俺と機織り狐さん達との一ヶ月間   作:九戸政景

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政実「どうも、初めましての方は初めまして、他作品を読んで頂いてる方はいつもありがとうございます。作者の片倉政実です。今回から6話程度の完結予定で今作品の投稿をさせて頂きます。皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」
綾己「どうも、今作品の主人公の織部綾己です。それにしても、何でこれを書こうと思ったんだ?」
政実「そうだね……元々、ちょっとした短編作品を書きたいと思ってたのと向こう側――『妖世界の半人半妖』を書いてた時に人間達の世界を舞台にした人間と妖怪の出会いや触れ合いというのも面白そうだと思ったからかな」
綾己「なるほどな。さて……それじゃあ前書きはここまでにして、そろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・綾己「それでは、第1話をどうぞ」


第1話 仕事探しと機織り狐さん達との出会い

「……はあ、中々良いところが見つからないなぁ……」

 桜が蕾を付け始める3月の初めの昼過ぎ、俺――織部綾己(おりべあやき)は親子連れで賑わう公園のベンチに座りながら一人溜息をついていた。

「……どうにかしてこの春休み中にバイト先を探したいところだけど、どこも募集のチラシを貼ってないもんなぁ……。けど、せっかく高校1年生でもバイトを許されてる学校に入れたからには、どうにかバイト先を探したいんだけど、それが見つからないとなるとどうにもならないし……。はあ、本当にどうしたもんかなぁ……」

 特にバイト代を何かに使いたいというような目的は無いが、今の内からバイトをしておく事でいつかのための貯えを増やしつつ働くという経験を出来るため、出来るなら今の内からやっておきたいと思っていた。けれど、中々募集のチラシを貼っている店を見つけられなかったり、仮に見つけられても年齢制限で応募の前からアウトだったりと結構キツい事になっていた。

 ……いっその事、バイト先を探すのを諦めるのもありかな? 部活や勉強もあるわけだし、あまり忙しくしても今度は体調を崩しかねないし……。

「はあ……もうそれしか無さそうだし、このまま諦めてしまおうか……」

 溜息を付きながらそう独り言ちたその時――。

「……何かお困りですか?」

「え……?」

 不意に背後から聞こえてきたその声に、疑問の声を上げながらそのまま背後を振り返ると、そこにはとても優しげな笑みを浮かべた眼鏡の男性が立っていた。そしてよく見てみると、男性はサラサラとした短い黒髪と藍色の着流しに草履といったこの辺で見掛けた事が無いような出で立ちであり、その手には何かが入った緑色の風呂敷包みが握られていた。

 優しそうな人……だけど、この人はいつの間に後ろに立っていたんだ……? それに、何だか普通の人とはどこか違うような何かを感じるし……。

 男性の事について様々な疑問が頭の中に浮かぶ中、男性はその俺の様子を見てクスリと笑った。

「そう警戒せずとも……と言いたいところですが、知らない人物から話し掛けられたら流石に警戒くらいはしますよね」

「え……ええと、貴方は……?」

「私は友禅(ゆうぜん)、ここから少し離れたところに店を構えている者です」

「友禅さん……ですね、俺は織部綾己と言います」

 何故自己紹介をしてしまったのかは全く分からなかったが、この人――友禅さんからは妖しい雰囲気などを一切感じず、初めて会ったはずなのにどこか安心感を抱いてしまうような雰囲気を漂わせていたからなのかもしれない。そして、俺の自己紹介が終わると、友禅さんは「織部さんですね」と頷きながら俺の名前を口にし、今度は少し心配そうな様子で話し掛けてきた。

