「シン、今日は何について話してくれるのですか?」
俺がイメージした、リンディが気に入っていた服を着た闇の書の管制人格が今日?もまた話しかけてきた。
俺は今、闇の書の中にいる。
闇の書に自らを封印してから実に11年もの月日が経ったそうだ。
そして、闇の書が起動したために管制人格も起動した。
彼女は闇の初の中に不純物が紛れているのに気がついたが、排除することもできず、とりあえず様子を見に来たらしい。
そして、俺と会話できることを知って会話をせがんできた。
ちなみに俺の身体は眠っており、脳量子波を利用して彼女と対話している。
つまり今の俺の身体は精神体みたいなもので、感覚なども脳量子波で補っている。
寝て、起きて、会話して、また寝るのを繰り返しているだけだが、あと数ヶ月で俺は外に出られるようになる。
それまでは彼女と話をしていることにした。
彼女は素直と言うかちょっと天然だがいい娘なので、話をして少し楽しいからというのもある。
もっとも、それはあまりにこの闇の中に一人でいたからという補正が多分にかかっていることは否めないが。
俺は彼女がここにいることに安らぎを感じている。それだけあの闇の中で一人でいるのは辛かったのだ。
何度も気が狂いそうになっていたし…。
もう一度あの闇の中で10年過ごしたら、絶対に精神崩壊する自身がある。
「今日はプールでデートした時の話をしよう。あれはそう、新暦48年の―――」
そうして今日も俺はリンディとの思い出を語った。
彼女と出会ってから数ヶ月、ついに闇の書が覚醒するそうだ。
彼女は寂しそうな顔でそれを告げた。
「できれば、このまま時が止まってしまえばいいのに…私はまた、主を殺してしまう…」
もはやうろ覚えでしかない原作知識では彼女は救われなかったはずだ。
俺はどうするべきなのだろう…?
「シン。ひとつだけお願いがあります…私と契ってください」
「…え?」
「私と契ってください。一度だけでいいんです。一度だけでも女として愛されたい…」
彼女は精神体を下着姿に変えた。
俺がいつか話した、リンディとのデートで選ばされた下着だった。当然俺の好みの柄だった。
そのまま彼女は抱きついてきた。
精神体だが脳量子波の応用で、触覚があり、彼女のすべすべの肌の感触と、その豊かな胸の感触が伝わってきた。
そして何かが滾ってきた。
理性が、飛びそうだ…。
「いや、俺には妻が…」
「一度だけでいいのです。それにこれは精神体ですから、体で行ったわけではありませんし、誰にも知られないことです」
彼女がこんな性格になったのは俺のせいなのか?
この状況、どうしよう…据え膳食わぬは男の恥と言うが、俺には妻がいるのだ。
妻が、妻が、妻が…うう……。
あの後、俺がどうしたかはご想像にお任せするとして、ようやく外に出れる日がやってきた。
「シン、行くのですね」
「ああ、さよならだ。次に会うときは敵同士だ」
「ええ、さようなら…(私の初めてにして最後の―――)
一瞬俺の身体を光が覆い、次の瞬間俺は闇の書から出ていた。
眼が光を感じている。
アスファルトの匂い。
冷たい風が肌を刺す。
五感が戻っている。いや脳量子波を合わせて六感と言えるだろう。
脳量子波が今までにないほど強く発せられる。まるで世界を感じているように感じられる。
周辺を覆う結界。
今まででの経験でも片手で数えられるほどしか感じたことのない魔力量を持つ二つのリンカーコア。
そして先ほどまで話していた彼女。闇の書。
「貴方は?誰ですか?」
栗色の髪、白いバリアジャケット…この娘が主人公、高町なのは。
一見すればどこにでもいる少女だが、脳量子波がその小さな身に余るほどの膨大な魔力を感知している。
この年でこれは、末恐ろしい。まさにリアルチート…。
「シン・B・ハラオウン」
「ハラオウン?クロノのお兄さん?」
こっちの金髪がフェイト、か…。
どうやら原作通りなのだろう。
「クロノは、俺の息子だよ。それより、闇の書のことだが、悪いが俺は本調子じゃない、離脱させてもらう。二人でなんとか状況を打破して欲しい。すまない」
嘘だ。今までになく調子がいい。
だが、俺が全力を出すのはここじゃない。
今なら、この脳量子波とツインドライブの同調率なら、彼女を助ける方法がある。
だから、この場はこの二人に任せる。
もしかしたら、失敗するかもしれない。
原作を知っていたからというあやふやな理由で危険な賭けに出ている。やめるべきだ、理性がそう訴える。
だが、それしか彼女を救う方法がない…だから、俺は賭けに出る。
「分かりました。任せてください!」
俺の言葉や表情から何かを感じとったのか魔砲少女は明るく元気よく答えた。
本当にいい娘だ。
「ありがとう、任せた」
俺は、脳量子波で感じ取った次元航行艦の座標へ、膨大な魔力で結界を無効化して転移した。
「止まりなさい!」
俺が転移してきたのを感知してすぐさま、俺に向けて警告の言葉が発せられた。
愛する、妻の声で。
「う…そ……」
「ただいま」
「あ、あ、あ……おか、えり、なさい」
両手を口に当てて、涙を流すリンディ。
あれから11年経っているはずなのに、全然老けていない。むしろ魅力が増している。
もしかしたら、俺は年上がタイプだったのかもしれない。
いや、11年ぶりの再会だからだろう、きっとそうに違いない。
「いろいろ話したいことはあるけど、今は」
「ええ、闇の書ね」
リンディは涙を拭うと、キリっと凛々しい顔になった。
ふと、そういえば彼女が仕事をしているところは見たことがなかったな、と思った。これからまた彼女と一緒に過ごせるのだ、機会は何度でもある。
今は…。
「ああ。すまないが、闇の書の今持っているデータを見せてくれないか」
「何をするつもりなの?」
「…この結末をハッピーエンドにしたい。詳しくは言えない…信じてくれないか?」
「…わかったわ、エイミィ、データをこの人のデバイスに渡して」
「了解」
後は、時間との勝負だ。
俺はデータを見ながら、術式を即興で組んでいった。
闇の書の防衛機構、ナハトヴァールは破壊されたようだ。脳量子波でそれを感知しつつも、俺はいまだ術式を組んでいた。
なんとしても彼女が消える前に完成させなければならない。
「あなた?」
一室を借りて一心不乱に術式を組んでいた俺の様子をリンディが見に来た。
と、同時に術式を組み終わった。
「闇の書の管制融合機は?」
「…いまから、闇の書ごと破壊するわ…」
何とか間に合ったみたいだ。
さて、ご都合主義だろうが、何だろうがハッピーエンドを迎えるに越したことはないのだ。
だから、俺は彼女を救いに行く。