死にたいなー、と思った。
それは特に理由があっての判断でもなく、ただ漠然とした不安感から生まれたあっけらかんとしたそのままの自殺衝動。
死にたいなー、と思った。
いや別に死にたいわけでもないんだけれど、死にたいな、と思った。それは一体どういう理由でどういう倫理が肯定した上での死にたいなのか、いったいどの基準からの発言での死にたいなのかはわからないけれど。
死にたいなー、と思った。
最前より自殺衝動の自慢ばかり申してもご理解いただけない方には正真正銘無為で無意味。再三の言い分もどういうわけか反応はなくわたしは採算のとれない人生の幕切れをどう演出するかであたまを悩ませている。
死にたいなー、と思った。
まるで機械のようにそう思った。淡々と死にたさが喉元までやってきていた。飲み込もうにもねばついて飲み込めない。このまま放っておいたらいつかは窒息して死ねるだろうか?
死にたいなー、と思った。
だからわたしは帰った。わたし一人だけ死ぬのは流石に寂しい。一緒に死んでくれる人がほしい。
死にたいなー、と思った。
ところで、これは短絡的な思考による一時的な欲求であると理解しているが、一度死にたいな、と思いそれに沿って行動しているとやがて正常な判断はくだせなくなるようで、わたしは気づけば近所の男の子を部屋に連れ込んでいた。
死にたいなー、と思った。
いや、わたしも別に誘拐に手を染めはしない。ただ、この子はよくわたしの家に遊びに来るから今日もそれと同じように連れてきただけだ。別にわたしは悪くない。
死にたいなー、と思った。
そういえば人生ろくなことがなかった。テーブルに預けた身体は動くことを拒否している。これは死んでいるも同義ではないだろうか。
死にたいなー、と思った。
けれど死んでしまえばこうしてぼーっとしていることもできないのか、と思った。いや、それができなくても別にいいんだけれど。そういえば、天国はひたすら人がぼーっとしているだけの世界って見方もあるみたいだった。わたしはそこに行きたいと思ったけど、どうやったって地獄行きだ。
「死にたいなー」、と思った。
喉の奥に貼り付けた言葉はうっかりと剥がれ落ちた。わたしの口から紡がれた言葉は、たまたまわたしの家に来ていた少年の耳に止まったみたいで、その子は少し不思議そうにこちらを見た。なんでもないとごまかしたけれど、ごまかせていないことくらい理解できていた。
死にたいなー、と思った。
気づけばわたしはベッドの上。まったくどういうことなのやらわからない。首筋をそっと刃が掠めた。ぞっと青ざめた姿は、正面からだとよくわかるだろう。
死にたいなー、と思った。
けれどわたしは、ほんとはそんなこと望んじゃいなかった。
死にたいなー、と思った。
死にたいなー、と思った。
死にたいなー、と思った。
死にたいなー、と。
思った。