我が儘に絶景を   作:泥の魅夜行

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愛殺ーディア・オーレンー

「ステラ! 珠雫!」

 

 一輝の声に気付き二人も立ち上がった。

 

「二人共怪我は無い?」

 

 声を掛け二人を上から下に視線を送り、目立った怪我が無い事に安心の息を吐いた。

 

「ええ、何とか。さっきの子供も痣が出来てたけど、珠雫が治したわ」

 

「そうか……ありがとう珠雫」

 

「いえ、お兄様。流石に見過ごすのも気分が悪かったので」

 

 後方で爆発音が響いた。ショッピングモールの中からだ。

 

「……あの女とエンヤさんよね」

 

「あんな無茶苦茶な救出方法があるんですね。莫大な魔力による疑似的な津波、その中で一部の魔力を操って人質を保護するなんて」

 

 感心と呆れ、両方を含んだ表情に一輝が苦笑しつつも同意する。

 

「ああ、石神先輩には何時も驚かされてばかりだよ。先輩と同学年の人とかは、特にね」

 

「あれ? そう言えばアリスは?」

 

もう一人、共に遊びに来ていた有栖院が居ない。

 

「アリスは中に残ってる。万が一解放軍が逃げ出した時に追う役が必要だからって」

 

 一輝はその言葉を述べた有栖院の表情を思い出す。普段の有栖院からは感じられない雰囲気があった。

 

「頭可笑しいんじゃないか? あんな化物の近くに居るなんてさ」

 

 声がする。姿は無く頭に直接響くような声。その声には強い軽蔑が混じっていた。

 

「二つ名通りの他人なんて一切気にしない災害男に巻き込まれて怪我しないか心配だよ」

 

 空間が輝き、景色の一部が割れたガラスのようにひび割れて剥がれ落ちる空間から一人の少年が姿を現す。

 手に持っているのは弓の形をした『固有霊装』。空間が割れる現象、今まで一切の気配を感じさせなかった能力。

 

「久しぶり、君も来ていたんだ桐原君」

 

一輝は彼を知っている。元クラスメイトにして、去年の学年主席。そして、七星剣武祭の出場者、桐原静矢。

 

「久しぶりかなぁ、春休み見なかった程度だろ? いやぁ、それにしても見たよ君とそこのヴァーリミオン君との試合……驚いたよ、君強いじゃないか」

 

にこやかに微笑んだ桐原は一輝に近づき、襟首を掴んで体を引き寄せた。

鼻が付きそうになる程の至近距離、一輝の眼に桐原の瞳が映った。その目は怒りと憎しみで猛り狂っている。

 

「一年間、格下の雑魚が吠える姿は酷く滑稽だったろう? 何時でも潰せる格下が道化にしか見えないんだろ? 化物め! 手前もあの災害の同類だったとはねぇ!!」

 

その勢いのまま、一輝が突き飛ばされるが倒れるほどでは無く、少しよろめくだけだ。

 

「一輝!?」

 

「お兄様!?」

 

ステラと珠雫が駆け寄り、桐原を睨む。その視線を無視して桐原が見据えるのは一輝だけだ。

 

「化物ってのは、石神先輩の事だよね? 僕は……」

 

「喋るなよ。Aランクに勝った化物が。何が『落第騎士』だ。手前らみたいな奴等が居るから……」

 

そこまで言って桐原は言葉を切って、ポケットから取り出した生徒手帳を軽く振る。

 

「……まあいいさ。そうそう今回の選抜戦の一回戦の相手が決まったよ。生徒手帳の電源を切ってるなら見てみればいい」

 

桐原に促され生徒手帳の電源を付けると同時に一通のメールが届いた。

送り主は、選抜戦実行委員会。メールの内容は、

 

『黒鉄一輝様の選抜戦第一試合の相手は、二年三組桐原静矢様に決定致しました』

 

「加減なんてしない。化物に手心なんて加えてやるかよ」

 

「ちょっとアンタ行き成りイッキを化物呼ばわりするなんて……ッ!!」

 

「うるさいよ……言いたい事はそれだけさ。じゃあね黒鉄君。今回の騒動で僕のガールフレンド達も人質になってしまってね。彼女達を安心させてやりたいのさ」

 

言葉は軽く、しかし憎悪の瞳は変える事無く桐原は人質達の所へ向かっていった。

全てが一輝にとっては困惑を起こすものでしかない。彼は一体何に怒り狂っているのか、考え始めた時だった。ショッピングモールの壁が内側から破壊され、高速で射出される鎖を一輝達は視認した。

 

 

……速い。

 ディアとそう呼ばれた女から受けた告白の要領をイマイチ理解できずにいた円也。

 彼女の背後から射出される鎖を捌きながら、その動きを観察する。

 鎖の数は二十。それら一つ一つが独立し、四方八方より円也に迫る。

 鎖の先端から衝撃波が発生して迫る。速度が音速に達している証拠だ。

 背後、頭上、正面から迫る音速の鎖、それを円也は一つ残らず撃ち落とした。

 原理は簡単だ。自分を中心に薄く魔力を円状に張り巡らしそれに触れて侵入して来た物を弾けばいい。

 無論、並の伐刀者では出来ない。周囲に魔力による防衛線を張り巡らしても反応出来なければ意味が無いが。

……殺気が無い。

 ディアは円也を殺すと言った。それが何故愛する事になるのかは、分からないがそれでも殺すと言うなら殺気があるのが道理だが、円也を襲うこの鎖には凡そ殺意が感じられない。

