我が儘に絶景を   作:泥の魅夜行

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新技ー石神円也ー

 選抜戦が行われる破軍学園中の話題は、『落第騎士』でも無く、『雷切』でも無く、二つ名も無い無名の生徒、綾辻絢瀬だった。

 石神円也と試合をするからだ。しかも選抜戦は『幻想形態』では無く、『実像形態』による実戦。命の危険もあり得るこの試合で石神円也と戦うなど、彼の実力を否、容赦の無さを知る者なら例外を除いて戦いたいとは思わない。

 だが、その中で無名の女生徒が試合に臨む。だからこそ学園の殆どが戦慄する。

 具体的に、無謀だと考えるのが九割、そしてAランクに勝利したFランクと言う例外がこの学園にいるなら彼女も、と一抹の希望を持つのが一割だ。

 十一試合の日、石神円也と綾辻絢瀬の試合会場にはかなりの人数が集まっていた。

 普段なら、会場に入ろうとしない三年も会場の中にいる。何故なら、学園長である新宮寺黒乃と臨時講師である西京寧々がいるからだ。

 会場の警備としてこれ程頼もしい二人は居ない。そして、この試合二人もまた注目していた。

 

「本当にいいんだな?」

 

「ええ、お願いします。先生方」

 

 黒乃と西京は円也の控室に居た。二人を円也が呼び出した理由は、試合会場に仕掛けられたモノについてだ。

 

「いやぁ朝っぱらから試合会場で何か剣を振り回してる姿が在ったんで多分何かの仕掛けですね、アレ」

 

「つーか、何でお前は朝っぱらから試合会場に居るんだよ?」

 

「日課の散歩ですよ。ついでに試合会場を下見したら何かいるから観察してたんですよ」

 

 ため息を吐く黒乃は円也に尋ねた。

 

「何故だ? 何故反則を許容する? このまま不戦勝にする事も出来る」

 

「個人的な勝手な事情ですよ。別に彼女に何かあるとかではなく、兎に角この試合を中止にさせたくないんです」

 

 円也は彼女が何故反則行為を働いたのか、何故、そこまでして勝とうとしているのか知らない。知る気も無い。

 唯、漸く新技を試せるのだ。この試合が彼女のせいで反則負け、なんて事になったらせっかくの機会が失われてしまう。そんな本当に自分本位の理由だった。

 

「分かった。対戦相手が反則を認識して容認するなら何も言わん。だが、相手が勝利しても文句ないな?」

 

「ええ、何も言いませんよ」

 

 その言葉に頭を押さえる黒乃と面白そうに笑う西京。

 時計を見れば試合の時間だった。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 さあ、存分に試すとしよう。

 

 

 勝てる気がしない。勝たなきゃいけないのに勝ち筋が一切見えてこない。

 道場を取り返す為に、そして愛した父の仇を取らなければいけないのに、蔵人と戦うには完膚無きまでに蔵人が負けた相手、七星剣王である石神円也に勝たなければいけない。

……何だよそれ、意味わかんないよ。

 父がいつも言っていた、礼節を重んじ誇らしくあれと、力に溺れて暴力に走るなと。

 だが、父はその暴力に破れた。

 あの二年前の梅雨の日、倉敷蔵人は『綾辻一刀流』に道場破りとして現れた。看板を賭けて決闘を求めて。その決闘を一度は海斗は断った。『綾辻一刀流』は守る為の剣で力を誇示する為の剣ではないから。

 その翌日の事だ。海斗を実の父の様に慕い、絢瀬自身も慕っていた門下生達を蔵人は襲撃した。

 殆どの者が入院し、酷い者は二度と腕が戻らないと診断され、塾頭であり兄弟子である菅原自身もその瞳に恐怖と絶望を宿していた。何よりも、何年も修行して来た自分達の剣技が魔力も使わないチンピラに敗れた事が心に傷を付けた。

 そんな風に簡単に人を傷つける男は、その直後に海斗達の前に現れて再び試合を求めて来た。

 父は負けた。試合は優勢だった。だが、心臓の病気と数年間剣を握っていなかった衰え、何よりも蔵人の理解する事の出来なかった理外の動きによって父は敗北を喫した。

 何よりもそれに対して何も出来なかった自分の力の無さが悔しくてしょうがない。

 父の仇を討つ事が出来ず、道場を取り返す事も出来ず、二年間ただ這いつくばる事しか出来なかった。

 今ではまともに相手もされず門前払いの有様だ。

 

『すまない』

 

