叢雲はあたしを『単純なバカ』と表現したが、あたしは周りにそう思われがちだけど実はそうでもない。そうでもないんだぜ?いや、ホントホント
叢雲の話には確かに驚いた。しかも随分と深刻に考えてるようで、ああは言ったがもう一つの可能性に関して、あんな顔を見せる彼女に言うことはできなかった。
例えばその洗脳をするための薬品があったとして、まだ実績データが多くなく、投与量と効果のボリュームの関係を計るために調整をして経過を観察しているのかもしれない。
霞や叢雲や、そのほかの提督LOVE勢には多く投与していて、あたしやサミ姉とかには投与していないか、していても微量とか、そんな感じで。
叢雲に言われて初めて気づいたが、確かに鎮守府のこの状況は異常だ。普通、上の立場の者を好きになる時、まず最初は憧れのような感情を持つと思うんだ。そうして接しているうちに、もしかしたら自分のことを好きになってもらえるかもしれないって感じるようになって、段々と恋愛感情になっていくものなんじゃないだろうか。はたして、うちの提督はどうだろう。不愛想でディスコミュニケーション、長身痩せマッチョで顔もキレイだけどとにかく目が冷たい印象を受ける。たいていの女の子ならまず『怖い人』と思うだろう。
一人や二人がそんな提督を好きになっても、それは別におかしなことではない。しかし鎮守府内の半数以上の艦娘が憧れではなく、明らかに恋愛対象として提督を見ている。あの提督にそれほどのコミュ力があるだろうか?あれほど多くの艦娘とコミュニケーションをとって、憧れを恋愛感情に昇華できるほどのコミュ力が。だいたいあの提督はとんでもなく無口だ。彼が艦娘と雑談している所ですら、あたしは見たことも聞いたこともない。
艦娘の力は強大だ。こんな力を個人に与えるのにその手綱をひきしぼる手を講じるのは国家として当たり前だろう。艦娘を提督に恭順させるための洗脳はいかにも持ってこいの方法にも思える。
こんな状況だ。結構勘のいい叢雲が深刻に考えてしまうのも無理はない。
そんな考えにとらわれてしまった叢雲は自分の感情を持て余して、いや、持て余すなんて表現では語れないほどに苦しんでいるのだろう。これは他の娘たちには絶対言えない。
夜も更けてきたが、昼間の叢雲のそんな話のことを考えていたあたしは、眠る機会を失っていた。そばではサミ姉が寝息を立てている。月明りがちょうどサミ姉の顔に差していて、美しく光を放っているように見えた。
就寝時、昼間夕張にとられた仇を討つようにあたしはサミ姉の同意も得ないでベッドの隣にもぐりこんだ。サミ姉はもちろん嫌がりもせずにあたしの首の後ろに手をまわして『涼ちゃーん』と甘い声と笑顔で答えてくれた。
『涼ちゃんこの前あたしにキスしようとしたよね』
『あ?いや、それはー』
サミ姉の唇があたしの唇に触れた。いきなりだったのであたしは固まってしまった。サミ姉はそのままあたしの唇を軽く吸って離れた。
『久しぶりに涼ちゃんがキスしてくれるかと思ったら、あの後から全然そんな感じじゃなかったから、あたしからした』
天使だ!こいつは天使だぁぁぁぁ!!ヤバい物質がまた脳内で大量発生して脳髄に浸み込んでいくような気がした。あたしはサミ姉の寝間着の前のボタンに手をかけたが、そこで止まった。昼間の叢雲の話が頭をかすめたのだ。
固まって止まっているあたしを見てサミ姉はちょっと不思議そうな顔をした後、あたしの頬っぺたにちゅっと軽く唇をつけて『おやすみ涼ちゃん』と言って目を閉じた。
あたしのサミ姉へのこの想いはどうなんだろう。実の姉を好きになるように記憶も含めて洗脳されたって事は、まぁなさそうだけど。鎮守府にとってメリットなさそうだし。
洗脳されて矯正された想いと、ずっと一緒にいたことで芽生えたこの想いとはどれほどの差があるのだろうか。
叢雲、つらいだろうなぁ
この想いがもし洗脳によるものだって言われたら、あたしはどうするんだろう。
『マト姉どうしてるかな・・・』
あたしは市井に残してきた一番上の姉のことを思い出した。
『纏(まとい)』『沙弓(さゆみ)』『涼音(すずね)』があたしたち三姉妹の名前だ。あたしは二番目の姉を昔から『サミ姉』と呼んでいたし、サミ姉もあたしを昔から『涼ちゃん』と呼んだ。艦娘になってからの名前がそう呼ぶのに不自然のない名前だったのは偶然だったのかどうかはわからない。ほかの子の本名なんかは聞いたこともないし。
両親が事故で亡くなってから、あたしたち三姉妹はおじいちゃんに育てられた。上の姉二人は優しかったし、おじいちゃんもチャキチャキの江戸っ子で、とても優しかった。でもやはりおじいちゃん一人が背負うには経済的には厳しかったから、最初サミ姉のところに妖精さんが来た時、サミ姉は大喜びで何の不満も不安も洩らさず、鎮守府に向かった。おじいちゃんを助けられると笑って、本当に嬉しそうだった。1年後あたしのところに妖精さんが来た時、あたしにもなんの迷いもなかった。
もうすぐお盆だし、2日ほどの休みはとれるだろう。サミ姉と二人で一緒に帰省できると良いな、と思った。