黒乃の用意した車は所謂、高級車だ。
他国の皇女を連れて来る以上はそれくらいでないといけないだろう。
後部座席、高級な椅子が二つずつ向かい合う形に設計されている。乗っている人物は二人、先程、黒乃学園長に頼まれ、空港まで皇女を迎えに行き、皇女の護衛を頼まれた石神円也。
円也に向かい合う様に座っているのは、破軍学園生徒会長の
丸眼鏡が特徴であり、茶色の髪に左右で結んだ太い三つ編みが目を引く、薄い金色が混じったぱっちんした可愛らしい目には強い意思が眠っている。
誰がどう見ても美少女の部類だ。性格も皆に優しく慕われる彼女は、『雷切』の二つ名を持ち、破軍学園校内序列二位の座にいる。文武両道、天は二物を与えずと言われるが、彼女の前では嘘だろうと言うだろう。
その文武両道生徒会長は現在、不機嫌なオーラを出しながら対面に座る男を睨んでいた。
……怒ってるなぁ。
それが円也の感想だった。元来真面目な彼女が円也のサボりについて黙ってる筈もない。特に学園よりも鍛錬を最優先にしている彼を許すはずもなく、剣を振るう隣で時に怒り、時に説教。見かけたら隣で説教。自分が勉強したノート見せながら説教と、「災害の隣に雷切の説教在り」が学園の全在校生の共通認識な程だ。
「HRに来ないのに、此処には居るんですね」
静かに怒る。朝から姿を見せないどころか、休み時間に探しに行けばすぐに気配が消えて気が付けば、休み時間が終わっていた。そんな事をすれば刀華の怒りのボルテージも際限無く上がるのも仕方のない事だ。
対する円也は、特に気にしている素振りも無く、何時も通りの表情を刀華に向ける。
「ごめんごめん。でもね、刀華聞いて欲しんだ。ほら、今日はいい天気だろう」
「そうですね。私の心は大荒れですが目の前の無自覚台風さんのせいで」
「でだ、朝の牛乳を飲みながら思った訳だよ。そうだ、限界を超えて見ようと」
「無視なんですね? 私は怒っているんですよ」
「どうどう、ほらほらよーしよーし」
前のめりなると、刀華の頭をてっ辺から撫で、徐々に下へ下がり頬を回す様に撫でていく。
「ちょ! またそうやって、ん……ッ! こら!! うぅ……」
何時ものパターンだった。円也が説教に対しての刀華の宥め方は、こうやって撫で回す事。そうすると刀華は黙る。
幼馴染だから為せる技だ。幼馴染、彼らの関係はそう表すのが一番近い。
石神円也に親は居ない。生まれてすぐの状態で段ボールに入れられ、貴徳原財団の養護施設『若葉の家』の入り口に捨てられていた。その孤児院で出会ったのが東堂刀華だ。それ以来、今日現在まで縁は続いている。
「ぅぅ、私はどうしてこう」
「説教なら後で、受けるよ。外国の皇女にしかめっ面で合うわけにはいかないだろう?」
そう言って、話を切り上げた円也は窓に視線を向けた。
窓へと視線を向けた円也を刀華は見続けた。
……変わっていない。けど、変わった。
石神円也は東堂刀華の幼馴染だ。刀華の中では一番付き合いが長く、一番自身の近くにいる人間だと彼女は自信を持って言える。
言える……それだけだ。刀華が『若葉の家』に来たとき同い年の彼が居た。『若葉の家』には様々な理由で預けられている子供達。だから、子供達の心にも余裕何て無かった。些細な罵り合い、喧嘩が絶えない環境だった。
東堂刀華は両親を亡くした。だが、両親は刀華を心から愛してくれた。その思い出が東堂刀華の芯であり、彼女はそれを他者へ、養護施設の皆へと向けた。人を愛する事は暖かくて、大好きで、大切な事だから。
無論、その対象に円也も入っていた。
円也と交流を始めたのは、一番最初だ。同い年でも静かで落ち着いていたから、話を聞いてくれると思ったから。
『うん、よろしく。じゃ』
取り付く島もなく無表情で返された。話は終わりだ、話し掛けるな。
言外にそう言われたのだと刀華も察した。刀華は慌てながら、話した。円也は聴いているのか、いないのか刀華には分からなかった。
相槌も無く、刀華が徐々に涙目になった頃に彼は口を開いた。
『何故、そんなに人に関わる』
返事をしたのが、嬉しかった。嬉々として子供故の説明は下手だったが、円也は終わるまで聞いていた。
そして、先程と同じように口を開き、言った。