「それで……話を戻しますが、何かお困りですか?」

「あ、えーと……困っていると言えば、確かに困っていますけど……どうしてそれが分かったんですか?」

「先程から幾度か溜息をつかれていましたし、諦めるという言葉も聞こえたので、中々解決できていない困り事があるのかと思ったのです」

「あ、なるほど……」

 言われてみれば確かにそうだ。それにしても、我ながらバカな質問をしたもんだな……。

 自分の口から飛び出した質問の内容に対して自分で呆れた後、俺は「実は……」とさっきまで悩んでいた事について話を切り出した。そして、俺の話を聞き終えると、友禅さんは「なるほど……」と顎に手を当てながら呟くような声で言い、少しだけ考え込むような仕草を見せた。正直、こうやって友禅さんに対して素直に話したのが、友禅さんが何かの店の店主だったからというのは否定できない。けれど、話した理由の多くはそれでは無く、友禅さんがとても話しやすそうな雰囲気を漂わせていたからだった。

 何と言うか……もしなれるならこういう人になってみたい気はするよな。初めて会ったどんな人でも良い意味ですぐに安心させて、それでいて親身に話を聞いてから正しい方へ導いていけるようなそんな人に……。

 友禅さんの事を見ながらそんな事を考えていたその時、「……それなら()()()()も納得してくれるかな」という友禅さんの呟き声が聞こえ、その内容に対して少々疑問を抱いていると、友禅さんは見る人を安心させるような笑みを浮かべながら静かに口を開いた。

「織部さん、一度私のお店に来てみませんか?」

「え、友禅さんのお店に……ですか?」

「はい。もし、織部さんさえ良ければですが……いかがでしょうか?」

「そうですね……」

 この後は特に予定も無かったし、諦めるしか無かったバイト先探しが上手く行くかもしれないし、とりあえずここは付いていくだけ付いて行ってみるのも手かもな。

 友禅さんからの申し出に対してそう感じた後、俺は少し不安そうな様子の友禅さんに対して返事をした。

「この後は特に予定も無かったので俺は大丈夫ですよ、友禅さん。けど、お仕事のお邪魔になりませんか?」

「いえいえ。店主がこういう事を言うのはアレかもしれませんが、私の店は決まったお客様がいらっしゃる事が多いので、ふらっとお立ち寄りになるお客様は殆どいませんし、この時間帯はお客様もあまりいらっしゃらないので少しだけ暇があるのです」

「そうなんですか……?」

「ええ。ですが、そういったお客様がいらして下さるおかげで経営も安定しているので、経営面については心配は要りませんけどね」

「そう……ですか」

 つまり、友禅さんのお店には何人もの常連さんがいるけど、その人達はこの時間帯以外に来るって事か。確かにそういう事なら俺みたいな奴を一時的に招き入れても問題は無さそうだけど、いつそういう人達が来ても良いようにだけはしておいた方が良さそうだな。

 友禅さんの話からそう感じた後、俺は隣に置いていたショルダーバッグを手に取り、ベンチから立ち上がってからそれを背負った。そして、クルリと友禅さんの方へ振り向いてから俺はペコリと頭を下げた。

「それではお願いします」

「ふふっ……はい、分かりました」

 軽く笑いながら答える友禅さんの声を聞いた後、俺達は友禅さんが営むという店へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 友禅さんと一緒に街を歩く事数分、ふと友禅さんが俺に話し掛けてきた。

「そういえば……織部さんは何かやってみたいお仕事などはありますか?」

「えっと、そうですね……特にどれというのは無いんですけど、自分が今まで触れてきた事が無い物をやれるなら良いかなとは思っています。やはり、こういう機会なので、やった事が無い事にチャレンジしてみたいとは思っていますので」

「なるほど……ところでなんですが、織部さんは何か好きな物や趣味はありますか?」

「好きな物や趣味……色々ありますけど、食べる事や読書は好きですね。後は……文化部に入ってはいますけど、運動をする事も好きで、音楽を聞く事も好きです」

「ほう……となると、織部さんは結構多趣味な方なんですね」

「そうだとは思います。昔から色々な事に挑戦するのが好きで、一度始めた事を途中で止めるという事も出来ない方なので、気付いたら好きなことや趣味も増えていった形ですね」

