【完結】吉良吉影のヒーローアカデミア   作:hige2902

6 / 8
半年ぶりくらいの伏線のやつなので
誰?
ってなったら三話見てください


⑥ デッド・オン・タイム

 名前は誰でもいい、ある雄英高校第一学年生はふと休日に思い返してみる。つい先日の雄英体育祭、第一学年の予選終了直後の出来事を。

 

 ミッドナイトの宣告の後、静かな水面に小石を投げたような小さい波紋がその場の生徒に広がった。

「かわいそうじゃね?」とか「いやでも助けなきゃ実質」とかその類。その程度の類。「替わってやれば?」などまで出る始末。

 そういう無責任な思考をわざわざ口にする輩の視線は、自然と心操に集まった。当然と言えば当然。

 

 カメラや観客席には伝わらない程の、本当にささやかな色の無い同情が染み出している。

 それを感じ取ったミッドナイトは、よせ、と吉良を盗み見た。決してここでその可能性に期待するような態度を出すな。それは違う。PLUS URTLAではない。乞うな。

 

 誰もがぬるい感情を吉良に注ぐ。そんな中、当の本人はとてもではないがこれが本当の事だとは思えなかった。体中の血が熱を失ったような感覚。そこからなんとか正気に戻ってこれたのは、絶望を実感するよりも早く、看過しがたい腹立たしい現実に気が付いたからだ。

 この吉良吉影が、なぜ憐れみなど向けられなければならない?

 

 ふつふつとした怒りが込み上げてくると、必ず冷静さが鎮火する。いつだって、そうやってトラブルに対処してきた。身に沁みついた確固たる人生観。

 軽蔑するように鼻で笑い、周囲をコケにした口調で言い放った。

 

「同情ってのは、強者が弱者に向けてするもんだ。どーしてわたしより実力が下のやつに、同情してもらわなきゃあならないんだ。雨で濡れた靴のまま歩かされるくらい不快だ。予選に落ちた事よりも、そっちのほうが耐え難いのだが」

 

 事実として、上位42名の多くを占めるヒーロー科の面々は同情心を露わにしてはいない。参加した誰もが懸命に戦った結果を捻じ曲げる事は誰にもできないし、誰もしてはならないと理解しているからだ。

 対人戦闘訓練で、USJで、どうにも覆しようのない実力差を味わったからこそ分かる、敗北を直視するという強さ。

 

 吉良が向けられた同情心を跳ね返すと、心操もまた覚悟を口にした。

 

「おれも、譲る気はない。助けて貰っといてなんだが、おれには強く望む将来がある。恩知らずと言われようが、なり振り構ってられないんでね」

 

 その後、心操は最終ステージで敗北。第一学年は近年でも稀に見る番狂わせで、体育祭が終了した。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 体育祭が終わった後の二日間は土日の休日になっている。これは激しい戦いの後で生徒を休ませる為だが、教師側としては別の事情がある。

 スカウト目的で来た事務所の指名を処理しなければならない。第一学年は本格的なヒーロー活動としてではなく、学校教育の一環の職場体験としてのそれだ。

 

 ヒーロー協会のオーダーフォームに入力された情報が雄英に送られてくるので集計の必要は無い。しかしごくまれに学生の個性と指名した事務所の色があまりにも合ってない場合は職員会議にかけられる。ヒーロー飽和社会において、全ての事務所が適切なスカウトを行えるわけでは無いのだ。

 他にも、一人に対する指名件数が多すぎる場合はある程度優先順位が付けられる等々。

 

 本来であれば、それはヒーロー科の教師で行われる。だが今回は違った。ただでさえ珍しい指名会議に普通科の教師が招かれていた。

 

「あー。爆豪と轟の指名件数の問題もありますが、とりあえず優先で片付けたい件があります」

 とやる気があるのかないのか、いつものように気怠い口調の相澤が口を開いた。

「単刀直入に言いますと、吉良という普通科生徒に指名が入ってます。一件だけですが」

 

 元プロの教員は、やはりか、と予感を的中させていた。体育祭の結果だけで言えば吉良は予選落ちという好ましくない成績。だがその短い予選の中で、確かに煌めく無意識的プロ意識は存在した。同級生を救いに戻ったというのも評価が高いだろう。そのへんの事務所ならともかく、一線級の事務所が指をくわえて黙っているはずがない。

 ただそれは純粋に喜ばしいかと聞かれれば否である。

 

