バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語   作:鳳小鳥

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問8 木下優子の憂鬱

──『木下優子さんへ

 

突然のお手紙をすみません。

 

このようなお手紙を受け取り大変困惑しているかと思います。

 

私自身心が痛い想いですが、もう、自分の気持ちを抑えられないと悟りこうして筆を持たせていただきました。

 

手紙にてお伝えするにはとても面映いので、直接言葉にしてお伝えしたいです。

 

お忙しい中恐縮ですが、放課後、校舎裏で貴方が来るのをずっとお待ちしております』

 

 

 

      ☆

 

 

 

「……はぁ」

 

無意識に溜息が漏れた。

 

「──では、以上でHRを終わります。皆さん、家でも予習復習を怠らないよう。気をつけて帰宅してください」

 

『やっと終わったー』

『地獄のような授業もこれで終わりだ~。なあ、この後ゲーセンでもいかね?』

『おおいいねいいね! 今月は財布も暖かいから存分に遊べるぜ』

『へっ、百戦錬磨のゲームマスターと呼ばれた俺の出番か』

『嘘吐け。お前先週カードゲームで小坊に負けて泣きべそかいてたじゃねえか』

『あ、あれは手加減してたんだっっ!』

『腹減ったー』

 

担任の福原先生が退室すると同時に賑やかになる教室。

 

「……はぁ」

 

そんな喧騒の中で、アタシはもう一度溜息を吐いた。

今、アタシの手には一通の手紙が握られている。

今朝下駄箱で手に入れた手紙。

文面から察するに、どう考えてもラブレターなんだろうけど、今のアタシはどうしても気乗りしなかった。

 

……やっぱり、行かないと駄目よね。

 

別に嬉しくないわけじゃない。

朝一番でラブレターをもらったって自覚した時は内心で舞い上がったし、中身を確認する時はガラにもなくドキドキした。

好意を持ってくれるのは素直に嬉しいし、こうして手紙越しに気持ちを伝えてくれるのもありがたいと思ってる。

……だけど、今は異性と付き合うとか、そういう気になれない。

今は、Fクラスという環境に慣れるのに精一杯で、とても恋愛に意識を割く余裕がないのだ。

 

そういう事情もあって、朝に感じた喜びは、時間が経つにつれ徐々に憂鬱という感情に押し流されていってしまった。

 

いつまで悩んでも仕方ない。

この手紙の差出人の人には申し訳ないけど、早く断りの返事を告げてアタシのことは忘れてもらおう。と陰鬱な気持ちを切り替えて手紙を制服のポケットに仕舞う。

そして、帰り支度を終え鞄を提げて立ち上がろうとした時、

 

「あの、優子さん」

「え、……吉井君、何?」

 

隣の席から吉井君が声を掛けてきた。

 

「えっと、……んー、その」

「……?」

 

唸る吉井君。自分から話しかけたきた割には妙に歯切れが悪い。まるで親から怒られることを怖がる子供のように。

何なのかしら、こっちも用があるから用件があるなら早く言ってほしいんだけど。

 

「……言いたいことがあるならハッキリ言ってくれない? アタシこれでも急いでるのよ」

「ご、ごめんっ。……実は、今朝の手紙のことなんだけど」

「えっ」

「ま、間違ってたらごめん! でも気になって……。あれってやっぱり、ラブレター……だったりするの、かな?」

 

おどおどしく訊いてきたのは、アタシはついさっきまで頭を悩ませていたことだった。

どうして吉井君がそれを──って、あの時は吉井君もいたんだっけ。

 

「……そうだけど、それが何?」

 

予想外な質問に驚いたけど、素直に照れるのもなんだか恥ずかしかったので、内心の羞恥心を隠すように無感情を装って返事を返す。

すると吉井君の顔はますます歪み、

 

「うぐっ!? じゃ、じゃあまさか優子さんはその人と──」

「? 何を考えてるか知らないけど、これから手紙の差出人に会いに行くのよ」

「つ、付き合うの……?」

「………………、まあ、それもいいかもしれないわね」

 

