もしも吉良吉影がヒロアカ世界に生まれたら   作:hige2902

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一言で、組の人間はこの時期DVで殺人しないんじゃないか、って指摘があって
確かになー、と思ったので半端者ってフォロー入れときました。感想ありがとうございます。
あと塚内は刑事ではなく警部でした。すみません。


第三話 地獄に通ずる門

 吉良は出社してすぐに、先輩の同僚のデスクに向かった。

「この間はありがとうございました。私が有休を取った時、代わりに定款の作成を引き受けてもらったばかりか、刑事事件に詳しい方まで紹介していただいて」

「ん? ああ、いいよいいよ。勉強熱心で感心した。それにきみ、あんまり有休消化してないだろ。たまにはまとまった休暇で、ゆっくりすればいいさ」

 気にしてないと言った風に同僚は話題を変えた。

「そう言えば吉良くん、服の趣味変わった?」

 

 言われて吉良は自分の身体を見下ろす。サックスブルーのスーツに淡いエメラルドグリーンのシャツ。藤色のタイにブラウンのスウェードのUチップを履いていた。

 

「そう、ですか? あまり意識してませんが」

「ちょっと前までは格子柄が多かったからさ」

 

 言われてみれば、そんな気もした。人生をほんのちょっぴり彩る幸福を発見できたせいか、無意識的に開放的になったのだろう。文字通り、格子から放たれたような。

 

「ま、今日からまた頑張って経験を積んどいてくれよ。法曹界じゃあ、個性を用いた捜査の法的信用度を見直した草案が作られてるって話だ。施行されれば忙しくなる」

 

 言われて吉良は苦笑した。

 夫の浮気現場を個性で念視したので、それを証拠に離婚裁判を起こしたいという相談を、真面目に聞かなくてはならなくなる。

 

 

 

 

 ――――

 

 火薬

 

 ――――

 

 

 

 麗らかな春の日差しがさす早朝は、八斎會の部屋住みにとって変わらぬ日常を感じさせた。

 先日、碌に部屋住みもしてないくせに兄貴風を吹かせる新参者が殺されたと聞いて、いい気味だと思うと同時に肝を冷やした。その不穏に縮こまった心が、ゆっくりと溶かされていくようだ。

 まあヤクザ者をやるなら、そういう事もあるのだろうと自分の事を棚に上げ、自分だけは死ぬはず無いと無意識する。

 あれは事故のようなもの。このご時世に抗争なんてありえない。大方、貢がせていた嬢に刺されたのだろう。

 

 

 

 短髪の、身なりの整った青年、治崎 廻がソファにたっぷりと腰を落としている。襟羽の小さな光沢のある暗い灰のストライプ柄のシャツに、濁った赤い細めのタイ。黒のタイトなスラックスを履いている。若年という歳にもかかわらず、都内最大の暴力団組織の若頭という地位にいた。それだけでなく、今では実権を握っている。

 隣の肘掛けには小さなぬいぐるみと、後ろにはスキンヘッドの男が控えていた。

 

 そのままぽつりと治崎が言った。

「いくら組織が小規模になったってよ、部屋住みもしてない半グレに杯やるから面倒ごとが起きる」

 

 彼の抱える八斎會は、看板こそ掲げているがヤクザというよりは地下に潜ったマフィアに近い。表立って暴力団であるという事を主張せず、構成員は一見するとただの給与人にしか見えない。面倒を起こしたくない重要な時期でもあるからだ。そんな時にこそ厄介ごとは降りかかる。

 

 八斎會の若い衆が殺された。

 

 若い衆と言っても、治崎が悪態を吐いた通りの半端者だ。

 第一発見者のヒモ相手である嬢に話を聞くと、報道されていない情報を得た。大量の血と手だけが部屋に残っていたらしい。ヤバい個性の使い手に殺されたという事だ。

 

「おまえこれどうするつもりだ」

 

 対面に座る中年の幹部は、申し訳ありませんと形式儀礼的に頭を下げた。幹部の後ろに控えている付き人は気が気ではない。次の瞬間にも兄貴分が殺されるかもしれないのだから。

 

「若いのは死んでるんで、使用者責任を問われる事はおそらく無いとは……」

 

