【完結】吉良吉影のヒーローアカデミア   作:hige2902

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② 実技試験に落ちる時

 バカでかいスクールバスを使って、ちょっとした市街がすっぽりと入るスタジアムに到着した。

 個性で建築したのであろうビル群が威圧的にそそり立っている。ここで何人もの受験生が挫折を味わったのだろう。

 

 だが、吉良吉影にそれは必要ない。

 動きやすい服装に着替えた周囲の受験生に交じって一人、スーツに革靴の吉良は目立っていた。目立っていたがしかし、吉良吉影がそんな運動着を着るだろうか? ジムに通っていたのだから、着るのかもしれない。だが鍛える時ならまだしも、戦闘にあっては似合わない。だから、多少目立ったとしてもスーツ姿は貫くべきだった。

 だからかもしれないが、吉良の周囲は二人分ほどの空きがあった。

 

「なんであいつスーツなんだ」

「インテリヤクザみてー」

「個性と関係あるんかね」

「いや、たぶんめちゃくちゃ強いんだよ。スーツでも余裕って表れってやつ?」

 

「あれ、吉良くん着替え持って来るの忘れたの?」

 

 そんな中、葉隠が気楽に話しかける。

 

「わたしはそんなミスをしない。わたしはこれでいいんだ、これがいいのだ」

「あはは、でもさ、どこに入学するにせよ、いずれ制服は着なきゃいけないんだよ?」

 

 吉良は答えなかった。

 

「あの……いけないよ?」

 

 端田屋が別の女学生に、試験説明の時と同じ口説き文句を垂れ流している。

 早く始まってくれ、という端田屋の会話が耳に入ってきた受験生全員の願いが通じたのか、刻限になったのかはわからない。

 

『よぉーし、準備はいいかー、ノってるかー!』

 

 スピーカーからプレゼント・マイクの声が響く。受験生にピリリと緊張が走った。

 

『上空を見てくれ、君達の活躍をモニタするドローンを飛ばしてある。あれだけは仮想敵の攻撃手段や、君達を捕捉、観測するガジェットではないからな! 撃ち落としてもすぐ補充されるから問題ないし減点にはならないが、とにかく気にすんな!』

 

 見えないが葉隠が手首のストレッチをしながら言った。

 

「一緒の制服、着れるといいね」

 

 同時に、スピーカーから火ぶたを切る言葉が響く。

 その瞬間、全員が駆け出す。いや、吉良以外の全員が。

 

 

 

 吉良としては急ぐような事ではなかった。吉良がすべき事、それは高所に登り、全体を把握し、0ポイントの仮想敵から離れた競合しない場所でポイントを稼ぐ。

 避難済みの市街といったかんじで、エレベーターの類は動いていなかった。手ごろなビルの階段を駆け上り、周囲を見回す。

 

 眼下では仮想敵を倒している受験生がいた。仮想敵はそれぞれポイント数がペイントされており、種類が同じでも大きさはまちまちで、軽自動車から二階建ての一軒家まで様様だ。おそらく戦闘系と情報系の個性の格差の不平等を、ヒーローという職業が看過できるレベルまで許容しようという試みだろう。あちこちで試行錯誤の末にゴリ押しで、あるいはウィークポイントを探し出して撃破している。

 0ポイントの仮想敵は見つからなかった。段階的に投入されるのだろうか。

 

 しばらく観察し、三種の仮想敵の攻撃パターンと死角、弱点を把握した吉良は、なるべく仮想敵が配置されておらず、人気の無い場所へ移動する。一位を取る必要は無いからだ。

 公的には伏せられているが、広い視野と分析力を測るために、いわゆる穴場は意図的に用意されていた。一見すると仮想敵は少ないが、コインパーキングや車庫、家の中から突き破って補充される。

 これは、プロの現場でもたびたび問題視される、駆けつけたはいいが多くの事務所とのバッティングでたいして活躍できずにリソースを無駄にする。または、事件解決に適している個性でもないのに、とりあえず急行するという短絡的な思考かどうかを見極める為だ。