「ええぇ」

 と普通科教師は困惑の声。

「あー、それで担任のわたしが……でも彼は」

 

「ええ、彼はヒーロー科じゃない。たぶん一件だけというのもその辺を考慮して自粛した所が多いからでしょう。とりあえず、仮にですが許可を出す事についてどう思われますか」

「意外だね、相澤くんなら渋るかと思ってたけど」

 とオールマイト。顎を撫でて答える。

「制度はともかくわたしとしては、吉良くんや事務所の実力が水準以上で、職場体験の内容が適当であればいいとは思うけど」

 

「前例が無いからって拒否るのが嫌いなんですよ。それに雄英は自由が売りな訳ですし。で、実際どんな感じですか、担任の目から見た吉良って生徒は」

 

 そーですねえ、わたしが目にした範囲だと……と担任は顎に手をやり、記憶を引っ張り出す。「えーと、吉良、吉良……名前なんだったかな。大人しい子だったから……あっそうそう思い出した!」

 

 喉に刺さっていた小骨が取れたような軽快な口調で説明する。

 

「よしかげ! よしかげ!

 あいつはクラスの付き合いが悪いんだ

 心操って生徒が「学食にいこうぜ」って誘っても嬉しいんだか嬉しくないんだか……

 授業はまじめでそつなくこなすが今ひとつ掴み所のない男子生徒……

 お前本当に高校生か? って気品ただよう顔と物腰をしているため事務や学食のおばちゃんには人気があるが

 学校からは他の生徒と同じく課題とかテストばかりさせられているんだぜ

 悪いやつじゃあないんだが体育祭を見るにたぶん良いやつ。これといって運のない……浮いている生徒さ」

 

「……戦闘能力については」

 と手元の資料を見ながら1-Bの担任、ブラドキングぼやく。

「2ポイントの仮想敵ならわけもないって感じか。入試の実技試験では落ちてる。が、個性で強化された3ポイントも撃破……これだけだとな」

 

「秘密の個性の疑いもあるし……あーこれ相澤さん、体験先でシッポ出さないか見たいってそういうアレですか?」

「ぶっちゃけ6割くらいは」

「わたしは賛成かな。事務所と合わないって感じじゃないし。確かに戦闘能力に不安は残るけど、観察力と判断力で補えるでしょ」

「入試じゃ攻めっ気に欠けるって言ってたくせに」

 

「そうだっけ?」

「物静かなんだが学校指定の服は着ないロックな感じ。どことなくベストジーニストを彷彿させるなあ」

「彼にそこまでの才能があるかは未知ですが」

「だーからそれを確認すればいーじゃない。職場体験で」

「ミッドナイトさんはああいう熱いやつに甘いんだから」

 

「熱いって事はエネルギーがあるって事よ。エネルギーがあるって事はそれだけ身体も頭も動かせるって事だし」

「そーゆーもんですかねー」

「実際、ひいき目と同情心とか抜きにヒーロー科にいてもおかしくない実力はありますよね」

「そりゃあまあ、順位が一つ上にずれていたらヒーロー科にいる訳ですから」

「んーなまじこの事務所ってのがな、断りにくい。知名度、好感度、実力申し分なく一線級。グッズの売り上げも上々で資金力もある。吉良がヒーロー科なら雄英として蹴る要素なし。それに生い立ちも……あー、だから吉良か? ひょっとしてあの短い予選で気付いたのかな。()()()()()の件。この人、人権方面でも精力的だし」

 

「うへー、偶然でしょ。気付けるわけないない。おーこわ」

「普通科だとなんかあったらマスコミがうるさいのでは。ヴィラン連合の件もあるので、できるだけ雄英の隙は見せないほうが……」

「メディアを理由に生徒の可能性を潰すのはどーですかね」

「よく邪険にしてるけど、メディアを考えて動くのも大事だよ。基本、ヒーローってそこを通して安心感を伝えるわけだし」

「すげー話逸れそうだから雑に軌道修正するけど。事務所に問題は無し、吉良の実力も……まー安定を取って体験内容によっては問題無しってとこですかね。パトロールとかに限定して」

 

「校長はどう思われますか」

 

 沈黙を続けていた白いネコのようなネズミの動物は、お茶を一口やって言った。

 

「雄英は常に壁を用意する。それはわれわれの仕事の一つだ。ヒーロー事務所への職場体験が吉良くんにとっての壁になるのであれば、そのようにするだけじゃないかな」

 

