我が儘に絶景を   作:泥の魅夜行

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意地ー桐原静矢ー

『やあ、君が黒鉄一輝君かい? あの『落第騎士』の』

 

 かつて、心をへし折られ体は痛みに蝕まれて逃げる様に鬱憤をぶつけた。

 軽く足を蹴った。躓いてバランスを微かに崩した彼を笑った。

 痛みは消えない。

 誰も彼を助けないと言う事実は桐原の少しの罪悪感を消してくれた。

 大勢の前で彼を嘲笑い、中傷した。

 悪夢は消えること無く、桐原を苦しめた。

 

『そうやってたら、何時までも何もできないままじゃあ無いか』

 

 自分の事だろうが。

 

『そうだ決闘でもしてみるかい? 僕といい勝負をしたら先生も認めてくれるだろうさ』

 

 弓で彼の頭を叩いた。矢を射る事は出来なかった。あの戦い以降、戦いは出来るだけ避けた。固有霊装を構える度に手足が痛むから。

 攻撃手段が弓で叩いて足を引っ掛け転ばすくらいしか出来なかった。

 最後に気絶するくらい殴ろうとして廊下の角から石神円也が現れたので、逃げ帰った。

 桐原は思い出す。思えばあの頃もやり返そうとすれば出来たのだ。

 

「Aランクに勝利する化物」

 

 あれをマグレと思っている馬鹿共の胸ぐらを掴んでやりたい。じゃあ、お前はあの動きが出来るのかと。

 今日の今から自身はそれと戦わなければならない。

……憎んでるんだろうな。怒ってなきゃ可笑しいよな。

 棄権をして逃げることだって出来るだろう。桐原自身も本音を言えば今すぐにでも逃げ出したくてしょうがない。

 なのに、逃げようとしない。

 一年間、逃げた来た。逃げて逃げて諦めて避けて関係の無い他人に当たり散らして――――何の解決にもならない。

 

「踏み潰す」

 

 許されないなら、許されないまま進んでやる。勝って潰して意見を封殺してやる。

 プライドを捨てて、周囲の評価を投げ捨てて勝利をもぎ取ってやる。

 

「勝つんだ。勝てば問題ない」

 

 勝てるのか? と何度も自問してそれでも勝つ以外の手段なんて無い。

 控え室の椅子から立ち上がる。壁に付いている時計が試合の時間を示した。

 アナウンスが自身の名前を呼んでいる。その音が桐原には何処か遠くに聞こえた。

 試合会場へ向かおうと扉を開けた桐原の視界に飛び込んできたのは、複数人の女子。

 

「え……」

 

「あ、桐原君!!」

 

 桐原のガールフレンド達だ。手にはサンドイッチの入ったバケットを持っている。

 

「ごめんね。もう少し早く渡したかったんだけど上手くできなくて」

 

「あ……ああ、気にしないよ。ありがとう」

 

「負けないでね、桐原君。桐原君なら余裕だよ」

 

 言われ内心苦笑しながらサンドイッチを一つ口にする。

 

「後で、試合が終わったら食べるよ。それじゃ言ってくる」

 

 彼女達の声援を背に、桐原が会場へ入った。心なしか痛みは何時もより軽い。

 

 

 会場は思っていた以上に賑わっている。目当ては己か一輝か。 

 会場で実況が盛り上がる中で、桐原は対戦相手である黒鉄一輝を見据えていた。

 

「どうしたんだい? 心ここにあらずみたいだけど」

 

「いや、大丈夫だよ」

 

「元気が無いね? 化物は化物らしく堂々としてなよ」

 

「……そんなに僕が怖いのかい?」

 

 疑問からか、それとも挑発的な意図かは桐原には分からない。

 

「怖いさ。Aランクを倒した化物と戦うなんて今すぐ逃げ出したいよ」

 

 素直に答えた事が予想外だったのか、若干一輝が動揺を表情に出した。

 

「時間だ。これ以上は周囲から煽られるしね。『朧月』」

 

 己の固有霊装を展開し構えた。それに追いつくように一輝もまた固有霊装を展開する。

 

「来てくれ。『陰鉄』」

 

