コンドルは飛んでいく   作:りふぃ

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うちのエルグラをくらえ(/・ω・)/ミ☆


0.始まる前に終わった夢

日本ウマ娘トレーニングセンター学園。

通称トレセン学園。

異世界の記憶と名前を受け継いだウマ娘たちが切磋琢磨し、明日のトゥインクルシリーズで活躍することを目指す学び舎である。

トゥインクルシリーズでは年若いウマ娘が揃うジュニアクラスと熟練のウマ娘が集まるシニアクラスに分かれている。

しかしジュニアクラスの中でも最年長に当たるC組は上位戦たるオープンレースへの出走権があるため、この年代から若コマと古バが世代交代をかけて激突することになる。

このC組在籍中の成績こそ、その世代の評価につながるのだ。

新旧入り混じって戦うオープン戦、特に重賞を幾つ古バからもぎ取れるか。

例年ジュニアC組のメンバーは、それ以前のA組やB組にいた時とは違った緊張感を持っている。

だが何事にも例外はあるもの。

その年のCクラスはどことなく緩い雰囲気が全体を覆っていた。

今年度におけるCクラスにて、大よその認知として三強と呼ばれる実力を持ったウマ娘達。

キングヘイロー、グラスワンダー、エルコンドルパサー。

この三人のウマ娘達の中で、チームに所属している者がまだ一人しかいなかったからだ。

条件戦より上のレースに参加するためには最低五名のウマ娘とトレーナー一人以上からなるチームに所属する必要がある。

若いウマ娘達はチームに所属することによってはじめてオープン戦のスタートラインに立てるのだ。

しかし自分自身の成功に大きなウエイトを占めるチーム選び。

実力のあるウマ娘程慎重になるし、妥協をしない。

それにしてもこの時期にチームが決まっていないというのは、いささか以上に不味かった。

 

「エルは本当にどうするんですか?」

「どうしましょうかネ~」

 

グラスワンダーはクラスメイトにしてルームメイトであるエルコンドルパサーに声をかける。

彼女は既にチーム『リギル』に参加していた。

其処はトレセン学園の中でも年間最多勝利を取り続けている超名門。

しかし現状定員によって新規の参入が叶わない。

リギルはトレーナーたる東条ハナのワンマンチームであり、他にトレーナーがいなかった。

その為一度に抱えられるウマ娘の数にも限りがある。

エルコンドルパサーとしては他にも幾つかのチームから勧誘は受けているものの、全く気分が乗らなかった。

 

「ヘイ、グラスー」

「なんですか?」

「リギルにはグラスより早いウマ娘、いるんデース?」

「……今すぐには勝てない方も、何人か」

「そっかー。いいデスネー」

 

心ここにあらずのエルコンドルパサー。

身長差からその横顔を見上げたグラスワンダーは、つまらなそうに息を吐く親友に肩を竦めた。

エルコンドルパサーはリギルに興味を持っているが固執しているわけではない。

ただ、自分より早いウマ娘がいないチームに入る気はないのだ。

彼女は自分を勧誘に来たチームにはその場で野良試合を申し込んでいる。

相手の好きな条件、距離でチームエースと一対一。

その全てで勝利してしまうためにチームが決まっていない。

 

「やっぱり受け身なのが良くないんですかネ」

「ん?」

 

グラスはエルの発言を半分ほど聞き逃した。

彼女の視線の先で級友の顔に悪童の笑みが浮かぶのを見たからだ。

 

「エル……お願いだから面倒な事は起こさないでくださいね?」

「大丈夫デース! まだチーム未所属なんだし、グラスに迷惑はかけませんヨ」

 

心底から嫌な予感を覚えたグラスワンダー。

彼女は既にチームリギルの先輩やトレーナーにエルコンドルパサーの将来性を売り込んでいる。

何かにつけて話題に出し、それまでに収集した彼女の走力データを紹介し、是非ともリギルに迎えるべきだと説いていたのだ。

グラスワンダーはリギルにおいては新参であり、年齢も若いジュニア組である。

その発言力はお世辞にも強いとは言えなかったが少しずつ同意者を増やし、親友の為に尽力していた。

 

(一度でもエルの走りをトレーナーが見てくれれば……)

 

