨は止んでいた。

 




次話、Aクラス戦開幕

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