嘘ばかりついたせかいにいる。
せかいの中には僕がいて君は当たり前のようにそこを泳ぐのだ。空を、海を、せかいを泳ぐのだ君を見て僕はようやくこの空間が夢だと理解できたのだった。
「なんじゃこれ」
声を発すると、君は反応する。笑ってからこちらの周りをくるくると回った。口をぱくぱくと動かしているが声はこちらに届かない。
「しゃべれんがか?」
そう言うわけでもないのだろうか? しかし声が響いている以上、ここには空気があるわけだ。ならば君が話すことができないと言う結論が正しいだろう。
「お前はなにがしたいがや。ことばにせんとわからんっちゅーに」
だが言葉にすると言霊と言うかたちで縛りつけるような重みを持つのだから言葉と言うのはおそろしいものだ。少なくとも僕はそう思う。
くるくると舞う。君は、こちらについてこいと言うように視線で伝えてきて、そこからどこかへ浮遊しつつどこかへ向かっている。どこにいくのかはわからない。が、しかし君が言うのなら間違いはないのだろう。
「ふわふわしとるにゃぁ。触ると千切れるんやないかな」
せかいを歩いていく。慟哭がどこかから聞こえる。寒いくらいの悲鳴をバックグラウンドミュージックに、せかいを歩いていくと段々とせかいの色が淀んできた。
「どこにいくんやろうなぁ」
そう言っても自分にはわからないのだから、つくのを待つだけだ。
そして歩いて、
「……ここか?」
どこかの酒場にたどり着いた。
おはようを言えない。おやすみを言えない。さよならすら言えなかった。そんな自分になんの価値があるのだろうか。
死んだほうがいいのではないか、と首を握ってみたがそこから力を込めることができなかった。怖かった。怖かった。死ね、死ね、死ね、死んでしまえと心のうちで叫んだ。なのに死ねないのだ。
惰性で生きるままやがて手紙は流れ着く。
『さよなら』
そう書かれた手紙だった。言えなかったさよならを言ってきた君は今も地獄で生きている。
寄生した感情を引っこ抜いたらからっぽになった。
ちのそこでまってる。
手を叩いたら音がなる。
それを人間はしあわせの証としたいらしい。ならば幸せじゃない人間は手を叩いても音すらならないのだろうか、と思って叩いてみたらぱちりと音がなったのでこれは自分はしあわせと言うことなのだろうか。しかしそれならばおかしいな。しあわせとはいったいなんなのだろうか。やがて未来の2回目、手を叩いてみようとしたら何を叩くこともできなかった。このあいだにはかなりの時間の差があった。何故だろうと思って自分の目で手を見てみた──ただ暗闇があるだけだった。なるほど自分はどうやらしあわせでないらしい。しあわせとは実に曖昧でよくわからないものだ。今、自分はこうも充実しているのにしあわせではないらしいのだから。
酒場のなかには特になにかあったわけでもなく、ただ閑散とした空間が広がるだけだった。踏み込んでみると天井が落ちてきて潰されて僕は死んだ、のだと思う。ただ、視界が消えて復活したときには潰れた酒場の外にいた。たぶんきっと些細な夢だった。
「なにをさせたかったんよお前」
君はくるくると回りながら潰れた酒場の瓦礫の中心へと向かっていった。
「なんじゃあ、なにがあるんじゃ」
視界が消える。
人間は無能で愚鈍で見ていて滑稽だ。感情なんてもんがあるから人間は駄目にある。人間は動物だ。心理などいらずただ機械としての人類を欲しろ。ただ生産だけを続けることが人間に望まれる特にどうだっていいそんな常識を人間は高尚そうに語る。人が人足る所以を投げ捨てろと言うのはなかなかおもしろい話だ。
「ねぇ、それ痛いよ」
てんじょうからみている。
いっそ盲目であればよかったと思った。人間としてじゃなく機械として育ててほしかった。ならばこんなに悲しむこともなかっただろう。つまり人間にとって感情と言うものは不必要で、いや、いや、ひょっとしたら人間と言う生き物自体が不必要なのではないだろうか? くだらない生き物は砂となり崩れ落ちるように死んだ。手を叩こう。音がなった。
「それでも、自由な豚より不自由なソクラテスでいたいの」
「覚えているかな?」
