バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語   作:鳳小鳥

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問37 バカとテストと召喚獣IF(完)

「や、やっと自由になった……」

 

ふらふらになりながら一人重たい溜息を吐く。

姫路さんと優子さんは僕を解放した後も延々口論を続けていたので僕はなんとかその場を抜け出し教室内をうろうろしていた。

さて、他のみんなの様子はどうなったのかな。

 

「明久ー!」

「? あ! 秀吉! ムッツリーニも!」

「…………待たせた」

 

僕を呼ぶ声の方へ振り向くと保険室へ行っていた秀吉とムッツリーニがこちらに手を振って近づいてきた。

 

「すまぬな。出来れば試合が終わる前に戻ってきたかったのじゃが」

「そんなの全然気にしてないよ。それよりムッツリーニ、もう鼻血は平気なの?」

「…………大丈夫。輸血は済んだ」

 

はて、うちの学校の保険室に輸血パックなどあっただろうか。まあ細かいことは気にないでおこう。

 

「明久よ。クラスの連中に聞いたぞい。ついにAクラスに勝ったのじゃな」

「うん。かなりギリギリだったけどなんとか勝てたよ。これでついに僕らの悲願が達成されたんだ」

「…………みんなが勝っているところを見たかった」

「そうじゃな。ワシも明久の活躍している場面を見たかったのじゃ」

 

心から名残惜しそうに秀吉は呟く。

いやー。そんな風に言われるとなんだか照れちゃうな。

 

「して、姉上はどこへ行ったのじゃ?」

「優子さんなら離れたところで姫路さんと口喧嘩してるよ」

「……一体なにがあったのじゃ」

「い、いろいろ複雑な事情があったんだよ……。僕もさっきその場所から逃げ出してきたところなんだ。あのままだと僕の両腕が引っこ抜かれるところだった……」

「そうか。お主も中々たいへんな境遇になったのう」

 

秀吉の同情が胸に染みる。

 

「うん、女の子にモテるって何も嬉しいことばかりじゃないんだね」

「…………惚気にしか聴こえない」

「そうじゃな」

「本当だよ! だからその両手のカッターの刃を収めてくれないかなムッツリーニ」

 

今ここで僕のプライベート事情がクラスのみんなに知られたら華やかな勝利の舞台が血の処刑場に様変わりしてしまう。

 

「今はせっかくのめでたい時なのじゃからムッツリーニも抑えるのじゃ」

「…………仕方ない」

「うむ。それでは改めて雄二のところに行こうかの」

「うん、そうだね」

 

満場一致で歩きだす。

 

「……吉井」

 

その時、学年主席の霧島さんが長い黒髪を揺らしながら僕の名前を呼んできた。

 

「霧島さんじゃないか。どうしたの?」

「……ちょっと、吉井にお願いしたいことがあって」

「お願い? 僕に?」

「……(こくん)」

 

無言で頷く霧島さん。Aクラス代表が観察処分者の僕にお願いってなんだろう。

 

「学年主席から直々の依頼とは。一体どうしたのじゃ?」

「……雄二のこと」

「雄二? それって坂本雄二、だよね?」

「……そう。その雄二」

 

そういえば、雄二と霧島さんって幼馴染なんだよね。意外だな。こんな美人な女の子があの雄二の知り合いなんて。まるで美女と野獣だ。

ちなみその雄二本人は今、クラス代表としてFクラスに勝利もたらした功績にクラスのみんなから胴上げされている。

 

『Fクラスばんざーい!』

『『『ばんざーい!』』』

「う、うおおお! 高すぎだぞお前ら!? ちょっとは抑えろ!」

 

ま、それは置いといて。

 

「今も天高く持ち上げられている雄二がどうしたの?」

「……うん。えっとね」

 

霧島さんはゆっくりとした口調で僕ら三人に内容を話し始めた。

その五分後。

霧島さんの事情を聞いた僕達は思わず「えぇー!?」とそろって驚いて叫んでしまった。

 

 

       ☆

 

 

「やれやれ。やっと下ろされたぜ」

「おーい、雄二!」

「ん? おー明久。秀吉にムッツリーニも」

 

