Fate/Apocrypha - Romancia -   作:己道丸

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大変ご無沙汰しております。
FGOにてカルナさんが大変注目されている近頃、いかがお過ごしでしょうか。カルナさんに代わってブリュンヒルデさんが出張る拙作の更新であります。
本文の更新が滞る中、なおもお気に入りに登録してくださる方々、気分屋の遅筆に励ましを下さった方々、ありがとうございます。
もう少しまとまってから投稿しようかとも思ったのですが、如何せん間が空きすぎるということもあり、ここは投稿期間を縮めることを優先して出来ている範囲で投稿することにしました。今後も一つ一つの長さより投稿期間の短縮を優先する方が良いのかもしれない、と思っております。


02:彼と彼女について b

     ***

 

 

 

 

 扉は開き、姿は現れた。

 

――“黒”の陣営のマスター達

 

 ブリュンヒルデの見る先にそれらはある。

 背後、縦に細長い穴のような窓、注ぎ落ちる斜光の先に。

 眼前、得物を構えて塞ぐ彼等の従者、猛り唸る姿の先に。

 

「ウウウゥ」

 

 墓碑を震わす亡者の唸り、およそ女の喉から出るものではない響き。

 狂える彼女こそ“黒”のバーサーカー。長柄の鉄槌を携えた、鋼ある赤毛の女。

 飢える野犬の細さを白装束で隠し、額の角を突き出した前傾姿勢は、臨戦の意思表示だ。

 そして、扉の閉じる音。

 

「――はじめまして」

 

 それは少女であった。

 

「“赤”のランサーと、そのマスター」

 

 深い茅色の髪をした少女。左右に車輪を備えた椅子に座り、ゆるくこちらを見上げている。

 はかない彼女には、追随する姿が二つあった。

 椅子の後ろに一人、少年である。

 その背もたれから伸びる2本の柄、それらを握って部屋の内まで押し進めたのは彼である。

 彼の隣に又一人、やはり少年だ。

 赤みの強い金髪、袖の長い服に反して履物の丈は短く、長い両足が白い素肌を晒している。

 

――少女が座るあの椅子は、マスターのと同じ物ですね

 

 否、マスターに与えられたものが、彼女のものなのだろう。

 この身が背にしたところにあるその姿。

 注ぐ陽を後光にして、椅子を頼りにした虚弱な姿。

 

――マスター

 

 奉仕の果てに消費されることを望まれた、生きているだけの備品。

 しかし意思を持ってブリュンヒルデを召喚せしめた、生まれたばかりの君。

 守りたいと、そう思った。

 

――眠りを終えた先に幸いはある、と

 

 そう思ってほしい。

 そう、思っていたい。

 そのために。

 

――敵意は断たなければなりません

 

 バーサーカーの向こうに集う、相対する“黒”の陣営にある少年少女たち。

 特に、小柄な少年から向けられる視線は極めて熾烈なものだった。

 

「…………」

 

 一点を摘み上げた布のように、深い皺を刻み付けた少年の表情。

 ここにいる者の中で最も歳若い彼の顔は、しかし憤慨する老人のそれ。

 

――そうも憎らしいですか。“黒”のキャスターのマスター

 

 ブリュンヒルデが召喚された直後に遭遇した“黒”のランサー、ヴラド三世。

 領王たる彼が呼び出した者達がいた。

 ダーニック。

 ヴラド三世が契約する魔術師、“黒”の陣営たるユグドミレニア一族の当主なる男。

 “黒”のキャスター。

 無貌の仮面で表情を押し隠し、あるいは道化師にも見える装束を着たサーヴァント。

 そして最後の一人が彼だ。

 ダーニックは衣服と椅子を与え、キャスターは令呪ある手を巌に埋めて首輪を嵌めた。

 

――その時も、やはり貴方はそうしていましたね

 

 ただ黙して、しかし唇を割って紡ぐよりよほど雄弁な意思表示。

 敵意は断たなければならない。

 背にしたマスターは、守られなければならない。

 

――マスター

 

 振り返ることはできない。

 敵に背くことはできない。

 だから彼等へ構えた槍の穂、ブリュンヒルデの胴より大きな刃に姿を映そう。

 微かに開いた唇で懸命に呼吸する青ざめた顔、瞳を震わす表情を。

 

――守ります。貴方をそうさせる全てから

 

 眼前に並ぶ1騎と3人。

 自分達が属する“赤”の陣営に敵する“黒”の陣営。

 7騎と7人のうちの、1騎と3人がこれらである。

 

「お目覚めになられたようでしたので、ご挨拶に参りました」

 

 つまり監視されている。

 左右に広く伸びる、家具もない無骨な煉瓦の一室は、“黒”の陣営の見下ろすところだ。

 人も、当世の機具もないが、しかし魔術師の居城であるならばこの程度は容易いだろう。

 

「ウー……」

 

 未だに唸る赤毛の女の数歩後ろに少女はいる。

 入室の第一声も担った少女が代表格のようだ。 

 柔和な微笑み。

 穏やかな物腰。

 だが敵意は内にあると、隣に立つ小柄な少年の表情が示している。

 変わらずに顔を絞り上げたように睨む、歳若い彼。

 

――まるで表向きの物腰と、秘めた敵意を分担しているよう

 

 少しだけ可笑しくもあったが、だが少女達を笑うわけにもいかない。

 だから最後の一人を確認しようとして、

 

――あら?