エルコンドルパサーはリギルに入れるだろう。

しかし今それを言うわけには行かない。

全てはグラスワンダーの筋書きの中の話であり、上手く行ってはいるもののトレーナーの首を無条件で縦に振らせるには至っていなかった。

エルコンドルパサーが次に出走する条件戦。

それが前座となるレースに自分の出走日程と場所を被せる。

現在グラスワンダーのレースには必ずトレーナーが同道するため、ややあざとくても其処で親友の走りを見せられる筈だった。

 

「それではエル。私は練習がありますから」

「おー。頑張ってくださいネ!」

 

頼むから余計な事をしてくれるなと祈りつつ、グラスワンダーは親友と別れた。

この時、尻尾を引っ張ってでもリギルの練習を見学に来させるべきだった。

どうして一人になどしてしまったのかと、後々までグラスワンダーが後悔する分岐点が此処にあった。

 

 

 

§

 

 

 

その噂を聞いた時、グラスワンダーは苛立ち紛れに地面を蹴りかけて危うく理性でとどまった。

それによって僅か半月前にひびの入った脚は救われたが、彼女の心情は荒れたまま。

顔から血の気が引き、ふらつく足がやたらと重い。

彼女は聞きつけた噂の真相を追い、それがどうやら事実らしいと確認し、噂の渦中たる親友を探した。

今日はトレセン学園の休校日である。

勿論ウマ娘達の中にはレースが近いものもおり、個人で身体を動かす者もあるだろう。

エルコンドルパサーも三日後に条件戦が控えている筈だった。

出走は取り消したものの、自分のレースも同じ日程だったのだから間違いない。

しかし噂が本当ならば、きっとエルは最終調整などしていないだろう。

恐らく自室にいるはずだ。

 

「エル」

「ん? お、グラスー。今日は早いデスネ」

 

エルコンドルパサーはルームメイトの黙認によって飼っているコンドルに餌などやりつつぼんやりと外を眺めていた。

グラスワンダーは親友に詰め寄ると両手で襟を掴む。

そのまま絞めようとはしなかったため、エルコンドルパサーは抵抗をしない。

 

「エルのバカ! エルのバカっ エルのバカぁ」

「おぅマィフレンズ……どうしたデース?」

 

普段とまるで変わらない親友の対応が、グラスワンダーには気に入らない。

怒りに任せて声を荒げないよう一度深く息を吐く。

 

「ねぇエル」

「ハイ?」

「なんで条件戦の出走キャンセルしたんですか」

「えー……それは、もっと優先すべきことができたからデース」

「今のエルにチーム所属のための実績づくり以上に必要な事ってあるんですかっ!」

 

誤魔化すように苦笑しながら肉を一切れペットにかざす。

良く懐いたコンドルは飼い主の手から肉を啄み、その手に頭を寄せてくる。

自分に詰め寄られているのにペットばかり見ている親友。

グラスワンダーは自分でも驚くほど冷たい声でエルコンドルパサーに問いかけた。

 

「もう一つ、この間別れた後何をしていたんですか」

「走ってましタ」

「へぇ、どなたと?」

「えっと……どこのチームだったカナー」

「何処のチーム? じゃありません。ここ二週間で貴女が荒らしたチームが三つ。その中から五人も競り潰されて直近のレースから回避者が出ているそうじゃないですか!」

「チーム荒らし? ノンノン。唯の並走トレーニングネ! 少なくともあっちはそう言ってたヨ」

「……はぁ」

 

あと三日大人しくしていてくれれば……

グラスワンダーは親友の襟から手を放し、力尽きたようにへたり込んだ。

今ではエルコンドルパサーの能力にリギルのトレーナーも興味を持っていたのだ。

加えてこれまで黙々とトレーニングを積んできたグラスワンダーの、言ってみれば初めての意見であり自己主張。

東条トレーナーはこれを容れた場合のグラスのモチベーションも計算していた筈で、人心を掌握しつつ逸材も手に入る、まさにwinwinの取引だった。

ましてや、エルコンドルパサー自身も嫌がってはいなかったチーム入りなのに。

いつの間にか俯いていた顔を上げた時、自分に合わせて座り込んだ親友の綺麗な顔が目の前にある。

マスク無しの彼女の顔はグラスワンダーだけが見れる特権だった。

今はそんな特権に感謝など出来ないが。

 

「それで、何を思いついちゃったんですか?」

「あのね! 私、待ってるってらしくないって思ったんだー」

 