嘘だ。本当はそんな気ない。

だけど、子犬のように瞳をうるうるさせながらアタシを見る吉井君の姿を見て、つい虐めたくなってしまった。

吉井君、男の癖に偶に妙に可愛くなるときがあるのよね。なんだか憎らしい。

まあ、あまり信じられて変な噂が立っても困るし、後で誤解を解くついでに謝ればいいでしょう。

と、

 

「ぐはぁっ!」

 

吉井君は口から血を吐いて畳の上に倒れた。ええぇっ! 何でっ!

 

「ちょっ!? 吉井君! 大丈夫っ!?」

「……おのれ、憎しみで人を殺せたなら…………」

「いや、今は吉井君の方が死にそうなんだけど……って、それより保健室に──っ」

「あー、気にするな木下。それは明久の病気みたいなやつだ」

 

倒れ伏した吉井君を見下ろしていると、坂本君が横から溜息交じりにやってきてそんなことを言ってきた。

 

「病気?」

「ああ、突発性吐血症候群っていう病気でな、ショックを受けるたびに血を吐くんだ」

「あのね坂本君。こんな時にさらっとホントにありそうな嘘言わないでくれる?」

「…………吐血する量はショックの大きさに比例する」

「補足もいらないからっ!」

 

ふらっとやってきた土屋君に突っ込みを入れる。

その後ろから秀吉と美波も足並みを揃えて集まってきた。

 

「何々、何でアキ倒れてるの?」

「それは、アタシにも何がなんだか」

「気にするでない姉上。 確かに病気というのは嘘じゃが明久がおかしい行動をとるのはいつものことじゃ。このクラスのいる以上、そんなことに一々驚いていると身がもたんぞ」

「まあアキだしね」

「寧ろ貴方達が平然としてる方が不思議なんだけど」

 

何、アタシがおかしいの?

 

「……はぁ、もういいわ。それで、吉井君はどうするの? 保健室連れてく?」

「放っておいてもそのうち蘇るが、まあこれ以上床がコイツの血で汚れるのは嫌だしな。適当なベッドに放り込んでおくか」

「友達とは思えぬほどぞんざいな扱いじゃのう」

「何を言う秀吉。放置しないだけでも破格の待遇だろ」

 

この二人の友達という言葉の意味について疑問を感じずにはいられない。

 

「そ、それならウチがアキの看病するわっ」

 

そこで美波が坂本を見ながら顔を紅潮させて慌てたような調子で言った。

 

「それは構わんが。島田、明久がつまらん寝言を吐いても殴りかかったりするなよ。余計重症になるからな」

「…………穢れのない清潔な白い保健室が明久の出血で殺人現場に様変わりする」

「ど、努力するわ」

 

別に努力はしなくてもいいと思うんだけど……。

アタシは声が漏れないよう秀吉にこっそりと耳打ちをして疑問を聞いてみた。

 

(……秀吉。美波って吉井君に恨みでもあるの? 美波の明久に対する態度ってなんだか異常な気がするんだけど。何か酷いことされたとか)

(うむ? ……そうじゃな。島田の感情はワシにも量りかねぬが、察することはできるぞ。島田が明久に暴力を振るうのはじゃな)

(振るうのは?)

(まあ、家で姉上がワシに関節技を極めるようなものじゃ)

 

……いい度胸ねアンタ、家に帰ったら覚えてなさいよ。

 

「ところで姉上、いつまでも教室にいて良いのか? 待ち合わせをしておるのじゃろ」

「っ。 そうだったわ。吉井君に構ってる場合じゃなかった」

「うむ。明久のことはワシらに任せて行って来るがよい」

「ええ、お願いね」

 

気を失った吉井君を放って行くのは少々気が引けるけど、今は自分の用事を優先したい。

多分大丈夫よね。美波や一応秀吉もいるんだし。

逸る気持ち抑えながらアタシは早足に教室を出て、指定されている場所に向かった。

途中、ドリルのような縦ロールツインテール少女とすれ違いながら……。

 

