Fate/Apocrypha - Romancia -   作:己道丸

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やはりまとまった文章量になってから投稿するより、こまめに分けてでもコンスタントに投稿する方が良さそう、と思う今日この頃です。
あと思ったんですが、ひょっとしなくてもロシェって本編でアヴィケブロンとしか会話してない……? ディスコミュニケーションが彼のテーマなのは間違いないけど、彼が好意を持つ相手以外にどう会話するのかって、もう完全に想像の域なのでは。


02:彼と彼女について c

     ***

 

 

 

 

 フィオレは創生の再現を見た。

 即ち、光あれ、だ。

 

「――ぁ」

 

 水と、闇と、霊と。

 それらがひしめくだけの世に光が差すことの貴さ。

 彼女こそ光。

 光ある焔だ。

 蒙昧で曖昧な世に、価値とはなんであるかを明確にする、理解のきざはし。

 世界最古の第一日にありし、世の開闢を決定付ける究極の魁。

 他に価値はなく、これのみが価値である時代の遺物こそが光。

 貴いものがここにあった。

 

――ま、ば、ゆ、い――

 

 彼女こそ光。

 この微笑みの貴さ。

 その眼差しの尊さ。

 これが本当に人と同じ造形なのか。

 

――ぁ、ぁ、ぁ、あ――

 

 陽を仰ぐように、目が悲鳴を零す。

 瞑りたい。

 できる筈がない。

 もはや瞳は奴隷である。

 眼球は鎖で引きずり出され、瞼が用をなさないのだ。

 何より、人としての本能が刹那の中断さえ体に許さない。

 愚鈍にも五日も出遅れて、価値ある光景を見逃した種族として。

 その末裔に生まれ、だが今、この光を拝謁する幸運を得て。

 脈々と継がれた本能が、個としての判断を凌駕する。

 見逃せない。

 

――ぅ――

 

 思いが殺される。

 心が焼却される。

 思考が固定する。

 すなわち、

 

――美しい!

 

 途方もないものが私を見上げている。

 

――貴い

 

 神秘には不文律がある。

 曰く、旧きものにこそ力あり。

 曰く、知られざるこそ力なり。

 つまりこれは、そういうことなのだ。

 

――これが神代――

 

 表情一つで瞳が奴隷になる。

 意思一つに心は時を超えた。

 ただそこにあり行動しただけで、人類は圧倒的下位だと思い知らされる。

 崇めずにはいられない。

 

――これが女神――

 

 理解できていなかった。

 フィオレに傅くサーヴァントもまた神代。

 神代にあって尚大賢者と讃えられた傑物。

 だが理解できる。

 彼は守ってくれた。

 サーヴァントの縛りを甘受し、当世の人である自分の心と感受性を守っていたのだ。

 彼が加減した神代の何たるかを、正面から照らしてくるのだ。

 このブリュンヒルデという神霊は。

 

「貴女にも」

 

 息吹は熱。

 囁く唇の美しさ。

 

――ひ、ぃ

 

 光は熱ある焔。

 言葉は注ぐ風。

 一言一言が圧殺せんばかりの熱風となり、フィオレの感受性が悲鳴をあげる。

 その声の涼やかなること。

 なのにどうしてこうも焔なのか。

 

「幸いがありますように」

 

――やめて!!

 

 叫びたい。

 叫べない。

 そうしてしまえば、唇は心を裏切るから。

 光栄ですと、そう唇が紡いでしまうから。

 光ある微笑みが心を縛る。

 熱ある言葉が感性を焼く。 

 身に宿る人類史の積み重ねが焼却され、剥がれて、神代に適う原始的な意思が表出する。

 フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアが、剥落する。

 

――これ、い、以上、は……!

