我が儘に絶景を   作:泥の魅夜行

9 / 14
終点ーディア・オーレンー

 円也が床に落ちた場所を見る。無論この程度で終わると思っていない。思っていないが、少々やり過ぎてしまったと反省する。

美しい彼に傷を付けてしまった事に、だ。

 腕一つを壊さないと動きを止められない自身の実力不足が憎い。

 粉塵が舞う中で彼が立ち上がる気配をディアは感じ取った。

 円也の周囲を舞う粉塵が消える。

 服が所々破れてはいるが、左腕以外は無事だ。

 左腕は見事に捩じ曲がっていた。他人にミキサーに掻き混ぜられたと言えば目を逸らしながらも納得するだろう。

 

「あぁ……」

 

 痛ましいと言う感情を含んだ声が口から零れ出る。自らが傷を付けた事を棚に上げて円也の心配をする。

 鎖の同化は解いてある。死ぬ時、死んだ後すら繋げて置きたいと思うディアには心苦しい判断であった。

 理由は腕を支配した時に理解した。

 膂力が違い過ぎる事と腕から先を支配できないでいたからだ。

 ディアの伐刀絶技ならば、いかなるものでも支配できる。そうであった筈なのにその前提が覆されている。

 円也の肉体に同化し侵入した筈の鎖が押し返され始めている。数分もすれば肉体の外に鎖が排出される。

 あり得ぬ事象に驚きつつも、ディアの心に歓喜の感情が生まれた。

……何て凄いのだろう。自らの支配すら押し返すなんて、美し過ぎる。

 感動の余韻に浸る中、当の円也は、捻じれ狂った左腕を一瞥した。

 メキリ、音にすればこう表現するべきか。

 その光景にディアが目を見開き、床に伏せながら破壊の余韻を回避していたビショウが恐れをその目に宿す。

 円也の腕が独りでに曲がる。ディアによって捻じ曲げられた腕が時間が戻るかの様に見える程、動く。

 音を鳴らし、蠢く様に元の形へと変化を続ける。飛び出した骨は内側へと戻り、筋肉と血が傷口から内部へ戻る。

 赤黒く変化した皮膚が肌色へと全く間に変化した。

 再生と言うよりはビデオの逆再生と言える回復。

 円也が左手を開閉、問題ないと判断したのか切っ先をディアに向けた。

 

「綺麗……」

 

 その再生を美しいと感じ、ディアは頬を赤くする。この人は何度私を惚れさせるのか、と熱の籠った視線を円也に送る。

 

「有り得ねぇだろ……何だよあの化物」

 

 ビショウは判断を誤った。言葉を出さなければ生き残ることが出来ただろう。或いは恐怖に震える足を勇気を振り絞って動いていれば、逃げ出す事が出来た。

 この時、円也に酔っているディアの耳に声が届いてしまった事が悲劇だった。

 楽しい事に興じている時に、冷や水を浴びせられた時、人は多少なりとも不快な感情を心に宿す。

 気性が荒い者は、空気の読めない発言をした者に対して強い言葉を吐くだろう。

 それが、美しさに酔っている時に醜いから壊すと考えていたモノの声を聞いてしまったら?

 己の価値観だけで他者の生き死にを決める人間の機嫌を損ねる事は理不尽極まる事態になると言う事だ。

 

 

 

 膨れ上がる殺気と怒気を感じるが、それが円也に向けられたものでは無く、ディアの背後、床に這いつくばるビショウと円也によって動きを拘束された兵士達に対しての呪詛。

 

「塵が……ッ!! 汚したな? 醜悪な声でよくもよくもヨクモ!!!!」

 

「はぁ!? ま、待ってくれ!! ディア様……」

 

「私の名前を呼ぶな!! 私の名を呼んで良いのは円也様だけだ!!」

 

 鎖が飛ぶ、総勢三十の鎖がビショウに兵士達に突き刺さり肉体の支配権を奪い取る。

 肉体内部に侵入し、本来の肉体の持ち主から制御権を掌握すると拘束された魔力を破壊する。

 無論、円也も簡単に破壊される拘束をしてはいない。だが、ディアによって彼らの肉体の限界を超えた駆動はそれを破壊しようと試みる。本人の意思を無視して負荷が肉体に掛かり続け、一人が拘束を抜け出した。

 

