東京羽田から、札幌新千歳まで約一時間半の空の旅。
一年のスケジュールを無事に終えた五人組は、メンバーの一人スペシャルウィークの帰省に同行していた。
ジュニアCクラスという若い情熱の時代が終わり、来年からはシニアクラスとして活動する彼女達。
それはこれまで通りに挑戦していく姿勢とともに、下の世代からの挑戦を受ける立場にもなるという事である。
この秋シーズンを散々に暴れまわった今期のジュニアCクラス上位陣。
下のクラスからの突き上げがどれだけ厳しいかは自分達を見ていれば容易に想像出来る事だった。
しかしこの時の彼女たちは、来年の事より先日の有馬記念の方が印象深い。
「なんというか、ウンスちゃん大変だったね」
「本当だよ……返しウマじゃ先輩の前に引きずり出されて、レースじゃタイキシャトル先輩に張り付かれてさ……」
半眼でキングヘイローとグラスワンダーを睨むセイウンスカイ。
睨まれたお嬢様と大和撫子は誤魔化すように視線を逸らす。
キングヘイローは話題を変えようとセイウンスカイに尋ねた。
「あれは並走して競っていたのではないのですか?」
「なんか違う……凄い見られてたっていうか……」
「シャトル先輩が仰るには、セイウンスカイちゃんのリズムを拾っていたとか」
「リズム?」
「なんでも、見た目の走り方が変わっても呼吸の芯までは変わってないとかで……至近距離に張り付いていれば分かるって仰っていました」
「そうやってウンスちゃんをペースメイカーにして体力温存したらしいよー」
「乱ペースで走る逃げウマ娘をペースメイカーにするとか、勇気ありマース」
「アレはまいったね……こっちがどういう風に走っても根っこは自分の脚を残して距離を消していく筈だからって決め打ちしてきたんだよ。私が失敗して自滅したら一緒に共倒れになるってのに……」
セイウンスカイは冷や汗を自覚して身を震わせた。
出来ればさっさと忘れたいが、この機会に対策を考えておかねば来年に響く。
特にリギルのスペシャルウィークが見ている前でやられた事だ。
有用だと分かれば嬉々としてそのスキルをコピーするだろう。
「ヘイローちゃんは、終わったら本当にさっさと引き返してたよね」
「クラスの子から聞いたんですケドー、なんか速攻トレセンに戻って走り込んでたッテ?」
「まぁ、ライブ圏外でしたし……それより、少しコツが掴めましたの。来年が楽しみですわ」
キングヘイローは不敵な微笑でそう語る。
その声音は弾むように軽く、虚勢の様子は伺えない。
エルコンドルパサーは一つ頷き、隣に座るグラスワンダーを見る。
「グラスは惜しかったんだけどネ~……」
「最高は首差まで詰めてたんだよね」
「そうですけど……最終的には凌がれて半バ身差です」
「中山レース場の短い直線じゃなければ、捕まえたんじゃありません?」
「勿論その心算ですよ? でも、無意味な仮定です」
グラスワンダーは憂鬱に息を吐いて肩を落とす。
ジュニアCクラスによる秋王道完全制覇は、サイレンススズカによって阻まれた。
その首にまで手を掛けながら逸したグラスワンダーは落胆と負い目を隠せない。
「勝ったのが前目追走で差しに行ったスズカさんで、後方待機してたグラスちゃんとマチカネフクキタル先輩がライブ圏内……1000㍍が58秒そこそこで早かったから、これは後ろ残りのレースって事でいいのかなぁ」
スペシャルウィークがやや自信なさげにまとめると、他の四人も頷いた。
しかしエルコンドルパサーは一つ親友に尋ねたい事がある。
グラスワンダーが有馬記念敗退から立ち直っている事を確認した今、その疑問を投げてみた。
「ヘイグラスー」
「なんですか?」
「グラス、もしかして有馬記念の時調子良すぎた?」
「良すぎましたね……どこからレースをしても負ける気がしませんでした。其処に油断があったのだと思いますが」
「あ、やっぱり自分で気づいてたんですネ~」
「気づいてたというか……有馬記念に出たリギルの中では私が一番お説教長かったんです」
「あれは……ヒシアマゾン先輩以外は、グラスちゃんのミスだって言ってたね」
「どういうことですの?」
キングヘイローが問いかけると、リギルの二人が解説した。
「マチカネフクキタル先輩の事、意識しすぎちゃったんだよねグラスちゃん」
「何となく、私達の末脚勝負になると思ってしまったんです……多分相手もその心算だった筈」
「あぁ、レース中に何となくその種の意思疎通が出来てしまう事ってあるんだよね」
「そういう事でしたか」
同期達がグラスワンダーの敗因に頷くと、エルコンドルパサーが付け足した。
「ちょっと上がるのが遅かったよネ~……外から観てたからこそ、もどかしかったヨ」
「言ってくださいよ」
「ずっと念を送ってたヨ」
「足りません! 聞こえなかったですっ」
「あと三バ身前で勝負しなよグラスゥ!」
「本当ですよ。何でいつまでも最後方に張り付いていたんでしょう私」
「やっぱりエルちゃんの念が足らなかったね」