「ふふ……そうでしたか。実は私も読書は好きな方で、故郷にいた頃は小さい頃からの友人と本の貸し借りなどもしていましたよ」

「そうなんですね。ところで、友禅さんの故郷というのは、どの辺りにあるんですか?」

「そうですね……少なくともここよりは遠いところ、ですね。ですが、その友人とは今でも交友がありますし、時々は一緒にお酒を飲む事もありますよ」

「へえ……そういう関係性って、何だか良いですね」

「ええ、本当に」

 クスリと笑いながら答える友禅さんの表情から、その友人がとても良い人でその人との仲がとても良い事が分かった。

 大人になっても時々会ったり飲みに行ったりする友達がいるのは、やっぱり幸せな事だよな……。俺にも友達はいるけど、友禅さんとその友達みたいな関係性になれるほどの友達がこれから先の人生で出来たら良いなぁ……。

 そんな事を考えながら歩いていた時、「……っと、そうだ」と友禅さんが何かを思い出したように声を上げたかと思うと、少し真剣な様子で話し掛けてきた。

「突然なのですが、織部さんは()()の事はどう思っていますか?」

「妖怪……ですか?」

「はい」

「そうですね……」

 その突然の質問に少々戸惑ったが、俺は少し考えた後、妖怪というモノに対しての考えを口にした。

「いてくれたらとても良いなと思える存在、ですかね……。もちろん、いるかどうかは分かりませんけど、人間や一般的な動植物の他にも妖怪や幽霊のような存在がいたら楽しそうかなとは思います」

 自分の気持ちを正直に答えると、友禅さんは俺の言葉を噛みしめるかのように小さな声で繰り返した後、「……そうですか」と安心した様子でニコリと笑った。その様子を見て俺も笑い返したが、友禅さんがさっきのような質問をしてきた意味が分からなかったため、俺はそのままその事について訊く事にした。

「でも……どうしてそんな事を?」

「それはですね――」

 その時、先の方に人影が見えたかと思うと、突然「あっ、友禅様ー!」と大きな声で呼び掛けられ、俺達は話を一時中断してその声の主へと意識を向けた。すると、その声の主は俺達――具体的には友禅さんへ向かって勢い良く走り出し、目の前で足を止めると、嬉しそうにニコッと笑いながら友禅さんに話し掛けた。

「友禅様、お迎えに上がりました!」

朱子(しゅす)じゃないか。お迎えに上がりましたって……すぐに戻るから大丈夫だと言っただろう?」

「そうなんですけど、何だかそろそろお帰りになりそうかなと思ったら、いても立ってもいられなくて」

「……そうだったのか。ありがとう、朱子」

「えへへ……♪」

 朱子さん――短く艶々とした赤毛の深紅の着物を着た明るそうな子は、友禅さんに撫でられて嬉しそうに笑った後、今度は俺の方へと視線を向けると、少し不思議そうに小首を傾げた。

「友禅様、こちらは?」

「織部綾己さんと言って、先程公園で出会った方だよ。今からお店の方へお連れするところだったんだ」

「あ、そうだったんですね」

 朱子さんは納得顔で頷いた後、ニコリと笑いながら俺の手をいきなり取り、それに戸惑っている俺を余所に自己紹介を始めた。

「初めまして! 私は朱子、友禅様のお店で働いています! よろしくお願いします!」

「あ……は、はい。俺は織部綾己と言います、よろしくお願いします、朱子さん」

「はい!」

 朱子さんは屈託のない笑顔で大きく頷いた後、「あっ、そうだ!」と大きな声を上げると、再び友禅さんの方へと顔を向けた。

「友禅様、綸子(りんず)も友禅様のお帰りを心待ちにしているみたいですよ。いつもみたいに落ち着いた感じには振る舞っていましたけど、どこかソワソワとしていましたから」

