バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
「──────はっ」
ガバッ──と飛ぶように起き上がった僕。
……今、とてつもなく不本意な噂を立てられた気がする。なんだろう、悪い夢でも見てたのかな。
「あれ? ここどこ?」
辺りをキョロキョロと見回しながら呟く。
周囲を観察すると壁、床が白一色で身長計と体重計が目に入る。そして鼻につく消毒用のアルコールの匂い。
察するに、どうやらここは保健室らしい。僕はそこのベットの一つを借りて眠っていたようだ。…………何で?
おかしいな。……確か僕、最後のHRが終わってからすぐ帰らず教室にいたはずなんだけど。
軽い眩暈を感じながら腰に掛かった毛布を手で退ける。慎重に足で床に立つとまだ意識がはっきりとしていないのか少し足元がふらついた。
「うーん、僕は何をやっていたんだろう……」
意識を内側に向けて記憶の海を探る。
えー……、朝に3通もラブレターを見て、そのうち一通が僕と同じクラスの優子さん充てで、ただでさえ女子の少ないFクラスからさらに華を奪うなんて憎たらしい相手をいかに惨殺するかじっくり作戦を練ろうと──。
「っ!? そうだ! ラブレターだ!」
こんな大事なことを忘れてたなんて、しかも気絶してた所為で時間も経ってるし──っ。
「ちょって待って。今何時……?」
ハッとして壁の時計に目をやると、すでに時刻はLHRから30分以上過ぎていた。
「ええぇっ!? もうこんな時間経ってたのっ!?」
驚きに廊下まで聞こえるぐらいの絶叫を上げる。
気絶からの覚醒という意味では十分早い時間だが、今の状況で30分もの空白は開けたのは最悪だった。
バカッ! 僕のバカ! 何暢気に寝てるんだよ! これじゃ大事な告白の場面に立ち会えないじゃないか!
「はぁ、これじゃもう終わってるよね……」
告白から返事なんて30分も掛かるわけがない。今頃はすでに何かしらの返事を返しているだろう。
「……優子さん、なんて返事したのかな」
放課後に最後に会話して記憶では優子さんはラブレターに対し肯定的な反応をしていた。
振り分け試験の所為で不本意な学校生活を強いられている彼女にとっては、恋をするというのは一種の清涼剤になるのかもしれない。
そう考えると、僕にはどうこう言える資格はない。いや、もとからそんなものはないと思うけど……。やはり相手のことは気になる。明日にでも聞いてみようか。
そんなことを考えながら、僕はがっくしと肩を落としながら保健室から出ると。
「うん、吉井じゃないか」
「あ、西村先生」
廊下に出たところで、ばったり鉄人──もとい西村先生と出くわした。
「保健室から出てきたのか。……また何か悪さをしたんじゃないだろうな? まったく、新学期早々から問題を起こすんじゃないぞ」
「いやいや別に何もしてないですって。ただちょっと気絶してただけで」
「普通、学校で気絶するということ自体おかしいのだがな」
確かに。
「まあいい。だがあまり問題を起こすんじゃないぞ吉井。お前ももう二年生だ。これからは下級生に恥ずかしくないよう行動には気をつけるように」
「別に僕は何もしてないですって、いつも雄二達が無駄に騒ぎを大きくしてるんですから」
「それでもお前が騒動の中心にいることにはかわらんだろう」
「うぐっ!?」
「あまり俺の手を煩わせないようにな」
握り拳を作りながら言う鉄人。その拳は一体何に使うつもりなの?
