曇天の空が漂う中、学園は喧騒に包まれている。
理由は一つ。抜刀者ランク最高位のAランクであり、破軍学園に歴代最高主席で入学した超大型ルーキーであり『紅蓮の皇女』の二つ名で知られるステラ・ヴァーリミオンと同じくAランク、破軍学園校内序列第一位、現『七星剣王』、二つ名を『白い災害』で知られる石神円也が試合を行う。
Aランク同士の激突に学園中が盛り上がった。
闘技場は人で溢れかえり、新聞部により取り付けられた大型モニターで闘技場の外からでも見ることが出来る。
闘技場は殆どが一年生であり、大半の二、三年生は外での見学だ。共に石神円也と三年を過ごした日々は伊達では無い。確信しているのだ、どうせ闘技場は壊れると。そして、巻き込まれると。
『さぁ――て!! 会場の内外の皆様!! 急遽決まった練習試合ですが、これは見なければいけません!! ていうか見たい!! 破軍学園校内序列第一位!! 七星剣武祭二連覇を果たし、現・七星剣王にしてあの『白い災害』石神円也と!! ヴァーリミオン皇国の第二皇女!! 破軍学園歴代最高成績で主席入学を果たした『紅蓮の皇女』ステラ・ヴァーリミオンの激突なのですから!! 実況は私、放送部の月夜見がお送りします!! 解説は折木先生です!!』
実況席ではマイクを持ちながら、腕を振り回す破軍学園『放送部』の少女。隣には理事長の黒乃と一輝の担任である
有理は解説で、黒乃は周囲への被害を止める為だろう。
「上級生とかで埋まると思ったけど、そうでもないみたいだな」
「ですね。お兄様」
そんな上級生の不安を余所に黒鉄一輝も会場に居た。いや、いない訳にはいかない。目指すべき頂に君臨する伐刀者が、ルームメイトであり、一人の騎士として尊敬するステラ・ヴァーリミオンと戦う。
そして、隣には彼の妹であり、兄に並々ならぬ愛を持つ少女、黒鉄珠雫が座っている。
「お兄様はどう見ますか、この戦いを」
「……」
一輝は眼を瞑った。先程、控室でステラと話していた事を思い出す。
「驚いたよ。いきなり石神先輩に戦いを挑むなんて」
「自分でもびっくりしてるわ。でも、私が此処に来たのは強くなる為。それなら学園最強に、七星剣王に挑むのも可笑しくないでしょう? それに七星剣武祭に出るなら避けては通れない。なら、少しでも知りたいの。頂への道の長さを」
凄い。と一輝をステラに敬意を抱いた。現状の強さに胡坐を掻かず、常に上へと進む彼女に。無論、一人の女性としても魅力的だが。
円也は彼女からの挑戦を一言で了承した。良く考えて見れば彼が決闘を断る所を見たことが無い。
彼にとっては何時もの様に対応しただけ、今回の相手がAランクのステラであっただけの事くらいにしか思っていないのだろう。
「一輝、私が勝てると思う?」
不意に、彼女がそう聞いた。
「ごめんなさい。何て言うか少し不安があるの。エンヤさんってこうよく分からなくて。強さが不透明過ぎるって言うか」
「そう、だね。石神先輩は普段が普段な人だし」
でも、
「試合が始まれば直ぐに分かるよ。人柄が不透明なだけで、その強さは偽りがない」
「ええ、そうね。ありがとうイッキ。行ってくる」
「ステラじゃ勝算が低すぎる」
勝って欲しいと思う。だけど、自身の観察眼は偽ることは出来ない。
「それ程なんですか? あの石神円也は」
「ステラが一切の手加減無しで、開幕と同時に『
それでも低い。円也の伐刀者としての強さは破格と言ってもいい。
歓声が上がった。
『お――――っと最初に現れたのは『紅蓮の皇女』ステラ・ヴァーリミオンさんです!!』
ステラが闘技場に出て来た。目は鋭く円也が出て来るのを待っている。
暫くして、石神円也が姿を現した。
『来た――――!! 石神円也先輩の登場だ!! 相変わらずインパクトが無い!! 普通!!』
