もしも吉良吉影がヒロアカ世界に生まれたら   作:hige2902

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第二話 男殺しの女王

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 導火線の短いダイナマイト

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 起床とは簡易的な誕生だ。吉良はまさしく生まれ変わった気分。なんともすがすがしい。幼少の頃よりの疑問が晴れ、これからは平穏に加えてささやかな幸福に触れる事も出来る。

 

 上機嫌で、コーヒーメイカーがコポコポと音を立てているのを聞きながら、藍と紺の細かいストライプのワイドカラーのボタンを留め、くすんだ赤のニットタイを締める。リネンのラフなカーキ地にアイボリーのウィンドウペンのスーツを羽織った。

 

 出社し、任されていた契約書を仕上げる。その傍らで、ちらとデスクの上の携帯端末を盗み見る。どこかであの女に期待しているのだ。助けるという行為を実行する機会を。

 だが結局、その日は女からの連絡は無かった。

 妙だな、と吉良は訝しむ。あの様子だと警察に届け出てはいないだろう。個性犯罪はマスメディアのオヤツだが、ニュースにもなっていないし。別の弁護士を雇ったか、姿をくらましたか。

 

 その翌日。なんとなしに女から渡された名刺を見やる。角は曲がり全体的によれていて、コーヒーか何かの染みが小さく残っている。裏には手書きで個人のと思わしき番号。仕事終わりに公衆電話から掛けてみるが、応答はない。携帯端末で店の名前を検索すると、歓楽街のソープだ。弁護士バッジを付けて女の名刺を出すと、すぐに店長が出てきて、あっという間に女だと特定できた。なんでもちょっと前までは界隈で有名なナンバーワン風俗嬢だったらしい。多くの男を虜にしてきたとかなんとか。クライアントだと伝えると、面倒ごとを嫌ってか稼ぎ頭が消えた理由が知りたいのか、あっさりと本名と住所が割れた。昨日今日と無断欠勤らしい。二駅離れたアパートへ向かう。表札は女の物だった、という事は男はヒモか。ノックするが、応答はない。外へ回ってみるがカーテンが掛かっている。夜だというのに電気は点いていない。妙だ、同居している男の元へは帰らない方が言いと伝えたので、少なくとも男は居るはず。吉良は腕時計を確認する。そろそろ帰って寝ないと睡眠前のストレッチの時間を削る事になる。吉良は周囲を確認してからドアスコープ越しにぼんやりとした室内を覗いて、それ、を内側に出し、鍵を外させた。ドアを開けるとほのかに甘く、酸い香りがする。台所のシンクから虫の羽音が聞こえる。鼓動が速まる。靴を脱ぐことも忘れて上がりこむと薄暗い部屋の中で女が血だらけで倒れている。酒瓶が転がっていた。乾ききった黒い血を踏みしめる。近づくと地を這う虫が女の身体から数匹逃げ出した。うつ伏せに倒れている女の頭部は割れ、黒く長い髪は血で固まっている。

 

 吉良はそっと、死んだ者の手を取った。ひどく荒れていて、甲には幾つものタバコの跡があった。

 ほんの少し指を握って手を放せば、こてり、とフローリングの床に落ちた。先日の夜のような、か弱い力は感じられない。

 もう一度同じように指を握って放す。こてり、とフローリングの床に落ちた。吉良はそっと涙と血でぐちゃぐちゃに崩れた化粧の女の顔に手をやり、見開かれた目を閉じて、通報した。

 

 

 

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 キラークイーン

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 第一発見者という事もあり、吉良は警察の聴取を受けた。担当したのは塚内と名乗る刑事だった。

 吉良の目には三十代前半に見えた。その歳で刑事なら、相当な切れ者に違いない。

 

「で、部屋の鍵は開いていたと」 と塚内。ペンの頭でじぶんのこめかみをつつきながら、書類に目を通して言った。

「ええ、二日前にファミレスで取り決めていた定時の連絡が無かったので不審に思い、住所へ向かいました。インターホンを鳴らしたのですが、応答が無かったのでドアノブを握ると鍵はかかっていませんでした」

「で、なんで入ろうと思ったの? 普通は鍵が掛かってなくても、勝手に入っちゃあダメでしょ」

「ドア越しに腐臭がしました。DVを受けているという事実と合わせると、最悪の場合を考慮したまでです。不法侵入で捕まりますか?」

 

