我が儘に絶景を   作:泥の魅夜行

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憎悪ー御祓泡沫ー

窓より陽が射し、部屋の中を照らす。コチ、コチと壁に付いている時計の針の音が静寂な空気の中で響く。

 

「石神、今回の件だが『七星剣王が人質を全員無傷で救出、テロリストを撃退』と、表向きでは流れるだろう」

 

「そうですか」

 

ショッピングモールの『解放軍』襲撃の事件から数時間後、円也は理事長である黒乃に呼び出されていた。

理事長室、椅子に座る黒乃は額を指で軽く叩きながら軽く息を吐く。

 

「あの後、貴徳原(とうとくばら)が動いて情報統制をしている。……何をした石神」

 

「ああ、ここに来る前にカナタに電話したら、『全て任せて下さいませ』、と言われまして詳しい事は知りません」

 

円也は机を挟んで表情を変えず、他人事のように答える。

 

「そうか……。話を聞く限り、テロリストの殆どは『解放軍』の伐刀者の能力による死亡と言ってもいいだろうな。テロリスト同士の同士討ちと言うなら学園に来る鬱陶しいマスコミも少ないと思いたいが」

 

 学園へ戻る途中、黒乃から死人は最低限にしろと言われていた事を思い出したが、結果的に全滅させてしまった。 

 法治国家の日本では、いくらテロリストとは言え皆殺しでは心象が悪くなる。円也としては他者からの心象など興味は無いが、一応自身が通う学園の理事長からの頼みを無視して暴れ回ったのは僅かに悪いと思っている。

 そこで円也はこういった問題に対して強い貴徳原カナタに相談してみれば、あちらが勝手に処理してしまった。

 

「貴徳原にも話を聞くとして。さて、石神。一つ聞かせて貰おう」

 

 黒乃から威圧が発せられた。部屋の中の空気が重石をぶら下げたように重くなる。

 

「お前は何故、人を殺せる」

 

 刃物のような視線は真っ直ぐに円也を射抜く。

 この道を進む以上は何時かは人を殺す事になるだろう。七星剣武祭も、『幻想形態』では無く『実像形態』による実戦だ。iPS再生槽があれどそれも絶対では無い。

 事実、昨年の七星剣武祭でも彼は二つ名の通りの戦い方で数多の選手を破壊し尽くした。

 刃物を持ったからと言って傷つける事が平気という訳では無い。

 いくら修行を積もうとも、実戦で人間を傷付けるのは容易では無い。ましてや殺す事など容易に出来て良い事では無い。だが、黒乃の前にいる円也はそれを特に気にする事も無くやってのけた。

 

「電話の時に言ったじゃないですか。敵だからですよ」

 

 それ以外何かあるのかと、言いたげな表情で円也は答えた。

 

「違うな」

 

「はい?」

 

 加えた煙草を灰皿に押し付け火を消した。鉛の様に思い空気は消え、黒乃の視線には憐れむ様な感情が混じる。

 

「全てを話していないといった所か。こう見えてお前よりは生きて、そして見ているんだ。石神、お前は何を隠している」

「……」

 

 黒乃自身も一人の生徒の内面に踏み込んでいる事を自覚する。だが、それが何だ。

 この一ヶ月、目の前の生徒を、石神円也を少しだが理解してきた。この少年は余りにもズレている。異常とも言えた。

 常識を知っている。倫理を理解している。それでも、見たままなら普通の少年は致命的に思考と価値観が世間とズレている。

……『彼女』を連想する人間がこんな近い世代に居るとは。

 頭が痛くなる。軽い頭痛を覚える中で、円也は観念したのか口を開いた。

 

「そうですね。隠す程でも無いですし、このまま理事長先生に怪しまれ続けるのも嫌な感じなんで言っときます」

 

 嘘だ。と黒乃は否定する。己に怪しまれた所で気にすらしないだろう。

 円也は続ける。黒乃にとって彼の考え方はある程度は予想していたが、同時に当たって欲しくないものであった。

 

 

 

「俺、どうも興味が湧かないみたいでして」

 

「何にだ?」

 

「広義的に言えば世界とか? 狭義的に言えば他人に。だから、殺したんだと思います。いや、生かしてても良かったんですけど」

 

 他者の生き死に興味ないから、どっちでも良かったんですよ。

 円也は話ながら己の言葉を改めて考える。

 電話をしなくても『解放軍』を殺していた。或いは殺さずに倒していても良かった。

 或いは空腹だったので無視して帰宅しても良かった。或いは人質ごと、ショッピングモールごと殺しても良かった。

 偶々だ。偶々、黒乃が死人を最低限にしろと言ったから、一般人の安全を優先させろと言ったから。一般人は守った。あそこにディアが居なければ『解放軍』も殺さずに制圧で終わらせた。