「アアアアアア!!!? 痛ェ!! いでぇ!? いやぁあああだ、だずげで」

 

「何だよこれェ!! 嫌だ……ごぉ!! ご、ごんなぁ……」

 

 拘束を解いただけで伐刀者でもない、一般人の肉体は限界が来ている。動けば肉体の損傷は重度な物へとなっていくのは明白だが、ディアは決して操作を緩めない。

 

「塵が壊れる事に理由を与えて上げますわ。円也様の美しさを引き立てなさい」

 

 悲鳴、雄叫び、生きる傀儡となった『解放軍』の兵士達が円也へと襲い掛かった。

 襲い掛かる一人を蹴飛ばすが、飛ばされている空中で動きを止めて背後から押し出されるように戻って来た。

 上空、鎖に操られた兵士が円也目掛けて振り下ろされた。

 円也にとっては容易に避ける事が出来る速度だ。

 兵士は、円也ではなくショッピングモールの床へと全力で叩き付けられた。衝撃が走り罅割れていく。

 叩き付けられた兵士はすぐさま、引き抜かれ再び円也へと飛んだ。

 肉体が壊れようとも、悲鳴が上がろうともディアが支配を解かない限りは兵士達はこの地獄から解放されることは無い。

 

「さて」

 

 突進する兵士の腕を斬り落とす。だが、兵士は悲鳴を上げるだけでその動きを止めることは無い。

……首を落としても死ぬだけ。あの女が死体になってもこいつ等を動かすなら。

 切り捨て、吹き飛ばし四方八方から、血反吐を撒き散らす傀儡兵士を止める方法。

 

「やるか」

 

 

 恍惚、祈り、心酔、陶酔。

 円也の一挙手一投足に惚れ惚れしながら、兵士達を操るディア。

……もっともっと、見せて下さいまし!! ああ、尊い素敵。 

 感極まる感情のまま兵士の一人を金槌の様に振り上げ、叩き付けた。

 円也は当然の様に回避した。

 風塵が舞う中、追撃としてたった今めり込んだ兵士をもう一度振り上げたが、動くことは無かった。

 

「それは……」

 

 兵士の背中に白い刀が一本、まるで縫い付ける様に刺さっていた。

 『固有霊装』では無い。ディアは直ぐに気付いた。

 

「魔力?」

 

 白い刀、円也の『固有霊装』の姿形そっくりだが、本物では無い。見れば魔力によって形作られた刀だった。

 

「『白波・(つぶて)』」

 

 声が響いた。

 円也の周囲を見れば、宙に浮かぶ白刀が群れを成して、その切っ先をディアに向けている。

 

「圧縮した魔力で作った『雪月桜花』モドキ。動きを止める耐久性特化と、耐久性は無いけど切れ味は鋭い攻撃用」

 

 凡そ、八十の白刀が射出される。

 ディアは鎖を呼び戻し兵士を盾にした。次々に兵士に突き刺さる白刀。

 だが、その一部は兵士を自ら避けて、ディアへと殺到した。

……ああ、凄い。

 感嘆が頭を埋め尽くす。

 白刀が自在に動くのは魔力操作によるものだろう。八十を超える魔力の塊を一つ一つ全く別の動きを行うなんてディアにも出来ない芸当だ。それが肉体をいとも簡単に貫くその鋭さを有して全てが自らに向けられている。

 試しにと兵士で受けさせるなんて下らない事をした自分が恥ずかしい。

 こんな綺麗な(攻撃)を誰にも渡さない。

 

「これは私の為のモノ……ッ!」

 

 ディアはそれを回避しなかった。腕を広げ自らその白刀の群れへと身体を投げ出したのだ。

 突き刺さる白刀。肉体を貫き、彼女の柔肌を紅く染めていく。純白のウエディングドレスが鮮血に染まる。

 熱い、とディアは感じた。身体が刻まれていく感覚が心地良い。

 痛みがこの身に至福を与えてくれる。

 ああ、私は今、愛されている。

 口から吐き出す血が愛の証明だとディアは信じている。

 

「幸せ……」

 

 自然と口から零れた落ちた言葉に微笑み、ディアは見る。

 円也が凄まじい速度で自身へ向かってくるのを。

 私を愛し(殺し)に来る。

 こんなにも愛してくれた人。逢瀬は一度だけでもこの愛に嘘は無いと証明するのなら。

 

