君の紐は。   作:S?kouji

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この物語はフィクションです。実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。


その4 再訪

男性ニュースキャスターが、緊迫した面持ちで記事を読み上げている。

 

『飛騨市消防局によりますと、本日午後8時45分頃から、大きな爆発があったという通報が市内の各地から寄せられているとのことです』

 

『最初に地震を感じたあと、窓ガラスが鳴り、大きな爆発音が聞こえたとのことで』

 

『気象庁では、火山の爆発である可能性もあるとし、音が聞こえた地域の住民に警戒するよう呼びかけています』

 

『また中部電力によると、爆発の2時間前から飛騨市にある変電所で事故が発生しているほか、市内の一部では停電している世帯もあるとのことで』

 

『先ほど午後8時42分頃に岐阜県で観測されたマグニチュード4.8の地震との関連は薄いと見られていますが———』

 

『引き続き、岐阜県の爆発事故と、本日最接近したティアマト彗星についてお伝えして参ります』

 

 

2013年10月4日、21時過ぎのニュースだった。

 

***

 

糸守行きを三葉たちに伝えるのは相当思い悩んだ。できれば一緒に行きたいけど、それは良いのか。火事場に群がる野次馬のように受け取られないだろうか。

だが、そうした瀧の懊悩とした悩みは、拍子抜けするほどあっけなく解決してしまった。

 

例によって三葉&四葉(ちょくちょく瀧と三葉のデートに顔を出すようになっていた)とカフェでくつろいでいた時、三葉に盆の予定を聞かれた瀧はたどたどしく糸守行きを口にした。

雰囲気が悪くなることを覚悟した上での発言だったが、しかし、二人の反応は思ってもみないものだった。

 

「瀧兄も糸守に行くんか」

「だったら一緒に行こうよ!」

 

詳しく話を聞いてみると、糸守にあった実家は近くの町に移っており、時々そこに帰省しているということだった。

当時、住民の他地域への受け入れプログラムが実施されていたから、三葉たちの実家もその一環で移されたのかもしれない。

 

そんな感じで当時を振り返っていた瀧だったが、あれ、と気になることが浮上してきた。

帰省に同行する。それって……。

 

「実家に行っていいの、俺」

 

瀧は人差し指で自分を差す。姉妹は顔を見合わせた後、瀧を見ながら声を揃えて言い放った。

 

「「たぶん、イケるって!」」

 

***

 

仕事を終えて退社し、今日は家に帰らず新宿駅近くの銭湯に寄る。夜遅いのに、結構混んでんな。

なんとか空いているシャワーを確保し、手短に垢を落として湯船につかる。

本音を言えばこのままゆっくり浸かって疲れを癒したいところだけれど、そこまでの時間はない。

更衣所で、仕事場にこっそり持ってきた服に着替え(鞄ごと職場のロッカールームに入れておいた)、スーツは丁寧にたたんで宅配クリーニングに出してしまう。

 

風呂に入ったあとで汗をかくのは避けたい。そう思いつつ、瀧は足早に新宿駅に戻る。

コインロッカーに預けていたスーツケースを取り出し、23時前、結構ギリギリでバスターミナルに到着して、ほっと一息つく。よし、間に合った。

 

「瀧くーん、こっちやよー」

 

そう言って三葉が呼びかけてくるのが目に入った。

ああ、目立つ。横にいる四葉も表情から察するに、瀧と同じ心境なのではないか。

瀧も手を上げて、スーツケースを転がしながら二人と合流する。

 

「ギリやなー、瀧兄」

「すまん。手間取っちまって」

「いいんやさ。ほら、早く乗ろ」

 

ニコニコしながら急かしてくる三葉に促され、三人は次々夜行バスに乗り込む。

バスの座席、三葉と四葉は隣同士、瀧はその一つ前の席に座った。後ろから小声で話す姉妹の会話が聞こえる。

 

「しっかしまた夜行バスかぁ。いい加減新幹線乗りたいに」

「あかんよ。この時期新幹線えらい高いでね」

「お姉ちゃんのケチは相変わらずやなー」

「ケチやなくてお金の管理をしっかりしとるの」

 