 

 いない。

 彼等が入ってきた、この部屋唯一の扉が見えるだけだ。

 少女の座る椅子を押して入ってきた彼が、そこにいない。

 彼は歩み寄っていた。

 追随してきた少女を回りこんで、バーサーカーから覗き込むようにして。

 犬歯を更に剥いた赤毛の彼女などどこ吹く風といった体で、爛々とした喜色で、

 

「――すげぇ」

「ぁ」

 

 嬉々と輝く瞳。

 二つの碧眼。

 

「本当にルーン魔術だ」

 

 それらと世界を隔てるものがある。

 

「……!!」

 

 心の臓が燃え上がる。

 発火する心が体を導火線に変えた。

 肩が、首筋が、頬と耳が順繰りに延焼して。

 あぁ脳が焼け落ちる。

 

――英知の結晶!!

 

 それは知恵ある双眸に添い遂げる物。

 それは理性ある心を示す番いの透明。

 幾千万の黎明と落陽を経た当世にあって、しかしなおも残る聡明と深慮の具現。

 智慧とは姿無く、しかし確かに在るもの。

 薄く透けて、光を受けて輝く鉱物達。

 耳朶に架かり、眉間を渡り、双眸と世界を隔てたる確かな塊。

 生まれたばかりの人は只の獣にすぎない。

 だが秘めた理性が、経験と教授を持って魂を人で満たすのだ。

 人間の本質。

 生涯の象徴。

 人に英知があり、英知とは即ちこれである。

 

――英知の、結晶

 

 少年が身に着けているのは、そういうものなのだ。

 彼と同じように。

 

――あぁ、困ります

 

 いけないのに。

 蓋をしなければ。

 竈のない火はただの炎だ、燃え広がってしまう。

 なのに、広がる炎を美しいと見つめてしまう。

 どうしても、彼のその名を呼んでしまう。

 音にせず、胸のうちだけでも。

 もう彼は胸のうちにしかいないから。

 

――シグルド……

 

 私の人。

 愛しい人。

 英知ある剣の人。

 強いられた眠りを覚ました戦士の王。

 蜜月を経て、しかし全てを忘却させられた男。

 そして槍は彼を貫いた。

 焔が、彼にまつわる全てを焼いた。

 

――焔、が――

 

 視界が赤く焼け落ちる。

 心から世界へ燃え移る。

 ああ、そんな。

 どうしてそんな。

 こんなにも、困ってしまうというのに――

 

「カウレス」

 

 凛。

 

「……ぁ」

 

 意識を揺らしたのは、個人の呼称。

 

「控えなさい、カウレス」

 

 座した少女の呼びかけだった。

 注意で固くなった声は、胸の焔を鎮める落水となった。

 

「悪り、姉さん」

 

 覇気のない笑みに、少女は嘆息を漏らし、だが、

 

「ウゥー……ッ」

「お前もかよ、バーサーカー」

 

 赤髪の女の鋭い犬歯が少年に示される。

 向けられた鈍い苛立ちにいよいよ少年は背を丸め、軽くため息を一つ。

 

――カウレス。そして、“黒”のバーサーカー

 

 向き合う今なら分かる。

 バーサーカーが実体化する直前、そうせよと告げた声はカウレスのものだ。

 

――きっと、この2人が一組の主従。

 

 いま部屋にいるサーヴァントは、自分とバーサーカーだけ。

 すなわち、バーサーカーはこの三人を一括して護衛する役を割り振られたということ。

 こちらの生殺与奪を握るとはいえ、3人を1騎で守るのは理に合わない。

 

――圏外から干渉することの適うサーヴァントを従えていますね

 

 事実、歳若い少年のサーヴァントは搦め手のキャスター。遠隔でもこちらに手を下せる。

 戦士を辿る戦乙女の察知力を免れて、しかし傍らに控えず備えうるとしたら、

 

――努めて息を殺すアサシンか……類稀な精度と威力を両立するアーチャー

 

 正攻法のセイバーでは多くを壊し、機動力のライダーは奔るのに時間を要する。

 転移すら叶える令呪をもってすればその限りではないが、

 

――はたしてこの少女は、未だ戦端開かぬうちから令呪に踏み切るでしょうか……

 

 この一室においてただ一人、従者定かならぬこの少女は。

 

「お初にお目見えします」

 

 花咲く笑みがここにある。

 彼女こそは可憐の化身であった。

 