「では、敗因はエルコンドルパサーさんの精進不足ということで」
「ソッカー……念ってどう精進すれば飛ぶようになるんですかネ~」
「精神修行じゃない? きっと抱き石が足らなかったんだよ」
「私もそんな気がしてきました。帰ったら一緒に頑張りましょうねエル」
「その満面の笑みやめてグラス。嫌な予感しかしないデース」
肘で互いをつつき合いながらの口喧嘩。
何処へ行こうともこの五人はやっている事が変わらない。
それはきっとこの先も同じだろうと誰もが思う。
「所で、あっちについたらどうしようか?」
セイウンスカイが今後の予定に水を向けると、視線はスペシャルウィークに集中した。
この旅のメインはスペシャルウィークの帰参である。
夕食の食材用意には余念がなかったスペシャルウィークだが、それ以外はあまり考えていなかった。
「えっと……17時くらいには最寄りの駅につくと思うってお母ちゃんに言ってあって、それもスマホで連絡しながらある程度融通利くよー」
「半日ほど時間がありますわね。どうしましょうか」
「スぺちゃん、何かありますか?」
「んー……私も北海道観光で廻った事は無いんだけど……札幌についたら支笏湖でも行ってみる? 私達なら走っていけば一時間もしないで行けるとこ」
日本最北の不凍湖として知られる支笏湖。
深度が深く対流が起きやすいその湖面は真冬でもほとんど凍らない。
更にその透明度は摩周湖やバイカル湖にも匹敵する程であり、透き通った美しいカルデラ湖である。
「もう少し時期が早かったら、遊覧船とか出てるんだけどねー」
「冬の支笏湖ってライトアップもしているらしいですね」
「オゥ……夜に行ってみたかったネ~」
「まぁ、それは今後機会があればにしておきましょうか」
仲間達がそんな会話をしていると、セイウンスカイがさっそく道を検索する。
新千歳空港から車で40分ほどであり、ウマ娘が軽く走るには良い距離かもしれない。
「なんか、一周は出来ないんだけどレイクサイドロードのドライブが出来るみたい。其処走ると気持ち良さそうじゃない?」
セイウンスカイが提案すると一同が賛成と頷いた。
「後こっちに着たら一回ばんえいレースっていうのを見てみたかったんだけど……」
「あ! それワタシも観たいデース」
「なんですのそれ?」
「1ハロンを大きなそりを引いたウマ娘が走るレースだったと思います」
「そり?」
「最大一トンにもなる重いそりです。もう北海道でしかやっていないレースだったと記憶しています」
そんなものがあったのかと興味を示すキングヘイローは、隣のセイウンスカイのスマホを覗き込む。
既にセイウンスカイはお嬢様の意に応えてばんえいレースを検索していた。
「……これ、幾らウマ娘でも生身で引けますの?」
「それが引けるんだよ。このレースをやってるのは同じウマ娘でも、私達とは起源が違うって言われてる」
「へぇ……」
セイウンスカイのスマホでは大型のそりを力強く引くウマ娘の姿が映る。
多くが高い身長としっかりとした体躯の持ち主であり、早く走る事を生業にする自分達とは違うようだ。
しかしコースに配置された坂を、一つ一つ地を踏みしめて踏破していく姿はターフで走るウマ娘達とは違った迫力があった。
「あ、今の時期だと薄暮開催だね! 丁度いいかも」
「では、あちらについたら支笏湖まで走る。その後も少し早めに移動してばんえいレース観戦……まぁ、支笏湖から走ると三時間以上かかりそうなんですけど、14時前にはつけるかしら?」
「少し遅いお昼になるね。お母ちゃんにその予定で伝えとくねー」
「あっちでおやつ兼お昼って感じですネ~……砂糖掛けのアメリカンドックとか美味しいのカナ?」
「ご当地グルメは味より風情。是非試してみたいですね」
「グラス、一口頂戴」
「積極的に親友を毒見に使って来ましたね」
「ワタシはカレーラーメンの方行ってみるからサ~」
「良いでしょう。交渉成立です」
グラスワンダーとエルコンドルパサーが頷き合った時、到着間近のアナウンスがあった。
北の大地に到着したウマ娘達は、ジュニアCクラス最後の思い出作りに乗り出した。
§
北海道の寒さ対策は関東のそれとは意識が違う。
その為屋内にあってはむしろ関東よりも暖かいほどだが、外は流石に寒かった。
しかしそこは現役競技者たるウマ娘達。
寒ければ走ればいいとばかりに空港を飛び出し、支笏湖へ向かう。
スマホで事前に道を調べたセイウンスカイを先頭に、四人のウマ娘が追走する。
そして人通りの少なさと信号に恵まれた五人組は此処を30分強で走り切った。
「ふぅ……寒いくらいの方が走りやすいね」
「先導お疲れ、ウンスちゃん」
「それでは、レイクサイドを軽く流してばんえいレースっ。ばんえいレースに参りましょう!」
「……ヘイローちゃん目の色変わってないデース?」
「気に入ったんでしょうね。次の先導は誰にします?」
グラスワンダーの言葉に一同の視線はキングヘイローに集中する。
