生徒会長は手紙を綴る【完結】   作:Kohya S.

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二通目~五通目の手紙

(2)

 

拝啓

 

 朝晩はだいぶ涼しく感じられるようになりました。今も心地よい涼気(りょうき)が部屋を流れております。貴方(あなた)はいかがお過ごしでしょうか。

 

 さて、今日の会合ではありがとうございました。まずはお礼申し上げます。

 

 先日、浦の星女学院の統合先が正式に貴校に決まったと聞いた時、私、ほっといたしました。貴校の校風や今までの検討内容を考えると、恐らく良い形で統合できるかと思います。

 

 今日もお話ししましたが、統合先は決まっても肝心の統合がなかなか正式決定しないこと、貴校にはご迷惑をお掛けしております。

 しかし私達としては最後まで廃校回避に努力したい、そう考えているのです。

 そんな私達に貴方は理解を示してくださいましたね。深く感謝いたします。

 

 統合後のことを話すのは、実は私としては歯痒(はがゆ)いのです。

 先日の学校説明会も盛況でした。ですからきっと、統合は最後の最後で回避できるはずです。

 でも、いざ決まってから進めたのでは遅すぎる、ということは重々(じゅうじゅう)承知しております。無駄になるはずのことに対応しなくてはならない。これも生徒会長としての使命でしょうか。

 

        ・

 

 さて、今日、こうして出すことのない手紙を書いているのは、お礼だけが理由ではありません。

 

 私の心の(ざわ)めきは、昨日までに随分(ずいぶん)落ち着いていました。時間さえあれば、きっとそれは以前のように平穏を取り戻したことでしょう。

 

 しかし今日、生徒会室で貴方にお目にかかった時、私の心は再び揺れ動いたのです。呼吸は速くなり、胸はきゅっと締め付けられました。このような経験を、またすることになるとは。

 何が原因なのかはわかりません。でも、事実なのです。

 

 口を開く前に、意識して深呼吸を一つ、する必要がありました。

 

 これだけでしたら私、前回と同じように、時間と共に波立ちを(おさ)えることができたと思います。こんな手紙を書くこともなかったでしょう。しかし今日は――。

 

 打ち合わせの(あと)、昇降口まで移動するほんの(わず)かな(あいだ)、貴方と二人だけで話しましたね。

 私、例によって話題に悩んでしまいました。

 

「先日の学校説明会、盛況だったようですね」

 

 ですから、そう貴方が話してくれて、私、嬉しくなりました。無言のままで終わるのは嫌すぎますもの。

 

「ええ、お陰様(かげさま)で」

 

 私はそう答えましたが、話の行方(ゆくえ)は見えませんでした。なぜなら、それは直前に私達から説明したことだったのですから。

 

「動画、拝見いたしました」

 

 貴方はまるで効果を(はか)るように、そこで言葉を切りましたね。

 動画です。当然そこには私達、Aqours(アクア)のライブが映っております。さらに当然、そこには私も。

 それに気付いた私は、顔がひどく火照(ほて)るのを感じました。

 

 Aqoursを始めてから、いつかこういう機会もあるだろうと覚悟しておりました。でも、今でなくても!

 

 私が何も言えずにいると貴方は続けたのです。

 

「とても素敵でした」

 

 私、恥ずかしさで呼吸が止まるかと思いました。

 

 この時、貴方が眼鏡の奥で目を細めたことに、私は気付いていました。それは私の反応が面白かったからでしょうか?