「――私はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア」

 

 愛されるべくして産み落とされた面立ちだ。

 豊かな長髪は深い茅色、風が色付いたかのように波打つ曲線は、しかしほつれたところもな

 

く流麗に整えられている。碧眼の光る顔は色白で、しかし仄かに桜色を帯びた頬に病的な色白さは微塵もない。

 白い上着と黒の穿くものは、さながら乗馬着のようだ。

 金の縁取りと飾りは白い布地に気品を加える。膨らんだ肩周りと袖口は引き締まった腕と胴回りの細さと対比し、襟元の黒いリボンと合わせて、優雅と愛らしさを両立させている。両足に秘められた小鹿のしなやかさにも布地が寄り添い、恵まれたる事を損なうことがない。

 恵みある者の。

 恵みある事を隠さぬ。

 幸いに満ち満ちた姿であった。 

 たとえその脚が、微動だにせず椅子から垂れ下がっていたとしても。

 

――愛らしい方

 

 その様は、庭園から寝室へ召し上げられた白い野薔薇のようだった。

 

「我らユグドミレニア一門の長であるダーニックの命で、貴方達との折衝を担います」 

 

 だからこそ少女は、フィオレは微笑んだ。

 

「よろしくお願いいたしますね? マスター殿」

 

 空気が薫るような微笑だった。

 儚く。

 可憐で。

 愛らしくて。

 ああ、そうだ、これこそが、

 

――貴方の侵略なのですね

 

 愛されることの玄人の、相手の胸のうちに忍び入る業なのだ。

 

「あ、ああ」

 

 表情と言葉は刃を迂回する。

 水を向けられたマスターは抑えのある喉を震わせ、

 

「よろしく、お願い、します」

「時に、お召し物と車椅子のお加減はいかがですか?」

「これら、か?」

「はい。お召し物はダーニック叔父様が用意されましたが、車椅子は私の控えですので」

 

 眉尻を下げ、悲しげに目を伏せる様はどうしようもなく弱弱しい。

 

「同盟者たりうる方にご無礼はできませんもの」

「ぁ」

「もしも至らぬことがありましたら」

 

 あるというのなら、

 

「――どうぞ、仰ってくださいませ?」

 

 微笑み。

 

「ぁ、ぅ」

 

 可憐という暴力が意思を重圧する。

 相手が自発的にこちらの意思を受け入れたくなる姿を用い。

 望むところを相手の思考と思考の間に挟み、推し進める手法。

 相手の好意を誘い、優位性を委ねていると思わせる所作は、その実相手を腑分けする刃。

 これは技術だ。

 会談において、恵まれたることをもって願望に至るための、人に対する人の術だ。

 そうだこの少女は、

 

――貴族

 

 恵まれよと生まれ、育てられた生涯。

 父祖が継がせたることを果たす所業。

 連なる者共の末として望まれた形を生きる少女は、業と宿願を負う血族の在り方そのもの。

 

――天恵の乙女、フィオレ

 

 そして、  

 

――貴女は、知識の殻から世界を見る雛鳥です

 

 それがブリュンヒルデの彼女に対する評価であった。

 

「――感謝します」

 

 香り立つ甘言を囁きが断つ。

 歩みが為る。

 鋼造りの踵が煉瓦を打ち、当世にない神代の鉱物がいかに鳴るかを知らしめる。

 

「感謝します。フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア」

 

 彼女を見た。

 彼女も見る。

 互いの瞳が視線という鎖で結ばれる。

 晴天の海原もかくやという碧眼、二つ並ぶ瞳にブリュンヒルデは己を見た。

 

――困らせてしまいますね

 

 かつて、数多ある勇者達が最後に見る者がそれであった。

 かつて、愛を交わした男が褥で囁いたものがそれである。

 父祖なる神がそう造ったものであるが故に、その活用法をブリュンヒルデは知っている。

 ブリュンヒルデは、そうであるらしい、と理解していた。

 自らにその価値を見なくとも、人はそう見ると知っている。

 だから今、それを使おう。

 

「我がマスターに捧げたる物の数々、報いる言葉を重ねれば黎明が添えられましょう」

 

 膝をつき。

 槍を置き。

 胸に手を当てて。

 彼女を少女を仰ぎ見た。

 座した彼女より低いところへ身を下ろし、見上げた彼女のその表情は、

 

――聡い子

 

 微笑みに軋みがあった。

 才ある身、能ある人の子は眼前に現れようとしているものが何か、予感しているのだ。

 

――ええそうです。貴方の行いを、貴方へ返しましょう

 

 人よ仰げ。

 これが神代を相手取るということだ。

 

「――感謝します、フィオレ様」

 

 原初の魔術のその一つ。

 美。

 微笑むかんばせが少女を焼いた。

 

 

 

 

 




今回のテーマ:眼鏡を「眼鏡」と書かず、いかにして知恵の象徴として形容するか
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