胴上げから解放されて疲れた様子の雄二が僕達の方へ顔を向ける。

そしてさらにその後ろについて来ている霧島さんの姿を発見すると「げっ」と露骨に苦い顔をしだした。

 

「なんで翔子がお前らと一緒にいるんだ……?」

「…………成り行き」

「偶々そこで会ったのじゃ。のう明久」

「うん。秀吉の言うとおりだよ」

「本当か……?」

「……雄二。私のことが信用できないの?」

「ああ。出来ない」

 

霧島さんの質問に即答する雄二。

本当。この二人って仲が良いんだか悪いんだか分からないな。

 

「とにかく。試召戦争は終わったんだから戦後対談をする必要があるでしょ? その為に霧島さんが必要じゃないか」

「……まあ、それもそうだな」

 

雄二は完全には気を許していないまでもとりあえず納得してくれた様子。よし。これで話を進められるな。

 

「それじゃさっさとこれからの話し合いに入ろうか」

「……解ってる。宣戦布告の時にしたルールに則って私達Aクラスは一週間の間教室を貴方達Fクラスに明け渡す。それでいいの?」

「十分だ。短い期間だが存分に豪華設備を堪能するとしよう」

「……うん。それと、もう一つ」

「もう一つ?」

「……私から提案した条件。勝った方がなんでも一つ言うことを聞くっていう」

「ああ、あれか」

 

思い出したように呟く雄二。

 

「そういえばそんな約束もしたっけか。そうか。それじゃあ俺はお前に何でも言うことを一つ聞かせられるんだな」

「……何でもなんて、雄二のエッチ」

「なんでだ!? 誰がそんなこと命令するかアホ!」

「……今いやらしい顔してたから」

「してねえよ! 勝手に変な想像するな!」

 

こほん。と雄二は咳払いを打って、

 

「とりあえず。せっかくの何でも言うことを聞かせられる権利があるなら使わない手はないな。俺は──」

「ちょっと待って! 雄二、その命令権についてなんだけど」

「何だ? 何か命令したいことがあるのか?」

「うん」

 

何かを言いかけた雄二の言葉を遮って僕は二人の間に入る。

僕の様子を見て何か勘ぐったのか雄二は顎に手を当てて思案顔になった。

 

「そういやお前は姫路とちょっと気まずい状態なんだったか。これを機会に仲直りしようって魂胆か?」

「ま、まあね」

 

雄二の的外れな意見に僕は内心でガッツポーズをとった。

そうか。雄二はあの光景を見ていなかったのか。それなら都合が良い。

 

「だからその権利を僕にくれないかな? お願い!」

「はぁ。まあそういうことならしょうがないな」

「ほんとに! ありがとう雄二。恩に着るよ!」

「よせやい。明久のくせに気持ち悪い」

「そう? それじゃさっそく」

「うん? 待て明久。ここに姫路はいないぞ」

「姫路さん? ああ。姫路さんとはさっき会ってきたから心配しなくて大丈夫だよ」

「……? 意味が分からん。どういうことだ?」

「まあまあ。言えば解るって」

 

首を傾げる雄二を適当にあしらう。

もうここまで来れば後は消化試合だ。

 

「気を取り直して命令するよ、霧島さん」

「……うん」

「は? 翔子だと?」

 

僕はすぅ、と小さく息を吸って。

 

「霧島さんはこれから雄二と恋人同士になること!」

「……………………………………………………は?」

 

僕の台詞を聴いた雄二の目が点になった。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ────!? なんじゃそりゃ! どういうことだ明久!! 説明しろ!」

 

激昂した雄二が僕の胸倉を力一杯に掴んで持ち上げてきた。衝撃が足が地面から浮いてしまう。く、苦しい。息が……。

 

「い、いやー。実はこっちに来る前に霧島さんにお願いされちゃってさ」

「何ぃっ!?」

 

雄二が驚くのも無理はない。

それにしてもこんなに綺麗な霧島さんが野性味溢れた雄二のことが好きだなんて。今でも信じられないよ。まあ雄二も背は高いし顔は悪くないから案外お似合いなのかもしれない。

霧島さんの気持ちはさっき十分に聞かせてもらった。彼女がどれだけ雄二のことを大好きなのかも。男としては不本意だけど雄二の友達として協力しないわけにはいかないよね!