三葉の言葉に、物は言いようだな、と瀧は思う。とはいえ、瀧も財政的な理由からこの行程を支持した人間であるから文句があるわけではない。

 

飛騨高山まで高速バスで行き、そこから電車を乗り継いで実家に行く。これが今回の旅程である。

レンタカーを借りて行くという手を瀧が提案したところ、二人に何言っとんの、という顔で却下された。

聞けばどうも、帰省およびUターンラッシュの渋滞が姉妹にトラウマを植え付けたらしい。

 

それに夜中に運転していくのも、昼間寝ていられる学生時代ならともかく、日中働き詰めている社会人でやるには不安だった。

 

一方の三葉は夜行快速で岐阜まで行き、そこから電車を乗り継いで行くつもりだったらしいが、これは四葉の猛反対にあって見送られた。

すげえ。現実にやった人間がいるんだな、それ。瀧は微妙に感心したほどだった。

 

「お金は使うためにあるんやよ!」

 

という四葉の悲痛な叫びが頭に残って、今でも時々思い出して一人笑うことがある。

そんなこんなあって、結局、いろんな所と折り合いをつけたのがこの形である。

 

夜の車窓に、東京の風景が流れて行く。きらめくネオンやオフィスの明かりがよぎって行くその様は、光の糸の束のようだった。

ひとつひとつの明かりが、線になり、紐となり、ゆっくりと、その認識がぼやけていく。

 

見ていたはずの夢は、いつも思い出せない。久しぶりにそんな夢を見る。

 

***

 

朝。自分が起きてるのか、それともまだ夢を見てるのかも分からない状態のまま、瀧は電車に揺られていた。

夜行バスは相当遅れたらしいが、それでもまだ早朝だ。なのになぜこの姉妹はこんなにはきはきしてるのだろう。と、瀧は夢うつつに考える。

そんな瀧の寝起きモードも、夏の日差しによって少しずつ切り替えられていき、電車を降りる頃にはすっかり覚醒していた。

 

ダイヤ改正でバスが来ないというハプニングに見舞われつつ、昼過ぎには『糸守工芸・宮水神社保存館』という平屋の建物の前に到着。

小高い山の中腹に建てられたそれは、入り口の前に駐車のためのスペースがあり、引き戸が横に広めなのを除けばノーマルな和風民家といった佇まいだった。旅館といった方が近いかもしれない。

 

「あ、瀧くん。母屋はこっちやよ」

 

失礼します、と言いながら引き戸を開けたところで三葉に呼ばれる。見ると二人とも、保存館の右手横に並んだ、結構大きめな家の前に立っている。

 

あれ? あの家……。

 

ぴしゃりと戸を閉め、瀧は駆けて行った。二人の実家を間近にすると疑問が確信に変わる。

間違いなくこの家、どこかで見たことがある。

 

「おばあちゃん!」

 

呆然と民家を眺めている瀧と、不思議そうに見ている三葉をよそに、引き戸を開けて出迎えにきたおばあちゃんへ四葉が駆けて行く。

ただいま、とかおかえり、とか言い合っているのを聞いていると、やっぱりここは姉妹の実家なんだなという感覚が芽生えてくる。

 

婆ちゃんと目が合った。はじめまして、と言おうとした瀧は、初っ端の一言にまさしく度肝を抜かれた。

 

「あんた、三葉やないな」

「なっ……」

 

唐突な婆ちゃんの宣言に、三葉と四葉は呆気にとられている。頭上に『?』でも描いたら似合いそうな雰囲気だ。

いきなり何いってんだ。そう思ったはずだった。なのにどんな言葉も通り越して、激しく脈打つ心臓と、首筋を伝う汗に瀧は気づかされる。

 

三葉が少し困ったふうに笑っておばあちゃんに瀧を紹介している後ろ、何か言いたそうな瀧に対して、婆ちゃんは何とも優しく微笑んで、

 

「あんたも早くあがんない。おかえり」

 

と言った。

 

***

 