 鎖を払う。ぶつかり合う刀と鎖。その鎖は冷酷と言うにはほど遠く、むしろ、暖かいとも言える感覚を円也は感じた。それはかつて刀華が教えてくれた『愛』の暖かさに似ている。

 鎖の動きは最初の頃に読めている。それでも攻めに転じないのはこの妙な感覚に興味を持ったからだ。

 ディアを円也は見る。攻撃は止まない。躱し弾いて打ち落とし自身に迫る鎖を悉く落とす中、円也を攻撃するディアは涙を流していた。

 

「美しいですわ」

 

 呟いて、感動で口元を手で隠していた。

 

「ええ!! ええ!! 素晴らしい!! 私の固有霊装『愛の糸』を躱すお姿も、打ち払う太刀筋も何て美しいのでしょう!! ディアはディアは幸せです!! こんな素敵な旦那様と愛し(殺し)合えるなんて……ッ!」

 

 偽りは感じれなかった。彼女は本気で感動してた。そして、この状況を本気で男女の愛し合いだと考えている。

 

「これが愛か?」

 

 呟く声にディアが答える。

 

「そうですわ! 想うからこそ殺すのです。愛おしいからこの手で殺すのです。そしてその姿は何よりも美しいから!」

 

 背後よりさらに鎖が現れる。これにより総数は三十。初速から音速を突破した鎖に円也は漸く一定の場所で迎撃行動を止めた。床を破砕する脚力による高速移動。鎖は円也を捉えきれず彼が通った道を貫くのみ。

 速度を落とさず、円也はショッピングモールを支える柱を駆け上り二階三階と高度を上げていく。

 

「違う」

 

 背後、リーチを伸ばし追って来る鎖の気配を感じながら円也は否定の言葉を呟く。

……これも一つの愛の姿なのかも知れない、だが、刀華の愛とは違う。

 殺す事を愛とするディアの言う愛。人を庇護し、暖かさを与える刀華の愛。違うと言うなら一目瞭然、そして大多数が刀華の愛を選ぶと確信できる。だが、もっと決定的な何か、二人の愛には差違がある。

 そして、ディアの行動と思想に共感を感じている己がいる。

 

「何が」

 

 違うと言って、駆け上がる柱から鎖が飛び出して来た。

 円也の肉体は超反射でその鎖に反応。顔に向けられた鎖を腰を反らせて回避する。空中に投げ出された円也は体勢を立て直そうと動く。

 魔力を足裏に一瞬展開し、足場として跳ねる。それが円也の行動だった。

 それよりも早く躱した筈の鎖の先端が直角に曲がり円也へと落ちて来た。

 狙いは喉。貫き地面に叩き付ける算段だと予測。円也は左手で喉を貫く一瞬より先に掴み……ゴキリ、と腕が鳴る。

 

 

「捕まえました」

 

熱の籠った視線、固有霊装を通して伝わる。円也の身体の感覚にうっとりと目を蕩けさせた。

 

 

 瞬時に気付く。鎖が融ける様に肉体の内部に入り込んできた。神経に侵入した鎖が円也の意思を無視して動く。

 稼働限界を超えて関節が折れ曲がり、回転した。飛び散る血と筋肉。これが、兵士の一人を殺した手段。これこそがディアの伐刀絶技。無機物有機物関係なく、鎖が侵入した物体の支配権を自在に操る。その名を、

 

「『愛死ノ縁(あいしのえん)』」

 

 円也が地面へと落ちた。

 

 

 彼女、ディア・オーレンはある国の貧民街で生まれた。幸運な事に彼女は家族に恵まれていた。

 頼もしい父、優しい母。貧しくとも両親からディアは愛情を一身に受けて育った。

 容姿にも恵まれていた。貧民街に咲く一輪の花と揶揄され、その愛らしい笑顔を振り撒き一生懸命に生きていた。彼女が彼女として決定的になった悲劇は十三の時に唐突に訪れた。

 マフィアだ。貧民街のチンピラが金の為に彼女の情報を売った。その容姿ならば裏の仕事で困ることは無いと勝手な理屈でだ。父は毅然とした態度でマフィア達を止めた。だが、貧民街。力をさらに力で押しつぶす暴力の世界に父の正しさは無力だった。鉛玉で撃たれる父。母と共に隠れるが見つかるのも時間の問題でしかない。