 

「おい翔子! 何のつもりだこれは!」

「……本当は勝つつもりだったけど負けちゃったから、最終手段」

「何言ってやがる! こんな無効だ無効! 拒否権を行使する!」

「……もう駄目。何でも言うこと聞かないといけないから。私と雄二が恋人同士になるの」

「ふざけんな! こんな騙し討ちみたいな手段で言われたって納得できるか!」

「何言ってるのさ雄二。こんな美人な人が彼女になってくれるんだから普通は喜ぶべきじゃないの?」

「そうじゃぞ。これほどの眉目秀麗な女子(おなご)は今後一切現れぬやもしれぬからの」

「…………(こくん)。今を逃したらチャンスはない」

「違うぞ!? お前達は翔子に騙されてる! コイツは! コイツはな──!」

「……もう決定したことだから。今からデートに行く」

「馬鹿言うな! 俺は認めなアガガガガガ────!?」

 

霧島さんに顔面を鷲づかみされながら雄二は教室の外に連れ出されていった。

ぴしゃん!と扉が完全に閉じたところを見届けた後、僕はんー!と背伸びして体の筋肉を伸ばして大きな溜息を吐いた。

 

「いやー。良いことした後は気分がいいなー」

「うむ。若干雄二の反応が気がかりじゃったが……」

「大丈夫だよ。あんなの雄二なりの照れ隠しだから」

 

どっちかというと驚いたのは霧島さんの行動だ。

宣戦布告の時から彼女とはいろいろあったから正直僕の中で霧島さんの認識は"怖い人"だった。

でもあんな姿を見せられた今では微笑ましく感じる。あんなに一途に想われるなんて雄二は幸せ者だなー。まあ羨ましいとはもう思わないけどね。

なんてみんなで感心していると、雄二と霧島さんと入れ替わるように扉が開いて外から学園長と鉄人こと西村先生が入ってきた。

 

「あ、学園長に西村先生」

「今坂本が霧島に引きずられながらどこかへ行ってしまったが、どうかしたのか?」

 

西村先生が僕達に尋ねる。そうか、すれ違ったのか。

 

「いえいえ気になくて良いですよ。単なる痴話喧嘩みたいなものですから」

「そうか。それならいいのだが……」

「西村先生、学園長もそろって一体どうしたのじゃ?」

 

秀吉が質問する。

 

「アタシはそこの吉井とした約束を果たしにきたのさ。まさか本当にAクラスに勝つとは思わなかったけどね。不本意だが約束通りお前さんの望みを叶えてやるよ」

「え、それじゃあ」

「ああ。振り分け試験をもう一度受ける権利を与えてやろうじゃないか。アンタ達はそれに見合う結果を残したんだからね」

「やった!」

 

嬉しさのあまりその場でガッツポーズをとる。

これで本当に優子さんは自分に相応しいクラスへ行くことができる。ずっと願っていた目標がついに叶うんだ!

 

「それともう一つ」

「もう一つ……?」

「西村先生。頼んだよ」

「分かりました。Fクラス! 全員集まれ!」

 

耳鳴りが起こりそうなほどの大声で西村先生はすでにリクライニングシートに腰掛けてくつろいだり教室の設備を勝手に使ってジュースを飲んだりしているクラスメイト達に集合をかけた。

 

『なんだ? お、鉄人に学園長じゃないか』

『先生直々なんて。もしかして俺達がAクラスに勝ったから祝福してくれるのか?』

『へへ、なんか照れくさいぜ』

 

口々に言い合いながら集まってくるクラスメイト達。

それを前に、西村先生は筋骨隆々とした身体に息を吸い込み高らかに宣言した。

 

「先にAクラス勝利おめでとう。お前達は本当によくやった」

 

素直に賛辞の言葉を送ってくれる先生。な、なんかほんとに照れくさいな……。

 

「お前達が一丸となりこれだけ大きな目標を成し遂げたこと。担任として誇らしく思う」

 

いやぁ、それほどでも。

…………うん? 担任?

