Fate/Apocrypha - Romancia -   作:己道丸

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どうも、ご無沙汰しております。
ユーザーの皆様におかれましては、お気に入りに追加していただき、ありがとうございます。
長くなってしまった一室の会談も、今回で終わりです。やっと次のフェーズに移れますね。


02:彼と彼女について d

     ***

 

 

 

 

 

 その歓声は、ブリュンヒルデにとってありえない場所から響いた。

 背後だ。

 

――勇士を辿る、この身の機能を欺いた!?

 

 父なる神により搭載された機能がある。

 人の地にある勇猛を余さず見つめる戦乙女の権能。

 すべからく勇者の館へ招く、勇士の死神たる所以。

 かくある戦乙女の長姉、一号機であるブリュンヒルデの機能は規格水準を超える精度だ。

 

――それを、逃れたと!?

 

 アサシン相手でも察知できる確信があった。

 まして他のクラスを逃す筈はないと思っていた。

 しかし。

 現に。

 今。

 

「……!!」

 

 だが驚愕は打ち捨てなければならない。

 あり得ない、など切り捨てねばならない。

 何故ならそこに、声あるところに守らねばならない者がいるからだ。

 

――マスター!

 

 事実を肯定しよう。

 現実を否定するな。 

 今ここにある危機へ向き直れ。

 そして奔るのだ。

 主を守るために。

 敵を断て。

 

「ふ」

 

 呼気を置き去りにする旋回運動、長髪が弧を描く。

 右を軸足に左が巡り、鋼の踵が床を抉る。

 開脚により維持する姿勢が長槍を支える。

 この身を超える長大な槍を振るうのは今。

 さぁ行け。

 大気を殺せ。

 

「――!」

 

 鼓の爆ぜるような激音。

 戦乙女の細腕に圧縮された腕力、振りぬく槍の硬度が大気を破る。

 ブリュンヒルデの半身ほどもある巨大な穂が、瑪瑙色の半月を描く。

 先鋭が、背後にある姿へ迫る。

 

「ひぇ」

 

 居る。

 確かに居る。

 マスターと自分の間に、見知らぬ誰かがいる。

 マスターと自分の間に、あってはならぬもの。

 裁断せよ。

 

「バーサーカー!」

 

 大気が疾風という血飛沫を散らす中、カウレスの声がする。

 指示だ、だが遅い。何を求めたところで槍には追いつけない。

 だから意識を槍の先へ、攻撃力の終着点へと集約して、

 

「――石突だ!!」

「ゥアッ!!」

 

 鐘打つ音、そして穂先が急転進。

 

「ぁっ?」

 

 腕に痛みと痺れ、異常な手応えが麻痺を生む。

 手の内にある長槍の柄に、さながら電流のごとく激震が走る。

 何故だ。答えは、やはり背後だ。

 

――打ち抜かれた……!

 

 肩越しに見る光景、それは戦槌を振りぬいた“黒”のバーサーカーの姿だ。

 彼女は何を打ったのか。

 明白であった、石突だ。

 穂先の真逆、柄の終点。

 刃の対として後を追うその一点を、真っ向から槌で打ち返された。

 穂先は戻り。

 姿勢は崩れ。

 攻撃は無為へ貶められた。

 故に、

 

――焼き払います!

 

 ブリュンヒルデの能力は刃だけではない。

 魔力放出・炎。

 身にある魔力を炎として出力する力、一点を刎ねる槍を補う、面の攻撃力だ。

 小賢しいライダーとバーサーカー、それを操るカウレス達も、諸共に焼き払おう。

 マスターを回避する炎の流れを想像すべく、その姿を見定めて、

 

「ま、待った! 待ったぁー!!」

 

 諸手を挙げて叫ぶ、その姿が遮った。

 

 

 

 

 

     ***

 

 

 

 

 

「ごめんよぅ、そんなに怒るとは思わなかったんだよぉ」

 

 目尻を濡らし、鼻をすすって弁明をする人物がいる。

 桜色の三つ編みを尾のように揺らし、手を合わせて頭を垂れる様は、さながら小動物のようであった。左右の髪に黒いリボンを結ぶ面立ちは、愛らしくもどこか油断のならない魅力がある。活気に満ちた瞳と歯の覗く口元は、なるほど気侭な猫のようだ。

 そんな面立ちの下は、中々どうして精強な装いだ。白い外套を肩に、皮鎧を胴にまとい、長剣と角笛を腰から下げる様は勇ましい。三枚綴りの装甲に守られたスカートからはすこやかな健脚が伸び、革帯で繋がれた長い足袋と軍靴に包まれている。 

 いささか以上に奇矯な装いであったが、剣と鎧を外套で包む、騎士のそれであった。

 が、

 

――? ……? ……?