「異議は……なければ次の議題に移りたいと思います。爆豪と轟に渡す指名事務所のリストに優先順位をつけるべきですが……」

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 休みが明けた月曜日、体育祭を戦い抜いたヒーロー科は少なからず変化していた。通学途中に声を掛けられただの、サインを求められただの。つまりは誰かからの視線を意識し、ヒーローとして品行方正な振る舞いをしなければならないという小さな実感を胸に刻んだ。ささやかな、しかし確実なプロへの一歩。

 

 その芽に水をやるように、一限目はヒーロー活動時に使用するコードネームの発案。それとスカウトについて。指名が無かった者も、職場体験としてプロヒーローの事務所へ赴くので希望先を提出する旨。

 後者が特に生徒を悩ませた。ある程度は個性に合った色の事務所がリストアップされているとはいえ、数少ない機会。ミスる訳にはいかない。そんな訳で休憩時間中はヒーローフリーク、緑谷の席に人だかりが出来ていた。この事務所ってどうなん? ヒーローの実績は? 活動範囲は?

 

 そのすべての質問に、ぺらぺらぺらぺらと答える緑谷は実にイキイキとしている。嬉しそう。

 

 ただ、葉隠だけはどこか黄昏た感じでぼうっと窓の外を眺めている。耳郎が声を掛けようとした時、二限目のチャイムが鳴った。

 

 

 

「――で。個性は大別すると発動、変形、異形の3種類に分けられる。で、対個性戦でまず重要なのは相手の種類を()()()()事だ。逆に言えば相手に見抜かれないってのがアドバンテージになる。プロになると個性の情報が出回るので難しいが……あー飯田、なぜかわかるかー」

 と相澤が適当に問題を振った。正確な回答が一つというわけではない。どれだけ実戦を想像できるかという確認。

 

「全身を変化させる変形型の個性持ちが接敵前から個性を使っている場合、視覚情報のみでそれを異形型と決めつけると、視覚外で個性を解除された場合に見失う可能性があるからです」

「そーいうこった。他には、緑谷」

 

「え、えーと。発動と変形は、発動そのものや維持、効果範囲に比例して体力を使いますが、異形はその限りではない点です。だから持久戦に持ち込んだ方が有利な個性のプロは、発動と変形のヴィランを主にヒーロー活動にあたっています。あ、逆の例だとサンドヒーロー、スナッチの砂を操る個性は変形型ですが、その砂で遠隔操作できる異形型の人形を生み出して、持久戦が得意なヴィランを焦らせて捕まえたという事例がぶつぶつぶつぶつ」

「そこまででいい。こんな具合で型ってのは攻略する起点になるし、される場合もある。発動、変形は使いまくってると体力切れでぶっ倒れるが、個性の解除と発動のタイミングを適切に切り替える事が出来るようになりゃあ、それだけで技になる。異形はその2種類の型に原則、個性に注ぐリソース面ですでに有利だからゴリ押しが利きやすい。緑谷の言ったように消耗戦も得意だ。が、一度攻略されたり、自分の弱点となる個性持ちの増援で危機に陥りやすい。ここまでで何か質問は」

 

 はい、と制服の腕の部分がぴょんと浮いた。

 

「ん、なんだ葉隠」

「じゃあわたしみたいな異形型のネタがバレた時はどうすればいいんですか」

「範囲攻撃されると辛いわな。異形型全般に言える事だが、じぶんの個性に対する理解を深めて切り札、搦め手になる応用技を編み出すしかない。それと薄っぺらく思うかもしれんが、サイドキックの個性とのコンボやシナジー、環境や状況を見定めて優位に動くのも肝要だ。結局は土台をしっかりするしかない。もう一度言うが、攻略の起点にもなるって事を忘れるな。他になければ今日はここまで」

 

 一拍の沈黙の後、チャイムが鳴った。緊張の糸が切れたように、教室にゆるやかな空気が流れだす。リラックスは出来る時にしておく。それが合理的学生生活。

 耳郎が物憂げそうな葉隠の肩を、トントンと耳たぶのイヤホンジャックでつついて振り向かせる。

 

「職場体験先、なんとなく絞った? 緑谷に相談しに行く?」

「いや、まだ」

「なんか沈んでんね。元気の出る曲、かけたげよっか」

「んーやっぱわたしの弱点って、ハマると強いけどバレると弱いの典型的な異形型なんだよなーってさっきの授業で再認識しちゃって。どうしたものかと。透明って諜報に便利だけど、戦闘には向かないし。雑っていうか、あんがい小回りが利かないっていうか」

