彼は何時もの様に体を壊す。すると、肉体はより強く、もっと頑強に、さらにしなやかに、と再生を促していく。
壊せば壊すだけさらに強くしてくれる。
最近は普段の鍛錬に加えて彼、黒鉄一輝の『一刀修羅』の御蔭で更に効率が良くなった。
『一刀修羅』。黒鉄一輝の『伐刀絶技』。肉体のリミッターを外し、文字通り『全力』を一分間に注ぎ込むという能力。これにより、彼は身体能力を数十倍に引き上げている。
ならば、この原理を利用すれば、身体能力の内、回復機能すら数十倍に引き上げれるのではないかと、円也は考えた。しかし、他人の『伐刀絶技』を使えるのか、と言う疑問。
問題は無い。ようはこの技は肉体のリミッターを取っ払えば出来るのだ。肉体操作はお手の物、意外にあっさりとリミッターは壊れた。
後は破壊した
骨を砕く。肉を引き裂いた。臓器を破裂させて、神経を焼いた。その度に修復。無論、苦痛を伴うが無視した。苦痛で呻いている時間が惜しい。思考をしている間でも壊して治す。
そして壊すたびに、何時終わるのかと考えてしまう。時間が無い、期限が近づいて来ているからだ。何処まで壊せば完成するのか、己の肉体は何時になったら
窓から光りが指す部屋で円也は部屋の冷蔵庫を覗き込んでいた。
「……無い」
食料が無い。三日前買い込み押し込んだ食料が綺麗サッパリ無くなっていた。
原因は分かる。自身の食欲の増加だ。体を壊して治す以上はそのエネルギー源が必要になる。治すというのは思った以上に大変な事だ。限界を超えて壊してもいいのだが、恐らく刀華に気付かれる。洗いざらい吐けば絶対に止めて来る。黙って居たら最悪部屋に居座られる可能性がある。
故に定期的に膨大なカロリーや栄養素を取り込む必要があるので、食料を腹に入れておきたかったのだが、
「無い」
昨日の夜も円也は何時もの様に魔力を体外で操り、料理を作らせた。意識の九割は肉体の強化とシミュレーションへ割いて、一割で魔力の操作と肉体の操作で作った料理を食べていたのだが、記憶を辿る限り何時も以上の量を食している。
その結果、空っぽになった冷蔵庫があるという事だ。
「調達しよう。向こう一週間分を」
予定を変更して、買い物に向かうと決めるが、その前に刀華の下へ向かう。頼めば何か作って貰えると信じて。
一輝とステラ、そして妹の珠雫と彼女のルームメイトである有栖院凪は映画を見に来ていた。
昨日の円也との決闘以降、ステラの緊張が緩む事が少なくなっていた。
ステラが持つ奥義を真正面から飲み込み吹き飛ばす。一輝とは違った規格外を目の当たりにしてショックを受けつつも奮起している為だ。
『最高じゃない!! 此処には超える壁が沢山あるわ。私は更に強くなれる』
戦いの後、部屋でステラは一輝にそう言った。落ち込むどころか強い向上心の前に一輝は更にステラに敬意を抱きつつ、負けてはいられないと二人揃って鍛錬を始めた。
そんな矢先の事だ。珠雫から映画を見に行きませんか、というお誘いが来た。四年間会う事の無かった妹。武者修行の為に実家を飛び出し傍に居てやることが出来ず寂しい思いをさせてしまった。そんな大切な妹の四年振りのお願いを一輝は断ることなく了承した。
それを聞いたステラももの凄い剣幕で私も付いて行くと一輝に迫った。
珠雫は文句を言いつつも渋々了承した。こうなっては兄とのデートの予定も崩れた事になり、ルームメイトの有栖院凪を誘い四人で向かう事となった。
一輝そしてステラは珠雫のルームメイトの有栖院との初対面にて困惑する。
「アリスって呼んでくれれば嬉しいわ。よろしくね!」
彼? 彼女? は言った。自分は男の体に生まれた乙女だと。
二人は反応に困った。
こういったタイプとの接触は二人共人生初めてであり、困惑しつつも有栖院と握手をした。
幸い相手の方から慣れているから気にしてない、と言われ四人はショッピングモールへ向かった。