「ふふ、そうかい。それなら早く帰ってあげた方が良いかもしれないね」

「はい! たぶん、今も友禅様のお帰りを待っているはずなので、帰ってあげるととっても喜びますよ」

「そうかもしれないね」

 友禅さんはクスリと笑いながら答えた後、俺の方へと顔を向けて静かに微笑んだ。

「それでは、参りましょうか、織部さん」

「あ、はい。えっと……その綸子さんという人もお店の方なんですか?」

「はい。綸子は朱子の双子の妹でして、朱子がいつも元気一杯なのに対して、綸子はいつも落ち着いている子なのです」

「でも、私達はいつだって仲良しですよ。ケンカをしてもすぐに仲直り出来ちゃいますし、好きな物だって殆ど一緒ですしね」

「そうなんですね」

 元気な姉と冷静な妹の双子の姉妹か……朱子さんは見たところ俺と同い年みたいだけど、ウチの学校の生徒ではないよな。俺自身見た事は無いし、そもそもそんな双子の美少女姉妹がいたら、男子達が捨て置かないと思うし……。

 そんな疑問が頭の中に浮かんだが、何となく考えてもしょうがない気がしたので、一度その考えを頭から追い払っていると、友禅さんはクスクスと笑いながら俺達に話し掛けてきた。

「さて……それではそろそろ行きましょうか」

「はい」

「はーいっ!」

 そして、朱子さんを加えた俺達は、再び友禅さんのお店へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 それから数分後、俺達の目の前に和風な店が見えてくると、友禅さんが和やかに笑いながら口を開いた。

「あれが私達のお店である『福来和裁店(ふくらいわさいてん)』です」

「『福来和裁店』……和裁という事は、和服のお店ということですか?」

「はい、反物などの機織りから着物の直し、後は既に出来上がっている着物や裁縫道具などの販売まで行っているお店なのですが、私が織る方の担当で朱子と綸子には販売を担当してもらっています」

「製造から販売まで……」

「その通りです。まあ、お客様に支えられてきた結果、私達3人でもどうにかやってくる事は出来ましたが、最初の頃は本当に苦労しましたよ」

「そうでしたね……でも、今では私達もバッチリですからね!」

「ふふ、そうだね」

 そんな事を話しながら歩いている内にお店――『福来和裁店』に着き、友禅さんがゆっくりと引き戸を開けながら中へと入っていくのに続いて俺達も入っていった。すると、中には色とりどりの着物や反物が収まった棚などがあり、店内の雰囲気も友禅さんのようにとても落ち着いた物だった。

「へえ……こんなお店があるなんて今まで全く知りませんでした……」

「まあ、商いを始めたのは数年前ですし、()()()()()()()()()()()()からね」

「……え?」

 普通なら中々来られないって、別に道が入り組んでるような感じでは無かったし、一体どういう事なんだ……?

 友禅さんの言葉に疑問を抱いていたその時、店の奥から1人の人物が現れたが、俺はその人物の姿に思わず「えっ……!?」と大きな声を上げてしまった。その人物――朱子さんと同じ顔をした少女は、黒く長い髪の着物は綺麗な青色と別段驚く姿でも無いように思えるが、俺が驚いたのはその人物の頭に()()()のような物が生えていたからだった。

 え……まさか、あの耳って本物じゃない……よな?

 突然の事に困惑していると、少女は俺の顔を見て驚きの表情を浮かべたまま固まり、俺の隣に立っていた朱子さんは「あっ……」と驚きの声を上げ、急いでその人物の横へと立ちながら声を掛けた。

「り、綸子……なんで耳隠してないの……!?」

「何でって……特に隠す理由も無かった上、()()のお客様が来るなんて聞いていませんでしたし……」

「あ、そっか……私、 友禅様に会えた嬉しさで綸子に連絡するの忘れてたんだ……」

 そして、「やっちゃったぁ……」と困り顔で頭を抱える朱子さんと不安顔でそれを見つめる綸子さんの姿を見ながら何がなんだか分からなくなっていたその時、友禅さんがやれやれといった様子で小さく息をついた。

