バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
「日本史限定テスト対決は坂本君の勝利です」
『うぉぉぉぉ──っ!!!!』
ディスプレイに結果が表示された瞬間、Fクラス陣営から喝采が上がった。
「やったよ雄二! これで僕らの一勝だ!」
「やるじゃない坂本! 本当にあのAクラス代表に勝っちゃうなんて」
「ええ。これでなんとか首の皮一枚繋がったわね。おつかれさま坂本君」
「おう、みんなサンキュ」
視聴覚教室から戻ってきた雄二をみんなで労う。
信じてなかったわけじゃないけど、本当に霧島さんに勝つとは驚きを通り越して尊敬すら覚えそうだ。
「ほんとすごいよ。今までの恨みを全部帳消しにしてあげてもいいほどの成果だよ!」
「お前に借金なんぞした覚えはないが、その言葉だけは受け取っておこう。──それよりも気になってることがあるんだが……」
言いながら雄二は僕と優子さんを交互に見る。
「……何でお前らは手を繋いでるんだ?」
「──っ!」
「あ……」
言われて僕はずっと優子さんの手をとっていることに気がつく。
そうだった!? あまりにも雄二の勝利が驚愕すぎてつい忘れてたっ。
「あ、やっこれは!?」
「……別にお前らの関係を今更どうこう言うつもりはないが、ここにはクラスの目もあることを忘れるなよ。ここで二人の関係がバレて連中が暴走して試合が中止、なんて笑い話にもならないからな」
「「う……っ」」
忠告するように告げられた言葉にそろって口を噤むしかない僕達。
僕と優子さんが付き合ってるなんてクラスに知られたら試召戦争などお構いなく暴れだすであろう事は想像に難くない。
幸い今の注目は完全に雄二の方向へ向かっているから僕達のことは誰も見ていなかったようだけど危なかったな。次からは気をつけよう。
「さて」
もう用事はなくなったと言うように雄二は僕達に背中を向ける。
その視線の先には、先ほど一緒に教室に戻ってきた霧島さんの姿があった。
「……負けた。私が」
霧島さんは表情こそいつも通りだが、発せられた声には若干の落胆が感じられた。
「俺の勝ちだな翔子」
雄二は霧島さんに近づきながら勝者の言を告げる。
そんなヤツを霧島さんは憤るわけでもなく関心するわけでもなく、ただ不思議なものを見たかのように顔を見上げながら口を開く。
「……意外だった。まさか雄二がきちんと勉強をしてくるなんて」
「そうか?」
「……うん、雄二のことだからきっと小学生の程度だと慢心して無勉強で挑むと思っていたから」
「……お前の言う通り、俺はこれまでずっと勉強することから逃げていた。今回の限定テスト勝負だって本来なら俺は油断して負けていたことだろうさ。お前達が姫路を気遣って開戦時期を延ばさなければな」
「……! それじゃあ」
「ああ。先週からの三日間の自由期間。せっかくAクラスの方から貰い受けた
「……そう。所詮小学生程度だと侮った私の負け」
「そういうことだ。今回は俺の勝ちだ。──たとえお前が
「…………」
雄二と霧島さんはずっと二人で何やら話しこんでいる様子だった。
「雄二と霧島さん。何を言い合ってるんだろう?」
「人のことを気にしている状況じゃないでしょアキは。次はあんたの番なんだから」
「え、僕?」
「だってAクラスからもう久保が待機してるじゃない」
言われて僕はステージの方へ顔を向けると、すでに久保君が自陣から歩き出しているのが見えた。
「あ、ほんとだ」
「ほんとだ。じゃないでしょう。ウチらにとってはここが一番の正念場なのよ」
「島田の言うとおりだ」
話が終わったらしい雄二が歩きながら僕に向かって告げる。