円也の表情は特に変わらず、何時も通り軽く笑うだけ。
「急な試合を受けていただきありがとうございました」
「気にしてないよ。それに戦えたら良いと思ってたし、でも選抜ぐらいと予想してたけどまさかこんなに早いとは思わなかったよ。これも縁って奴かなぁ」
独り言を言いながら頷く。
「よく分からないけど、全力で行くわよ。七つの学園に居る猛者達の頂点!! 『七星剣王』石神円也!! ……傅きなさい『妃竜の罪剣』!!」
ステラがその手に固有霊装を『幻想形態』で顕現させた。刀身より燃える紅蓮の焔が揺らめき周囲へと熱風を巻き起こす。
「良き経験であれば良いね。吹けよ『
円也が片足で地面を一度叩く、すると地面から勢い良く飛び出したのは紐を撒いた鞘に包まれた日本刀。
クルクルと回転し重力に従い落ちて来る日本刀は吸い寄せれらるように円也の右側へと軌道を変える。
円也の肩程の高さまで落ちた時だ。円也の右腕がぶれる。気が付けば一瞬の内に鞘は左腰へと装着され、刀が抜かれていた。
白い。真っ白の刀身。刃紋も無い。ただただ白い。まるで折り紙の白をそのまま刀の形にしたが如く白い刀。鍔も柄すらも白く、光の反射で微かな濃淡が出来ている程度の差しかない。白い鞘が唯一上から下に掛けて黒い線が真ん中に通っている程度のこれでもかと言う程に白を特徴とした刀。
「それがエンヤさんの固有霊装……」
「白いでしょ? 洗剤とか使ってない天然の白だよ」
両者『幻想形態』による練習試合だが、此処にいる誰もがAランクの実力を間近で見る事となる。歴代のAランクは歴史に名を刻む英雄と言われるその実力を。
『それでは試合開始ィィィィィィ!!!!』
合図が鳴る。
ステラは速攻を仕掛けた。相手の手の内が分からない以上は素早く一撃で。魔力に加速による至近距離からの接戦を望んだのだ。
一秒も掛からず距離を詰めたステラは間合いに円也を入れる。逆に円也の間合いでもある。ならば物を言うのが速度。ステラは下段からの斬り上げによる一撃を加える。抜刀絶技『妃竜の息吹』を纏った斬撃はまともに喰らえば一撃で戦闘不能。対して円也はその剣の軌跡を見るだけで反応しない。
衝撃が闘技場に響く、爆炎が吹き上がり一時的に二人の姿を消す。揺れる闘技場は一瞬にして行われたステラの先手に盛り上がる。
『決まったァァ――――――!!!! 先手はステラさん! 何と言う火力でしょうかッ!! 此処まで熱風が吹き荒れています!! 直撃を受けた石神先輩は果たして無事なのか!?』
『熱風で気分ががががが……ごふあぁ!!!!』
『先生!? 先生――――!!!! 倒れるなら解説してから倒れてください!』
解説が吐血する事態だが、生徒達にはそれどころでは無い。注目すべきは消え始める爆炎の中の結果だ。
揺らめく炎が消える。飛び込んできたその光景に言葉を失った。
嘘だろ。会場の誰かが呟いた。
ステラの下段の斬り上げを素手で受け止める円也の姿。『妃竜の罪剣』は炎を纏っている。伐刀絶技である『妃竜の息吹』も発動している。『妃竜の罪剣』は炎を纏い触れる者を焼き焦がす。
にも拘わらず、『妃竜の罪剣』を素手で受け止めた。一歩も動くことなく、左手一つで。
そして、左手は今も『妃竜の罪剣』に触れているのにその手には傷一つ無い。
『な、なんとォォォォ!!!! 無傷!! 無傷です!! 石神先輩、一歩も動くことなくステラさんの一撃を止めている――――!!? あの爆炎を受けて!? あの炎を纏った剣を受け止めながら!? これは一体――――ッ!?』
『普通なら魔力による防御と言いたいけど、私の見間違いじゃなければあの手……魔力纏ってなさそうなんだよねー』
え、と折木の発言に内外問わず生徒達の信じたく無いような声が口から漏れた。
……嘘でしょ!?
