我が儘に絶景を   作:泥の魅夜行

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欠伸ー石神円也ー

 まるで他人事のような出来事だった。跳ね上げられた己の身体は永遠と感じるような浮遊感と共に僅かな時間で重力に引かれて落下した。アスファルトに強かに打ちつけられた体は素人が見ても助からない程の損傷を受けている。血は絶え間なく流れ続け赤い水溜りを作り出す。折れた骨が筋肉と皮膚が飛び出し腕は歪なオブジェとなり果てた。

 

 死ぬ。死が迫っている。即死ならばまだ幸せだったかも知れない。何にも感じずに意識を手放していれば。

 

 彼には意識が在った。壊れた自分の身体を見みながら全身に走る激痛に意識を掻き回されて、声を上げて転げ回りたいのに動く事すらできない。死ぬと決まっているがまだ死ねない。死にたいのに死ぬことが出来ない。生きていたいのに生きることが出来ない。殺してくれ死にたくない生きたい生きたくない何で何で何で何で。

 

掻き混ざる思考は走馬灯も現れて一瞬で消失していく。

 

「……ぉ、ァ……ッ!」

 

 薄れていく意識、それは「死」がやって来た事を意味する。彼は叫んだ。声にならない悲鳴を上げて、痛みから解放されたいから死にたいと願い同時にまだ死にたくなからと生きたいと願う矛盾な願い。人と当たり前に足掻こうとして、されど既に手遅れであり、プツンと彼の心臓は停止した。

 物言わぬ骸となり果て、誰にも訪れる「死」は今日この日、彼に訪れた。交通事故と言う現代に有り触れてしまった死因にて。

 

             

 

 瞼が開く。視界に映ったのは青と白。晴れた日の青空とゆっくりと形を変えながら動く雲だ。肌に感じる風が心地よい。やはり屋上は良い。

 空を見ながら右手を胸へ置いた。掌に伝わる心臓の鼓動を感じながら深く息を吐く。

……生きている。

 身体があり、意思がありそれに従って肉と骨を稼働させた。上半身を腹筋運動で持ち上げ手を思いっきり空へと伸ばした。

 

「んーーー」

 

「能天気だな、噂通りに」

 

 声がした。背後からだが、驚くことは無かった。そもそもこの声の主の気配を感じて起きたのだから。

 

「どうも。えっと……誰でしたっけ? 確かテレビで見たような、最近見たような」

 

 振り返りそんな事を言ってみる。その反応に呆れを含んだため息を吐いたのは、スーツ姿の麗人だ。

 

石神円也(いしがみえんや)。三年三組。破軍学園唯一のAランク伐刀者にして、破軍学園初の七星剣王二連覇を成し遂げた大型ルーキーいや、超大型か。二つ名は『白い災害』」

 

 伐刀者(ブレイザー)。己の魂を固有霊装として顕現させ、魔力を用い、異能の力を操る千人に一人の特異存在。古くは『魔法使い』、『魔女』と呼ばれてきた者達の現代の総称である。最低ランクすら常人では敵わない超人的な力を持っており、今や、戦争、軍隊、警察は抜刀者無しでは成り立たないと言われている。兵器すら無力と化すその力を人間社会で使っていく為に、『魔導騎士』と言う制度を与え、その免許を取る為の『騎士学校』を世界は作った。此処、『破軍学園』もまた、日本に七つあるその『騎士学校』一つだ。

 

 いきなり自身のプロフィールを読まれて円也は戸惑うが、お返しとして目の前の女性の紹介をしようとスマホで調べた。ヒット。検索した記事から情報は得た。

 

「説明書みたいな紹介されましたけど、そうですその石神円也です。破軍学園の新理事長の新宮寺黒乃(じんぐうじくろの)先生。二つ名は『世界時計(ワールドクロック)』で、元KOK・A級リーグ選手で、元世界ランキング2位か3位。……合ってます?」

 

説明しつつ、理事長変わったとか聞いたような聞いてないようなと頭を捻る。興味が無かったからそもそも記憶してないので、思い出す事も出来ない。

 

「成程、一応この学園で結構仕事をしたと思ったんだが、特に記憶に残ってないか。……そうか」

 