 母は恐怖しながらも娘であるディアを守ろうと必死に考えた。

 己に男達を殺す力はない。恐怖は迫る。見つかれば女である自分と娘はどうなるのかはこの街で生きている以上は否が応にも理解している。

 その極限の中で母親が取った選択は、娘の首を絞める事だった。

 娘を殺されたくない。愛する娘を穢されてたまるか。

 愛している。心から愛している。こんな方法しか取れない自分がどうしようもなく憎い。

 愛するが故に殺すという矛盾の行動。

 薄れる意識の中でディアが見た母はとても美しかった。決意と憎悪と愛の三つの感情が渦巻くその目から流れ落ちる涙がディアにとって今まで見てきた物の中で何よりも美しく見惚れた。この行為がディアの命を奪う行為だと理解した上で何よりも愛されていると理解した。

 ならばと、彼女もまた母を愛した(殺した)。幸か不幸か、この瞬間、彼女は伐刀者として覚醒を果たす。

 鎖が母を貫いた。崩れ落ちる母。

 動かない母を見て心と体が熱を持つ。心から、溢れ出したのは嬉しいという感情の波。

 母がこれ以上無い程愛してくれた。その愛に応える事が出来たと。

 直後に部屋にマフィアの男達が入り込んで来る。油廃の如きギラついたその目を見た時、感傷に浸るディアはまるで冷や水を浴びせられたような感覚だった。醜い。醜い。醜い。何だその心は。何だその糞の如き欲望の眼は? 

 母の愛を汚したな。私の愛を邪魔したな。何故私達と同じ五体を持っている。お前達が私達と同じ人間だと?  

 ふざけるな塵と何が違う。糞と何も変わらない。汚らわしい塵屑が人の形をするな。

 これこそがディアの行き着いた思想の根幹。

 人は美しく愛を持つ者、だから綺麗に殺す(愛する)

 醜い者は人では無い。だから原型残さず壊し尽くす。

 既にディアに躊躇いは無かった。

 マフィア達を殺した。その死体はそれがかつて人だったと思えない程に破壊されていた。

 そして、彼女は己の知り合いの全員を美しいと思っていたから愛した(殺した)

 醜い者は一人残さず、かつて人だったモノに変えてみせた。

 全て死んだ。ディア以外に生きている人間は居らず、行為を終えてディアはどうしようかと考えた。

 誰かに愛されたい愛したい。その想いと共に心に浮かんだのは父母の姿。それはディアの世界で輝く美しく宝石のような幸せな姿。

 お嫁さんになりたいな。彼女は願う。

 素敵な旦那様に会いたい。美しくてこの愛を受け止めてくれる素敵な人。そして、一緒に愛を育みたい人。

 私を愛して(殺して)くれる人。

 何と素敵な事だろう。

 彼女は歩き出す。己の愛こそ己にとっては何よりも幸いだと信じて。

 そして、旅の真っ最中で解放軍と言われる変な組織に勧誘された。御託には興味が無かったが、所属すれば今よりも遠くへ行ける。そして、時折視界に映る醜いモノを殺す事が出来る。

 この瞳に映る世界が少しでも綺麗になれば、運命の旦那様が見つけやすくなると考えて、彼女は解放軍に所属する事にした。

 解放軍に入って様々な世界と人間を見てきた。その中で彼女にとって美しいと言える人間は驚くほどに少なかった。醜い肉塊がのさばり声を掛けてくる事が苦痛で仕方がない。壊しても壊しても湧いてくる様に鳥肌を覚えた。速く、早く、会いたい。私の運命の人、私を愛して(殺して)下さい。

 狂おしい程の想いを抱き続けながら彼女はついに運命と会合を果たした。

 割り込むようにつまらない作戦に参加したのは理由があった。朝早く起きた時から予感のような物。理屈では説明できないそれを信じて一番の御気に入りのウエディングドレスを着て参加したが、参加していた者達が悉くディアの思想からしてみれば破壊対象の塵共。この際、前々から見るに堪えない下賎な者達を伐刀者が現れ次第、戦闘中に巻き込んで壊そうと考えていた。

 作戦が始まり人質を確保した場所に行ってみれば久しく見た美しい親子の愛に胸を打たれ心が満たされる。故に思想に則り美しい親子を美しいままに愛そう(殺そう)とした時だ。

 白い波が彼女の視界を覆い尽くす。穢れが無いと断言できる程の純白にディアは抵抗もせず、見惚れて呑まれた。それが現実の津波では無く魔力によってなされたモノだとは直ぐに気付いたが、その威力に抗う事が出来ず、唯その奔流に流され運ばれた。

 もし、これが殺す事を目的としたものだったら? 当然抗う事が出来なかった時点でディアは死んでいた。

 湧き上がる感情は歓喜。こんな美しい技を持って、自分を攻撃してくるんなんて、それはもう告白と同じではないか!!

 立ち上がり彼を、塵が呼んだ石神円也と呼ばれる人物を見た。

 見るや否や、この人だと全身の細胞が叫び、この人以外居ないと確信を得る。体が火照り心臓が跳ねる感覚が心地良い。

 この感情を知っている。これはこの感情は、

……一目惚れですわ。

 ディアは確信する。朝から感じた理屈じゃない予感。そして、自身は今日この時の為に生きていたのだと。

 私は今日、この人と愛し合って(殺し合って)終わるのだと。




Q 桐原君性格違うね
A 石神円也のせい

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