刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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やっぱりアルクェイドは主人公らしくないですな。
そして、ラブコメに持ち込めねぇ。赤面したり戸惑う姿が浮かばない……
親友みたく愛を囁くキャラでもないし、どうしたものかこの男。

恐らく次回で区切りは付けれそうかと。


Extra1 心が求める 6

 4人はメゾン・イメルダまで戻ってきた。リーシャは今尚意識のないままであった。恐らく死神の影響が長いせいで目覚めるのが遅くなっているのであろうと結論を出し、ソファに寝転ばされている。

 念のため、怨念の反応に対処出来るアルクェイドが何故か膝枕をしている状態になっている。彼女の髪を乱す様に添えられた左手は何故か痛くならない程度に耳を引っ張っている。

 そのアルクェイドはというと……渋い顔で茶を啜っていた。わざわざ音を立てるのは彼らしく無く、精一杯不機嫌を嫌みの様に皮肉を込めてしているだけだ。

 彼の真正面には無表情な顔でコップを両手で持って水を飲んでいるデッドコピーの欠片。

 なればこそ、こうして彼は態度で示している訳だが、悲しい事に彼女がソレを理解出来る状態ではない。ソレを理解して尚するのは、ただ単に子供の癇癪染みた本能故だろう。

 それをブルブランは立って壁に凭れたまま見ていた。目を伏せたままなので見ているという事が正しいかは分からぬが、少し前までは見ていたのは確かだ。今は何か考えている様だった。

 

「Aよ、君の気持ちが分からなくはないが、そうしていても何も変わらなかろう」

「……B、理解しがたい現実に否応無く抗ってしまうのは性分だ」

「なればこそ、だろうに」

 

 その言葉にアルクェイドは黙ってしまう。ブルブランは呆れて肩を竦める。

 確かに、ブルブランにも彼の葛藤は手に取る様に分かる。本質は違うとはいえ、似た思想を抱く同士として、彼の立場だったらと愚考する程には。

 アルクェイドは恐れているのだ。己が人の身でない事を。

 以前、ブルブランが言った様に生物学的には基本的にはアルクェイドは人間だ。だが、その両親は? と疑問を投げかければどうか。

 間違いなく母親は人間ではない、ホムンクルスだ。父親は人間だが、彼らから産まれた彼は真に人間と言えるのか?

 体の構成は間違いなく人間だ。強いて相違を上げるとすれば、アグニによって怨念を操る資質がある程度だ。

 しかし、それでも、本当に人間と言えるのかと疑問を投げかけられれば答えられるものはいない。能力でも肉体でも何れでもなくただ産まれと言うたった一つの確定的な要素において。

 故に忌避する。己が輝き煌めく人間ではない可能性を。

 それがどういう事実かは然程関係はない。アルクェイドが己が人間ではないという可能性を認識している事が重要だ。そして、認識しているが故に彼はそれを認められない。

 それはデッドコピーを見れば見る程に認識してしまう。ホムンクルスは人ではないという事を。

 能力ではない。傷の治りの早さではない。ただ制作者の望んだ仕様になるという一点。即ち奴隷。

 

「……」

 

 ブルブランはもう一度アルクェイドを見て目を閉じる。

 彼の周りの人間全員がそれを聞いた所でどうでもいいと答えを出すだろう。今までと何も変わらないしこれからも悪しき方に変わる事はまず有り得ない。

 しかし、今重要なのはアルクェイドの自己認識であり、他者評価は塵以下だ。ここで君は君だというくだらない言葉を投げかけた所で彼は鼻で笑うだろう。むしろ、その言葉は彼を奴隷であると評価する事に他ならない。そういう愚か者がこの場にいないのは良い事であった。

 

「今は俺よりも死神の方が重要だろう」

 

 湯呑みをテーブルに置いてソファに深く凭れる。右手で唇をなぞり顎を乗せる。が、肘掛けの高さと合わないのかすぐに頬杖を止めた。それを誤摩化す為か面倒だと言わんばかりに手をひらひらと振る。

 

「確かに。とはいえ、姫君が目覚めねばどうしようもなかろう」

「ハッ、もう起きてるよ、こいつは」

 

 アルクェイドが鼻で笑うと、リーシャは肩をビクッと振るわせた。アルクェイドは髪からようやく手を放す。耳を引っ張っていたのは状態を子細に知る為だった。しばしの間、誰も声を出さなかった。

 無音の空間と突き刺さる視線から逃げる様にリーシャは体を起こした。

 

「い、いつから……?」

「死神の話を振る直前」

 

 はっきりと断言され、リーシャは文句を言おうとして口を開いたがすぐに閉じた。

 目は覚めたが起きれそうにない雰囲気で、そのままでいたが彼には気付かれていた。

 

「で、お前何を見ていた」

「……ほう」

 

 アルクェイドの言葉にブルブランは興味深そうに、リーシャは口を噤む。

 アルクェイドは気付いていた。彼女の中に死神の残滓が残っていたのを。ソレ故に目覚めが遅くなり何かを夢見ていたのだろうと。

 