 周囲の歓声が一際大きくなった。

 

「それでは本日の第四試合、開始です!」

 

 試合の火ぶたが切られる。

 

 

「ああああああああ――――――!!!!」

 

 開始と同時だった。咆哮を上げた桐原が真下に向かって複数の矢を撃ち出した。

 巻き起こる爆風が周囲へと広がり一輝の視界から桐原が消える。

 

『おおっと!? どういうことだ桐原選手!? 消えたと言う事は『狩人の森(エリア・インビジブル)』を使ったのでしょうが、真下に矢を撃つとは一体!?』

 

『作戦の一つじゃねー、どんな作戦かは知らんけど』

 

 実況の月夜見と解説の西京の声を聴きながら、一輝は周囲を見る。当たり前だが『狩人の森』を発動した桐原を捉える事は出来ない。自身の全情報を遮断する完全なステルス迷彩。存在はしている、触れることも出来る。しかし、それを何のヒントも無しに見つけることは不可能だ。

 そして、一輝の中に生まれた違和感。桐原静矢のあんな必死な表情を見たことが無い。

 違和感を覚えたまま、控え室に居た時から狂い出したコンディション。頭に白い靄が掛かり、体と心が乖離したような浮遊感に包まれながら一輝は試合に臨んでいる。

 それでも状況は動く。視認する事が不可能になり深い森に消えた狩人は矢を番えた。

 死角から飛来する魔力の矢は一輝の背を貫く。

 

 「ハァ!」

 

 結果は違った。飛来する矢を一輝は『陰鉄』で打ち落とした。

 

『打ち落としたァ!! 黒鉄選手が視認不可能の一撃を止めたァ!!』

 

『それだけじゃあない。捉えてたみてーだな』

 

 矢が現れたなら、その場所に桐原は居る。

 角度、速度を割り出し逆算して場所を特定する、常人なら不可能な技能を一輝はやってのける。

 駆け出し姿を消した桐原に一太刀を見舞う。

 ――――その時、それは起こった。

 ドシュ。

 走る一輝の足を貫通し矢が飛び出した。矢じりが上を向いている。つまり、矢は上からでは無く下から放たれたということ。

 

「がぁあああ!?」

 

 駆け出した一輝が転ぶ。矢が杭の役割を果たし一輝の疾走を遮ったからだ。

 

『な、なんとぉぉぉ!? 黒鉄選手の足から矢が飛び出したァァァァ!? 一体どういうことだァァァ!?』

 

『あー、最初のアレか。視界遮るのじゃなくて地面に仕込んだって事か。矢が飛び出すトラップを』

 

 一輝は驚愕する。こんな技、桐原は一度も使っていない。

 

「試合はしない。狩人の二つ名の通り、君を、化け物を狩猟する」

 

 左方、何もない空間から矢が現れ一輝へと飛んでくる。

 

「くッ!」

 

 躱す、だがその動きは足を負傷した為か著しく精細を欠いている。

 飛び込むように躱した時だった。

 地面を下にしている右の脇腹へ目掛けて矢が飛び出した。

 一輝の腹を矢が貫き転がり吹き飛ばされる。

 

「ぐ、あぁ……」

 

……トラップ。戦い方がより狩人らしくなってる。

 構え、攻撃に備える行動をした所で気づく、

 

「攻撃が……止んだ?」

 

 

……痛い。

 四肢に響く痛みが酷くなってきた。試合をする度に痛みが酷くなってくる。

 石神円也とのトラウマを克服する事が出来ない。

 対戦相手を見る度に、石神円也を幻視してしまう。四肢に力が入らず矢を撃つのも苦痛になる。

……右足、それと腹部。このまま出血で気絶してくれればいい。

 そう願うがそう簡単にいかない。その程度で諦めるなら此処に黒鉄一輝は居ない。

 考え鳥肌が立つ。ああ、本当に怖くてしょうがない、と。

 

 

 試合は膠着した。開始から十分は経っただろうか。腹部と足からの出血が酷くなる中、会場が静まり返る。

 

『どういう事でしょうか? 黒鉄選手が攻撃に移れないと言うのは分かりますが、桐原選手も沈黙するとは』

 

