ジーンくん逃げて。
通知音。どうやら中央レーンのキャストが二人とも撤退してしまったらしい。「もうしわけなーい」「わりぃな……」なんて声に「どんまい、次だ次!」と軽口を叩いた後、通信を閉じる。
一瞬で、青い虹彩が据わる。
「不味いな」
ランプから
彼の対面に居たファイターは数秒前に撃破した。攻め上がるにはこれ以上ないタイミングではあったのだが。
その時、刺激臭が鼻をついた。鼻の奥、粘膜を突き刺すような芳香。スラムを出自としている彼には、それが一瞬で『毒物』によるところだと分かった。
目配せ、風向きから位置を特定。
(森の入り口――)
咄嗟、靴底で地面を蹴って、自軍の兵士の裏まで跳んだ。
「『楽しぃなぁ……えいっ!』」
少女の笑う愛らしい声が、森から響く。
ジーンの背後、兵士に当たった魔法が爆発して、もわり周囲に毒を撒き散らした。毒の魔法に当てられた兵士は、徐々に徐々にその輪郭を失っていく。じゅうと嫌な音を立てながら溶けていく。
ランプを小脇に抱え、ジーンは現れた刺客へ顔を向けた。腐り落ちていく兵士を挟んで、彼女と向かい合った。
「ジーンさん、こんにちはー! 遊びにきたよっ!」
杖をぎゅっと抱きしめて、手をふりふりリボンを揺らし、少女は森からレーンへとびだした。ぴょんっという擬音が似合いそうな、可愛らしい足取りだ。戦場には不釣り合いな仕草である。
「んー、でも残念だなぁ」と少女は人差し指を唇に当てた。
「今のぜーったい、当たると思ったのに。ジーンさん、避けちゃダメでしょー! もう!」
「ハハッ。悪ぃけど、嬢ちゃんの魔法は当たると痛いからな」
対するジーンもネイルに彩った指先をふりふりと。軽薄に笑ってもいたが、こちらは瞳を周囲に動かし続ける。
中央の味方が撤退している以上、援軍は望めない。ならば、この場は素直に一度引くべきだろう。時間稼ぎは考えないで、レーンをまっすぐ後ろに下がれば、一回くらいは被弾しても生きて城まで戻れるはずだ。
「ジーンさん、なに言ってるの?」
考え事が、途切れる。
何故かその高音に、彼はとてつもない不穏を感じ取った。その台詞に、嘲ったり見下したりするようなニュアンスは混じっていない。ただただ、純粋で。
「ジーンさんは今、わたしの敵でしょ? 敵さんはね、倒すときれいなキラキラのお星さまになるの!」
明るいオレンジの瞳を輝かせて、まんまるのほっぺに笑顔を綻ばせる。
「ねぇねぇ。倒されちゃったジーンさんは、どんなお星さまになるのかなぁ?」
とびきりの笑顔と共に言い放った少女を前に、ジーンは「嬢ちゃんも結構言うなぁ」なんて笑った。
――軽く前屈になると、爪先に力を込めて前に駆け出した。だっ、と蹴られた砂が舞い上がる。
アリスは杖を大きく振りあげて、ジーンはランプを眼前に浮遊させる。
「しゅーてぃん!」
「這い蹲りな!」
別になんてことはない。彼は下がるのではなく、レーン戦で勝つ方を優先したのだ。その為に、自分が少女に有利を取れる部分――つまり、兵士処理の能力差を押し付けることに決めた。魔力を孕ませた詠唱で、ランプから飛び出す竜巻を操って、兵士の列をなぞるように消滅させていく。
列の乱れた兵士たちの後ろに位置を取ると、今度は巨大なランプを擦り上げ、スキルを唱えた。兵士を盾にさえしておけば、アリスの魔法は届かない。それどころか魔神化さえしてしまえば、正面からの殴り合いだって可能になる。
「『俺じゃあないぜ、魔神を』」
ぴしゅん、と。何かが空気の中に撃ち込まれる音を聞いた。槍状の白い光が、兵士が影も形もなく消し去るのを見た。
青い虹彩が見開かれた。冷や汗がこめかみを伝う。
(バカな、ラージェホルンだと――ッ!?)
マスタースキル。創聖の力を一時的に借り受けることで発動する
瞬時判断、魔力を練る腕の動きを止めて、膝に力を込めて、
(っ、間に合え――ッ!)
跳ぼうとしたその瞬間。
「『これって驚くかもっ!』」
ジーンの視界は、巨大なプレゼントボックスで埋まった。
*
『謝るぜ……』
『森にご用心だ』
『ごめんねぇ』