ピーターとナイトメアが軽くリョナってます。ピーター死亡。シチュ重視。
――空に、穴が開いてた。綺麗な水色の空に、真っ黒い穴がぽっかりと開いていて、穴の淵から世界がどんどん黒くにじんでいく。
アレがマメールが言ってた『世界に終わりをもたらすモノ』なんだろう。物語世界っていう器の、その底に空いた穴。このままじゃ、世界の中身が穴から外にこぼれてしまって、最後には消えてしまうとか何とか。
世界の滅亡とか、実際に目の前にするまで全然実感がなかったんだけど。
「たしかに、なんかやばそう」
白くなびく雲がするすると呑み込まれて、黒い『何にもない』に変わってしまった。こうやって、世界が壊れていく瞬間を目の当たりにしてしまうと、デコにうっすらと冷や汗が浮かんできた。
底に穴が開いた器の、その中身を押し留める方法。そんなの、一つしかない。
何かで、穴を埋めればいいんだ。
「……」
気付けをするために両手でほっぺを叩くと、楽しいことを本腰入れて考え始めた。
ケーキやクッキー、キャラメルの甘い味。子どもたちの明るい笑顔。水面に投げた石が、五回も跳ねた時の興奮。頭の中で楽しいことのリストを作ると同時に、妖精の粉が輝き始める。風の魔力と一緒に、俺の周りをぐるぐる回る。
「うん。だいじょうぶ」
たんっ、とブーツの底で地面を叩くだけ。それだけで、体は空に向かって飛び出した。目指すは、空に空いた穴だ。
穴が近付いてくるにつれ、穴が大きくなってくるにつれ、変な音が聞こえてきた。水溜まりに張った氷を割っているような、枯れ葉が燃えているような、紙切れを破いているような。これが、うん、『世界が壊れる音』ってヤツなのかな。なんとなく、気味が悪い。正直言って、これ以上近付きたくはない。
でも、仕方ないんだ。だって俺、あの中に飛び込むつもりなんだから。
「だって、世界が壊れたら、子どもたちが夢を見れなくなっちまう」
自分に言い聞かせるように、独り言。子どもの得意技だ。迷子になった時なんかに擦り寄ってくる不安を、しっしっと払い除けるおまじないだ。
「そしたら、ほら、俺がここに居る意味、なくなっちまうし。そう! タマゴが先か、ニワトリが先か、ってヤツ!」
賢そうなことが言えたって、笑おうとした。思いっきり、口の端がひきつった。あるはずのない心臓が、バクバクとうるさく鳴っている気がする。
俺、今からあんなモノの中に入るんだ。そんなことしたら、きっと、もう、どこにだって帰れないのに。母さんに窓にカンヌキをかけられる以上が、あるなんて思わなかったなぁ。あの時は、まだネバーランドに帰れたもん。
別に、やめようと思えばやめられるんだ、コレ。だって、誰かに『犠牲になれ』とか言われたワケじゃない。今から「やっぱりやめた!」で帰ったところで、キャストの誰だって俺を責めたりしないさ。誰にだって、バカにされたりはしないさ。
『おい、甘ちゃんのピーター』
穴を見ているのが怖くなって、ついつい下の方に視線をやった時。俺は、腹のところに付けてるナイフに目がいった。
*
『なにアホ面で突っ立ってんだ? ほら、とっとと避難の手伝いにいけよ』
――お前はどうするんだよ。
『俺はイイ子ちゃんじゃねぇからな。俺だけでも生き残れるように、アレコレするのさ』
――ウソツキ。
『なんの͡コトか、さっぱりだな? 悪ぃが、テメェを助けてやる余裕はねぇんだ。まっ、せーぜー生き足掻けよ』
目の前に、アイツの後ろ頭があった。銀色の髪が風に揺れる度にきらきら輝いて、星が瞬きしたみたいだなって、ぼんやりと思った気がする。
一歩、ソイツの背中に向かって跳ぶと、引き抜いたナイフを、胸元目掛けて突き出した。何かが破れたような感触が掌に広がって、インクの匂いが鼻をつく。手先が生温かい。「がっ、ぁ……!?」みたいな呻き声。
俺はその瞬間、ひどく悲しい気持ちになったんだ。ああ、コイツ、こんな簡単に刺されちゃうくらいには、俺のコト信用してくれてたんだって。俺自身、コイツのことは嫌いじゃなくて――そりゃあ、クッソみたいに口が悪いけど――だから、なおさら苦しくなった。泣きたくなった。これで絶対に嫌われたな、って。
コイツとの最後がコレっていうのが、めちゃくちゃ、しんどい。
『テメェ、なにを』
