涼ちゃんとさみ姉   作:えーひち

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サミ姉はいないけど何とかなった夜

夜中に目を覚ました。というか起されたといった方が正しいだろうか。顔の上になんか乗っかってきたのだ。上体を起こすと膝のあたりにコロンと転がる二つの物体があった。ちびスズとちびサミだった。

サミ姉のいない部屋はなんだか閑散としているようで、特にすることもないし浴場から戻ってからほどなくしてほとんどふて寝のようにして早めに床に就いていた。サミとスズもせんべいは食いつくしてしまったのでもう用はないとでも言わんばかりに、寝る時にはどこへともなくいなくなっていた。

ケータイは持っているし、電波も届くので帰省しているサミ姉と連絡をとることはできなくはないのだが、鎮守府のルールでむやみに許可なく外部と通話することは禁止されている。禁止しておいて携帯電話の所持を認めているあたりは、この国の公的機関の内側に対するゆるさの表れなんだろう。ルールなぞ気にせず使っている子はいくらかいるけれども、あたしとしてはどうにも憚られるもので使わないでいた。使いたいのは山々だが。

『おい、お前たち、せんべいはもうないぞ』

『ゲームをやらないか?』

『やらないか?』

いや、ゲームって・・・

『ゲームゲーム』とか言いながら丸まって膝の上で転がり始めたが、すぐに落ちてそのまま転がって出入り口の扉にスズとサミの順にぶつかって跳ねてから止まった。そして戸が開いた。

妖精さんが開けた?様には見えなかったがとにかく戸は開いた。隙間から廊下を照らす常夜灯の淡い明かりが射しこんでいる。何か不思議な気分になった。夢でも見ているのだろうかと思っていると、二つの生き物はトテトテっとわずかに開いた戸の隙間から出ていった。かと思ったらまた戻ってきてこちらを覗き込んでいる。『ついて来い』と言っているように見えた。

 

サミとスズはあたしの前を一生懸命走っていた。歩幅が小さいので走られたところであたしはのろのろとした歩調でついて行けば充分だ。たまにこちらを振り返り、ついてきている事を確認する仕草を見せるが、その時の表情がどこか必死な感じがした。とにかく一生懸命走る二人がなんだか可愛かった。そうこうしているうちに二人は玄関から外に走り出た。ちょっとまて、外までいくんかい。あたしは玄関にいくつか無造作に置かれているつっかけを一組引掛けて後を追う。むわっとした草の匂いと虫の声が辺りに満ちていた。そんな夏の夜をしばらく行くと学舎の玄関口があり、二人はそこに駆け入った。はて?夜中に鍵がかかっていないのは変だし、また戸が勝手に開いたような?

入って廊下を左に折れて奥へ行く。この奥ってたしか・・・・

突き当りの教室の戸の前にたどり着く。入り口の上には『情報処理教室』と書かれている。やはり勝手に開かれた戸をくぐって二人について中に入ると十数台のタワー型パソコンが乗っかった机が並んでいて、その真ん中あたりのPCが起動しているようで、明かりのついていない部屋の中で一つだけモニターから光が漏れていた。そのPCの前の椅子に座った。モニターの中央には見たことがあるランチャーが表示されていた。

ハッとして辺りを見回すがサミとスズがいなくなっている。しかしあたしの関心はそのランチャーに向いていた。それはそうだ。これは昔サミ姉とマト姉とあたしと3人でやっていたMMORPGのゲーム起動ランチャーだった。あたしは記憶にあるIDとパスワードをゆっくりと入力した。

ログインすると西洋の古い田舎町といった風景が画面に表示された。中央にあたしのキャラクターが立っている。樽のようにずんぐりとしたむさ苦しいい姿、ドワーフ(男)の戦士で名前はゴンザレス。強そうだろ?辺りを見回すとぽつぽつとプレイヤーキャラがいる。以前よく来ていた頃はもっと人も多くて賑わっていたものだが、随分と過疎が進んでいるらしい。サービス終了間近の雰囲気が漂っていた。