 

 あー、これけっこうマジなやつだ。ふだんはあっけらかんとした葉隠が珍しい。と、耳郎は慎重になった。

 

「焦ってる?」

 

 葉隠は答えなかった。

 

「わたしは別に、透の個性は雑だとは思わないけどな。透明だけど、ほら、人間って太陽の光を浴びてないといけないらしいじゃん?」

「まあ、一ヶ月程度なら大丈夫らしいけど、ビタミンDが不足するしね」

「でも透はそうなってないわけじゃん。異形型だけど、無意識の内に個性制御が自動で働いてるって事じゃないの? それってすごい器用でしょ。ぜんぜん雑じゃないよ」

「そう、かなあ」

「単純に透明って個性じゃないんだよ、きっと」

 

「耳郎さんのおっしゃるとおりですわ」

 と、会話に混ざった八百万が頬に手を当て、まるで美しい工芸品を語るような口調で続けた。

「秒速30万キロメートルで葉隠さんに衝突する無数の光子一つ一つを、健康面で必要な分を除いて全て透過させるよう常時自動で行われているわけですから。個性制御の極地と言っても差し支えありません」

 

「そ、そう?」

 と、葉隠はなんだか悪い気はしない。照れ臭くなって頭を掻く。八百万の説明は小難しくていまいちわかりにくいが。

 

「しかも影が出来ていないというのが素晴らしいです。光子は物質と衝突すると屈折するのですが、葉隠さんを通り抜けた光子は影が出来ないように計算の上で操作されているのでしょう。わたくしも葉隠さんの個性を雑と評価する事には反対です。極めて精緻で繊細な、透き通った、羽のように軽く、口当たりの良い薄さ……そう。まるでBELLEEKのブラックマーク、ネプチューンカップのような」

 

 なるほど、例えがわからん。わからんが、たぶんお嬢さま的には適した表現なのだろう。

 

「ふむ、なんだか出来そうな気がしたぞ」

 と、葉隠は神妙に腕を組む。

「何を?」

 と、途中から聞いていた尾白。

「……何かを」

「なんだそりゃ」

「いや、良い事だよ透。何が出来るか決まってないって事は、何でも出来る可能性があるって事だからね」

 

「よーし、ありがとう! わたしの長所は個性制御! そうとわかれば伸ばしてみよーじゃん」

 さっそく緑谷に個性制御に関するプロヒーローが勤める事務所を尋ねた。パッと顔を鈍く輝かせ、早口でべらべらと喋り続けて、でもやっぱり何と言ってもと締めに入った。

 

「何と言っても()()()()という概念と深い因縁を持つヒーローがいるんだ。今でこそ自由自在に個性を使いこなしてるんだけど、幼少の頃はまったく苦難の連続で、何度も死にかけたんだ。でも、それでもめげずに練習に練習を重ねて、今では一線級のヒーローと知られている。ソースはヒーロー名鑑 Vol.3だから正確だよ。で、ぼくが彼を推す理由としてはヒーロー活動以外にも実績があるって所なんだよね。過去のじぶんのように苦しむ子供が少しでも減るよう、個性を秘密にする権利を掲げて署名活動や政治家への働きかけも積極的で、近々その法案が通る見通しもあるんだって。あ、でねその過去に苦しんだっていきさつはねぺらぺらぺらぺら」

 

 まだ締めは続く。

 

 なげーんだよな、緑谷があーなると。相談に乗ってくれるのはスゲー助かるんだけど。

 ほうほう、それでそれで。とメモを取る葉隠を眺めながら、クラス一同は思った。

 

「そもそも個性制御に長けたヒーローっていぶし銀というかぺらぺらぺらぺらなんだけど」

 

 その後、葉隠は昼休憩の間に希望書類を提出した。耳郎におすすめされたQUEENの鼻歌を上機嫌で歌いながら。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 その日の放課後の事である。吉良がいつものようにさっさと席を立つ前に、担任が名指しで職員室へ来るように伝えた。

 

 なんかやりにくいんだよなーと吉良を前にして担任は内心で愚痴る。どこかいいとこの給与人にしか見えないから接し方とか距離感が掴めんのよな~。それに予選の結果がショックだったせいか、一日中気が無かったし。

 

「実はな、プロヒーローからのスカウトが来ている」

「はあ」

 

