バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
お昼休みの後、何事もなく時間は進み、ようやく放課後の時間になった。
「おい明久」
「ん? あー、何雄二?」
「何じゃない。どうしたんだお前」
「?? どうしたって、何が?」
「お前、昼からずっと上の空で窓ばっかり見てぼーっとしてるじゃねえか。昼休みの時も帰ってこなかったし何かあったのか?」
雄二が卓袱台に頬杖をつきながら聞いてきた。
あー、なんだ。そのことか。
「うーん、あったといえばあったし。なかったといえばなかった」
「はぁ? なんだそりゃ」
「ごめん、なんかうまく説明できない」
ぼんやりと黒板を見つめながらうわ言のように答える。
そうか。自分でもなんかふわふわしているなぁって感覚はあったけど滅多に他人に興味を抱かない雄二が訝しむのだからよっぽどおかしな様子だったんだろう。
昼休み以降、僕はなんとか木下さんをAクラス入りさせる方法はないかとずっと考えていた。
授業もまったく頭に入らないぐらい思考に没頭していたけど結局最後まで良い方法は思いつかず、結果的にこんな無気力になってしまっていたようだ。
「うん? なんじゃ、今の明久はいつも以上に変じゃのう」
「あ、秀吉。……いつも以上に変ってつまりいつも変ってこと?」
「…………何があった」
秀吉とムッツリーニが鞄を持ってやってくる。
しかしなんだかんだ言って心配してくれるなんて、みんな友達想いだな。
ここはその気遣いに感謝して元気に振舞わねばなるまい。
「別に大したことじゃないって、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「心配じゃない。不気味なんだ」
「「(こくん)」」
ひどい友達だ。
「ほら、さっとと企みを吐け。そうしたら楽になるぞ」
「やれやれ、明久よ。今度は一体何をやらかすつもりなのじゃ?」
「…………黙っていても自分の為にならない」
「あのねぇ。ただぼーっとしてただけで何で取り調べみたいな尋問されてるのさ僕は。別に何も企んでないよ。大体──あ」
文句の一つでも言ってやろうかと思っていると、偶然鞄に教科書を詰めて帰り支度をしている木下さんの姿が目に入った。
彼女はこのまま寄り道せず帰るのだろうか。
「どうしたのじゃ?」
「あ、いや、なんでもない」
秀吉の問いかけを曖昧に濁して僕はぼんやりと木下さんの姿を眺める。
と、そこで鞄を持って立ち上がった木下さんはあろうことか、僕の方を見てゆっくりと歩いてきた。
慌てて視線を切るも、もう遅い。
ま、まさか黙って見ていた事がバレたのかっ。
「それじゃ。吉井君、また明日ね」
「へっ? あ、うん。バイバイ木下さん。また明日」
それだけを告げると木下さんは踵を返し教室を出て行く。
半ば条件反射的に別れの挨拶を交わした僕は軽く驚きながら手を振り木下さんを見送った。
な、なんだったんだ。
「………………ほほぉ」
その会話を隣から聞いていた雄二が口の端を吊り上げながら小さく呟いた。
「な、何さ雄二……」
「いーや別にぃ。ただいつのまにお前と木下優子が帰りの挨拶を交わすほど仲良くなったのか”友達”として気になっただけだ」
友達。をいやに強調して言う。コイツ絶対わざとだな!
くっ、なんてやつだ。そんなこと教室内で言ったら──、
「吉井ぃっ! さっきのはどういうことよ!」
「ほらやっぱりぃっ!」
怒り狂った島田さんが僕に向かって駆け出し勢い良く足を振りかぶった。
狙いは──首っ!?