 現場でいま求められている共同、協調、協力といったやつ。

 

 積極的に仮想敵を撃破してポイントを稼ぐ行為が実践的であるなら、消極的に競合を避けてポイントを稼ぐ行為は実務的と評価できる。

 

 吉良は一軒家ほどの大きさを持つサソリ型仮想敵を見つけた。ただ、ハサミは無く盾のような短い四足と馬のような首。似ているのは威嚇するように揺れ動く尻尾だけだ。

 そしてあえて吉良は駆け寄った。なぜか!? それは唯一の攻撃手段である尾に対する安全地帯かつ、また馬のような首では目標を見失う事必至の腹の下に潜り込もうとしたからだ!

 

 もちろんやすやすとそれを許す程優しい試験内容ではない。サソリ型は凄まじい速さで尾を突き出す。だが、見えない何か、吉良の個性によって僅かに軌道が逸れ、吉良のすぐ横をかすめて地面に突き刺さる。

 

 予定通りに腹部に滑り込み、充電口をカバーする装甲に個性を叩きつける。金属と何かの鈍い衝突が響いた。あっという間にいくつもの拳の跡が刻印のように浮き上がる。装甲が剥がれ、ウィークポイントである充電口が破壊され、そこから繋がるバッテリーが引きずり出される。ぼたぼたと血のように冷却水やオイルが滴った。

 押しつぶすという行動パターンは観測しなかったし、現にこれで倒している受験生の模倣だ。

 

「困ったな、気に入っているスーツだったのだが」

 

 吉良の個性が、用無しとばかりに引き抜いたバッテリーを放り投げる。

 本当はもっと楽に倒せるが、テレキネシスで通っている個性だ。本当の能力を出す訳にはいかない。全力は出さない、爪とは隠すもの。それが鋭利であればあるほど。

 

「うん?」

 

 次の目標は、と周囲を窺っていると、近づいてくる爆発音に耳を傾け、その方向を見やる。体操服が走って来る。いや。

 

「葉隠……?」

 

 だがその様子はどこかおかしい。仮想敵を求めて、というよりはまるで何かから逃げているようだが。

 曲がり角から、四足歩行のカメ型仮想敵が滑り出た。大型トラックをゆうに超える大きさだが、後ろ足は後輪となっており、見た目に反した速度で葉隠れを追いたてる。

 

「吉良くん!? ごめん! わたしから離れてー!」

 

 カメ型が背負っているミサイル発射機構から、一発の小型ミサイルが発射された。それは葉隠を通り越して吉良を狙っている。

 吉良の個性が瓦礫を握り、遠投する。飛来するミサイルのシーカーを砕き、あらぬ方向へ着弾した。信管は電子制御されており、受験生が個性で生み出した障害物を認識した時に起爆するものだったので爆発はしない。

 実技試験はほぼほぼ安全。

 

 面倒なことになった、と吉良は独りごちる。

 内心としてはもちろん葉隠を見捨てて、さっさと別の場所にいきたい。だが、今から人気の無い場所が仮にあったとして、それを見つけ、移動するまでの時間は無い。人気が少ないという事は、仮想敵が少ない。つまり得るポイントも他人と比べて少ないのだから。

 だから見切りをつける事は出来なかった。

 

「葉隠! こっちだ!」

「でも!」

 

 感情的なやつはこれだから、と吉良は苛立った。相手を思いやって決断を遅らせるのはB級映画のヒロインだけで十分だ。

 

「ごちゃごちゃ言うんじゃあないッ!」

 

 吉良は有無を言わさず葉隠の手を取って先導する。その時、まったくこの状況とは関係ない、ある事に気が付く。

 

