鞄の中から筆を引き出した。インクはない。インクは僕は既に持っている。腕を噛みちぎって、そこから漏れる赤に僕はその筆の先を押し当てた。
ここは小さい小さい、はりまや橋(この名称が正しいかは存じていない)、その下。鏡川の土手だ。車が上を通る音が反響して渦巻いている。まるでハウリングみたいだった。
僕は筆を、橋の下──それを支える壁に当てる。そのまま軽く動かしてみた。すらすらと動く。掠れた赤色が、僕を生きていることを証明している。
痛む傷口が僕の生存を証明していた。
どうして生きているのか、それがわからなかった。誰にもなれない僕はきっとがらくただから。だからさっさと死ねばいいのに、なぜか自殺しようとすると体が凍てつくのだ。
僕がこうして自殺を、死を意識するようになったのは結構最近のこと。自傷行為にはもう慣れて、半分その痛みに依存するように腕に刃を当て続けた。お陰で傷口がぐちゅぐちゅになって気持ちが悪い。跡は消えないらしい。
僕は、壁に背中を預けた。乾いていない僕の血が、べったりと服になすりつけられる。
川は氾濫していた。この土手に立っていることも、本来ならいけないことだ。規制区域に設定されているから。けれど、僕はここにいる。ここにいて生きている。いつまで生きているのかは定かではないが生きている。
生きているなら生きなくちゃぁいけないのだ。死んでしまった人がいる。だから僕が死ぬのはいけないことだ。いけない。本当にいけない。姉とえっちなことをするくらいいけないことだった。
「……………………」
実は今、徹夜明けだったりする。痛みが気付けのような形を成していて、痛みが引いていくときに僕の心の波も引いていく気がした。
「いつまで生きればいいんだろうね」
僕はつぶやいた。返答はないと思いつつ。
が、しかしその言葉に返答する人間が現れた──僕の背中に、こつりとなにか硬いものを当てながら、そいつは僕にそう言った。
「いつまでもさ。生きれる限りいつまでも生きるしかないんだよ。生産性だとか、人間的だとか、常識だとか、そんなのは要らないんだ。自分が生きたいように生きて、死ぬときに死ぬんだ」
僕は後ろを振り向いた。
そこには女性の顔がある。僕の後ろには確かに壁。壁から頭が生えてきていた。その顔は、僕の血の痕を起点に。そしてそいつは僕の顔をしていた。
「そういえば、僕は女だったっけ。そうだそうだ、自殺志願の理由もだいたい晴れた」
約は強姦なわけですが。