 それにもうひとつ気付きました。何が素敵だったのか、貴方があえて省略したことにも。

 

 そして思ったのです。貴方が省略したのが、私ならいいのに。私を気にしてくださったならいいのに、と。

 どうしてそんな風に思ったのでしょう。とても不思議でなりません。

 私、どう解釈していいのか、今も悩んでいます。

 

「ありがとうございます」

 

 なんとか目を()らすことなくそう答えた時には、もう昇降口でした。

 当然、渦巻く疑問を(たず)ねる機会はありませんでした。

 

 そのままふわふわと、落ち着かない心持(こころもち)で帰路に着き(鞠莉(まり)さんに心配されてしまいました)、雑事をこなして机に向き合い――ここまで書いてきて、少しだけ心も静かになった気がいたします。

 

 もしかしたら貴方の言葉、社交辞令だったのでしょうか。急にそんな気もして(まい)りました。だとしたら、私、自分が情けなくなります。こんなにも一喜一憂して。

 まったく、ライブの直前くらいです。あんなに緊張したのは。すべて貴方が悪いのです。

 

 ――いえ、違いますね。狼狽(うろた)えてしまったのは、覚悟の足りなかった私のせいです。

 

 やはりその場で、きちんと確認しておけばよかったと思います。A()q()o()u()r()s()が素敵だったとおっしゃっていただいたなら、私は胸を張って、きちんとお礼を言えましたのに。

 でも。もしかして。

 

 私、まだおかしいようです。胸が痛くなる想像は()めておきます。

 もしまた似たような機会がありましたなら、その時には(おく)せずに貴方に尋ねることにいたします。このような気持ち、二度と味わいたくはありませんから。

 

 次に会う時までに――予定ではそのころには統合も決まっていることでしょう――私の心が元通りになるか、本当に不安でなりません。すっかり忘れることができて、こんな手紙を書く必要がなくなればよいのですが。

 

 これからは日毎(ひごと)に寒くなります。どうぞお風邪など召されませんように。

 

敬具

 

 

 

 

 

 

 

(3)

 

前略

 

 前回から間もないのにお手紙を差し上げること、お許しください。実は今日、とても嬉しいことがあったのです。

 

 私、周りからは硬い人間だと思われているようです。――たしかにほんの少し、(ほか)の方より「ちゃんとしている」らしいとはいえ、実際にはそんなことはないのですが。

 ですので、以前からずっと、後輩や友人達には距離を置かれている気がしていました。それは部活に入っても変わらなかったのです。

 

 皆さん、私を呼ぶ時には「ダイヤさん」と「さん」付けでした。それなのに、私、同級生の鞠莉さんと果南(かなん)さんが、いつの間にか友人達から「ちゃん」付けで呼ばれていることに、気付いてしまいました。

 私の心に浮かんだのは、(あこが)れでした。

 この気持ち、貴方なら分かっていただけるでしょうか。

 

 恥ずかしながら、私から距離を縮めようともしてみたこともありますが、結果は散々でした。そういうのは、向いていないのです。

 でも、このままずっと、小さな(へだ)たりを感じながら残りの学院生活を送るのかと思うと、少しだけ寂しくなったのです。

 

 それなのに、今日、突然、友人達から「ダイヤちゃん」と呼んでいただいたのです。

 初めは何か冗談でも言われているのかと思いました。でも皆さんは本気のようで――私、何も言えなくなってしまいました。

 本当は心から感謝していたのです。ありがとう、と。

 

 思い出しても心が温かくなります。明日から、私は「ダイヤちゃん」だとしたら――なかなか慣れそうにありませんね。

 

 ふと思います。貴方に名前で呼んでいただくことがあるのでしょうか。その時、私は、「ダイヤさん」なのでしょうか、それとも「ダイヤちゃん」なのでしょうか。

 

 筆が止まってしまいました。空想は程々(ほどほど)にしておいた方が良さそうです。

 

 明日を楽しみにしながら眠りにつこうと思います。あなたも良い夢を。お休みなさい。

 

かしこ

 

 

 

 

 

 

 

(4)

 

拝啓

 深秋(しんしゅう)(こう)、いかがお過ごしでしょうか。

 

 次に手紙を書くとしても、それは統合か存続かが決まってからだと考えておりました。まさか今日、あんなことが起きようとは思ってもいませんでしたから。

 

 今日は部活は――Aqoursの練習はお休みでした。

 空は雲一つなく、まさしく秋晴れでした。ご存知でしょうか。秋はむしろ前線の影響で夏よりも(くもり)や雨が多いのだそうです(友人の受け売りです)。

 