美人系の顔に童女のような笑みを浮かべてエルコンドルパサーが語る。

似非外国人風のキャラづくりも忘れているから本気なのだろう。

グラスワンダーには其れが分かるからこそ、その後がひたすら面倒な事態に向かっていく事も理解してしまった。

 

「条件戦の実績なんて相手に見つけてもらう為のものでしょ。こんなレースに勝ちました、だから私を誘ってくださいって」

「……まぁ、そうですね」

「私、今二戦二勝してるんだよ? だけどチームに入れてない。誰も私の事を見つけられないんだよ」

「ちゃんと目立ってるじゃないですか! リギルが満員だというだけで、他にもいろんなチームから声が掛かっているでしょう」

「うん。つまり目ぼしい所は来てくれた。けれど私は満たされてない。なら今度は私から、私の所に来なかったチームを探しに行かなきゃだめなんだよ」

「だからぁっ」

「だから?」

「――っ」

 

もう少し待っていてくれれば。

そう言いかけて飲み込んだグラスワンダー。

エルコンドルパサーからしてみれば当人の与り知らぬ水面下の話であり、あてに出来るものではない。

もう少し自分を信じてくれてもよかったじゃないか、とはグラスワンダーの甘えだろう。

条件戦で十分な実績を上げても、リギルにもそれ以外にも自分のチームが見つからなかったエルコンドルパサー。

彼女は誰かに期待することを止め、自分から歩き出したのだ。

 

「エル……」

「ん? どうしましタ」

「あ、いいえ。何でもないです。なんでも……」

 

前日までエルコンドルパサーの前には幾つもの選択肢があった。

しかし己の決めた道を歩み始めた今の彼女は、その選択肢の幾つかを振り返ることなく切ったのだ。

彼女が何を選び、何を捨てたのか今の時点では分からない。

グラスワンダーもこの時はまだ、漠然とした不安以上のものを感じていなかった。

 

「それで、エルはこれからどうするんです?」

「目についたチームと端から勝負してきマース。勝ち続ければリギルの耳にも届くだろうし、納得のいく負けを貰えば其処に所属したくなる……カモネ?」

 

悪戯っぽく片目をつむるエルコンドルパサーに盛大なため息を吐くグラスワンダー。

このゴタゴタと不祥事で、自分の進めているルートのリギル加入は困難になった。

チーム荒らしからリギルに入れた、等という前例を作られるわけには行かないのだ。

何か周囲を黙らせる妥協案が必要になるだろう。

例えば選考レース等を挟んで実力を見せつけるような。

その方向にもっていこうとグラスワンダーは心に決めた。

グラスワンダーはエルコンドルパサーがリギルのメンバー以外に負ける可能性を欠片も考えていない。

それはエルコンドルパサーも同様だった。

 

 

 

§

 

 

 

エルコンドルパサーのチーム荒らしは徐々に広がってはいたものの、瞬く間に知れ渡った……とは言えない。

チームの名声は若手加入時に重要な意味を持つ。

最年長とは言え未だジュニアクラスのウマ娘一人に挑まれ、自分から負けましたと公言するチームなどいないのだ。

エルコンドルパサー自身も千切り捨てた相手の事など翌日には忘れてしまうために口に上る事はない。

事情を知るグラスワンダーは、親友の奇行が早く収まる事を祈るのみである。

 

「今日は何処に行くんですか?」

「えっとー……最低四人以上いるチームじゃないと意味無いですからネ~」

「本当に負けたら其処に入る心算なんですね」

「可能性はあるってだけですヨ」

 

現在骨折療養中のグラスワンダーはきつい調整が出来ない。

自然と時間は空き気味になり、この時とばかりにエルコンドルパサーに付き添っていた。

 

「グラスの脚はどんな感じ?」

「もう少しかかりますね」

 

二人は資料を見ながら学園中央玄関に差し掛かる。

エルコンドルパサーの手にはトレセン学園に登録しているチームを紹介しているパンフレット。

グラスワンダーの手には現在公表されているウマ娘達の出走予定レース表。

なるべく他人に迷惑をかけないよう、グラスワンダーはレースの決まっているウマ娘のいるチームに親友を近づけないように腐心していた。

 