 

 拭いきれない違和感がブリュンヒルデにはあった。

 今、眼前にいる筈のライダーが、しかしその実見えていないような。

 正確にライダーを見定めることができていない、そんな感覚があった。

 

――少、女……?

 

 可憐である。それは間違いない。

 フィオレのそれとは違う、放埓で溌剌とした可憐さがライダーにはある。

 だが、ブリュンヒルデがライダーに感じる違和感は、そういうものとは一線を画する。

 何かが決定的に、見えていないものがある。

 何かがおかしい、それだけは確かに分かる。

 

――これは……感知阻害の魔術……否、宝具?

 

 ライダーが意図して発動している素振りはなく、ましてその技術があるようには見えない。

 ライダーのクラスは、複数の宝具を持つ者が多く割り振られるクラスだ。

 認識を妨げる宝具を持っている、それはありえることであると思われた。

 

「おい、ライダー」

 

 そんな困惑を他所に、呼びかけたのはカウレスである。

 

「何でお前がここに居んだよ」

「だってさ、“赤”のサーヴァントとマスターがこの城の中に現れたっていうじゃないか。

 見てみたいって思うんだ、僕は!」

「……お前には話すな、ってみんな叔父さんから厳命されてた筈なんだけど」

「それだよ! みんなズルくないかい? こんな可愛い子を隠すなんてさ。

 僕も、可愛い子と一緒にいたい!!」

「いやだから、なんで知っているのかを……」

「それはね、僕が僕だからさ!」

 

 ライダーは跳ねるようにして一歩引き、

 

「我が天命は七転八倒――」

 

 それから一回転。

 白い外套を棚引かせ。

 桜色の三つ編みを振りぬいて、

 

「しかして七転び八起きであらねばならぬ!

 是即ち、シャルルマーニュ十二勇士の境地なり!!」

 

 

 唐突に、脈絡もなく風が吹いた。

 壁を穿つ窓穴から吹く風が外套をはためかせ、表裏二色の紅白が宙を泳ぐ。

 それはさながら、舞い降りた鳳の翼のように。

 陽光と風の声援を受けて、高らかに。

 

「己が胸にある正義の味方!

 騎士なるアストルフォ、あまねく決まりを破って今参上!!」

 

 決めの構えは果たされた。

 天に弓を構えるように突き上げられた右の拳、肘を引いた左手の拳。

 掲げられた左膝、スカートから覗くふとももを見せ付けるような、器用な片足立ちだ。溌剌とした笑顔に白い歯を覗かせ、活力に満ち満ちた双眸が等しく周囲を照らしている。

 ともすれば、きっとそれは花吹雪や色付いた爆炎を背にする、そんな風体であった。

 しかし、

 

「……もしもしセレニケ?」

「やめてぇー!?」

 

 カウレスが懐より出した当世の道具により、あっという間に崩れたのだった。

 

「お願いだよぉう、マスターにだけはチクらないでぇー!」

「ええい縋るな! まとわりつくな……!!」

 

 泣きの入ったライダー、アストルフォの叫びが煉瓦造りの一室に木霊する。

 少年カウレスの足に縋りつく騎士の姿を、ブリュンヒルデは黙って見ていた。

 まるで、遠い先の出来事であるように。

 

――アストルフォ

 

 ブリュンヒルデはそれが誰か分からない。しかし知ってはいる。

 サーヴァントとして現界するにあたり、根源である聖杯より知識を与えられているのだ。

 生前より持たない知識の実感は乏しいが、答えがあれば概要の索引程度は出来る。

 

――シャルルマーニュ十二勇士の一人。

  逸話に曰く、万難越えのアストルフォ――

 

 大帝の名を頂く男を主とし、聖騎士と呼ばれる勇者の先駆者たち。

 その中にあって、武勇ではなく精神のあり方で知られた者。

 友を捨てず。

 高潔を尊び。 

 理性を失ったが故の、愚かしさと誠実さで世界を翔けた者。

 

――難事と解決に愛された純真の騎士

 

 

 かくも高名な騎士が今、

 

「いやだぁー、嘗め回されるのはもうイヤだぁー!」

 

 滂沱の涙と鼻水を、カウレスのズボンに擦り付けているのだった。

 

 

 

 

 

     ※※※

 

 

 

 

 

「申し訳ありません。我が方のライダーが、不躾を」

「いえ。あの方が如何なる星の下に生まれたかは分かりますので」

「そう言っていただけると。……やはり、そういうものなのですね」

 