「まさか、わかっているくせに、きみは弁護士だろ? それにしても鼻が利くんだねえ。春先の気温とはいえ死後二日で、空気清浄機は点けっぱなしだったのに。」

「では、なぜ聞くのですか。腐乱状況から見て、少なくとも第一発見時に殺害したものではない」

「聞かれちゃあマズいかい?」

「いえ」

 

「ま、一応、調書は作っとかなきゃあならない。どんなに犯人とは遠くともね。個性は何でもありだから。きみが死体を腐らせる個性を隠し持っているとも限らない訳だし、悪く思わないでくれ」

 

 そう言われると、吉良は言い返せなかった。代わりの言葉を紡ぐ。

 

「それで、犯人の目星はついているのですか」

「まあね。どちらにせよ、証拠が無いけど」

「そういえば二日前にファミレスでクライアントと会話中、スウェットを着た男が割って入ってきました」

「ああ、知っているよ。店内の監視カメラで確認した。そいつ、前科があってね、個性は割れている。離れたところから物体を動かせる。で、浴槽にはPCが沈められていた」

 

 塚内が言いたいのはこうだ。男はアリバイのあるところでPCの映話を通じて女の位置を確認しながら、ビール瓶やなんかの凶器を動かし、暴行を加えた後でPCを動かして風呂に沈めて証拠を隠滅した。

 

「きみのところの事務所は民事を主に担当しているから明るくないかもしれないけど、まだ個性犯罪に対する法整備は十全じゃなくてね。警察内部の情報収集に長けた個性を持つ警官を使って水没したPCの情報をサルベージできるんだが、個性を用いた捜査による証拠の法的信用度は低い。一昔前の指紋の扱いみたいなもんさ」

「なぜ?」

「生まれながらに特定の捜査に特化した個性を持つ人間を重宝すると、採用の段階で不公平が生じるから。それは体力や頭脳と言った、努力でなんとかできるレベルじゃないから」

「そうですか」

「ところでサルベージしたPCの映話では、被害者のドアの鍵は閉まっていたんだけど」

 

 こいつ、と吉良は固唾を飲むのをなんとか堪えて言った。

 

「では、犯人が一度現場に戻ったのかもしれませんね」

 

 数秒の沈黙の後、塚内が話を戻す。

 

「ま、公的組織だからね。こういった個性犯罪は増加していっているし、今度の予算案からかな。人と金を確保できるのは」

 吉良は刺すように短く言った。

「ひどく他人事だな」

「公僕が私情で動くわけにもいかないし、僕は立法の人間じゃない。そこ間違えると、行政はハリボテになる」

「今回の捜査は?」

 

「解決は近いだろう。犯人の男は特定できているし、後は警察がサルベージしたPCの情報が、たまたま電子クラックが得意な個性のヴィランの手によって流出し、それをたまたま見つけたヒーロー達の手によって」

 

 吉良は口をつぐんだ。塚内を責めるのは間違えている。現場の彼とて現状に納得はいっていないはずだ。だからこんな遠回しの危うい手段を使うのだろう。そう納得した。

 現体制にはまいるよね、はっはっはっ、と乾いた笑いの塚内の大きな目は、全く笑っていなかったので。

 

 

 

 吉良は数日の有休をとった。事務所の方としては古い付き合いの紹介を受けて、定款の作成を吉良に頼むつもりだったが、吉良の同僚が引き受けた。

 同僚曰く、クライアントが死んだとあっては心労も積もるだろう。もともと仕事はマジメでそつなくこなす。そんな有望な後輩が潰れては困る。ならゆっくりと旅行にでもいってメンタルケアをしてもらった方がいいさ。と。

 

 そう。心は、癒さなければならない。

 吉良は例のソープ店に向かい、風俗嬢に話を聞くとすぐに男の素性が割れた。どうも何人かの女性に貢がせているらしい。評判も悪かった。

 

 

 

 男は最近入り浸っている女のアパートの鍵を開けようとし、キーホルダーをスウェットから取り出した。何本も束ねられていて煩雑そうだ。その内の一本を鍵穴に差し込み、そういえばと、もう使う事はない鍵をキーホルダーから外す。

 部屋の主は夜という事もあって仕事中でいない。男が暗い室内の電気を点けると同時にギョッとした。

 

「なん! だおまえ……こないだの」

 

 パッと明かりが広がり、生活感のある部屋に吉良が立っている。格子の無い、シンプルな淡い紫の三つボタンジャケットに薄いエメラルドグリーンのシャツ。同色のUチップシューレースを履いている。