「雄二──」
「さっき木下が言ったようにまだ俺達は首の皮一枚で繋がっているにすぎない。しかも大して点数もない明久が学年で三位の実力の久保を倒さなくちゃいけない。お前は俺よりもずっとハードな立場にあるんだぞ」
雄二の言葉は僕の体に重たくのしかかった。
優子さんのように頭が良いわけでもなく、雄二みたいに知略に富んでいるわけでもない。ただ観察処分者として他よりちょっとだけ召喚獣に慣れているだけの僕が真正面から久保君と戦って勝たなければいけない。
ハッキリ言って正面からの打ち合いでは100%無理だ。
ウサギと亀のレースの如く。一瞬で僕が抜かれて終わる。
そして、世の中努力を怠らないウサギはたくさんいる。久保君は丁度その例だ。
しかし──、
「分かってる。それでもここまで来たんだもん。絶対に勝ちたいよ」
不思議と、負ける気は起きなかった。
昨日と一昨日。鬼のように勉強したおかげだろうか。
もしかしたら普通に考えて勝てる見込みのない戦いに自分でも自棄になっているのかもしれない。
雄二のように必勝の策を持っているわけでもない。
優子さんのようにAクラスに勝る点数を持っているわけでもない。
それでも僕には勝たなくちゃいけない理由がある。
絶対に成し遂げたい目的がある。
それだけで体に感じる重たい重圧は綺麗に消え去ってくれた。
「明久。ムッツリーニの保険体育や秀吉の変装術のようにお前はお前で他人より秀でている部分はある。俺はそこに期待している」
「雄二……」
「勝てよ明久。負けたら死ぬまでぶん殴ってやるからな」
薄く微笑む雄二。
こんな時でも雄二は雄二だった。
土壇場でもこの軽口。なんというか、緊張感が解れるなぁ。
「アキ──!」
「美波?」
今度は美波がいつもの強面の表情で迫ってくる。
そしてびしっ!と僕を指差して、言った。
「ここで負けたら最高にかっこ悪いんだから、絶対に負けるんじゃないわよ」
「それ負けちゃった美波が言う?」
「う、うっさい! いいからさっさと行って手早く勝ってきなさい!」
肩を怒らせながら美波は僕に背を向けて下がって行った。なんだかなぁ。
なんだか言いたいことだけ言って勝手に満足して行っちゃったけど、なんだか背中を叩かれたような気がして、おかげで気合が入った。ありがとう美波。
そして──、
「吉井君。──いってらっしゃい」
一言。
優子さんは、頑張れ。とも、勝ってきなさい。とも言わずに一言だけ、ありふれたごく単純な言葉で見送ってくれた。
胸に暖かいものが広がっていくのを感じる。
意味も理由もない普通の言葉なのに、それだけで覚悟は固まった。
──好きな人から送られる言葉なら、些細なことでも嬉しいんだってことが解った。
「うん。行ってくるね」
同じように、僕も短い相槌を打ってステージに足を向かせる。
さて、それじゃあ意識を切り替えよう。
ここからは僕の人生で一番本気にならないといけない時だ。
「それでは、第四回戦。吉井君と久保君の試合を始めます」
審判役の高橋先生が僕と久保君を見ながら宣言を告げる。
「教科は何にしますか?」
「日本史でお願いします」
すでに前三回繰り返された問答。
選ぶのは勿論昨日と一昨日に猛勉強した日本史だ。
「わかりました。それではフィールドを張ります。始めてください」
「解りました。──
「行くよ久保君、
喚び声に応え久保君と僕の足元に自身の姿がデフォルメされた召喚獣が姿を現す。
僕の元にはもう何度も見た学ランに木刀を携えた召喚獣。
そして久保君の傍には、僕の木刀よりも遥かに大きな鎌を両手に持った外見からして迫力のある召喚獣の姿がある。
その姿は僕の普段やっているゲーム風に形容するなら、まさに