 フィオレは、弟にすがりつき鼻を鳴らすアストルフォが、背後にいる幸いに感謝した。

 逆に、こちらと向かい合うブリュンヒルデの視界に、今もその姿があると思うと同情する。

 

「…………」

 

 現に目を逸らす戦乙女である。

 その横顔すらも美しい。

 だが、先程までの流れは断つ事ができた。

 

――相対する神霊と正面から話し合ってはいけない

 

 フィオレはブリュンヒルデとの交渉において、考えを改めていた。

 相手は圧倒的に上位者なのである。

 こちらは徹して下位者でなければ。

 正面からこちらの望みを聞くように仕向けていては、存在の格差で焼け落ちてしまう。

 

――上位者に、下位者のルールを受け入れて頂く、ということですね

 

 相手の意思を圧迫する交渉術は悪手だった。

 神霊が自ら選ぶよう誘導する必要があった。

 仕切り直しだ。

 

「改めまして――ようこそ、“黒”の陣営の居城へ。我々は貴方達を歓迎します」

 

 戦力として。

 彼女達の逗留は敵する“赤”の陣営の力を削ぐこと、変節せしめれば手勢の先鋒にもなる。

 ブリュンヒルデ達を足止めし、調略する必要がフィオレ達にはあった。

 

「私達が、“赤”の陣営から貴方達に組すると?」

 

 ブリュンヒルデの返答は、想定されたものだった。

 

「遠地より来るアサシンに貴方達も加えて、こちらは8騎の手勢。

 此度の戦、“黒”と“赤”の枠はあれど、そこに強制力はありません。

 殊更、この有利を捨てて“赤”の陣営に帰属する理由が貴方にありますか?」

「…………」

「まして“赤”の陣営は当世魔術師の勢力、我等を嗤う時計塔の者共。

 私達が造ったホムンクルスを、彼等が快く迎えると思いますか?」

「……轡を並べるならば、マスターの枷を外しても良いと?」

「当主はそう申しております。でしょう? ロシェ」

「まぁね」

 

 水を向けられたロシェは、やはり顔を顰めて、

 

「ダーニックの頼みなら先生も聞くと思うよ」

「枷を繰る者もこう申しておりますわ」

 

 目を伏せ考えをめぐらせるブリュンヒルデに、フィオレの笑みは力を増す。

 新たな交渉材料を持ち出す機会だった。

 

「当主はこうも申しておりますわ。今宵、星の下で杯を交わす場を催そう、と」

 

 ブリュンヒルデの瞳が、こちらへと吊り上げられた。

 相手の思考を中断せしめた事実に、意趣返しの意気が湧く。

 翻意をもって轡を並べる者を迎える宴、それはすなわち、

 

――禁忌の誓約

 

 旧き世にゲッシュ、当世に自己強制証明と題する魔術が類するもの。

 誓いにより自らへ禁忌を課し、破ったならば相応の報いを受け入れる魔術。

 集った“黒”の陣営に囲まれ、誓いを述べるホムンクルスの姿が見えるようだった。

 

「……ぅ」

 

 それはあのホムンクルスにしても同様であるらしかった。

 苦悶の呼気。

 不安の証明。

 彼はダーニックやランサーを知らないだろうが、それだけに不安だけが先行して膨張する。

 

――気の毒ではありますが

 

 これは聖杯大戦、戦にあるべき非情である。

 フィオレにしても、消費財たるホムンクルスへの配慮は必要ないだろうと判断した。

 何故なら、

 

――これが、魔術師の思考なのだから――

 

 魔術師の思考として最適解である。

 だからカウレスも、ロシェも、バーサーカーですら異見をすることはなく、

 

「――大丈夫だよ」

 

 あった。

 いた。

 彼だ。

 

「ランサーはおっかないけど、徒にいたぶるような性格はしてないさ。

 ボク等と仲良くしてくれればさ、悪いようにしないって。

 ――主にボクがさせないから」

 

 返り見た先にある姿。

 輝く瞳と、相貌の力ある表情。

 これが、さっきまで泣いていた者の顔か。

 

――ライダー

 

 かの者は騎士、魔術師とは異なる心理で動く者だった。

 ブリュンヒルデよりも近代の英霊で、その人となりもあって油断していたようだ。

 彼もまた英傑、公明を尊ぶ英雄の思考で走る者ということか。

 

――今は私達に従っていますが……

 

 魔術師の最適解に対し、適合した判断をする存在とは思えなかった。

 そうでなくとも、理性が蒸発していると称される、一手先も見えない相手だ。

 