その間に一輝が妹に見とれない、宣言を速攻で破った為に、ステラから冷たい目とシスコン、変態と心に突き刺さる称号を受け精神的なダメージを受ける事になった。
交流を深めると有栖院の人となりが分かってくる。変わった性格だが愛想がいいし良く笑う。話し上手で相手を上手く話に引き込んでいる。元々美形というのもプラスに働いているのだろう。
珠雫は元より、ステラも有栖院とスイーツの話で盛り上がっている。
甘い物が苦手な一輝は少し疎外感を感じつつも、このひと時を楽しんでいた。
大型ショッピングモールの自動ドアを潜ったら二丁の銃を突き付けられた。
新手のアトラクションか、と考えてみるが中から悲鳴が聞こえたり、銃撃でガラスやら商品が破壊されているのを見ると本物のようだ。
今日は運が無いなと円也は思った。刀華に朝ご飯を頼んでみたら大量に作ってくれた。だが、隣でひたすら泡沫が睨みと愚痴をドスの低い声で発して来た。食事は美味しかったが気分は下降気味だ。
そして買い出しに出かけたら銃を突きつけられる。
……どうしたものかな。強盗って初めてだし対応に困る。
「おい、聞いてんのか? 俺達はあの『
「キレんなよ。おい、兄ちゃん。運が悪かったな。死にたくなきゃ大人しくしな」
声が上がって来た。どうやら円也が無反応である事に苛立ちが湧き上がったようだ。
もう一方は比較的に冷静な性格みたいだが。
『解放軍』。今、世界各国を騒がせる犯罪組織の総称だ。
選民思想が高く、伐刀者を『選ばれた新人類』とし、それ以外の人間を『下等人類』と称して支配すると言う楽園を作りあげるのが目的と言われている。
此処に居る二人も伐刀者であるのか。それは否である。
伐刀者の組織と思われているが、組織自体は『信奉者』と言われる解放軍の思想に共感しただけの非伐刀者であり、伐刀者は『使徒』と言われる一部の者だけ。その一部が『信奉者』を兵士として指揮する。そんな組織体制だと円也は刀華が言っていた事を思い出した。
結局の所、都合の良い思想を掲げつつもこんな所で強盗して資金を稼ぐのが実情だが。
円也は考える。学園の外で『固有霊装』を使うには学園側の許可が居る。許可を得るには、携帯と他様々な機能が付いている生徒手帳の緊急連絡で電話を掛ければ良い。
ただし、目の前の男に、「『固有霊装』を使いたいので、連絡しても良いですか?」などと言えば返答は弾丸だろう。とは言え円也は弾丸を避けれるしそもそも当たっても傷は付かない。だが、此処で暴れれば確実にその音で仲間が集まってくるのは確実だ。
周囲を確認後、気配を探るがこの二人以外は居ない。二人一組で行動してるようだ。
なので、静かに殺す事にした。まず両手で二人の喉を潰す。反応出来ない速度で両手を放ち、握り拳で喉仏を射抜いた。
相手の驚愕の反応に一々反応する気も無い。引き金を引く前に二人の銃を持った腕の手首を引き千切る。
銃を持った右手を二つ床に捨てると、断面から血が噴き出した所で脳みそが痛みを発信したのか、倒れ込もうと崩れ落ちる。
円也は左の男の顔に蹴りを放った。魔力強化されていないにも関わらず円也の蹴りによって頭部が独楽の如く回転し、回転したまま首から離れホールの廊下を転がった。
円也は倒れるもう一人の喉を掴んで地面に仰向けで押さえつけた。そして、喉に手が食い込む程に握力を込めていく。
一秒も掛からずに行われた行為に漸く気づいた男の抵抗が行われるが、その間も喉を絞める力は強くなる。
今も死にたくない為に体を動かし、腕を振り、足を振る。円也の拘束に抵抗して脱出しようとしている。
このままでも長くは持たないだろう。息が出来ず手からの出血もある。
「えーと、心臓はこの辺か」
服の上から位置を確認して貫手を放つ。服を破り皮膚も筋肉も骨も障子を破るように貫き、心臓も貫いた。跳ねる体を押さえつけ暫くすると動かなくなる。
「静かにやれたけど、掃除大変だな」
死体二つから流れ出す血を見て首を折れば良かったと後悔しつつも、手を引き抜いて円也は生徒手帳で学園に連絡をする。