「うわっ──。なんだあれ」
明らかに装備の質が違いすぎる。方や攻撃力の低そうな木刀でもう方や切れ味のよさそうな大鎌ときた。
召喚獣の特徴や外見がオリジナルの人間を元にしているとはいえ、ここまで差があるとさすがに学園長に文句の一つも言ってやりたくなるもの止む無しだろう。
Fクラス 吉井明久
日本史 142点
VS
日本史 350点
Aクラス 久保利光
召喚獣の頭上にお互いの点数が表示される。
……やっぱりAクラス。びっくりするほどの高得点だ。
いくら休日を勉強に費やしたとはいえ、久保君のような優等生は日常のように復習や予習を重ねてやってきているんだ。それをたった二日頑張ったって追いつけるわけがない。そんなことは初めから分かっていたから今更驚くには値しない。
「吉井君。戦う前に一つ訪ねても良いだろうか」
久保君がメガネを押し上げながらそんなことを尋ねてきた。
「なに?」
「君はどうして試召戦争を始めようと思ったんだい? やはりここの教室の設備が目的なのかい?」
「それもある。──いや。それもあったの方が正しいかな」
「過去形……。ということは今は違うと?」
「勿論Aクラスの設備は魅力的だけど、僕よりもそれを使うに相応しい人がいる。……僕はただ、努力した人が報われてほしいだけだよ」
「──そうか。それは立派な目標だね」
久保君は声音は心からそう思ってくれているように聴こえた。
「できれば僕個人としては吉井君の手伝いをしてあげたいが、あいにく僕にもクラスとしての立場がある。申し訳ないが私情は省かせてもらうよ」
それはつまり本気ってことか。
できれば優しい久保君のことだから手加減の一つでも期待していたがそれは叶わないらしい。
「それでは、始めようか吉井君」
「うん。それじゃあ行くよ久保君!」
互いの言葉を皮切りに召喚獣が動き出した。
久保君は驚く速度で一直線に真っ直ぐ僕の召喚獣の首を狙ってくる──!
「そんな大振りっ!」
頭上から繰り出される二本の大鎌を体を捻らせて回避し、相手の背後を通り抜けるように木刀で頭部に一撃を浴びせた。
そのまま飛び引いて久保君の召喚獣から距離をとる。
Aクラス 久保利光
日本史 321点
「──っ。やっぱりダメージは少ないか……」
表示されている点数を見て僅かに落胆する。
頭を狙ったっていうのにこの程度とは。さすがに200点も差があるだけのことある。
「やはりやるね吉井君。Dクラス代表を倒しただけのことはある」
先手を打たれたというのに涼しげな様子で久保君は賞賛の言葉を言った。
……だが、正直今のだって冷や冷やものだった。
何しろこっちはまともに一撃を受けたら終わりなのだ。
鍔迫り合いなど不可。攻撃を受けとめようものなら召喚獣ごと吹き飛ばされる。
僅かな掠りが命取りの攻防では、必然的にヒットアンドアウェイの戦法で徐々に削っていくしかない。
「これぐらい全然大したことじゃないよ。ダメージもほとんど与えられていない」
軽口を言いながら僕は召喚獣に木刀を構え直させる。
「僕は勝たなくちゃいけないんだ。その為に今持てる全部の力をぶつける!」
「解ったよ。それならば僕も全力で相手しよう──!」
二体の召喚獣が同時に駆けた。
向こうは大鎌を水平に持たせている。予測される攻撃は鎌のリーチを生かしたなぎ払い。
──見極める。
久保君の召喚獣の武器の優位性、踏み込み、攻撃範囲。そして回避できる抜け穴を。
僕が久保君に勝っているのは召喚獣の操作技術だけ。唯一と言っていいその利点をどう使えば決して傾かない天秤を動かせるのか。
これまで観察処分者として鉄人にこき使われ続けて養われたこの操作性。今ならば存分に活かせる──!