 

「ちょっと待ってください先生、今なんと?」

「うむ。それが本題なのだが。今までFクラスの担任は福原先生が担当だったが今日今をもってその役職を俺が引き継ぐことになった」

『な、何ぃっ──!?』

 

クラス全員の悲鳴が上がった。なんで!? どういうこと! 聞いてないよ!

鬼の補習担当と呼ばれたこのむさ苦しい鉄人が担任なんて、そんなの嫌すぎる!

 

「西村先生を担任にしたのは、言ってしまえば監視さね」

「監視?」

「そうだ。……お前達は確かに立派なことをしたが、それ以前にいろいろな問題を起している。特に吉井と坂本がな」

「うぐっ」

 

そ、そりゃあ確かに消火器壊したりDクラスの室外機を壊したりはしたけどさぁ……。いくらなんでもこの仕打ちはないんじゃないの? 僕らは勝者なんだよ?

 

「そんな連中にAクラスの設備を自由にさせるのは危険極まりないという先生一同の合意の結果だ。安心しろ。俺が指導する以上お前達を死に物狂いで勉強させてやる」

「そんな!? 横暴だよこんなの!。大体雄二はともかく僕はそんな問題なんて──っ」

 

「吉井君! 吉井君は大きい胸と小さい胸ならどっちが好きなんですか!」

 

僕らの会話を割るように突然そんな質問をしてくる姫路さん。

 

「…………」

「吉井。問題なんて、なんだ?」

「いえ、なんだかここから巻き返すのは無理な気がするのでやめときます……」

 

即座に形勢は不利と悟り撤退する。姫路さん……。君は優子さんと口論をしていたはずなのにどうしてそんな結論に行き着いたんだい? 彼女達は一体どんな議論をしていたんだ……。

 

「ともかくそういうことだ。これからびしばし鍛えてやるからそのつもりでな」

 

気が重たくなる台詞を残して西村先生と学園長は教室から出て行った。

くぅっ! 勝ったのは僕らのはずなのにどうしてこんなに憂鬱な気持ちになってるんだ!

こうなったらなんとしても鉄人の目を掻い潜ってこれまでの楽しい学園生活を取り戻してやる!

 

「よし、やるぞー!」

「それで、結局吉井君は大きいのと小さいのではどっちがいいんですか?」

「アタシも気になるわねー。吉井君がどんな好みを持っているのか。是非知りたいわ。ふふ、ふふふふ……」

 

……その前に、まずは目の前の難題から取り掛からないといけないようだけど。

 

 

      ☆

 

 

優子side last

 

かりかりかりかりかり…………

 

狭い教室内にいくつもの鉛筆を走らせる音が旋律のように耳に流れる。

試召戦争の後、学園長の計らいにより急遽振り分け試験の再試験が実施され、アタシを含め何人かのFクラスの生徒がテスト用紙に視線を落としながら必死に指を働かせていた。

懐かしくもなり、また試験の度に感じる身が引き締まるような緊張感の中でアタシも目を左右に動かしながら解答用紙につらつらと答えを書き込んでいく。

 

──よし

 

心の声で、アタシは密かに手応えを感じていた。

調子は良好。詰まった部分もなし。これまで通り。いや、これまで以上の確かな高得点が取れる確信が持てる。

これだけ解けたら十分Aクラス入りを果たせる。多少の回答ミスがあったとしてもまったく問題ないレベルで答えられた自信がある。

あとはこれを提出すればアタシはアタシの望んでいたところへいけるだろう。あの日の失敗をこれで取り戻せる。

ようやくあの汚い教室からも出て行くことが出来るのね──。

 

「?──」

 

そこで、つい無意識にアタシは自分の言葉に違和感を覚えてしまった。

自分でもよくわかないもやもやが頭の中で湧いてきて、思わず鉛筆の動きが止まる。

 

あれ、アタシってAクラスに行くことを望んでたっけ……?

