告白して一週間後、俺はいつもの如く翠屋で働いている。
いや、外面はいつもと同じだが、内心はドキドキしていた。
今日、桃子さんから返事があるからだ。
朝仕入れなどを終えた後、誰もいない事務室で桃子さんから今日の業務後に返事をするから、残って欲しいと言われたのだ。
だから心臓がドキバクドキバクしているのだが、しかしその一方で九割方断られるのだろうと冷静に予想し、受け止めている俺がいる。
しかし100%ではないはずだ。
ない、はず。
ない…はず?
とにかく、仕事だ仕事。
俺は新しく入った注文のコーヒーを淹れるため神経をそれだけに集中させた。
ちなみに、俺は翠屋で飲み物担当だ。
飲み物担当になるまで、それはもう必死に努力した。
この体はすべてのことに才能があるはずだったので、めきめき上達していった。神様ありがとうございます。
チートと言うが、努力せずに上達するわけがないのだ。
どんな魔力を持っていても魔法の練習をしなければ才能は発揮できない。ましてや料理などはもっと繊細だ。いきなり料理漫画の主人公並の才能をもらっても、必ず失敗するだろう。
だから努力した。
まあ、そこまでした努力が桃子さんの、好きな女性の力になりたいからという俗な理由なのは、しかたのないことなのだ。きっと。
夜、少数の従業員もすべて帰り、翠屋の事務室以外は消灯された。
そして事務室で、俺は桃子さんと向かい合っていた。
「返事なのだけど…その私はもう32歳のおばさんだし、真君はまだ高校生だから、私よりももっといい人が見つかると思「歳なんて関係ないです。桃子さんが好きなんです。ただ一人の男として駄目かどうか言ってください。それなら断られても納得できますから」
それに歳の事は前世含めれば俺は40超えてるから俺は気にならない。
前世云々含めて俺なのでそれを言うことはない。
だいたいあなたは見かけ大学生なのにそんな理由では説得力がないです。
そして訪れる沈黙。
3分?
5分?
10分?
どれくらい経ったかわからないほどに時が過ぎたように感じた。
「私、おばさんよ、あなたより14歳も年上よ…それでもいいの?」
「桃子さんじゃないと駄目です。ずっと好きだったから、もう桃子さん以外の人を好きになるのは無理です」
「…その、これからよろしくお願いします」
…え?
これって、付き合うってことだよな?
……ぃぃぃいやったぁぁぁぁーーーー!
やばい、嬉しい超嬉しい。
やった!やった!
うぉぉおお!
やったぁぁぁーーー!
やっふぅぅーーー!!
…はっ、いけないいけない。
つい嬉しさのあまり理性が吹っ飛んでしまった。絶対無理だと思っていた分嬉しさが増しているのだろう。
まさに感無量。
…なんて返事をすればいいのだろうか?
「え、えーとこちらこそ?」
「…ぷっ。あははははは」
う、笑われた。
「いつもは恭也の兄みたいなのに、そう言うところはすごく子供みたい。だからお姉さんがリードしてあげる」
近づいてくる桃子さんの顔、そして
「チュ」
と触れた唇。
リードしてあげるなんて言っていた桃子さんの顔は紅潮していて、でも俺はそれ以上に真っ赤にしているんだろうなぁと思いつつ、
「チュ」
俺は不意打ちで桃子さんにキスをした。
「も、もう生意気ね」
照れながらそう言った桃子さんは頼れる店長でも、一家の母でもない、女性の貌だった。
そしてその貌は今までになく魅力的で、ずっとこんな風に笑っていて欲しいと俺は思った。
いや、笑っていられるように支えなければダメなのだ。
それが恋人として、今の俺が彼女にしてあげられるたった一つのことで、同時にずっと忘れてはいけない大事なことでもある。
絶対、悲しませない。
俺は心の中で強く誓った。
「と、言うわけで私は真君と付き合うことになりました」
あれから1時間後の高町家。
桃子さんの作った夕食が並んだ食卓で、桃子さんはいきなり宣言した。
「…む?」
「えええぇぇぇぇ!!!」
「付き合う?」
「つまり、真と母さんが恋人になったということ…冗談、ではないのか?」
「本当のことよ」
いやんいやんと首を振り、嬉しそうに言う桃子さん。
このバイタリティ、一生勝てそうにないかもしれない。まあ、惚れた時点で負けてるけどね。
「えええ、うっそー…」
「お母さんと真お兄ちゃんが恋人になるの?それなら…お父さんって呼べばいいのかな?」
「うーん…いずれはそうなりたいと思ってるよ」
照れ隠しになのはちゃんの髪を撫でる。
「もう、なのは。気が早いわね」
そう言いながらも嬉しそうな桃子さん。
年上で美人だけど可愛い。
「複雑ではあるが…二人が決めたことなのだから是非もない。それに、真なら母さんを任せられると俺は思っている」
「…ま、まあ真さんなら確かに…でも、ショックだよ…全然そんな素振り見せなかったのに…」
「まあ、普段そう言う話題が俺に来ないように避けていたし、少し前までは恭也と忍のことがあったからなぁ」
そのおかげで隠せていたんだよなぁ…さすがに桃子さんなら普通の状況だったら気づいていたはずだし。
「えーと、私はそれなりに気が付いていたわよ」
「えっ?」
…本当に?