 あれ、体育祭の張り切りようからしてヒーローを目指してたんじゃなかったか? と担任は小首をかしげる。がまあいいかと話を進める。正直に言って、会議ではヒーロー科の教師陣に押し切られたが、普通科がヒーロー事務所に職場体験に行くことは内心で反対していた。もし何かあったら、責任の余波に巻き込まれかねない。

 

「先方は一線級の大手事務所だけど、どうする? 日中のパトロールくらいだから、ヴィランとの戦闘になんてならん、と思う。一応、ヒーロー科の先生方も検討してからの提案だから不安がる事は無い、と思う」

 

 ヒーローを目指す生徒なら飛びつく提案だったが、吉良はヒーロー科に編入したいのであってヒーローになりたい訳ではない。もっと言えば、葉隠に借りを返すのが目的なので乗り気にならないのも当然。

 職場体験で結果を出せば編入できるというわけでもなさそうだ。体育祭には全員にその機会が与えられ、公平性があった。職場体験で編入できるのは、そも指名されることが最低条件であり、前提として不公平だ。雄英の方針に沿わない。

 

「あー、まあ確かにな、体育祭で結果を出してないのになんでって顔だな」

 

 吉良のめんどくさいって顔を見て担任は続けた。

 

「ヒーローになる必要条件は、順位だけじゃないってことだ。本質的には誰かを助けるって事に集約される。もしきみがオファーを受けたら、そこんとこを知らないやつに妬まれるかもしれん。別に脅かしているわけじゃない」

 

 なら尚更受ける気はしない。どうしてそんな目立つ事をしてヒンシュクを買わなければならないのか。うまいこと何か理由を考えなければ、どうやって断るか。

 

 そんな思案する吉良を見て、担任は合点をいかせた。なるほど、心操に遠慮しているのか。障害物競走を見るに、二人でヒーロー科への編入を目指していたのだろう。ここで吉良がスカウトを受けてしまえば、ヒーローへの道を一歩先に進むことになる。順位は下だったにもかかわらず。遠慮しているのか。

 

 案外清廉なやつだ、と担任は思った。こういうやつが、ヒーローになっていくのかな、とも。そうすると、自分がとても悪い事をしている気がして恥ずかしくなった。将来のヒーローの誕生を阻む自分は、現在のヴィランのような。勧めなければ。

 

「いや、ちょっと待て、さっき先生が言った事は忘れてくれ」

「ではこの話は無かった事に……」

「違う違う違うそういう意味じゃない。その、少し不安にさせるような事を言ってしまった所だ。いや事実ではあるが、時にプロだって勝手な言いがかりをツイッターとかで言われるんだ」

 

 だからヒーローなんてなりたいやつの気が知れない。吉良の将来の進路に職業ヒーローは除外されている。

 

「今回の経験は内申点に含まれないが、きみの人生には色濃く含まれるはずだ。それに、普段ヒーロー科の生徒がどういった心持でプロを目指しているのかも知る事が出来るだろう。基本、他の科とは接しないから貴重な機会だと思う」

 

 その会話には聞き捨てならない単語が含まれていた。

 

「……それは、わたしの他に生徒がいるということですか? ヒーロー科の?」

「ああ、いるよ。事務所は最大で二名預かれるからな。爆豪とかバディを組みにくいやつじゃないから安心してくれ。一人、希望者がいて名前は――」

 

 吉良は鼓動が速まるのを理解した。やはりそうなのだと自答する。なぜか最近からっきしだったがツキが回ってきている気がする!

 

「――名前は葉隠 透。見えない個性どうし、上手くやれるだろ」

 

 やはり! おそらくこれが最後のチャンス。

 

「ああ、言い忘れてたんだが吉良を指名した事務所のヒーローな、聞いて驚くなよ」

 

 葉隠の()()()()、そして吉良の()()()()()。そのどちらとも共通点を持つからこそ、引力のように二人を呼び寄せた()()()()()という条件を満たす一線級のプロヒーロー。

 その名も!