「はっ──!」
僕は真横から振り抜かれる大鎌に対し、僕は小ジャンプで向かってくる大鎌を飛び越えた。
最小の跳躍でさっきまで自分がいた位置を大鎌が通過し攻撃が空ぶっていくのを確認すると、続けざまにそのまま大上段にさきほどと同じ位置に木刀を叩き付けた。
「っっっ!?」
久保君が僅かに表情を歪める。
まったく同じ部分に攻撃が当たったんだ。さっきより多少はダメージ量が増えているに違いない。
そのことに過信せず、僕はすぐ久保君の召喚獣から飛び引いた。いつまでも至近距離で向き合うのは危険すぎる。
「……なるほど。そういう手で来るんだね」
こちらの攻撃を見て何かを読みきったのか久保君はなんと召喚獣の持っている両腕の大鎌を短く持ち直した。
どうやらこれまでの大振りの攻撃は通用しないと踏んだようだ。
次の攻撃に備え僕は回避ポイントを探していると、久保君は短く持った二本の大鎌をまるで翼を広げる鷹のように左右に広げた。
大鎌の切っ先を内側に向けて構える姿は獲物を捕食しようと機を伺っている肉食獣の牙を彷彿とさせる。
「吉井君の戦術が動き回ることによる霍乱なら、こちらはその動きを封じさせてもらうまでだ」
その姿勢のまま、久保君はまた一直線に僕の召喚獣に向けて飛んだ。
見た感じはただの突進。しかし左右には大鎌があるため横方向への回避は不可能。
ならば上。……いや、頭の良い久保君ならこれぐらいの思考は読んでいるはずだ。
つまりこれはフェイント。
上へ飛んで逃げるように差し向けて、予め短く持って攻撃速度を上げた武器で串刺しにするのが本命──!
これまで二度の試召戦争を経験した僕なら、これぐらいの作戦は読める!
「なら──ここだ!」
僕は手持ちの木刀を左腕に持ち直す。
そして、徒手空拳になった右手で思いっきり床を殴りつけた!
「痛っつ────!?」
フィードバックに右腕から焼けるような激痛が走った。
あまりの痛みに一瞬意識を失いそうになったのを気合で耐える。
素手で硬い床を全力で殴りつけたんだ。普通なら指の骨が一、二本折れていても不思議じゃない。むしろわずかな出血で済んでいるのは僥倖と言えるだろう。
激痛を我慢して僕は召喚獣を少しだけ下がらせる。
「何故床を──。なっ!?」
それを見た久保君の表情が疑問から驚愕に変わった。
僕が全開の力で叩き込んだ床は衝撃で砕け僅かな"窪み"が出来ていた。
──しかも、それは久保君の突進の進行方向に。
さて。ここで、一つ召喚獣の特性について説明しなければならない。
通常召喚獣は現実の物に触ることが出来ない。
人間の数倍以上の力を持った召喚獣が簡単に物に触れられたら危険意外の何者でもないからだ。
例外として教師の召喚獣と僕のように観察処分者に認定された召喚獣は雑用の為に物理干渉能力を持つことが出来るが、そもそもその観察処分者が歴代で僕しかいない時点でこれは特例中の特例と分かるだろう。
が、これでは一つだけ矛盾することがある。
召喚獣が本当に物に触れないのであれば、第一に召喚しても意味がないのだ。
フィールドを張ったって、召喚獣が降り立つ床は物理的な物なのだから喚び出した所でズブズブと底なし沼にように沈んでしまうだけだ。
そうならないのはこの文月学園の床は召喚獣でも地に足が付くように特殊コーティングされているからに他ならない。
詳しい概要は分からないが。つまり、たとえ物体に触れられない召喚獣でも例外として地形の影響は受けるということだ。
その床を僕は破壊した。
僕のパンチでほんのちょっとだが開いたその"穴"に、止まることができない久保君の召喚獣の足が嵌る──!
道端の小石に躓いた程度の衝撃だが、召喚獣の扱いにまだ慣れていなかった久保君は回避することも上手く受身を取ることも出来ずゴロゴロとボールように転倒して転がった。
「今だ──!!!!」
隙だらけになった召喚獣に僕は反撃される危惧を無視して突っ込み連続で五度木刀を打ち据えた。
すべて頭、首、胸と人体の弱点となる部分のみを絞っての攻撃。
とにかく当てる。当てて当てて当てまくる──!
たとえ点数で負けていようと、これなら!