「先生、学校での体罰って、禁止されてるんですよ?」
「安心しろ。お前は特別だ」
「そんな特別はいりません!」
「なら目をつけられないよう気をつけるんだな」
なんか言い含められたような気がする。おのれ鉄人! 話術もうまいなんてコイツに弱点はないのかっ。
「……ところで、木下の様子はどうだ?」
と、そこで少し神妙な顔で西村先生が尋ねてきた。
「? 秀吉なら元気ですよ」
「そっちじゃない。俺が気にしてるのは双子の姉の方だ」
「優子さんを?」
「ああ」
「……別に、今の所はおかしな様子とかはないと思いますけど。今日も美波と楽しそうに話してましたし」
昨日のお昼休みでの会話が一瞬、脳裏を過ぎったが口には出さなかった。
理由はないけど、なんとなく人に話しても良いのか迷ってしまったからだ。
鉄人のことだ。もしかすると僕の隠し事なんてお見通しなのかもしれない。しかし、西村先生は少しだけ間を挟んだ後、
「そうか」
と一言だけ応えた。
「先生。優子さんのこと心配してたんですか?」
「当然だ。俺は教師だぞ。生徒の状態を常に気にかけて当たりまえだ。……今回の件は俺だけでなく、多くの先生方が気に病んでいる。まだ一年生だった頃から社交的で明るい木下は多くの先生や生徒から慕われていたからな。このような結果になって衝撃を受けているんだ」
本気で落ち込むように西村先生は言う。この先生が嘘を吐くとは思えない。きっと先生は本気で優子さんのことを心配しているんだろう。だけど、その顔を見て、僕はついムッとしてしまった。
「……そう思うなら優子さんだけでも振り分け試験をやり直しさせてあげれば良いじゃないですか」
「それはできん。学校は公平の場だ。例外は認められん。一度でもそれを許してしまえば他の生徒に示しがつかなくなくなるからな」
「この学校って公平って言葉から一番縁遠い位置にあると思うんですけど……」
公平を期すなら教室の設備を統一すべきだ。
「否定はできん。だが設備に関してなら、
「試召戦争……ですか」
「そうだ。試召戦争に勝ち、上位クラスに勝ち上れば今よりランクの高い設備を入れ替える事ができる。さすがに振り分け試験直後の今すぐには無理だろうがな。少なくてもチャンスは残されているだろう」
すでに雄二が試召戦争に向けて動き出していると言ったら鉄人はどんな顔をするだろうか。少しだけ気になった。
「そうですね」
「……実を言うとな。俺はお前達に期待しているんだ」
「へ?」
意外な発言に変な声が出た。期待? なんのことだろう?
「うむ。こう言うと他のクラスへの贔屓になってしまうからあまり大声では言えんが、俺はお前達ならきっと何か仕出かすだろうと踏んでいる」
「それは……」
さすが鉄人。勘がするどい。
「勿論問題行為になるような真似なら許さんが、それ以外の行動なら先生は極力応援したいと思っている。お前はバカだが、人に対する思いやりは人一倍あることも知っている。だからこそ俺は昨日、校門前でお前に木下の事を任せたのだ」
珍しい鉄人の褒め言葉。なんだか恥ずかしいなぁ。
「そ、それは嬉しいですけど、僕には特別なことなんてできませんよ?」
「そうだな。確かにお前一人では無理だろう。だがお前は一人じゃない」
「む」
「そうだろう。吉井、お前がその気になればいつも一緒に問題を起こす坂本や土屋を巻き込んで、先生も想像できないことをやらかすかもしれん」
わざわざ最初に試召戦争の話を持ち出してこんなこと言うなんて、鉄人はこう言いたいのか?
「…………それって、つまり試召戦争でAクラスに勝って設備を手に入れろということですか?」
「そこまでは言っておらん。いくらなんでもFクラスがAクラスに勝てるわけがないからな。だが、もしかするとお前ならそれすら──」
「おや、西村先生。そんなとこでボケーと突っ立って何をしているんだい?」
「! 学園長」
何か言いかけた西村先生の声を遮るように、先生の背後から初老のおばあさんのような人がやってきた。どうやら学園長らしい。
西村先生は僕に向けていた視線を切って、学園長の方へ体を向け背筋を伸ばしながら口を開いた。
「いえ、ちょっと生徒と軽い世間話を」
「ほぉ、そうかい。……おや、そっちのは確か、観察処分者の吉井……だったか」
「えーっと、はい。どうも」
なんとなく居心地悪く感じるが学園長、ということらしいので一応頭を下げる。
それが御気に召したのか、学園長は「ほほぉ」と表情を緩めた。
「関心だねぇ。観察処分者になんて認定されるヤツだからどんな頭の悪い糞ガキかと思ったが中々礼儀が出来てるじゃないか」
な、なんかムカツク──っ。
何様なんだこのババァは──って、学園長か
しかし生徒に対してこの横柄な態度、本当に学園の長なのか?