 

「なんとハリケーン・シャーク。知ってるだろ? いやほんと凄いわ。みんな知ってる知名度抜群の超大手だぞ」

 

 誰だ。

 まあ誰だっていいと吉良はオファーに応じ、教室に戻るとなぜかスマホで時間を潰していた心操がいたので、暇なのか? と嫌味を言うと、どこか嬉しそうに別にお前を待ってたわけじゃねーよ、ちょっとのんびりしてただけだ、と返ってきた。

 

 嫌味を言われて喜びを滲ませる不気味な心操にそっけなくするのも不安だったので、なんとなしに帰路を共にし、吉良は神野区から少し離れた閑静な住宅街へ帰った。雄英から物理的な距離があったが、個性の発達によりいくつかのブレイクスルーが起こった結果、公共インフラが爆発的に発達したので通学時間は少ない。

 

 その夜、吉良は久々に安らいだ気持ちで床に就くことが出来た。葉隠に借りを返すチャンスを得たからかもしれない。それがどれだけ薄い確率だろうと、必ず掴めるはずという自信があったからでもある。

 いったん穏やかな心持になってみると、あんがい雄英は居心地良い場所のように思えた。

 翌日、登校してみてそれが強く実感できた。なにより自然が豊かだ。おそろしく広い学区内も自動運転バスで少し移動すれば、素晴らしい草原があった。まるでシングストリートでフィラデルフィアウォルシュとマークマッケンナが二人で曲を作っていたような場所だ。吉良はそこのベンチで昼食を食べるのが好きだった。

 探せばもっといろいろと穴場があるかもしれない。そう考えだすと、楽しみが増えた。

 

 他の高校ではこうはいかないだろう。グループごとに狭い教室で顔を突き合わせて食べるのが関の山。

 それに心操に連れていかれた食堂、ランチラッシュも悪くない。あの喧騒は食事に適さないが、テイクアウトは出来るだろうか? それならたまに通ってもいい。

 

 吉良は職場体験が、必ず素晴らしい過程と結果になると考えていた。

 借りを清算できるチャンスなのだと。その時までは。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 職場体験当日、雄英から近い中心駅にヒーロー科の面々が集合していた。そんな中、隅の方で静かにたたずむ唯一の普通科生徒、吉良吉影。藤色の3つボタンを留めずに、淡い緑と白のボタンダウンと猫のような生物の髑髏柄のタイを見せている。ブラウンのUチップはほどよく手入れされており、やんわりとした光沢があった。その足元にはマホガニーカラーのトート。

 

 引率の人かな? と思われても仕方のないいでたちで、腕時計を確認する。

 

 そのさまを遠巻きにヒーロー科は眺めていた。相澤から普通科の生徒が一人交ざると聞いていたので、まああいつだろうとは薄々わかってたが、浮いている。出張かな?

 やがて葉隠が集合場所につき、吉良と普通に話しているのを、度胸のあるやつだと遠巻きに感嘆した。

 

 定刻になると点呼の後、それぞれの職場体験先へ向かうべく解散。

 

 新幹線に乗り込み、吉良の隣の席で葉隠が窓の外の景色であれこれ喋り、わたしが窓側だと通路側の人も景色を見られるんだよねーと得意げになっていた。吉良はそれがジョークなのか本気で言っているのか判断がつかなかった。

 

「あ、あとこれ見てよ……最近自分の力不足を痛感してさ、出せるようになったんだよね~。ほっ」

 

 床に向けられた手から、カメラのフラッシュのような光が一瞬だけ走る。

 

「……なんだそれは」

「必殺技」

 へへっと鼻下を指で擦り、照れている。

 

 吉良はそれがジョークなのか本気で言っているのか判断がつかなかった。

 

「……いいんじゃあないかな、かなり」

「でしょー、やっぱ異形型たるもの、必殺技や搦め手の一つや二つは持ってないとね」

 

 その後、葉隠が売店で買っていた個別包装された冷凍ミカンを半ば押し付けられるように分け合って食べた。

 

 

 ――――――

 

 

 着いたのは海の近い都市部だ。そこのビジネスビルが立ち並ぶ一等地に、不自然な空間がある。

 開け放たれた大きな戸、パステルカラーの木製の外見。敷地内にはヤシの木。

 

「わー海の家だね。ハワイ的な。行った事無いけど」

 

 スカイブルーとショッキングピンクのネオン看板にはHurricane & Sharkと滑らかなフォントで光っている。

 吉良は無言でスマホのグーグルマップで確認した。どうやら場所はここで間違いなさそうだったが、場所以外の全てを間違えていそうだ。

 

 中に入ると飲んだくれの中年、それと店主らしき男がバーカウンターでグラスを磨いていた。およそ事務仕事をする環境ではない。

 