 この狸が。治崎は内心で幹部を呪った。殺してやりたい。だがオヤジの元側近という事もあり、迂闊に消す事はためらわれた。培われた経験や、マル暴との繋がりもある。

 

 ヒーローが跋扈するご時世で生き残っている暴力団は、数少ない。中でも八斎會は最大勢力だが、組織は一枚岩とは言えなかった。植物状態で実権を失った組長派と、その原因を作ったであろう若頭の治崎派で割れている。

 構成員の多数は昔気質のシノギを重んじる組長派で、ヤクや非人道的なシノギに手を出す治崎派を支持する者は少ない。

 

 それでも組織としてなんとか機能できているのは治崎の恐怖政治と、両派閥とも本質は組の永続と発展、そして組長の回復を望んでいるからだ。

 組長派は、おそらく植物状態にした犯人は治崎だと気付いている。だが証拠が無いし、植物状態を回復させるには治崎の個性が必要だ。だから一応は協力する。親分をいいようにされて黙って従う子分に甘んじるしかない。

 このままではいずれ瓦解する事は両派閥も理解している。だが、水面下では相容れない。

 

「しかし、今回の殺しが半グレ集団か、ただのチンピラか、それとも新興の同業者なのか……ま、どれでもええですが、とにかくそいつが反社の手先で、その仕業だとしたら、カエシも無しだとつけ上がるんじゃないですかね。いや、波風立てたくない時期ってのはわかります。でも、これからうちのがポンポンと殺されやせんですか」

「音本を使って確認しろってか。あいつの個性は替えが利かない、万一があれば事だ。痴情のもつれだろ」

 

「そうですか。目星はつけたんですけど。吉良吉影って弁護士が若いのの素性を探ってたみたいで、ツラも住所も割れてるんですが」

 

 最初からそう言え、表には出さずに治崎は毒づく。大方、揉めた末に自分の意見を通したという事実が欲しかったのだろう。

 

「なら話は別だ。その吉良ってのを囲い込む」

 

 暴力団が大きく弱体化した理由はヒーローの登場と、それに憧れて学生時代に逸話を作ろうとした学生の的にされたというのが通説だ。当時の暴力団は、特に後者についての対応に手を焼いた。相手は素人、それもガキ。迂闊に手を出せば使用者責任で上がトブ。そして暴力団だからこれを叩くことは正義だ、というクリームのように曖昧な雰囲気があった。

 

 だが真に深刻だったのは、それが暴力団の抱える弁護士にまで及んだという事。

 

 この社会情勢を機と見たのは警察と検察だ。手口としては、私服警官がお抱えの弁護士に貼り付き、自称ヒーローに絡まれていざこざが起きたところを現行犯で引っ張るやり方が多かった。

 暴力団の顧問弁護士は、ただでさえ弁連や弁護士会から白い目で見られている。大衆からもそうだ。暴力団は悪であり、例え弁護する者であっても助けようとするならば悪であるという風潮。

 そのような訳で、暴力団が弁護士に付き人を用意するまでの短い間に多くの弁護士がパクられ、辞めていった。新たに雇われるとしたら、よほど酔狂人だ。

 

 暴力団として扱われれば、ローンは組めないし、まともな葬儀場も借りられない。子供は保育園を追い出される。妻子の名義で建物を借りれば犯罪だ。

 そして誰が暴力団員かを認定するのは警察の独自の裁量によるものなのだ。弁護士だろうと、なんだろうと。

 

 八斎會もその例外ではなく、その煽りを受けた。顧問弁護士の一人や二人は抱えておきたい。

 

「下部組織のちゃらんぽらんどもは使うな。音本に任せる。本当に殺したのなら弱みを握らせる」

 

 有無を言わさぬ治崎の凍てついた口調に、幹部は表面上はしぶしぶと従った。本当は生きた心地がしなかったのだ。

 

「そうですか、まあカシラがそう決めたんなら、私の絵面でしたが諦めます」

 

 それだけ言って、幹部は付き添いを連れて部屋を出た。それを認めると、治崎は隣の人形に尋ねる。

 

「どう思う、入中」

 

 ふうむ、と入中と呼ばれた人形が顎に手をやり、答える。

 

