コンドルは飛んでいく   作:りふぃ

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お話の都合上タイキシャトル先輩の生まれた時期などがかなり変わっております



4.それぞれに歩む夢

 

チーム入りを果たしたエルコンドルパサーは遂にオープンクラスのレースへの出走権を獲得した。

其処で自身三戦目のキャリアにトキノミノル記念GⅢを選択。

此処を圧倒的な一番人気からの完勝を収め、見事重賞初勝利……かと思われた。

しかし実際は悪天候によるコース変更で今回に限り重賞からは外されてしまう。

発表を聞いたエルコンドルパサーは大変落ち込み、傍らを歩くトレーナーに散々愚痴を聞かせていた。

 

「重賞でウマ娘呼んでおいて走った後で取り消しとかさ……ヘイ! トレーナー聞いてマース?」

「聞いてるよー。まぁ、せっかくの重賞勝利に水を差されたんだからねぇ……運が無かったよ」

「差されたのは水(雨)じゃなくて雪デスけどネ……実戦のターフも試してみたかったのにまたダート戦だったしサー」

「悪路でも安定感あったし、このままダート路線に行くかい?」

「む~……シルキー先輩見ちゃった今、簡単にダート行くとは言いにくいデース」

「其処基準にしちゃうんだ? それなら、中途半端なダート適正じゃ蹴散らされるだけだろうけどー」

「でも先輩に勝とうと思ったら何処かでダートに乗り込まないとですよネ~。何時か倒す」

 

エルコンドルパサーは前を歩くトレーナーの傘に真剣な目を向ける。

悪天候に不良バ場のダートレースは制した。

この経験は今後の自分に間違いなくプラスに働くだろう。

そう考えれば悪くないレースだった。

しかしそれはそれとして、重賞の勝ちが欲しかった事もまた事実。

 

「それにしてもエルちゃん、ご機嫌斜めの割りにインタビューは良い子だったねぇ」

「勿論デース。そういう所はきちんとしないといけませんからネ」

「うん。立派立派。だけど勝因にトレーナーの指導なんて言わなくて良いんだよ? 私指導なんて、特に来たばっかりの君の事とか碌に見れてないんだから」

「ソンナコトナイデスヨー」

 

チーム『コメット』のトレーナー、ハードバージの呑気な声音に笑いそうになるエルコンドルパサー。

彼女は赤い髪の先輩にこのチームのハウスルールを幾つか教え込まれている。

その中には選手のみだけで流通している推奨もあった。

 

『いいかエルコン、おめぇも既に条件戦とは言えレースに出てるプロな訳だ。レースに勝つ以上注目されるし、注目されりゃあ色んな質問も受けるだろうな』

『インタビューって奴ですネ~』

『んでだ、コメットの一員となった以上、おめえさんにもうちのチームのテンプレって奴を覚えて欲しいわけだ』

『テンプレ?』

『おぅ。難しい事じゃねえ。丁度ここんちは謙遜って奴を美徳とするお国柄だし、レースに勝った後のインタビューでもこう言ってくれりゃ良いわけさ。≪日頃のトレーナーの指導のお陰です≫ってな』

『そりゃ、一種の王道デスケド……なんで?』

『俺らが重賞、特にGⅠで勝てば目立つだろ?』

『まぁ、目立ちますネ』

『するとそんな俺らが持ち上げる指導者ってどんな奴だ? ってなるわけだ』

『……あ、もう分かりマシた』

『俺らのトレーナーが何時までも人数合わせの負け犬じゃカッコつかねぇだろ。あいつには絶対矢面に、表舞台に立たせる。無理やりだろうと、もう一度な』

『オッケーデース』

 