ドドドドドドドド

 

ガララッ

 

『おっねぇさまぁーーっぅ!! お迎えにあがりましたぁーーっ!(げしっ)』

『ぎゃああああ美春っ!? 何でDクラスのあんたがここにいるのよっっ!! しかもアキを踏んでるし!』

『決まっています! 美春とお姉さまが愛し合っているからです! ですから登下校も一緒にするのは当然です!(げしげし)』

『朝から家の前で待ち伏せしてたのはそういうことなの!? そもそもウチと美春は愛し合ってなんか──きゃあ離して! ウチにはアキの看病をする大事な役目があるのに!』

『……その明久は清水に踏まれてさらにボロボロになっておるがな』

『そんな豚野郎なんて簀巻きにして窓から捨ててしまえばいいのです! さあさあ行きましょうお姉さま。今日は家でとっておきのデザートを用意してますから』

『もうっ! どうしてこうなるのぉぉぉっ!』

 

背中から美波の絶叫が木霊してきた。

……本当に大丈夫なのかな。

 

 

 

       ☆

 

 

 

 

「……ここでいいのかしら?」

 

昨日、吉井君と一緒に昼食をとった場所で足を止め、独り呟いた。

周りを見渡すがアタシ以外人影は見当たらない。よかった。……まだ来ていないのかな? ……まさかもう帰ったなんてことはないよね?

 

「うわ、なんかドキドキしてきた」

 

胸に手を当てると心臓がいつも倍ぐらいに鼓動していて驚く。

ど、どうしよう。まだ会う前なのにこんなに緊張してアタシ大丈夫なの……?

落ち着けアタシ! 別にラブレターをもらうなんて秀吉より少ないけど初めての事じゃないでしょうっ。て、なんか言ってて悲しくなるけど……。

 

「すぅ……はぁ。すぅ……はぁ。よし」

 

目を閉じ気持ちを落ち着かせる。

冷静になれ。こういうときこそ平常心よ。

何度かそんな風に自分に言い聞かせながら相手が訪れるのを今か今かと待っていると、不意に背後から弱弱しい声がした。

 

「あの……すいません」

 

き、来た!

 

「は、はいっ!」

「きゃっ!?」

 

アタシの声に驚いたのか、後ろにいた()()()は軽い悲鳴と共に一歩後ずさった。

あ、あれ? 女の子? ふぅ、何だ別人か。びっくりした。

 

「あ、ごめんなさい。突然声を掛けられたものだからちょっとびっくりして」

「だ、大丈夫ですっ。私こそ不注意で、ごめんなさい」

 

怯えた様子でペコリと頭を下げるおさげの女の子。

うーん、見たことない顔だけど下級生かな? こんなところに来るなんて道にでも迷ったのかしら?

アタシは、明るい外用の顔を取り繕って言葉を紡いだ。

 

「それで、アタシに何の用なのかな?」

「え?」

 

おさげの少女は頓狂な声を上げる。

 

「あの、木下優子さん……ですよね? もしかして弟の秀吉君?」

「? ううん、アタシは木下優子だけど、ごめんなさい。どこかで会ったことがあったかしら?」

「いえっ。初対面です。そういう意味でなくて……、ひょっとして手紙受け取ってないんですか?」

「手紙?」

 

その言葉にアタシはハッとして自分の制服のポケットに視線を落とす。

まさか……。でもこれはラブレター……、つまり男子が書いてくれたものじゃないの?

じゃないといろいろ辻褄が、内容だってどう見ても告白文だし。でもこれが目の前のおさげの子がくれたものならいろいろ前提からおかしいことになる。ど、どうなってるのよ!