 

「たぶんだが、これが挫折ってやつなのかな」

 吉良は顎に手をやり、男から視線を外すことなく続けた。

「それとも絶望なのかもしれない。どちらも深く味あわされた事がないから、区別がつかないのだよ。とにかく暗い気持ちだ。例えるなら、心臓の中の血がサッと蒸発しちまったって感じかな」

「なんだてめえ、おいこら弁護士なんだろ、なに勝手に人んち入ってんだコラ」

 

 ずかずかと男は詰め寄って胸ぐらに手を伸ばす。

 

 吉良の頭の中で、塚内の言葉が明滅する。

 

 ――吉良さんはこの件から降りた方がいいよ。もともと、被害者と契約は結んでないんでしょ――

 

 男はどうしてわたしの平穏の中の、せっかく見つけたほんのちょっぴりの幸福に水を差すのだろうか。

 

 ――なんでって。たぶん警察に駆け込んでこなかったのはね、まあ彼女自身の保身もあるだろうけど――

 

 それ、が男の頬を殴り抜き、即座に吉良の背後から飛んできたテレビを叩ッ壊す。

 

「な!?」

 

 完全に不意打ちをしてやったと思っていた男が驚愕し、同時に背後の壁に血がぶちまけられた。それの拳が鳩尾を貫通したのだ。男はゲロのように吐血する。それの腕がずるりと引き抜かれ、どさりと尻餅をついて壁に寄りかかる。

 

「なんで、こんな。あの、女を、たかがあんな、殺した、からか?」

 男は息も絶え絶えで言った。脂汗をびっしょりとかいて。

「なにもんだ、あんた。おれが誰だか知ってんのか……おれは」

 

 ――男は死穢八斎會の構成員だからね。名前くらいは聞いた事あるだろ? 彼女、報復が怖かったんじゃないかな。ああ、一応忠告はするけど、きみはヒーローじゃないから、関わると面倒ごとになるかもしれない――

 

「おれは死穢八斎會のもんだぞ。おれを殺したのが組にバレりゃあ、あんた、終わりだ。死んだ方がマシだって、思う、ように」

 

 吉良は黙って男を見おろして考える。

 

 わたしは別にあの女に恋愛感情だとか、会ったばかりの人間にそれほどまでの義理人情を感じるほど篤い訳ではない。

 ただ、わたしに幸福を感じさせてくれた人間が、わたしの不注意で死んでしまった事に強い敗北感を感じているだけだろう、それがこの胸の奥で黒く渦巻く感情の出所だ。

 それしかわからない。だからそれ以上になぜ? と自問しても答えは無い。理由も無く、生まれながらにそれをされると憎悪の情感が湧きだす。ただのそれだけ。サガってやつなのだろう。

 

 それにしてもあの時、ファミレスで別れる前に一言かけてやればよかった。そうすれば死なずにすんだかもしれない。別の所に泊まるアテなど、本当は無かったのかもしれない。ファミレスを出たところで、男が待ち伏せていたのかも。タクシーを呼ぶくらいはしてやってもよかった。

 

 男がヤクザもので、以前誰かに助けを呼んだ時に迷惑をかけてしまったのかもしれないし、警察を頼ったのがバレてひどい目に会った過去が?

 彼女は、その迷惑をわたしにかけたくなかったから、結局一人で抱え込んだのかも。姿勢は良かったからいいところのお嬢さまかもしれない。それがどうして歓楽街で随一の風俗嬢になったのかも。

 そのすべては仮定の話だ。

 

「きみのせいだ。きみの責任なのだ。きみがわたしに深い絶望を与えたから、その埋め合わせをしなければならなくなったのだ。均衡がとれてこその平穏なのだから」

「あの女は、あんた、の?」

「彼女に特別な感情は無い。たぶんな。言っただろ、彼女を失った悲しみなのか、クライアントを見捨てた仕事上の挫折なのか、どちらも避けて生きてきたから判断がつかない。ただその結果として、わたしにささやかな幸福を与えてくれた者が傷つけられ、殺されたという事が問題なのだ。それが堪らなくわたしを不快にさせる」

 

 男は涙ながらにじぶんを道具のように見下す吉良を見上げて思った。訳、わかんねぇよ。マジでこいつ頭が……

 

「た、頼む。名前を、教えてくれ。知っておきたいんだ、おれを殺したやつの、名前くらいは」

「そうか」

 

 男は吉良の死角でペンを操作していた。本当はそれを首元に突き刺してやりたかったが、おそらくはテレビの二の舞になるだろう。ならばせめて名前だけでも残し、組に報復させてやるという腹積もりだ。

 しかし、こいつの個性は一体何なんだ。急に殴られたという感覚があった。背後からの奇襲も看破した。背後を見張っているやつがいるのか? クソ、こいつは一歩たりとも動いてねえんだぞ!