今すぐにでも十勝方面に走っていきそうな程テンションが高いお嬢様。
頼めば喜んで先頭を走るだろう。
しかし地理不案内の場所で先頭をまかせるには、今の彼女は怖すぎた。
「だめデースね」
「ないよね」
「どうしてですのぉ」
「まぁまぁ、此処は下々のわたくし共におまかせをー」
不満げなキングヘイローをグラスワンダーがレイクサイドロードに連行する。
残った三人は互いに顔を見合わせたが、セイウンスカイが頭をかいて引き受けた。
エルコンドルパサーは次の先導役が決まると、近くの売店に飛び込んでいく。
「それじゃ、私ちょっと休みながら道確認しておくから。スぺちゃんも走ってきて良いよ」
「ん、ありがとうねウンスちゃん」
「へいウンス―」
「来たな。もう日課とは言え君にウンス呼びを許……お?」
エルコンドルパサーはうずたかく積み上げられたソフトクリームを差し出した。
「お納めくだサーイ」
「おぉ? エルコン屋。おぬしも悪よのう」
「いえいえ、其れではレース場までの案内を……」
「うむ。万事私に任せておいて」
「ははぁ」
スペシャルウィークは小芝居を見ながら頬を引きつらせて息を吐く。
観光中に道案内を引き受けてくれた仲間を労うのは良い。
それは大切な事だろう。
この怪鳥は本当にそつなく気を回す。
グラスワンダー以外には。
「エルちゃん……そう言う所だよ」
「スぺちゃんどうしたデース?」
「何でもない。エルちゃん競争しよ」
「うん?」
「負けたら帯広レース場内はグラスちゃんと腕組んで歩いてもらうからねよーいどん!」
「は? ……オイ!?」
フライング気味に走り出したスペシャルウィークに、五秒程遅れて追いかけ始めたエルコンドルパサー。
「……いくらエルちゃんでもアレは無理かな」
溶ける心配のないソフトクリームを味わいながら、売店に備え付けられたテーブルの一つを占領したセイウンスカイ。
一時間ほどで仲間達が戻って来た。
その頃にはセイウンスカイも地図検索を終えてルートを頭に入れている。
到着順は案の定最初に出て行ったグラスワンダーとキングヘイロー。
少々遅れて戻って来たスペシャルウィークとエルコンドルパサー。
後着組の二人はかなり息が荒い。
特に遅れを真剣に取り戻そうとしたエルコンドルパサーはレース後よりも疲れている。
「それじゃ、此処からまた三時間ほど走るんだけど……エルちゃん平気?」
「……ねぇ、ウンス」
「お、おぅ?」
「ワタシ、勝ったヨ」
「え、マジ?」
セイウンスカイは思わずといった風にスペシャルウィークを見る。
スペシャルウィークは心底悔しそうにエルコンドルパサーを睨んでいた。
「エルちゃん絶対何かずるしてるっ」
「れ、コース内でしか……手前を変えられないおっ温室育ちが、屋外で……ワタシに勝てると、思わないでネ」
肩で息をするほど疲労困憊ではあるが、本当にスペシャルウィークを差し切ったらしいエルコンドルパサー。
チームコメットの特色である魂の手前を自在に変えるすべは、むしろ外を自由に長く走る時こそ強い。
それはレース場では無意識でも殆どのウマ娘がやっている事だ。
しかしそれを何処でも好きにやれるのがコメット独自の色である。
最も決して楽なまくりではなかったらしく、此処から自力で三時間を走り通せそうもなかったが。
「はしゃぎ過ぎですよエル」
「意地とプライドにかけて負けるわけには行きませんでしタ」
「……はぁ」
グラスワンダーは一つ息を吐いてエルコンドルパサーに寄り添った。
そして有無も言わさずその腕を取って肩を貸す。
「このやんちゃ坊主は私が面倒を見ますので、セイウンスカイちゃんは次の目的地へお願いします」
「え、マジでこのまま行くんデース?」
「私の苦労って何だったの?」
「え?」
ごっそりと精気を持っていかれた風のエルコンドルパサーとスペシャルウィーク。
意味が分からずきょとんと首を傾げるグラスワンダー。
何となく事情を察したキングヘイローはセイウンスカイとアイコンタクトを交わしていた。
「それでは、スペシャルウィークさんは私が肩を貸しましょうか」
「うぅ……ご迷惑をかけますヘイローちゃん」
「それじゃ、話もまとまった事だし移動しようか」
時刻は未だ十時前。
セイウンスカイを先頭にしたウマ娘達の一団が北の都市を駆け抜ける。
支笏湖ではしゃぎまわった影響も有り、その移動はやや緩やかなものとなった。
それでも四時間と掛けずに帯広レース場まで走り切ったウマ娘達。
はっきり言えば現役競技者と言えども尋常ではない持久力である。
此処で遅めの昼食にした五人組は先ず食堂に入る。
食券でそれぞれに軽めの注文をした彼女達。
しかしそこはウマ娘の軽めである。
一人二品は基本。
グラスワンダーとスペシャルウィークに至ってはうどん、ラーメン、カレーとメインを一通り注文しながら名物の砂糖掛けアメリカンドックまで食指をのばす。
「お夕飯はエルちゃんリクエストの蟹さんをいーっぱい仕入れておいたからねー」
