休暇終了帰還の報告をするために提督の執務室に行ったが、この日提督は鎮守府を空けていて不在だった。執務室に秘書艦代理として詰めていた神通さんが言うには、昨日市谷に呼ばれて秘書艦の大淀さんを伴って赴いたらしい。緊急の会議だそうだがいまだに返ってこないと言う。あたしは内心『らっきー』と思い、神通さんに帰還の報告をして執務室を出た。
どうもあの提督は苦手だ。会わないで済むならそれに越したことはない。
寮舎に戻る途中、ふと、実家から帰る道中の事を思い出して龍驤と漣の露店に寄ってみた。
露店の前にたどり着いたあたしはまず、上の方にえらくテキトーな感じに備え付けられている看板に目を奪われた。
『巨乳商店』と毛筆っぽい字で大きく書かれている。
『いらっしゃーい、涼風ちゃん』
漣がいつものように愛想よく声をかけてくる。
『いいか涼風、突っ込む所間違えたらアカンで』
龍驤が番重に入ったお菓子を箱に詰めて小分けにしながら、上目遣いにしてドスの利かない持ち前のかわいい声を目いっぱい低くしてドスを利かせてくる。
なるほど『巨乳商店』には突っ込んじゃダメって事ね。だったらそんな看板だすなって。
ここで空気を読まずに敢えて『巨乳商店』に突っ込みを入れてみようかとも思って一寸看板を無言で眺めていたが、思い直しておいた。
『今日はcloverのシェフトックがお勧めですよ!いかがですか?涼風ちゃん』
漣の今日の出で立ちはメイド服だった。こいつは隙をみてはメイド服を着て歩いている。お店の販売にはもってこいとばかりに、今日のはピンク色のミニスカメイド服だ。メイド服と言えば黒系にロングスカートだろ、と言いたいところだが、まぁ、あざとかわいいので良しとしておこう。
『じゃそれ2個くれ』
『はーい、ありがとうございます!2個で340円です!』
龍驤がそのシュークリームに似たお菓子をトングで1個づつ摘んで2個、紙ナフキンを2枚添えて小さめの紙袋に入れ漣に渡す。
『まいど、おおきになぁ』
『ありがとうございます!』
あたしはポケットから小銭をだして340円を選り分けて渡す。
漣から袋を受け取りながら、あたしはなんでここによったか思い出して言った。
『ところで龍驤、あたいさっき帰ってくる途中龍驤そっくりの子にあってよぉ、声かけちゃってさぁー』
『・・・・え?』
『うわー、変な人ー、みたいな目でみられちまって、まいったわー。いやホント胸までフラットでそっくりでな』
あはははーとか笑ってから龍驤を見ると固まっている。『胸までフラット』は余計だったか?
『・・・・あ、そなんかーあはははは、まぁ、似たような人間は3人はおるっちゅうからなー、うんうん』
なんか動揺してないか?
『ほら、はよいかんと、シェフトックが冷めてしまうで』
いやこれ冷めるとかそういうものじゃないだろ。
ちょっと気にはなったが、あんまり突っ込まれたくないって雰囲気丸出しだったので『巨乳商店』の件も併せて、空気を読んでおくことにしたあたしは大人の階段を着々と上っているようだ。あたしは『にしっ』と一回笑って店先から立ち去る。
『またご利用くださーい』
『はいはーい』
あざとかわいくお辞儀をする漣にひらひらと手を振っておいた。
お菓子の袋をもって寮舎の部屋へ戻るとサミ姉はいなかった。食堂かなーと思い向かったがここにもいない。というかサミ姉どころかあんまり人がいない。あたしは広いテーブル席に一人で座ってどーしたもんかと考えていた。すると前の方の出入り口から時雨と不知火が入ってきて、二人で向かい合ってテーブル席に座ったのが見えた。時雨がこちらに背を向けている。こちら向きの不知火の顔は見えたが少し俯きがちだった。なんだろう、珍しい組み合わせだな。
しばらく無言で向かい合っていたようだが、やがて不知火がポツポツと話し始めた様だった。でもあたしの所までは声が小さくて聞こえてこない。先日の食堂前でやらかしてた不知火と曙のケンカに関係した件だろうか。あの時確か時雨が仲裁に入っていた。時雨は時折頷きながら不知火の話を聞いている。