 葉隠は手を振りほどきたかった。これではまるで、面倒な敵を擦り付けているようではないか。だが吉良の放つ「凄み」には何か確信めいた説得力がある。

 二人が逃げ込んだのは地下駐車場だった。電源系統は完全に死んでいないのか、予備電灯が灯っていて薄明かりだ。

 放置され、埃の積もった外装にタイヤの潰れた車が何台もある。

 一台のハイエースの影に隠れ、一息つく。

 

「ごめんね、吉良くん。信じられないかもしれないけど、わざとじゃあ」

「無い、という事がわからないと思っているのか」

「え?」

「もしも本当に厄介な敵を擦り付けるつもりなら、わざわざ遠くから逃げろなどと警告するはずがないからな」

 

「そう、そっか。ありがと。でもこれからどうするの? ここだと逃げ場が」

「一般的な地下駐車場の高さ制限は2.4メートル。あのカメ型はパッと見て全高5メートルはあった。入っては来られない。息を整えたら、どこか別の通風孔なり換気口を探して脱出すればいい」

 

 ほへぇーと、葉隠が感嘆の声を漏らす。

 

「凄いね、吉良くん。わたし、あの変な仮想敵に追っかけられっぱなしで、そんなの全然思いつかなかったよ」

「変?」

 

 吉良は眉をひそめた。

 

「え、うん。わたしの個性って透明になるだけだから、こっそりと近づいて、非常停止スイッチを押したりしてたんだよね。どうも仮想敵のセンサーの類は人の形に反応する画像認識と、音によるものみたいだったから」

「その分析能力も十分に凄いと思うが……」

 

 非常停止スイッチ。なるほど存在してもおかしくはない。精密電子機器の内部システムに不具合が生じる可能性は、ゼロではない。それが原因で万が一に暴走した場合、高価な機械を破壊せずに停止させる手段は必要だ。エスカレーターについているようなアレ。もちろん、剥き出しではなくハッチで覆われているだろうが。

 

「でもあのカメ型は違った」

「どう、違ったのだ」

「非常停止スイッチを押しても、止まらなかった。それに、わたしが逃げ回っている途中で他の受験生の攻撃が当たったんだけど、ビクともしなくて。他の個体より明らかにスペックが高い」

 

 唐突に地下駐車場に大きな足音が響いた。まさか、あのカメ型が? どうやって、と吉良はハイエースの影に隠れて入口を盗み見る。すると、ミサイル発射機構をパージした先ほどのカメ型が、一台一台車を潰しながらうろついている。うろついている? 違う、探しているのだ。吉良と葉隠を!

 

 なぜこれほどまで執拗に? 

 試験開始直後、吉良が観測していた仮想敵でこのようなパターンの個体はいなかった。

 ではあれが0ポイントの敵? 違う、3とペイントされている。

 そもそも雄英が特定の受験者を狙うという、公平性を崩すようなプログラムを乗せるだろうか?

 

 否! 

 

 つまり上記以外の消去法で考慮すべき理由。吉良の鼓動が早まった。

 

「ハッ! まさか……個性の仕業か!? われわれは今ッ! 個性攻撃を受けているッッッ!」

 

 カメ型が吉良の動揺の声を拾い、向かってくる。

 ご丁寧に隠れる場所となる車を潰しながら。

 

 そう、これは機械に乗り移り、それの性能を大幅に向上させるという個性によるもの! 監視カメラに乗り移れば解像度は上がるし、車に乗り移れば燃費と加速度やステアリングが向上! 炊飯器に乗り移れば、まるで土鍋でじっくりと炊いた魚沼産コシヒカリのようにツヤツヤで立ったご飯を食べられるのだ!