「……まだ話すつもりは無かったのですが、こうなってしまっては仕方ありませんね」

 すると、友禅さんの頭から突然綸子さんと同じような狐の耳が、そして腰の辺りから狐の尻尾のような物が生え、それに対して俺が驚く中、友禅さんは申し訳なさそうな様子で話し掛けてきた。

「織部さん、黙っていて申し訳ありません。見ての通り、私達は人間ではありません」

「……人間じゃないという事は、その耳や尻尾は本物という事ですか?」

「その通りです。人間の姿はしていますが、私達は妖狐という種族の妖で、朱子と綸子は私の友人夫婦の子です」

「友人夫婦の子というと……もしかして、そのご夫婦は……」

「はい。病で既に亡くなっており、朱子と綸子は他に身寄りも無かった上、生前の内に2人の世話を友人から頼まれた事で、今もこうして一緒に暮らしております」

「なるほど……あれ、妖狐って確か100年以上生きた狐が成るモノだったような……」

「それなのですが……私達が生まれ育った故郷があるのは、この人間達が住む世界の裏側と言える場所――『妖世界』と呼ばれる世界でして、その世界では何故か妖狐などの年月を重ねて成るモノ達が生まれたその時からそれに成った状態で生まれるというこの世界とは違った特徴を持つ特異な世界なのです」

「『妖世界』……つまり、皆さんはその世界の出身で、生まれながらの妖狐だという事ですか?」

「その通りです。ですので、私達はこの世界の妖狐からするならば、まだまだひよっこと言えます。ですが、()()()()でそれなりに修行は積んでおりますので、それぞれ程度は違えど妖術などを使用する事は出来ます。もっとも、織部さんに対して使う気はありませんけどね」

 友禅さんは微笑みながらそう言うが、その微笑みにはどこか哀しみや不安といった感情が隠れているような気がし、友禅さんにとって自分達が妖狐である事が俺にバレてしまった事が本当に予想外であり出来るならバレない方が良いと思っていた事が何となく分かった。

 妖狐の店主と店員が働く店……つまり、さっきの普通なら中々来られないっていうのもここに来る客は同じ妖かそれなりの『力』を持ったモノという事になるよな。

 言ってみれば、この場はただの人間である俺にとっては完全なアウェーに当たるのだが、何故か俺はそれが分かっていながらも恐怖や不安といった感情を抱いていなかった。それどころか、少しだけワクワクしていた。

 友禅さんは俺に対して妖術なんかを使う気は無いと言っているけれど、友禅さんはさっき会ったばかりの妖狐であり、本当なら信用して良いモノではないんだろう。けど、俺はこの不可思議な状況にワクワクしているし、不思議と友禅さん達の事を信用しても大丈夫だと感じている。これはやっぱり、友禅さん達の人の良さがそうさせるんだと思う。

「……そうなると、答えは1つしか無いよな」

 小さな声で独り言ちた後、俺はニコリと笑いながら友禅さんに話し掛けた。

「安心して下さい、友禅さん。俺はあなた方の事を怖がったりどうにかしようとしたりはしませんし、妖狐だった事を隠していた事に対して怒ってはいませんから」

「織部さん……」

「だから、もう不安に思ったり謝ったりしないで下さい。俺は貴方達の人の良さ――いや、妖の良さを信じていますから」

「……織部さん、ありが――」

 友禅さんが安心した様子で口を開いたその時、とても不安そうにしていた朱子さんと綸子さんが突然俺に向かって走り出し、その顔を揃って俺の胸へと埋めた。

「……っと、朱子さん、綸子さん……?」

「うぅ……本当に……ありがとうございます、綾己さん……」

「……心より感謝致します……綾己さん……」

「……どういたしまして」

 朱子さん達から伝わってくる微かな温もりを感じながら俺は小さな声で答えた。朱子さん達にとっては、たぶん友禅さんよりもこの状況が不安な物だったのだろう。けれど、俺が友禅さんや朱子さん達の事を認め、受け止める発言をした事で、2人の中にあった哀しみや不安のダムが決壊し、今のような行動を起こさせたんだと思う。