このトレーナーと付き合い始めて日は浅いが、シルキーサリヴァンが彼女を負け犬と呼ぶ理由はすぐわかった。

良く言えば鷹揚。

実際は覇気がない。

トレーニングの方針は同期のシルキーサリヴァンと話し合ってはいるものの、何処か自分は添え物の部外者としてチームメイトを遠巻きに見ている。

今はコメットに実績が無いのであまり問題になっていない。

しかしチームに実績はなくとも、既にシーキングザパールのように大きな実績を作ったウマ娘も在籍しているのだ。

いずれ世間の注目はコメットに集まる。

その時にハードバージが逃げ出さぬよう、逃げられぬよう、今から首輪をつけておかねばならない。

自分以外のコメットメンバーは意地の悪い笑みでそう語っていた。

 

「トレーナーって、なんでトレーナー始めたんデース?」

「なんでって……なんでだっけ?」

「いや、ワタシに聞かれてもネ……」

 

怪物と呼ばれたマルゼンスキーと同期だった事がいかに重圧であったか。

このチームに入ってから、エルコンドルパサーも少しだけ当時を調べた事がある。

ジュニア時代の圧倒的な実力と、怪我による悲劇性と話題。

それは華のクラシック戦線を事実上の敗者復活戦とまで言わしめた。

怪我によってクラシックを棒に振ったマルゼンスキーは確かに不幸だったろう。

しかし彼女不在のクラシックを獲ったウマ娘達も重い十字架を背負ってきた。

皐月賞ウマ娘ハードバージもその一人。

 

「あぁ、シルキーに言われたんだよね。自分のチーム作りたいからお前トレーナーやれやって」

「先輩に?」

「うん。私怪我で引退早かったし、他にやりたい事もなかったし……違うか。私なんか他に出来る事が何も無かったし……私なんか……」

「暗っ」

「でもこんな私なんかでも欲しいって言ってくれたんだし、試験は何回か落ちたけど待っててくれたし……」

 

この人は一人にするとヤバい。

エルコンドルパサーですらそう思う。

自分が誰にも見られていない。

誰かの何かに何も影響がない。

そう思った時ハードバージは最悪の選択肢を容易に選びうる危うさがあった。

シルキーサリヴァン以下コメットの仲間達は、そんなハードバージを作られた名トレーナーに押し上げようとしているのだ。

小心者の彼女は人目がある限り馬鹿な真似は出来ないから。

そしてそうなる頃にはコメットが本当にハードバージの住処になるかもしれない。

 

「トレセンに帰ったら憂さ晴らしに走りたいデース」

「少し休んだ方が良いんじゃない?」

「なんならトレーナーが併せてくれてもおっけーネ?」

「……何とかウッドチップコース取るから勘弁してください」

「まぁ、今日の所はそれで見逃してあげまショウ」

「ありがたやありがたや」

 

かつて想像していたものとはずいぶんと違うチームに居ついたエルコンドルパサー。

アクの強いウマ娘達と頼りないトレーナー。

自分だけは真面だと信じているエルコンドルパサーは、身の程知らずにもチームの常識人枠を死守することを胸に誓った。

 

 

 

§

 

 

 

強いウマ娘がいるチームには強いウマ娘が集まってくる。

これは質の高い練習相手や常に競えるライバルの存在もあり、一概には言えないもののある程度は正しい云われだった。

そして強いウマ娘が集まるチームは実績を上げる。

レースの勝利は其処で勝ったウマ娘のモノだが、実際には所属するチームの名声も上がるのだ。

多くのウマ娘が未勝利のまま現役を終える厳しい競争社会。

ウマ娘達は強いチームに所属し、少しでも勝利の可能性を高めようとする。

そう考えた時、エルコンドルパサーにはチームコメットはやや常道から外れているように見えた。

春レースに備えた本格的なトレーニング後の軽いジョグの中、前を走る赤い背中を追いながら黙考するエルコンドルパサー。

 

(なーんか排他的っていうか……外に開いてないんですよネ)

 

確かに強いウマ娘が揃っている。

シーキングザパールは国外でのGⅠレースを勝っているし、下の世代であるメイショウドトウやアグネスデジタルも決して油断できる競争相手ではない。

しかし最年長のシルキーサリヴァンとハードバージがチームを立ち上げ、エルコンドルパサーが入って五人揃うまでに年単位で時間がかかっている。

その間コメットはチームメンバーの公開募集を一度も行っていなかった。

 