実家の三葉はてんてこ舞いだった。

婆ちゃんと帳簿の整理を始めたかと思うと、(瀧には見せないようにしていたが)大量の見合い相手とおぼしき写真の処分や便せんをしたためていたりした。

ああいう見合い相手は父親が斡旋してくるそうだ。四葉はそう説明してくれた。

 

ちなみに四葉曰く、父の求める婿は、

 

「何にしろ、まず私(=姉妹の父)に掴み掛からない者」

 

らしい。どこの世界に、義父に掴み掛かる猛者がいるんだよ。瀧は内心思う。

ただ、送られてくる見合い相手のスペックの高さを四葉から聞かされると、のんきに構えて笑ってはいられない。

 

他方、当面やることのない瀧は三葉に頼まれて車で買い出しに行くことになった。

 

マニュアル&宮水父の車という、手に汗握るコンディションの車を動かしているのは、炎天下での往復で食材が腐るから。

助手席の四葉は、姉にさんざん『あんたも手伝いない!』と言われていたのを無視して瀧に同行した。

 

「三葉の手伝い、しなくていいのか?」

 

エアコンが効いてきた車内の、隣の席で四葉が涼しげに笑う。

 

「いいにん。帳簿つけるより、瀧兄とおった方がおもしろいでな」

「そりゃどーも」

 

ありきたりな相づちを打って、瀧は聞こうと思っていたことはなんだったかと考える。ああ、そうそう。

 

「あの家って、糸守にあったときと同じ感じに建てたのか?」

「そうらしいに。それが?」

「どっかで見たような気がしてさ」

 

片眉を寄せる瀧に合わせるように、四葉もどういうことなのかと考えを巡らせている。

 

「写真で見たんやない? うちの家、神社の隣にあったし」

「なるほど」

 

筋が通っている、と思った。

高校生のとき、やたらと心引かれて糸守について調べ倒したことがあるし、そういうことだろう。

 

それよりさ、そう言って四葉がすこし体を瀧の方に向けてきた。やけに楽しそうだ。

 

「お姉ちゃんとは最近どうなん?」

「…どうって?」

「お泊まりけっこうさせとるんやろ?」

 

瀧は小難しい顔をしてちょっと唸ってみる。興味があるのか、おもしろがってるのか。両方だな。

とりあえず、最初に三葉を泊めた時の事件(めっちゃ笑われたやつ)を瀧が報告する。

途端に彼女は「ええ……」、といったふうに驚き半分あきれ半分といった顔をした。

そもそもお前は何を期待してるんだ。

 

まあ、がんばり。と四葉に言われる。おう、と苦笑いしながら瀧が答える。

接ぎ穂に困ったそんなとき、車窓から見える、案内板に描かれた文字に一瞬目を奪われる。

 

「彗星災害資料館……?」

「興味あるん? うちも行ってみたいに」

 

糸守に隕石が落ちて、町が壊滅したのは四葉がまだ小学校二年生のとき。

人類史上最悪の隕石災害とか、奇跡の一夜とか言われるその顛末をよく覚えてないのも無理はない。

 

「お姉ちゃんは行きたがらんしな」

 

生まれてこの方東京で暮らしてきたせいか、故郷とか望郷の念なんて持たない瀧にも、その気持ちは何となく分かる。

忘れない、忘れたい。どちらの方が理にかなっているのか。それは当事者にしか語る資格はないと、瀧は思う。

 

太陽が雲に遮られて、少し落ち着いた緑の中を車が走って行く。

 

***

 

最初は、やや強い地震として。

次に、爆発事故として。

最後に、隕石の衝突として。

そんな変遷をたどって報道されていたことを覚えている。

 

その日、テレビもネットも、地球に最接近した彗星の話題で持ち切りだった。

夜空を覆うばかりに悠然と横たわる虹色の尾、予期されていなかった突然の分裂は、まさに1200年に一度の天体ショーとして申し分ないものだったから。

 

「一雨くるかなあ」

 