初撃で終わらない事は予想は出来ていた。だが、今のを受けて動かすどころか、傷一つ付ける事無く受け止められた。
しかも、その手には折木が言ったように魔力が纏われていない。完全な生身で摂氏三千度の熱を受け止めている。
「うん、もう熱くないか」
呟くような声。
同時に、
「ほい」
軽い声を発し、ドスリ、とステラの右の足首を『雪月桜花』が貫いた。
「ッ!?」
反射的に下がる。円也も『妃竜の罪剣』から手を放した事で、ステラは距離を開けることが出来た。
『幻想形態』故に傷は無い。
だが、ステラの心に大きな焦燥を生み出した。
受け止めた左手には傷らしい傷は無い。この間理事長室で自身の剣を受け止めた時は部屋中に焼け焦げる音が響いたと言うのに。
「伐刀絶技……?」
だが、可笑しい。彼の能力は身体能力の超強化。傷を受けた後で回復するなら分かる。だが、そもそも傷を受けないと言うのは理屈が合わない。
ステラは思考をそこで打ち切った。円也が動いたからだ。
一歩踏み出す。そして、目の前に居た。
「ァッ!?」
響く金属音。反射的に動く事が出来たのはステラの鍛錬の成果によるもの。
続いて二撃、三撃と放たれ、吹き飛ばされつつもステラはそれを防ぐ。
……やばい、何よこれ。
腕が痺れ、骨が軋む。三度、円也の斬撃を受け止めただけでこの様。
吹き飛ばされ、体勢を立て直しながらも円也から視線は外さない。
追撃ならば炎を爆破させて体勢を崩す。どうせ、効かないなら目眩ましとして使用する事にした。
視線の中で円也は『雪月桜花』を振り上げ、下ろす。
「あ、やべ」
闘技場が斬れた。
闘技場の外、刀華は自身の予想が当たり軽く憂鬱になりながらも、固有霊装の『鳴神』を抜き放ち、闘技場を斬って飛び出した斬撃を受け止める。
「くぅ!!」
昨年よりも大きさも威力も増している。何よりもこの斬撃は結論を言うと斬れる。『幻想形態』だろうが、『実像形態』だろうが関係ない。魔力でもなんでもない円也自身の純粋技量によって発生すると言う信じたくない斬撃なのだから。悲鳴を上げて逃げる周囲へと被害を出さない為に全力で防ぐが徐々に押され始めた。
『
『ブラックバード――――!!』
『クレッシェンドアックスッ!!』
刀華の背後から三人が飛び出し、斬撃に各々の『伐刀絶技』が撃ち込まれ、漸く斬撃は飛散した。
会場が静まり返った。幸いだったのは、斬撃の方向が観客席では無く階段と入り口だった事。
階段が左右に割れて、綺麗な断面が出来て扉へと続いている。天井近くまで斬撃が通ったのか、ほんの少しだが、外の様子が割れ目から覗けた。
『な、なな、なんとォ――――!? 会場が斬れたァ!? え!? ていうか観客席大丈夫ですか!? 斬られた人いませんかッ!? あれ!? 副会長? ちょ、マイク!?』
実況の声によって理解が追い付いた観衆も遅れながら悲鳴を上げる。
その中で放送部のマイクから大声が発せられた。
『この馬鹿野郎がァァァァ!! 何が、『あ、やべ』だよ!? 手加減ぐらいそろそろ覚えろ人外!』
声を聴いて会場中が実況席に注目した。
そこに居たのは、破軍学園生徒会副会長の
刀華と円也と同じ『若葉の家』出身であり、幼馴染である。
学園の中で唯一、円也に真正面から罵詈雑言を吐く事が出来る少年だ。
普段は人を食ったような性格だが、円也に対してのみ真っ向からの今のように毒舌を吐く。
「ごめんごめん。泡沫、あ、でも追い付いて消す気はあったよ? 先に刀華達が消したけど」
『関係ない!! 会場を壊すな!! 負けろ!! 降参しろ!! 戦うな!! 刀華に迷惑掛けるなら死ね!!』
「最後の方が本音だね。分かった何とかしよう」
そう言ってステラを見る。膝を突き身体を『妃竜の罪剣』で支えている。彼女は直撃の瞬間、魔力を放出し横へと跳んで躱していた。