「仮に吉良が半端者を殺していたのなら儲けものです。盗聴撮しながら音本の個性で言質を取れば、うまく引き入れられるでしょう。あまり性急になるのは勿体無い案件です」

「そうか。音本にはくれぐれも気を付けるように伝えろ。相手はイカれた個性使いだ。必ず日中かつ第三者に助けを求められる状況で接触しろ」

 

 それだけ言うと、治崎も席を立った。部屋を出て地下に降り、曲がりくねった廊下を歩いて厳重にロックされた分厚いドアを開ける。

 そこには、大病院の手術室をそのまま切り取ったかのような十分過ぎる医療設備と、精密な化学工場がごった煮にされた閉鎖空間があった。手術台には一人の少女が諦観の表情で照明を見上げている。

 

「それじゃあカシラも来たのでエリお嬢さん、失礼しますよ。組の為ですからね」

 

 医師らしき男がそう言うと、麻酔で、くてっ、としたエリの白い傷だらけの前腕に浅くメスを入れて、適切に四角く面積を取った。酸化していない赤い血が、じっとりと縁取るように珠を作る。それをガーゼに軽く吸わせてから一角をピンで軽く持ち上げ、切開用の小さなハサミを閉じたまま差し込み、開くことで表皮とその下の真皮を切り分けた。

 そのまま、ぐっ、ぐっ、と引っ張りながらハサミで切り取られた表皮は、銀のトレイにべたりと置かれた時にはたわんでいる。

 施術痕には冗談のように新鮮な赤い肉がぬらりと照明を反射し、僅かに凹凸を作る毛細血管や筋に混ざって、皮下脂肪が白く所々に見え隠れしている。

 

 この行いが悪為なら、だからエリの白い腕は地獄に通ずる小さな門が唐突に開いたようだった。長方形に象られた向こう側の景色はきっと、鬼が造る赤い、赤い赤い艶やかで無惨な人だった肉にまみれているに違いないのだから。

 

 白い傷だらけの前腕に浅くメスを入れられ、適切な面積を取られる。

 エリは、ぶつぶつと繊維が剥離され、じゃきじゃきと自分が切り剥がされているという感覚に、虚ろな双眸から雫をこぼした。

 一段落着くと少女の首から下は、クッキーの生地に抜き型を嵌められた残りカスのようになっていた。染み出た血液が乾燥し、色を変えている。

 

 その様子を、ガラス越しに治崎はじっと眺めながら思った。エリが成人女性なら、もっと切り取れる面積が増えて効率的なのだが、と。

 溜息を吐き、手術室に入って個性を発動させる。エリの体躯が修復されたが、腕の傷は残っている。治崎はあえてそうしている。そうすれば、エリは自分が何者であるか、どういった存在意義なのかを視覚的に理解しやすいと考えたからだ。

 白い傷だらけの前腕に浅くメスを入れられ、適切な面積を取られる。

 もう一段落着くと少女の首から下は、クッキーの生地に抜き型を嵌められた残りカスのようになっていた。

 

 治崎が個性を発動する。エリの体躯が修復された。地獄に通ずる門が、開かれる。人の手により。

 

 

 

 ――――

 

 ニトロ

 

 ――――

 

 

 

 後日、治崎から合切を任された音本は八斎會のフロント企業の名を使い、吉良を指名し、就業規則の作成を依頼した。

 時刻の五分前に事務所に到着する。

 音本は前髪をゆるやかに上げた七三ヘアーで、物憂げに垂れたまっすぐな眉、それに反してハーフスリムのメガネの奥の瞳には、深い意思を感じさせる。

 ライトブラウンのグレンチェックの二つボタン。ボタンは袖口のも含めて、ダークブラウンの革のくるみだった。それと同色のペイズリー柄のタイと、磨かれたチェルシーブーツ。よくみれば気付く程度のピンクゴールド色のシャツを着ていた。

 

 吉良は簡単なあいさつを済ませて、事務所内のプライバシーを考慮した個室に案内し、お茶請けを持って来てもらう。

 その後、改めて名刺を交換する。

 

 吉良が受け取った名刺には、木本とあった。ちらと相手の表情を見やると、愛嬌のある笑みを返される。

 契約はつつがなく結ばれた。音本からしてみれば、つまらない予定調和だ。会話の節節で金や女等、引き込めそうな要素を探ったがそういった欲望は無さそうだった。頃合いだな、と個性を発動し世間話を切り出す。

 