「それはありがたいんですケドー……」
「スペシャルウィークさん、お夕飯は食べられますの?」
「うん? だからここではおやつくらいにしておくつもりだよ。 ねーグラスちゃん」
「そうですね。まぁ此処くらいのメニューでしたら端から全て食べて行っても問題はなさそうなんですが」
中央で華やかな活躍をしたウマ娘達が、地方のレース場に集まってB級グルメを楽しんでいる。
最初は所狭しと並べられた料理に二度見した観客たちは、食べているウマ娘を見て三度見する事となる。
冬着を着こんでいるとはいえ、エルコンドルパサーのマスクは相当目立つ。
もしかしたらと思ってみれば、他の四人のウマ娘にも見覚えが出てくるだろう。
周囲が少し騒がしくなる。
最も、五人も五人で賑やかにしていたために気にならなかったが。
「ですからっ、やっぱり前目で見たいじゃありませんか! ゴール前のエキサイティングゾーン? 此処での観戦は外せませんわ!」
「始めて来たレースなんデースから、全体を俯瞰して見れた方が良いと思いマース。三階のラウンジ行きまショ!」
「そんな遠くから臨場感を味わえるものですか!」
「近すぎたッテ見れるのは一部じゃないですカ~」
「エルちゃんエルちゃん」
「ん?」
「なんか三階席今日はいっぱいっぽいよ? 重賞やってるみたいだから」
「……わっつ?」
うどんをすすりながらギャラリーの一人に本日のレース内容を確認してきたセイウンスカイ。
結局キングヘイローの主張の通り前目で観戦することと相成った。
この後の移動も考えた結果、観ることが出来たのは二レースのみ。
しかし今まで彼女らが走ってきた舞台とはまるで違うこのレースは、まるで未知の迫力があった。
コースに設置された坂を踏破する者が現れるたびに大歓声を送る観客たち。
キングヘイローを初めとする五人組も、熱に当てられたように声を張り上げた。
それはルールが全く世界が違うからこそ、純粋に観客の一部となれたのかもしれない。
観客たちの中にはこの五人が誰だか気づいたものもいたが、声を掛けたものはいなかった。
メジャーな舞台で活躍するウマ娘が、こうして北の地に来て此処でしか見られないレースに喝采を送っている。
それは地元のファンの自尊心を、ささやかながら満足させる光景だったのかもしれない。
それほどに彼女らは、このレースの熱に捕らわれていった。
§
レース場を後にした五人組は電車を使って移動した。
目的地はスペシャルウィークがかつて東京を目指して旅立った駅。
あれから一年と経っていないのだと思い出したスペシャルウィークは、トレセン学園で過ごした濃密な日々に目眩がする思いである。
電車は遅れることなく目的の駅に到着し、スペシャルウィークの母と合流したエルコンドルパサー達。
やや堅苦しいお約束の挨拶を交わしながら、五人のウマ娘と一人の人間が駅を出る。
此処からスペシャルウィークの実家までは車で約三〇分。
何故か当然のようにウマ娘達はスぺ母の軽トラと競争する事となる。
その結果軽々と千切られたウマ娘達は、死屍累々のていでスペシャルウィークの実家にたどり着いた。
「……おっかしいなぁ。まーた早くなってるような……」
「なんかさスぺちゃん、あの軽トラ音がおかしかった気がするんだけど?」
「え、そうかな? 私がトレセンに入る前からあんな感じだったけど」
「東京でも軽トラは見かけますけれど、あんな甲高い音は聞いたことがありませんわ」
「……気のせいかもしれないんですけど」
「グラス?」
「昔、マルゼンスキー先輩のお車の隣に乗った時に、あんな音を聞いたような……」
「車種は?」
「さぁ……すーぱーかーっていうらしいんですけど」
「そりゃ絶対ヤバイ奴デース」
戦々恐々とスペシャルウィークの実家に入った五人組。
土地が広く家も広い。
ウマ娘が一人、全くストレスを受けずに伸び伸びと暮らせるだけの大きさの家は、個人持ちとしては少し珍しいかもしれない。
「あら、いらっしゃい。早かったわねぇ」
「お母ちゃんまた軽トラ弄った? なんか早くなってない?」
「あんたが上京した時と同じだよ。運転は上手くなったけど」
「あ、そっちか」
和気あいあいと親子の会話を始める二人。
それを見つめる四人も、お邪魔しますと上がり込む。
「お母さんちょっと聞いていいデース?」
「なんだいエルちゃん?」
「あの軽トラ……どれくらい改造したんデース?」
「えっと……ちょっとしたスポーツカーなら二つ三つ買えるくらいかねぇ」
「はぁ!?」
「弄っていくうちになんか楽しくなっちゃってさー。ウマ娘って早くなるっていうし、スぺの為に置いて行かれない様にしなきゃねって」
「置いていかれるどころか、私お母ちゃんの前走れたことないよ……」
「血の代わりにガソリンが流れてるウマ娘って表現は聞いたことあるけどさぁ」
「スぺちゃん、アレは勝っちゃいけない奴だと思います」
悔し気に呻くスペシャルウィークに突っ込んだのはセイウンスカイとグラスワンダー。