「……死神の……」

「ん?」

「死神の相手は私に任せてくれませんか」

 

 寝ている間に何を見たか、それは分からないがリーシャは強い意志で彼らに言う。元々彼らでは相手として成り立たない。それでもわざわざ言うとなれば——

 

「一人でか」

「はい」

「いいぞ」

「え……」

 

 アルクェイドの言葉にブルブランも頷く。すんなりと承諾されリーシャは呆気に取られた。

 彼らからすれば、彼女がそういうだろうという事は半ば予測がついていた。だからこそ、ブルブランは死神の対処にはさほど積極的に言おうとはしていなかった。 

 

「自分から言い出した事だろうに」

「いえ、そう簡単に許してもらえるとは思わなかったので」

 

 アルクェイドはクッと苦笑する。

 死神に彼女以外は対処出来ない以上、こうなることは明白だ。それを今更確認取られた所で肩すかしにしかならない。

 

「一人でいくのはともかく、場所は分かっているのか?」

「はい、間違いなく、彼はあそこにいます」

「ならば、任せよう」

 

 ブルブランの問いにリーシャは確信を持って答えた。ならば、彼もそれに否とは言わなかった。

 ブルブランは満足気に頷いた。

 

「では、疾くと行動するとしようか」

 

 死神が潜んでいる以上、後手に回るのは避けたい。ならば先手必勝を狙い先に動くしかない。

 また取り込まれては再び戻れる保証はない。

 

「Aよ、君も遂に向き合う時が来たのやも知れん」

「……チッ」

 

 ここで初めてアルクェイドは目の前のデッドコピーに視線を向けた。

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら視線は彼女に向かっては宙に行っては戻り行っては戻りを繰り返す。

 珍しく挙動不審なアルクェイドにブルブランは彼の肩を叩く。

 

「怖がる事はない。ぶつけてやれば良かろう。これまでの鬱憤を晴らす為に」

 

 少し落ち着いたのかアルクェイドは大きく息を吐く。思いのままに蹴飛ばす選択肢を封じ込まれた。滑稽とまで揶揄されてこのまま逃げてしまえば肩を叩いた彼の親友たる資格はない。

 そう断じて、アルクェイドもまた己に、親友に、何より彼女に恥じない存在でいる為に言葉を結ぶ。

 

「ああ、いつまでも子供の様に喚くのは止めとしよう」

 

 一度大きく天井を仰ぎ、目を閉じる。

 

「さて、私は退場させてもらおうか」

 

 自らの役目は終わったと言葉を告げ、後ろ髪が惹かれる思いを胸にその場を去る。

 

「では、私はこのまま死神のもとへ」

 

 リーシャも立ち上がり、ブルブランに続いてメゾン・イメルダから出て行く。

 アルクェイドにかける言葉は要らない。彼は覚悟を決めたのだから。

 これは決して対話ではない。これは彼が堕ちた心を拾う行いだ。自ら引き抜いて餓えた穴を塞ぐ行為だ。

 さぁ、愛情()は目の前にある。後は掬い上げるのみ。

 

「俺は輝ける者(人間)だ」

 

 ゆっくりと目を開いて、母親を見る。もはやそこに怯えはない。

 

「はぁ……」

 

 決意を込める様に短く息を吐く。

 緊張で舌の根が乾き強烈な飢えを感じた。そしてすぐにこれは違うとアルクェイドは理解した。水で癒される飢えではなく、心が餓えているのだと。

 自覚してしまえば強烈に求めてしまう。ほんの数時間前に仕向けられたとはいえ、喰らう場で楽しんでいたのだ。それが中途半端に止められてしまった。

 それは砂漠で一滴の水を飲んだ感じと似ているだろう。満たされぬ程度の雀の涙はより強い飢えを呼び起こす。

 それはどうすれば満たされる? その疑問でアルクェイドの頭はいっぱいになった。

 目の前の母を殺す? それでは永遠に満たされぬ今までと変わらない。

 半身がホムンクルスである事を受け入れる? それでは奴隷と認める事になる。それは我慢ならない。

 で、あるならば母を、デッドコピーが母である事を否定する? ソレに関してはよく分からない。

 じっとどこを見ているか分からない母の残滓を見つめる。

 そもそも、自分は母をどう思っている? 初めて、アルクェイドはその疑問が浮かんだ。

 母の正確な容姿は知らない。性格も、好物も、そして同じ様に父も知らぬ。

 

「ハッ、そもそも個を形成する要素すら何もねぇじゃねえか」

 

 己が己たる要素を知ろうとした事すらなかったと今更ながら彼は気付いた。自らを嘲り笑う。

 お前は親の事すら知ろうとしなかったのかと。有り得ない。

 恐れるならば、否定するならば、強く知ろうとするのが普通だろう。それがどうした事か、母は名だけ、父に至ってはそれすら知らぬ。

 レンが否定しながらも執着して親の周りを右往左往していたのに、アルクェイドは何も調べようとはしなかった。

 

「なんなんだよ、これは」

 

 知らず知らず手に力が篭る。

 