「ライダー、貴方はマスターの下に戻るべきでは?」

 

 不確定要素は除外するべきだ。

 

「えー、マスターのところにぃ?」

「彼女であったら、貴方の不在に感づけば追ってくると思いますよ」

「そりゃ勘弁」

 

 眉尻を下げ、鳥がさえずるように笑うライダーである。

 その姿に騎士の逞しさは感じられず、やはりフィオレはライダーが理解できなかった。

 そんな困惑を察する風も無く、ライダーは立ち上がり、膝の埃を払う。

 

「んじゃ、そういうことで」

 

 わざとらしくも背伸びをして、

 

「――またね」

 

 そして、駆け出した。

 輝く笑顔とともに。

 

 

 

 

 

     ※※※

 

 

 

 

 

 ブリュンヒルデが声をかける間もなかった。

 フィオレをすり抜け。

 こちらの横を駆け抜け。

 マスターの隣を通り抜け。

 華奢な体は、壁に穿たれた細長い窓穴へと飛び込んだ。

 

「ぁ」

 

 マスターとともに振り返り、見たものは霊体化による光の粒子。

 窓の向こうで再び実体化したライダーの後ろ姿。

 そして、それを掻っ攫う黒い影。

 

「――鳥」

 

 違う。

 鳥というにはあまりに大きく、あまりに形態が異なる。

 

――幻獣ですね

 

 サーヴァントの視力は、黒い影に四本の足と、それに相応しい長躯があると認めていた。

 鷲の前半身に馬の後半身を持つ獣は、尋常な世には生まれない。

 間違いなく、ライダーの宝具として現れる騎獣であった。

 

――ライダーは空を往く騎兵、ということですか

 

 制空権を握る意義は、7対7の聖杯大戦において、より一層の意味を持つだろう。

 やはり普段の言動では図りきれない人物だと、ブリュンヒルデはライダーを評価し、

 

「――空」

 

 囁くような声を聞いた。

 

「マスター?」

 

 焦がれ、陶酔するような、これまで聞いたことが無いマスターの声だった。

 しかしそれが何か、問う間もなかった。

 

「さて」

 

 仕切り直す呼びかけだ。

 

「話は逸れましたが……。今宵の酒宴、ご参席を願えますでしょうか」

 

 マスターの横顔を見る目が振り返り、優越の微笑みを捉えた。

 難事を自らの力で乗り越える、その自負を得たフィオレの笑みであった。

 彼女の言葉は、先ほどブリュンヒルデが選んだ手段では解決し得ない議題だった。

 

――彼女の論法は、決議を先送りにし、その場と過程を掌握するやり方です

 

 今この時、相手の意向に介在して結論を支配する、そういう論法から変わっていた。

 今の彼女は、こちらの優先事項を保留にし、自分達の有利をより磐石にする論法だ。

 優先事項、つまりマスターの安全。

 既にマスターの安否を握る優位にあぐらをかかぬ、慎重さを重視する方針を選んだようだ。

 

――相手の仕組む流れに乗せられている……。ですが、ここで強く出る意義はありません

 

 惜しむらくも頷くしかない状況だった。

 だからブリュンヒルデは、

 

「――分かった」

 

 承諾を聞いた。

 ただしそれは、自らの喉を振るわせた声ではなかった。

 

「……!」

「今夜、だな」

 

 ブリュンヒルデの背後から届く、か細く乾いた声。

 マスターだった。

 

「……よろしいのですか?」

 

 眉をひそめたフィオレの確認。

 視線はマスターに向けられていない。ブリュンヒルデへだ。

 しかし、

 

「ああ」

 

 やはり、答えはマスターの喉を震わせてた。

 

「そうですか」

 

 ここに至り、遂に一室のあまねく瞳はマスターを捉えた。

 五対の眼は青ざめたホムンクルスの顔を見据え、更に汗ばむ表情を認める。

 しかし彼の喉は、紡ぐところを止めはしない。

 

「空は、あるだろうか」

「……ええ。城の上層、展望の間を用意しております」

「なら良い。空がそこにあるのなら」

 

 そうして微笑みをマスターは得た。

 自ら望んで望むところへ臨む、意思のある微笑みを。

 

「……ああ申していましたが、ライダーが宴を仕切ることは難しいと思いますよ。

 酒宴には、今この城にいるすべての力が集うのですから」

 

 マスターの変化はライダーに起因している、そう思ったのは自分だけではなかった。

 釘を刺すように、フィオレの忠告が打ち込まれる。

 