「いえいえ、年上は敬わないといけませんから。決して胡散臭そうなババァだなとか思ってませんよ」
「……前言撤回。やっぱり生意気な糞ガキだね」
「なんだと糞ババァ! 僕のどこが生意気なんだ!」
ごつん
「あ痛っ!?」
「学園長だ。馬鹿者」
鉄人が僕の頭に拳骨を落とした。くぅ、ここは分が悪い。
「ふんっ。西村先生、その生意気な生徒をしっかり指導するんだよ」
不機嫌そうな面を下げて学園長は僕達の横を通り過ぎる。
……そこで、僕はハッと思い浮かんだ。そうだ。学園長ならなんとか振り分け試験を再考する手段を知っているかもしれない。いや、知らなくても何か条件付きで再試験を申し込む事ができるかもしれない。
生徒に対する思いやりを欠片も感じられないほど仏頂面だが、こんな顔でも仮にも学園の長だ。話ぐらいは聞いてくれるはず。
「学園長! 待ってください!」
孔明を閃いた僕は衝動的に、学園長の背中を呼び止めていた。
「なんだい。まだ何かあるのかい? アタシしゃ忙しいんだよ」
面倒くさそうな態度を隠そうともしない学園長。……なんだか駄目そうだなぁ。
ええい、こうなったら駄目の駄目元だ。
「どうしても聞いてほしいことがあるんです。少しだけでいいんで」
「……仕方ないね。早く言いな」
「はい。──振り分け試験をもう一度やり直す方法ってありませんか?」
「なに……?」
怪訝な顔をする学園長。どうやら話を聞く気にはなったらしい。
「実は、僕の友達がAクラスの学力があるのに、振り分け試験の日に体調を崩して0点扱いになってしまったんです。その人、Fクラスになった所為で今もショックを受けてて」
「吉井、お前……」
「あー、なんか職員会議でそんな話を小耳にしたね。それで? その子の為に再試験をしてほしいと?」
「はい」
「却下だね」
「ぐ…………っ」
分かっていたとはいえ、こうハッキリと学園の最高責任者に切り捨てられるとくるものがある。
だけど、ここまでは想定内だ。
「そんなバカな要求が通るわけないじゃないか。試験は遊びじゃないんだよ。まったく、学校はアンタ達の馴れ合いの場じゃないんだ。友達と一緒じゃなきゃ嫌なんて我儘なんて聞いてられないよ」
「我儘なんかじゃありません! 振り分け試験は別に受験じゃないじゃないですか。優子さんは実力もあるし、一回くらいやり直したって誰も文句はないでしょう!」
「その振り分け試験で力を出せないようじゃ、受験でも結果を残せるとは思えないけどね」
「くっ」
顔が熱くなる。学園長の言ってる事は正しい。けど、理屈じゃない。これは感情の問題だ。
自分がおかしいことを言っている自覚はある。でも僕にも譲れないものが出来た。だからこそここで挫けるわけにはいかない。
学園長は正論という武器を振りかざし僕を説き伏せようとする。それに対し、僕はなんとか付け入る隙がないかと学園長の言葉を一字一句聞き逃さず耳に全神経を傾ける。
「文月学園は実戦主義だ。いくら普段勉強ができようと本番で結果の出せないヤツに意味はないよ。Fクラスに不満があるなら試召戦争を仕掛けて手っ取り早く他のクラスの設備を奪ってやりな。その程度もできないようじゃ何を言う資格もないね」
「だけど、それじゃあ設備は良くなってもクラスメイトは変えられないじゃないですか」
「それは仕方ないよ。大事な試験の前に体調管理を怠ったその生徒の責任だ。それをこっちに文句を言われても筋違いさ。何にせよ、口ばっかりで実力を伴わないヤツの言葉なんて聞く気はないよ」
どこまでも冷たく言い放つ学園長。だからこそ、針の穴ほど小さい隙間を付く事が出来た。
「…………それなら、実力があることを示せれば、要求に答えてくれるんですか?」
「吉井? お前、なにを考えている?」
「……まあそうさね。アンタ達がそれ相応の力があると判断できたなら、ある程度の要求は聞いてやってもいい」
「わかりました。じゃあ────」