Fクラス 吉井明久
日本史 114点
VS
日本史 131点
Aクラス 久保利光
転んだ時の衝撃と僕の連続攻撃で、彼我の点数差はいつのまにか拮抗していた。
『………………』
『………………』
『………………』
『………………』
観客席は完全に呆然とした状態だった。
無理もない。自分でも今の結果に驚いているんだから。
点数が遥かに劣る僕にここまで追い詰められるなんてきっとAクラスはおろかFクラスの人間でも思いもしなかっただろう。
だからと言ってまだ楽観するのは早すぎる。
この熱がまだ残っているうちに久保君を倒さないと、今の勢いが冷めたら逆転されてしまう可能性がある。まだ一分たりとも油断は出来ない。
「……正直、予想外だよ。まさか吉井君の腕がここまでのものとは」
顔つきは変わらないものの、久保君の目には驚きと焦りの色がある。
「僕だって伊達に試召戦争で勝ち抜いてないよ。集団戦だとどこから攻撃が来るか分からなかったからね。視覚外からの攻撃にも対応できるよう常に全方位に注意を向けないといけなかったんだ」
「経験の力だね。普通の試召戦争をしたことがない僕には持っていないものだ」
「知識の差を経験と実戦で補う。それが点数の低い集団であるFクラス流の戦い方だよ」
いける!と僕は確信を持ち始めていた。
波はこちらにある。今のままでいけば僕は久保君を倒せる。
「久保君こそ、このままじゃピンチじゃない?」
「いや、そうでもないよ」
「え──?」
思ったよりも冷静な久保君に眉根を寄せる。
どういうことだ? ただの強がりか……? それとも何か別の手があるのか。
「────っ!」
久保君の召喚獣が地面を蹴った。
今までと何も変わらない挙動、攻撃手段。これなら交わすのは容易い。
振り落とされる大鎌を僕は難なく回避する。
「……今のが久保君の策? だとしたら残念だけど失敗に終わったね」
「そんなことはないさ。本番はここからだ」
久保君の召喚獣は空を切った大鎌を即座に振りぬき飛び退ろうとする僕の召喚獣を追ってきた。
これが狙い? いや、これぐらいの攻撃ならまだいくらでもやりようはある。
「やあ!」
横薙ぎに迫る大鎌に対し、僕は足元に打撃を与えてバランスを崩させようと動き出す。
狙い通り、足に直撃した木刀の衝撃により大鎌は狙いが逸らされて僕の召喚獣の頭上を通り抜ける。
──いや、通り抜けるはずだった。
「え……?」
その光景に、僕は思わず頭の中が真っ白になってしまった。
「う、受け止めた? 足で……?」
相手を転ばせるはずの一撃が、その足に阻まれてしまっていた。
バカな。これまでの経験から言ってもこの攻撃を受ければ足場を崩されて転ぶはずだ。
万が一転倒しないまでも多少の仰け反りは発生してその隙に相手の武器を避けることもできるはずだった。
だというのに、久保君の召喚獣はまったく怯んだ様子はなく。
二本の大鎌は主に命じられたまま僕の召喚獣の胸を切り裂きにくる。
「あ──」
心臓が震えた。
やばい。
一瞬で全身の血を抜かれてしまったような寒気が走る。
鎌の向かう先は心臓のある位置。腹から肩までを切り裂く死の一撃。
このままでは確実に直撃コース。
これを食らえば終わる。回避はもう間に合わない。
まるでスローモーションのように、ゆっくりと大鎌が僕を切断しようと襲ってくる。
一秒先の死を幻視した。
「あ、あああああああああああああああ────!!!!!!!!!!!!!!」
ざしゅ。と無機質な斬撃音が教室に響いた。
☆
吉井明久の絶叫は、その後ろの観客席、そして待機している各クラスのメンバーの耳にも響き渡っていた。
「あ、アキ。まさかやられちゃったの……?」
「わからん。だが今の攻撃はまともにくらっちまってた。いくら明久でもあれは致命傷のはずだ」