「おかしいだろ……」

 

 これは無頓着とは違う。むしろ彼は積極的に調べていないとおかしい話だ。そうでなければ()()()()話だ。

 そうでなければ、そう命令された奴隷(ホムンクルス)ではないかと。

 

「カッハッ」

 

 そう気付いた瞬間、強烈な自傷する殺意が沸き、右手が喉に向かうが寸前で止まり、吐血する。

 呼吸は乱れ、脈も不安定だろう。それでも彼は震える手を無理矢理下ろす。

 意識して何度も深呼吸をする。

 いつだったか前も似たような状態になった事がある気がする。その時はどうなったかと目を閉じて思考する。

 あの時落ち着いたのは何故だったのかと。

 

「あの時は誰かがいた気がする……」

 

 まだクロスベルに来たばかりの時だった筈だ。あの時は己がこの世界の住民じゃない事を知った筈だ。朧げな記憶を便りに深くソファへと凭れる。

 

「誰に、何を言われた?」

 

 そう、こうして座った状態で誰かが隣にいた筈だ。それは誰だと自問する。

 そして、数分程度の短い記憶の放浪から戻り、薄く目を開いて呟いた。

 

「ティオ・プラトー……か」

 

 恐らく今はもうティオの中にはアルクェイドはいない。時折街ですれ違っても彼に話しかけてくる事はない。

 ただ、何度か背に視線を受けた事はある。違和感か何かを感じているだけだと思っていた。

 それでも、それでも確かに彼女の言った言葉は微かに彼に残っていた。

 

「事実がそうであるかはどうでもいい、か」

 

 ティオもそれを否定として言った訳ではない。だが、今この場でもそれが正しいのは確かだ。自然と口が歪み、苦笑する声が漏れた。

 

「クッ、そうだな。そうだ。そんなことなど、どうでもいい」

 

 アルクェイドは捨てる。今この場で。ホムンクルスの半身を。

 

「よこせ、その残滓を」

 

 アルクェイドはテーブルに手を付いて正面のデッドの胸を義手で貫いた。コフッと彼女は口から血を漏らして彼を見る。

 アルクェイドは喜色の笑みを浮かべて、ククと声を漏らす。

 肉が潰れて音を立てるが特に気にせず手を引き抜いた。その手には何も握られおらず、血しか付いてはいないが、彼は満面の笑みを浮かべる。

 デッドは意思がないかの様に彼を見ているだけだ。

 

「俺は己が奴隷等と認めない」

 

 では、どうするか。簡単だ。産みの親(デッドコピー)がホムンクルスでなければいい。

 

「母よ、人間となれ」

 

 冷めた声でアルクェイドが言うと、彼女を貫いた手が碧く光り始めた。だんだん強くなり、遂には目を開く事すらこんな強い光となってデッドを包む。

 

「は、はは、ははははは、ははははっははははっ!」

 

 アルクェイドは高らかに笑う。強い光など関係無しに彼の目は母を捉えている。そして、神の力の残滓によって、彼女が人だと確定されていく。

 どう作られたかなど関係ない。どのような産まれであろうが、結果が人間として確定した。ならば、それはもう人間だ。

 

「これで、俺は、人間でしかない!」

 

 アルクェイドは歓喜する。自己肯定でもない。列記とした確定的な人間だと。

 デッドコピーの存在を書き換えた光は次第に収まり始めた。

 光が消えればこの世界に残った因果の力は完全に消える。搾りかすを行使したのだから。

 アルクェイドが己に力を行使しなかったのは彼自身の意識の問題であったから。そこに不純物があってはならない。

 だから母に行使した。彼女は光が収まると何度も瞬きした。気がついたら見知らぬ場所にいたような態度だ。

 目の前には喜色満面で高らかに笑い声を出している男。彼を認識したら更に早く瞬きする。

 

「K……?」

 

 名を呼ぶより早く、アルクェイドは母の喉を握る。

 その名も唾棄すべきモノだ。紛れもなく奴隷であるという証拠なのだから。

 

「それで呼ぶな。アルクェイドだ」

 

 殺意の込められた言葉に動じた様子はなく、デッドコピーは頷く。

 手が外されると彼女は少し咳き込んだ。

 

「アルクェイド、貴方は満足している?」

 

 人間として再定義されたからか、もしくは力によって目覚めたか、どちらにせよデッドコピーの意思が表に出来ている。

 母として問う事はたった一つ。我が子は幸せか否か。

 

「ああ、今俺はその足掛かりを手に入れた」

 

 アルクェイドはそんな母の心情を察する事もなく、ただただ歓喜していた。いや、通常ならばある程度は理解出来たのであろう。しかし、今はそんな余裕もなく喜んでいた。

 ようやく笑い声はなくなったが、それでも息はまだ荒く興奮していた。

 

「そう……なら、良かった」

「――――」

 

 デッドは安堵した。

 その顔を見て、アルクェイドは絶句した。分からなかったから。彼は今自分に向けられている感情を知らない。ただ、いつもの様に悪態をつけて文句を言う気にはならなかった。

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