エルコンドルパサーとキングヘイローは、スペシャルウィークというウマ娘が規格外に育っていった過程を見ているようで身震いする。
「このお母さまあってこのスペシャルウィークさんが生まれたわけですね」
「似てますよネ~」
案内された居間で過ごす五人組。
奥からはスぺ母が台所で夕食の用意に勤しんでいる。
一応手伝いを申し出たが、何が何処にあるかも分からない現場では足を引っ張る事必至であった。
やんわりとスペシャルウィークの相手をしている事を申しつけられたウマ娘達は、その好意に甘えてくつろいでいた。
「スぺちゃんの家広いデース」
「確かに結構広いかもしれない……裏山とかで特訓出来たくらいだし」
「裏山があるんだ?」
「うん。山ってかちょっとした森みたいなところだけどねー」
そんな話をしている所に声が掛かり、遂に夕食が始まった。
焼きガニ、カニしゃぶ、カニ鍋といったメインに加え、新鮮な食材を様々に取りそろえた料理が所狭しと並んでいる。
焼き物、蒸し物、揚げ物、煮物。
様々なラインナップからなる食材を様々な方法で調理した一品達。
スペシャルウィークをのぞくウマ娘達が恐々とスぺ母を見れば、どんなもんだと胸を張る姿があった。
「これを……お一人で?」
「仕込み自体は昨日からやってたけどねぇ……大方は今日中にやってたよ。鮮度が大事だしね」
「スッゲー……デース!」
「あっはっは。たーんとおあがり」
「それでは、スペシャルウィークさんに乾杯の音頭をいただきますか」
「ふぇ!?」
最早頭の八割をカニに支配されていたスペシャルウィーク。
唐突に降られたお勤めに、多少迷走しながらも挨拶をこなす。
それはこの場にいるもの。
そしていないもの。
その他多くのモノに対する感謝の言葉。
スペシャルウィークがこの一年を総括する言葉があるとすれば、それは感謝しかありえなかった。
最後に母と、此処に集った友人達にもう一度お礼で締めくくられた。
「乾杯!」
今期のダービーウマ娘の音頭によってついに始まる帰郷の宴。
ウマ娘五人と人間一人。
その胃袋を満たしてなお余りある大量の海と山の幸。
美味しいものをお腹いっぱい食べることが出来れば、それは幸せだろう。
それを気の合う仲間や家族と食べることが出来れば、もっと幸せだろう。
此処にあるのは可視化し、実体化した幸せそのものだったのかもしれない。
スペシャルウィーク母子が笑っていた。
セイウンスカイが笑っていた。
キングヘイローが笑っていた。
グラスワンダーが笑っていた。
だからきっと、エルコンドルパサーも笑っていた。
彼女らにとって心から楽しく、安らげた一夜はこうしてふけていった。
§
恐るべきはウマ娘達の胃袋か。
宴の始まりでは食べきれるかも分からぬと思われた食材の山は、殆ど綺麗に平らげられた。
主な内訳はグラスワンダーとスペシャルウィークが半分。
残り四人で半分といったところだろうか。
海産物を消費する事によって大量に出る生ごみの仕分けも終わり、今日はもう休むだけ。
そこでグラスワンダーはエルコンドルパサーを連れ出した。
場所はスペシャルウィークから聞いた、裏山のような近所の森。
幼い頃のスペシャルウィークが行き来していただけあり、家からそれほど離れていない。
「冷えますね。エルは、寒くないですか?」
「もう! そこはワタシに先に心配させてくださいヨ~」
「ふふ、ごめんなさい」
ウマ娘にはある程度の帰巣本能めいた方向感覚がある。
多少奥に踏み入ったとしても戻れるだろうが、其処まで深入りする心算もない。
ただグラスワンダーには、どうしても二人で話しておきたい事があった。
スペシャルウィークは心配しているようだが、多少自分達の仲を誤解している所もある。
互いにとって互いが一番。
これは二人の間では揺るぎようのない部分であった。
そんな想いに支えられもしたし、足を引っ張られた事もあった。
それでも此処までやって来たのだ。
「ねぇエル?」
「んー?」
「もう大分前かもしれませんが……貴女がチーム荒らしをしていた頃の事を、覚えていますか?」
「あっはっはー……そりゃ、覚えてマース」
「あれが、スぺちゃんの来る少し前で……」
「……グラスが、その頃骨折したんだよネ」
「そうですね……そんな事もありました」
思い返せば苦い事も蘇る春の事。
エルコンドルパサーは一つの夢を諦め、自分の未来を託す先を当てもなく探していた。
その努力は正しく報われ、良いチームと巡り会えたと思っている。
後ろ髪を引かれる思いを振り切る心算でひたすら前を向いて進んできた怪鳥。
そんなエルコンドルパサーが知らない事があった。
「あの頃の私は、なんだかんだ言ってもエルとはこの先もずっと一緒なんだろうなって。そんな風に思っていました」
「んー……ワタシ、真剣にチーム探してましたけどネ~」
「知っています。その上で、私は落とし穴を仕掛けて待ち構えていたんですよ。エルが来るのを」
「おぉ?」
グラスワンダーには当時背反した思いがあった。