ソイツの左腕が銃に触るのを見て、さらに深く、ナイフを突き立てた。刃だけじゃなし、俺の手も背中に埋もれていく。手袋が、インクの青色に染まる。
悲鳴が上がった。
*
「そうだ。アイツが元通りになる前に、俺がやらないと」
ナイフの柄をなでると、俺はもう迷わなかった。
「『空の彼方へ』――ッ!」
呪文を叫ぶ。絶対に立ち止まらないように、絶対に軌道をずらさないように。
体いっぱいに魔力を宿して、まっすぐ、一息に、穴に向かって飛び込んだ。
入り込んですぐに、息が苦しくなった。上も下も右も左も、黒色しかない。妖精の粉はまだ光っているけれど、どこにもその光が当たっていないみたいだ。光の筋が、闇の半ばで分散して、それきり何にもなくなる。ちらっと後ろを見ると、遠くの方に米粒くらいの光が見え――今、見えなくなった。
耳元で、あの、世界が壊れる時の音が響く。囁くように小さかったり、かと思えば鼓膜が破れそうになるほど大きくなったり、瞬きを一回する度に具合が変わる。
「ぎゃ、っ!?」
俺はすっとんきょうに叫んだ。
右腕が、熱い。溶岩の中に、腕を突っ込んだみたいだ。頭を、「痛い」が白い光になってつんざいた。勝手に涙が出てくる。
咄嗟に右腕を引っ込めようとして、でも引っ込められない。腕が動かないとかじゃなくって、多分コレ、動かすモノがないんだ。多分、もう俺の右腕は世界に存在していないんだろう。実際どうなってるのかは、分からない。今ので楽しいことを考え続けられなくなったみたいで、妖精の粉の光すらなくなっちまった。何も見えない。
物語世界に穴を空けるくらいだ。周りの黒い闇は、キャストの俺にとっては酸みたいなモノなのかもしれない。直接触れた瞬間溶けるし、なんなら直接触らなくてもやがて溶け落ちてしまう。
俺というキャストのインクの、最後の一滴が消えてしまうまで、ずっとこんなコトが続くんだろう。
当然、助けは来ない。ただただ痛くなって、その先には何もない。俺が一人でひとしきり痛がって、それだけなんだ。誰も俺がこんな思いしてるなんて知らないんだ。高いところから、真っ逆さまに落ちているみたいに、心臓がひっくり返った。
「っ、ぅ……」
気が付いたら、俺はどうにかこの闇から抜け出す方法を探していた。自分から進んで入ったってのに、周りを必死にきょろきょろ見回して、頑張ってどこかに飛ぼうとした。
前に進もうと空気を蹴ろうとした足が、消える。咳みたいな息が漏れた。痛い。無事な左腕でナイフを掴んで、やたらめったら周りを切りつけた。首筋に流れていくのは汗なのか? 俺から溶けたインクなのか? 気持ち悪い。
ああ、いやだ、やっぱ、死にたくない。誰かをこんな目に遭わせるのは今だって嫌だけど、でも、俺だってこんなの嫌だ。なんで。誰にも痛い思いとか悲しい思いをしないで欲しいって、思ったのが悪かったのか? ワガママだったのか? そんなの、ひどい。自分から死にに行こうとするヤツ見捨てたら、悪役じゃん。俺はそういうコトをしたくなかっただけなのに、正しいコトをしたはずなのに。どうして、こんなに苦しいんだ。正しいコトをしたら、ヒーローらしくしていたら、報われるんじゃないのか。いやだ、いやだこんなの。
「だれか、たすけて! たすけてくれよ!」
叫んだ声が、黒色に吸いこまれる。
「俺、いやだ! こんなの、いやだ! 死にたく、ないっ」
ナイフを握っている感覚がなくなった。だんだん、「痛い」とすら思えなくなってきて、それがすごい怖い。俺、どうなっちゃうんだろう。分かってるけど、分かりたくない。
息を吸いこんだ時に闇も一緒に吸ったみたいで、喉がただれた。それでも、叫び続ける。子どものように、頭を左右にぶんぶん振る。
「ここから、出して――っ」
*
「あーぁ、バカなヤツ」
「お前一人がエサになってくれたお陰で、俺はのうのうと生きてられる」
「なんにも苦しい思いをする必要もなしに、好き勝手して過ごせる毎日が手に入ったワケだ。ザマァねぇな?」
「……ただ、やっぱ。テメェ如きに不意打ち決められたのは、アホみてぇにムカつく」
「たっぷりとやり返してやるからよ。とっとと帰って来いよ」
「……」
「帰って来いよ、バカ」
「……」
「そんなとこで『助けて』なんて言われても、笑いにすら行けねぇじゃんか」