どうしたものかと思っていると、チャットエリアに個別チャットを表すピンクの文字が入ってきた。

『涼ちゃん?』

なんとサミ姉だった。サミ姉のキャラ、エルフ(女)の魔法使い。名前は『さゆちゃん』名前を決める時あたしは『ちゃん』とかつけんなと言ったものだけど、かわいいからいいとか言って決めてしまって、案の定他プレイヤーに『さゆちゃんさん』とか呼ばれておかしな事になっていたが、本人はあんまり気にしていないようだった。

『サミ姉、いたのかー。まさかいるとは思わなかったぜ』

『それはこっちのセリフー。どこからアクセスしてるの?』

『情報処理教室。サミ姉は家から?』

『そう。お姉ちゃんのノーパソからー。お姉ちゃんはそこの机のPCの前で今寝てるのー。寝落ちしちゃったのー』

『まじかw』

あたしはマウスを操作してフレンドリストを表示した。確かにマト姉のキャラもアクティブになっていた。ポークル(女)の僧侶で名前は『アリストテレス』

『もう落ちようと思ったんだけど、ゴン君がログインしたってアラートが来たから、ちょっと驚いたー』

『こっちも驚いたわー』

『ねぇ、涼ちゃんさみしかった?』

『は?何で?まだ1日しか経ってないぜ?』

『だって、こんな時間に情報処理教室に忍び込んでゲームとか変じゃない?』

『それはだなー、なんつーかまぁ、戻ったら話すわー。サミ姉こそ寂しかったんじゃねーのー?』

『寂しくはないかなー。お姉ちゃんとお爺ちゃんいるし。お爺ちゃんやかましいしー。』

『そこは寂しかったとか言っとけよー』

『あ、でもなんかこんな風に涼ちゃんとお話できたのはうれしいかな。』

チャットの手が止まった。そうだな。話せると思ってなかったし、あたしもうれしいと感じているんだろうな。

『涼ちゃん?どっか狩り行くの?お姉ちゃんはもう眠いから、さゆちゃんさん落ちるから付き合えないよー』

『つれねーなー。まぁ時間も時間だしなぁ、あたしも寝るわー』

『お休みだねー、明後日には戻るから、またねぇ』

『おやすー』

チャットエリアには【さゆちゃんさんがログアウトしました】の文字列に続いて【アリストテレスさんがログアウトしました】と表示された。

ふむ・・・・

あたしはそのまま画面を見ながら一息つく。さてこれはなんだろう。妖精さんの導きなんだろうか。なんにしても、何にしてもまぁサミ姉と話せて安心した。

安心した?

あたしは不安だったのだろうか・・・・

片割れがそばにいなくて不安だったのだろうか。不安定になっていたのだろうか。

サミ姉が鎮守府に行ってからあたしがここに来るまでの1年間、あたしはサミ姉のそばにいない時間を過ごしていたことがある。それは生まれて初めてのことだった。あの時は決して不安定などではなかったように思う。ただ、なぜサミ姉はあんなにも嬉しそうにして、あたしを置いていってしまったのだろうとか、鎮守府ってそんなに良い所なんだろうか、とかはよく考えてた。あの1年間の欠落はきっとサミ姉に対する気持ちを必要以上に積み重ねる時間だったのかもしれない。

 

『助けて・・・』

その時チャットエリアに全体チャットを表す白い文字列が表示された。発言者は【TANYAN】

なんだろう、野良パーティーの募集かな?すると他のおせっかいそうなプレイヤーがやはり全体チャットで返答していた。

『助けてだけじゃわかりませんよ?どこにいるんですか?どんな状況なんですか?』

『今天津にいthkl』

そのまましばらく待ったけどそれっきり発言はなかった。プレーヤー名をクリックするとログアウトしていた。

まいっか

あたしはログアウトボタンを押してPCの電源を落とした。モニターが切れてあたりは暗くなる。『寝るか』と独りで言ってあたしは情報処理教室を出た。

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