「ああ、きみたちが職場体験に来るっていう雄英生徒だな。おれの名前はファン。よろしく」

「よろしくお願いします。わたしは葉隠透。彼は吉良吉影です」

「ああ、シャークが言っていたのはきみか」

 ファンが気さくに吉良に握手を求めてから言った。

「最初は敵だったが、後でなんやかんやあって味方になりそうな良いツラだ、でも死ぬ。こっちのお嬢さんはファイナルガールって感じだ」

 

 そう言って葉隠とも握手し、ファンはカウンターに腰掛けるように勧めてビール色のサイダーを出した。

 

 吉良は何も喋りたくなかった。

 

「知ってると思うが、ここはおれとシャークの共同経営だ。どっちが上ってわけじゃない。シャークは今、海水浴シーズンに向けて近くの海のサメたちに人間を襲わないよう説得しているからいない。だからおれの指示を聞いてくれ」

 

 なんだこの微妙な翻訳されたセリフ回しは。

 

「わかりました!」

「威勢がいいな。さっそくで悪いが、街の案内ついでのパトロールに向かってくれ。おい新入り、頼んだぞ」

 

 ファンが視線を向けると、部屋の隅で金髪美女とイチャコラしている顎の割れた青年がいた。頬を膨らませて、吐息で唇をぶるぶると震わせる。

 

「おいおい、おれはベビーシッターじゃないんだぜ。こんなお子様のおもりかよ」

「おまえのママはボスには黙って従えって教えてくれなかったのか。気を悪くしないでくれ、あいつの名前はジョック。存在がクソリプみたいなやつだから言う事はミュートしてくれていい。大学ではアメフトのエースだったらしいが……」

 ファンは小声で葉隠に囁いた。

「たぶん院生でも理解できない。シャークがなんであんな役立たずを雇ったのかは」

 

「聞こえてるぞ。もっと心を広くもてよ、おたくのおでこくらいな。んじゃあさっそくいくぞトロトロするな」

「ええー、ジョックゥ。わたしもついていっていい?」 と、金髪美女。

「駄目だ。今夜、両親が旅行でいない友達の家でやるパーティーまでおあずけだ。いい子にしてるんだぞ」

 

 ジョックがファンに中指を立てながら、さっさと事務所を出て行った。

 

「あれでも一応はプロだ。本当はおれが付いて行きたいが、シャークの不在中に何かあったら困る。十代ってのは最も成長出来る時期だ、これも経験の一つだと思ってくれ」

 

 ファンの言葉を背に、慌ててヒーローコスチュームに着替えた葉隠と吉良もジョックの後を追う。

 いったいあの酒に潰れていた中年は誰だったのだろうか。吉良は考える事をやめた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、吉良は普通科か。珍しいな」

「……」

「問題があったりするんですか?」

「いや、ヒーローじゃない事務員がパトロールに同行するのは珍しくない。犯罪発生率が高くなりそうな場所とか、銀行の通りとかをチェックしたり、新しくコンビニができているかとか。まあルートを考える必要があるからな。だから吉良がこうやってパトロールに同行すること自体は何の問題も無い。法的にもな。雄英は事務職の職場体験に送り込むっていう抜け道を使ったんだろうさ」

「へー物知りなんですね。やっぱり現役は違うなー」

 

 尊敬の念を向けられて満更でもないアメフトをモチーフにしたヒーローコスチュームのジョックに続いて、手袋とブーツだけの葉隠、変わらないジャケットスタイルの吉良が街を歩く。

 

「さて、ここでちょっと冒険してみる気はないか。吉良」

 

 そう言うジョックが親指でクイッと指差すのは廃墟となっている地下商店街への入口だ。スカした態度の吉良が気に入らなかったので、一つ揉んでやろうという魂胆。葉隠にいいところを見せたかったのが本音だ。

 

「ただでさえ老朽化してたところに個性使用を前提とした耐震なんかの建築基準法が新たに設定されたおかげで廃棄されちまったんだが、たまーにチンピラやホームレスが居ついちまうんだ」

「……構わないが」

「へえ、喋る口があったとは驚きだね。ビビって泣き叫ぶ用かと思ってたぜ」

 

 上手い事言ってやった。と葉隠を盗み見るが、反応は無い。ガールフレンドの金髪美女ならきゃらきゃらと笑う所だった。やはり子供かと気を取り直して地下への階段を降りる。

 ジョックが胸ポケットからこれみよがしに取りだしたカードキーをスキャナーに通すと、シャッターが自動で開いた。ヒーローにはこういった場所に入る為の鍵が市から貸与されている。