 天気にも恵まれ、私は鞠莉さんと約束して沼津市街に買い物に参りました。

 

 高校生らしいとお思いになるでしょうか。それとも意外でしょうか。

 貴方の常識は少し古風なところがあるようです(ええ、私も自覚しています。私と同様に、です)。そこが貴方の魅力でもあるのですが。

 休日はいつもお稽古事(けいこごと)や勉強をしておりましたので、私としては友人と遊びに行くのは珍しいのですよ。

 

 少し話がそれました。鞠莉さんは所用があり市内で待ち合わせたのです。

 

 バスを降りて待ち合わせ場所に向かう途中、多少の時間がありました。ですので、あんなことが起きたのです。

 あとから思えば()()ぐに喫茶店へ行けばよかった――いえ、違います。立ち寄って、正解でした。

 

 書店の二階に上がり、私は花丸(はなまる)さん(また別の友人です)の話していた本でも探そうと思いました。

 いつもこの売り場は()いています。今日もレジにアルバイトらしい店員さんがいるだけ、そう見えました。

 

 書店の独特の匂い、私、嫌いではありません(貴方はいかがでしょうか)。

 

 私はその匂いを嗅ぎながら、ゆっくりと棚の間を歩きました。そして、一つの棚の角を曲がり、貴方がなにやら本をお読みになっているところを見つけたのです。

 

 私、はっと息を呑みました。そして私の胸を、きゅんと痛みが襲いました。もう馴染みとなった、あの痛みです。

 

 思わず私は一歩、足を踏み出していました。貴方と言葉を交わしたい。そう願いました。でも何を話していいのか、まったく(わか)りませんでした。

 

 そこでどのくらい立ち止まっていたのでしょう。

 

 私はゆっくりと貴方に背中を向けました。貴方と会話するところが想像できなかったからです。

 貴方に気付かれる前に階下に降りようと思いました。でも私は(すで)に二冊、本を手にしていました。棚に戻すのとレジに行くのと、どちらが貴方に会わずに済むか悩み、後者を選んだのです。

 

 それは私にとっては運命の選択でした。

 

黒澤(くろさわ)さん?」

 

 店員さんがカバーを掛けてくださるのを待っていた私は、体を硬くしました。

 高まる胸の鼓動を(おさ)えるように、ゆっくりと振り返った私に、貴方は微笑んでくださいました。

 

「こ、こんなところで。奇遇(きぐう)ですわね」

 

 私の声は上ずっていなかったでしょうか。可笑(おか)しくお思いにならなかったでしょうか。とても不安です。

 

 店員さんから本を受け取り、私は一歩下がって貴方が本をお買いになるのを待ちました。

 もちろん一礼して去ることもできました。でも、私にはできませんでした。この気持ち、わかっていただけますか。

 

 貴方は店員さんに丁寧にお礼を言い、私に(うなず)きました。

 一緒に階段を下りながら貴方は私にお尋ねになりました。

 

「もし()(つか)えなければ、どんな本をお買いになったのですか」

「『七王国(しちおうこく)玉座(ぎょくざ)』ですわ」

「すみません、寡聞(かぶん)にして知りません」

「気になさらないでください。私も友人の勧めで知りましたの」

 

 花丸さんは私にぴったりだと話していました。読了したらその意味は(わか)るのでしょうか。

 

 そのまま私達はごく自然に、会話をしながら店の外に出ていましたね。私が足を向けた方向に貴方が付いて来てくださったような気がいたします。

 

 本のこと。高校のこと。部活のこと(貴方は生徒会のみなのですね)。会話は弾みました。貴方があの一言を口にするまでは。

 

「ライブの映像も拝見しました」

 

 私、途端に言葉に詰まりました。でも確認せずにはいられませんでした。

 

「ど、どの曲でしょうか」

 

 貴方の口にした曲名は私が危惧(きぐ)した通りでした。もちろん私、衣装も曲もたいへん気に入っております。

 でも貴方があれをご覧になったと思うと――何よりもまず恥ずかしさが先に立つのは自然なことでしょう?