「今のエル、ヒシアマゾン先輩が見たら喜ぶだろうなぁ」

「あー……えっと、タイマン狂の人ですカー?」

「そう。先輩はその……タイマン? っていうの大好きですから。今度連れてこいってよく言われます」

「叩き合いなら私も大歓迎デース」

 

グラスワンダーを通じてリギルのメンバーについて聞いているエルコンドルパサーである。

強豪ひしめくリギルには自然とアクの強いウマ娘も集まるらしく、その個性豊かなキャラクターは聞いているだけでも楽しかった。

そんな話をしながら靴を履き替え、チームの詰め所が集まる棟に向かう二人。

グラスワンダーは道中も資料を見ながらエルコンドルパサーの生贄となるチームを探す。

しかし四人以上の人数と出走予定があるメンバーがいないチームというのも限られている。

また両者の手元の資料だけでは少人数チームの具体的な人数までは分からないため、結局当たってみるしかない部分もあった。

 

「どこにしようかなてんのかみさまのいうと…………おぉ!」

「ん?」

 

グラスワンダーが迷っているうちに適当に選び始めたエルコンドルパサーが声を上げた。

明らかに喜色に染まった声音である。

何を見つけたのかと親友の視線を追いかけるグラスワンダー。

 

「あっ?」

 

エルコンドルパサーが魅入ったのは棟から出て来た一人のウマ娘だった。

知っている顔なのだろう。

グラスワンダーも顔だけは知っている。

しかしあまり良い印象のない相手でもあった。

 

「今日はついてマース!」

「エルっ、ちょっとあの人は止め……あぁ」

 

駆けだした怪鳥の背中に伸ばした手が虚しく空を切る。

 

「ヘイユー!」

「あら、私に何か御用かしら?」

 

高い身長に見事なスタイル。

そして風を象る長い黒髪。

そのウマ娘の名をシーキングザパール。

日本で初めて欧州におけるG1レースを勝利した事で有名なウマ娘であった。

 

「あぁ……」

 

グラスワンダーは彼女と直接の面識はない。

にもかかわらず苦手意識があるのは、リギルのある先輩の影響である。

普段は人懐っこい先輩が蛇蝎のごとく嫌っている数少ないウマ娘が、このシーキングザパールだった。

しかしエルコンドルパサーは知った事かとばかりに有名な先輩に駆け寄ると、まるでミーハーなファンのようにまとわりついている。

 

「やっぱり世界に出れるウマ娘には憧れがありマース!」

「ふふ、ありがとう」

「あ、サインとかいただけます?」

「良いわよ」

「じゃ、此処にお願いしマース」

 

トレーニングウェアを脱いで無地のTシャツを晒したエルコンドルパサー。

堂々と胸を張る姿に、此処に書けという意思を感じたシーキングザパール。

そんな二人の姿に意味不明の苛立ちを覚えるグラスワンダー。

 

「貴女はもう少し恥じらいと出し惜しみを覚えると、好い女になれるわよ」

「あはは……今色紙持ってないのデース」

「エル。時間、なくなりますよ」

「あら、貴女はリギルの……」

 

グラスワンダーはシーキングザパールの視線を受けて小さく目礼する。

 

「彼女は元気にしているかしら」

「えっと、リギルで……彼女と仰いますと、どなたでしょうか?」

 

確信に近い心当たりがあるグラスワンダーだが、親友の目がある此処ではしらを切った。

シーキングザパールも特に追及する気はない。

受け取ったペンでシャツの腹部にサインする。

エルコンドルパサーの胸部は同年代の平均以上に豊かなためにとても書きづらかった。

 

「先輩、これからお時間ありませんカ!」

「これからは自主練だから、少しなら」

「自主練……じゃ、良かったら並走トレーニングしませんか!」

「エルっ、もう少し遠慮して」

「併せ馬?」

「ん?」

「あ、ごめんなさいね。うちの先輩が並走トレーニングをそう呼んでいるから」

 

聞きなれない単語に首を傾げたエルコンドルパサーだが、シーキングザパールは艶のある微笑でそれに答える。

同時にここ最近一部で噂になっているチーム荒らしの事にも思い至ったパールであった。

 

「成程、貴女達が噂のわんぱくね?」

「待ってください! 私は何もしていません」

「イエース。私が走るのをニコニコしながら見てるだけデース」

「…………そういうの、黒幕って言うんじゃないかしら」

「おお! グラスにぴったりデスね」

「ああああああ!」

 