「せーんぱい、そろそろ」

「……そうだな」

 

ゆっくりと止まって息を吐くシルキーサリヴァン。

少し休憩した後はプールトレーニングに入る事になっている。

エルコンドルパサーはこの時間に少し気になっていた事を尋ねてみた。

 

「ねぇ先輩、コメットってシルキー先輩が作ったんですよね?」

「まぁ……言い出したのは俺だわな」

「その割にメンバーって集めてなかったっぽいじゃないですカー……なんで?」

「チームのメリットってこの国のオープン戦に出られるってだけだろ? 出れないなら条件戦を勝った後、海外の重賞狙えばいい。アメリカで良けりゃ俺の伝もあるからな。だからうちはそれほどメンバー集めに拘っていなかったのさ」

「成程。最初から海外向けの路線で戦うチームだったんですネ」

「正直、俺様一人ならそれすら必要はなかったんだぜ? 留学生ならかなり出走制限にかかるが出られるレースもあるからな」

 

それならば猶更、シルキーサリヴァンがチームを作った理由が分からない。

どういうことかと尋ねると、シルキーサリヴァンは何処から話したものかと腕を組む。

普通に腕を組むと胸が邪魔になる為、腹の前で組む事にも慣れてしまった事が妙に悔しい元牡馬である。

 

「チームにしろなんにしろ……あの根暗をどうにかせにゃならなかったのさ」

「トレーナー? 今でも相当ですけど」

「当時は何時手首切ってもおかしく無かったんだぜ……怪我で引退する時なんざ、もうマルゼンスキーにリベンジする機会もねぇだの、でもやった所で勝てる訳もねぇとかホント暗ぇのうぜぇの……」

「こう言っちゃなんですケド……放っておくって駄目だったんデース?」

「割とドライだなおめぇさん。そうさな……なんてったら良いんだか……」

 

シルキーサリヴァンは考え込みながら移動し、コースの内埒に寄り掛かる。

追従したエルコンドルパサーは芝の上に腰を下ろした。

 

「俺様は異世界の記憶を他の連中よりも少しだけ鮮明に覚えてるってのは、話したよな」

「ハイ」

「その影響かは分からねぇんだが、俺は他のウマ娘に宿ってる魂……だかなんなんだかそう言ったもんが、かつて雄だったか雌だったかも何となくわかっちまうのも言ったっけか?」

「聞きましたヨ~。昔は牡馬? でしたっけ……男だったって言われてもピンと来ないんですケド」

「そうなんだよな……今を生きてるウマ娘にゃ、かつての性別なんざ関係ねぇ。ただ、俺自身は未だに自分が女だって認められてねぇ訳さ。だからこそかな、人付き合いの中ではちょくちょく失敗もしてるのさ」

「失敗?」

「今でも抜けてねぇ癖なんだが……どうしても俺は現実の性別より魂で感じる性別を優先してコミュニケーションを取っちまう事がある。だって俺自身がそうありたいと、自分は男だと思っているわけだからな。ただ……こっちに来たばかりの俺は今よりもっと頑なでね。他の連中に対してもそうしなければいけない、そうしないと不公平だ……ってな。勘違いしてたんだよな……俺がそうである事はそれとして、他人にはそいつが望む対応をするべきだった。ましてや、かつての自分がどっちだったかなんて覚えてるウマ娘とか一人も出会った事ねぇし、突然俺に男扱いされたって困ったろうな……」

「それは……そうデスネ」

「細かい事まで気にしてると限がねぇからざっくり行くが、その失敗で大層傷つけちまったウマ娘が二人いたんだよ。ハードバージはその一人さ」

 