 空気が少し暗くなる。とはいえ、仕方がない。円也は本当に目の前の新学園長の事を知らなかった、否、興味が無かったからだ。

 

 

「で、何の様ですか? 理事長先生。今、ゆっくりと寝てた所なんですが」

 

「今、何時か分かるか?」

 

 腕時計を確認。

 

「十時ですね。朝ご飯食べてないとお腹空く時間ですね」

 

「平日で、特別授業中だがな」

 

 ああ、そう言えば、学園上位の騎士が技術向上の特別授業が在ったような気がする。 

 あやふやな記憶を思い出しながら円也は納得する。納得しただけだが。

 

「じゃあ、此処で鍛錬しますね。休憩で寝てただけですので」

 

 そう言って傍に合った木刀を取る。頭にチョップが来た。

 

「痛い」

 

「授業に出ろ。仮にも『七星剣王』だろうに」

 

「どうでもいいです。もうそんな物興味もない。欲しいと言うならあげるだけですよ」

 

 木刀を構えて振り下ろす。その動作に黒乃がほぅ、と感嘆の籠った声をだした。

 

「その年でその域か。七星剣王を獲ったと言われている実力は、嘘ではないようだな」

 

 速く、太刀筋は迷いなく、姿勢は整っている、それらを全て呼吸するように当たり前に行っていた。

褒め言葉にも反応することなく、木刀を振る。

 

「一年時の七星剣武祭を終えて、人が変わったように修行をしているそうだな。出席日数は満たしているが、それ以外は鍛錬鍛錬……それを二年か」

 

 

 七星剣武祭、年に一度、七校の騎士学校合同で主催される武の祭典だ。円也は破軍学園初となる二連覇を達成する偉業を為しているが、それらを特に気にする事無く、ひたすら剣を振っている。憑かれているだの、頭のネジが飛んだの、それが周囲からの評価だ。

 鍛錬してるだけで、目立った校則違反は無し。止めようにも彼に付いて行く体力を持つ者は学園には居ない。

 それ以上に、彼の方が動いて消耗している筈なのに、過剰とも言える鍛錬を平然と続けている。最初は直ぐに終わると皆が笑っていた。一週間で感心した。一ヶ月で不審感が広まった。半年で恐れが目に宿った。それを二年続けた。彼に近づく人間が極少数になるのは必然であった。

 

「何がお前をそこまで駆り立てるんだ」

 

 言って、失言に気付いた。踏み込み過ぎた、と。初対面の間でそこまで言う気は無かった。ただ、此処に来るまでの彼の評判、実際に見て事実だと理解し、動揺したからだろうか。反省しつつ、謝罪の声を上げた時だ。

 不意に、円也が素振りを止めた。

 

「俺に何か御用ですか?」

 

「ああ、護衛を頼みたい。今日、留学生が来る。ステラ・ヴァーリミオン。ヴァーリミオン皇国の第二王女だ」

 

「知りません」

 

「だろうな。ちなみにお前と同じAランクだそうだ」

 

「興味ないです」

 

「……だろうな」

 

 バッサリと言い放ち、時間の無駄だったとばかりに円也は素振りに戻ろうとした。黒乃は予想する。恐らくこれ以降、話し掛けても反応しないだろうと。まだ話を聞く気がある今のうちに畳み掛けた。

 

「私の方針は、完全な実力主義。徹底した実践主義だ。既に実力、実践をお前は示している。頼みを聞いてくれるなら、授業の免除くらいは許可しよう」

 

 円也の動きが止まる。数分程、空を見ていたが、やがて黒乃へと振り返り、頭を下げた。

 

「……承りました。どこ行けばいいですか?」

 

「校門に車を置いてある。それに乗っていけ」

 

 はい。と言うなり消えた。黒乃の眼には校舎から飛び降りた円也を認識していた。

 

「やれやれ」

 

……思った以上に面倒な事になりそうだな。

 

 数時間後、黒乃の考えは現実になる。ステラ・ヴァーリミオンの下着を見た事による痴漢容疑でとっ捕まった黒鉄一輝によって。

 




久々の執筆活動。リハビリのように書いてきます。
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