翌朝あたしは仕事に向かうマト姉を見送った後、しばらくはボケっとして過ごしてから爺ちゃんと昼飯(そばを茹でた)を食った後実家を出た。
玄関の前で爺ちゃんがあたしの左頬に手を添えてしばらく無言であたしを見ていた。少し潤った目が優しそうにあたしを見ている。あたしは黙って笑顔で爺ちゃんの目を見返す。
『スズ、お国のために働いてるお前は立派だ。爺ちゃんの自慢の孫だ。でもな、体は大事にするんだぞ』
『ん、爺ちゃん、ありがとう。大事にするし、ちゃんとまた帰ってくるよ』
『あぁ、沙弓と二人でな、助け合ってちゃんと二人で帰ってこい』
『がってんでぃ!』
あたしはニカっと笑ってじいちゃんに拳を突き出す。
『おう!』
あたしの拳に爺ちゃんも拳をぶつけて答えてくれた。
『達者でな!』
『爺ちゃんもな!』
最寄りの駅までの道のりを歩きながら、あたしは考える。爺ちゃんもやっぱりマト姉と同じように、あたし達をすごく心配しているんだ。考えてみればそれはそうなんだろう。あたし達のやっていることは戦争だ。爺ちゃんやマト姉は出征した家族の帰りを待つ銃後の人なんだ。そんな当たり前の事さえ、あたしは気づかないでいた。たしかに鎮守府での生活には緩いものがある。訓練や座学は結構きついのだが、たまに出る実戦ですら結構軽くこなしてしまう事が大半だ。稀にある大規模作戦も出撃のメンバーは限られていて、サミ姉は必ず参加しているのだけど、あたしはまだ参加したことがない。
そんなことを考えながら歩いていて、ふと顔を上げると、駅の方から見慣れた顔が歩いてきた。食料品と思しきもので一杯になったマイバッグっぽい買い物トートを両手に下げて歩いてくる。あたしは手を振って声をかけた。
『龍驤!』
一瞬顔を上げた龍驤はこちらを一瞥した後、戸惑ったように左右を見てから怪訝な目になって、そのままあたしの横を通り過ぎようとしていた。
『なんでぇ、龍驤、無視とかすんなよ』
あたしは龍驤の腕を掴もうとしたが、よけられて後ずさっていく。
『あなた?誰ですか?あたしリュージョーなんて名前じゃないです』
標準語?え?
『・・・・あ、すまねぇ、人違いみたいだ』
そういいながらあたしはマジマジとその女の子の姿を見た。髪はツインテールにこそしていないが、茶色がかった髪だ。全体に細く背も低い。胸は・・・・所謂独特のフォルムとかいうやつだ。いや、コレほとんど龍驤だろ。
龍驤にそっくりなその女の子は踵を返して足早に離れて行った。荷物が重いのだろう、走りたいけど走れないといった様子でよろよろと少し行ってから傍らに建つ高級そうなマンションのエントランスに入って行った。
その後あたしは電車に乗って横浜駅で降り、シーバスに乗って鎮守府に向かう。乗客もまばらだったシーバスはモーター音を響かせて水しぶきをあげながら水面を進んで行く。あたしはデッキに出て、もう秋の雰囲気が漂う空を見上げながらサミ姉のことを想った。この空の青さえ、サミ姉の髪の色に見えてくる。サミ姉に会いたい。たった1日、たったの一晩離れていただけなのに。あたしの五月雨病は悪化の一途みたいだ。
シーバスを降りて鎮守府のゲートをくぐる。自然に速足になっていた。あたしはそのまま寮舎に向かう。サミ姉は寮舎にいるだろうか、息を弾ませて寮舎に入り部屋へ向かう。もうとっくに駆け足になっている。そして部屋の前についたあたしはすかさず戸を開ける。
『サミ姉!』
しかしサミ姉は部屋にはいなかった。ちょっと拍子抜けしたけど、どっか別のところにいるんだろうと振り向きかけたところで背中にボテっと何かよっかかってきた。
『涼ちゃん・・・足早いって』
サミ姉だった。息が上がっている。
『涼ちゃんーお帰りぃー』
サミ姉はあたしの首に両手を巻き付けて背中に思いっきり体重をかけてきた。おんぶをせがむ子供のようだ。
『涼ちゃん!お姉ちゃん寂しかったよー、もぉ!あたし玄関にいたのに超スルーで走って行っちゃうんだものー』
『お、おぅ、サミ姉、ただいま。すまん気づかんかった』
いきなり密着されてあたしは顔が熱くなっていた。たぶん赤くなっている。
『戸を開ける時あたしの名前呼んでくれなかったら、お姉ちゃん悲しくてそのまま夕張さんトコに泣きながら行く所だったよぉー』
夕張だとぉ?ここで夕張の名前出すあたりは、こいつも天然のコマシなんだろうなー。さすがマト姉の妹だぜ。
『まぁ、入って、入って。長旅で疲れてるでしょ』
長旅とか言われたけど、全然近いんだけどね、距離的には。あれ?なんかデジャブ。
サミ姉が部屋に入り、あたしが続いて入って引き戸を閉めた。後ろ手で鍵もかける。よし!しめしめ。
あたしはこのまま押し倒してサミ姉をやっちまおうと思っていた。たぶんかなり悪い顔でニヤついている事だろう。
『あれー、涼ちゃん顔真っ赤だよー。それになんか嬉しそう!』
どうもあたしの表情に関しての見解に齟齬がある様だ。なぜだろう。あれ?顔、めっちゃ熱いんだけど。あたしは頭がクラクラしてきてついには膝をついてしまった。
『涼ちゃん!どうしたの!大丈夫?』
顔の毛細血管に体中の血が流れ込んで体温が顔に集中しているようだった。心臓がバクバク鳴っていて、もうサミ姉の顔がまともに見られなくなっていた。
『お布団敷いてあげるから、ちょっと待ってて。横になろう』
いやいや、そっちに2段ベッドあるし、わざわざ布団敷かなくてもと思ったが、サミ姉は予備の布団を押し入れから出して敷き始める。でもまぁこのままやっちまうには都合はいい。畳の上でやるのはあちこち痛そうだしな。あたしの思考は前向きにサミ姉をやる方向に向いているのに、どうも体の反応が乖離していくようだ。
あたしはそのまま布団に倒れ込んだ。布団が冷たくて気持ちよかった。少し落ち着いた。するとサミ姉があたしの横に『よっこらしょ』とか言いながら寝転んで、添い寝状態になった。顔が近い。
添い寝とか、都合がいいぜ、ふふふふ、とかもう思わなかった。ハイハイ。正直に言いましょう。あたしは照れていた。恥ずかしかった。ドキドキして、サミ姉を意識して、強く意識し過ぎていた。
あたしは近いところにあるサミ姉の顔を見ることができなくて顔を背けて背中を向けた。するとサミ姉はあたしの前の方に手をまわしてそのまま背中に密着してきた。そして耳元でささやくのだ。
『涼ちゃん、ずっと一緒にいようね』
『あ、あたっ、あたりまえだ・・・』
頭の上のつむじの辺りからピョコっと白旗が出たような気がした。