車から降りた四葉が空を見上げて呟く。日差しがゆるくなってよかったと思っていたら、あっという間に空は薄暗い雲に覆われてしまった。

資料館を見ている間に降り終わっていてくれと思いつつ、瀧と四葉は資料館に向かって結構車の停まっている駐車場を歩く。

宮水家の横にある保存館とは違い、こちらは博物館っぽい箱モノである。

 

観覧料を払い、館内に入ってみる。時期のせいか人は結構多い。

 

最初の展示は在りし日の糸守というテーマだった。

町の歴史を記した年表や、たたら製鉄の道具、方法、そして組紐。この組紐は工芸保存館の方でも見れ、販売もされているらしい。

スポットライトに照らされてどーんとそびえている、糸守町の地図と地点の写真を組み合わせた大きな立て看板には、瀧に見覚えのある写真がいくつもあった。

 

続いて『彗星災害と奇跡の一夜へ』という壁の案内を横目に見ながら進む。

 

照明を控えた薄暗い館内で、出迎えたのは壁にでかでかと印刷された、夜空に尾を引くティアマト彗星の写真。

分裂直後のもので、オレンジ色に光る片割れが彗星から飛び出している。写真ながら圧巻の眺めに、多くの人が足を止める。

燃え尽きると思われた片割れはこの約3時間後、糸守町に隕石となって落下した。

 

次のホールでは中央に糸守の平面図が据えてあった。

隕石の落下地点がx印で記されており、そこを中心にクレーター、蒸発領域、家屋全壊、半壊と色分けされて同心円が広がっている。

そんな地図の上、糸守高校がやたら目立つように示されている。

当然だ。ここは住民の命を救った、奇跡を象徴する場所なのだから。

 

『予測できなかった隕石と秒速30kmの恐怖』というコーナーは一番人が多かった。

 

大きく開けた空間の壁に、クレーターやひしゃげた電車の写真がずらりと並んでいる。

中の方には、無数に穴の空いた家屋の壁や軽トラック、めくれ上がった地盤の一部(高さ5mくらいはありそう)、かろうじて残った8時42分を差して止まった時計などなど。

そういった実物展示に、見る者はことごとく圧倒される。

風速計が壊れていなければ、観測史上世界最大の風速を記録した可能性もあるという。

 

隕石落下をなぜ予測できなかったのかについては、瀧が前に読んだ資料と同じことが理由として示されていた。極論氷の塊である彗星の破片が、7割近くを鉄が占める重たい岩石であったなど当時誰にも予測できなかった。

 

そして。

 

糸守町は人類史上まれな隕石災害に見舞われたにもかかわらず、町民のほとんどは偶然行われていた避難訓練のために被害範囲の外、糸守高校にいて無事だったのだ。

これが後に、当日は秋祭りであったにも関わらず避難訓練を強行した町長の、『あるべきようになった』という言葉とともに語り継がれる奇跡の一夜となる。

それまで全く知名度のなかった秘境糸守だったが、そういった経緯や当時の町長の尽力もあって、今では奇跡を起こした町としてその名を全国に知られている。

 

***

 

「あんな感じやったんなー」

 

車の中、雲間の日差しがまぶしいのか目を閉じたまま四葉が言う。濡れた路面まで光を反射しているからなおさらだ。

瀧の方も、目の当たりにした破壊力と、対照的な人的被害の軽微さにうまく飲み込めないものがある。

そういうほかないというのに、自分の中で、奇跡という言葉で片付けきれない。

 

「…大変だったな」

 

ともすれば人ごとのように聞こえる瀧の発言だったが、別段気にすることなく四葉は「そうやねー」と言った。

 

「まあお姉ちゃんおらんかったら、うちら死んどったわ」

「三葉が?」

 

瀧に聞き返されて、あー、と言いながら四葉が間を持たせる。奇跡の一夜の立役者は町長のはずであり、ここで三葉の話が出てくるとは思わなかった。

やがてため息一つついて、四葉が話し始めた。

 

「あのヒト、あの日朝からヤバかったんよ。朝から晩まで壊れとった」

「想像できねえ」

 

