夕焼けに照らされた帰り道、住宅地に続くレンガの通りを母が子の手を引き歩いていく。ある親子は馬車の荷台に子を乗せて、ある親子は夕食の材料を手分けして運んでいく。誰もが誰かと繋がるその道を、黒うさぎのフードはぼんやりと見つめていた。
ふと、カシスピンクの瞳が、一人の親子に吸い付いた。駄々をこねる男の子を母親が抱き寄せ嗜めると、その子は遂に観念したフリをして、満足げにスカートの足に擦り付いた。母親は甘えたかったその子の気持ちを見透かしてもそれを咎めるようなことはしないで、帰ったらシチューにしましょうねとだけ言って、夕焼けのまん丸の中へと進んでいく。
『いいなぁ、アレ』
仲睦まじい親子の背中を、一人きりの男の子は漫ろに追った。その肩には巨大な鎌が夕焼けの赤だけを照り返して燃えている。
かちゃり、かちゃり。跳ねるように歩くその子の肩で、刃が舌舐めずりの音を立てるのに、周りは一切気付かない。
『あの魂、刈り取って籠に詰めたら、間違って僕のことを子どもだと思ってくれないかな。だってほら、ダメならまた違うので試してもいいし……』
一歩、二歩。うさぎの歩幅が大きくなる。眼前との距離が縮まる。
『なでてもらって、だきしめられたら、きっときもちいいよね』
逆光にうさぎのシルエットが黒く染まった。踏み込む足に力を入れる、大きく鎌を振りかぶる。影で黒塗りになった中で、長く揺れる睫毛と大きく見開いた双眼ばかりが輝いて――
「エルルカン。ほら、帰るよ」
縦に細くなっていた瞳孔が、空に染み出した夜の黒さに丸く戻った。
エルルカンと呼ばれた子どもは鎌を肩に担ぎ直して、声の出所、緑と紫の滑稽なシルエットへとどしどし足音を鳴らして近付いた。仮面の下のスカイブルーの瞳が、小さな子どもをじっと見下ろす。
「何をしていたんだい?」
「なにも」
「そうか、それなら結構。寄り道の途中だったら、悪いことをしたなと思ってね」
鎌を空に放り投げれば、夕日の赤と夜の紫の間に溶けた。空いた両手をジャンパーのポケットに両方とも突っ込んで、皆が帰る道の反対を行く。先の尖った道化の靴がその後ろを追いかける音。
「手でも繋ぐかい?」
「はぁ? お前なんかに子ども扱いされて堪るかよ。手篭めにされるのはごめんだね」
「おや、これは随分な言い草だ。ボクは子どもを見守るのが好きなだけだとも。手は出さないさ」
道化師の手袋が真横に伸びてきたのを、エルルカンは横目に見た。「手、出してるじゃん」と言いながら、仕方なくその手を握る。
「お前って、ほんとつまんない奴だよな。ここで急に走り出したって、多分慌てず着いてくる」
「足の速さと体幹にはそれなりに自信があるからねぇ。ふふ」
背の高い男の影の隣で、小さな男の子の影がぴょこぴょこ揺れる。それは夜に太陽が飲まれるごとに色を薄くしていって、月が再び影を作る頃には、レンガの道には誰も居なくなっていた。
――いつか、この子はやらかすだろう。
マグス・クラウンは確信していた。この世の中に失敗しない子どもという生き物はいない。子どもがワガママを堪え切れなくなるのは一度や二度ではない。
彼を本当に救いたいなら、自分は残りの生涯を彼に差し出さなければならないだろう。一人の魂を救済するというのは、そういうことだ。
今回も彼はきっと、そのまま放っておいても殺すまではしなかっただろう。彼は力を得ると同時に『賢くなる』ようにされていた。恐らく、鎌をかけるすんでで止まって、つまらなさそうに欠伸でもして戻ってきたはずだ。だが、それはあくまで仮定の話。先述の通り、子どもは理屈では動かないし、そもそもとして親を恋しがる子どもの衝動を止める権利は誰にもないのだ。
いつか、彼が堪えきれなくなって、取り返しのつかないことをしでかしたら。誰がその責任を負おうとするだろう。自分の人生を投げ打ってでも、彼の味方をして、良い方向に導いてやろうとする人は? 誰も居なければ、彼はきっと禁書に埋もれてしまう。
「エルルカン」
名前を呼ぶと、「なに?」とばかりにフードの耳が揺れた。軽くこちらに頭を向ける。
「帰ったら、何か甘い物でも飲もうか」
フードの中に手を滑り込ませ、髪をわしゃわしゃとしてやると小さなその子は迷惑そうに目を細めた。