 

もやもやしていた疑念は確かな形となってアタシの脳内で波紋を広げた。

いや、それは違う。

大体アタシは設備なんてほとんど感心はないし、ただ自分の学力に見合うクラスに行きたかっただけ。Aクラスならアタシは何一つ不自由も不満もなく学生生活を送っていけると思ったからそうするべきと効率的に判断していたに過ぎない。

 

──それじゃあアタシは今までFクラスにいたことを不満に思っていたの?

 

これまで過ごしてきたあの古ぼけてカビ臭い教室のことを思い出しながらふと考える。

Fクラスはおかしな人達ばかりの変なクラスだったけど、あの賑やかな雰囲気は嫌いじゃない。代表の坂本君はFクラスとは思えないほどの知恵を持っているし土屋君も勉強ではない自分の好きなことに一生懸命にやっている。それは演劇をやっている秀吉も同じ。美波も帰国子女なだけで単純に頭が悪いわけじゃない。あのクラスは勉強はできないけど、それ以外のいろいろな特技や知識を持っている人達が一同に集まっているサーカスみたいな所だ。

学力だけが全てじゃないってあのクラスにいて直に感じ取れたことも何度かあった。

素直に言って。なんだかんだでああいうクラスメイトといるのも面白かったと今なら断言できた。

それになにより……。最初の振り分け試験で失敗したからこそアタシは吉井君に会えて、初めての恋をして、キスも体験した。

初めてした時のドキドキと幸せな気持ちは今でも鮮明に──って何思い出してんのよアタシは!? 今は大事なテスト中なのにっ。

ま、まあそれはともかく結果として、Fクラスは不自由ではあったけど、不満ではなかったというのがアタシの感想だった。

 

だったら、もうアタシが無理をしてAクラスに行く理由はないんじゃなかろうか。

 

勉強するだけならFクラスでも出来るんだから、何もほとんど知り合いもいないクラスの中に飛び込む必要性はもうないような気がした。

Fクラスでも成績は上げられる。それは試召戦争に勝つという原動力をバネに総合科目の点数が飛躍的に上がったことで証明されている。

それに、Fクラスに居ればこれからもずっと吉井君の傍にいられるんだし……。

 

「………………」

 

アタシは鉛筆を消しゴムに持ち替えて、氏名欄に記入されている自分の名前をごしごしと擦って消した。

これで提出すれば名前無記名でアタシは0点。晴れてFクラスへUターンである。

そもそも、勝手にアタシをAクラスにするとか言って試召戦争を起したのは吉井君なんだから、アタシが自分の意思でFクラスに留まるのもアタシの自由なんじゃないのかしら。

別に敷かれたレールの上を歩く必要なんてない。アタシはアタシのやりたいようにやる。これまでだってアタシはそうして人前で優等生の仮面を被りながら生きてきたんだから。今回だって──。

 

 

      ☆

 

 

それから翌日。

見事Aクラスを手に入れた僕達は一週間という短い期間でありながらも存分に最高設備を満喫していた。

 

「見てみて美波。この椅子ふっかふかだよ!」

「ジュースも飲み放題! 冷蔵庫もあるしまさに天国だわ♪」

「…………ノートパソコンがあるのはありがたい。データをすぐにまとめられる」

「リクライニングシートは楽だな。仮眠するにはもってこいだ」

「明久よ。菓子を持ってきたぞい」

「あ、ありがとう秀吉。いっただっきまーす」

 

秀吉が持って来たお菓子の中からポッキーをつまみかりかりかりと頬張る。

最高だ。この環境、広さ、そしてなによりも豪華な設備! もう文句の付け所がないぐらい充実している教室はFクラスとは比べ物にならない。まさにこの世の天国と呼ぶべき空間だよ!

 

「やっぱり広いわねAクラスは。教室に入ってるのはFクラスの頃と同じ人数なのに全然スペースあまりまくってるもの。ちょっと寂しい感じもするけど」

 

紙コップを片手に美波は周囲を見渡しながらそんな感想を呟いた。

 

「Aクラスの広さは大体Dクラスの6倍だ。島田がそう感じるのも当然だろう」

「ほんと。Fクラスの頃とは天と地の差だね。僕もうここに住みたいぐらいだよ」

「…………快適空間」

「本当じゃのう。Aクラスというがどれだかすごいのか改めて実感できるのう」

「これであとは鉄人さえいなければなー」

「あはは、そうだねー」

「鉄人じゃない。西村先生と呼べ」

「うわぁ!?」

 

突然背後から聞こえてきた声に跳びあがる。何だ!? 敵襲か!