 倒れ伏す父が呟いた謝罪の言葉が絢瀬の胸を苦しめる。 

 もう一度蔵人と戦うには七星剣武祭に出場するしかない。必ず蔵人は出場する。

 手段なんて選んでる場合じゃない。何としても七星剣武祭に出なければいけないのに、

 

「何で……七星剣王なんだよぉ……ッ! 僕は、僕は……」

 

 勝たなきゃいけないのに。

 どんな手を使っても、だ。しかし、そのどんな手が果たして通じる相手だろうか。

 

 

「あれ、桐原君」

 

 絢瀬の試合を見る為に、会場へ入ろうとする一輝はステラ、珠雫、有栖院と共に会場に向かっていると、会場の方から桐原が戻って来た。

 

「ん……黒鉄君か。まさか試合を見に行くのか?」

 

「そうだけど……桐原君は見ないのかい?」

 

 その問いに桐原は、諦めを含んだ表情で答えた。

 

「試合なら見に行くさ。試合ならね。悪いけど一方的な蹂躙を見る趣味は無いよ」

 

「蹂躙って……石神先輩もそこまで」

 

「そう見えるが正しいかな。誰であろうと全力で潰しに来る。聞こえはいいよ。油断する事無く相手に対して全力でぶつかり合うって行為は。だけどさ、唯の子供と大人の伐刀者が全力で戦うって行為は正々堂々、真っ当な、見てて気持ちのいい試合か? 実力が隔絶し過ぎると一方的な蹂躙にしかならないよ」

 

 一輝はその言葉に反論する事は出来なかった。絢瀬と円也の実力は一輝の観察眼が残酷な程に一輝自身に告げている。

 反論が無い事を確認して一輝の横を通り過ぎて桐原は学園の方へ歩いて行く。

 

「イッキ……」

 

「行こう」

 

 試合が始まる。

 

 

『お待たせいたしましたー! 時間になりましたので本日、此処、第六訓練場・第一試合を始めまーす! 実況は私、放送部三年の磯貝が、解説は一年一組担当の折木有里先生が務めます!! よろしくお願いしますね、折木先生、今日は気分が良いみたいですが』

 

『うん、まだ第一試合だし~。でも、試合次第では口以外からも出血しそうかな~? ほらぴゅーっと』

 

『血飛沫が予告された所で、会場の皆様お待ちかねの選手入場です!!』

 

 放送部の女子のアナウンスで二人の選手が左右から入場した。

 

『青コーナーより入場したのは、皆様ご存じ、七星剣王にしてAランク騎士、破軍学園序列第一位、石神円也選手です!! 此処までの十戦全てを相手選手の棄権により勝利して来たので、今回が初の試合となります。なお、今回は特別に、新宮寺理事長と西京先生が特別に警護に回っておりますので石神選手による万が一の被害は防がれるでしょう』

 

 ざわめきが会場を包む中、円也は何時もと変わらぬ表情で位置に付く。

 

『皆、動揺してるね~?』

 

『彼がこの試合会場に立つ事自体が意外だったからでしょうね。私も石神選手はこのまま戦わずに予選突破と思っていましたから。さて、注目するのは対戦相手!! 赤コーナーから入場するのは十戦十勝のDランク騎士、三年・綾辻絢瀬選手です!!』

 

 黒い髪を会場の風に靡かせた絢瀬が姿を現して開始位置へと向かう。

 

『綾辻選手は今時珍しい『剣術家』であり、今までの試合は剣術のみで勝ち進んでいます。今大会に協力してくれている『破軍学園壁新聞部』の日下部加々美さんからの情報によると、あの黒鉄一輝選手より剣術のレクチャーを受けているとの事です。Aランク騎士であるステラ選手を倒した実力を持つ、黒鉄選手の弟子ならばこの試合にも大きな波が訪れる事が期待出来ますね』

 

『彼女はどんな伐刀者なのかな~?』

 

『綾辻選手ですが、去年も含めて公式試合に一度も出場してないのでデータが殆ど無いと言う状況です。伐刀絶技も不明ですので、この試合でどのように機能するのか不明です! さあ、両者が開始位置に付きました!』 

 

 

 リングは直径百メートル。中央で向かい合う円也との距離は二十メートル程。

 円也の表情に力は入っていない、むしろ何処か楽しそうに感じられた。

 罠を張った。自身の能力は表向き知られていないからこそ、気づかれにくい。

 後はこれに円也が嵌るかどうか。

 時間はかけられない。短期決戦で全てを決める。

 父の為に。道場の為に。門下生達の無念の為に。

……勝つんだ。たとえ相手が七星剣王だとしても。

 たとえ、正道から踏み外した道だとしても。

 

『それでは皆さんご唱和下さい。――――LET’S GO AHEAD!!!!』

 

 ブザーが鳴る。絢瀬が日本刀型の固有霊装『緋爪』を展開する中、円也は『雪月桜花』を展開する事も無くその場に佇んでいた。

……動かない? 作戦?