 

 これが人と神、在りし日の差。

 洗脳に等しい価値の差が心を焼き払う。

 これ以上は、魂が持たない。

 早く逃げなければ。

 早く、

 

「僭越だぞ、サーヴァント」

 

 

 

 

     ***

 

 

 

 

 

「僕達は」

 

 紙を握り潰す音がした。

 

「いいか、僕達は」

 

 否、それは声だった。

 

「マスター同士で話してるんだ、従者は控えてほしいね」

 

 或いは、手の内に握り締めた鈴の音。

 錆の這う天真爛漫。

 泥を塗す愛らしさ。

 ああそんな、貴方はそうではないものなのに。

 

「聞こえてないなら、その収音機能はゴーレム以下だ。

 先生と僕の、という前提はあるけれどね」

 

 自信という鍍金が、高慢という鋲で留められている。

 白く、細く、しなやかな、小鹿の擬人化にも思えるその姿。

 だがその実、“黒”のバーサーカーより金物交じりに思われた。

 

――“黒”のキャスターのマスター

 

「ろ、ロシェ」

 

 美に締め上げられたフィオレの声、その顔を見る彼の醜さ。

 ブリュンヒルデがはじめて見た時の、“黒”のキャスターを見る目とは似つきもしない。

 敬愛する師父に憧れ見つめる目か。

 否、違う。

 あれは、人を見る目ではなかった。

 

――それは、山頂にかかる星明りを見るような――

 

 キャスターの行いは、雲間から差す星明りのきざはしとでもいうのか。

 マスターとサーヴァントの関係性は一律ではない。

 むしろ人類史に名を遺す傑物を相手に、敬服することも十分ありえる。

 だが、ロシェのそれは、そういう類ではなかった。

 

――哀れな子

 

 本当に、その双眸が、敬愛と親愛を宿していればよかったのに。

 

 

「何だよ」

 

 ともすれば天使的な姿の、鬱憤から舌打ちする老人がごとき視線だった。

 フィオレより幼い彼は、しかしもはや、未熟ですらなかったのだ。

 

――妄執の何たること。血脈はこの子から心を取り上げた

 

 短命で大望な人の連なりは、降って沸いた天才に自分達の願いを託す。

 心臓をインク壷、鼓動はペン、血管と臓腑の至るところに無念を刻む。

 成せざるところを成せ。

 為し得る力をもって為せ。

 かくなる集積をもって少年の体は書となった。

 歴史と妄執の伝達装置として、自らを定義してしまった。

 

――哀れな子

 

 幼くして自らを器具と定めた心が見える。

 少年ロシェの心は、もはや人格を装っただけの高速判断機能だ。

 情報を取得。

 既知との比較。

 有益ならば記録。

 蓄積を整理し最適化する。

 道具よりも、神の権能よりも、それらを処理するのに向いたものこそ、人の心だった。

 もし少年が、キャスターのそれを獲得し終えたら。

 きっと少年は、それを遂げる事は出来ないだろうけど。

 もし少年が、成し遂げる事が出来たとするならば。

 きっと少年は、彼の事を絞り滓だと打ち捨てるだろう。

 

――この子の人たるものは、もう肉体しか残されていないのだから――

 

「何だと、僕は聞いているんだ!」

 

 ほとほと哀れな子。

 自分の入力には、必ず自分が理解できる出力が返されると思っている。

 彼には、返されたブリュンヒルデの視線の意味を、その反応を解釈する想像力がない。

 人ならざる記録媒体の心は、それ故に鉄壁の無思慮と魅了耐性を持っているのだ。

 

「ひ、控えなさい、ロシェ」

 

 他人の怒りは冷静を招く呼び水だ。

 神代の魅了をから外れたフィオレはロシェに、いやさ人型記録装置に指示を出す。

 

「轡を揃えよ、それがダーニック叔父様の方針よ」 

「懐柔して使い潰せ、だろ? あの時、さっさと令呪を剥がせばよかったんだ」

 

 吐きつけられた喚き声に、ブリュンヒルデの男の顔を思い出す。

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 彼こそは酷薄の権化。

 魂の混色した人非人。

 実際に彼が告げた方針は、ロシェが言うものであったのは間違いない。

 

――つまり

 

 フィオレには融通ゆえの弱さがあり。

 ロシェには無思慮ゆえの弱さがある。

 ならば。

 

「……何のつもりだ」

 

 神代の鉄が小さく鳴いた。

 身の丈を超える槍、それを握る篭手の五指。

 一本に対する十本をこすり合わせて、武力行使は重奏する。

 

 

「マスターから、令呪を奪うおつもりですか」

「――そうだ!」

 

 その瞬間の。

 烈火に染まるかんばせよ。

 

「令呪を奪い、そのホムンクルスを接収する!