 ……不安なんてのは誰にだってある。けれど、一番大事なのは、その不安を話せる上に受け止めてくれる相手の存在なんだ。色々な偶然が重なった結果ではあるけど、ただの人間である俺が一時的にでもそういう存在になれたのは本当に良かったと思う。

 そう思いながら静かに泣いている朱子達さんから友禅さんに視線を移した後、俺はずっと気になっていた事について友禅さんに訊いた。

「友禅さん、俺をここへ連れて来ようと思ったのは何故ですか?」

「……出来るなら、貴方にここで働いて頂けないかと思ったからです」

「俺に……ですか?」

「はい。貴方との公園での会話中、私は貴方から勝手ながら私達の事を受け入れてくれそうな気配を感じました。もちろん、織部さんがアルバイト先を探している事は分かっていますが、やはりここにお連れするにはそれ相応の確信が必要でしたので、もしそれを感じる事が無ければ、どこか知り合いのお店でもご紹介しようと考えていました。ですが、先程も申しましたが、貴方からは私達の事を受け入れてくれそうな気配を感じたので、こうしてお店までお連れしたのです」

「なるほど……」

「確かに今日までは私達3人でもやってくる事は出来ましたが、お店を訪れて下さる方も増えてきましたので、そろそろ私達と働いて下さる方を探したいと思っていたのです。ですので、織部さんさえ良ければここで――『福来和裁店』で働いて頂けないかと思っているのですが、いかがでしょうか?」

「俺がここで……」

 友禅さんからの提案は、俺にとっては願っても無い事だった。もちろん、この店に訪れるであろう様々なモノ達の事や親に対しての説明なんかもあるが、俺としてはこの店でのバイトは本当に願っても無い事だと言えたため、その提案は心から嬉しかった。しかし――。

「その提案は本当に嬉しいです。ですが……」

「……やはり、ダメですか……」

「あ、いえ……ダメと言うか、手続き上の問題と言うか……」

「手続き上の問題……ですか?」

「はい。一応、俺が通っている学校では、1年生の頃からアルバイトをする事は大丈夫なんですが、そのためにはその申請を学校に出さないといけなくて、この春休み中はそれを出す事が出来ない上に一度両親にも相談をしないといけないんです」

「あ、なるほど……」

「なので、まだバイトは無理ですが、新学期が始まる約一ヶ月間は、皆さんの仕事の見学やお話の相手をするためにここへ来ようと思っているんですが、それでも大丈夫ですか?」

 その俺の問い掛けに、友禅さんは一度ポカーンとした表情を浮かべたが、すぐに安心した様子でクスリと笑うと、優しく微笑みながら頷いた。

「はい、もちろんです。織部さんであれば、私達は大歓迎ですから。そうだね、朱子、綸子?」

 友禅さんが問い掛けると、朱子さんと綸子さんは俺の胸から顔を離し、同時にニコリと笑った。

「……はい! 私達も大賛成です! ねっ、綸子!」

「……はい。こうして私達を受け入れて下さった方を私達が受け入れない道理はありませんから」

「皆さん……ありがとうございます」

「いえいえ……こちらこそ本当にありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

 そして、友禅さん達が同時に頭を上げた後、俺は無事に事が済んだ喜びと安心感から口元を綻ばせながら静かに頷いた。

「お礼なんて良いですよ。それと……これからは俺の事はさん付けで呼ばなくても良いですし、無理に敬語を使わなくても大丈夫ですよ? 何と言うか……さん付けで呼ばれたり敬語を使われたりするとこそばゆい感じがするので……」