「おわっ危なっ!? 島田さん! 今の確実に
鈍器で殴るのと同じ威力のありそうな蹴りを後ろに飛び引いて回避する。
攻撃が外した事を理解した島田さんはあからさまな舌打ちを打った。
「ちっ、避けるんじゃないわよ」
「避けなきゃ死ぬから!」
「だったら死になさい!」
「無茶苦茶だー!」
さすが僕の天敵島田さん。嬉々として僕の命を奪ってくる。
「す、ストップストップ! 本当に僕は何も疚しいことはしてないってば!」
「じゃあ昼休みに何をしてたか言いなさいよ」
「校舎裏で一緒にお弁当を食べてただけだよ!」
「はぁ? 嘘も大概にしなさい。大体お弁当なんてどこにあるのよ。アキの昼食は塩と水だけでしょうが」
うっ、否定できない。
「それは……僕のお昼ご飯を見た木下さんが哀れに思って自分のお弁当を少し分けてくれたから」
「言ってて悲しくならないか?」
「……少し」
あれ、おかしいな。目から汗が。
「しかし校舎裏とは、どうして木下優子はまたそんな辺鄙な場所で昼食を摂ってたんだ」
「恐らくじゃが、まだFクラスという環境に慣れておらんのじゃろう。まあ姉上の心境を考えれば居心地の悪さを感じるのも無理はなかろうて」
「うん……。僕が見た時もなんだか哀愁が漂ってる気がしたよ。僕もなんとか元気付けてあげたいと思うんだけど。……ねえ島田さん。何かいい方法ってないかな?」
「えっ、なんでウチに聞くのよ?」
「だって島田さん。同じ女の子だし。こう、女子がされて思わず嬉しくなるようなことってない?」
「……女の子……」
僕の質問が聞こえていないのか、島田さんはポッと顔を赤くして何度も『……女の子……』と反芻している。どうしたんだろう。
「島田さん?」
「はいっ!? え、えっと! ……なんだっけ?」
「だから、木下さんを元気付けるいい方法は何かないかなって質問したんだけど」
「そ、そうね。うーん……」
顎に手を当てて首を傾げる島田さん。
そのまま難しい顔でしばらく目を閉じて考え、ぶんぶんと首を振った。
「んー! 急に言われても思いつかないわよ!」
「そっか……。島田さんでもわからないか」
まあ根が男子っぽいからなぁ島田さんは。期待した僕が間違っていたかもしれない。
「今吉井から悪意を感じたわ」
「ははは、きっと気のせいだよ」
「そうかしら……」
疑いの目で島田さんが僕を見る。むぅ、今日の彼女はいやに鋭いな。
「それより島田。お前どうして今日木下姉に一言も声を掛けなかったんだ。Fクラスで自分以外の唯一の同性なのに」
「ウチだってそうしようと思ったわよ。でも木下──ていうと弟と混ざって紛らわしいわね」
「済まぬ」
「あ、別に怒ってるわけじゃないわよ? まあ──木下さんって授業中も休憩時間の間もずっと刺々しくてなんだか近寄りがたかったのよね」
「…………今の木下優子には周囲を遠ざけるオーラがある」
「そういえばウチのクラスの貴重な女子なのに他のクラスメイトもほとんど木下さんに近づかなかったね」
「触らぬ神に祟りなしってか。新学期初日から孤立とはなんとも不幸なことだな」
どこか他人事のように空を見ながらポツリと零す様に言う雄二。
けれど、僕はそんなみんなの言葉に首を傾げた。
「そうかな……。確かにツンケンしてたような気はするけど別に話しかけづらいことはなかったよ」
「お前はバカだから人の機敏に疎いんだよ」
「む。そんなことないよ。僕だって女心の一つや二つ余裕で──」
ドスッ!
「目か耳を選びなさい」
「心の底からごめんなさい」
片手に4本、計8本のカッターナイフを指に挟んで構える島田さんに土下座する。
あれ? 何で僕怒られてるんだ?
