【完結】吉良吉影のヒーローアカデミア   作:hige2902

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➀ 趣味の悪い時計の男

 なんということだ。

 

 絶賛高校一年生になろうかという吉良吉影は頭を抱えたくなった。

 雄英高校の入試だと? そんなエリート校など行きたくなかった。それなりの高校に入り、それなりの大学を卒業し、それなりの会社に就職すればそれでよかった。

 誰が一流の高校に入学したいと言った!

 

 言ってない!

 なんでもそつなくこなし、弱点をなくすために広く浅い分野で三位という順位を取り続けていたがために両親が勘違いし、勝手に願書を書いたのだ!

 曰く、おまえには幅広い才能があるだとか、器量があるとか、吉影の取った山ほどの準優勝や三位のトロフィーを磨きながら、そんな理由を付け加えて。

 

 一流高校のヒーロー科? 職業ヒーロー? どうせ世間体を気にしながらヴィランと戦わなければならないのだろう。やりすぎればメディアとネットで叩かれる、気苦労の多い仕事だ。目指す奴の気が知れない。

 

 吉良は入試をバックレてもよかった。そうしたかったが、すでに母親が井戸端会議で雄英を受けるという事を広めてしまっていたのだ。ここで逃げれば、怖気づいたと思われかねない。

 こうなっては最善を尽くすよりほかはない。入試に挑んで、むざむざと落ちてしまっては吉良吉影としてのメンツが立たない。ご近所から、まあ雄英だもんね、落ちたって仕方ないよね、しょうがないよね、などと憐れまれるなど許しがたい屈辱だ。そんな状況を甘んじて受けるわけにはいかない。

 やるしかない。雄英に受かったという事実をもぎ取り、通学時間とかの問題で他校に行けばいいのだ。

 

 やれる。吉良吉影はどんなピンチだって切り抜けられるはず。これしきの苦難で立ち止まる訳にはいかない。

 

 吉良は意を決して雄英の地に足を踏み入れる。踏み入れたところで係員に止められた。おかしい、他の学生はみな続々と説明会場へ向かっているというのに。いちいちこんなところで足止めされて時間ぎりぎりに会場入りなど冗談じゃあない。五分前行動は基本だ。

 

「なにか」

「すみません、保護者の方はここまでです」

 すぐに視線を吉良の隣に移し、偶然にも隣で歩いていた女学生に続けて言う。

「そういうわけで受験票、出してくれる? あ、お父さんが管理してくれてるのかな」

 

 何を言っている、この係員。と吉良は隣を見て、らしくもなくギョッとした。制服が浮いている。まるで透明なマネキンが着ているようだ。スカートがあるので女学生という事もわかるがしかし。

 制服が受験票をバッグから取り出しながら言った。

 

「あの、その、非常に言いにくいんですが、他人です」

「え? あそうなの、じゃあ誰の……」

 

 申し訳なさそうに、しかし気持ちは分かりますよ、といった体で係員は言った。なにせ天下の雄英高校への入試なのだ、親の気持ちになるならば、応援しに来る気持ちもわかる。

 現に学園の門の方では、親が車で送ってきているのも見かけた。

 吉良も黙って受験票を提示する。係員はそこに張り付けてある証明写真と吉良を交互に見やり、取り繕う。

 

「え、あ……ご、ごめんねー。ちょっとその、勘違いしちゃったかな~。それにしてもきみ、大人びてるって言われない? ほら、貫録、じゃない雰囲気がさ、妙に落ち着いているっていうかさぁ~」

 

 いえ、と吉良はその場を後にした。

 たしかに吉良は中学生というには大人びていた。身長も中学生にしてはあるほうだし、すっと通った鼻に薄い唇。物憂げで瞳の奥に凍てつきが見え隠れする端正な顔立ち。エリートという雰囲気があった。

 まあ、一番の原因は一目で仕立てのいいのがわかる、ぱりっとした薄紫のスーツにノリの効いた薄緑のシャツを着ているからだろう。おまけに奇妙な生物の髑髏があしらわれたタイ。基本的に受験に服装の指定は無い。周りを見れば、ラフな私服で来ている学生もいる。

 通学鞄ではなく、ビジネスバッグだし、スニーカーでも普通のローファーでもなく金属の飾りのついたビットローファーを履いている。吉良はその独特な配色センスとアイテムを、完全に着こなしていた。

 

「さっきはびっくりしたね」

 

 と、制服が吉良に話しかける。

 

「わたし、葉隠透。見ての通りの個性」

 

 どちらかと言えばきみの方に驚いたが。とは言わずに答える。

 

「吉良吉影。変に大人扱いされるのは初めてではなかったが、親子扱いされたのは初めてだ」

「ふふっ。でもいいなあ、大人扱いされるって。ちょっと羨ましい」

 

 葉隠はほんの少し寂しそうにそう言った。

 羨ましい? なにがだ? 吉良は不満を滲ませた。

 

「んん~、デメリットの方が多くて困るがね。小学生の頃、バスは子供料金で乗れなかったし、映画も学生料金で観ようと、学生証を出しても不審がられるからな~。目立つことは好まないから、わたしとしてはきみのその、透明な個性ってのが羨ましいよ」

「あはは、そりゃあ大変だね。でも、そっか。映画、好きなんだね。最近何観たの?」

 

 なれなれしいやつだな。と吉良は内心で苛立った。ただでさえ来たくもない受験で、恥をかいているというのに。

 

