シャドウ・アリスの微リョナ・死ネタ。シャリス人外寄り、捏造設定過多、シチュ重視。
理由なんてしらない。強いていえば、長くてふわふわして、先っぽがくるんとしているあの髪が、羨ましいと思ったから。あの髪を風でなびかせたら、とても素敵だと思ったから。欲しくなったんだと思う。
「ねぇ、あなた」
鏡の中に居る私を見て、目をまん丸くした女の子に、くすくす笑いかけた。
「そっちの世界に居ても、つまらない人生があるだけだよ」
ゲンコツを握ったニャンコの手で、くいくいと手招きをする。
「こっちにおいでよ、アリス。きっと楽しい毎日を送れると思うなー?」
あーぁ、早速鏡に手を伸ばしちゃって、ほんとうにおバカな女の子なんだから。飼われた小鳥が外に出ても、猫にぺろり、骨まで食べられちゃうだけなのにね?
姿見の前で体勢を崩しそうになった女の子を、私は優しく支えてあげる。女の子は「ありがとう」って小さく鳴くと、人懐っこい笑顔を見せた。睫毛が長くて、つやつやのほっぺで、笑顔も可愛い。私はますますこの子のことが気に入った。
私は女の子が喜ぶことを知っていたから、ジェントルマンの真似をして、ぺこりと気取ったお辞儀をする。すっと、手を差し出した。
「さぁレディ、お手を拝借。にゃんてね?」
くすりと笑ってウィンクすると、女の子は目を輝かせて、スカートの裾を広げてお返事をした。
「喜んで、えーっと……ごいっしょさせて、もらい……じゃなくて、いただきます!」
ぎこちなくレディらしいの言葉を並べると、私の手を取る女の子。私はそのまま、女の子を御伽の国までエスコートした。
だって、現実のジェントルマンだって、女の子を食べる為に親切にするんでしょう? だから、私も同じ。この子の皮を着る為に、御伽の国に案内したの。
私の隣、御伽の世界に見惚れている女の子からは、お砂糖の甘い匂いがした。
*
「、っ」
息が上手く吐けなくて、苦しい。女の子の、人間の体で居ることに慣れ過ぎちゃったみたい。
私は首に空いた大きな穴を、手で塞ぐ。手袋がインクを吸って、それでも吸いきれなかったインクがドレスを濡らした。あの子に可愛いって言われて以来、お気に入りにしていたのに。
「なに、するのよ」
目の前でぎゃーぎゃー喚いているジャバウォックを、睨みつける。
『闇』と『影』は違う。『影』は世界が大好きだ。だって、世界がないとそもそも『影』は出来ないし、世界が素敵ならその『影』だって素敵な形になる。だから私も、可愛い物やお洒落な物、それに甘い物が大好きで、その全部で出来た女の子がとりわけ好きだった。その点、『闇』は世界を食べ尽くすだけ。野蛮で下劣。正直相手したくない。
ジャバウォックの爪が貫通した痕、傷口を治そうとして、
「……!」
可笑しい。いくら影を集めても、傷口が埋まらない。影が傷口に上手くくっ付いてくれないで、ただインクが流れ続ける。
これは、毒……? たしかにジャバウォックは毒を持っているけれど、前はここまで強いモノじゃなかったはず。進化してるの? 私が『シャドウスナッチ』の魔法を覚えたみたいに?
毎日あの子のすぐ隣で、魔法の勉強をして、いっしょにお菓子を食べて、ヘンテコな詩を即興で作って。ようやく、あの子と同じ声が出た。ようやく、あの子と同じほっぺになった。後は笑顔さえ出来るようになったら、等身大の女の子になれる。
やだ。もうすぐ完璧な女の子になれそうなのに、こんなところでこの体をなくしたくない。こいつとこれ以上ヤりあったら、私の体、毒で女の子の姿を保てなくなっちゃうかも。
ジャバウォックが地面を蹴って突進してくる。
私は杖を振って『星の魔力ドローショット』をめいっぱい撒き散らすと、その一つを足場にして、ぴょんっと空に跳びはねた。スカートがふわり、風を受けて膨らむ。長い髪もいっしょに膨らむ。そのまま、ジャバウォックの上を通り抜けた。
『ジャバァァ゛ァッ!!』
厚い靴底のブーツでとんっと着地を踏むと同時、突進が空振りしたジャバウォックの鳴き声がした。勢い余って、近くの樹にぶつかった音も聞こえてくる。振り返ると、遠くの景色は砂煙に隠れて、すっかり見えなくなっていた。だいぶ派手に転んだみたいね、いい気味!
くるん。杖を空に突き出して、大きく回した。
「『逃げるが勝ち――』」
詠唱を掻き消したのは、紫色の光線だった。砂煙を掻き消しながら、まっすぐ私に飛んで、きて、
*
真っ白になった視界に光が戻ってきた。
「ぁ、いや……」
自分の漏らした声が、震えているのが分かる。
地面に倒れた私の体は、丁度腰から足首までが消し飛んでいた。足首から下だけは辛うじて残って、さっきまで私が居た地面に、立ったままになっている。上げていなかった左腕の、手の部分が、ない。あの柔らかい髪の毛も、光線が当たった部分は燃え尽きて、ただの灰になってしまった。体が焼け焦げた、嫌な臭い。
こんな体、可愛くない。女の子じゃない。
「っ!?」
涙目になって震えている私の耳に、ジャバウォックが迫ってくる足音が聞こえた。ずしんずしんと、こちらに近付いてくる。
「こっち、こないでよ! どっか行って!」
どうにか上半身だけ起こして、残った右腕を使ってずるずる後ろに這う。
いやだ。これ以上、女の子じゃなくなるのはいやだ。手足が細くて、肌はきめ細やかでぷにっとして、髪の毛はふわふわのさらさらで、この体は今までで一番素敵で可愛いの。睫毛で覆った眼も、ほんのり赤い唇も、全部あの子の真似だけど、それでも全部自分で作った私だけの体。誰かを食べる代わりに、誰かをじっと見つめることで、ようやく出来上がった自分の体。
惚れ惚れしちゃうくらい可愛いあの子の、どこが可愛いのか一生懸命考えて、あの可愛いになれるように必死に形を整えたの。あの子にだって可愛いねって、言ってもらえたの。私の、私だけの。
ジャバウォックの影が、私に覆いかぶさったのが見えた。
「やだ、やめて……お願い……」
命乞いなんて、通じないのは分かってた。そもそもこいつら、言葉を理解するだけの知性、ないんだから。
髪の毛を掴まれて、持ち上げられる。
「お願いだから、私を、壊さないでっ」
震える瞳でジャバウォックを見つめがら、左腕で顔を守る。耳元で、鋭い物が風を切る音が鳴る。
振り下ろされる鉤爪が、私の腕ごと、顔の形を抉り取っていった――。
*
布切れが、インクの水溜まりの上に浮いている。