「ライダーの他に、ランサーとキャスターと、このバーサーカー。

 ――そして、私のアーチャーが」

「そうか」

「彼は毒あるものを見据える番人。――星空と共にある“黒”のアーチャーは、無敵です」

「その強さが、俺達とともにあることを、願う」

 

 嘲りはない。そんな余裕は、マスターのどこにもない。

 そのことはフィオレも分かっている筈だ。だからこそ彼女は瞑目したのだ。

 それこそが、この会談を閉じる合図であるからだ。

 

「――では後ほど。

 同じ酒器から酌む杯、それらを交わす時を楽しみにしております」

 

 そうして3人のマスターは部屋を後にした。

 疑惑や苛立ち、同情をそれぞれの視線に乗せ、だが扉はその全てを断ち切った。

 そして最後にバーサーカーが霊体化し退去すれば、後に残るのは1人と1騎だけだ。

 ホムンクルスと、ブリュンヒルデだけだ。 

 

「…………」

 

 どうして、とは僭越である。

 しかし、知りたいと思った。

 何がマスターの心を支え、行動するに至ったのかを。

 

「空を」

 

 答えは問わずしてもたらされた。

 

 

「空を見たんだ」

 

 マスターは仰ぎ見た。

 背後、壁を穿つ窓のごとき穴、下界とを繋ぐささやかなとば口を。

 

「ライダーが、見せてくれた。

 壁の向こうにあるそこは、行けるところだと、教えてくれた」

「……!」

 

 それはマスターがブリュンヒルデを召喚した、最初の願い。

 生きたいと望み、閉ざされたところの先を望んだ彼の願い。

 マスターの横顔には、希求する願いの片鱗を得た感情がある。

 その表情は、ああ、どうしてそんなにも。

 

――私は――

 

 欠片すら見せることができなかった。

 振り向けば空が垣間見えると、それすら教えることをしなかった。

 空を翔る影は幻獣だと分析するだけで、自由に往く者と思いもしなかった。

 それをライダーは、事も無げに行動で示していった。

 

――ライダー、アストルフォ――

 

 彼こそは、閉じたるところに吹き込む風。

 或いは、彼のようなものこそが、マスターには必要なのかもしれない。

 

「ブリュンヒルデ」

 

 しかし、しかし呼ぶ声はあったのだ。

 

「……はい」

 

 主の存続と自由にかけて、自らの不明に浸ることなど許されない。

 縋るものは在る。それを主に示さねばならない。

 

「空が、見えたんだ」

「はい」

 

 壁の先にある世界。

 マスターが届きたいと願った場所だ。

 

「空が、あるところへ」

「必ずや。芽生えた願いに臨む事、無謀では終わらせません」

 

 そのために、マスターが望む道を阻む者達を除けて進む必要があった。

 主が空を臨む道にはだかるのは、7騎と7人。

 ランサー。

 杭有る世界を見る領王、ヴラド三世。そのマスターたるダーニック。

 アーチャー。

 星空の下にて必勝と讃えられた番人。主たるは天恵の乙女フィオレ。

 キャスター。

 主の身で宝を完成せんとする魔術師。マスターは人足りえぬロシェ。

 バーサーカー。

 鋼を打ち付けた体に死霊を響かす女。従えるのは英知有るカウレス。

 ライダー。

 滞る事なき自由の化生アストルフォ。しかして恐れられたる其の主。

 

――そしてアサシンと、セイバー。

 

 この城より発った最優の英霊とそのマスター。

 未だ合流できていないというアサシンと合わせ、今宵の酒宴には居合わせないらしい。

 

――危惧すべきはランサー、そしてアーチャーです

 

 バーサーカーやライダー、キャスターであれば、正面からでも打ち勝てると見立てていた。

 しかし召喚直後に矛を交えたランサー、ヴラド三世。

 フィオレが無敵と称した、名も知れぬアーチャーだ。

 確実な二つの脅威、この上更に最優のセイバーとマスター殺しに秀でたアサシンが未見だ。

 しかし、 

 

――勝たなければなりません

 

 左右の五指が、鼓舞するように槍を締め上げた。

 彼の願い、そして自らの胸の内で燃え続ける宿願のために。

 

「望みあるところを臨みましょう。

 “黒”の牙城、その向こうにある空の下へ、貴方を届けてみせます」

 

 

 

 

 




そういえばエルメロイ2世の事件簿のアニメ版で、獅子劫さん出てきましたね。
次話で登場する構想だったのですが、なかなかジャストフィットな投稿ができないあたり、情け無い話です。

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