「はぁ、はぁ……これが頂点の実力の一端って訳ね」
「そんな大層な物じゃないけどね。で、どうだろう? 俺も泡沫に怒られたし、次の一撃で決着を決めるのは?」
その提案に対してステラは、
「いいわよ。上等じゃない」
乗った。
相対して実力は理解した。悔しい事にあちらが完全に上。続けてもジリ貧で此方が負ける。ならば、ほんの少しでも勝率のある方を選んだ。
「今はまだ届かないけれど、必ず私とイッキは追い付いてみせる!! これは私の宣戦布告!!」
ステラの周囲に炎が巻き上がり『妃竜の罪剣』へと収束していく。
『妃竜の罪剣』を掲げると同時に吹き上がる光と熱が百メートルを超える光の柱を形成した。
「ああ、それね。困ったな。……泡沫、悪い、迷惑掛ける」
『あああああ!! やめろ降参しろォォォォォォ!! 糞野郎ォォォ! ああ、会場内の生徒はショック体勢を取って!! ていうか止めて下さい理事長先生!!』
「一度は見て置きたくてな。万が一の時に私の固有霊装で救助するさ」
『見た事無いからそう言う事言えるんですよ!! 役に立たないなぁ!!』
文句を言えど時間は止まらず、天井を溶かし貫いた光の柱が円也に向かって落ちていく。
「はあぁぁぁ!!『
声を聴きながら真っ直ぐに落ちて来る光の柱。
……凄いな。
先程の宣戦布告も見事だった。高く頂点を見据え、吠えて喰らい付こうとする姿は美しい。その姿を罵倒する事など許されない。あってはならない。己が為に、誰かが為に、貫く意志と信念は何よりも尊い物だ。
だから、彼女に敬意を表して相対する為に石神円也は今日初めて構えた。
体を半身にして左足を前に、右足を後ろに。
『雪月桜花』を水平に構えると、切っ先を落ちて来る光の柱へ向ける。
突きだ。
円也の中の魔力が切っ先へ向かう。切っ先から魔力が漏れる。収縮する魔力の圧力で床が潰れ始め、巻き起こる魔力の奔流はただ目の前の死の光に打ち勝つために今か今かと待っている。
激突の瞬間、音が消えた。そして、白が堰を切って溢れ出す。
「『白波の逆瀑布』」
放たれた高速の突きの切っ先より魔力が射出された。白い魔力は瞬時に拡散し『天壌焼き焦がす竜王の焔』と激突。その拮抗から生まれた破壊力を秘めた衝撃波が全方位に拡散。床が耐えられず次々に剥がれ瓦礫へと姿を変えながらが浮き上がる。観客席に罅が入り、一番前の生徒達が耐えきれず後方に投げ出された。
被害はそのまま会場外に及び始めた。外の地面が割れると、闘技場外部の壁に亀裂が走る。
拮抗は一瞬だった。『天壌焼き焦がす竜王の焔』を飲み込み、天井を喰らい、闘技場を壊すついでに衝撃を発生させながら、白の瀑布は空へ空へと伸びて行く。限界まで達すると一瞬だけ光り、次の瞬間紅蓮の炎を噴き出し爆音と衝撃波を発しながら曇天を吹き飛ばし、徐々に虚空へ消えていった。
「……嘘」
ステラが座り込む。
全てが終わり雲一つ無い青空と太陽の日差しが全壊した闘技場へ差し込んだ。そのド真ん中に石神円也は立っている。
観客席、吹き飛ばされた者達は皆、黒乃によって無事だ。
倒れ込みながらも激突を耐えた者達は畏怖の視線を込めて彼を見る。
これが、現・七星剣王。これが、Aランク。これが、破軍学園校内序列第一位『白い災害』石神円也。
珠雫を庇いながらも一輝もまた、彼を見た。頂点へ辿り着くにはアレを倒さなければならない。
覚悟はある。諦めるつもりも無い。だが、道が霞んだ気がした。らしくない弱気に一輝は己の唇を噛む。
「勝者、石神円也」
黒乃の声が闘技場に響く。反論する者は居ない。
円也はその宣言を聞き、『雪月桜花』を消して右腕を掲げる。その三秒後、泡沫のドロップキックが円也の腰に打ち込まれ、マウントからの顔面ラッシュに発展すると記述しておく。
漸く書けた主人公の戦闘描写の回でした。