 結果的に皆殺しになったが、それについても思う事は、ああそう、とか、黒乃に対して悪かったな程度だ。

……まあ、可笑しいよな。

 己が普通の精神で無い事なんて生まれた時から知っている。人生の目的すら他人からしてみれば理解不能の領域だ。

 

「入り口で殺した二人、あれ人生で初めて殺した人間なんですよ。でも、特に何も感じ無いんです。『ひゃっはー!! 殺人最高!!』とか、『ああ、俺は何て事を……』とか」

 

 ある訳が無い。二年前なら少しは考える事が出来た。今は考える事すらない。

 

「何となく殺しただけなんです」

 

 ゴミをゴミ箱に入れる。円也にとって人の命を殺す時の感覚はその程度にまで落ちていた。

 

「あ、でも勘違いしないで下さい。他人に対してはそんな感じなだけで、刀華達が死んだなら多少思うところはあると思います」

 

言ったが確証は無い。己の価値観が何処まで落ちたのか、身内の刀華達が死んだら泣くだろうか、辛いだろうか。

 

「石神、そういう事を日常会話のトーンで言える事自体が可笑しいと事に気付いてはいるか? せめて表情を変えろ」

 

「自覚はありますよ。これが俺の普通なだけで」

 

「お前の思想は危険すぎる。卒業までに矯正しなければ魔導騎士には成れんぞ」

 

「あ、大丈夫です。そもそも成る気もないです」

 

……どうせ今年で死ぬし。

 

 

 

「やあ、泡沫。遊びに来た……バーベルの重りを投げてくるのはどうなのさ」

 

「帰れ。そして失せろ。僕はソシャゲのイベント周回に忙しいんだ」

 

黒乃との話は終わり、その足で円也は泡沫に会いに来ていた。生徒会室の扉開けて早々にバーベルのプレートがフリスビーかと思える軌道で飛んで来た。

 

「休日早々に、酷い目に遭ったよ。買い物行ったら『解放軍』にバッタリで会ってさ」

 

「話さなくていいし、何入って来てんだ、おい。帰れ! 帰れよ! つーか生徒会でもないだろお前は!!」

 

 何時ものやり取りをしながら椅子に座る。

 

「いいじゃないか。どうせ、刀華が説教しに来るんだし待ってた方が楽だし」

 

「……説教させるような事をしたんだな」

 

「うん、『解放軍』を三十人程殺した」

 

 泡沫が頭を抱えた。

 

「ついにやったか、この糞ボケ人外。ムショにぶち込まれてないのは……カナタか」

 

「うん、と言うかリアクションはそれだけ? もっとこう、あるかと思ったけど」

 

投げ付けられたダンベルを掴み置いた。

 

「逆だよ。今まで殺してなかったのが不思議なくらいだ。早く辻斬りして刑務所にぶち込まれないかと思ってた。そして指差して笑ってやろうと思ってたくらいだ」

 

 

 

御祓泡沫(みそぎうたかた)は石神円也を蛇蝎の如く嫌っている。それは学園で知らぬ人間がいない程に。

くすんだ銀髪の癖毛に、光の無い金色の瞳。幼稚園児にすら見える一部の女性が涎を垂らす容姿の泡沫が普段のとぼけた性格を捨て去り、罵詈雑言を吐き捨てる姿に事情を知らない人間は困惑を覚える。

だが、何故嫌っているのかを知る者は二人だけ、同じ孤児院出身の東堂刀華と孤児院を経営する財閥の娘、貴徳原カナタしかいない。

 泡沫は東堂刀華の事が大好きだ。恩人として或いは一人の人間として、或いは女性として東堂刀華の全てが大好きだ。

 かつて幼少時は養護施設『若葉の家』に泡沫は居た。親に殺されかけて死ぬ前に行政により引き離され預けられた。その頃の泡沫は荒れていた。荒れ狂っていた。親に殺されかけたという事実は幼い心を壊すには十分過ぎる理由だろう。

 頼るべき親に裏切られどうしようもなく世界を憎み、暴れる事で発散するしかなかった。それは更なる孤立を呼び孤独を強める結果を呼ぶとしても、止めることが出来なかった

 そんな時に刀華は泡沫に手を差し伸べた。その隣には石神円也も居た。

 暴れて刀華を傷つけ、近くに居たという理由で円也にも攻撃を仕掛けて、円也に殴り返され空を舞った事は今でも覚えている。一発の殴打は彼の舌に鉄の味と顎が外れる痛みを初めて教える結果になった。