何時までもチームを決めない親友への心配と、未だこの怪鳥がどの星の下にもついていない事への安堵。
そんな思いの果てに動き始めた、エルコンドルパサーの囲い込み。
決して強引に進めていたわけではない。
当人に知られぬように、リギルのチームメイトやトレーナーにその将来性を売り込んだだけ。
だからこそ時間はかかったし、その期間中にエルコンドルパサーが何かに拘束される事もなかった。
当時のグラスワンダーは、それで十分だと思っていたのだ。
「グラスがワタシを……」
「ええ……今でもたまに言われますよ? お前の言った通り、エルコンドルパサーは取るべきだったって」
「それは光栄デース」
「本当は、スぺちゃんが入った選考レースがエルのテストになる筈だったんです」
「うわぁ……それ、本当にタッチの差ですネ~」
「はい。あと少しでした」
エルコンドルパサーはかつて校舎裏でスペシャルウィークと夢の残滓を語った事がある。
たった数日の差で叶わなかった夢。
そして此処にも、ほんの数日の差で叶わなかった願いがあった。
グラスワンダーもエルコンドルパサーも、気づかないままにすれ違った互いを思って息を吐く。
エルコンドルパサーにはチームコメットへの不満など何もない。
グラスワンダーもスペシャルウィークがリギルに来たことを心から喜んでいる。
それでも実現しなかった可能性を思えば哀惜も生まれるものだ。
それは理性とは全く別の領域の話である。
「外堀が埋まって、後はエルが来るだけですよ……そうなれば、あっさり来てくれるだろうなー……って。そんな風に思っていました」
「……リギルの門が開いてれば、行ったろうネ」
「そうでしょう。私だってエルの為にって……そう思って動いていたんですよ?」
「……」
「だけどきっと……エルもそう思ってくれていたんですね」
「……」
「エルがチームを決めた日、初めて私にも語ってくれた貴女の夢……」
「……」
「終わってしまった後になって、初めて私に明かした夢の話。ねぇエル、私……自惚れても良いですか」
「……」
二人は向き合ったまま、視線を合わせたままに時が止まったように見つめ合った。
森の木々を風が凪ぐ音が響く空間。
其処に互いの息つく音が妙にうるさく聞こえていた。
「スぺちゃんには振られちゃったんですよネ~」
「そんなわけないじゃないですか」
「……知ってる。だけどワタシは気づいちゃ駄目なの。スぺちゃんが歯を食いしばって突き放してくれたんだから」
「……」
「その上でグラスにも聞くけどサー……グラスは、私が誘えば来てくれた?」
「行きました」
「……デスヨネー」
「……だから、私には言えなかったんですよね」
「うん、まぁね。朝日杯取ったグラスをチームの体裁も整ってない所に引き抜くとか、それはやっちゃ駄目なんじゃないかって」
「それで、私を守った心算だったんですよね」
「……うん」
「ヘタレ」
「何とでもいいなヨ」
「意気地なし」
「むぐぅ……」
一言目を流そうとして失敗したエルコンドルパサーが、二言目で早くもダメージに耐えかね出した。
グラスワンダーもエルコンドルパサーも、双方に正解など分からない事で互いの傷をえぐり合っている。
一つだけはっきりしている事は、この二人はお互いが大切過ぎた。
意識してある程度距離を取らなければ危険な程、相手の要求を無抵抗に通してしまう。
グラスワンダーはエルコンドルパサーの仮定の望みに即答した。
そうなった時に得るモノは架空の話だが、失うものははっきりしている。
リギルで培った縁の全て。
それと引き換えてでも、この怪鳥に望まれれば応えてしまう。
だからこそエルコンドルパサーも話せなかった事には、当然グラスワンダーも気づいていた。
「エル」
「ん?」
「フランスには、何時出発するんですか?」
そして逆もまた然り。
グラスワンダーがエルコンドルパサーに望まれれば応えるように、エルコンドルパサーもグラスワンダーに望まれれば応えるだろう。
菊花賞の時のような、出来れば一緒になどという可愛らしいおねだりなどではない。
それがどうしても必要な程に魂が渇望の声を上げた時、きっとお互いは拒否しない。
だからこそ二人は寄り添いながらも別方向を向き、それを口に乗せる時には臆病なまでに吟味した。
そうやって此処まで歩いてきたのが自分達なのだから。
「あっちの雪解けを待って……その前にも何回かは顔合わせに行くんだけど……こっちの春路線が始まるころには……」
エルコンドルパサーがコメットに入る事を決めた瞬間。
その場に居合わせたグラスワンダーは心の中で叫んでいた。
行かないでと。
決してその音が空気を振るわせることは無かったけれど。
それは確かにグラスワンダーが喉を張り裂けんばかりに叫びたかった本音だった。
今この時……
嘗て言えなかった行かないでを、此処で言ったらどうなるだろうか。
グラスワンダーはその言葉が秘めた恐るべき可能性に戦慄する。
