生徒会長は手紙を綴る【完結】   作:Kohya S.

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一通目の手紙

(1)

 

拝啓

 

 暑さも寒さも彼岸(ひがん)までと申します。お元気でいらっしゃいますか。

 

 突然このような手紙を差し上げる失礼をお許しください。

 ――いえ、自分を(いつわ)るのは()めましょう。(わたくし)は自分の心を整理するためにこれを書いております。貴方(あなた)に現実に、これをお送りすることはないことは、(わか)っております。

 それでも私は書かずにはいられませんでした。貴方へ出すことのない、この手紙を。

 

 貴方に最初に会ったのは夏休み前でしたね。

 浦の星女学院の廃校が()沙汰(ざた)されるようになり、貴方もご存知の鞠莉(まり)さんと、私達生徒会役員は、早くも統合先の検討を開始したのでした。

 その候補の一つとして初めて貴校を(おとな)った時のことは、鮮明に覚えております。

 

 梅雨の晴れ間の、たいへん暑い日でございました。

 放課後、青というよりもむしろ群青(ぐんじょう)と呼ぶのが相応(ふさわ)しい空を背景に、校舎が白く輝いていました。うち(しお)れた様子の植栽を横目に校舎に入り、流石(さすが)に私もほっとしたのを覚えております。

 

 書記の方に生徒会室に案内していただいて、生徒会長である貴方にお会いした時、貴方の最初の印象は決して良いものではありませんでした。

 

 遠いところからと(ねぎら)われて、私、実は少しムッとしてしまいました。同じ沼津市内なのに遠いとは何事(なにごと)でしょう、と。それに、あなたの表情。笑顔を見せるでもなく至極(しごく)真面目に、()()ぐに私を見つめて――私、嫌味でも言われているのかと思いました。

 しかし、今なら(わか)ります。貴方が本心からそうおっしゃったということが。

 

 貴方は私の心にお気付きになったのでしょうか。すぐに椅子と冷たい飲み物を勧めてくださいました。おかげで私は冷静さを取り戻したのです。書いていて、その時の麦茶がたいへん美味であったことまで思い出されました。

 それに――やはり客観的には遠いことに間違いはありませんね。

 

 その日はお互いの学校の紹介など、あとから思えば随分(ずいぶん)とお気楽な話題に終始したものです。それでも私は貴方のことをとても知的な方だと思いました。それはちょっとした言葉の端々(はしばし)から(うかが)われました。

 浦女のパンフレットを見ておっしゃいましたね。

 

克己(こっき)創造、良い言葉ですね」

 

 さらっと読めて、さらに意味までご存知の方は初めてお目に掛かりました。

 また貴方のお掛けになっていた眼鏡。私の周囲にはあまり常用している方はおりませんので――時折、友人が掛けておりますが――素直な感想として新鮮でした。

 

 ただやはり貴方は笑顔を見せず、私、貴方は統合に反対なのかと思っておりました。

 

 そういったこともあってその日の貴方の印象は――第一印象よりは幾分(いくぶん)良い方向に修正されたとはいえ――知的だけれど、どこか冷たい方だ、という所で落ち着いたのです。

 

 あの日、貴方が私に(いだ)いた印象はどのようなものだったのでしょう。悪いものでなければ、良いのですが――。私、今になって、もう少し笑顔でお話しすれば良かったと思います。

 

        ・

 

 夏休みにお時間を取っていただき貴校を見学した時にも、お世話になりましたね。

 鞠莉さんは理事の方と打ち合わせで、こちらの生徒会役員は私だけ。

 私だけが仕事をしているようにお感じになったかもしれませんが、そんなことはありません。副会長と書記の二人の二年生も頑張っています。ただ二人は部活動との兼部で、どうしても会長である私が、やらなくてはならない時があるだけです。

 ――実は、これを書いている今は、私も部活動を始めているのですが。その話はまた追々(おいおい)、でございます。

 

 この時は貴校の案内役も貴方一人で、思えば二人だけでお話していたのですが、私、そんなことは意識せずにごく真面目に聞いておりました。貴方もそうだったように思います。

 

 設備はさておくとして(もちろん浦女とは比べるべくもありません)、授業こそ見られませんでしたが、部活動の様子はたいへん興味深いものでした。

 共学の高校はこんな雰囲気なのかと――正直に申しますと――少々、心がざわざわしたのでした。

 それでも貴方のことはまだ、生徒会長としてしか見ていなかったように思います。

 

        ・

 

 貴方との距離が縮まったと感じるのは次にお会いした時でございます。

 

 統合先をどこの高校にするのか。それについては――ご存知かと思いますが――生徒の意見が通るわけではありません。ただ参考にしてはいただけるとのことで、私達は生徒代表として意見を伝える必要がございます。

 ここまでに貴校は、私達、生徒会役員の中で有力候補の一つでした。

 ですので、浦の星女学院の伝統がどこまで受け継がれるか――いえ、それよりも生徒達が気持ちよく学業や部活動に(はげ)めるか、それを確かめる機会と意気込んでおりました。

 