 

 黙り込む私に(きっと真っ赤になっていたと思います)貴方は急いでお話になりました。

 

「ええと、曲も踊りも、素晴らしいと思います」

 

 それを聞いて私の心には、あの曲の歌詞のように温かい(ほむら)が宿ったのです。

 そのお(かげ)でしょうか、私はなんとか笑顔を作って話すことができました。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけて、光栄ですわ」

 

 貴方は微笑みで(こた)えてくださいましたね。

 

 そのあとすぐ、待ち合わせ場所へと曲がる交差点で、貴方は私に挨拶をして離れていきました。

 もう少し一緒にお話しできないのが残念でしたが――あの話題の(あと)では、私、平静を(たも)つのは難しかったと思います。

 なにしろ鞠莉さんに会った時に、変な顔をしていたのか、またもや「ダイヤ、頭でも痛いの?」と言われてしまったくらいですから。

 

        ・

 

 今日は私、あまりに突然のことで、特に最後の話題については不躾(ぶしつけ)な対応しかできませんでした。心からお()び申し上げます。

 誤解しないでください。それは貴方の言葉に気を悪くしたのではなくて、むしろ逆です。私、本当に嬉しかったのです。貴方がしっかり私達のことを見てくださって。

 

 でも、前回の覚悟はどこへやら。私はまたしても、尋ねることができなかったのです。「私は、いかがでしたでしょうか?」と。

 そんなこと、言えるわけありません。不意打(ふいう)ちでしたし、あの曲、あの衣装ですなのから。

 でも、その時も今も気になって仕方ないのです。貴方の目から見た、私が。

 

 それに、気のせいでしょうか。貴方も前回とは違って――少し(あわ)てていらっしゃいませんでしたか。一体何が、貴方をそうさせたのでしょうか。

 

 暖房を付けるには少し早かったようです。窓を(わず)かに開けると、冷たい風が火照(ほて)った私の体を心地良く()でて行きます。

 

 私、この胸の痛みと(ざわ)めきの正体が判ってきたような気がいたします。でもそれを認めるのは怖いのです。話に聞いたことはありましたが、どこか遠くの世界のことだと思っていた、それを。

 

 生徒会長として定期的に貴方に会わなくてはならない。それが(うら)めしくもあり嬉しくもあるのです。

 

 次にお会いする時には、今度こそ浦女の存廃(そんぱい)が決まっていることでしょう。それに向けて私は、私達Aqoursは、全力を尽くすつもりです。

 私、夢中になれることがあって幸せです。その(あいだ)だけ貴方のことを考えなくて済むのですから。

 

 (こよみ)の上ではそろそろ冬。虫の音も随分静かになったようです。

 もう少しだけ、窓は開けておこうと思います。

 

 長くなりました。貴方のご健康とご多幸をお祈りしつつ、筆を置かせていただきます。

 

敬具

 

 

 

 

 

 

 

(5)

 

前略

 

 ついに浦の星女学院の廃校、統合が決まりました。貴方にもいずれ連絡があるかと思います。

 

 私達は精一杯、努力したつもりでおります。それでもあと一歩の所で、力及びませんでした。本当に、あと一歩だったのです。

 

 私が最後の生徒会長かと思うと、こうしていても涙が止まることはありません。浦女の卒業生、在校生に顔向けができません。

 

 鞠莉さんは私のせいではない、と言ってくれます。それが真実なのだと頭では理解しております。それでももう少し、何かできなかったのでしょうか。

 

 一人になった途端、貴方のことが私の胸に浮かびました。

 貴方はどんな顔を見せてくれるのでしょうか。私を(なぐさ)めてくださるのでしょうか。

 お会いしたくてたまりません。でも、それが不可能なことは解っていて――私の悲しみを倍加するのです。

 

 明日からは再び生徒会長として、残り僅かの間ですが浦女のために尽くそうと思います。

 それでも今日だけは、こうして悲しみに(ふけ)ることをお許しください。

 

かしこ

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