当時のシルキーサリヴァンにはハードバージのマイナス思考が本当に気に食わなかった。

しかも本音の部分にはそのうえで慰めて欲しい、構ってほしいと女々しい望みも透けて見えたものだから。

お国は違えどこれがかつての自分が取れなかった、自分が欲しくてたまらなかった三冠の一つを獲ったウマの末路なのか。

様々な思いが絡み合い、彼女の弱さと感じる部分が本当に疎ましかった。

そんなハードバージに対し、冷徹に正確に現実を説いて直視させたシルキーサリヴァンである。

あの時の自分は彼女にとって毒でしかなかったろう。

 

「それがどうして此処までずっぽり嵌っちゃったんデース?」

「多少でも責任ってもんを感じちまったからだ」

「責任?」

「俺は自分が前世でどんなふうに身体を損ない、どんなふうに負けたかを覚えてる。これはアドバンテージだろ?」

「デスネ」

「そこを克服するために設備の整ったトレセンを使いたかった。だけど俺ぁ生まれ故郷が好きでね。アメリカのでかいトレセンを使おうとしたら所属までそっちに変わっちまう。其処で考えた挙句、いっそカリフォルニアから海外に留学しちまうことを思いついたのさ」

「それで日本に……」

「……元々長居する気はなかったんだ。遅くてもジュニアBまでにかつての自分の弱点を鍛え上げてアメリカに帰る。そして昔獲れなかったケンタッキーダービー、その先の二冠、三冠が欲しかった」

 

シルキーサリヴァンは苦い思い出を後輩に語った。

かつての自分はケンタッキーダービーに挑戦して勝てなかった事。

そして今生においては挑戦すらできなかった事。

 

「どうして回避したんですか?」

「仕上がりが完全に間に合わねぇ、此処で焦ったら前世の二の舞踏んじまう……と、思いこんじまったんだよ。主にマルゼンスキーのせいでな」

「ほわっつ?」

「俺のデビュー戦が奴のそれと被ったってのは知ってるだろ? 当然俺様は負ける気がしなかったね。ウマ娘が何なのか、前世の自分の長所と短所、それらを知って効率よくトレーニング出来る俺様がデビュー戦の若造に負けるもんかよ……ってなぁ」

「でも負けちゃったんですよね」

「……鼻差でな。1200のスプリント戦、前半早めに入ったが俺の脚も残っていた。ラスト500で先頭のマルゼンスキーまで7バ身くらいあったかな? あっという間に追いついて……あんの野郎最後まで粘り切りやがった」

「もしかしてそのせいで自分はまだオープンクラスにも届かないとか思っちゃいました?」

「デビュー戦の小僧も差し切れなくて何がダービーだ舐めてんじゃねぇぞ自分……って思っちまったんだよなぁ」

「オゥ……マイガッ」

 

シルキーサリヴァンとマルゼンスキーが直線でたたき合い、そのハードルを爆上げした新バ戦。

エルコンドルパサーはグラスワンダーと共にその内容を調べている。

上がり三ハロン29秒7のシルキーサリヴァンと、30秒8だったマルゼンスキー。

いずれも初めてレースに出たウマ娘の時計ではない。

結局それまであった貯金でマルゼンスキーが逃げ切ったが、明らかに異常なレースだった。

しかしよりによって上位二人は思ってしまったのだ。

マルゼンスキーは此処まで走りこまなければ勝てないのだと。

シルキーサリヴァンは此処まで走りこんでも勝てないのだと。

 

「あの時のマルゼンスキーは強かった。こう言っちゃ失礼だが……当時の俺はJapのウマ娘共って見下してもいたからな。鼻っ柱を折られた衝撃もひとしおさ」

「なるほど……」

「だが、デビューに躓いたからって諦めるほど潔くもねぇ。俺は短期の留学を長期に申請しなおして一から鍛えなおすことにした。アメリカンクラシックは三冠の間隔が短い。この時点であっちのクラシックは諦めざるを得なかった……」