「そういえば先日、この近辺で人が殺されたそうですね。ニュースでやっていた、あれですよ、マンションの一室での。犯人、誰なんですかねぇ」

 

 その音本の問いに、吉良は望まぬ真実を吐いた。

 

「わたしが殺した」

 

 戸惑う吉良を見て、フッと音本が笑った。彼の個性、真実吐きによる問いかけは、強制的に真実を語らせる。

 

「なるほど、なるほど、やはり」

「……とでも思ってらっしゃるようだ。悪いが、おかえりいただこう」

 

 音本は、さぞ動揺しているだろうと思っていたが、予想に反して吉良は冷静だった。意に反した発言をする自分自身に戸惑いを覚えはしたものの、なんとか取り繕っている。というより、敵を見る目をしていた。

 こういった切り替えが一瞬の精神構造の人間は手強いと経験から察したが、第一段階は終了している。あとは退散するだけ。

 

「ええ、ええ、そうですね、続きはまた今度、ゆっくりとやりますか」

 勝ち誇った顔で続けて問うた。

「あなたの個性は」

 

「無い」

「え?」

 

 その想定外の真実は怪訝だったが、ネタは握れた。追い追い尋ねればいいと、音本は事務所から出て待たせてある車に乗る。

 

「ご苦労様です。カシラのとこで?」

 

 音本の眼鏡には小さなカメラが付いている。吉良の自白の瞬間は抑えた。刑事事件における盗聴撮の証拠能力は厳格な審査があるが、八斎會は起訴が目的ではない。これをネタに吉良に首輪を付けたいだけ。同僚や上司の玄関に先の映像が入ったUSBが置いてあれば、困るのは吉良だ。

 

「うまく行きましたか?」

「うん? ああ、だがやつが無個性というのには驚いた」

 

 すぐにでも治崎に電話で伝えたかったが、裁判所の許可があれば警察は盗聴を行える。エリの事を勘付かれる訳にはいかないので、基本的に重要な案件の連絡に電話は禁じられていた。

 

 音本は一仕事を終えた気分で肩の力を抜いた。無個性の人間が、手だけを残して遺体を消す事は不可能に近い。つまりあの現場には、協力者が居たのだろう。ヤバい個性の使い手が。そう考えるのが自然だ。上手くすれば、そいつも八斎會の駒に出来るかもしれない。

 そう考えながら、首元を緩めようとネクタイに触れた。ただそれだけだった。

 

 運転手がルームミラーを見やり、音本の消失に気付いたのは次の赤信号で停止してからだった。

 

 

 

 吉良はその日の業務を片付けながら、なんとなしに幼少の頃を思い出していた。

 

 なぜ人を殺してはいけないのか。大人を困らせようと、そんな質問をしつこく投げかける生意気な同級生がいた。返ってくる言葉と言えば、モラルだとか、法だとか、人間性だとか、とにかく色々ある。

 だが吉良は今日、そういったものよりも納得できる回答を得た。

 なぜ人を殺してはいけないのか。

 面倒な事に、二人目以降を殺さなければならないからだ。

 

 こうなる事は薄々、予測していた。

 

 だが仕方が無かった。

 よく人生はレールに例えられているが、あの時、八斎會の男がファミレスに現れなければよかった。あの男が吉良のレールの上に飛び出してきたようなもの。そうとあっては轢殺するより他にない。

 そうしなければ、平穏という道を外れてしまう。

 

 弁連や弁護士会の伝手を頼って、検事や刑事事件に詳しい弁護士を当たって八斎會の詳しい現状を調べるに、治崎という青年と取り巻きの八人の鉄砲玉が牛耳っているらしい。しかも少数派。何人か削れば報復どころではなくなるだろう。

 

 今の事務所を離れるという事は考えられない。同僚は接しやすく、老舗で地元企業と密接しており安定した収益がある。色気を出して事業拡大もしていない。そして吉良は、労働環境がとても気に入っている。

 

 忙しい時は残業もあるが、基本は定時に帰れて給与もまあまあ。だからか人材の入流出がほとんどなく、信じられない事に人材募集は約十年ぶりだった。ツいていた。ここに就職できて本当によかったと思っている。あとはもうちょっと近場に自然があれば完璧だが、それは望み過ぎというものだ。過分は均衡を崩す。均衡がとれてこその平穏なのだから。