動揺しながら振り返るとそこにはゴリラのような体躯で腕を組んだ筋肉教師の西村先生が僕を見下ろしていた。

 

「に、西村先生……。どうしたんですか? 朝のHRはまだですよね?」

「言っただろう。俺はお前達の監視だと。──まったく、珍しく早く登校したと思ったら予想通り学校の設備でだらけおって。ここはレジャー施設じゃないんだぞ」

「お言葉だが先生。もうすでにこの教室は俺達のもんだ。別に問題を起していないんだから自分の教室で何をしようが俺達の自由じゃないのか?」

「坂本、学校は勉強するところだ。設備はあくまで生徒が心地よく勉強できるようにと学校側から配慮して設置されているものなのにそれで堕落していたら本末転倒だろう。それにお前達がまた何か仕出かした場合にはすぐにでも教室の設備の使用を禁じることが出来ることを忘れないようにな」

「ぐっ」

 

もっともらしいことを言う先生。おのれ、せっかくの豪華の設備を使わなければ宝の持ち腐れじゃないか。

 

「──ちなみに吉井。さっきからお前ががつがつと貪っていた飲み物やお菓子類の代金は月末に一括で請求書を送るからな」

「えぇ!? これってタダじゃないの!」

 

だったら食べなかったのに! どうしてもっと早く言わないんだよ畜生!

 

「安心しろ。今の冗談だ」

「な、なんだ……よかった。もう心臓に悪いこと言わないでくださいよ!」

「今の嘘だが学校から出される支給物は無限じゃない。それを心に踏まえながら利用するんだぞ」

「は、はい……」

 

言いたいことは終わったのか、それから西村先生は僕らに背を向けて教卓の方へ歩いていった。

 

「くそっ。これじゃまだ何の束縛もなかったFクラスの方が落ち着くぜ」

「まったくだよ」

「でもあと一週間したらウチらはまたFクラスに戻っちゃうんでしょ? そうしたら西村先生はそのまま担任を引き継ぐのかしら?」

「そう何度も入れ替えなどせんじゃろうからおそらく今のままじゃろうな」

「えぇ………………」

 

さ、最悪だ……。Fクラスのボロ教室+鬼の鉄人なんてツーコンボ。考えうる限り最低の組み合わせだ。正直生き残れる気がしない。

 

「ま、仕方ない。これは俺達が望んだ結末だ。そうだろ明久」

「……そうだね」

「…………明久は本当にこれでよかったのか?」

「え? どういうことムッツリーニ?」

 

神妙で顔をしたムッツリーニに問い返す。

 

「…………別のクラスになったら、木下優子と会う時間も減る」

「あ……」

「優子がいなくなったら寂びしくなっちゃうわね。女子もウチ一人になっちゃったし」

「………………」

 

結局、僕達を除いた何人かが振り分け試験を受けたけど、優子さん以外は全員Fクラスに出戻りになっていた。今ここに彼女がいないってことはきちんと高い点数を取ってAクラスにいけたってことだろう。良かった。本当によかった。

 

「うん、ちょっとは寂しいけど。やっぱり優子さんはこのAクラスの充実した設備の中で勉強するべきだよ」

 

いつもみたいに教室で挨拶ができなくても、一緒に授業を受けることが出来なくても会いに行くことは出来る。優子さんと過ごした想い出は確かにこの胸に残されているんだ。後は僕が我慢すれば良いだけのことなんだからそんなの迷うまでもない。優子さんの為にはそれが一番だ。

 

「といっても、そいつらは今はFクラスだけどな」

「クラスメイトが変わるだけでも大分違うよ。僕らみたいに勉強出来ないクラスにいるよりはずっと刺激的だと思うな」

「それもそうだな」

「あー……。明久よ。ちょっと良いかの?」

 

どこか気まずそうに秀吉は僕の顔を見ながらそう尋ねてきた。

 