「……」

「其処からは出走を控えてトレーニング三昧さ。留学を長期に切り替えたからこっちのクラシックに出る道もあったんだがあんまり興味ねえしな」

「でも一生に一回ですヨ~。とりあえず獲りに行っても邪魔になる事は無かったでショ?」

「そもそも皐月の2000すら俺には長ぇんだよな。それでも、マルゼンスキーが出てきたならムキになったかもしれねぇが……」

「そっか」

「あいつは怪我で出られなかった。俺様もそんなクラシックにあまり興味が無かった。だが、俺とマルゼンスキーが揃ってクラシックから身を引いた為に泣かされる奴が出ちまった……いや、まぁ其処まで責任持てるかよって話でもあるんだがな」

「そりゃぁ……ねぇ」

「だけどハードバージは当時、俺様に夢を見たんだとさ。マルゼンスキーじゃなくて、俺に。偶々でもなんでも手が、声が届くところにいる奴が俺に夢を託してやがった……このまま放っても置けねぇよ」

「……先輩、何時か他人の夢に縛りつぶされちゃいません?」

「覚悟しときなエルコン。おめぇも勝ち続けりゃ何時かそうなる。他人なんて身勝手に自分の夢をこれと見定めたウマ娘に託すもんさ。だけど上に行けるのは、そうやって託された夢を力に変えていける奴だ。お前も、すぐにそうなるぜ」

「うへぇ」

「っは、其処は高笑いして軽口の一つも叩けるようになりやがれ」

 

シルキーサリヴァンはしかめっ面のエルコンドルパサーを引き起こす。

そのまま二人組で軽く柔軟をしていると、同チームの後輩が駆け寄ってきた。

 

「あ、エル先輩此処にいた!」

「ヘイ、デジちゃん。何か御用ですカ~?」

 

アグネスデジタルは傍のシルキーサリヴァンに黙礼すると、赤い女も頷いて片手を上げる。

目上の挨拶を済ませたデジタルは持ち込んだ新聞を開く。

そしてある記事をエルコンドルパサーに見せながら興奮したように聞いてきた。

 

「これって先輩のクラスだよね! 何があったか知りません?」

「これは……今月デビューのウマ娘……あ、スぺちゃんもう一勝してる!」

「やっぱり先輩の知り合いですよね、おめでとうございます」

「ありがとうデース! と言っても、勝った当人がいない所で祝われて私がお礼言うのも変デスネ~」

「ま、ま。それはこっちに置いといて……此処! 此処読んでよ」

「……何これ? 誤植?」

「さぁ? だから同じクラスの人なら何か知っているかなーってお聞きしに来たんですよー」

 

エルコンドルパサーとアグネスデジタルは新聞の記事。

正確にはスペシャルウィークを特集した記事の一部に目を止める。

デビュー戦を勝利で飾ったウマ娘という一事だけでは此処まで大きな特集は組まれないだろう。

余程派手な展開があったらしい。

そのように書いてあるし、エルコンドルパサーもこの記事のような表現で勝利を語られるウマ娘は初めて見た。

 

「デジちゃんこの記事借りて良い?」

「あ、差し上げますよ? もうみんな読んだし」

「さんきゅーデース」

「その代わり、真相分かったら是非教えてくださいよ」

「まっかせてー」

 

意地の悪い笑みを浮かべるジュニアの二人。

エルコンドルパサーが特ダネを持ち込んだ後輩の頭をガシガシと撫でると、アグネスデジタルも悲鳴を上げながらされるがままに受け入れている。

シルキーサリヴァンは若い新入りが無事チームに馴染んでいる事に安堵するとともに、怪鳥に遊ばれるであろうスペシャルウィークの写真に同情の視線を送るのだった。

 

 

 

§

 

 

 

「ヘイ! ジャパニーズカントリーガール」

「げぇ、エルちゃんっ」

 

スペシャルウィークは教室で遭遇した怪鳥から一目散に逃げだした。

エルコンドルパサーの要件は左手に握られたスポーツ紙が雄弁に物語っている。

逃亡を図るスペシャルウィークに対し出入り口を巧みに塞ぐエルコンドルパサー。

しかし狭い教室内で何時までも逃げられる訳もなく、逃走中に巻き込んで跳ね飛ばしたセイウンスカイによってお縄となった。

 