電話に出たのは理事長の黒乃だった。
「あ、理事長。どうも今、人生初の強盗に巻き込まれてます」
『お前も居たのか? 現状はどうだ?』
「ええ、二人程殺しました」
『……殺したのか?』
鋭い声で黒乃が尋ねて来る。
「ええ、銃を突き付けて来ましたし、騒がれて仲間呼ばれるのも面倒ですからね。下っ端みたいですし、目ぼしい情報も持ってなさそうでしたので」
服を漁ってみるが、ナイフや弾薬程度だ。情報交換はトランシーバーでしていたのか、ポケットから出て来た。
『……お前、何とも思っていないのか?』
「……? ああ、殺した事ですか? あっちも銃突きつけてましたし、こんな事してる時点で命落とすくらいは頭に入れてると思いますよ」
入れてるなら死ぬ時の恐怖は耐えられる。入れてないなら、只、恐怖して死ぬ。
……死ぬなら後悔無く死にたい。それこそが一番難しく大変な事なのだろうけど。
思考が飛んでいた。円也は結論として一言。
「それに、敵じゃないですか」
武器を向けた以上、殺意で返される事もある。今回がそうだっただけだ。無論、自身以外だったら二人が死なない可能性が有った事は否定しない。
『後で話すぞ、石神。用件は校外における能力使用の件だろう? ……許可するがくれぐれも死人は最低限にしろ。今、フードコートに人質が集められている。一般人の安全を最優先に、特にお前は被害を出さない様にしろ。それと黒鉄が……』
通話を切った。無論、一般人に被害を出す気は無い。一般人は敵ではなく、保護すべき対象だ。
「さて、早く終わらせて食料の買い込みだ」
『雪月桜花』が宙を舞った。
「ふんふふふーん。ラララ……」
人が居なくなったモールを歩く者が居る。歌詞も無く適当でいて何処か整ったメロディーを奏でながら彼女は歩く。惹きつけられる紅い宝石の様な瞳の魅力を落とさない容姿。目を引くのは金髪の髪を纏めたサイドテール。そして純白のウエディングドレス。動きやすいようにスカートの部分は改造されており、ロングスカートに近い。
その後ろには今回の強盗の主犯である黒地に金の刺繍の外套を纏った男が部下を引き連れていた。
「あの、ビショウさん。な、何であの方が居るんですか?」
主犯である男。ビショウと言われた刺青を顔に入れた男は苛立ちを込めた声で返す。それは内側の恐怖を誤魔化す為でもあった。
「知らねぇよ。だがな、あの人には逆らうな。誇張無しで死ぬぞ。何せ、俺ら全員会った時からあの人の殺害候補に入ってんだからな」
視線を向ければつま先でターンをして、此方に視線を向け微笑んだ。無邪気な微笑みがビショウ達には死神に見えた。
……そういや、短気のヤキンが人質の見張りだったな。糞、問題起こしてねぇだろうな? つーか、土壇場で付いて来るんじゃねぇよ糞アマよぉ。
決して口には出さない悪態を吐きながらビショウは人質が居るフードコートに向かう。
フードコートに集められた人質はガスマスクを被った兵士達に囲まれ緊迫した雰囲気の中、恐怖を必死で押し込んでいる。人質の中には、ステラと珠雫の姿もある。
特にステラは鍔の広い帽子で顔を隠す。ヴァーリミオン皇国の皇女であるステラは一般に顔が広く知られている。この状況でバレれば余計な被害が出る可能性があるので、大人しく人質に徹していた。
しかし、此処で状況が急変する。
「お母さんをいじめるな――――!!」
新たに連れて来られた妊婦の女性とその子供と思われる少年。身重の母が乱暴に人質の輪に入れられた事に怒りを覚えたのだろう。兵士の一人に持っていたアイスクリームを投げつけた。
黒の戦闘服を白色に染める。そんな物に攻撃力は無いが、兵士を激昂させるには十分過ぎた。
「この餓鬼ィィィィィィ!!」
容赦の無い蹴りが子供の腹部に打ち込まれた。
「シンジ!!」
輪から飛び出したのは二十代後半の女性。子供の母親だろう。身重の身体とは思えない速さで子供を庇う。
「おい、どけよ。殺す邪魔になるだろうがぁ。ああ、それとも一緒に死にてぇか?」