 そうすれば……先生の宝具だって完成するんだ!!」

 

――キャスターの宝具は、マスターの犠牲なくして発動できないのですね

 

 魔術師の英霊は基本的に最弱だ。

 サーヴァントの多くは強い魔術耐性を持ち、それは旧く強い英霊になるほど顕著だ。

 陣を敷き、備えを重ね、権謀術数を添えて立ち向かうのが、キャスターの基本戦術だ。

 故に、キャスターの宝具は最重要の切り札といえる。

 そもそも宝具はサーヴァントの化身、発動に条件があるのは異例だ。

 

――それが自由に使えない、としたら

 

 実際には獲得していない、或いは、未完である事こそが逸話である場合。

 

――キャスターのマスターは、自分と同様の能力した尊ばないでしょう

 

 それがこうも敬服しているなら、ロシェはキャスターの技量を精査したのだ。

 キャスターの魔術は機能している。であれば、魔術自体が宝具、という事もない。

 

――キャスターの宝具は、特別な生贄で完成する高度なゴーレム、という所でしょうか。

 

 マスターに拘るところを見ると、現状では換えが効かないらしい。

 つまり、マスターと共にある事は、相手の切り札を潰す事だ。

 背にするマスターを護る意義の深まりを得て、

 

「――あのさ」

 

 知恵ある者の声がした。

 

「何だよ」

 

 冷や水が、赤熱する鍍金のごときロシェに浴びせられた。

 それを投げかけたのは、フィオレとロシェの後ろに佇んでいた少年だ。

 

「あぁ、あれだ」

 

 しおれたように背を丸め、そばかすの浮いた頬を掻く、英知の結晶を備える彼。

 今度こそ、今度こそ胸の内の焔を取り押さえて、努めて抑えこんで、彼を見つめる。

 

「貴方も控えていなさい、カウレス。この場は……」

「でもさ姉さん」

 

 茹で過ぎた葉のように緩い微笑みで、

 

「俺控えちゃったらさ、バーサーカーが2人を守れないと思うんだ」

 

 英知の先にある碧眼の煌き。

 瞠目する2人、そして見たのは、ブリュンヒルデの間に立って武器を構えた女の姿。

 

「ウゥー……!!」

 

 “黒”のバーサーカー、鋼ある女。

 カウレスの言を肯定するように、獰猛な唸りには意思表示があった。

 

「ぅ」

 

 躾けられた猟犬に睨まれたようなものだ。

 自分より力ある者の怒りある抑止を間近で受けて、二人の肩が小さく竦む。

 

「ていうかバーサーカーだけで、あっちのマスターを引き離せないだろ?

 セイバー、でかけちゃってるしさ。

 だからアーチャーとキャスターもランサーと話し合ってるじゃないか」

「話し合う意味がない、って言ってるだろ」

「ないかどうかを、話し合ってるんだろ? ランサー達と、ダーニック叔父さん達は」

 

 当主の名を出されては、ロシェも黙って彼を睨むしかない。

 カウレスは居心地悪そうに視線をそらし、それからこちらを見て、

 

「あんたもさ、できれば俺達に協力してほしいんだけど」

「何故です?」

「――俺らのアサシン、逸れたんだよ」

「カウレス!!」

 

 ここ一番の怒声だった。

 フィオレの頬を赤く染めるのは、僭越に走った下位への苛立ちだけではない。

 近しい肉親に対する、身内ゆえの言語化できない潜在的な怒りが混ざっている。

 しかし当のカウレスはどこ吹く風。

 否、眉尻を下げた顔は、謝意を押し隠しているのか。

 