あの三葉が朝から晩まで壊れているとはどういう状態なのか。寝癖がすごいとか、胡座かいて座ったりするのか。

どれもしっくり来ない。

 

「それでな、夜な、役場に駆け込んできて言ったんよ。町に隕石が落ちるで、高校に避難しろって」

「ホントかよ」

「ホントやに」

 

雲の影が伸びて、少し光の乱反射がおさまる。太陽を遮った入道雲の後ろから光が幾筋にも広がって、後光を背負ったようになっている。

 

どこかで聞いたことがある話だと思ったら、テシガワラも同じようなことを言っていた。

彼や四葉の言うことを信じるのならば、奇跡の舞台裏では三葉が糸を引いていたことになる。

 

彗星の破片が隕石となることを予見しただけでなく、あろうことか被害範囲の外にあった糸守高校を避難場所にするなんて芸当、専門家だってできないだろう。

何が起きるのかを最初から知っていなければ、とても……。

 

「超能力者だな」

「別に。お姉ちゃんは根っから普通の人間やよ」

 

たまにアホなときもあるな、と四葉が呟いて付け足す。

根っから普通にしてはやることが神がかってるが、瀧にとっては特別というだけで、確かに三葉はただ一人の人間だった。むしろそうであって欲しいと思った。

 

知らぬ間に顔に出ていた微妙な笑いを四葉に指摘される。

うっすら見え始めた虹を背にして、車は山道へ入って行った。

 

***

 

からんからん、たんたん。

 

組紐を結う音がそんな風に夜の静寂に混じる。色とりどりの糸は、最初は離ればなれだけれども、一本一本寄り集まって形をなし、やがては色鮮やかな伝統工芸に仕上がって行く。

着物に着替えた宮水一家がそうして仕事をしている傍ら、風呂上がり、縁側の瀧は蚊取り線香をお供に建築士の資格関連の本を読んでいる。

夕飯の婆ちゃんの煮魚の味も、この光景にも覚えがある。そんな感覚にももう慣れてきてしまった。

 

「残った形を伝えて行くのが、ワシらのお役目。せやのに」

 

黙々と組紐を組んでいた婆ちゃんがしゃべり始める。

嘆かわしいと言わんばかりにため息をついて、呼吸を整えたようだ。

 

「せやのに、あのバカ息子は……。保存館なんぞでは飽き足らず、商売とはどもならん……」

 

なんて言いながら、淡々と作り続けているあたりどうなんだろうな。

そんな瀧と同じような心持ちなのか、三葉と四葉もまた始まった、という顔で口元に笑みを浮かべている。

 

「いいかげん仲直りしないよ」

「大人の問題。だいたいお父さんが家に来ないんじゃない」

 

瀧には問題がよく分からないが、四葉と三葉のやり取りを見る限り、そこまで深刻そうな感じではなかった。

 

奇跡の立役者として、ショックの大きい町の人に変わってつめかける報道陣の対応の一切を取り仕切り、海外にも報道されることを見越した上で伝統工芸を紹介して広めるという強かさを見せ、他地域への住民の移転プログラムを推進する。

その傍ら、機に乗じて方々を説き伏せ、保存館や資料館の建設にも一枚噛んでいたという町長。

 

町を愛していたらそんなことできないだろう、という批判もあったが、顔向けできないような立場ではないはずだ。

もし仮に、父親としては不器用だったとしても。いつかここに組み入れられる日が来るのではないだろうか。

 

本から目を離し、縁側の先に目を移す。よく整えられた日本庭園を、こうして眺めていたことが前にもあった。

これだけじゃない。6年前の糸守訪問、知らないはずの人間、記憶にない感覚、三葉の行動。一握り残った寂しさ。何もない右手。

 

大切なものはなんだったのか、それらを結びつけるべくここに来た。

 

「なあ」

 

縁側にいる瀧が、障子から顔を出すようにして呼びかけた。

 

「俺、ここの親戚だったけ?」

 

むろんそれは、彼なりに合理的な結論を導きだした上での質問だったが、が。

婆ちゃんは目を丸くして呆れ、三葉は一瞬手を止めたあと組紐作りを再開し、四葉はおもり玉を持ち上げたままフリーズした。

 