愛して(殺して)あげませんと……」

 

 己が操る鎖、最大数の五十を顕現させて撃ち出した。

 

 

 鎖は当たらない。

 既に速度を見切り『白波・礫』で鎖を弾き、鎖の隙間に小型の白刀を打ち込んで床に、壁に縫い付ける。

 襲い掛かる傀儡となった兵士達も同様だ。

 首を落として、動けなくする為に白刀で縫い付ける。腕と足の間接部分に打ち込む事で一時的に動きを止めた。

 悲鳴を上げて迫り来る傀儡となった兵士に『雪月桜花』と周囲に浮かせてある『白波・礫』で迎撃する。

 足を斬って腕を斬り捨て胴体を斬り落として進み、ディアとの距離が縮む。

 斬られた者達が蠢く、ディアが縫い付けられた体より切り落とした部位を操作してきたからだ。

 首、腕、上半身、死体となった肉塊が空を飛び円也へと攻撃を仕掛けて来る。

 だが、手数は円也の方が多い。飛んで来る身体を斬り裂き、周囲の白刀が更に斬撃を加えていく。

 そして、その時は来る。鎖と死体。その攻勢の最中、ディアまでの道が開けた。

 円也は見た。作られた道を疾走する中で、ディアが笑っているのを。

 微笑んでいる。この瞬間こそが何物にも代える事が出来ない幸福だと信じて疑わない笑みだ。

 

「ああ……そうだったのか」

 

 理解した。彼女の愛と己が知る刀華の教えてくれた愛の違い。そして、彼女に共感を感じた理由。

 

「同類だったからか」

 

 放たれる突きがディアの心の臓を射抜いた。手応えが刀を通じてその手に感触として残る。

 

「あ……」

 

 前へと崩れ落ちるディアを円也は自らの身体で受け止める。

 

「お前の愛には未来が無いんだ。現在で完結してそこから先に進む事が無い」

 

 死は終わりだから、そこを愛の終点にしてるからそれ以上が無い。それこそが刀華とディアの愛の決定的な違い。現在で止まる愛と未来が存在する愛。

 

「でも、それでいいんだ。俺もそこが終点だから」

 

 抱きしめる。この愛に応える事は出来ない。己の死地は此処では無い。もう決まっているのだから。彼女がどんなに愛を叫ぼうが自身が応える事は一切無い。だけどせめて、此処が終着点である彼女に少しでも後悔の無い終わりであって欲しいから。

 

「円也……様、名前、を……呼、んで」

 

「ディア、君は幸せか? 今どんな景色を見ている?」

 

 円也は彼女の身体をゆっくりと寝かせる。手を握り彼女と目を合わせた。

 

「と、ても、……幸せ、でも、不満かな、円……也様も一、緒が良い……」

 

 身体を動かす。既に命が尽きても可笑しくは無い。だが、それでも彼女は動く。もう一度温もりを感じる為に。

 力無い四肢で円也に胸に寄りかかり抱き付いた。

 

「なに、すぐに会えるよ。行き着く場所は同じだ」

 

「本、当? うれし……い」 

 

 呼吸が止まる。身体から力が抜けだらり、と掴む手が離れた。

 ディア・オーレンは愛する男の胸で死んだ。その死に顔はまるで布団でゆっくりと眠る子供の様に穏やかであった。

 

 

 誰もが動かない。兵士は死んだ。この惨状の元凶であるディア・オーレンもたった今死んだ。

 

「君に敬意を払うよディア。君は俺の前例で、実例だ。そう間違いじゃない。やっぱり間違いじゃなかったんだ」

 

 唯一人、生き残った円也の口角が吊り上がる。笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ディア。君は俺の先輩だよ。そう間違いなんかじゃないんだ」

 

 立ち上がり、一度だけ彼女に手を合わせて祈り、数秒後背後へと振り向いた。

 

「で、君は誰だい? 生憎記憶の中に君の顔は無いんだけど」

 

 有栖院が円也の背後に居た。有栖院の事を知らない円也は彼を見た。

……怒り、哀しみ、隠そうとしてるが、僅かに漏れてる。

 

「破軍学園一年の有栖院凪ですわ。石神先輩」

 

「ああ、さっき上の方で隠れていた二人、黒鉄君と君だったのか」

 