「そんな……。それじゃあ試召戦争はウチらの負け……?」
「まだよ──!」
「優子?」
「木下、お前……」
「まだ吉井君は諦めてない。だから、まだ終わってない!」
☆
「はぁ……はぁ、はぁ」
全身がだるい。
全力回避しようとした無茶な動きと久保君の大鎌の攻撃をもろに受けたにフィードバックが返ってきた影響で体中が火傷した様な痛みが僕を蝕む。
Fクラス 吉井明久
日本史 6点
VS
日本史 75点
Aクラス 久保利光
僕の召喚獣は、──まだ死んでいなかった。
「ぎ、ギリギリセーフ──!」
あ、危なかった。さっきの一瞬だけは本気で負けを覚悟したよ。
顔の冷や汗を手を拭いながら、安心のあまり弛緩してしまいそうな体を必死に支える。
「……まさか、今の一撃を受けて倒れないなんて」
必勝を誓った一撃を受けて耐えた僕を見て、久保君は戦いていた。
「吉井君の召喚獣のダメージ量、機動性、反射神経。そのすべて予測して導き出した絶対に避けられない一撃を繰り出したはずなのに。
「僕もびっくりだったよ。クールで真面目な久保君がこんなバーサーカーみたいな攻撃をしてくるなんてね」
ほんと驚きだ。久保君がこれほど好戦的だったとは。
「そ、そうか。……吉井君はこんな僕は嫌かな?」
「? いや、全然良いんじゃないかな。ちょっと意外だったけど今まで知らなかった久保君を一面を見れたことは悪いとは思ってないよ」
「! ありがとう吉井君! 僕も、君という存在に出会えたことを嬉しく思っているよ」
「そ、それはどうも……」
この背筋にぞわっと来る悪寒は召喚獣からのフィードバックなのだろうか。
「しかしこれは勝負だ。僕の個人的感情を差し挟むことは出来ない。出来れば観察処分者である吉井君にはなるべく痛みを負ってもらわないよう一撃を決めるつもりだったんだが、こうなっては仕方がない」
久保君の足元にいる召喚獣が再び武器を構え直す。
やっぱり、久保君はさっきの一撃をずっと狙っていたんだな。
今まで僕の攻撃を受け続けていたのは、僕がどれくらい召喚獣の操作性に長けているか見極めるための攻防だったんだろう。
そして僕の動きが硬直する一瞬の隙間を狙って必殺の一撃を見舞う。頭の良い久保君らしい頭脳プレイだ。策に嵌めているつもりが、僕の方が久保君に乗せられていたとは。
「ぐ……」
でもこうなってはもう迂闊に近寄れない。
下手に接近で攻撃しようものなら今の久保君なら少量のダメージなら無視して反撃してくるに違いない。
すでに瀕死状態の僕には掠り傷程度の一撃すら当たれないんだ。
僕の方も、多分あと一撃が限度だ。
次の攻撃で仕留めきれなかったら、今度こそ反撃を受けて戦死するだろう。
でも、だからってどうすればいいんだ。
なんて弱気な声を僕は喉元でぐっと堪えた。
僕の動きはすでに見切られているから霍乱攻撃は通用しないと考えて良い。
床を利用した攻撃はもう見せてしまった。
もう使えるような障害物は何もない。
何か使えるものはないのだろうか。
一瞬だけ、コンマ一秒でも久保君の動きを封じられればいいのに──!
「──ん?」
その時、僕はふいにある
どこにでもあるのが当たり前すぎて、つい見過ごしそうになる"それ"を。
……もしかしたら、これならいけるかもしれない。
「……一か八か、やってみるか」
どの道もう策はないんだ。無策で飛び込むぐらいなら駄目元でやってみるしかない。
生唾を飲んで腹を括り、僕は召喚獣の姿勢を少し低くした。
──意識を集中する。
──雑音はカットする。
──雑念は消去する。
絶対にミスらないように、全身の力を召喚獣に注ぎ込む。
重要なのは位置取りだ。
久保君の立っている場所ならどこが一番効果的か。それを見極める。
「────ここだっ!」
そのポイントを見つけ出し、僕は召喚獣を操り反復横跳びのような格好で左斜め前方に跳んだ!