 

「そんな!? だって他人への攻撃は禁止されているはず」

「ああ、そこが問題だ。向こうもそんな事は承知だろう。だがこの不正行為に対して、未だ雄英側の干渉は無い。つまり敵は、雄英側の監視を掻い潜る手段を使っているという事だ!」

 

 その推察は、半分正解している。ドローンだけではなく、仮想敵のカメラの映像も試験監督官のいる別室へとモニタされている。だが、戦闘の粉塵に紛れてこっそり乗り移られて制御を奪われた仮想敵は、スペックアップした上で受験生の身体の一部のように振る舞う。被撃破の信号を雄英学校サーバに送り、幽霊機と偽装する事など造作もない。

 もちろん、後から検証すれば数が合わない事は発覚するだろう。だが後から明らかに特定の受験生を狙った仮想敵が見つかったとして、かつ個性が機械への乗り移りの受験生がいたとしよう。それでも証拠は無い! おまえの個性で可能だからおまえが犯人だと断定する事は、法治国家で許されるものではないのだ! 

 電子制御のトラブルとして処理されるだろう。

 

 しかし雄英に観測されていない、というのは吉良にとって不幸中の幸いだった。遠慮なく能力を発動できるのだから。

 

「なんとか二人で逃げ出そ! まだ、やれることはあるはず」

 と、葉隠は真剣な口調でよいしょよいしょと体操服や靴を脱ぎさった。

「見て、いや見えないだろうけど。これでわたしは捕捉されない、あまりやりたくなかったけど」

 

 その為には葉隠が邪魔だ。

 吉良はつまらなそうにフンと鼻で笑う。

 

「なれ合うのも、いいかげんにしたらどうだ」

「え?」

「見ろ、わたしの言った通りだ。競争なのだからな、他者を蹴落とすヤツは当然出てくるのだ。甘ったるいんだよ、きみは」

 

 葉隠は言い返さなかった。何かを言いかけ、やはりと口を閉じただけだ。

 

「だが案外これでよかったのかもしれないな。君のような夢想家は、ヒーローに向いてないと自覚できただろう? 現実は非情なのだ」

 

 吉良には葉隠がどんな表情をしているのかわからない。ただ、葉隠はまだそこにいて、じっと視線を合わせられているという事はわかった。

 

「まったく、きみとなんて出会わなければよかった。いつまでそこにいるんだ、きみのせいでわたしはここでリタイアだ、顔も見たくない、消えろ」

「……わかった」

 

 小さな足音が遠ざかっていくのが聞こえる。これで目撃者はいない。

 吉良は携帯端末を取り出した。いまから雄英に連絡してみるか? いや、信じてはくれまい。仮想敵が自分ばかり狙ってくるなど、テレビゲームで味方が弱かったから負けたと言うようなものだ。

 

 第一そのような逃げ方は、この吉良吉影のプライドが許さない!

 重量感のある足音が、いよいよ近づいてくる。個性を使い、携帯端末をへし折ってハイエースの下に滑り込ませ、タイミングを見計らってガソリンタンクに大穴を開ける。

 カメ型がハイエースを踏み潰した瞬間、吉良は駆けだした。同時に背後で爆発が起きる。

 携帯端末のリチウムイオン電池のリチウムが酸素と化学反応を起こし、発火したところでガソリンに引火した。古いガソリンだったのでいまいちの炎上だったが、これによりカメ型は吉良を見失う。

 

 どんなピンチだって切り抜けられる。そう、アイフォンならね。

 

 適当な柱の裏で、吉良は趣味の悪い腕時計を確認した。そろそろ、葉隠は完全に地下駐車場を離脱しただろう。ハイエースを能力の媒介にしてもよかったが、念には念を入れた。振り返ってみれば急にカメ型が消え去っていた、なんて事になるとも限らない。

 

 そして人間が操作しているのであれば、近づくのは危険。それよりも確実に仕留める方法がある。それは出入り口のグレーチングに能力を使う事!

 吉良は出入り口に向かって猛然と駆けだす。徐々に地上の眩しい光が近づいてきた。坂を踏みしめる。

 

 勝ったッ! 第二話完!