 円也は泣きながら刀華に怒られ、治療を受けながら泡沫は二人を見ていた。普通の仲の良いやり取りが羨ましかった。普通に笑っている事が、普通に怒る事が今の泡沫にとっては難しく苦しいからだ。

 それから刀華は毎日のように泡沫に声を掛け、人として接した。彼女を何度も傷つけた。それでも刀華は見捨てる事をしなかった。何時しか、彼の心は暖かさを覚えていた。それはかつて、親に殺される前に持っていたモノ。

 彼女との日々は壊れた彼の心を人へと戻していく。東堂刀華の他者への献身と善意、そして愛が御祓泡沫(壊れた者)を御祓泡沫へと戻したのだ。

 だからこそ、己を人へと戻してくれた刀華の事が御祓泡沫は大好きなのだ。

 だからこそ許せない。刀華の隣に居る男。石神円也が。

 異質だった。刀華といれば必然、円也と顔を合わせる。殴りかかった自分も悪いが、殴り返され口内で出血どころか顎が外れる殴打を受ければ苦手意識を持っても文句は言われないだろう。

 刀華の隣で円也を見ていく。その目は底なし沼の如く深く、眼の代わりに空洞があるのかと思わずにはいられない程に。

 刀華は円也の事が好きなのは何となく分かっていた。泡沫は大好きな刀華が幸せならそれで良い。他者へ、己へ愛を与えて教えてくれた彼女が笑顔で居るならそれで良い。彼女が幸せなら己で無くて良いのだ。

 だけどあれは駄目だ。石神円也は東堂刀華を幸せにする事は無い。あれに刀華の愛なんて届いてはいない。

 何を目指しているかは知らないし、知りたくもない。あれは刀華を悲しませるだけの存在でしかない。

 二年前の七星剣武祭が終わった次の日、一人帰ってきた石神円也が完全に壊れた事を理解した。強制的に理解させられた。

 元々可笑しい奴が狂って笑い、空洞な眼から流す涙が悍ましさを掻き立てる。

 恐怖した。こんなモノが自分達の近くにいた事に、これは人間なのかと。

 この時、泡沫に追い打ちをかけたのは、刀華だ。

 こんな姿を見た刀華は恐れる所か、その眼に嫉妬を宿していた。こんなに楽しそうに笑う円也を知らないから。自分以外に円也を笑わした誰かに嫉妬している。

 憎んだ。嫉妬した。誰を? 石神円也しか居ない。刀華にこんなにも愛を向けられているのにそれでも興味を持っていない。

 それともただ単純に羨ましいだけか。刀華の特別な愛を貰える癖にその愛に一切応えようとしない円也に。

 どちらでも良かった。つまる所、御禊泡沫は東堂刀華を苦しませるだけの糞野郎が許せない。

 だからこそ、憎む。悔しい事に泡沫が円也に勝つことは出来ない。逆立ちしてもどんなに憎んでも勝つことが出来ない。悔しく憎くてしょうがないのに、その円也は泡沫に声を掛けて来る。それはまるで普通の友達の様に。

 ならばと泡沫はせめてもの抵抗に、殺傷力高めの道具を投げる。どうせ死なないのならこれくらいぶつけてもいいだろう。どうせ、躱すか取るかして簡単に対処するのだから。

 

「よく聞け、糞人外。偶にはお前も苦しめ困れ」

 

 弄ってたスマホを閉じる。報告はしたので、十秒かからず現れる彼女を待った。

 次の瞬間、窓を突き破って現れた彼女。連絡して一瞬で現れた彼女に、これから起こる愉快な出来事を想像して泡沫は笑みを抑えられないでいる。

 鍔の広い帽子、女性の中でも大柄な背丈。割れたガラスと共に靡く美しいブロンドの髪。

 貴婦人の様に着こなすドレスを華麗に優雅に舞わせながら生徒会室に降り立つ。

 その人物は破軍学園生徒会会計、貴徳原カナタ。

 窓を見ればヘリコプターが二百メートル程先に見える。どうやらあそこから飛び込んできたようだ。

 

「円也君!! カナタが来ましたわよ。さあ、ハグを!! さあさあさあ!!!!」

 

「やd……」

 

「拒否権などありません!! 家族の抱擁を受けなさい!!」

 

 問答無用の抱擁が円也を包んだ。




大嫌いだけど話す。憎いけど殺したい程ではない。
羨ましくて嫉妬して、ふざけんなと言いたくなる。
色々複雑な感情が渦巻く泡沫。
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