同時に仄暗い歓喜もあった。
その誘惑に負けた時こそ、自分達がお互い以外の全てを失う時だろう。
それでもいいかと嗤う自分がいる。
それだけは出来ないと吠える自分がいる。
(結局私もエルと同じ……へたれで、意気地なし)
あの時と同じ言葉を、グラスワンダーはもう一度飲み込んだ。
一緒に来いと言えなかったエルコンドルパサー。
行かないでと言えなかったグラスワンダー。
最後までエルコンドルパサーがグラスワンダーを夢に巻き込めなかったように、グラスワンダーもエルコンドルパサーに願えなかった。
しかしグラスワンダーには俯いて泣き崩れるような可愛げはない。
飲み込んだ言葉は形を変えて、その口をついて音になる。
グラスワンダーは双眸に青い炎を称えて親友と向き合った。
「もう一度、私と勝負してください」
「……」
「どんな場所でも、どんな条件でも、エルの示す舞台で挑みます」
「……」
「お願いします。私に、ちゃんと納得させてくださいっ」
エルコンドルパサーはグラスワンダーから放たれた言葉の意味を噛み締める。
既に毎日王冠で直接勝っている相手からの挑戦。
それは本来余計なローテーションであり、不必要な行程だった。
勝ったとしてもエルコンドルパサーが得るものは感情面にしかなく、負ければ現在自分にとって最大の商品価値である無敗という称号を失うのだ。
それはあまりにも不公平な挑戦。
リスクとリターンを比べれば、エルコンドルパサーが受ける必要はない話。
それでもエルコンドルパサーは分かってしまう。
この申し出が相手の優しさだという事に。
双方が望めば簡単に相手を破滅させられる。
そんなカードを握り合った相手がだした、最大限の譲歩が此処だった。
エルコンドルパサーは真っすぐ自分を射抜く瞳を見据え返す。
その小さな身体が震えている事に気づいた時、包むように抱きしめていた。
「……四月一週。右回り2000……大阪杯」
「……」
「其処を、私達の約束にしよう」
「……うん」
「最高のワタシで迎え撃つから、一番強いグラスを見せて」
「……ん」
おずおずと手をのばし、エルコンドルパサーを抱き返すグラスワンダー。
これほどはっきり触れ合ったのは、もしかしたら初めての事だったかもしれない
しかし二人の間にあるのは高揚よりも寂寥であり、もしかしたら恐怖であった。
この約束こそ二人が交わる最後の場所になるのではないか。
一度芽生えた不安は膨らみ、二人の心に影を落とす。
その不吉な予感に抗うように、互いを強く抱きしめていた。
§
これは夢だと、不思議に思うことなくセイウンスカイは受け入れた。
見た事もない場所を走っている自分。
視界は広く拓けているが、不思議と前が見えづらい。
それでも特に苦労する事もなく、夢中で走る自分自身。
夢の中だと分かっているから、特に何をするでもない。
走っている夢を見ているなら、起きるまで待てばいい。
セイウンスカイははっきりと現実の記憶を持っている。
スペシャルウィークの帰省に同行し、北海道を観光した。
支笏湖もばんえいレースも、気の合う仲間と廻った旅は楽しかった。
そして彼女の実家に泊ったはずだ。
最後にスペシャルウィークと春の天皇賞で再戦を約束して就寝した。
(偶にあるんだけどね……何処なんだろう此処)
セイウンスカイは今、自分の身体がどうなっているのか分からなかった。
何時もと目線の高さが違う。
バ蹄が奏でるリズムも違う。
徹底して其処を揃えて来たセイウンスカイはやや不快気に感じる。
しかし夢の中の自分は特に気にするでもなく走っている。
ふと意識を周囲に送れば、後ろから追いかけてくるナニかがいた。
(なんだ、あんたか)
それはセイウンスカイの心のどこかに棲む葦毛のナニか。
その時セイウンスカイは此処が何時も彼と会う、牧場のような場所だと気づいた。
声を掛けようとしたセイウンスカイだが、夢の中の身体は嘶きしか発せない。
(なんなのさ……)
葦毛のナニかはセイウンスカイの隣に並ぶと、一度ちらりとこちらをみた。
そして三歩ほど行き過ぎ、またセイウンスカイを振り返る。
ついて来いと言われた気がした。
葦毛のナニかが走り出す。
最初はやや緩やかに。
そしてセイウンスカイがついてきたことを確認すると徐々に速度をつり上げる。
(そう言えば、柵の内側に入ったのは初めてな気がする)
四つ足で走る見た事もない動物を追ううちに、セイウンスカイはそんなことに気が付いた。
しかしすぐにそんな思考に割く余力がなくなっていく。
葦毛のナニかはセイウンスカイが全速力を振り絞っても簡単には追いつけない。
その姿は早く、そして最高に格好良かった。
自分もあんな風に走れたら……
そう意識したセイウンスカイの脚が伸びやかに地を蹴った。
(もう少し……あと少しっ)
一完歩、二完歩と少しずつ葦毛のナニかに肉薄していく。
一バ身の差が半バ身……やがて遂に首差まで詰めた時、頭の中で声が聞こえた。
《早いじゃないか。若いのに》
(え?)