 

 だから、と吉良はビルの窓から夕暮れの街並みを眺めて、内心で独り言ちる。

 

 だから、わたしを追う者には死んでもらう、と。

 

 

 

 ―――

 導火線の短いダイナマイト

 ―――

 

 

 

「これ、いま塚内さんが追ってる左手事件の調査結果です」

 早朝。目立たない普通車の運転席に座る猫の頭部をした猫人間の玉川が、助手席に乗り込んだ塚内にファイルを渡す。

 

「ありがとう。相変わらず仕事が早いね」

「僕じゃなくて鑑識が、ですよ。出しますね」

 

 ゆるりと加速した車が、バックミラーに警視庁本庁を映した。車窓から入る薫風が、玉川のとろりとした毛並みを撫でつける。

 

 塚内はドアで頬杖をつき、ファイルに挟まれている写真を眺めた。安っぽい白の壁紙に異形の血の花がこびりついている。壁に飛び散った血液は乾燥しており黒い彼岸花のようだ。ずるりと背を擦り付けるように落とした跡が太い茎で、床に広がる血だまりは異様に肥大化した球根に見える。

 

 科学捜査によれば、前科のデータと照らし合わせて、血と左手の個人は断定された。死体を動かした跡も無く、殺害現場は部屋で間違いない。

 また壁の血痕には胆汁が確認され、単純に血液を複製する個性で血痕を作って出来る物ではない。実は生きている系の保険金詐欺という訳でもなさそうだ。

 花弁のように上向きに散った血からして、やや下から入射し、上向きに貫通した。人体を貫通するほどの力を発射したのだろうか? だとしたら相当の個性制御に長けた犯人だ。弾体を男の背後の壁に当たる前に止めているという事になる。

 

 床には唾液と血が混ざった小さな血痕が残っていた。飛沫血痕を調査するに、男は直立している状態で殴られていた。

 順番で言えば男はまず殴られ、鳩尾辺りに穴をあけられ、壁を背に座り込んだ後に左手だけを残して消された。

 

 思案する塚内を、玉川がちらと盗み見る。警部であるにも関わらず、こうしてたびたび現場に出る。先日は取り調べも手伝ってもらった。こうして間近で勉強させてもらえるのはありがたいが、玉川は多忙なはずの塚内が疲れている所を見た事が無い。常に昼行燈よろしくしているのが、部下としてはなぜだか畏怖を覚える時もある。いや、それは敬服だと内心でかぶりを振って話かけた。

 

「なんなんですかね、犯人の個性。人体に穴を空けるだけなら増強型で説明がつきますけど、身体が消えたってのが……血だまりを見るに遺体を物理的に動かした跡も無いですし」

「極めて短時間での殺傷能力に優れた個性が使用されたことは、間違いないと思う」

 

 塚内がそう考えた理由は、残された左手の断面だった。黒く炭化しているが、単なる焼身とは少し違った。部屋の主である女性が帰宅して男の手を発見した時、異臭はしなかったそうだ。駆けつけた警官の報告からも人体が燃えた臭いは無いとの事。天井や壁にも煤は確認されなかった。

 

「犯人は男の身体をじわじわと焼失させていない。断面は炭化しているからな。それと、左手には爛れや水ぶくれも無い。」

 

 炭化とは、酸素が少ない状態で物質が高温かつ短時間で燃える時に見られる化学反応だ。つまり短い間に左手の切断面までを焼失させた。それも、ただの炎ではなく、男以外には一切干渉しない自然界のそれとは異なる不可思議な狐火。そういう個性なら説明がつく。切断面に酸素は、当然少ないのだから。

 個性犯罪の捜査に必要なのは想像力とそれを信じる力だと、塚内は考えている。一見してどれほど突拍子の無い推理でも、警察はそれなしで何でも有りが個性の世の中を渡ってはいけない。

 

「狐火ですか、言い得て妙ですね。短時間で対象だけを焼けて、しかも部分的に残す事も出来る。燃えカスも無く、超自然的に焼く個性」

「その仮定を満足する場合、結構ヤバめだな。対象以外には干渉していないところを見るに、頑強さとかを無視して焼くかもしれん。応援を呼ぶにしても、耐久型のヒーローはダメだな」

 