「約束を」
……さぁ。しらね、そんなのを僕に聞くなと思った。
「次は海……泳ぐことはなかったにゃぁ。桂浜の海は泳げんし、泳ぐとしたら鏡川やからなぁ……」
海に出た。砂浜を見て、そうして軽く指で叩いてみると硬い表皮の下にはぎっしりと目玉が詰まっていた。それにびっくりしてつい声を漏らすと、それはぎょろりと動いてこちらを睨めつけた。
ただ、それがそれ以上できることはない。ただこちらをにらみつけるだけ。驚かせやがって、と僕はその目玉を踏みつけた。ぐちゅりと音を立てて、足を退けると醜く潰れた害虫の群れがいた。
君は手を叩く。その音はこちらに届かない。君は僕の手をとって水のほうへ引いていく。
水が意思を持つように僕らを飲み込んで、
夢はおそろしい。眠るたびに僕は地獄を見る。きっとそれは呪いなのではないかなぁ、と僕かは君に打ち明けた。君はそんなのあるわけないと言った。それを見ていた鼠はただ沈黙しているだけだった。
「ほんとにそれで楽しい?」
きみをころした。
くらい闇の中で僕はそっと夢を見る以外にできることがない。呪いが体を追い詰めていく。僕の価値とは……それを考えてしまった。しまって、人間に総じて価値はないと結論がでた。でてしまった。だから僕は解脱したのだ。そう思ったら僕は中二病だと自分を笑ってみた。腕を叩こう。折角答えを得て幸せなはずなのに手は鳴らなかった。
「このせかいは光があたらない楽園の陰よ。ならばこそ、わたしたちは楽園を求めるの」
「お前はいろいろ考えすぎじゃ」
「回りくどいことぐちぐちと。男ならいごっそうなくらいがちょうどやろうに。つまりお前はただ口実を探しているだけじゃ。初めから嘘やないか。これのなにが嘘な。嘘で片付けるなや自分を。これは物語にすらならん、正しく罵倒の意味での文学やにゃあ。ただ世界を否定しようとばっかするガキじゃお前は。そんなことにわしを巻き込むなや」
僕と鼠は相対している。僕に鼠の姿は見えないが、鼠から僕の姿は見える。
「これはお前の役割やろ。わしを巻き込むんやないわ」
鼠の声が聞こえて、そして体が両断された。その感覚が僕には感じ取れた。ああ、漸く海に還れるのか、と思った。鼠に僕はこえをかける。ありがとう。そんな声は届かないけど。
せかいがおわっていく。その感覚を理解できた。
「だれがぼくをすくってくれるの?」
鼠と呼ばれた男はただため息をついた。彼には過去からこういう超常現象が舞い込んでくることがあった。なのでこれについてもまたか、で済ませることができた。
「全く……ほんとにめんどうちや」
こういうことが起きた日、彼は基本的に夢に意識を囚われることになる。時計を見たら昼たった。さっさと終わらせたのだが、しかし学校には遅刻だ。全くほんとに最悪な気分だった。
「はぁぁぁあああああ……ないわぁ……ないわぁ……しゃあないか。折角やし今日はサボって町でもいこうか」
鼠にとって、超常現象は意外にしょっちゅうだ。だから彼はいつものように遅くに起き、
「──あぁ、答えとくわ。人は勝手に救われる生きもんやき、だれもお前はすくわんなぁ。お前を救うのはお前自身や。最近は義手の技術も発達しとるらしいし盲目でもなんとかなるやろ。そんじゃ、わしからは以上」
この世の中には聡明な人間などいない。だがそうでないことを知る人間は意外に少ない。彼ですら聡明でなく、そしてそうでないことを自覚できない。無知を知ること──それは何よりも難しいのだと思う。
自分の感情すら知らない子供はしかし、論外だ──その程度なら彼ですら諭すことはできる。真にからっぽな人間はいない。そもそもそんなのは人間とは言わない。ただ生み出されただけのものだ。
それを知らない人間は時々いたりする。
浮いた君は死んだ。腕もなく目もない嘘つきの僕はもう何者にもなれない。命が消えるのを実感した。だがああ、最後にあの世に持っていける答えを見いだせたのだから人生に悔いがあるとは言えないだろう。
僕が死ぬのは僕の自由だ。だから、僕は死ぬことにした。強いられる呼吸が停止する。苦しいけど満足だった。
完全に僕が死んだとき、君はたしかにそこにいた。