 

 唐突な発砲音と共に吉良の右足に激痛が穿たれる。堪らず走る姿勢を崩して地面に転がった。追加でもう数発撃ち込まれる。

 吉良は呻きながら、なんとか上体を起こし、背後を振り返った。

 二十メートルほど離れた場所で、カメ型が静かにアームを向けていた。

 

「想定して、しかるべきだった!」

 

 そう、仮想敵は外部に緊急停止スイッチが設けられるほど重宝されている。それを入試でじゃんじゃか消費するのもどうかと思うが、とにかく、そんな機体を年に一度のイベント専用にするだろうか? いや、入学後の実技授業でも流用するだろうし、進級すれば武装の追加された機体になるだろう。つまり、生徒の強さに合わせて調節できて当たり前なのだ!

 吉良は痛みを堪えて、唸るように言う。

 

「そうか、くそう。それは、ゴム弾は入試では使用されない調整だった、のだな。アーム内蔵型だからオミットされていないし、だから観察していたパターンには無く、油断してしまった。なかなか、やるじゃあないか」

 

 ころりころりと水色のゴム弾は坂を転がり落ちて、グレーチングの間に落ちる。

 カメ型は黙って照準を微調整しながら、一歩一歩近づいてくる。吉良の周囲には能力の媒介となる物は無い。コンクリを破壊して瓦礫を作って投げる間に撃たれるだろう。

 

「だんまりか? 何とか言ったらどうなんだ? うん? 誰だかバレるのを危惧しているのかね? だがわたしにはきみが誰かわかっているぞ」

 

 ゴム弾は発射されない。吉良は不敵に笑って続けた。わざと声のトーンを落とし、接近させるために。

 

「カマかけだと考えて、いや必死に自分へ言い聞かせているんだな。どうしてわかったか教えてやろう。きみのその個性、実に強力だ。だが、ラジコンのようにはいかないんだろう? こんな乱戦もいいとこの試験内容でモニタを見ながら遠隔操作は出来ないよな~。加えて仮に今、きみの本体が仮想敵に襲われれば自衛の手段が無い。だから、そのカメ型自体がきみなんだろ? うん?」

 

 じくじくと痛む両足に耐えながら言う。なんとか時間を稼げ、便器にこびりついたクソみたいな話題でいい。個性の射程距離に入るまで近寄らせてから、能力をブチ込んでやる。

 

「となると、不都合が出てくる。仮想敵の姿をしていたんじゃあ、他の受験生に狙われちまう。たとえば背に乗ってもらい、ポイント対象ではないと視覚的に証明してくれる協力者が必要だ。そう言えばいたよな~会場でしきりに組まないかと絡んでいたやつが~。なあ、端田屋」

 

『なかなかの、分析能力、じゃあないか』

 

 カメ型から、端田屋のウザったい震え声が流れてきた。言い当てられた怒りか、悔しさ、あるいはその両方を滲ませている。

 

『そうさ、その通りだよ。協力者がいないんで、仮想敵を効率よく狩れなかった。となるとぼくの実力的にスコアは例年のボーダーよりチョイ上。だったら、雑魚をリタイアさせて少しでもぼくが受かる確率を上げた方が、結果的には世の為ってやつだ。ぼくより弱いやつがヒーローになったって、しょーがないからな』

「なるほど、実に現実的だ。だが一つ奇妙な事がある」

 

 端田屋はてっきり卑怯者だとか、侮蔑の言葉を投げられると思っていただけに意表を突かれた。反射的に尋ねる。

 

『奇妙?』

「ああ、奇妙だ。確か試験の説明を受けている時に、きみは何と言ったか、正確に思い出せないが、美しい女性は保護するのが男の役目だとかなんとか……」

『そうさ。ぼくはフェミニストだからね』

「では、どうして葉隠くんを狙った。透明人間とはいえ、服の輪郭から体型を見れば、簡単に女性だとわかるはずだが」

 