『さあねぇ。状況見るに黒坊の失血による気絶狙いか。はたまた別の事情があるのか』

 

……どうしようも無いな。

 一輝にとってこの状況はかなり不味い。一輝の攻略法は矢の動き、勢いや位置を逆算して桐原の場所を割り出すと言うもの。だが、脇腹に撃たれて以降、攻撃そのものが止んでしまった。

 そう、攻撃されなければ攻略法そのものが使えない。

 こうなるとジリ貧に出血で追い詰められるだけだ。逆に動いても体力を、何より出血を早めるだけ。しかも、まだ残っている。試合開始と同時に地面に撃ち込まれた矢のトラップ。

……桐原君なら、嬲る様に攻撃してくると思ったんだけど。

 桐原の戦闘映像から今の戦い方が余りにもかけ離れている。

 彼の性格からは考えられない程に消極的な戦い方、獲物が弱るのを待つように、強大な怪物を傷つけて動かなくなるまで弱るのを待つ。しかし、それは今までよりも二つ名の『狩人』に相応しい戦い方だ。

 

「まだ、戦うのかい」

 

桐原の声が聞こえる。

 

「まあね。今此処で引き下がる訳には行かないんだ」

 

「だろうね。僕はね、黒鉄君。君の様にカッコ良く無い」

 

 唐突な告白に一輝の思考が停止する。この男は本当に桐原静矢なのか。

 

「君が此処で戦う理由を知っている。この戦いに君の人生が掛かっている事を知っている」

 

その上で、

 

「僕は君に勝ちたい。僕のつまらない理由で君の戦う理由を潰す」

 

「君の理由」

 

「逃げる為に戦うのさ、君から逃げる為に」

 

 その言葉終わると同時、刀一本分離れた距離に矢が現れた。反応は出来た。だが、体が思う様に動かない。

 足の傷と脇腹の出血によるダメージを誤魔化しきれなくなっているのだ。

 躱す事が出来ず腹を貫かれ、倒れ伏す。

……もう駄目なのか。

 攻略方法が無い。もし自分に才能があったなら。もし、自分がもっと騎士としての才能があったならもっと叩けたんじゃないのか。

 そんな後悔は捨てたつもりだった。心が何もできない無力に覆われてどうしようもなく弱音が心を蝕んだ。

 薄れる景色の中、一輝のその視界に色が映る。

 それは赤、燃え盛る炎の様な赤。

 

「ステラ……」

 

「何やってんよ!! 馬鹿イッキィィィイィィ!!!!」

 

 咆哮が闘技場を駆け抜ける。

 

 

 本当に何をしているんだ。姿が見えないのがなんだ。為す術がないからなんだ。

 たったそれだけの事で何で諦めているんだ。その程度で黒鉄一輝が諦める理由なんて無い。

 

「努力して努力して努力して、否定されても歯を喰いしばって諦めなかったのが黒鉄一輝でしょう!? たかが見えないだけで諦める? 情けない事してんじゃいわよ!! 私に勝って努力を、自分を信じて諦めなった強さを証明した黒鉄一輝は何処よ!?」 

 

 届け。緊張してる? 大舞台での不安? 知るか今すぐに克服しろ。一輝はこんなにも弱くない。

 

「アンタは私が惚れた大好きな騎士でしょうが!! 立て!! 立って戦って勝て!!」 

 

そうとも――――

 

「早く私の大好きな一輝に戻りなさいよこのバカァアァァアァ!!!!!!」

 

 その声が一輝の肉を心を熱くさせる。一輝は己の拳で顔面を殴りつけた。

 鈍い音が響いて、立ち上がったその表情から不安は消えていた。

 

「ステラ……ありがとう。そして、ごめん」

 

 かつて、否定された。魔導騎士の自分を父から母から家から、否定されて無い物として扱われた。

 己を肯定してくれる人。己の生きる道を肯定して進めと言ってくれる。

 祖父、黒鉄龍馬以外に居てくれた。沸き立つ高揚を抑えることが出来ない。

……此処で立たなきゃ何処で立つんだ!!