頭の中に浮かんでいた告白から返答までのビジョンががらがらと音を立てて崩れる。急転直下の状況に頭が追いつかない。

とにかく確認をとるしかない。この手紙の差出人が本当に彼女なのか。

恐る恐る、ポケットに手を入れて例のラブレターを取り出して見えるように胸の前まで掲げた。

 

「まさか、これを書いてくれた人……?」

「あ! はい。それです! よかった。ちゃんと受け取ってくれてたんですね」

 

不安そうな顔から一変、ぱぁっと明るい笑顔で胸を撫で下ろすおさげの少女。

え、えええぇっ!!

 

「ちょ! ちょちょちょちょっとまって! じゃ、じゃああの文面も貴方が書いたの?」

「そうですけど、何か変でしたか?」

「変じゃないけど……、ごめんなさい。ちょっとだけ考えさせて」

 

待って待って、それじゃあこれを出してくれたのはあの子で内容的にこれからこの子はアタシに告白を──。

えぇっ!? そんな! 彼女は女の子なのよ! それなのに告白って! 女と女、つまりこれって同姓愛……。

だ、駄目よっ。男同士ならともかく女同士なんて……。そんなの不健全だわ。いくらなんでも認められないっ。でもでも彼女だってきっと悩んでここまで来てくれてるんだからこっちだってちゃんと誠意を持って応対してあげないと失礼よね。

大きく息を吐き、アタシは真剣な眼差しでおさげの子の目を見つめて頭を下げた。

 

「ごめんなさい。アタシ同姓とはお付き合いできません」

「何の話ですか?」

 

あれ、違うの?

 

「え、この手紙ってラブレターじゃないの?」

「ええっ!? ち、違います違います! 何を言ってるんですか!」

「だって、この文面からだとそうとしか……」

「私はただ()()()()()()()()()()に相談したいことがあっただけで……」

「相談? ああ、そ、そうなんだ。そう、相談なのね……。あははは」

 

感情の起伏が一気に下がる。

持っていた手紙を開け文面をもう一度よく確認すると、確かに相談ごとがある。という風にも読み取れなくもない。

何? ということはつまり、アタシの勘違い?

 

「どうかしましたか?」

「え!? ううんなんでも! あは、あはははは」

「?」

 

……なんだろう、このホッとしたようなガッカリしたような微妙な気持ち。

そして数分前まで勘違いして恋する乙女のようにドキドキしてた自分を怒鳴りつけたい。

ていうか貴方もこんな意味深な文を書かずに素直に相談があるって書きなさいよね。紛らわしい。

なんて文句は当然顔に出さず、あくまで寛容でやさしげな微笑を浮かべながら続きを促す。

 

「で、何の相談なの?」

「はい。聞いていただけますか?」

「勿論。何でも言って。アタシにできることなら協力するわ」

 

ともかく、ことがただの悩み相談なら何も心配する必要はない。

ここからは面倒見の良い木下優子として話を聞いてあげましょう。

おさげの少女は、アタシの顔を不安そうに見つめ僅かに間を空けた後、零すように告げた。

 

「…………木下さんと同じクラスにいる、吉井明久君のことです」

「えっ、よしい、くん?」

「はい」

 

こくん、と頷く。意外な名前の登場に少なからずアタシは驚いていた。

どういうこと? 吉井君の相談って……彼女は吉井君の知り合い? 一体どういう関係なのかしら?

しかも直接吉井君を呼び出さずにアタシを通して相談してくるなんて、何か言いづらい相談なのかな?

 

「その……とても言いづらいことなんですけど、このことは誰にも言わないでくださいね」

「安心して。秘密は守るから。ここでの会話は貴方とアタシの二人だけの内緒よ」

「ありがとうございます。……あまり驚かずに聞いてくださいね」

「ええ。大丈夫よ」

 

もう十分驚いてるからね。これ以上何に驚けというのか。

そして、おさげの少女は神妙な表情で告げた。

 

「……Fクラスにいる吉井君と代表の坂本君って、付き合ってるって聞いたんですけど本当なんですか? 恋人的な意味で……」

「…………………………………は?」

 

え…………? 何それドウイウコト?

 

 

 

 

 

 

 




歳を取るにつれ時間>金になる

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