「その方向では僕の召喚獣に届かないよ。フェイントのつもりだろうが、今の吉井君の点数なら確実に僕が押し切れる!」
久保君の召喚獣が僕の召喚獣に向かって疾駆した。
両腕を高く上げて振り上げられる大鎌。
僕に最後のトドメを刺そうと、その巨大の武器を振り下ろしに掛かってくる。
「よし、今だ!」
久保君の召喚獣が僕のいる場所に到達する前に、僕は足をバネにしてその場で大きく跳躍した。
その瞬間、足にビリビリとする感覚が体を襲ってくる。
何しろ前の小ジャンプとは違って今度は僕の身長を越えるほどの大ジャンプだ。
その分足に掛かる負担も半端ない。
けど、今はそんなこと構ってられるか──!
「飛んだだって!? しかしそれだけの高さなら今からでも十分に対応でき──っ!?」
久保君の言葉が途中で途切れる。
ようやく、彼も"それ"に気づいたらしい。
「吉井君の召喚獣が、
そう。僕の召喚獣が飛んださらに上には、Aクラスの天井電気がある。
僕のところからではよくわからないが、久保君の立ち位置なら丁度空を跳んだ僕の召喚獣と天井の明かりが重なって見えている事だろう。
簡単な目眩ましだ。
太陽ほどの眩しさがなくとも、その光で刹那の一瞬のみ久保君は目が眩んで対象を見失う。
それだけの間があれば、十分だった。
「もらったあぁーっ!」
「しま──っ!?」
無防備になった久保君の召喚獣に、僕は落ちながら力いっぱい木刀を振り上げた。
久保君はこっちの作戦に気づき慌てて防御体勢を取ろうとするが、すでに僕の方が早い。
そして、ありったけの力と落下エネルギーが合わさった一撃を久保君の召喚獣の脳天に叩き付けた!
「ど、どうだ!」
明らかな手応えを感じ取り視線を召喚獣が衝突したところに向ける。
そこでは、僕の召喚獣は辛うじて立ち上がって。久保君の召喚獣は床に倒れたまま動かなかった。
Fクラス 吉井明久
日本史 3点
VS
日本史 0点
Aクラス 久保利光
「しょ、勝者、吉井明久」
「よっしゃぁぁぁぁーー!!!!!!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!』
僕の雄叫びとFクラスの大音量が教室を覆い尽くした。
「負けたよ。僕の完敗だ。吉井君、君は強かった」
「ありがとう。でも久保君もかなりの強さだったよ。あの一撃がもうちょっと深く入ってたら僕の負けだったし」
「それを覆す力も含めて君の力だ。足場や環境を最大限利用した戦い。これだけの手を打って倒されたんだ。僕に悔いはないよ」
「久保君……」
「君の勝ちだ吉井君。何を企んでいるのは知らないが、その望みが叶うよう影ながら僕も祈っているよ」
敗北したというのに久保君は清清しい顔でステージを去っていった。
恨み言も苦言もない。なんというか、大人だなぁ。
試合も終わったので僕もみんなのいるところに戻った。
「明久、よくやった」
「あぁ、やったよ」
パチーン!
戻り際、雄二とハイタッチをする。
僕の役目はここで終わりだ。
あとは、ゆっくりと試合で傷ついた体を休めよう。
次の戦いは安心して見守れるだろうから。
「吉井君、体大丈夫?」
最後の選手、優子さんが僕の肩に手を置いて聞いてきた。
「うんなんとか。体中痛いけど保健室に行くほどじゃないよ」
「そう。良かったわ」
優しく微笑んだ優子さんは僕に背中を向けて歩き出した。
「優子さん!」
その背を呼び止める僕。
「なに?」
「えっと──。いってらっしゃい!」
「──! 吉井君って変なところで律儀ね」
「そ、そうかな?」
「ええ」
すると、くるりと優子さんはこちらに反転した。
「行って来ます」
☆
「それでは最終戦。姫路瑞希さんと木下優子さんの試合を行います」
そして、最後の戦いが始まる。