「ええ、強盗が外に逃げない様に見張ってましたけど、不要でしたね」

 

 周囲に散乱する死体を見て有栖院は僅かに苦笑した。

 

「で、君は彼女の知り合い?」

 

「何の冗談ですか? 先輩」

 

 意味が分からないと言う、反応で返す有栖院だが一瞬の動揺を円也は見抜いた。

 僅かに呼吸が遅れた。一度だけ心音が乱れた。

 

「そう……ごめんね。行き成り現れたから疑ってしまったんだ」

 

 頭を下げて謝罪。此処でもう少し問い詰めたら話しただろうかと考え、どうでもいいと円也は結論付けた。

 そう、どうでもいい。たとえ、目の前の後輩がディアと知り合いだろうとなかろうと、円也にとってはどうでもいい事だ。興味が無い。価値も無い。その程度でしかない。

 

「うひゃぁ~派手にやったねぇい」

 

 そんな軽い声が聞こえた。声の方向へ視線を向ければ、一人の女性が居た。

 桜が描かれた白地の着物と紅の羽織を来た少女の様な容姿の女性。

 

「貴女は……!」

 

「誰?」

 

 空気が止まる。

 

「うわぁ、マジかぁ。冗談じゃねぇよな。あ、これマジで分かってねぇ目だ」

 

「有栖院、あれ誰?」

 

「……えっと、西京寧音さんですよ。去年のオリンピック日本代表でKOKトップリーグの選手です。東洋太平洋圏最強と呼ばれる現役のトップスターですよ。二つ名は『夜叉姫』です。後、破軍の新任教師です」

 

 小声で有栖院が円也に耳打ちする。

 

「あ、伐刀者の格闘競技の奴か」

 

「先輩の認識はその程度なんですね……」

 

「くーちゃんすら知らなかったとは聞いてたがね。ま、そこら辺は後にして……ちぃと待ちな」

 

 携帯を取り出して何処かに連絡を取り始めた西京は通話の相手と会話を始めた。

 

「おっす、くーちゃん。良い報告と最悪の報告どっち聞く? ああ、良い報告は人質は怪我した子も居たが、黒鉄妹の御蔭で完治したさ。警察も来て保護された」

 

 で、と此方を西京は此方を見て言葉を続けた。

 

「最悪の報告は、石神円也が『解放軍』全員殺しちまった事だな。嘘じゃないさ。ま、色々あるけど頑張んなー私も手伝ってやるからよぉ。ふんふん、取りあえずそっちに石神円也連れてけばいいんだな、オッケー」

 

「つー訳だ。付いて来な石神円也。学園で説教とか覚悟しとけよぉ? そっちの美形は外の同級生と合流しな。ただし、この惨状はちぃっと黙っててくれないかい?」

 

「……こんな惨状言いふらす程太い精神してないですよ。先生」

 

「んじゃ、決まりだ。おら、こっち来い石神」

 

 急かされて円也は向かおうとして、ディアの死体の前に屈み、ディアの開いていた瞼を閉ざす。

 

「……腹減ったな」

 

 そう言えば、食料を買いに来たのだと、思い出し破壊されて穴の開いた天井から円也は空を仰いだ。空は雲一つない快晴だった。




ディア・オーレン

プロフィール

所属:解放軍
伐刀者ランク:B
伐刀絶技:愛死ノ縁
二つ名:NO DATA
人物概要:破綻すれど愛に偽り無し

 攻撃力:B
 防御力:C
 魔力量:C
魔力制御:A
身体能力:C
   運:A

備考:愛する者と戦闘時、全ステータスが一つ上がる。

ディア・オーレンの愛は破綻している。だが、彼女はそんな言葉には耳を貸さないだろう。何故なら彼女は己の生き方が己にとって一番幸せだと信じているからだ。
生き方を信じ抜く。一遍も疑う事無く一日も忘れる事無くその生き方を貫く姿は人として異常なのかもしれない。そして、何よりも彼女の凄まじい所は心赴くままに生きて願いを叶えて死んだことなのかも知れない。

お母さん。お父さん。私ね、お嫁さんになれたよ。私の幸せは普通とは違うけど私の人生は幸せだった。だから少し眠るね。次に目を覚ましたら円也様が居てくれたらいいな。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。