 絢瀬が動揺する中で、円也は徐に歩き出した。固有霊装は展開していない。

……罠? それでも。

 無防備に近づいて来るなら自らの罠に掛けるだけだ。絢瀬の霊装『緋爪』の刀身が赤く光る。

 

「いけ!!」

 

 次の瞬間、円也の全身から血液が噴き出した。

 

『な、ななななななんと――――!? 石神選手の肉体が滅多斬りになったぁぁぁぁぁ!? 何が起こったと言うのかァァァァァァ!!!! そして何で霊装を展開しないのか!?』

 

 実況と共に会場がざわつき始めた。あの石神円也に傷を付けた事実に皆が驚愕しているからだ。

 

『おい、これいけるんじゃないか?』

 

『いや待て、あの石神が簡単に終わるとは思えん』

 

 絢瀬の固有霊装『緋爪』の能力は、『『緋爪』の刀身による刀傷を開く』事だ。

 相手に使えば太刀傷を自由自在に開いてどんな小さなものでも重傷化することが出来る。そう、人間相手ならば。

……空間に使えば『緋爪』が斬った大気の傷痕を任意で開く事で真空の刃を発生させることが出来るんだ。

 これが絢瀬の伐刀絶技『風の爪痕』。

 試合が始まる前、明け方にこの第六訓練場の空間に傷を付けていた。その数は二百に達する。この試合会場は既に絢瀬が任意で発動できる見えない地雷が至る所に置かれていると言う事だ。

 完全な反則行為だ。試合前にステージに罠を掛ければルール違反で退場となる。

……折木先生も、理事長先生も西京先生も止めてないなら。

 いける。なにより今の攻撃を無防備に喰らった円也は倒れはして無いが力が抜けたかの様に両腕と頭を下げている。

 Aランクの騎士の豊富な魔力による防御すらせずに直に今の攻撃を受けたと言う事。

……低ランクだからって舐めすぎだよ。

 『風の爪痕』は『緋爪』の能力の副産物で生まれた物だ。殺傷力は高くないが機動性を無くせば、一撃を入れる事が可能になる。その一撃で十分だ。後は『緋爪』で付けた傷を一気に開けば絢瀬の勝利は決まる。

 動かない円也に警戒を緩めず、されど勝利の為に絢瀬は疾走した。

 円也は動かない。

 接近する中で、絢瀬もまた違和感を感じずにはいられない。

……何故動かない!?

 既に絢瀬の攻撃範囲だ。此処で攻撃すれば良い。だからこそ、迷いが出る。

 こんな簡単に倒せるのが七星剣王なのか? 心に生まれた違和感が蝕み始めるが引くことは出来ない。

 

「ハァ!!」

 

 たとえ罠だとしても一撃を入れればいい。絢瀬が『緋爪』で円也を斬る。

 鮮血が舞った。流れた血液は円也の物。円也は抵抗することなくその一撃を受けて肩からバッサリと傷痕が作られる。

 間髪入れず絢瀬は能力を発動した。刀身が赤く光ると同時に円也に付けた傷痕が広がって行く。

 フィールドに赤い水溜りが円也の身体を伝って作られていく。

 

『な……!? えッ!? い、石神選手!! 無防備に攻撃を受けたァァァァァァ!? どどどどういうことでしょうか!? な、なにが起こって!?』

 

『私も分からないな~? 石神君の調子が悪いじゃ片付かないね、これは』

 

 絢瀬自身も分からない。こんなにも簡単に、こんなにも容易く勝てる程甘くは無い。勝っている筈だ。有利なのは此方だ。そう言い聞かせるがその言葉に自信を持つことが出来ない。一切の攻撃を行っていないのに、まるで此方が追いつめられているかの様に――――そして、円也が顔を上げた。笑っている。

 

 

 刀で付けられた傷が広がって行く。一方で刀以外で付けられた傷が広がっていないと言う事は、傷が広がるのは刀で傷付けられた時だけ。

 幸運だと思った。回復能力も試す事が出来る。

 

「さあ、始めよう」

 

 使わずに体内で止めていた魔力を循環させる。頂点から爪の先まで莫大な魔力を加速させていく。

 

「身体機能強化開始」

 

 円也の身体から白い魔力が零れた。それは雪の様に宙を舞い、そして消えていく。

 肉体に傷つけられた傷が急速に消えていく。

 

「う、嘘だ……何で」

 