一通り話し終わったのか、不知火が俯くと時雨が口を開いた。時雨の声は良く聞こえた。
『不知火と陽炎って特別なんだよ。うちの白露型の姉妹にはもっと特別な感じの二人がいるけど、君たちも結構似たような感じがするんだ』
『ん?』と思ってあたしはテーブルに突っ伏して寝たふりをはじめた。なんか不味いことを聞いてる気がしたのだ。
『曙はあんな子だから分かりづらいけど、あの子も陽炎が大好きだよね。不知火の事も好きなんだと思う。もうちょっと素直に表現できればいいんだけれど。曙が陽炎の邪魔ばっかりして気に入らないっていうのはわかるんだ、でもなんていうか・・・・』
時雨が少し考えるような間をとって続ける。
『君と陽炎は特別だから』
また・・・・特別って言った。『君たちは特別』
『もうなんか二人で一人みたいな、お互いがお互いを半身だとでも信じているような?そんな感じ』
時雨の表情は見えないが、寂しそうな顔をしているような気がした。
『そういうのってさ、傍から見ると焼けちゃうって言うか、そこに入り込もうとすると結構きついんだよね。曙もそうなんだと思うんだ。』
時雨の話を聞いていたあたしは全くこの件には関係ないであろう、霞の事を思い出していた。霞の言ったあの言葉を。
霞は『あんたたちとは違うのよ!』と言った。
あたし達は特別。あたしとサミ姉は特別。涼風と五月雨は特別。
そうなのかもしれない。あたしとサミ姉にはもう、確固とした絆みたいなものがある。切っても切れない、切りようもなく、切ろうとも思わず、切ることが可能かすら疑わしいくらいに。まるで物理法則で固定でもされているかのようだ。
対して霞と提督はどうだ。現状はただの霞の片思いにすぎない。絆も関係性も何もない。これは確かに違うのだろう。あたしはここに至って初めて自分が霞にすごく悪い事をしていたことに気づいた。
あたしはいてもたってもいられなくなって、椅子を蹴って立ち上がった。大きな音がしたので、不知火と時雨が驚いてこっちを見たが、構わず食堂を出る。驚いた顔をした時雨の犬耳型のハネ髪がぴょこぴょこと動いてた気がした。
寮舎内の朝潮型の部屋が集まってる1角にきてあたしは霞と朝潮の二人部屋の戸をたたいた。ドンドン叩いた。めっちゃ叩いた。
『誰よ!うるさいわねー!・・・・・』
もちろん霞が怒鳴り出てきたが、あたしの顔を見て固まっている。
『霞!すまなかった。あたいが悪い事をした。この通りだゆるしてくれねぇか』
あたしはガバッと勢いつけて頭を深々と下げた。
頭の上の方から霞のアワアワして泡食ってるみたいな息遣いが聞こえる。
しばらく反応がないのであたしはそのままの態勢でさっき買ったシェフトックの袋を差し出した。
『コレ、食ってくれ。詫びのしるしだ。』
少し間があったが霞が受け取ってくれたようなので、あたしは顔を上げた。霞の顔を見ると真っ赤になっている。へぇー、こういう時でも霞は顔真っ赤になるんだー。
『あ、あたしも・・・・悪かったわよ。あんなふうに言うつもりはなかった』
語尾の方が少しごにょごにょしていたが、許してくれるみたいだ。
『いや、あたいが無神経だった。今後気を付けるから、また仲良くしてくれ!』
霞が後ろ手で戸を閉めていたので、まるで壁ドンみたいになっている。
『あらあら~』
『そのまま、ど~んといっちゃいましょう!』
後ろの方で騒ぎを聞きつけた何人かが外野となって勝手な事を言ってるけど気にしない。
『よし、じゃ二人でシェフトックを食おう!それであいこだ』
『なにそれ良くわかんない』と言って戸惑ってる霞の持った紙袋からお菓子を二つとって一つを霞に渡す。あたしの持った方の上の部分を霞の持った方の上にポフっと当てた。
『いただきます!』
あたしはそのシュークリームに似たお菓子にかぶりついた。霞も少し俯いてモフっといった。
二人顔を見合わせる。
『おいし~』
『うまーーー』
甘くておいしいのそのお菓子は魔法でもなんでもなく、あたし達を笑顔にしてくれた。