 二学期が始まって間もないこの日、貴校の生徒会室で統合の事前協議をする中で、初めて意見が対立しましたね。

 例えば浦女のそれを第二制服として当面の間は――新入生も含めて――選択可能にするという私たちの提案を、貴方は否定しました。

 

「それは、難しいでしょう。当然、ニ、三年生は卒業まで構いませんが、新入生となると……制服の意味がなくなるのでは?」

 

 そう言いながら右手で眼鏡を上げた貴方に私は(またもや、ですが)カチンと来ました。でも、おっしゃることはごもっともで、黙るしかありませんでした。

 

「統合が決まったら、しっかり考えましょ」

 

 鞠莉さんがそう言ってくれて、私、気持ちを切り替えましたが。

 

 とはいえ事前にしっかりとお話ししてくださったこと、私、深く感謝しております。統合決定後に話が違う、となるよりは随分ましでございます。

 しかし、もし統合が決まったらどう話を詰めていくか――それを考えると頭が痛くなります。前途多難です。

 

 もちろん統合が本決定するまで、私達、浦の星女学院の生徒は存続を諦める気はありませんので、誤解なきよう。

 

 話がそれました。生徒会室での話が終わり貴方の口から次の言葉を聞いた時、私、耳を疑いました。

 

「よろしければこの(あと)懇親会(こんしんかい)でもいかがですか?」

 

 相変わらず貴方は無表情で、まるで次の日程を決めるような口調で――私、思わず聞き返したものです。

 

「懇親会……とは?」

 

 覚えておいででしょうか。貴方は私を、そんなことも知らないのか、というような目でご覧になりました。知らないわけがありません! 幸い私がなにか言う前に、そちらの副会長さんが説明してくださいましたが。

 

親睦(しんぼく)を深めるために食事でも行きませんか、ってことで」

 

 私達は、一緒だった鞠莉さんも含めて視線を交わしました。鞠莉さんはあんな方ですから大いに乗り気で満面の笑み、二年生の二人も瞳を輝かせて――私が反対したら悪者にされそうでした。

 仕方なしに私は(うなず)きました。

 

「分かりました。あまり遅くならなければ」

 

 貴方も鷹揚(おうよう)に頷かれたのです。

 

 懇親会とお聞きして、てっきりレセプションホールか料亭か、せめてレストランを想像したのですが、案内された先は私が行ったこともないファーストフードで、鞠莉さんと顔を見合わせました。

 

「これは、どういうことですの……」

「あら、楽しそうじゃない」

 

 戸惑(とまど)う私に鞠莉さんはウインクを返しました。

 

 今は友人たちと時折、ファーストフードにも行くようになりましたが、当時は初めての体験だったのです。

 当然、メニューも解らない私は流されるままに席につき、紙コップを片手にしておりました。

 

「ワーオ! まさしく高校生って感じね!」

 

 鞠莉さんはそんなことを言っていましたっけ。

 私達、総勢八人――貴校生徒会の四人と、当校の生徒会の三人、それに鞠莉さん――がテーブルを囲み、貴方が乾杯の音頭を取ったのでした。

 

「今日はお疲れさまでした。親睦を深めていただければ幸いです。それでは、乾杯!」

 

 七人の声が続きました。

 この時、私は貴方の笑顔を初めて見たような気がいたします。でも目だけは笑っておりませんでした。余所行(よそゆ)きのそれ、と私は感じたのです。そしてその笑みは――私には馴染みのものでした。

 

 社会的な立場が要請する笑顔、とでもいうのでしょうか。親の命令で嫌々(いやいや)参加した(もよお)しなどで、私自身が何度も作ったそれです。

 

 でも、私以外には誰も気付かなかったようでした。

 

 会話は最初、自己紹介の続きのような何となく堅苦しいものでしたが、意外にもすぐに皆さん、打ち解けたようでした。

 ただ、私はそうは参りません。他校の方と公的なものではなく私的な会話をするような経験は、私にはございませんでしたから。

 後輩二人と鞠莉さんは向かいの貴校の方と話していて――彼女も経験という点では私と似たようなものだと思いますが、彼女の適応力は流石ですね。

 

 左端の席でそんな彼女達を横目で見ながら、私は正面の貴方と視線を交わして――貴方は私に話しかけてくれましたね。

 それは義務感からだったのでしょうか。

 放っておいてくれればいいのにと思わずにはいられませんでした。先程も書きました通り、義務的な会話には飽き飽きしておりましたから。

 

 ただ、私、結論から申しますと大層楽しかったのです。

 

 貴方の、内心を読めない表情は相変わらずでしたが、私の言葉に真剣に向き合ってくださったと思います。

 

「私の(だい)で存続が決まるなんて、正直に申し上げて責任感で押し(つぶ)されそうになりますわ」

 

 貴方は聞き上手でいらっしゃいますね。私、いつの間にか鞠莉さんと果南(かなん)さん(同じ浦女の、古くからの友人です)にしか言ったことのないような愚痴(ぐち)を、口にしていました。

 

「浦の星の現状は、貴女の責任ではありませんよ。むしろ頭が下がります。そこまでご尽力(じんりょく)されて」

 