手元の資料を取り落とし、代わりに頭を抱えたグラスである。

もう少し事が大きくなれば東条トレーナーの耳に入るだろう。

そうなればどのような叱責を受けるか分かったものではない。

 

「エル帰ろう。もう止めましょうこんな事。お部屋に引きこもってお花の冠でも作っていた方が絶対有意義な時間ですから。作り方、教えてあげますから。ね、帰ろう」

「花冠なんて食べられないデース」

「食べられる野草が良いですか? 大丈夫。タンポポとか美味しいですから」

「……わざわざアメリカから東京のトレセンまで来てタンポポ食べるくらいならチーム探ししたいヨ」

「エルがやってるのはチーム荒らしでしょうっ」

「あら、貴女所属チーム決まっていないのかしら?」

「そうなんデスよー。なかなか縁が無くて」

 

エルコンドルパサーは事此処に至った経緯を掻い摘んで話す。

出来れば自分より早いウマ娘の居るチームで鍛えたい事。

今の所そんな相手が居なかったために所属チームが決まらない事。

聞き終えたシーキングザパールは額に寄ったしわを指で揉みながら呟いた。

 

「要するに、リギルが人を持っていきすぎなのよね」

「やっぱりそんな気はしていマシタ」

「あの、リギルは見込みのある方の勧誘はしますけれど強制はありませんよ? 勧誘までは何処も普通にやりますし」

 

二人の視線を受けたグラスワンダーは困ったように返答する。

暗に自分に見込みがあったと言っているようで心苦しいが、強制や非道な事は何もない。

しかしエルコンドルパサーには思う所があるようで、グラスワンダーも聞き逃せない一言を洩らした。

 

「グラスもあっという間に持っていかれちゃいましたしネ~」

「私?」

「チョットね。私達がB組の頃考えていたんデスよ。私でしょ、グラスでしょ、ウンスちゃんとヘイローちゃん。後もう一人誰か……それで、浮いてるトレーナー適当に捕まえてチーム組んだら面白そうだなーってネ」

「……聞いてないんですけど」

「一年限定。そのチームでクラシックと他のG1を全部攫って、有馬記念で決着を付ける……そんで解散! そんな……ま、妄想だヨ」

「私そんなの聞いていませんっ」

「そりゃ言ってないもん。学園一のチームに入って順風満帆な同期の出世頭に、そんな夢ばっかりの話持ち込めないでショ?」

「ちょっと、ちょっと待ってください。もしかして、ヘイローちゃんやセイウンスカイちゃんがチームを決めていなかったのって……」

「……それにまぁ、グラスがいてくれたとしても……どうしてもあと一人、絞れなくてネ。だけど皆諦め悪くってサー」

 

ウマ娘達にとって一生に一度のクラシックレース。

それは一つのチームで白星を食い合う地獄絵図になるだろう。

しかし勝ち抜けばこの世代こそ最強だと声高に宣言出来るだろう。

チームの中で勝つものがあれば負けが込むものも出たはずだ。

それでもこのメンバーなら、不和に陥ることなく競い合い、高め合っていける。

そう信じていればこその夢物語。

実現しなかった可能性を想起したグラスワンダーは、いつの間にか胸の前で堅く両手を組んでいた。

その姿を見たエルコンドルパサーはもう一つの事情を笑みの裏に伏せる。

 

「Cクラスの同期で組んだチームでクラシックと古バ混成G1の完全制覇……一人では見られない夢、最強世代という名声への挑戦……大きいわね」

「失敗したらこれでもかってくらい叩かれるでしょうけどネ!」

「…………そうね。もしかしたら、流れてよかったのかもしれないわね」

 

シーキングザパールの同意はややほろ苦さを帯びた。

間違いなく旨味よりも苦味が勝る選択肢だろう。

負ければ身の程を知らない若輩者の暴挙と言われるだろうし、勝てば勝ったでチーム外の同期からは妬まれるはずだ。

しかしエルコンドルパサーやグラスワンダーを見る限り、そんな事は分かった上で共に歩みたいと思える同期に恵まれたのだと思う。

そんなウマ娘が五人も集まったのならば、それはある意味で奇跡の世代と言えるかもしれない。

 