「ま、朝にも秀吉が言ったが、木下優子に関しては今の所放置するしかないだろう。俺達にできることなんかねえ」
「こればかりは心の問題だものね」
「そんな……」
「…………木下優子をAクラスに戻すというのは?」
「そうそれ! 丁度僕もそれを提案しようと思ってたんだ!」
「具体的にどうするんだ?」
「えっ? それは……、みんなで考えて……」
「つまり何も考えていないのじゃな」
「考えてたんだけど何も思いつかなかったんだよ」
「なるほど、お前が昼からうんうん唸ってたのはそれが原因か」
「うん……。雄二、何か良い手はないかな?」
「そうだな。……方法としては、一番堅実なのは試召戦争でAクラスに勝って設備を奪う事だな」
「それはちょっと、駄目」
「え? なんでよ?」
「えっとね──」
僕は校舎裏で木下さんと話したことを(かいつまんで)みんなに説明した。
「……そういうことじゃったのか。それなら確かに試召戦争だけでは不十分じゃな」
「設備は変えられてもクラスメイトは変えられないものね」
「…………クラス自体を変えるとなると、正当法では限りなく難しい」
「特にこの学校ではな」
「そうだよね……。うーん、振り分け試験をもう一度やり直してもらうのは駄目かな……?」
「無理だろ。クラス別に設備のランクを設けるなんて制度を作った学園長がそんなこと許してくれると思うか?」
「……だよね」
雄二の言う通りだ。
結果がすべてのウチの学園では、ただお願いした程度で言う事を聞いてくれるとは思えない。
だけど、どうしても僕の心にわだかまりが残る。
このままでは納得できない。
「……でも、何でもやらないよりやる方が良いと思うんだ」
一度試して、駄目なら駄目でいい。
また次の方法を考えて、成功するまで続ければいいんだから。
頭は悪いけど、諦めも悪いのがFクラスの強みのはずだ。
「…………」
と、そこで雄二がじっと僕に視線を向けている事に気がつく。
「ん、どしたの雄二?」
「お前、今日はやけに木下優子の件に突っ込むな」
「そ、そうかな……?」
「まさか、……惚れたのか?」
「ぶふっ!?」
予期しない方向からの攻撃に思わず吹き出した。
「い、いきなり何を言いだすの!」
「いや、適当に言ってみただけなんだが、この反応はまさか」
「…………取り乱すということは、多少は意識している可能性あり」
「っ! 吉井! どういうことよ説明しなさい!」
「し、島田さん……っ。僕まだ何も言ってない……」
顔を真っ赤にした島田さんに胸倉を掴まれてままぶんぶんと揺さぶられる。の、脳が、脳が掻き乱される……っ!
「僕は単純にクラスメイトの一員が心配であって、別のそういう感情を抱いているわけでは──!」
「そうか。…………秀吉」
「何じゃ」
「髪留めを外してくれ。──それで、ムッツリーニ頼んだ」
「…………任せろ」
僕が島田さんに絞められている横でムッツリーニが秀吉の顔の前で素早く手を動かしている。
「…………完成」
「よし。島田、その辺りで明久を離してやれ」
「……仕方ないわね」
足が浮いた状態のまま手を離される。
何の支えもない僕は空中で放り出され地球の重力の従い畳の床の落ちて尻餅をついた。
「あいてて、下が畳でよかった……」
「明久、秀吉を見ろ」
「えー、秀吉が何──ぬほぉ!? どうしてここにお姉さんがっ!」
さっきまで秀吉のいた位置にいつのまにか木下さんがいた。ど、どういうことだ! いつのまに!
どうしよう! まだ心の準備とかいろいろできてないのに!
唐突すぎる登場に頭が追いついていかない。
驚き慌てる僕に、木下さんは困ったような顔で見て、
「いや、ワシは秀吉じゃぞ……」
「へ? あ、髪型を変えただけか。さすが双子。そっくりだね。はぁ……びっくりした」
「ふむ、ムッツリーニ、感想は?」
「…………自覚はないものの、意識はしている模様。脈はあり」
「なるほど。して……刑は?」
「…………顔に一発」
「よし」
「痛っ!? 雄二! どうしていきなり僕の顔を殴るんだよ!」
「他人の不幸は蜜の味だ」
「なんのことっ!?」
「ワシはいろいろと複雑なのじゃが……」
い、意味がわからない! 一体どうなっているんだ!
「坂本やりすぎよ。吉井の顔が腫れてるじゃない。大丈夫吉井?」
島田さんが心配そうな顔で僕を見てくる。
ああ、正直彼女も人のことは言えないと思うけど、今はこの気遣いが嬉しい。
「ありがとう島田さん。なんとか平気だよ」
「そう。ならまだウチが殴っても問題ないわね」
「はい? い、いや! そういう意味じゃなくて!? ぶはぁっ!?」
雄二に殴られた箇所と寸分違わず同じ箇所に島田さんの拳が穿たれる。
くそぉ、一瞬でも信じた僕がバカだったぁ!