それはまるで水墨画のように、ただひたすらに味のある眺めだった。

 

耳が痛いくらいの静寂とはこういうことか。

今日二回目の冷や汗を感じながら、瀧はなんでもないやと言うべきか、それとも何か詫びるべきか、もとの姿勢のまま考えていた。

 

「瀧兄次第やない?」

 

四葉がおそらく助け舟を出す。それはそれでがんばるとして。

ああ、と言いながら瀧は障子の裏に戻って行く。

 

やがてまた、かちんかちんという音が鳴り始めた。

 

***

 

畳敷きの客間に置かれた四角い座卓を挟んで、廊下側に瀧が、障子の側に三葉が座っている。

 

スケッチを描く瀧と、何かの雑誌を読んでいる三葉。瀧が鉛筆をこする音と、三葉がページを繰る音が静かに部屋を満たしている。

三葉、という自分の声が、少し大きめに聞こえるくらいだった。

 

「こっち、来てくれ」

 

顔を上げた三葉が、雑誌を閉じてすっと立ち上がる。

そして瀧の横に来てひょいと、持ってきた座布団の上に座った。

 

「どうしたん?」

 

三葉に聞かれて、瀧は手を首の後ろに当てて言葉を探す。言い訳でも考えてるみたいだった。

 

「なんか、この方が良いってか。落ち着く」

「線、震えとるよ」

「えっ?」

 

***

 

「瀧くんは、どうして絵を描くん?」

 

雑誌に目を通しながら、ちらちらと瀧の作業を見ていた三葉が口を開く。

ひとつひとつの黒い線が結びついて輪郭をなし、一枚の風景を映し出す。昔から風景そのものが好きで、よく絵にしていた。

でも、いつの頃からか、もっと切実な理由から絵に残しておくようになった。

 

「大事なもんは、絵に描いておけば残るから、かな」

 

どれほど大切にしている記憶でも、形のないものはある日突然、さっぱり消えてしまうことがある。

だから、たとえ大切にしていたいという感情すら消えてしまっても、その事実だけは残るように。心引かれた風景があったということ、それだけは忘れないために。

そっか、という三葉の声が聞こえる。

 

「糸守も、瀧くんの大事なものだったんやね」

「そう、だな」

 

言われて今更ながら思い出す。

彗星で無くなったあの町のどこかに、というよりそのものに心引かれていたことを。

 

ああ、そうだったのか。

 

横にいて、手の届くところにいて欲しいのは。

目の前にいてもいなくなってしまうそのことを、知っていたから。

 

***




impact:Earth!で被害算定のコーナーです!
ノリが苦手な方は読まずに飛ばしてください。
※あくまでimpact:Earth!を用いたときの過程を書いたものであり、作品の考察ではありません。

映画や小説版の情報から、impact:Earth!にどのような被害になったのか計算してもらいました。
週刊誌に書かれているとおり直径は40m、鉄塊ということから8000kg/m^3の隕石を小説版より30km/s以上で地表に激突させる場合、地球との相対速度70km/s・衝突角65度(こちらのサイトを参考にしました。http://holozoa.hatenablog.com/entry/2016/09/04/143328)で実現できますが、見た目太陽の40倍以上の大きさの火球が発生したり5km離れた地点でも音速近い暴風が吹き荒れる(継続時間にもよるがトラス橋がゆがむ)らしいです。

ということで妥当な条件を探した結果、直径40m、密度6400kg/m^3(単純計算だと鉄68%、石32%)、相対速度31km/s、衝突角65度が適当なのかなという感じになりました。週刊誌由来なので直径や密度には幅があると思います。

上の条件だとクレーターの直径は1.16km、発生する地震のマグニチュードは4.8、5km離れた地点での風速は89.7m/s(藤田スケールでF3の竜巻に相当)となるそうです。隕石ってスゴイですね。
余談ですが、鉄質隕石(8000kg/m^3)が全然全部なくなってチリヂリになった方が風速的に被害が大変なことになるっぽいです。
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