「……分かりました。では、これからは『綾己君』と呼ぶ事にしましょう。朱子と綸子もそうするようにしてくれるかい?」

「はい! あ、それと……私と綸子の事は呼び捨てでいいで――ううん、呼び捨てで良いよ。ねっ、綸子」

「ええ。私はこの話し方が染みついているので、このままで話をさせてもらいますが、綾己君は遠慮せずに私達の事を呼び捨てで呼び、タメ口で話して下さいね」

「……ああ、分かった」

「ふふ……では、改めて……これからよろしくお願いしますね、綾己君」

「これからよろしくね、綾己君!」

「これからよろしくお願いします、綾己君」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 友禅さん達の言葉に微笑みながら答えていたその時、友禅さんが何か面白そうな様子でクスリと笑った。

「友禅さん……どうかしましたか?」

「いえ、今回の外出の前に感じた()()は合っていたのだなぁと思っただけですよ」

「予感……?」

「はい。生まれつきなのですが、私には予知能力のような物があるみたいでして、何かがある前には決まって予感がするのです。現に、今日も少し出掛けてこようと思った瞬間に予感がしたので、今日も何かあるなと思いながら出掛けた結果、こうして綾己君に出会う事が出来ましたしね」

「……友禅さんはスゴい力を持っているんですね」

「いえいえ。その内容までは分からないので、そんなにスゴくは無いですよ。まあ……今回綾己君に出会わせてくれた事を考えれば、この能力にも感謝したいところですね」

「と言うと……?」

「ふふ……実は、私達の名前にはある()()()があるんですよ」

「共通点……ですか?」

「はい。私の名前である『友禅』は()()()という染め物の技法、『朱子』は三原組織と呼ばれている織物の基本の組織の内の1つである()()()、『綸子』は紋織――地とは異なる組織や色糸を組み合わせて模様を織り出す染生地の1つで朱子織地に朱子織の裏組織で模様を織り出した絹織物の一種。そして、『織部綾己君』は綾己の『綾』と織部の『織』で朱子織と同じ三原組織の内の1つである()()と、それぞれ少し種類は違いますし、綾己君においてはちょっと強引ではありますが、全員が和裁に関係する名前なんです」

「全員が和裁に関係する名前……ふふ、スゴく和裁店らしくて良い共通点ですね。まだ少し気は早いですけど、この和裁店の一員になれたような感じです」

「ふふっ、君はもう既にこの和裁店の一員ですよ、綾己君」

「うんうん! 友禅様の言う通りだよ、綾己君!」

「貴方をこの和裁店の仲間として迎えられた事、私達はとても光栄に思っていますよ、綾己君」

「……ありがとうございます」

 友禅さん達の言葉に嬉しさを覚えながらクスリと笑っていると、友禅さんが俺達をゆっくりと見回しながら落ち着いた声で呼び掛けてきた。

「さて……綾己君に関しては変則的にはなりますが、これからも皆で頑張っていきましょう」

「「はい!」」

「はい」

 そんな俺達3人の声が合わさり、店内に響き渡った瞬間、俺の心に()()()を告げる少し気の早い春一番が吹いたような気がした。

 偶然や予感が生んだ出会いではあるけど、このまたとない『縁』はちゃんと大事にしながら、今日からの一ヶ月を過ごす事にしよう。

 和やかに笑う友禅さん達を見ながら俺は心の中でそう誓った。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
綾己「今回は俺と友禅さん達との出会いの回だったわけだけど、この先も色々な妖怪が出て来るんだよな?」
政実「そうだね。尚、今作品の本編に当たる作品、『妖世界の半人半妖』も不定期ですが更新をしていますので、そちらもよろしければ読んでみて下さい」
綾己「そして最後に、今作品と上記の作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けたらとても嬉しいです」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
綾己「ああ」
政実・綾己「それでは、また次回」
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