 

 内部は管理会社の定期点検のため非常灯で薄暗く照らされているが、人の気配はまったくない。店子のシャッターが所々破られているのは不法侵入者がやったものだろう。ストリートライクなスプレーの落書きや酒、タバコの吸い殻。覚せい剤か何かの注射器。ジョックの言っていた事は本当のようだ。

 

「防犯はカードキーとかでしっかりしてたみたいですけど、どうやって」

「お上の締め付けで違法アイテムの大口取引がめっきり減ったからな。犯罪組織の抱えていたエンジニアが、小遣い稼ぎに簡単なセキュリティならクラックできるアイテムをチンピラ相手に捌いてんのさ。市長はただちに影響はないって気にしてないみたいだが」

 

 ジョックが腰に備え付けられているライトを引き抜いて点けると、遠くでネズミがサッと姿を隠した。

 天井や壁にはむき出しの配管やケーブルがむき出しになっており、撤去をめんどくさがったのかケースや棚がそのままの店もある。品物はもちろんない。大きなショーウィンドウにはヒビが入っている。

 葉隠は斜めに傾いたボロボロの案内地図を横目に確認した。三本の横木のハシゴのような構造で、いま侵入した出入り口以外の三つにバツ印が付けられていた。

 100メートルほどだろうか、通路の先を良く目を凝らせばなるほど、金属板で封じられていた。他の二つも同じ処理が施されているのだろう。

 

「まず確認する所は中心通路にある管理室だ」

 と、得意げにジョック。

「なぜだかわかるか? 吉良」

 

「さあな。給湯室とかあるからか? 流し台があるだけで結構便利そうだからな」

 

 フン、とつまらなそうに鼻を鳴らして管理室を開ける。

 動いていない監視カメラのモニターが壁一面にあり、コンソールの上には食い散らかされたジャンクフード。パイプ椅子に腰かけてバーガーをパクつく一人の少年がいた。歳は16かそこらだろうか。どこにでもいそうな顔をしている。オーバーサイズのトレンチコートをラフに羽織っていた。意外そうに口を開く。

 

「黒霧さん早くな、じゃない、誰です?」

「おい坊主。この街の小悪党相手にデカい顔したかったらな、ジョックって名前とこの厳ついヒーローコスチュームを覚えておけよ」

 少年の頭を小突いて続けた。

「お前の他に誰かいるか? とっととここから出るんだ」

 

「いえ、ここにはぼく以外誰も。あー、せめてこのゴミを片付けてからでもいいですか?」

 

 ジョックは山ほどの包みを見渡し、じゃあ終わったらちゃんとここから出て行けよ。二度と、この敷地内に入るな。そう言ってさっさと部屋を後にした。

 こんな雑でいいのか? と口を開きかけた吉良の袖を、葉隠が引っ張って制した。

 

「とまあ、こんな感じだ。ちょっとビビらせておけばそれが仲間内に伝わってしばらくは悪さしなくなる。簡単だろ?」

 

 出口へと向かう途中、得意げに語るジョックを無視して葉隠が小声で言った。

 

「吉良くん、スマホ貸して。わたし収納力がないコスチュームだから持ってなくて」

 

 その口調に吉良は僅かな違和感を覚える。怖れが混じった微かな声色。

 黙って携帯端末を取りだすと、圏外だった。妙だ。地下とはいえそこまで急に電波が入らなくなるものだろうか。

 

 葉隠にはこの現象に覚えがあった。

 

「いったい何があった、いや気付いたのか」

 そっと物を置くように尋ねた。

 

「あの人、ヴィラン連合に関係してる。とにかくここを出て伝えないと」

 

 からん。と背後で缶が転がる音がした。振り返るが何もない。マズい気がした、何かとてつもない事態に巻き込まれている。二人の背後、唯一の出口、シャッターの前に先ほどの少年が立っていた。

 

 二人はゆっくりと出口へ顔を向ける。かろうじて確認できたのは、少年が30メートルほどの距離を2秒ほどで詰めてジョックの頭部を殴り飛ばしたという事だ。

 アメフトのヘルメットが外れて、ジョックは放られた人形のように空中を舞って床に身体を打ち付けた。小刻みに身体を震わせながら、頭部から出た血で床に色を作っている。

 静まり返った地下商店街で、人間がかたかたと痙攣する音が響いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。