「どうしたの秀吉?」

「姉上のことなんじゃがな。その……」

 

言い難そうに秀吉は頬を掻く。その時──、

 

 

 

 

「アタシのことが何ですって?」

 

 

 

 

「え?」

 

──教室の扉から、こつんこつんと足音を立てながらこっちに向かって歩いてくる優子さんの姿があった。

目の前の光景に理解が追いつかず意識が抜けかける。頭の中が真っ白になって僕らに近づいてくる彼女の姿を呆然と眺めてしまった。

 

「ゆ、優子さん! どうしてここに!?」

「? どうしても何も今のFクラスの教室はここなんだから当然でしょ」

 

さも当然のように言う。いや問題はそこじゃなくて!

 

「Fクラスって、優子さんはAクラスなれたんじゃないの?」

「明久。それはじゃな!」

「いいわ秀吉。説明はアタシがするから」

 

口を開いた秀吉を制して、優子さんはまだ驚いている僕に視線を合わせながら話し始めた。

 

「──先に結果を言うとね。振り分け試験の結果Aクラスにはなることはできたの」

「……へ?」

「試験を受けてる途中はこのままFクラスでもいいかなって思ったんだけど、やっぱりせっかくAクラスにいけるなら行ったほうがお得じゃない? FよりAの方が教師受けも良いし」

「ちょ、ちょっと待って! 話が見えないよ。それじゃあどうして優子さんはここにいるの? Aクラスの人達は今旧校舎の元Fクラスにいるんだよ?」

「だから、Aクラスに入れるんだけど"まだ"Fクラスなのよ」

 

?? まだ?

 

「……なるほど。そういうことか」

「ええ。貴方の考えてる通りよ坂本君。クラス変更にはいろいろ手続きとか召喚獣関連の設定変更やらで煩雑な作業が必要らしいわ。だからそれが完全に終わるまでアタシはFクラスってこと。今まで職員室でその話を聞いてたのよ」

「じゃあ優子はいつAクラスに行くの?」

「予定では一週間で用意が出来るって言ってた。だから少なくてもあと一週間はみんなと同じクラスにいることになるわね」

「………………」

 

思わぬ事態にポカンとする僕。

しかし徐々に気持ちの整理が落ち着いて状況を理解することが出来た。

じゃあ優子さんはFクラスに戻されたんじゃなくて、しばらくFクラスにいるだけなのか。一瞬冷や汗を掻いたけどちゃんとAクラスへの切符は手に入れてたんだ。

 

「大体、アタシだって苦労して試召戦争を勝ち抜いてきたんだからみんなと一緒にここの設備を使う権利はあるはずでしょ。それとも何? 吉井君はアタシにさっさと出て行けって言いたいわけ?」

「……そんなわけないじゃないか。嬉しいよ。ちょっとでもこうして優子さんと同じ教室で過ごせるなんて」

「そ、そう……。ならいいけど……」

 

照れくさそうに目を逸らす優子さん。

 

「うん! 本当に少しだけどそれまでよろしくね。あとAクラス入りおめでとう!」

「──ありがとう。でも今のアタシがあるのは貴方のおかげよ。吉井君。新学期の初日に貴方がアタシに声を掛けてくれたおかげでからここまで辿り付けたんだから」

「ううん。違うよ。僕だけじゃなくてここにいるみんなの力だよ」

「……なんだか言い回しが青臭いけど、たしかにその通りね」

「…………ハッピーエンド」

「うむ。そうじゃな」

「ったく、人前で公然と恥ずかしいことを言いやがって」

「しょうがないじゃない。アキはバカなんだから」

「えー、それはひどいよ美波!」

「ふふっ。────本当に、貴方達といると退屈しないわね」

 

優子さんは首を傾げながら自然な笑顔で僕に微笑みかけてくれた。

……たいへんなことも一杯あったけど、これからもこんな風に彼女の笑顔が見られるならどんな困難だって苦じゃない。

きっとこの先も様々な問題が起こるだろうけど、優子さんと一緒ならそれすらも楽しいものになるだろうと、そう思った。

 

 

 

──完──

 

 

 


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