「ウンスちゃんナイス」

「君はウンス言うな。所で何の騒ぎなの?」

「武士の情けです。見逃してくださいウンスちゃん」

「私を巻き込む前なら見逃したんだけどねー。跳ねられた痛みが消えるまでエルちゃんの味方かなぁ」

「あぁ……」

 

絶望したように俯くスペシャルウィークを引きずったセイウンスカイはとりあえず席に座らせた。

顔を上げないスペシャルウィークの前で持ち込んだスポーツ紙を開いたエルコンドルパサー。

セイウンスカイは机の上に広げられた紙面を見る。

それは先日流し読みした今月デビューのウマ娘の記事だった。

 

「ウンスちゃんこれ読んだ?」

「勿論。勝ちタイムと勝ったウマ娘の名前だけだけどね」

「そりゃ勿体ないデース」

「なに? 何か面白い事……あったみたいだねぇ」

 

顔を伏せたままぷるぷると震えるスペシャルウィークの様子から事情を察したセイウンスカイ。

とりあえず礼儀上初勝利を飾ったクラスメイトを祝うためにもう一度記事を読み直す。

そうしていると教室の扉が開き、グラスワンダーが登校した。

 

「おはようございます、皆さん」

「あ、グラスーこっちこっち」

「エル……また何かスぺちゃんに悪い事しているんですか?」

「さぁ、悪い事したのはどっちカナー?」

 

ドヤ顔の親友に半眼になったグラスワンダー。

スペシャルウィークの様子からまた碌でもない事をしているのかと疑念が沸く。

しかしセイウンスカイが読んでいる記事を見た途端、グラスワンダーの頬が引きつった。

 

「……なんだこれ」

「スぺちゃんのデビュー戦の特集デース」

「いや、そりゃ分かるんだけどねぇ」

 

記事は多くの賛美によってスペシャルウィークを称えていた。

可憐な容姿。

インタビューの初々しい受け答えと、日本一という大きな夢

新人とは思えない華麗なライヴパフォーマンス。

観衆を熱狂させた歌声。

そして見事なKO勝利。

 

「スッペちゃーん」

「……はい」

「ワタシー。英語は苦手なんですケドー」

「おい帰国子女」

 

新聞から顔を上げて一応突っ込むセイウンスカイ。

エルコンドルパサーは気にした風もなくスペシャルウィークの頬をつついている。

まだ顔を上げられず、されるがままのスペシャルウィーク。

 

「KOってたーしかノックアウトの略だった気がするんデースよネ~」

「……その通りだと思います」

「ノックアウトってたーしか相手をノックダウンさせないと起こらない勝ち方だった気がするんですヨ~」

「……仰せの通りでございます」

「……決め技はジャイアントスイングとかデース?」

「手を使わない投げ技だったから空気投げだと思いますよ」

「タツジン!?」

「違うんですぅ……誤解なんですぅ」

 

現場を目撃したらしいグラスワンダーの証言。

羞恥で顔を真っ赤に染めたスペシャルウィークは机の上で頭を抱えた。

その様子に大笑いしたエルコンドルパサーだが、間髪入れずにグラスワンダーに尻尾を掴まれ悲鳴を上げる。

セイウンスカイはとりあえず、今度から新聞は一通り読むことに決めた。

 

「まぁ、その辺の武勇伝を当人の口から聞きたいなーってネ~。後輩も気にしてるしサ~」

「……そんなに広まっちゃってるんですか?」

「むしろそっちから私が聞いたんですヨ」

「そっか……そうなんだ」

 