「……さすが島田。休み明けの新学期早々でも腕は落ちてはいないみたいだな」
「それほどでも」
「二人とも……、感心するより前に僕の心配をして……うっ」
顔を合わせて話す二人の姿を最後に、僕の意識は闇に落ちた。
☆
意識が回復すると、教室には誰もおらず僕は一人玄関先の下駄箱までやってきた。
「……まったく。僕一人残して帰るなんて白状な友達だな」
今度雄二やムッツリーニの下駄箱の中に偽のラブレターでも入れてからかってやろうか。なんて考えながら歩いていると、
『…………!!』
「ん?」
それほど遠くない場所から女子の話し声が聞こえてきた。こんな時間になんだろう?
ひっそりと顔を覗かせてみると3人の女子が円上に囲んで談笑をしている姿があった。
うーん、あの女子達のいる付近が僕の靴箱なんだけど、なんだか出難いな。あの3人が離れるまで待とうか。
『……ねえ、ほんとなの?』
『マジマジ。私この目でバッチリ見たもん!』
『でも弟の可能性だってあるんじゃあ』
『そんなことないって。ちゃんとスカート履いていたし。間違いないよ』
『ふーん。でも、本当にそうなら朗報よね』
『証拠だってあるよ。ほら、これ今日の昼休みに偶然撮ったんだけど』
『……あ、ほんとだ。でもこの横で一緒に歩いてる男子って誰?』
『えーっと、ほら、吉井って人よ。観察処分者の』
『あー、例の。彼、Fクラスだっけ?』
『そうそう。だからそんなヤツと一緒にいるってことはもう確定でしょう』
『あははー。本当だ』
『でも肝心の靴箱はどこなのよ?』
『え? うーんと、どこかしら?』
『えー、ここから探すのぉ? 男子の靴箱って臭くて嫌なんだけど』
ふーむ、一体彼女ら何の話をしているんだろう。
なんだか僕の名前も出てたみたいだけど。
なんて隠れながら考える僕を他所に女子達は上から一つずつ靴箱を開けて何かを確認している。
どうやら何か用事があり、誰かの靴箱を探しているようだ。
雰囲気から見てしばらくはあそこから動きそうにないし、仕方ない。ちょっと恥ずかしいけど出て行くとしよう。
少しだけ萎縮しながら、僕は隠れるのをやめ。いかにも今来ましたと言わんばかりの調子で女子生徒の一人に声を掛けた。
「あの、ちょっといいかな?」
「はいっ!? あ! 貴方確か吉井君!」
「う、うん……。あのさ、僕の靴箱ここだからちょっと開けて貰ってもいいかな?」
「あ、ごめんなさい。どうぞ」
「ありがとう」
「ちょっと待って、吉井君に聞きたい事があるんだけど、いい?」
「うん、何?」
「木下さんの靴箱ってどこかわかる?」
「秀吉? 秀吉なら多分僕の2つ隣だと思うけど」
「あーそうじゃなくて。姉の」
「あっ。お姉さんか。それならきっと秀吉の下だと思うよ?」
基本的に靴箱は出席番号順に決まる。
だから僕の推理は間違っていないはずだ。
「木下君の真下……。ほんとだ女子の上靴がある」
「ほんとだー! やった」
「一つずつ探す手間が省けたわね」
木下さんの靴箱の前で3人がそれぞれ感想を漏らしている。
「あの、僕からも聞いていいかな?」
「何かしら?」
「どうして3人は木下さんの靴箱を探しているの?」
「……それは」
「これよ!」
大きな声と共に女子生徒の一人が制服のポケットから何か薄い手紙のようなものを取り出した。
手紙を靴箱──ってもしかして、ラブレター!?
「そ、それって……。でもどうして女子が」
「それは秘密。まあそういうわけなの」
「だから男子は禁制よ」
た、確かに人のラブレターを盗み見るのはよくないな。
うーむ、しかし、一体誰が書いたんだろう。
「そ、そうなんだ。じゃあ僕は見なかった事にして帰るよ」
「わぁ、吉井君って優しい」
「あはは、それじゃまたね」
「バイバーイ!」
3人に手を振って学校を後にする。
帰り道も、僕はずっとラブレターのことが気にかかって頭から離れなかった。
どうしよう、明日早起きして靴箱を見張ってみようか?
いやいや、そんなことして万がバレて一僕が出したなんて勘違いされたら勇気を出してラブレターを書いた人に申し訳ないじゃないか。
でも、しかし──、
「うわぁ! 気になってしょうがないよー!」
結局、このもやもやは自室のベットで横になって眠るまで離れなかった。