 

「おおおぉおおおぉおおお!!!!」

 

 吹き上がる蒼炎を一輝は燃焼させる。伐刀絶技『一刀修羅』が唸りを上げる。

 体に残る魔力を集め掻き出して、この一分に全てを掛ける。

 

「僕の最弱(さいきょう)を以って、君の最強を捕まえる。――――勝負だ、桐原君」

 

 

「あるわけねぇだろ、僕に、最強なんてッ!!」

 

 そんな物があるなら何故、こうして無様を晒している。

 手が震える。痛みが頭をトンカチで叩かれている様に響く。

 最強ならこの痛みは何だ。言ってみろよ化物と文句を言いたくなる。

 既に桐原は諦観していた。美人に活を入れられて立ち上がる。王道漫画みたいだなと考えながら、矢を放つ。

……ほら見ろ。

 矢は一輝の心臓を貫くことなくその手に捕まれていた。

 

「やっぱり、此処を狙ったね」

 

 意識が飛びそうなのに、何処か冷静に思考する事が出来た。二年前、石神円也と同じように掴まれた。

 

「捕まえたよ。そして、もう逃がしはしない」

 

 

『つ、掴んだァァァ!! なんと黒鉄選手、打ち落とすどころか掴んで止めた!! 宣言通りに桐原選手を捕まえたと言う事か!? 桐原選手の『狩人の森』は未だ健在であるのにも関わらず!?』

 

『ひゃははは!! おもしれぇー!! そうかそう来るかぁ!! なあ、おい!!』

 

 実況席より聞こえる西京の笑いがマイクを通して会場に響く。

 

『西京先生は、分かるんですか!?』

 

『分かるさ、黒坊は桐やんって言う人間を盗んだのさ。黒坊は前に練習試合でお姫様の剣技を盗んだ。剣技ってのはただ盗めば良いもんじゃないんだなーこれが』

 

 型を真似るだけでは剣技は盗めない。その技から、太刀筋からその剣技の歴史を紐解き理解して、それに至るまでの思想を汲み取り、その根幹の『理』を暴き出し己の物とする。

 

『それを人間に対してやるなんて、言っても出来るもんじゃねーけどやってみせた。愉快だなぁ、おい』

 

「桐原君が付けた傷、そして君との会話。それらから全力で君と言う人間を掌握する事で、君の場所を、君の思考を見抜く。人にも剣術にも最奥、行動の根幹を司る『理』が価値観が存在する」

 

 人間の行動から趣向から、言葉から辿り、見極め理解すれば、どう動くのか、何を考えているのか。

 あらゆる行動を理解する事が出来る。この『理』を思考回路の根幹に根差す『絶対価値観(アイデンティティ)』と言うなら、黒鉄一輝は桐原静矢の『絶対価値観』を掌握したと言う事。

 

「だから、分かる。君が今震えている事も。痛みを必死に我慢している事も」

 

「口を閉じろよ。糞不愉快だ」

 

 『狩人の森』が解かれた。

 

 

 見切られた以上は、『狩人の森』を使っていても意味は無い。解除してもしなくても同じ事だ。

 照魔鏡の様な観察眼に見られた。自身の何もかもを暴かれて、隠しておきたい事を暴かれて不愉快ならない人間など居ないだろう。

……ああ、石神円也の様な化物なら気にしなさそうだな。

 この思考も読まれているのだろうか。

 

「君の器は見切った。この勝負勝たせて貰う!!」

 

 一刀修羅による高速の疾走。それは唯己の牙を狩人に突き立てる為に。

……一撃で終わってくれよ。痛いのはもう嫌だ。まあ、無理か。

 もう十分だろう。負けて終わりだ。でも、相手が苛めた相手だ。ズタボロにされて激痛の中で苦しむのだろう。

 迫る一輝を追撃する気などない。諦めの中で笑おうとしたが、出来なかった。

 そんな気力も無い。

 

「……」

 

 声が聞こえた。ああ、誰の声だったか。

 

「桐原君、負けるな――――!!!!」

 