そんな素振り全然見なかったのに。
「だって、真君はみんなに優しいけど私にだけは特別に優しいというか、だから好意みたいなものは感じてたの。さすがにあんな風に情熱的に言ってくれるほどだとは思っていなかったけど。おかげで堕とされちゃったもんねぇ」
…本当に、敵わないなぁ。
「恭也と忍ちゃんのことが一段落したから探りを入れてみたんだけど、いきなり告白された時は驚いたし断ろうと思ってたのよ…でもさっきの告白で…きゃー!」
再びいやんいやんと首を振る桃子さん。
けっこうおちゃめだよなぁ。
「…流石は母さんだ」
「…少しは年を考えてほしいけど」
「美由希、何か言った?」
美由希ちゃんに刺すようなプレッシャーがピンポイントで放たれる。御神の剣士ですら恐れるような殺気だった。
「な、何でもないです」
恐る恐る誤魔化す美由希ちゃん。
でも、歳のことは気にしてるんだ桃子さん。
「見かけ大学生にしか見えないくらい若々しいので、そこまで気にしなくてもいいと思いますけど」
「もう、真君ったら」
(俺は忍といつもこんな感じなのか?…さすがに今度からは自重するか)
(バカップルうざい。バカップルうざいよう…でもうらやましい…しくしく)
(真お兄ちゃんがお父さんかぁ…嬉しいなぁ)
その後、俺は桃子さんが求めるままにスキンシップを取った。定番のあーんとかね。
それはまさにいつも俺がうざいと思っていたバカップルの姿だった。
さすがに人前では自重する…いや、できないかもしれない。
桃子さんに甘えられるとついつい応えてしまう。それだけ俺があの人に弱いのだけど、あの人が幸せならそれでいい。
その夜、俺は桃子さんと夜のプロレスをした。
お姉さん的なリードをしておきながら、いざするとなると初々しくなるのは反則だと思った。
なんなのあの破壊力。
お姉さんに任せなさいと言っておきながら、恥ずかしそうになるとか、すごい可愛かった。とにかく可愛かった。
しかし、勝負下着とか用意していたし、寝室が準備万全だったのはなぜなのだろう?
俺はハメたつもりが嵌められていたのだろうか…?
朝早く起きた、というかほとんど寝ていなかったので、シャワーを浴びた後、リビングで眠気覚ましにコーヒーを飲んでいたところ、恭也と美由希がリビングに入ってきた。
「真、おはよう」
「おはようございます真さん」
「おはよう二人とも」
毎日こんな時間から鍛練を続けているとか、戦闘民族高町…現実だとすごいわ。常人なら廃人になるかもしれない密度で鍛練するとか、真剣にやばいわ。
「…」
恭也がこちらをじっと見ているが、何のだろうか?
「どうかしたか?」
「いや…その首筋」
「首筋?」
「…あ、それってキス、マーク…?」
「…」
「…」
「…」
なんだろうこの空気、すごく居心地が悪い。
まるで、いつもケンカしている隣の家の幼馴染が実はすでにラブラブで調kyゲフンゲフン済みだったのがばれたみたいな雰囲気…。
例えがおかしい…俺は混乱しているみたいだ。
「んん!…この話はなかったことにしよう」
「…わかった」
「え?でも…」
「二人ともそろそろ時間じゃないのか?」
「む、時確かに。遅れると後の予定が崩れる。いくぞ美由希」
「うん…」
ふう、行ったか…。
俺は洗面所に行き、鏡に映った自分の首筋を見た。
赤っぽくなった肌。
唇っぽい形。
これがキスマークか…。
「あれ、おはよう真君」
まじまじと見ていたら桃子さんが洗面所に入ってきた。
「おはようございます」
「うん…その昨日は…あ、それ…」
「キスマーク…ですよね?」
「うん、浮気しないように寝てる時につけちゃった」
チロリと舌を出して言う桃子さん。
とても30代には見えない可愛さだ。
「いや、しませんよ」
(真くんも恭也と同じくらい鈍感…いや、うぬぼれかもしれないけど私だけしか見てないから気付かないのかな?)
「信じてるけど、それでもしたかったのよ…駄目?」
「…ずるいなぁ。そんな風にされたら、いやだなんて言えませんよ」
上目使いにお願いするとか、もう駄目だ。
可愛い。桃子さん可愛い。
(愛されてるなぁ…私)
「ありがと」
そう言った桃子さんはいつもよりも幸せそうに見えた。
その理由が俺だったとしたら…嬉しい。