 ただ、塚内が気がかりなのはこの事件が単独犯なのか複数犯なのかという事だ。殴る、テレビを壊す、腹を空ける際に使われた個性と、狐火の個性。

 土足で上がり込んだ足跡はあったが、共犯者は靴をガムテープでぐるぐる巻きにしていたのかもしれない。あるいは、珍しいが一人に二つの個性が宿る事も無いわけではない。

 

「オールマイト以前、自称自警団時代の残党ですかね」

「自分から見た悪人は私刑にしてもいい、そうするしかないって連中は、今はステインだっけ? の登場で軒並み鳴りを潜めたからなあ。なんというか、今回は妙な事件なんだよな」

「そうなんですか? 昔は結構こういう正義感を振りかざした個性犯罪があったって聞きましたけど」

「残虐行為からして、犯人は感情論で犯行に及んだのは間違いないだろう。そうすることで満足出来たんだ。でも昔の私刑はもっとわかりやすく残酷に遺体を残していた、世間に対して自分たちの正当性と正義感の強さを誇示するがごとくね。だからやはり問題は左手だ」

 

 塚内はこめかみを掻いて続けて言った。

 

「なんていうか、一応の報いは受けさせたぞっていう、オマケ感なんだよな。自分の気持ちのついでに、被害者と、一歩踏み込んで遺族の気持ちを考えているような。それが偶然なのか、承認欲求なのか、死んだ女への手向けなのかがわからない。だが少なくとも、心の癒しや平穏、それを脅かす絶望や憎しみにこだわりがある。ただの残党の私刑じゃない。もしそうならもっと凄惨に死体を作る」

 

「理屈では、自分の個性がバレるかもしれないという危険性を冒してまで左手を残す必要は無いですもんね。それとも左手は焼けない制限の個性なのか、あるいは理屈ではない本能的な理由があったのか……」

「そういう事だ。あと犯人はサイコかソシオの可能性が高いから、それっぽかったら注視しろ。精神洞察って今はもう警察学校でやってるよな?」

「……たまにするそういう論理の飛躍はビビるんですが」

「個性犯罪のデータベースの前例に狐火がないから初犯だろう、初犯であんな殺しが出来るか? しかも予測では人体を焼失させている。倫理観が破綻していて、だがこう殺さなければならないという、感情の癒しに対しての造詣的理念がある。無茶苦茶だ……あ、ここだここ」

 

 玉川が車を停めたのは、こぢんまりとした工務店だ。そういえば子供の頃からずっとあるなあ、といった感じの地域に根付いた店構えをしている。

 

「ここに第一容疑者の情報が?」

「容疑者の個性届けの日付から小学校の同級生を当たったら、けっこう面白そうなエピソードがあった」

 

 玉川は後部座席のバッグから取り出した書類に目をやりながら言った。

 

「吉良吉影、ですか。個性はちょっとした物を動かす程度の念動力。ざっと身辺調査した感じでは特に不自然な点はありませんでした」

「ぼくも関与してないと思うよ。本命じゃないけど、ただちょっと気になったから。シロっぽいところから固めていく、が個性捜査の基本だしね」

 

 ごめんくださいと店に入ると、一人の従業員がデスクから顔をあげた。昔はヤンチャしてました、といった風貌の男性。アポイントは取ってあるのでスムーズに話は進む。

 電話口では面倒ごとはごめんだという口調だったが、吉良吉影の名前を出すと協力的になり、あっさりと聞き取りに応じた。

 

 パーティションで区切られた応接室で塚内が早速ですがと切り出す。玉川はそのやり口を隣に座って見学している。

 

「電話でお伝えした通りなのですが、当時の状況を詳しくお聞かせ願えますか」

「あの、これ、おれを捕まえるとかそういうんじゃないですよね。吉良が、吉良くんがなんかの事件に関わってるから調べてるってのなら、協力は惜しみませんが」

「あなたへの告訴があった訳でもないですし、暴行罪は時効ですよ。調査については詳しくは話せません」

「そう、ですか。わかりました、おれに出来る事ならなんでもします。でもずいぶんと昔の事なので正確にはちょっと思い出せないんですけど」

 従業員は首を撫でながら続ける。

「そのぉ、縮こまって倒れてる吉良くんを見下ろしてたら急に体が持ち上がったというか」

 