スペシャルウィークは遠い目をしながら黒歴史となった記事を確認する。

エルコンドルパサーに弄られているKO勝利の内容。

記事ではクイーンベレーというウマ娘を20㍍ほど吹き飛ばしたとしか書かれていない。

そして腹立たしい事に、全てが自分にまつわる事実であった。

スペシャルウィークの正面では満面の笑みで解説を待つエルコンドルパサーがいる。

こうなった怪鳥はきっとしつこい。

耐えていればグラスワンダーが止めるかもしれないが、最早忍耐の限界が近い。

盛大なため息とともに覚悟を決めたスペシャルウィーク。

しかしその肩に手が添えられた。

視線で辿った先にはグラスワンダーの顔がある。

あらゆるものを包み込んで許すかのような優しい微笑。

その片手はスペシャルウィークの肩に置かれ、もう片手は自分の胸に添えられている。

 

「グラスちゃん……」

「はい」

 

チームメイトの意図を察したスペシャルウィークは感謝の念を抱いて頷いた。

 

「……お願いしていい?」

「本人からは言いにくい事もありますからね」

「ほぅ……つまり、スぺちゃんの代わりにグラスが釈明をするトォ?」

「はい」

「割と危ない博打するねスぺちゃん」

 

いつの間にかエルコンドルパサーとセイウンスカイに対し、スペシャルウィークとグラスワンダーが向き合う形になった。

グラスワンダーは悪ノリしていると思われる親友にジト目を返す。

そしてはっきりと宣言した。

 

「この度の出来事につきましては、全てスペシャルウィーク選手個人の有する資質によるものであり、リギルとして、チームとして結果にかかわる事は出来ませんでした」

「なに堂々とスぺちゃん売り飛ばしてるんデスか!?」

「あいた!?」

 

思わずっと言った形でグラスワンダーの額にチョップを落とすエルコンドルパサー。

スペシャルウィークは驚愕の眼差しをグラスワンダーに向けている。

その肩に今度はセイウンスカイが手を置いた。

 

「覚えといてスぺちゃん。グラスちゃんは、エルちゃんのやる事に突っ込みは入れるけどね? 実際にその奇行を止めた事って殆ど無いから」

「……おがあじゃん……都会のウマ娘はおっかねぇよぅ……」

 

弁護どころか後ろから刺された形のスペシャルウィーク。

半泣きの彼女を引き寄せ、あやす様に慰めるセイウンスカイ。

グラスワンダーとエルコンドルパサーは立場を逆にしたようにスペシャルウィークを挟んで言い合っている。

騒がしいクラスメート達の様子に立ち上ったのは、我関せずとばかりに過去の名レース集なる本を読んでいたキングヘイローであった。

 

「貴女達少しお静かになさい」

「「だってエル(グラス)がっ」」

「お黙り」

「「はい」」

 

気品と眼光。

そして濃密にして圧倒的な武威の気配で級友を圧したキングヘイロー。

その右手と左手はエルとグラスの手首を握りしめている。

セイウンスカイの耳は骨が軋むような音を拾っているが、スペシャルウィークの頭を撫でて必死に無視した。

 

「恐らくですが、何か誤解があるようなのでグラスワンダーさん。もう一度正確に、詳しく説明していただけます?」

「……えぇと、スぺちゃんと私は今年がクラシック戦線です。これは一生に一度の事ですから、リギルに限らずほとんどのチームでは総力を挙げて支援するのが普通だと思います。そしてリギルだと私が骨折で出られませんので、スぺちゃんの支援体制一本に絞れたはずでした。ですが今、別件があってそれが出来ない。だからリギルとしてスぺちゃんへの協力が不十分だったって言いたかったんですけど……」

「……あの言い方で?」

「トカゲの尻尾切ったようにしか聞こえなかったデース」

「まぁ……忘れそうになりますけど、グラスワンダーさんも帰国子女ですからね」

 

級友たちの反応をうけて首を傾げるグラスワンダー。

本当に他意が無かったらしいその様子に背筋が寒くなったスペシャルウィーク。

普段から面倒なのはエルコンドルパサーだが、いざという時に限ってはグラスワンダーの方が恐ろしい。

やや納得いかない表情のグラスワンダーが続きを話す。

 

「リギル入りしてからスぺちゃんの基本的な走力や体力の測定を行いました。そのどちらも優秀だったのでトレーナーさんは条件戦の間だけ別件に専属で取り掛かり、スぺちゃんの指導を先輩方に委ねました……相当悩んでらっしゃいましたが」

