『横鎮大変だったっぽい』
『ん?何が?』
『しらないっぽい?』
午前の教練を終えてシャワーを浴びてから食堂で昼飯をとっていると隣に座っていた夕立が目をキラキラさせて言い出した。夕立のテーブルをはさんだ向かい側には霞がいて、そんな夕立にも構わずにチャーシューがゴッソリ乗った豚骨ラーメンを啜っている。先日のプラント防衛戦後、守備隊が他の駆逐隊と交代して霞は鎮守府に戻ってきていた。
あたしはロースかつカレーのカレーがたっぷりからまったカツを齧ってゆっくりかみしめて飲み込んだ。んーうめぇー。
『涼風!しらないっぽい?』
あたしが無視して食事に集中していると夕立が頬をふくらましてさらに聞いてきた。
『ん、知らない』
『あたしたちだって大変かもしれないっぽいんだよ!』
夕立が藤で編まれたカゴ状の可愛らしい箱に入ったサンドイッチを一つ摘んで、手に持ったまま捲し立てる。んんー?これは何と言うか、手作りな感じに見えるのだが、はて?てか、いいから食えよ。
サミ姉は龍驤と漣のお店で売ってた崎陽軒のシウマイ弁当を二つ持って夕張のいる工廠に走っていった。あたしはその後姿を見送ったが、一回コケそうになって躓いた態勢をなんとか戻したところを確認してから食堂に来ていた。
『長門さんがねー、怒られて、テートクがぐあーーーって切れたっぽくってー、そして謹慎と減給っぽいー』
『???ちょっと意味がわからない』
『この前のサイン大会を長門さんの判断でやったのが市谷で問題になったらしいのよ』
『そうそう、そうっぽい』
霞がわかりやすく解説を入れてくれた。
『作戦行動中の艦娘が市井の一般人と接触して良いのは、防衛とか救助の時のみって決められた法律があるのは涼風も講義で習ってると思うから知ってると思うけど、長門さんが疲労しきったあたしたちに気遣って、プラントの待機施設に寄ったこと自体、作戦中の越権行為として咎められたみたいなの』
『夕立もそのホーリツはしってたっぽい!』(・・・ほんとか?)
『その上サイン大会までやっちゃって、ネットで大騒ぎになったもんだから、防衛省が長門さんを市谷に呼んだんだけど、横鎮の提督がその対応にキレたらしくて、市谷で大暴れ』
『おー、カッケーな横鎮提督』
『そんなこんなで、長門さんは訓告と一週間の謹慎処分で済んだんだけど、提督は戒告と減給処分になったらしいのよ』
『なるほどなー、でもあたいたちのとこには何も言ってきてないよな、市谷』
『そこがちょっと不思議なのよね』
『夕立は下っ端だし責任ないっぽい!』
サンドイッチをすでに両手で持って右と左を代わる代わる、嬉しそうにパクつている夕立の顔を見ると、責任という言葉の意味も分からなくなってきそうだ。
『うちの提督とは大違いよね。うちも半分くらいは提督LOVE勢みたいだけど、なんであんな不愛想で暗いやつをみんな好きなのかしら』
食べ終えたラーメンのどんぶりを脇に押しやって、顎肘をついた霞が明後日の方を見ながらつぶやく。あたしはニマーっと顔をほころばせた。これは先日の仕返しをする大チャンスなのではないか?