 

 吉良はスーツの内ポケットから一枚の紙片を放った。ひらりひらりと男の血だまりに落ちる。

 男は失血で霞む視界の中、なんとか手に取り、確認する。確認して、マヌケな声をあげる。

 

「え?」

「それがきみを殺す者の名だ」

 

 奇妙な現象が起きた。紙片を触った男の指がボコリと膨れ上がる。そこを起点に手、腕と浸食するように次々に歪に膨張する。

 男が叫び声をあげようとするよりも早くそれは体中に広がり、膨張が臨界を超え、爆ぜる。肉片や血が飛び散る事も無く、男の肉体は爆発して消え去った。ぼとりと落ちた左手だけを残して。

 

 吉良は爆風でふわりと浮かび上がった紙片を、女の名刺を掴む。空いた手を、じぶんの顔のすぐ隣に浮かぶそれの頭部に下から回して首を抱いた。それもまた吉良の首と腰に手を回す。

 

「キラークイーン。わたしはこれにそう名付ける事にした。今回の挫折と敗北を、忘れる事の無い警句と戒めにする為に」 血の華が咲いている壁に向かって言い捨て、ドアに向かう途中で名刺を爆破させる。 「多少は気が晴れたとはいえ、まったく、不快だ。これほど暗い気分になったのは、平穏を心掛けるわたしの人生の最大の汚点だ。二度とこのような事が無いようにしなければ……二度とこのような気持ちになる訳には……」

 

 吉良はぶつぶつと帰路につきながら再考する。やはり、キラークイーンはわたしの目的を叶える手段を持っている。対象を爆破し、消し飛ばす能力。それも一部だけ残すと言った器用な事も出来る。だが、もう荒事に使う事は無いだろう。そんなトラブルは回避か未然に防ぐに限る。

 そうして暖かい牛乳を飲み、ぐっすりとはいかないほどほどの睡眠を得る。次に倒れている人の手を取るのがいつになるのかを考えながら。

 

 そうして吉良は、つかの間の平穏を過ごした。

 

 

 

 後日、ニュース番組で男の死が報道されていた。ヒーローの掴んだ情報と合わせると、二日前の女の殺人犯だという事がわかった。

 へえ、とSNSのトレンドに載っていた記事を見て、興味深そうに呟いた一人の女子高生がいた。両サイドをお団子で纏めた、どこにでもいそうな女の子、と言った感じ。スタバで呪文のようなフラペチーノを一口やって、適当なまとめているスレッドにいいねを押す。

 

 

 

 一人の死穢八斎會の構成員が、携帯端末に言った。

「あ、おれです。やっぱり殺された若い衆が貢がせてた嬢に、例の弁護士が会いに来て話聞いてたみたいです……はい……はい……わかりました。失礼します」

 通話を切り、ある弁護士事務所のパンフを眺める。

 

「吉良吉影、ね」

 

 呟くように言って、弁護士紹介の欄にある顔写真を眺める。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 この個性犯罪には、奇妙な点があった。左手だけを残して遺体も残らず消し去る個性が使用されている。にも拘わらず、なぜ男を失血まで追いやり、身体の一部を残したのか。単純に殺すのであれば、血を流させず全身を消し飛ばせばいい。なのに、なぜ? その理由を塚内はおおまかにだが掴んでいた。

 

 事件の一旦の解決と同時に女の素性も割れた。行方不明だった、どこかの地主の一人娘だったらしい。両親は遺体を引き取ると同時に、犯人である男に対して錯乱に近い激しい憎悪を抱いた。

 

 立ち会っていた塚内は見かねて、そっと耳打ちする。報道はされていないが、男は失血死相当の血を流し、現場には切断された左手だけが残っていた、と。おそらく残酷な殺害方法が行われていたのだろう、と。

 そう、犯人は心の平穏を求めていたに違いない。

 

 それを聞いた両親が何とか留飲を下げている姿を見て、塚内は推察を確かなものにした。

 

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