「ごめんなさい!! まだ子供なんです!! どうかどうか……ッ!」
「駄目だなぁ!! いずれ訪れる『新世界』の『名誉市民』である俺を汚した罪は死んで償わなぇと」
「おい、やめろヤキン!! 人質殺すなって言われてるだろう!? 今日はあの人も来てんだぞ!! 思考しろ頭使え馬鹿!!」
「いいじゃねぇかっ!! 一人二人殺すくらいなぁ!!」
銃口が親子に向けられた。女性が子供を庇うが無駄だろう。女性の身体を貫き子供諸共死ぬ。
引き金に指が掛かった時だ。ヤキンと呼ばれた男の首が真後ろに回った。
「はれ?」
ヤキンの声。状況を認識していない間抜けた声だ。ヤキンの身体に更なる異常が発生した。銃を持った腕が螺子の如く回転、人体の稼働限界を一瞬で超えたせいで、腕が歪な枝に見えるような姿になる。
「あえ? なにごれ……」
その言葉を最後にヤキンの体が曲げられ折られ畳まれた。
骨が砕ける音、肉が引き千切られる音を響かせてヤキンは肉塊になった。
肉塊からは鎖が一本伸びてる。
誰もが声を発さない。鎖の元へ視線を辿ればウエディングドレスの美少女が居る。背後には顔を抑えるビショウとたじろぐ兵士。
「ディア様……」
「醜いわ。貴方の部下は醜い者しか居ないの? ビショウ」
「いや、あれは例外ですよぉ。むしろあれです。ディア様に処分されて嬉しかったと思いますよ?」
ディアと呼ばれた少女は歩みを止めず、親子の前に立つ。
子供は親である女性が抱きしめていたのでその惨状を見ることは無かった。だが、母親は違う。目の前で起きた埒外の殺し。それを目の前の少女が行ったのだ。歯を鳴らし動こうとするも恐怖が体を縛る。
ディアは母親を見て、その瞳から涙を流した。
「美しいですわ」
偽りの無い歓喜の涙と称賛を母親へと投げた。
「愛は美しい。貴女の行いは美しく私の胸を打ちました」
徐に母親と子供を抱きしめた。優しく傷つけない様に。
そして、抱きしめる事をやめて一歩後ろへ下がる。
「ですので、私も貴女を
彼女の背後から鎖が飛び出す。その数、十個。
ステラは真っ先に飛び出す。珠雫が、上階よりタイミングを見ていた一輝も飛び出そうとするが間に合わない。
死が迫る。
ポーンと音にするならこんな音だろうか。
人質、兵士、ディアの上を越えてビショウ達の前へ落ちたのは生首だった。
その首が誰のモノか、気づいたのはビショウ。
「ロッグ?」
生首になった部下の名前を呼んだ。飛んで来た方へ視線を向けた。白い津波が全てを呑んだ。
「『白波の怒涛』」
魔力を津波の如く吐き出し、人質と親子だけを魔力の球体で包むと一番近い出入り口へと押し流した。
そして、解放軍はその魔力の奔流に椅子や机と一緒に呑まれていく。それを追う様に円也は津波に乗った。
津波が消え、解放軍が流されたのはショッピングモールの広場。
「がはッ!! んだ今のぉ!?」
「……」
立ち上がったのは、ビショウ。ディアは呆然と天井を見つめていた。
兵士達は動かない。否、動けない。今の津波で全身を円也の魔力に晒してしまった。円也が魔力を操作して、縛り付けている。まず、伐刀者で無いなら脱出は不可能。
伐刀者である二人に降伏を薦める様に、円也は二人に近づく。此方に男の方が気が付いた。
「手前は……七星剣王、石神円也!?」
ビショウが驚愕に染まる。
「はい、その石神円也です。投降して下さい。しないなら、両手足を斬って捕縛します」
非伐刀者の兵士なら捕まえれるだろう。伐刀者だと抵抗一つで警察が怪我してしまう可能性を考えて、その選択をすることにした。
「最悪じゃねぇか。おい!! 何してんですか? さっさと起きて下さいよ、ディア様!!」
未だ動かぬディアに声を掛ける。
「綺麗……」
「ハァ!?」
ゆっくりとディアが起き上がる。その表情は微笑み円也を見た。
頬を紅く染め、胸の前で両手を握り絞めて勇気を振り絞る様に言った。
「好きです!! 私を
ヤキンは死んだ。