「エレベーターに初めて乗った時のような?」

「いやそーゆー感じじゃなくて、ふわりというよりはギュっとした感じ? ですかね」

 

 なるほど、と塚内は意味深に沈黙する。従業員は緊張を紛らわす為か、お茶に手を着けた。

 

「体を持ち上げられた時は、肉体的な不快感がありましたか?」

 従業員は首筋をぽりぽりと掻いて唸る。

「うーん、あったような、なかったような。正直、思い出せないですね。思い出したくないってのもあるんですが」

「それほど恐怖を覚える個性でしたか?」

「っていうより、吉良くんに個性を使われてビビって逃げちゃったのが、なんだか恥ずかしくて。無個性だったはずの人間が急に、ねえ?」

 

「確かに吉良さんの個性届けの日付を見るに、平均よりかなり遅咲きですよね。ところでその日の夕食って覚えてます?」

「はい?」

 不意を突かれた表情の従業員に、塚内は続けて言った。

「いや、結構大事な事なんですよ。本気で思い出してみてください」

 

「ええ? うーん」

 宙に視線をさまよわせて顎に手をやって答える。

「いや、わからないです。でもこれ、ほんとに関係あるんですか?」

 

「ありますよ。話を戻しますが、吉良さんの個性で身体が浮いた時、痛みは感じました?」

 

 どうかなぁ、と首をさする。

 

「ちょっと立ってもらっていいですか?」

 

 え、はあ。と要領を得ない返事に、失礼しますよと断りを入れる。塚内は従業員の首を軽軽と片手で締め上げ、すぐに放した。

 

「こんな感じでした?」

 

 従業員はえずいて答える。

「っびっくりしたなあ。ゲホッ……でも、あー近いかもしれない。てか、なんだろう。首、首かあ。これ……だった気が、いやこれですよ! 思い出した、間違いない。手で掴まれる感覚!」

「そうですか、参考になりました。お忙しいところありがとうございました。では」

「あ、あのっ吉良が逮捕されたら教えてほしいんですけど、あの」

 

 従業員の言葉を無視して、塚内と玉川は車に戻る。するとボンネットに座っていた黒い猫が飛び降り、とてとてと玉川に歩み寄って、にゃあと鳴いた。玉川が首の下をわさわさすると、満足そうに立ち去る。

「したわれてるねえ」

 と塚内。どこか羨ましそう。

「助かりますが、ぼくは見張りなんていいって言ってるんですけどね。ヤバい組織犯罪を追ってるわけじゃないですし」

 

 用心に越したことはないさ。まあ、そうですが。と二人は車を出した。

 

「十中八九、吉良の個性は単なる念動力じゃない。見えない手を動かしている。しかもあの従業員の発言が事実なら、吉良はうずくまった状態で視覚外の人間の首を掴めた」

「つまり、自分の感覚とは切り離された見えない手があるって事ですよね? なにが念動力だ」

 

 個性として大別するなら、異形型と判断できる。自立行動する物も存在し、プロヒーローで例えるとワイルド・ワイルド・プッシーキャッツに所属するピクシーボブの土流がそれにあたる。

 

 ぽつりと塚内がこぼす。

「吉良は異常かもしれない」

「たしかに。今まで無個性だったのが、ピンチで急に発現すれば友達に自慢したっておかしくない。それをちょっとした念動力で抑えていた

 ……ただ、本人にも見えない手とかの可能性もありますね。だから念動力と勘違いしているかもしれませんし」

「かもしれない、まあそれはすぐにわかる事だ。重要なのは、透明な手を秘密にする必要性があったのかどうかだ。別にバレたって問題ないだろ? 追及されると面倒な個性なのかもしれない」

「ああ、悪事に向いている個性持ちって偏見の目で見られるから、親から隠せと言われるやつですか。このまま追います? 吉良」

「いいや、取り急ぎ、透明な手を自覚しているのかを確認だけして反応を待つ。その間に別の容疑者を洗おう」

 

 白っぽいところから固めると言った塚内が、吉良を後回しにすると言っている。

 

「つまり吉良は灰色ですか」

「客観的な事実から推察すると、そうだ」

「主観では?」

 

 玉川の問いに、塚内は薄く笑っただけで答えなかった。

 

「それよりおやつにしよう。いい大福を出す店を見つけたんだ」

 

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