 彼女達だ。ガールフレンド達が応援してくれた。

 桐原の身体が自然と勝手に動いた。意識なんて無い。ただ無意識に。

 振り下ろされる一輝の太刀。

 それは当たらない筈だった。一輝も当てる気は無かった。桐原がこの一撃で負けを認めると読んでいたから。

 だがそれは、桐原の本来ならあり得ない行動によって結末が変わった。

 桐原の身体を切り裂いた。否、桐原が切り裂かれに行った。

 振り下ろされる一閃に肩を斬られ、斬撃は腹へと達し、止まった。

 

「……!?」

 

 切り裂かれる肉体を無視して桐原は一輝に抱き付いて、その手に隠し持っていた物を掴む。それはもう使う気が無かった鏃だ。それを一輝の背中へと突き刺した。

 

「確かに……負けられなくなるなぁ、応援って」

 

 呟き体重を一輝へと掛ける事で諸共地面へ倒れ込む。

 諦観に任せて勝利を諦めた桐原は、最後のトラップを発動させた。

 例え相手の心を読めようが、躱せないなら意味が無い。

 例え相手の『絶対価値観』を掌握しようが、それに対して動けるかはまた別の話。

 切り裂かれた右手は使い物にならないが、突き刺した鏃とそれを掴んだ左手は動く。

 後は体を腹に押し付けて挟む様に固定する。即席の抑え込みが一輝の動きを阻害した。

 地面から飛び出す鏃の数は十、桐原は自分諸共、一輝をそのトラップに飛び込ませたのだ。

 

「おあああああああああぁああぁあああああおおおああおぁおああ!!!!!」

 

 一輝の背を貫き、桐原を貫いて矢が天井へと飛んで、そして消えて無くなった。

 まさかの抵抗に会場に居た人間が息を飲み。その結果を見届ける。

 音が聞こえない。何も聞こえない。痛いような痛く無いような感覚の中に桐原はいた。

 

「……」

 

 自分の矢が喉を貫通した様だ。つくづく運が無い。肩と胴体を斬られ、喉に穴が開いてもう体は動かない。

 痛いが、あの時のダルマより痛くは無い。

……それでも立つかよ。この化物。

 腹に穴が開いても、最後の策に体を貫かれてもそれでも黒鉄一輝は立ち上がっていた。

 その目は桐原が恐れ嫌った闘争心にあふれた目だ。

……あんな目が僕にも出来ればなぁ。

 結果は変わったかな。そんな後悔を抱いたまま、桐原静矢は意識を落とす。

 それは敗北の証明。

 

 

 レフェリーの試合終了の声が響く。立っていたのは、黒鉄一輝。伏したのは桐原静矢。

 その勝利宣言を受けた一輝もまた桐原の様に倒れ込んだ。

 

『黒鉄選手も倒れ込んだ!! ってあの倒れ方ヤバくないですか!? 桐原選手はもっとヤバそうですけど!!』

 

『医療班急げ!! さっさとそいつらカプセルにぶちこめ。後、桐やんナイスファイト!! 期待して無かったが中々よかったぞー』

 

 医療班に運ばれる二人に寄り添う者達が居る。

 一輝にはステラが、桐原には彼のガールフレンド達が付き添い治療施設へと向かう。

 iSP再生槽がある以上、最悪の事態にはならないだろう。

 会場が慌ただしくなる中、一人椅子に座り考える男が一人。

 

「『絶対価値観』そう言うのもあるのか」

 

 腕を組み観客席で思考するのは、石神円也。

 

「それが俺にもあって、それはどんな物だろう。主観だと分かりづらいし」

 

 なら、聴いてみよう。そう言って円也は立ち上がる。

 誰よりも己を知る者に。己よりも己を知る人間に。すなわち生涯の宿敵に。

 

「どんな評価してくれんだろうなー、王馬は」

 

 円也は誰も見たことが無い程に爽やかに笑っていた。

 

 

「……ん……ぁ」

 

 意識が覚醒する。

 窓から差し込む光が顔に当たったせいで目が覚めたようだ。

 桐原は徐々に覚醒する意識は、声が普通に出る事に声を出した後に気付いた。

……IPS再生槽様々か。

 ミンチになっても治った経験があるのでこの程度なら直ぐ治ると言う事か。

 