 絢瀬が信じられないような声で呟く。『緋爪』で直接傷つけた傷が見る見るうちに修復されているからだ。

 

「ボクの『緋爪』で傷つけた傷は際限なく広がる筈なのに!!」

 

「なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――」

 

 その答えに絢瀬は言葉すら失い、恐怖が心を侵食し始める。

 

「この傷の速度を凌駕する事は余裕か」

 

 呟くように言って円也が足を屈めると足元に亀裂が入る。

 

「黒鉄君の『一刀修羅』を俺専用に作った。魔力のリミッターを破壊し、魔力を循環させ続け肉体のあらゆる機能を倒れるまで強化し続ける(・・・・・・・・・・・)

 

 名づけるならば、

 

「『羅睺(らごう)』」

 

 

 黒鉄一輝がステラ・ヴァーリミオンに勝利した要因は幾つかあるが、彼自身の血反吐を吐くような努力による剣術は元より、やはり伐刀絶技『一刀修羅』は外す事が出来ないだろう。

 Fランクの魔力しかない彼がAランクの魔力防御を突破する事が出来たのもこの能力によるものだ。

 己の生存本能を意図的に破壊して、たった一分間に使い尽くす事で最弱と言われる『身体能力倍加』を何十倍もの強化倍率に引き上げる。

 ならば、一輝よりも才能がある騎士がそれを使えたなら? 七星剣王に上り詰める怪物と揶揄される騎士の能力が一輝の『一刀修羅』を再現できるものであったなら。

 その答えが此処にある。

 初動の強化倍率凡そ五百倍(・・・)

 踏みしめて地面を蹴ると言う動作による衝撃に床が耐えきれず、一気に広がる破壊の波は円也の後方にある床の全てを吹き飛ばした。

 床を一歩踏みしめるごとに地が揺れる。音速超過の動きに魔力防御をした肉体ですら耐えきれずに悲鳴を上げ始め、肉体が自壊を始めるが肉体の治癒能力もまた限界を超えて稼働させることで破壊を上回る再生で肉体を維持していた。

 刹那と表現しても良い時間の中で、円也が拳を絢瀬の懐に撃ちこんだ。

 霊装が無くとも魔力防御さえ突破する事が出来れば、伐刀者にダメージを与える事が出来る。桐原静谷がいい例だ。彼の固有霊装はあくまでも弓型であり、攻撃に使う矢では無い。矢は魔力によって作られた物。ならば拳に圧縮された魔力と全身を高速循環させている魔力を加速に使い放つ、さながら人間砲撃に絢瀬の魔力防御は容易に突破されその肉体に純粋な破壊が刻み込まれる。

 絢瀬は一撃に反応することは出来ない。脳が反応するまでの時間に達していないからだ。

 仮に反応出来ても拒否する程の激痛に思考が放棄される。

 音よりも速く、紙の様に吹き飛ばされる絢瀬に円也は追撃を開始した。

 吹き飛ばされていく絢瀬よりも速い加速によって追い付きさらに腹部へ一撃を見舞う。

 間髪入れず放たれる二つ目の衝撃が絢瀬を壊していく。

 さらなる追撃で飛んで行く絢瀬を追い越し彼女よりも先に彼女が叩き付けられる着弾地点から絢瀬に向かって走り出す。

 移動するだけで破壊を生み出す加速によって全身から先程絢瀬に付けられた傷の比では無い出血が起こるが円也は気にも留めない。

 加速の乗ったトドメの蹴りは、くの字で飛ぶ絢瀬の背中に直撃し前後から叩き込まれる過剰攻撃により絢瀬の肉体はついに限界を迎え、弾け飛ぶ事になった。

 此処に来て漸く最初の踏みしめた際に起こった破壊に会場の者達が反応する時間に至った。

 

『な!? え!? きゃああああああぁあああああ!!!!』

 

 吹き上がる爆風に顔を覆う者達の中で、黒乃と西京が真っ先に動いた。

 黒乃は破壊による観客席の被害と、そして絢瀬の肉体の時間を止めることで生命の保護を。

 そして、西京は円也へと向かい絶句した。

 円也の肉体が壊れている。出血どころか皮膚が無いのは当たり前で筋肉がむき出しで、絢瀬に撃ちこんだ足は骨が見える程に。

 

「おま……」

 

「回復するんで大丈夫です。それよりも」

 

 周囲が騒がしくなる。壊れた訓練場よりもはじけ飛んだ絢瀬の肉体と円也の肉体の損傷具合を見てしまった事による悲鳴だ。

 

「俺の勝ちですよね」

 

 血に濡れる円也が微笑みながらそう言った。




戦闘より自壊のダメージが大きいと言う罠。

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