「そんな訳だからさ、頼むよ」

 

 覇気の無い媚びた微笑み。

 フィオレは眉間を揉んで俯き、ロシェに至っては腕を組んでそっぽを向く。

 だからなのだ。

 だから2人は受け取れなかった。

 

「――利用できる内はし合おうぜ?」

「………………」

 

 怜悧。

 これこそ魔術師の酷薄だ。

 フィオレとロシェは、彼の振る舞いを軽んじて無思慮としか思わなかった。

 瞳と瞳を結び、対面して微笑む彼を見つめるブリュンヒルデだから、それを見た。

 

――賢い子

 

 フィオレとロシェが嘆息するのに、気づかない彼ではないだろう。

 そして実際、単純な能力では彼らに遠く及ばないことも自覚している筈だ。

 

――貴方は、自らの非力を受け入れた上で振舞えるのですね

 

 カウレス。

 彼が劣り、立場も低いことは、この部屋に来た時から理解できた。

 フィオレに窘められ。

 ロシェには侮られて。

 しかしカウレスには、この二人にはないものがあると、ブリュンヒルデは思う。

 

――賢明、かくして懸命。弱さを前提にして強くなるための思考回路

 

 能力に裏打ちされた自信は無く、弱さを補い至ろうとする目的意識がある。

 それは時に、優れた者どもの合間を縫って先んじるものだ。

 カウレス。

 彼は、賢い。

 

――ならば、彼に問いましょう

 

 ブリュンヒルデには疑問がある。

 最初は、代表であるフィオレに問おうと思った。

 だが今、知恵をもって駆け引きを望む彼こそ相応しい。

 

――セイバーは遠出、アサシンは不在。

  盟主のランサーに、アーチャーとキャスターは陣営を仕切る側

 

 彼は、見返りを確約しない情報提供で、こちらの譲歩を乞うた。

 フィオレの怒りを見るに独断のようだが、カウレスはそうする意義があると見たらしい。

 最終的により多くの利益がある結果のために、一時の独断専行も選べる行動力。

 それができるカウレスなら、今一歩切り込めるか。

 

「ライダーは?」

 

 これが、ブリュンヒルデの問い。

 

「“黒”のライダーはいずこに? もう現界されているのでは?」

 

 聖杯戦争は7騎のサーヴァントを召喚する。

 カウレスの明かす情報は、そのうちの1騎が不足していた。

 ライダーだ。

 

――無意識に欠ける話ではないでしょう

 

 意図してカウレスはライダーの話をしなかったのだ。

 それは、何故か。

 

「――あぁ」

 

 つぃ、と。

 英知の結晶ある相貌が逸らされた。

 若かりし碧眼は明後日を追い、何もない部屋の隅を漠然と眺め始める。

 

 

「ライダー、なぁ」

「……?」

 

 思わず首を傾げてしまう。

 明朗とした口振りから一転した、言いよどむその仕草はなにか。

 

「あいつは、さ」

「カウレス様……?」

 

 何だろう、その視線は。

 まるで、太刀を串に肉を焼くのを見たような。

 さながら、王冠を桶にした水汲みを見るような。

 とんちんかんな扱いをされた宝を見るような、その妙な視線をどうして背後へ向けるのか。

 

「――あんたの後ろにいるよ」

「え」

 

 それは気付き。

 そして息継ぎ。

 一瞬で加熱した胸に、吸い込んだ息の冷たさが刺さる。

 どうしてそんなことが。

 

「ぁは」

 

 聞いたことのない声がした。

 

「可愛いね、君」

 

 その声は、守らねばならない君の隣に。

 振りぬく槍が風を鳴らした。

 

 

 

 

 




ギリシャ神話の登場人物を従える人物が、北欧神話の女神に圧倒される表現を、聖書の一節で喩える私は、ひょっとしなくても馬鹿野郎なんじゃないかと思いました。
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