「あ、桐原君が起きた!!」

 

 上半身を持ち上げれば彼のベッドの周囲に自分が目覚めた事を喜ぶガールフレンド達に囲まれる。

 

「大丈夫だった!?」

 

「怪我はもう大丈夫だよね?」

 

「最後凄かったよ!!」

 

 口々の心配や称賛を流しながら桐原は軽く頭を下げて謝罪した。

 

「カッコ悪い所、見せたね。ごめん」

 

「カッコ悪くないよ!!」

 

「そうだよ!!」

 

「次やれば絶対桐原君が勝つよ。……絶対に」

 

二度とやりたくないし、無理だろ。

愛想尽かされたと思いきや、逆に好感度が上がった事に首を傾げながらも、ベッドの隣に置いてあったバスケットを手に取る。

 

「負けたけど、君達が作ってくれたものだ。ちゃんと食べるよ」

 

 周囲が嬉しさを混じった悲鳴を上げる中、桐原はサンドイッチを口に運びながら思考する。

……負けた以上、けじめは必要か。

 サンドイッチを平らげ制服を羽織ると立ち上がる。

 目的地は、黒鉄一輝の休んでいる医務室だ。

 

 

 

 三回程ノックすると中から慌ただしい声が聴こえる。

……邪魔したかな。

 あの試合での応援を考えるとステラ・ヴァーリミオン皇女、彼女が黒鉄一輝に好意を持っている事は明らかであり、初戦突破で同室なのだから、

 

「色々やってたら気まずい所じゃないねぇ……」

 

 とは言え、明日や明後日にすれば意思が揺らぐ、今日の内でなかればならない。

 

「失礼するよ」

 

 医務室のドアを開けて、ベッドの方を見ればベッドの上で二人で対面で座る、一輝とステラが居る。

 

「桐原君?」

 

「アンタ何しに……ッ!!」

 

 一輝は疑問の声を、ステラは警戒の反応を示した。

 

「あ……っと、良い雰囲気の所申し訳ないね。済まないがステラさん、黒鉄君と二人で話をさせてくれないかな?」

 

「は? 何よそれそんなの……」

 

 承服出来ないと続けようとして、一輝がステラを止める。

 

「勿論、信用は出来ないだろうさ。だから、僕の周囲に炎を纏わせればいい。不審な動きをしたら、それで僕を燃やして良いよ」

 

 その提案に驚きの表情をステラは浮かべる一方で、一輝が声を出す。

 

「ステラ、悪いけど少し外へ出て貰えるかな。炎も要らないから」

 

「ちょっと、一輝!」

 

「大丈夫」

 

 話は纏まったらしい。ステラが外へ出る為に桐原の横を通る時、鋭い目で睨む。

 軽く震えながらも桐原の提案通り、部屋には一輝と桐原の二人だけだ。

 

「で、えっと、話って?」

 

 沈黙の後に、一輝が問いかけた。

 

「ああ、話って言うのは」

 

 桐原が動く。膝を付き、足を正座させると上半身は前に倒れ両手で床に付く。

 額を床へ軽くぶつける姿は土下座以外の何物でもなく桐原は一言、

 

「済まなかった」

 

「は……ぁ?」

 

 その姿、普段の桐原を知る者ならば呆気に取られて当たり前だった。

 

「許される事じゃない。こんなもので済む事じゃない事は解ってる。だけど、言わせてくれないか」

 

 ごめんなさい、と桐原が謝罪した。

 

「桐原君……」

 

「一年、君を貶めた。君を苛めた、謝罪をさせてくれ」

 

 悪い事だと解ってた。だけどやめる事が出来なかった己の弱さ。偽りの無い、謝罪を彼にしたかった。

 

「無論、斬られる覚悟はある。だけど、此処じゃなくて決闘で斬ってくれ。君が此処で斬ったらこの先が不味いから」

 

謹慎か、最悪代表戦の参加が取り消しになる可能性がある。だが、正式な決闘なら誰も文句を言わない。決闘なら一輝が桐原を斬り捨ててもそれは、唯の勝敗の結果だから。

 部屋に流れる沈黙を破ったのは一輝だった。

 