『ぼくが尊敬し、守りたいと思うのは美しい女性だ。葉隠、とかいう透明人間はどうも常時発動型の個性だろ? 美しくないかもしれないじゃあないか。おっと、魅力的な女性に惹かれるのは男のサガだ、見た目で判断するな、なんて説教ごとは言うなよ。誰だってブスより美人の方がいいだろ? 女だって、ブサメンよりイケメンの方がいいはずさ。ぼくのような』

「半分は同意する」

 

『ほぉーう意外だな。ぼくが素を出して本音を言うと、たいていは軽蔑するんだがな。案外、きみとは気が合うな。いや、おべっか使ってんのか』

「おいおいおいおいおいおいおい、勘違いしないでくれ。同意出来ない半分ってのはな、葉隠くんが美しくないかもしれないってところだ。間違いなく彼女は美しい女性だ」

『は? てめぇー頭がマヌケか? 透明人間の顔なんて、どーやって見るんだよ』

 

 吉良は、恥ずかしい話なのだがね、と密やかに笑う。

 

「恥ずかしい話なのだがね、彼女の手を握った時に視覚ではなく触感で理解した。おそらく風呂上がりのケアを怠らない日々の積み重ねによる潤い! 丁寧に磨かれたであろう形の整った爪! 個性により紫外線すら透過し続けたキメ細かい白い肌! これだけ揃って美しいと言わずしてなんと言うのだ!」

『バカが、例え手が綺麗だとして……』

「いいかよく聞け、きみにも理解できるように説明してやる。誰にも見られる事の無い透明人間が、身なりを整える事に意味があるだろうか? いや無いッ! たとえ黒い垢がたんまり詰まった小汚なく伸びた爪でも、乾燥地帯の地面のように肌がカサカサでも、指の毛が雑草のように伸びていても誰にも気づかれない、時に自分でさえ! それにあえて、手を入れているのだ。間違いなく顔や脚も同じようにケアしていると断言するね! わかるか? この奥ゆかしさが」

『……黙れ』

 

「いいや喋るね! きみは美しい女性に敬意を払っていると言うが、本当は自分の好みかどうかってだけだ! 姿が見えないからってロクに確かめもせず美しくないとのたまっているだけだ!!」

 指をさし、端田屋の濁った精神に突きつけように口走る!

「誰にも気づかれない! 無意味! だがあえてその手を小奇麗に心掛けるその姿勢そのものが、美しい女性ってやつなんじゃあないのかアァーッッッ!!」

 

『黙れと言っているだろぉおおお! カッコつけて得意顔晒してんじゃあァーねぇーッ! おまえは今から、コケにしたぼくにメタクソの不得意顔にされるんだからなァー!』

 

 カメ型はアームを構え直す。ガンカメラが吉良の顔を捉えた。

 そしてマズい事に、カメ型はまだ吉良の個性の射程距離内に入っていない!

 吉良の脳裏に閃光のような絶望が走る。クソッタレ! このわたしが、敗北するだと!?

 

「これ使って!!」

 

 その時! 吉良の背後から力強く短い言葉が放たれた。比喩ではない! ハッとして振り返ると50センチほどの長さの筒。吉良がシーカーを破壊して不発になった小型ミサイルが放られた。文句なく吉良は、なんて力強い精神の女だと尊敬の念を覚える。

 それを見て、反射的に端田屋は大きく距離を取る。だがよく観察すれば、信管の故障か何かで作動しなかった小型ミサイルだ。

 

 吉良は己の中でその名を呼んだ。

 

 ――キラークイーン――

 

 それは大理石のように滑らかで、頑強さとしなやかさを併せ持つであろうことを容易に想像させる肉体。頭部までもがツルリとしており、いじらしい小さな口と大きなネコの瞳と耳。恥部と手、足首のみを隠す装いで、惜しげも無くその生物学的美しさを見せつけている! いや、見えるのはただ吉良吉影のみ!

 

 キラークイーンが宙に放られたミサイルを手に取り、槍投げの要領でスッ飛ばす!