「それはそうとして、きみ、えーっと葉隠くんと言ったかな。ずいぶんと余裕があるな。わたしたちはいわばライバルになるのだが」

「ま、そうだけどさ。根っこにある、誰かを助ける、ヒーローになろうって志は同じなわけじゃん?」

「そうかな。入試って事は、受かるやつと落ちるやつがいるって事だ。合格者の数は決まっている。そこで、もしもじぶんこそが他のやつよりもヒーローに相応しいって考えているやつがいたとしたら、平気で他人を蹴落とすと思うがな。じぶんこそが相応しいという確信犯が、いないとも限らない」

 

 それを聞くと、葉隠はわかりにくいが腕を組んで不敵に笑う。

「ふっふっふ、吉良くん。それは違うよ」

「なにが違うというのだ」

「そんな人はね、ヒーローじゃあない。なれないのさ。もしもじぶんこそが雄英に受けるべき存在だと確信していたとしても、その為に他人を蹴落とすようなマネをする人は、ヒーローじゃない。これはヒーローとなるための試験なのだから、どうしたって落ちるに決まっているよ」

「ずいぶんと、楽観的で超自然的な理由だな、論理的では無い」

「ヒーローはね、理屈じゃないんだよ。たぶんね」

 

 ホールに到着し、受験番号が貼られた席に移動する為、そこで葉隠と吉良は分かれた。しばらくすると、席もだいぶ埋まって来る。

 夢見がちだ。あんなのがヒーローになるのか? 今のプロヒーローも葉隠のような夢想家だとしたら、そんなやつらの保護を受けている事に一抹の不安を覚えた。

 趣味の悪い腕時計を確認すると、定刻まであと少し。

 

 吉良は周囲の密やかな会話を極力無視した。

 

「どうして先生が受験者の席に座っているんだ」

「先生って事はヒーローか? 見た事無いが」

「わけんねえ、けどきっと実力はあるんだろうな。仕事できますって感じだし」

「あれだろ、アイドル事務所の面接待ちの時に、社長が清掃員に扮してオフの時を観察するとか、そういうやつ」

「スカウトか」

「青田買いにもほどがある」

 

 すると、ばたばたと慌てて吉良の前の席に男子学生が駆けこんで一息ついていた。

 まったく、自己管理くらいしたらどうだと、吉良は侮蔑的な視線を送る。

 

「いやあ、僕としたことが、つい人助けをしていたら遅れかけてしまった。ま、困っている人を見かけたら見捨てられないたちでね」

 

 聞いてもいないのに、額の汗を拭いながら、隣のざっくりとまとめたポニーテールの女学生に流し目で語る。

 

「おっと初めまして、僕は端田屋 九屋良レ(はしたや くやられ)。よろしく」

 

 奇妙な名前だ。吉良はじぶんを棚に上げて思った。

 

「は、はじめまして、わたしは――」

 

 と名乗った女学生は、差し出された端田屋の、なるべく指先を握って握手する。

 

「シャイなんだね、ははは」

 

 こいつ、鈍いのか、それとも底抜けのマヌケなのか。

 雄英に来てからストレスしか感じていない吉良の心の平穏はすでに揺らいでいる。

 

 というところで、壇上に一人のパンクなやつが現れた。辺りからは小さく、すげえプレゼント・マイクだ、本物だ、と言った声が漏れる。

 

「今日は俺のライヴに来てくれて本当にサンキュー!」

 

 一拍、置かれるが反応は無い。

 

「Oh Yeah. 緊張してるのかなー。そんな君たちの事を想って書いた詩だ、聞いてくれ」

 プレゼント・マイクは、両手でマイクを掴んだまま、数秒うつむいて溜めて言った。

「新曲、実技試験の概要」

 

 入試要項を何度も読み返し熟読している連中にとって新しい情報は出てこないので、吉良は話半分に聞いていた。そのせいか、半分は端田屋が女学生に小声で話す内容が耳に入る。

 

「聞いたかい。ポイントは有限のようだ」

「え、ええ。そうみたいですね」

「僕と組まないか? 仮想敵はロボットのようだから、僕の個性が大いに役に立つと思うんだ」

「いえ、その」

 

「遠慮しなくていいんだ。大丈夫、美味い具合にとどめは君がさせるようにするさ。何もしなくていい」

 

 女学生が口を開くのを制して続けた。

 

「か弱い女性を守るのは、ヒーローとしての務めだからね。女性を守るのが男の務め。特に君みたいな美しい女性に泥臭い戦いは似つかわしくない。礼には及ばない」

 

 端田屋の会話が終わったのを十分に確認してから喋ろうとするが、端田屋は狙っているのか偶然なのか、それに被せる。

 

「いや、いいんだ本当に礼なんて。美しい女性を保護するってのは男として当然の事だから。本当に、礼なんてよしてくれ。でもどうしても君の気持が収まらないというのなら、アレだが」

 

 ここまでくると、一種の才能なのだろうか。誰も興味なさそうなので割愛した「質問よろしいでしょうか!?」から0ポイントの仮想敵の件が終わるまでの短い時間で、どん底まで好感度を下げる手腕は。

 

 女学生は苛立った表情を深呼吸で平静に戻すと、それ以上端田屋の言葉に耳を貸さなかった。

 照れているのかい、フフフ。と、髪をファッサーっと搔き上げた端田屋を無視するその精神力に、吉良は正直感心した。もしも自分が同じ立場だったら、個性で鼻っ柱をへし折ってやるところだ。

 

 

「そんじゃあ聞いてくれてサンキュー! 悪いがアンコールは無しだ! また俺のライブに来てくれよな! Ho-Ho-Ho!」

 

 それは浪人しろと言っているのか。受験生は聞かなかった事にした。

 




週一で、かも

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