『そういう霞なんか提督スキスキ大好き超LOVE勢じゃん!』
『なっ・・・ちょっといい加減な事いわないでよ!』
椅子を蹴って立ち上がった霞の顔はあっという間に真っ赤になっていた。しかも一言反論した後、声もかすかに荒い息遣いになるばかりで、中途半端に胸の前に差し出された手はぷるぷる震えている。これは大したクリティカルヒットのようだ。
『ツンデレ、ツンデレーー、霞ちゃんかわいいっぽいー』
夕立も囃し立てる。てか、お前はだまってろ。
霞はすでに頭から湯気でも出てそうな、まるでヤカンのような顔になってしばらく固まっていたが、ついには目から涙までこぼし始めた頃に踵を返して『涼風のばかぁ!』と叫んで食堂を走り去っていった。いや、泣くことはないだろ。
『霞ちゃん泣いちゃったー、涼風ってばひどいっぽい』
こいつはー、お前に言われたくないぞ。
そうそう、こいつにも仕返しをしないといけないんだがー、うむー、この手作りっぽいサンドイッチはたぶん由良関係なんだろうが、そこ突っ込んだところで、こいつは由良とのノロケ話を始めるだけで、1ポイントのダメージも与えられないだろうし、どうしたもんか。
『涼風は提督が嫌いなの?』
急に声をかけられた。夕立のいる隣と反対側の椅子を一個おいて隣に叢雲がいた。
『うおっと、叢雲?いたのか』
叢雲は食事をしていたわけでもないらしい。イチゴのブリックのストローを軽く咥えていた。あたしの方を特に向くわけでもなく、もう一度問われた。
『涼風は提督が嫌いなの?』
どこか湿った空気が流れたのを嫌ったのか、夕立が箱に蓋をはめて立ち上がった。
『涼風、夕立もう行くっぽい、叢雲もまたねー』
夕立が去るのを見送って向き直ると叢雲はこっちを見て黙ってブリックを啜っていた。『答えなさいよ』と言わんばかりに体ごとこっちに向けて足を組んでいる。
『嫌いってことはないかな、特に何か実害があったこともないしなー、好きでもないから普通?ってとこだな』
『そうよね、あなたはそんなところよね』
叢雲はどこか自嘲的に薄く笑って目をそらした。あたしはどうにも違和感を感じている。さっきからの話を叢雲がきいていたにせよ、あたしは提督に対する感情に関して自分の思いを一言も言ってない。なぜ『嫌いなのか』などと尋ねられたのだろう。
『あんたみたいのがいると少しホッとするわ』
『すまねぇ、叢雲、なんだかさっぱりわかんねぇよ』
叢雲は少しうつむいて、何かを考えてるようだった。ブリックをテーブルの上に置いて、両手を両膝の間にはさんで少し俯きながら、しばらくそのまま考えている。なんかこのポーズがかわいいと思った。叢雲はきつい系美人なので、こういう弱そうにかわいいポーズをされると、グッとくるものがある。
『あたし思うの』叢雲はやがてポツリと話始めた。『あたしたちってここにきてすぐに手術をうけるじゃない?それは艦娘になるために必要な手術だし、あたしもその辺は納得しているのよ。でも・・・』
また沈黙。なにか言おうかどうか迷ってる風だった。しばらく沈黙があったがあたしは黙って叢雲が口を開くのを待った。やがてゆっくりとまた話始める。
『艦娘って基本的に、多くが提督に好意をもってるじゃない?これってもしかして、鎮守府の指揮系統を潤滑にするために、なんて言うか、洗脳みたいな?そんな処置が同時にされてるんじゃないかって・・・・』
えーーーーって思った。そんなこと考えた事もなかった。いや、そんな話食堂でされてもきついぞ叢雲。
『だとしたら、あたしのこの思いは偽物なんだろうか、なんてね』
何と言ったら良いかわからず、あたしは考える間とりあえず叢雲の次の言葉を待った。
『でも、提督に好意をもってないあんたみたいのがいるから、取り越し苦労かなとも思うのよ』
『それ単に男が提督しかいないからじゃねぇの?』
叢雲がきょとんとしてあたしを見返している。
『女子クラスに一人男子がいました。この男子普通にモテモテだろ。よくあることじゃん』
あたしの言葉を咀嚼して飲み込むようなちょっとした間をおいて叢雲がクスっとわらった。
『あんたみたいな単純バカがいるとホッとするわ』
『おう!たりめーよ!』
あたしは二っと笑う。叢雲美人かわいー。