 凄まじい勢いで飛来するそれはしかし、端田屋に冷汗をかかせるだけだ。なぜならミサイルの信管は電子制御で、受験生が個性で生み出した障害物を認識した時に起爆するからだ。カメ型は学校の備品。しかも向かって来るのは不発弾! 衝撃で爆発するなど、何万分の一以下の確率。

 

 勝った! と端田屋は思った。ボケがァ! ミサイル=爆発物という認識が古いんだよ!

 勝った。と吉良は思った。ぶつかった程度で爆発するなど、物理学的にはありうるというレベルの非常に薄い希望。だが、一応はありえる、というのが吉良にとっては必要な事実だった。

 

 薄く笑って、小さく囁く。

 

「フフ……接触起爆だ」

 

 ごわん、と金属がぶつかる音が地下に響き、遅れてミサイルが爆発した。

 

 吉良の個性の能力……説明しよう! それは説明不要の爆破付与なのだ!

 たとえ信管が電子制御されていようと、キラークイーンが触れた物質である以上は問答無用に爆弾として機能する。吉良はその起爆条件を接触に調整していたのだ。

 

『バカなアァァァ! こんな事があああ!』

 

 キラークイーンが爆弾にしたのは弾頭部分のみだったが、ミサイルの爆薬に誘爆し、凄まじい爆風圧が地下駐車場を舐めるように広がった。吉良と葉隠は思わず前腕で目を覆う。小麦袋をぶちまけたように粉塵が飛び散った。

 

 耳鳴りが終わってみれば、バラバラにぶっ壊されたカメ型の部品に交ざって端田屋が気を失って倒れている。

 

「……やったか」

 吉良は立ち上がろうとし、脚に稲妻のような激痛を覚えてよろめく。だが、不可視の存在が吉良を支えた。吉良は取りあえずジャケットをやって羽織らせる。

 

「ごめんね、遅くなっちゃって」

 申し訳なさそうに、肩を貸した葉隠が言った。

「あのミサイル、重くて重くて」

 

「まさか、あれだけ言われて戻ってくるとはな」

「だって本気で言ったんじゃないでしょ? もし最初っからわたしの事を邪魔な楽天家だと考えていたのなら、まず助けるなんてことはしない」

 

 なん……だと。吉良は茫然とした。これではまるでわたしが、葉隠の身を案じて後腐れなく逃がす為に、ワザと辛辣な言葉をかけたようではないか。

 

「それに吉良くん、瓦礫を飛ばしてミサイルの誘導装置かなんかを壊してたからさ。ミサイルも念力的な個性で飛ばせるんじゃないかと思って」

 

 なんて女だ。凄まじいを通り越して恐ろしい視力、観察、洞察力。

 そこまで考えて、ハッとして咳払いで言った。

 

「だが助かったよ。適当な、思ってもいないどーでもいい事をつらつらと並べて時間を稼ぐのも限界だったのだ」

「へえそうだったんだ、じゃあグッドタイミングだね」

「一応確認するが、そのグッドタイミングってのは、わたしが撃たれそうになる直前。つまり端田屋が叫んだ後って事でいいんだよな」

「そうだけど……わたしだって頑張ったんだから、あれ以上早く駆けつけるのは無理だよー」

「いや、いいんだ。そういう催促の意味で言ったんじゃあない。忘れてくれ。逆にあれがよかったんだ、あのタイミングが」

「なにそれ、変なの」

 

 あはは、と葉隠は軽く笑い、いやーそれにしてもと額の汗を拭って言った。

 

「それにしても、終わっちゃったねー、試験」

 

 プレゼント・マイクのファンキーな声が、スピーカーから響き渡る。

 

『終―! 了―!』

 

 

 

 そのまま二人は、とぼとぼと集合地点まで歩いて行った。

 

 吉良吉影! 2ポイントで実技試験終了!

 




次回 短め なるはや

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