聞いた事の無い声だった。
しかし此処には二人しかいない。
セイウンスカイに声を掛ける者がいるとすれば、隣を走る彼だけの筈。
(あんた喋れたわけ?)
《喋っているわけじゃないよ。思っているだけさ》
(まぁ、意思の疎通が取れるんなら会話でも念話でも良いんだけど)
《私の方こそ驚いたね。君は、私の声が聞けるのかい?》
(……そうだと良いね。これが私の頭の中の一人相撲だったら目も当てられない)
《そりゃそうだね》
そう言って彼は笑った気がした。
そして一つ息を吐き、脚の捌きを切り替える。
突如加速した葦毛がセイウンスカイを再び引き離す。
(早い……)
感嘆しながらも走り続けるセイウンスカイ。
しかし今度は追いつけない。
一バ身程離された所で必死に距離をキープする。
《なぁ、セイウンスカイ》
(なにさ?)
《身体は、何処か痛くないか?》
(大丈夫だけど)
《そうか》
その葦毛は前を駆けながら振り向きもせず訪ねてくる。
《なぁ、セイウンスカイ》
(だからなにさ?)
《走る事は楽しいか?》
(……楽しいよ)
《そうか》
次第に息が上がり、脚を使うのが辛くなる。
苦しいと思った時、セイウンスカイは身体が意思に反して動いた。
前を征く彼がやったように脚捌きが切り替わる。
呼吸は相変わらずだが、脚は少し楽になった。
《なぁ、セイウンスカイ》
(……)
《負けるなよ》
(……何にさ?)
《お前自身にさ》
それはいったいどういう事か。
尋ねようとしたとき、前を走る彼は見えなくなった。
そう言えばこれは夢だったと、今更ながらに思い出す。
身体に色濃い疲労を残したまま牧場の景色が歪んでいく。
目覚めの時が近いのかと身構えながら瞳を閉じたセイウンスカイ。
しかし閉じた筈の瞳は相変わらず歪んだ景色を映し出す。
瞳を閉じても、開いても、セイウンスカイの視界が変わらない。
やがて歪みは収束し、一つの景色に切り替わる。
(ん……?)
良く分からない場所だが、遠く離れた先には葦毛の彼がいる。
その傍には見慣れない車があった。
現実のセイウンスカイも見た事のない車がある。
其処から降りた人間が二人、彼を車の荷台に誘導した。
セイウンスカイはその光景が非常に嫌なものに見えた。
すぐに駆け付けて引き離すべきだと思うのに、こんな時だけ足が動かない。
《なぁ、セイウンスカイ》
「……」
《頑張れよ》
最後にそんな声を聴いた。
やがて車は葦毛を乗せて動き出す。
そこでセイウンスカイは跳び起きた。
「え……あ……」
視界に写るのは最後に見たスペシャルウィークの実家。
まだ早朝らしく東の空にすら光が無い。
全身に滝のような冷や汗が噴き出していた。
不快気に額を腕で拭ったセイウンスカイ。
その時、髪すら絞れるほど汗を吸っている事に気が付いた。
とてもではないが二度寝など出来そうな状況ではない。
「……」
セイウンスカイは馴染みの薄い二重窓を少しだけ開けた。
冬の寒気に冷やされた風が体温を奪う。
汗はやがて引いていった。
しかし何時まで経っても頬だけは乾かない。
その時彼女はようやく自分が泣いている事に気が付いた。
「なんだってのさ……」
セイウンスカイはどうして自分が泣いているのか分からない。
原因が分からないのだから、涙の止め方も分からなかった。
感情が整理出来ない自分自身に苛立つセイウンスカイ。
あふれる涙をぬぐった時、ようやく空が明るみだした。
徐々に朝焼けが広がる空が一日の始まりを告げている。
セイウンスカイは自分自身が失ったものに未だ気づかぬまま、惰性に押されて日常の中に戻っていった。
此処まで御付き合いくださりありがとうございました。
アニメ終了から約半年……長かったようで短い時間でございます。
アプリ実装までは自分の作品でウマ娘ロスを満たそうと思った挙句が約26万字……
精も根も尽き果てましたorz
休養が必要ですね
99シーズンも構想はありますが、文字に起こし切れるとは思えないので此処で完結といたします
よろしければ、皆さまの思い描く98世代の物語を見せてくださるとうれしいです
それでは、アプリが実装されたらゲームでお会いしましょう!
ノシ