「……桐原君。あの一年は実を言うと辛かったよ」

 

「ああ」

 

「庇護何て無かったし、それこそ教師も殆どが敵だった」

 

「ああ」

 

 そんな状況、自分なら逃げ出すだろう。

 

「でも、今は違う。過去は辛かったけど、僕を僕として見てれる人が居る」

 

「彼女かい?」

 

 一輝の視線は扉の外へ向いて頷く。

 

「うん、そして僕は漸く目標へ向かって進むことが出来る。だから、桐原君……」

 

 もう気にしないと言おうとしたのだろう。だが、その言葉を紡ぐことは無かった。

 桐原自身が割り込んだからだ。

 

「駄目だ……君は僕を許すな」

 

「き、桐原君?」

 

「許したら駄目だ。絶対に」

 

 顔を上げた桐原が叫ぶ。

 

「謝罪はした。だけど、許すかどうかは別だろう!? 気にしてないとでも言おうとしたのか!? 嘘を付くな!! 腸が煮えくり返っている筈だ!! 君は何故怒らない!?」

 

 肩を掴み、桐原が続けた。

 

「もっと怒れよ!! 僕は君を傷つけたんだぞ!? もっと怒っていいんだよ、君は!!」 

 

 一輝の手首を掴み、

 

「殴れ!! 僕を殴ってみろ!! 恨みとか全部拳に込めて殴ってみろ!!」

 

「待って、僕は……」

 

「やれ!! 『落第騎士(ワーストワン)』!!」

 

 

 

 その一言で拳が放たれる。桐原の頬へ快音を響かせて。桐原が床を転がり壁へとぶつかる。

 反射的だった。そう言われて一輝は自身でも驚く程の力を込めて殴っていた。

 だが、どうだろう。桐原の言う通りでは無いのか。自分は本当に許せているのか。

 今の言葉が一輝の心を掛け巡る。体が熱くなるのを感じた。

 ……僕はもっと怒ってもいいのか。

 だって、苛められることなんて当たり前だ。自分はFランクだから、去年は実家の力が学園に及んでいたから。

 自分が冷遇される事が当たり前だと、そう思っていた一輝にその熱は戸惑い以外の何物でも無かった。

 

 

 

「イッキ!? って、えぇ?」

 

 扉が開きステラが入ってくるが部屋の中の状況に困惑し付いて行く事が出来ない。

 

「痛ってぇ……加減無いよなぁ、やっぱり」

 

「き、桐原君!! ご、ごめん」

 

「謝らなくていいよ。だけど、どうだ? やっぱり怒りがあるじゃないか」

 

 その言葉に一輝が己の拳を見る。何かを確かめる様に撫でて桐原を見る。

 

「もっと怒っていいんだよ。怒る時は許せない時はそんなもんだろう」

 

だから、

 

「僕を許すなよ。黒鉄一輝君」

 

 許されるべきじゃないのだ。何時か許される時が来るとしてもそれは今じゃない。

 もっと先の筈だ。もしかしたら一生許されないかもしれない。それでも良い。これは簡単に許される事じゃないのだから。

 

「……うん、わかったよ。桐原君、僕は……君を許さない」

 

「それでいい。うん、それがいい」

 

 過ちを犯した。他人を傷つけた。それは許されない事だ。だからこそ簡単に許される事じゃない。

 だけど、許され無くても、その間違いに気づくことが出来たのなら少しだけ生き方を変えても良いだろうか。 

 そうあろうと努力する事は許さなれいだろうか。

 桐原静矢はこの日から、少しずつ変わり始めた。他者に対する傲慢さが無くなり取っ付き安くなった。

 本当に許されるその日まで、良くあろうと正しくあろうと彼は考え行動し続ける。

 体を蝕む幻痛はもう消えていた。

 

 

「……それで許さなくていいから助けてくれないかな? 視界が洗濯機に放り込まれたみたいなんだ」

 

「あ、ご、ごめん。加減できなくて脳を揺さぶったのかも!!」

 

 ああ、やっぱり化物だ。とぼやっと考えながら桐原は視界が元に戻るのを待った。

 




気が付けば桐原君頑張ってた。
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