 貴方は頷いてくれました。

 もちろん貴方のお話も知性と教養を感じさせるものでした。

 

 鞠莉さんに(うなが)されて、バスの時間が迫っていることに私は気付きました。本当にあっという間でした。

 

 貴方が締めの挨拶を私に振られたこと、きちんと覚えておりますわ。それは貴方一流の悪戯心(いたずらごころ)だったのでしょうか――いえ、乾杯が貴校なら締めはこちらが。考え過ぎですね。

 もちろん私もそれで動じるような玉ではありません。私の挨拶は見事だったでしょう? ――貴方がどうお思いになったか判りませんが。

 

 あの(あと)、急いでバスに乗り内浦(うちうら)へ戻る途中。

 

「ダイヤ、話が合ったみたいね。楽しそうだったわ」

 

 鞠莉さんに冷やかされてしまったのです。私、そんなに外見に表れていたのでしょうか。

 

 あの日、貴方の瞳が黒く輝いていたのを思い出します。今、窓の外に広がる、夜空のように。

 

 お店から出て役員同士で挨拶を交わした時、貴方は私に微笑んでくれました。それは私の胸に、初めて経験する衝撃(しょうげき)をもたらしたのです。私はその正体が(いま)だに判りません。そしてその余韻(よいん)は、小さくなったり大きくなったりしながら、今も私の胸に響いているのです。

 

 気のせいでなければ貴方が最後に見せた笑顔は、心からのものだったのでありませんか。私はそう願わずにいられません。

 

        ・

 

 そして今日。統合先決定前の最後の打ち合わせ。浦の星女学院にとっては極めて重要な日です。しかし私は今朝、それよりも貴方とのお話を楽しみにしていることに気付いてしまいました。

 もちろんそれは、友人に会えることを待ち望む、それと同じだと思っていたのです。

 

 ですので貴校の生徒会室で、沸き上がった感情に私は戸惑いました。

 それは先日からの残響と共鳴して、私の胸を嵐のように()(みだ)し、締め付けたのです。

 

 私、きっと変な顔をしていたでしょうね。お恥ずかしい限りです。

 

 内容は前回と同様にたいへん有意義なものでした。私、しっかり頭を切り替えられたと思いますが、いかがだったでしょうか。もし、上の空だったとしたら、それは貴方のせいなのです。

 

 懇親会は残念ながら――これは、本心からです――催されず、私達は真っ直ぐに内浦へ帰ることになりました。

 

 昇降口まで歩く間、鞠莉さんや後輩達はすっかり打ち解けた様子で貴校の方々と談笑しておりました。懇親会の成果ですわね。

 

 そして私の隣には貴方。

 私に向けた微笑みは、前回と同じでした。

 いったん落ち着いた私の胸は、まるで早鐘のように打ちました。

 

 私、何か話さなくてはならないと考えて――何を考えたのか突拍子もないことを口走っていました。

 

「あの、ご趣味は?」

 

 統合にも生徒会にも、まったく関係ないことを。今思い出しても顔から火が出ます。

 でも貴方はむしろ面白そうに答えてくださいました。

 

「人に言えるようなことは、なにも。いろいろ習い事は、やらされましたけど」

 

 それはつい先日までの私と同じでした。私はまた一つ、貴方を親しく思う理由を手に入れたのです。でもそれを言葉に出すことはできませんでした。

 

「さようでございますか」

 

 私の返答、可笑(おか)しくお思いになったでしょうね。

 貴方は何も言わずに、もう一度、微笑んでくださいましたが。

 

        ・

 

 鞠莉さんは帰り道、この時の会話について何も言いませんでした。ですから彼女には聞かれていなかったのでしょう(もし聞いていたなら、冷やかすに決まっています)。

 私は気付かれなかったことに、明らかにほっとしています。そしてさらに、そんな自分に当惑(とうわく)しているのです。どうしてなのだろうと。

 

 さらに、お別れしてから私は、貴方のことを思い出すまいとしています。統合のことや部活動のことを考えて。それなのにいつの間にか、立ち()振る舞いは賢明だったかしらん、ああ言えばよかったこう言えばよかった、そしてなにより、もっと貴方と話したかった、と私の考えは堂々巡(どうどうめぐ)りをしているのです。

 

 ですからこうして私は、出すことのない手紙をしたためて参りました。

 愚妹(ぐまい)のルビィにも時々、話しているのです。気持ちを整理するためには文章を書くのがよいと。

 しかし私の心は平静を取り戻すどころか、かえって波立つばかりでした。私、姉失格ですね。

 

 それでも(わず)かながら、判ったことがあります。

 貴方を想うと私の心が揺れること、そして心の中で貴方の存在が日に日に大きくなっていること――。

 今までに経験したことのない不思議な感覚ですが、決して不快ではありません。しかし今の私には、これに名前を付けることは出来そうにないのです。

 

 遅くなりました。そろそろ日付も変わろうとしています。一旦ここで筆を置かせていただきます。

 

 寒暖の差の激しい季節となって参りました。どうぞお体にはご自愛ください。

 

敬具

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