『……そうか。愛、大好き。そう言うのもあるのか。東堂刀……華だったか? それがどんな物か教えてくれ』
友達が出来たと刀華は喜び、それ以来彼女の隣には円也が居た。年下の子の世話を手伝ってくれた。料理も作ってくれた。何時しか、彼女の周りには沢山の友達が居た。彼女の努力が実った証でもあった。特に、円也は表情が出会った頃より豊かになった。今の様に笑い、からかい、誤魔化し、心を開いてくれたのだと嬉しくて仕方なかった。
そう、開いてくれたと思っていた。
何時だったか、一緒に料理を作っていた時だ。円也は刀華の名前を呼んだ。
『刀華。ありがとう、愛は温かい。よく分かったよ』
何を話しているのか少し戸惑い、かつて彼に言った言葉を思い出して照れた。
身体の内側が熱くなった。照れていると自覚し、さらに熱くなる。熱は頬を染めて真っ赤になった顔を見られたくないと顔を背ける。
『でも、これじゃないか』
そんな、失望にも思える声が聞こえて刀華は振り返った。
包丁で野菜を切る円也が居た。鼻歌を歌いいつも通りに。
何か言ったかと、問うた。いや、別に、と返された。
空耳? いや、自身が円也の声を聞き間違える何てあり得ない。じゃあ、あの言葉は何だ。
思い返せばこの頃から、違和感が生まれて来たのだろうか。
彼は本当に笑っていただろうか?
彼は本当に怒っていただろうか?
彼は本当に泣いていただろうか?
彼は本当に楽しんでいただろうか?
そもそも彼に感情があるんだろうか?
刀華はその考えに蓋をした。考えたくも無い、聞きたくも無い、覚えていたくも無い。
ずっと隣にいて欲しい。傍にいて欲しい。その考えが不安材料の全てを見なかった事にしたのだ。
東堂刀華は後悔している。
あの時、あの言葉を聞かなかった事にしなければ。
いや、チャンスはいくらでもあった。彼女はそれら全てを無視して来た。
頭で警報はなっていた。何かが可笑しいと認識していた筈なのに。
誤魔化して、言い訳して、自分の世界に円也が居る。ずっと居る。子供が見るような幻想から動こうとしなかった。
だから、決定的な何かが変わってしまった。
二年前、七星剣武祭が終わった時から。学園に戻って来た時は声が出なかった。
何時もの様に笑う、彼が別人に見えた。
彼は誰だ。私は知らない。
あんな風に楽しく笑う彼を知らない。いや、知っている筈だ!! 知っていなきゃいけない!!
無かった。何処にも無い。記憶の映像を見直し、蓋をした記憶をひっくり返して探しても、何処にも無い。
綺麗だった。彼の笑顔はあんなにも魅力的だっただろうか。そう思った事は一度もない。
今までの石神円也の全てが偽物の様ではないか。自分の隣に居続けてくれた彼の姿が崩れていく。
違うと、否定した。私の隣に居た彼が本物なんだ。優しくて、苦しい時も、楽しい時も傍で微笑んでくれた石神円也が本物なんだ。
否定して、否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定してヒテイシテヒテイシテヒテイシテヒテイシテひていしてひていして――――――出来なかった。それだけで狂いそうになった。
何処かの誰かにお前のやって来た事は無意味だと、お前の隣の石神円也は偽物だと否定された感覚。
彼女の心に炎が灯る。小さな火種は燃え上がりぶつけるべきその時を待っている。
……誰だ。何処の誰だ。円也君を壊したのは。絶対に……許さないッ!!
「おい、刀華さん」
「ふぇ!? あれ?」
目の前に円也の顔がある。驚き思わず頭を後ろに下げてぶつけた。
クラ付きながらずれた眼鏡を戻し、顔を下げた円也は指で外をさした。
「空港着いたぞ。俺は護衛と言われたが肝心の護衛対象の皇女が何処にいるのか分からないという重要な事態に、気が付いた」
刀華は知ってる。黒乃に頼まれて此処まで来たのだから。
そんな彼の様子にクスリと笑い。
「本当にしょうがないですね。では、私が案内しますのでしっかり付いて来て下さいね、円也君」
「おう。よろしく頼むわ」
その笑顔を彼女は綺麗だな、と思った。例え壊れていても円也君は円也君なのだから。
戦闘……霊装……うん、ゆっくりゆっくりやってきます。