「……終わった夢の事は一旦おいておきなさい。今は貴女のチーム探しでしょう」

「オー、そうでした!」

「私は今新しいチームの立ち上げに関わっているのよ。貴女が捕まれば五人になるわ」

「じゃ、勝負してくれますカー?」

「条件は?」

「そっちで決めて良いデスよ」

「……噂通り、粋の良い事」

 

シーキングザパールは満足そうに頷くと、後輩二人を目で招く。

エルとグラスがついてくるのを確認して棟に戻るパール。

 

「あれ、走らないんですカ?」

「折角鴨が葱を背負ってきてくれたんだもの。確実に勝てる相手を出させてもらうわよ」

「先輩より早いウマ娘がいるんですカ!」

「ええ。貴女、エースと勝負したいのでしょう?」

「イエース」

「じゃあついていらっしゃいな……あぁ、確認しておくけれど、こっちが勝ったら貴女はうちのチーム。これは約束でいいのかしら?」

「真っ向勝負で完敗したらオッケーね」

「良いでしょう。そっちのお嬢さんは別に関係ないのよね?」

「決めるのはエルです。意思の強制が無い限り私も口は出しません」

「宜しい。では無敗のお嬢さんに、負けを教えてあげましょう」

 

シーキングザパールが足を止めたのは一つの部屋の前だった。

扉の前に張り付けられた文字は『Comet』

 

「彗星……デスか」

「ええ。ようこそチームコメットへ」

 

 

 

§

 

 

 

扉を開けたシーキングザパールの後に続き、エルコンドルパサーとグラスワンダーが入室する。

中にいたのは一人のウマ娘。

色素の薄い白い肌に、緩くウェーブの掛かった燃えるような長い赤髪。

背は傍に立つシーキングザパールよりなお高く、身体の凹凸も背丈相応に抜きんでている。

その温厚な笑みを見たエルコンドルパサーの第一印象は深窓の令嬢だった。

しかしそのウマ娘から発せられた声は怪鳥の予想を裏切った。

 

「おぅパール。若けぇ連中はまだ来てねぇのか」

「ジュニアだとまだ座学も多いからね。それより、お客様よ先輩」

「客?」

 

その声に促されるようにシーキングザパールの背中から二人のウマ娘が出てくる。

パール以外の三人がそれぞれに興味深げな視線を交わす。

 

「らっしゃい」

「あ、ドーモ」

「こんにちわ」

 

シーキングザパールはエルコンドルパサーの隣に立つと、その肩に手を乗せながら要件を案内した。

 

「この子がうちのエースと勝負したいそうよ」

「エース? ならおめぇの客だろうよ」

「こっちが勝ったらチーム入りしてくれるんですって。なら、必勝を期すべきでしょう」

「ふーん」

「あと、何度も言うけれど……此処は貴方のチームなのよ。自覚を持ちなさい」

「厳しい女房だねぇ……」

 

舌打ちをしながらガシガシと頭をかくウマ娘。

手荒に扱いつつも抜け毛の一本も出ないその髪質にグラスワンダーは驚愕を隠せない。

絶句する親友にも気づかず歩み出たエルコンドルパサーは、人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「えっと、先輩さん。よろしくお願いしマス」

「おぅ。俺様とやりてぇって事はおめぇ、スプリンターかマイラーかい?」

「条件はそっちで決めて良いデスよー」

「おお、気っ風の良い若造だ」

 

そのウマ娘は怪鳥の出す条件を豪快に笑い飛ばす。

やがて笑いを納めると、やや真面目な顔で話し出した。

 

「はー……笑った。だがなぁ坊主。そういう時は必ず最低条件を告げておけや。その中から選ばせろ」

「本当に何が来ても走りますけど……」

「じゃあ6900㍍障害な」

「はわっ!?」

「……まぁ、その場合相手をするのは俺じゃねぇけどよ」

「あ、あはははは」

 

この状況で障害レースを持ち出されるとは思っていなかったエルコンドルパサー。

完全に入っていなかった選択肢に笑いが止められない。

坊主呼ばわりされた事も気にはなったが、この相手と走ってみたいという欲求が胸の内を満たしていく。

 

「じゃ、ウケも取れた所でもう一回聞こうじゃねぇか。てめぇは何処で生きていくんだ?」

「え?」

「芝か? ダートか? 距離は短距離? マイル? 中距離? それともステイヤーか? 具体的におめぇが戦う舞台を示して見せろってんだよ」

 