「まぁ、転入初日で条件戦無敗だったヘイローちゃんに勝ち切ったもんねぇ」

「スペシャルウィークさんは人間のお母さまと特訓をしていたのですよね?」

「あ、はい。お母ちゃんの軽トラ追っかけたりタイヤの代わりに軽トラ引っ張ったりボールの代わりに軽トラ避けたりしてました」

「ワタシハツッコマナイヨ~」

「……東条トレーナーは最初スぺちゃんの基礎能力を育てたお母さまに感心していらっしゃいました。トレーナー候補としてトレセンに呼べないかとまで言ってたんですよね……特訓の内容を聞いて絶対言わなくなりましたけど」

 

グラスワンダーは一つ息を吐いて話題の路線を修正する。

 

「現在スぺちゃんのライヴ関係の指導はシンボリルドルフ会長とナリタブライアン先輩で、デビュー戦のレース内容を指導なさったのはヒシアマゾン先輩です。空気投げもその影響かと思われます」

「空気投げの一言で流されると怖いんだけど実際にスぺちゃん何やったデース?」

「えっと……ヒシアマゾン先輩から荒っぽいレースを仕掛けてくるウマ娘がいた時の対応を教えてもらっていたんです。その一つで、相手のショルダータックルに対して肩と反対方向に相手の腰を押し込んだだけなんですけど……」

「んー……?」

「後ろから追いついて相手の左から抜くとき、私にタックルするなら右足で踏み切るよね? 追いついてから抜き去るまでにクイーンベレーさんの右足が地面に着いてるタイミングで仕掛けてきますから大体分かるんです。だから屈み気味に身を低くして避けたんだけど、つっかえ棒の私がいなくなったから相手が私の背中の上を転がって外埒めがけて吹っ飛んで……」

「それで……KO?」

「……うん」

「ねぇグラス」

「言わないでください」

「ねぇグラスちゃん」

「言わないでください」

「リギルはスペシャルウィークさんをどういうウマ娘にしたいんですか?」

「私に言わないでくださいよぉ!」

 

悲鳴のような声と共に頭を抱えたグラスワンダー。

彼女はスペシャルウィークのトレーニングには殆ど関わっていない。

しかしリギルに導いたのは自分であるため無関係と開き直る事も出来なかった。

 

「スぺちゃん、素直な上に教えた事の覚えも良いので先輩方にも可愛がられているんです。色々な先輩方が様々な事をスぺちゃんに教えて、スぺちゃんもスぺちゃんで教わった事はそこそこ以上に熟せるものだから……」

「でもせっかく教えてもらったんだから覚えたいし、覚えた以上機会があったら積極的に使っていかないと悪いじゃないですか……」

「オゥ……ニポンの田舎ウマ娘怖いデース」

「スぺちゃんっていうか、リギルが怖いよ」

 

手を取り合って震える演技で煽るエルコンドルパサーとセイウンスカイ。

リギルの二人は心底悔しそうに呻く。

トレセン学園のトップチームにして年間最多勝利記録を持つリギルに対し、此処まで堂々と喧嘩を売ってくるジュニアもいないだろう。

二対二でにらみ合う級友に対し、キングヘイローは額の皺を揉みながら最後の疑問を口にした。

 

「スペシャルウィークさんの事情は何となく分かりましたけれど……そちらのトレーナーさんが関わる別件というのは、伺ってもいいかしら?」

 

スペシャルウィークとグラスワンダーはしばし見合う。

 

「グラスちゃんこれ言っても良かったっけ?」

「怪我でもない限り決まった事ですので大丈夫です」

「ん、えっとね。タイキシャトル先輩が春レースから復帰するんだって」

「「「は!?」」」

 

リギル以外の三人がそれぞれの表情で固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




C組五人がそろってわちゃわちゃしてる所が書けて幸せでした
この話のタイキシャトル先輩は多分、リアルより苦労しています

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