エルコンドルパサーは赤い髪の女に答えるべく、自分の中に問いかける。

自分は何処で生きていくのか。

ターフの上で他のウマ娘と戦う時、どこを自分の主戦場と定めるのか。

俯いて瞳を閉じ、左右の拳を握りしめたエルコンドルパサー。

三人のウマ娘達はそんな彼女を見つめ、静かにその答えを待った。

 

「距離は1000から3600。条件は芝でもダートでも、どっちでもやりマス」

「……やっぱすげぇわ。おめぇ」

 

エルコンドルパサーの出した答えに深く頷いた赤毛のウマ娘。

 

「つまり平地の最強を目指すってこったな」

「イエース! 負っけませんヨー」

「いや、負けてもらう」

 

笑みを消し、瞳を細め、年若い怪鳥を見据える女。

突如和やかさを消した相手に思わず前に出そうになったグラスワンダー。

シーキングザパールはグラスワンダーを手で制す。

 

「怒っちゃいましたカー?」

「はっ、ガキが余計な心配してんじゃねぇよ。怒ったんじゃねぇ……覚悟を決めたのさ」

「覚悟?」

「そう。負けたら死ぬ、そういうこった。実際本当に死ぬわけじゃねぇけどよぅ……俺様は其処まで器用じゃねぇ。オールラウンダーに負けたとあっちゃ商売あがったりなんだよ」

「……なるほど」

 

エルコンドルパサーはそれほどの覚悟で自分と向き合う相手に感謝すら浮かぶ。

彼女は遊びでチーム荒らしの真似事などしているわけではない。

しかし中にはこの勝負を余興として楽しむチームもあったのだ。

 

「私、先輩の事好きになれそうデース」

「負けた後でも同じこと言えんのかね」

「それは内容次第でショ。どうします?」

「……ダートの1100だ」

「オッケー」

 

其処がこのウマ娘の戦場なのだろう。

エルコンドルパサーが実戦で走ったのは、今の所で最短でも1600㍍。

チーム荒らしも含めて1400である

今までとはまるで違うレース運びが必要だった。

 

「トレーナーにコース用意させらぁ。行こうか」

「どうせならうちの若い子にも見せてあげましょうか」

「そうだな……おぅ坊主」

「まいっねーむっいず、エルコンドルパサー……デースっ」

「分かった坊主。わりぃがうちの若ぇ衆にも見せてやりてぇんでな。ついたら軽くアップでもしててくれや」

「……せめて小娘扱いにして欲しいデース」

「おめぇあんまり女って気配がしねぇんだよなぁ」

 

肩を竦めた女が三者の脇をすり抜け、出口に向かう。

親友があしらわれたと感じたグラスワンダーは女の背中に声をかける。

 

「先輩も、あまり女性らしいとは言えないと思いますけれど」

「当たり前だ。俺ぁ中身まで女になった心算はねぇ」

「……え?」

「付け加えるなら、俺はウマ娘でもねぇ心算だ……これは本当に、心算なだけだがな」

 

恩恵だけ受け取ってこの身体を否定するのはフェアではない。

そうと分かってはいるものの、納得したら失うものが多すぎる。

彼女は口から大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

更に両足先から両手の先まで多くの関節を緩く回す。

思い通りに動く、本当に良い身体だと思う。

 

「ま、そういうウマ娘もいるってこった」

「セーンパイ、短距離のコツ教えてくだサイ!」

「俺ぁおめぇの特徴何も知らねぇんだがな……短距離慣れしてねぇならアシ余さねぇよう早めに入れ。特におめぇは長距離もこなそうってんなら体力もあんだろ?」

「ふむふむ」

「オールラウンダーが短距離でスプリンターに勝つなら良い脚を長く使って体力勝負に持ち込みな。脚の速さ比べに付き合っちゃいけねぇ……特に俺様相手にはな」

「……先輩良い人デスね」

「なぁに、これから同じチームでやっていくかもしれねぇ相手だろ」

 

淡々と答えながら先頭を征く赤い女。

彼女の視界にこの世界がどのように映っているのだろうか。

自らをウマ娘ではないと言ったこの女は何者の心算なのか。

レース後にでも聞いてみたいエルコンドルパサーであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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